「…幅野さんの行動力には目を見張るものがありますね」
前後左右に激しく揺れまくるマイクロバスの動きに翻弄されながら、楊 玲花(
ja0249)が呟く。
「まあ、たまにはみんなでわいわいとバーベキューというのも楽しいかもしれ…っ」
「楊さん、喋ると舌を噛…っ」
がったん!
黄昏ひりょ(
jb3452)が注意を促した途端、バスは上下に激しく揺れた。
がったん、がだごどん、がんっ!
山道のアスファルトは所々に穴が開いているが、避けきれないほど多くはない。
ここまで注意力を失う程に、腹が減っているのだろうか。
「幅野さん、とりあえずこれを! お肉ですよ、お肉!」
袋井 雅人(
jb1469)が、いざという時の為に用意したカツサンドを運転席の後ろから差し出す。
「お肉っ!?」
振り返った幅野あずさはハンドルから手を離し、カツサンドにかぶりついた。
「ありがとう、いただきまーす!」
出来れば肉汁滴るジューシィな焼き肉を希望したい所だが、もやし以外なら何でもご馳走だ。
「幅野さん、前! 前見て下さいっ! ハンドルっ!!」
うわあぁぁぁーーーーーっ!!!
そして、出発から数時間後。
暫くの間、満足に動ける者は殆どいなかった。
よろよろふらふらと、バスを降りて来る仲間達。
「まさか、これほどとは…っ」
ひりょは砂利を敷き詰めた駐車場に、がっくりと膝をついた。
酔い止めの薬はしっかり飲んだ筈なのに、全く役に立たなかった。
何という常軌を逸した運転技術。
あれで事故を起こさないのだから、ある意味すごい。天才かもしれない。
「…み、ミズカちゃん、大丈夫ですかぁ?」
「私は大丈夫ですが…木葉の方が、よほど具合が悪そうに見えますよ」
ミズカ・カゲツ(
jb5543)に支えながらバスを降りてきた深森 木葉(
jb1711)の目は、グルグルと渦を巻いていた。
「あたしも全然へーきなのですよぉ〜、ほら、このとーり」
元気なところを見せようとしたらしいが、木葉はその名の通り木の葉の様にクルクル回って…ぽすん。
ミズカの腕の中に収まった。
「はい、暫く休みましょうね」
そのままお姫様抱っこで木陰に連行、膝枕で一休み。
二人の様子をちょっぴり羨ましそうに眺めていた雅人は、その視線を月乃宮 恋音(
jb1221)に向ける。
(僕も恋音の膝枕で介抱されてみたい…!)
だがしかし、どう見ても自分より恋音の方が具合が悪そうだ。
朝早くから準備に余念のなかった恋音は、バスの中で眠そうにしていたが…とてもではないが、寝られる様な状況ではなかったし。
やはり酔い止めの薬は効果がなかったと言うか、彼女の場合はその胸元を思い切り締め付けている「さらし」に問題がありそうな気もするのだが。
「つ、月乃宮さん、こんな時は胸の辺りを緩めて楽にした方が…」
しかし勿論、その提案は頑なに拒否された。
だって、緩めたら近頃また一段と成長した例の部位が、ますます目立ってしまうではないか。
「じゃあ、僕がタープを設置するから、その下で横になると良いですよ! ね!」
「…はい、ありがとうございますぅ…」
蚊の鳴くような声で応えつつ、それでも頑として胸元を緩めない恋音を木陰に座らせ、雅人は河原の適当な場所にタープの部品を運び込む。
レンタルして来たそれは、運動会などでよく使う様な屋根にだけ布の付いた長方形の大きなテントだ。防水加工が施されている為、雨宿りにも使える。
金属製のパイプを組み合わせ、布を張って…しかし一人ではちょっと難しい。
「すみません、誰か…!」
手伝えるくらい、元気な人はいませんかー?
元気なのは乗り物酔いに素で耐性のありそうな天魔の皆さんだけな気がするが、ミズカは木葉の介抱に忙しそうだし、ディザイア・シーカー(
jb5989)は他の仲間達に付きっきりだ。
動けるのはやはり、愛に突き動かされた雅人ただ一人か。
いや、だがしかし!
ここにも一人、愛に生きる者がいた!
「はいはーい、袋井部長〜! ボクで良ければ手伝うよ〜!」
その名は藤井 雪彦(
jb4731)、あずさへの愛に生きる男!
愛する人の運転で酔う筈がないのだ、いや寧ろ愛に酔いたい!
と、それはひとまず置いといて。
二人の協力でタープはあっという間に完成、ひりょが用意していたレジャーシートを敷き、ついでに車に積みっぱなしになっていた荷物も運び込む。
そうこうするうちに、ダウンしていた仲間達もそろそろ復活してきた様で…
あ、因みに運転していた本人は全く平気だったそうですよ。
今そこで倒れ込んでいるのは空腹のせい。
「お腹空いた…お肉…」
あずさはよろよろと立ち上がり、山と積まれた食材に手を伸ばす。
「そこの肉食魔人!」
その正面に回り込み、びしっと指差したのはグレイシア・明守華=ピークス(
jb5092)だ。
「準備が整うまで待ちなさいよね」
…はい。
かくして、タープの下で空腹と膝を抱えたあずさが見守る中、BBQの準備が開始された。
バーベキューコンロはひりょの担当だ。
「借り物だから慎重に扱わないとな…皆も気を付けてね」
と言うか、あの大揺れのバスで運んで来たのだ。どこか壊れていても不思議ではないが…
「よかった、大丈夫みたいだ」
無事に組み立てを終えて、ひりょはほっと一息。
「火の管理はあたしの担当ね」
木炭に着火剤、それに着火器具を持って来たのはグレイシアだ。
「炭なら俺も持って来たが、まぁ多くあって損はねぇだろ」
ディザイアが木炭の塊をどさりと置く。
だが、火を点けるのはまだ早い。
何しろ肝心な肉が――
「…一応、用意はしてきましたけどぉ…」
恋音が赤味噌と砂糖、料理酒に牛肉を漬け込んだ牛肉の味噌漬けを取り出すが、この人数では到底足りそうもない。
だが、大丈夫。足りない分は現地調達だ。
「あずさ先輩にお肉をっ♪」
鹿せんべいを用意した雪彦は、意気揚々と山に分け入って行く。
「ボクやる時はやる子デキる子なんだからねっ♪」
必ずや、あなたの胃袋に大量のお肉を届けて差し上げましょう。
そして満足させるだけの充分な肉を調達できた暁には愛の告白を…っ!
「では、私も狩りに行ってきますね」
続いて雅人が立ち上がる。
かつて記憶をなくして深い森の中を彷徨っていた時に培ったサバイバル能力。その経験を、今こそ活かす時だ。
「せっかく狩猟許可を頂いているのですから、新鮮なお肉を確保して来ますね」
新鮮さこそが何よりのご馳走。
まあ、肉の場合は何日か寝かせた方が熟成されて美味しくなったりもするのだが、それは置いといて。
雪彦が鹿を狙うなら、自分は猪が良いだろうか。
「私は小型の獲物を狙ってみましょうか…運良く捕らえられると良いんですけどね」
玲花の狙いはウサギや山鳥、罠を仕掛けて捕まえるのだ。
ついでに山菜も採って来ようか。
「それなら、俺も同行させて貰って良いかな」
ひりょが声をかけた。
二人で組めば、迷子になる危険も減らせるだろう。
それでも念の為、ひりょは現地に残る恋音に発煙筒を一本手渡した。
「もし迷子になったら、俺が持ってる一本を使うから。煙が見えたら、こっちの発煙筒にも火を点けてくれるかな」
そうすれば、その煙を目印に戻れる筈だ。
「まぁ、楊さんもいる事だし迷う事は無いとは思うが…」
念には念を、だ。
「俺は魚でも釣って来るかねぇ」
のそり、ディザイアが腰を上げる。
「雨降った後はよく釣れると聞くが、どうだろうな?」
果たして、この辺りに雨が降ったのはいつごろだろう。
試しに夕立が来るまで待ってみようかとも思ったが、昼飯までには人数分くらいは釣りたい。
「ま、ぼちぼち源流でも目指してみるかねぇ」
餌は石の下から川虫でも捕まえれば良いだろう。
「昼までには戻るからな、それまでに飯でも炊いといてくれ」
握り飯は各自で持参する事になっているが、炊きたてのご飯も悪くない。
「米と飯盒はここにある、好きに使ってくれて良いぜ」
「では、それは私がお預かりしますぅ…」
恋音が受け取り、早速米を研ぎ始めた。
(ふふふ、バーベキューの準備を自分でするのは初めてであるな)
由緒正しき名家のお坊ちゃま、雪風 時雨(
jb1445)は、これまでは完全に「食べるだけ」の人だった。
しかし今は違う。準備から材料の調達まで、全てを仲間と協力しながら自分の手で行うのだ…ただし軍資金は家からの仕送りで。
仕送りだから、自分の懐は痛まない。いくらでも高い肉が買える。
という訳で、出発前に久遠ヶ原の肉屋に寄って来たのだが。
「ところでこの肉はやたらと赤いのであるが、はて…牛肉はもっとこう白かったような?」
店頭に並んだ手頃な値段の赤身肉を見て、時雨は呟く。
札には確かに「牛」と書かれているが、きっと何かの間違いだろう。
「店主よ、この店には牛肉は置いておらぬのか?」
「兄ちゃん、冗談言っちゃ困るねぇ」
目の前に並んでるじゃないかと、店主が笑う。
だが、彼にとっては赤身の肉など牛肉にあらず。霜降りの超高級和牛以外、牛肉とは認めないのだ。
勿論、金に糸目は付けない。五万でも十万でも、どんと来い。
だがしかし。学生は学生らしく、身の丈に合った消費行動をすべし。
店主が包んで寄越したのは、確かに霜降りの超高級和牛だったが…
「三千久遠で買えるのは、こんなもんだな。ま、多少はオマケしてやったから、じっくり味わって食うんだぞ!」
という訳で、用意できた肉は申し訳程度。足りない分は現地調達しかあるまい。
(我が父上もよく山で鹿やら兎やら間男を楽しく狩っていたものであるが…やはりここは、カロリーを考えて山狩りより魚狩りであるな!)
魚釣りにあらず、魚狩りだ。
「さて、バーベキューを行う為には準備が必要ですよね」
折角の機会だから十分に楽しもうという訳で、ミズカは木葉と一緒に早起きして下拵えを終えた野菜達を取り出す。
ニンジン、キャベツ、玉ねぎ、ニンニク、ピーマン、トウモロコシ、シイタケ、エリンギ、サツマイモ、ジャガイモ、長ネギ、ナス、トマト、もやし…
「もやしはもういいー」
タープの下から誰かの声が聞こえたけれど、気にしない。
どれも食べやすいサイズに切ってあるし、種類ごとに分けてあるので使い勝手も良い。
「それに、飲み物も忘れてはいけませんね」
クーラーボックスに詰めた緑茶に麦茶にウーロン茶、オレンジやリンゴなどのジュース系、それに炭酸の入ったソフトドリンク。これだけあれば量も充分、各自の好みにも対応できるだろう。
勿論コップも用意してあるし、紙皿や割り箸なども念の為。
「ミズカちゃん、さすがですぅ」
用意周到に準備を整えたミズカの脇で、木葉が嬉しそうに手を叩いている。
何の事かと首を傾げるミズカに、木葉は満面の笑みを浮かべながら言った。
「だってミズカちゃん、バーベキューは初めてなんですよね〜?」
「ええ、話に聞いた事はありましたが…」
なのに、こんなに色々と細かい所に気が付くなんて、すごい! えらい!
「そうでしょうか」
応える口調はクールだが、頭上の狐耳がパタパタと嬉しそうに動いている。
「他に何か、手伝える事はありますか?」
ぱたぱた、ぴこぴこ。
「あ、飯盒でご飯を炊くなら、竈が必要ですよね〜?」
二人は河原の石を積み上げて、簡単な竈を作り始めた。
今日の木葉の服装は膝丈の白いワンピースにサンダル、それにリボンの付いた麦わら帽子。肉体労働に適した服装とは言い難いが、普段の和装に比べたら随分と動き易い。
それに…
「可愛い」
ぽつり、ミズカが呟く。狐耳がふにゃっと垂れていた。
「ミズカちゃんはカッコイイのですぅ」
クールな美人キャラに合わせたパンツルックを褒められて、垂れた耳がピンと立ち…そしてピコピコ。
「本当は瑞葉ちゃんも連れてきてあげたかったんですけどぉ〜」
瑞葉は銀狐のぬいぐるみ、ミズカに貰った大切な宝物だ。
でも汚してはいけないから、今日はお留守番。
帰ったら、楽しかった事をたくさん話してあげよう。
「竈が出来たなら、次はあたしの出番ね」
グレイシアが竈の中に近くで拾った薪をセットする。
「寄宿学校の課外授業でそれなりに手順は繰り返したからね。万全の構えを期待してよね」
どーんと胸を張り、いざ着火!
「バーベキューのコンロと竈では、必要な火力が違うのよ」
BBQなら炎が上がらない程度の火力が理想だが、竈の火は勢いよく燃え上がるくらいが丁度良い。
そこに恋音が準備を整えた飯盒をセットし、暫くは強火で加熱。
ぐつぐつと煮えたところで火を弱め…うん、火加減は完璧だ。
「後は待つだけね」
待っている間に、今度はBBQコンロに木炭を敷き詰める。
そろそろ魚くらいは釣れている頃合いなのだが――
「バーベキューか…」
ディザイアは川辺で一人、釣り糸を垂れていた。
「青春なんざ疾うに過ぎたが、娯楽としては悪くない」
こうして川面に漂う浮きをのんびりと眺めているのも、またオツなものだ。
と、そこに突然――
下流の方で何かの甲高い鳴き声が響き渡った。
「何だ、今のは…?」
ヒリュウの鳴き声に似ていた様だが、まさか天魔でも現れたのだろうか。
ディザイアは釣りを中断すると、川下に走った。
そこで見たものは…
悠然と構える時雨の姿。足元にはプカプカと浮き上がった魚達。そして上空には彼が召喚したヒリュウ。
「これは、何事だ?」
尋ねるディザイアに、時雨は平然と答えた。
「日本の伝統漁法・ビリを参考にしてみた」
魚に電気ショックを与えて気絶させ、浮き上がった所を一網打尽にする漁法だ。
ただし現在では使用を禁止されている。
「良いのか、それは」
「ダイナマイト漁よりは穏健であると思うが」
それに使ったのは電撃ではなくヒリュウの超音波だし。
「ヒリュウよ、小魚は見逃すのであるぞー」
和気藹々で場を和ませながら、時雨とヒリュウは浮いた魚を無慈悲に笑顔で刈り取っていく。
「どうやら魚は足りている様だな」
その様子を見て、ディザイアは肩で息を吐いた。
「一息ついたら、狩りにでも行って来るかね」
鹿や猪…いや、この際だから熊でも狙ってみるか。
「取れなかった場合の肉があるとはいえ寂しいからな」
まずは獣道を辿り、足跡や糞から目星を付けて、追跡開始。
物質透過を使えば、こちらの衣擦れや足音などを気にする事なく近付く事が出来る。
匂いだけはどうしようもないが、それも風下から近付く事で気付かれずに済むだろう。
下草が生い茂る藪の中、黒い背中が見え隠れしている。
(…熊だ)
しかも、かなり大きい。
ぎりぎりまで近付いて、念の為に周囲を確認。大丈夫、近くに仲間の気配はない。
ディザイアはアサルトライフルの照準を熊の心臓に合わせ、引き金を引いた。
背中から狙い撃ちなど、通常ならば卑怯な行いと非難されるかもしれない。
だが一撃で仕留める為には、それも止むなし。
出来る限り苦しまない様に手を尽くすのが、獲物に対する礼儀というものだ。
「悪く思うなよ」
心臓を射貫かれてもまだ抵抗を続ける熊の眉間に、もう一発。
黒い巨体が、静かに崩れ落ちた。
「あずさ先輩を喜ばせるんだっ♪」
山に分け入った雪彦は、鹿が潜んでいそうな場所に当たりを付けると、持って来た鹿せんべいの袋を開けた。
「ほ〜らほら鹿ちゃ〜ん、ごはんですよ〜」
せんべいを振って匂いを拡散させると、木々の向こうにちらりと影が。
「おいでおいで〜、おいしいよ〜?」
片手に持ったせんべいをチラつかせ、もう片方の手に持った村雨を背中に隠しながら、じわじわと近付く。
だが、流石に相手は野生動物、そう簡単に餌付けなどされてくれない。
「う〜ん、困ったなー。じゃあ、ここに置いとくからねー。罠じゃないから安心して食べていいよー」
嘘だけど。
置かれた餌に近寄る鹿の背後から忍び寄り、後頭部にガツンと一撃。
「ごめんねっボク達の糧となってね…」
と言うか、主にあずさ先輩の。
でもこれ、どうやって解体するんだろうね?
「袋井部長なら知ってるかな〜、昔サバイバってたとか聞いたしっ♪」
とりあえずこのまま持って行こうと、獲物を肩に担ぎ上げた、その時。
「ぐるるるる…」
何か猛獣っぽい唸り声が聞こえた。
血の匂いに引き寄せられたのだろうか、金色の体毛を持つ大型の肉食獣が、のそりと現れる。
「ちょーどいーや。自然の世界は弱肉強食だぜ〜…って、ライオン!?」
日本の山に何故。動物園とかサーカスとかの施設から逃げたとか?
「それなら、捕まえて連れ戻…うわあっ!?」
ライオンが、火を噴いた。
いや、火を噴いた時点でそれはもうライオンじゃない。
ディアボロかサーバントか、ええい、どっちでも良い!
「あずさ先輩のお楽しみを邪魔する奴は、成敗だ!」
喰らえ、闘刃武舞!
ライオンの周囲を無数の剣が舞う!
頑張れ雪彦!
「楊さんがいてくれて助かったよ」
植物図鑑と首っ引きで山菜を探しながら、ひりょは傍らの玲花に笑顔を向けた。
仕掛けた罠に獲物がかかるまでの間、玲花も一緒に山菜採りに精を出している。
「…でも春先と違って、夏場に採れるものは限られていますからね」
「見付かったのはミツバとミョウガ、薬味用の山椒、それにミントの葉くらいか」
「この時期、それだけ採れれば充分だと思いますよ」
などと話しながら、罠の場所に戻ってみる。
そこには一羽のキジがかかっていた。
「…苦手でしたら、見ない方が良いですよ」
「いや、大丈夫」
生唾を呑み込みながら頷いたひりょの目の前で、キジの首を掴んだ玲花は慣れた手つきでそれを捻る。
続いて頭を切り落として血を抜き、羽根をむしって肉を切り分け、内臓を処理し…さっきまで生きていたキジが、あっという間に「食べ物」の形になっていった。
「流石、料理屋の娘だ」
「…自然の恵みを頂くんですから、美味しく食べるのがわたし達の義務ですからね」
その為には、きちんと処理する事が重要なのだ。
処理がいいかげんだと、臭くて食べられたものではなくなってしまう。
他の罠にはウサギがかかっていた。
可哀想だが、これもきっちり「肉」になって貰おう。
一方、見事に猪を仕留めた雅人は、サバイバルナイフを手に河原で悪戦苦闘していた。
捌き方は勉強して来た。頭の中にもしっかり入っている。
だがしかし、実際にやってみると、これがなかなか難しかった。
「えーと、まずは心臓をひと突きして血を抜いてから、腹を割いて内臓を取り出すんでしたよね…」
内臓を傷付けない様に、ナイフを上向きに入れて…
「あっ!」
拙い、どうやら腸を傷付けてしまった様だ。
「う、臭い…!」
猛烈な臭気が立ち上る。水で洗い流しても、まだ臭い気がする。
それでも何とか皮を剥ぎ、肉を切り分けてビニールに詰めてみた。
「匂い消しの香辛料をたっぷり使えば、きっと…」
何とかなると、良いな。
と、そこに。
「袋井ぶちょぉ…」
よろよろ、ふらり。
大きな鹿を担いだ雪彦が現れた。しかも何だかボロボロだ。
「ぶちょぉ、解体よろしくぅ…」
ぱたり。
一体、何と格闘して来たのだろう。
まあ良い、命に別状はない様だし、今は鹿の解体が先だ。
見た所、血抜きもしていない様だし…
「早く抜かないと、肉に血の匂いが移ってしまいますからね」
大丈夫、二度目は失敗しない。練習台になった猪の為にも。
「よし、今度は上手く出来た!」
「今度は?」
「あ、いや…何でもありませんよ!」
食べられない部分を丁寧に土に埋め、黙祷を捧げる。
鹿肉は美味いと聞くし、これでもうカツサンドの出番はないかもしれない。
「あずさせんぱ〜い、お待ちかねの肉っすよぉ〜♪」
雅人に切り分けて貰った肉を頭上に掲げ、雪彦は意気揚々と引き上げて来た。
「ってユッキー、何そのボロボロ加減!?」
一足先に戻っていたひりょが目を丸くする。
「ん、大丈夫。ちょっと予想外の強敵に会ってね…でも勝ったよ!」
ぐっ、雪彦は笑顔で親指を立てた。
「一体どんな野生動物と格闘したらこうなるのかしらね」
半ば呆れながら、グレイシアがヒールをかける。
「これで元気一杯溌剌満載、思いっきり食べられるわよ」
「ありがと〜♪」
火の準備も万端整えたし、肉も野菜も出揃った。
ごはんも美味しく炊きあがったし…
「まあ、こういうのんびりとした機会は時節的にそう訪れるのが少ないだろうから、味わえる時には存分に楽しまないとね」
という訳で。
「ほら、そこの肉食魔人! 始めるわよっ!」
呼ばれて、あずさはフラフラと立ち上がった。
「…では、焼き始めますねぇ…」
恋音が予め用意しておいた肉を網の上に乗せると、ジュワーっという音と共に食欲をそそる良い匂いが広がる。
「ふむ。これがバーベキュー、ですか。良い匂いがしますね」
ミズカが鼻をヒクヒクさせる横で、木葉は野菜を並べていた。
肉も野菜も、バランス良く…
「お肉! お肉!」
「いいから大人しく待ちなさいっ!」
向こうでは、グレイシアに首根っこを押さえられたあずさが、じたばた暴れている。
「待ってたらなくなっちゃうー!」
「なくならないわよ!」
寧ろなくなる原因はこの肉食魔人ではあるまいか。
「大丈夫だ、ほれ…存分に食うといい」
どどん!
ディザイアが血の滴る熊肉を丸ごと網に乗せ…って、せめて切ろうよ!
「幅野殿。肉も良いが、我が華麗なる労働の成果は如何であろうな?」
時雨が指差した竈では、串に刺さった川魚が焼かれている。
「まだまだあるぞ。あ、余った分はクーラーボックスに詰めて幅野殿が持ち帰るであるかー?」
「お魚よりお肉が良いー」
しかし、あずさは魚を無視して焼き上がったばかりの肉を頬張る。
「んー、お肉さいこー!」
どこまでも肉一筋なあずさに、時雨は「ならば、これはどうだ」とクーラーボックスを開けた。
「ウナギ!?」
しかも大きい。
肉とウナギなら、やはりウナギに軍配が上がる。特に夏は!
「では、捌いて蒲焼きにしましょうか」
玲花が手早く身を開き、網の上に乗せる。
「タレはこれで作れそうですしぃ…」
恋音が荷物の中から醤油と酒、味醂、砂糖を取り出した。
「山椒もあるから、丁度良いな」
ひりょが採ってきた葉を刻めば、良い薬味になりそうだ。
炭火で焼いた蒲焼きを、炊きたてのごはんに乗せる。
「「んまーーーーー!!!」」
感極まった声が、一斉に上がった。
その様子を、雪彦は次々と写真に収める。
勿論、自分もきっちり食べながら――
後は皆がそれぞれの手段で持ち寄った食材を調理しながら和気藹々。
雪彦は焼き上がった鹿肉を山盛りにした皿を、タレと共に恭しく差し出す。
タレは恋音特製の醤油、味醂、甜麺醤、豆板醤、玉葱、大蒜、等々を使った甘辛BBQソースと、長葱と胡麻油、白胡麻、塩を使った塩だれだ。
「美味し〜っすか? あずさ先輩♪」
「うん、鹿のお肉も案外いけるねー」
「でしょ!?」
あずさに褒められ、雪彦は得意満面。
そうだ、今なら…今なら負ける気がしない!
「あずさ先輩を一生食わせて行きたいなっ♪」
「え、一生ずっと…鹿のお肉?」
いや、そういう意味じゃなくて。
「変わったお肉もたまには良いけど、やっぱり定番は牛よね、牛! 高級和牛の霜降り肉とか、誰か持って来てないかなー」
「幅野殿、我をお呼びであるか」
ふふりと笑って、時雨が小さな包みを差し出した。
「これこそは肉屋のケース最上段に並ぶグラム数千久遠の最高級の和牛霜降り肉!」
ただし、ほんのちょびっと。
「おぉぉぉぉっ!」
それでも、包みの中から姿を現した高級感溢れる白っぽい肉に、あずさの目は釘付けだ!
「ま…負けた…高級霜降り肉に負けた…っ」
がくりと膝を付く雪彦。
「元気出しなよ、ユッキー」
「ひーちゃん…」
ひりょが差し出したツナマヨおにぎりは、やたらと塩辛い味がした。
「…幅野先輩、お肉も良いですけどぉ…」
あずさの食生活が心配な恋音は、野菜を載せた皿を差し出してみる。
「えー、でも折角なんだし、やっぱりお肉よお肉!」
一年分くらい一気に食い溜めするつもりなのだろうか、この人は。
「でも、そんなに頑張らなくてもぉ…残ったら、タレに漬け込んで、お持ち帰りにしますからぁ…」
「月乃宮さん、先輩のお世話も良いけど、自分もちゃんと食べないと」
人の世話ばかり焼こうとする恋音に、雅人が網焼きにしたウサギの肉を差し出した。
あずさは勝手にどんどん食べているが、恋音は放っておいたら何も食べずに終わってしまいそうだ。
「塩だれが良く合うから、試してみて?」
「…ぁ、本当ですぅ…」
そう言えば、おにぎりを出すのを忘れていた。
「…ええと、こちらが袋井先輩の分ですぅ…」
中の具は辛塩鮭や牛時雨など、日持ちのするものだ。
帰りのバスで食べても良いだろう…食べられるものなら。
それはそうと、どうせなら「あーん」とか、してくれないかな。
「…はぃ…?」
「あ、何でもない! 何でもありませんから!」
「はい、ミズカちゃん。いっぱい食べてね」
自分の食べる分もそこそこに、木葉はせっせと給仕に回っていた。
肉を取り分けたり、お茶を出したり、ミズカが持って来たおにぎりを焼いてあげたり、甲斐甲斐しく奉公する。
(だって、妻の務めですもの!)
自分の苦手なピーマンが多めなのは、決して押し付けている訳ではない。
栄養のバランスを考えての事だ。うん。
「木葉もしっかり食べるのですよ?」
お返しに、ミズカも木葉の分を取ってやる。
が、箸の先につままれた焼きピーマンを見つめる木葉の表情を見て…黙ってそれを自分の皿へ。
「食材は沢山ありますから、焦らずにゆっくりと楽しみましょうか」
「はい!」
世話を焼いてくれる人がいない面子には、玲花が気を配ってくれた。
肉を切り分け、補充し、おにぎりが足りなくなれば自分の分を分け与え、皆が平等にお腹一杯食べられる様に。
「…キジの肉はカモに似て、脂が美味しいのですよ」
どちらかと言えば鍋に向いた肉だが、焼いて食べるのも悪くない。
やがて山ほどあった肉も野菜も殆どが皆の胃袋に消え、誰もが「もう食べられない」と言い始めた頃。
網の上ではシナモンの香り漂うリンゴとバナナが焼かれていた。
「…食材は、これが最後になりますぅ…」
デザートは別腹とばかりに詰め込んで、BBQはこれでお開き。
「さあ、食べたらしっかり後片付けだよ♪」
いつの間にかすっかり立ち直っていた雪彦が腰を上げ、大きなビニール袋を広げた。
「ゴミはここに入れてねー」
「来た時よりも美しく、ってな」
掃除道具を受け取ったディザイアがケラケラと笑う。
木葉はまだ燃え続けている木炭を取り出すと、火消し壺代わりの煎餅の缶に入れてしっかり蓋を閉めた。
これが冷えるまでは、暫く皆で川遊びだ。
カーテンを閉めたバスの中で水着に着替えて、川に飛び込む。
「冷たい水が心地良いですね」
清流に足を浸けたミズカが、狐耳をプルプルと動かした。
クールな水着姿もやっぱりカッコイイとは、木葉の談だ。
「幅野ちゃんも一緒に泳ぎませんかぁ〜?」
スク水姿の木葉は、タープの下で横になっているあずさにも声をかけてみるが。
「…も、だめ…食べらんない…」
いや、だから。そうじゃなくて。
「あずさ先輩、せっかく水着持って来たんでしょ〜?」
と言うか水着姿の写真撮らせて下さい(by雪彦
「もーちょっと休んだらねー」
本当か?
「…せっかくのロケーションですから、楽しんだもの勝ちですね」
競泳用のシンプルな水着姿で岩場に腰を下ろし、玲花は足元の水をぱしゃぱしゃと跳ね散らかす。
そこに、横から思い切り水を掛けてくるグレイシア。
「暑い盛りに涼を得るには丁度良いわよね!」
ばしゃっ!
再び水をかけられ、岩場を降りた玲花はかなり本気で応戦、たちまち近くにいた者達を巻き込んでの水かけ合戦が始まった。
一方、恋音と雅人は少し離れた浅瀬でカニなど探している。
少し胸がきつくなり始めた気がする自作のビキニ、その胸元を気にする恋音に、熱血褌も眩しい雅人が手を貸そうとして――
「えっ」
「きゃっ」
つるっ、ばしゃーん!
折り重なって倒れた拍子に何処かむにゅっと掴んじゃったりするのは、お約束!
コンロの手入れを終えたひりょは、川原に立ってそんな仲間達の様子をじっと見つめていた。
万が一の時、すぐに助けに入れる様にとの配慮だ。
ディザイアもまた、高台に立ってプール監視員の如くに目を光らせている。
「そこ、深くなってるぞ。近付くなよ」
まるで保護者だ。
ストレイシオンを浮き輪感覚で乗り回す時雨は、時折天気情報を確認…
「む、上流に雷雲発生?」
そろそろ、ここもお開きにした方が良いだろうか。
そう思っているうちに、ぽつり、ぽつり。
山の天気は急変し、あっという間に大粒の雨が降ってきた。
「雨女は誰よ!」
当然の如く、グレイシアはあずさを指差す。
でもまあ、濡れても良いか。
雨具は持って来たけれど、水遊びの最中だったし。
仲間達は慌てて残った片付けを済ませると、駐車場へ急ぐ。
「沢山食べたし、時間も丁度良いし、このまま帰ろっか」
帰りも運転する気満々のあずさが、バスのハンドルを握った。
それを見て、一同は顔面蒼白。
「いや、帰りは俺が代わろう」
雨が降っているし、そろそろ日も暮れる。ここは安全第一だ。
ディザイアの一言に、どれだけの者が安堵の溜息をついた事か。
安全運転のバスに揺られ、遊び疲れた者達はすやすやと寝息を立てる。
木葉はミズカに、恋音は雅人にもたれかかり…
その後。
土産に持ち帰ったワイルドな肉で焼き肉三昧の生活を続けた結果、一度は高級和牛の味を覚えたあずさの舌も、いつの間にか元に戻っていたそうな。
因みに、案外な高値で売れた熊の肝やら何やらのお陰で、今回の費用は全てチャラになったとか――
(代筆:STANZA)