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空に浮かぶ大きな炎の鳥を取り囲む様に小さな火の鳥が舞い踊る。
字面だけなら幻想的だが、あたりには肉の焦げる匂いが立ち込めている。地獄、そういう類の非日常さだ。
動く物はもはや、炎の揺らめきが創りだす影だけ。
ピュロマーネ達はそう思って、新たな目標を求めて動き出す。
「これ以上好き勝手はさせないのー!」
影が意思を持って動き出したかと思って、目を向けた先に若菜 白兎(
ja2109)がいた。物陰や、炎の創りだす濃い影に紛れて接近。ピュロマーネが気付いて迎撃体勢をとるが、遅い。無数の彗星がピュロマーネ達を襲う。しかし、それは炎を巻き上げるだけだ。避けているのか、当たっていないのか。
若菜の攻撃がきっかけか、大きな炎が分裂して新たに小さな火の鳥が生まれる。
若菜の周囲で息を飲む音が複数聞こえる。彼女と同じように接近していた仲間たちが分裂した様子に驚いたようだ。
「炎が火種を増やしてるみたいです! Erineちゃんと鳳さんは僕と炎を、他のみんなは火種をおねがいします」
藤井 雪彦(
jb4731)の呼びかけに、全員一斉に動き出す。
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「水面の月を打つ様な感覚だな」
アイリス・レイバルド(
jb1510)は武器に自らの力を込めながら呟く。彼女の攻撃は既に二度程火種を、一度は炎巻き込む形で『当たった』。だが、聞いた様子もなく今尚空を舞いながら、周囲に火の翼を伸ばしている。
「その体のからくり、観察させてもらおうか」
レイバルドめがけて放たれた火球を交わしながら、彼女は彗星をカウンターとして打ち返す。これも、当たるが効果の程はわからない。今は攻撃を続けて、崩れた炎がどのように回復するかを見極めようと決める。
「不死身の怪物には弱点となるコアの存在が付き物だが、さて」
火の手は収まるどころか広がる一方。劣勢だというのにレイバルドはどこか楽しげに笑った。
若菜は炎をかき消さんと流星弾を散弾状に打ち込む。それを受けてピュロマーネの火種は羽根のように火の粉を散らし首が飛ぶが、瞬きする間に元通りの姿に戻る。
「急がないと手に負えなくなっちゃうの……」
横目で大本の大きな炎を見ながら焦ったように呟く。先程のようにどんどん分裂されていけば、いずれは数で押し切られる。その焦りが彼女の命取りとなった。一気に加速した一体の火種が若菜に体当たりを仕掛けてきた。やられる、そう覚悟したとたん横合いからの攻撃で火の鳥はその体を散らしながら、慌てて反転して逃れる。
「慌てンな」
狗月 暁良(
ja8545)はマシンガンの銃口をしっかりと火種にロックして銃弾をばら撒きながら若菜に声をかける。彼女の表情は険しい。街の悲惨な状況もあるが、それ以外に一つ気になることがあった。
道端に転がる犠牲者の死に方だ。移動の途中で、焼け焦げた死体はともかく、焼けた後もない斬首死体を幾つか見かけている。しかし、今相手にしているディアボロはさっきから火で焼く、体をぶつけると言ったことしかしていない。どうやったって首を切り落とすようなことにはならない。
――別口があるンじゃねぇか。
どこを狙えばいいのかわからないのなら、全てを撃ち落とせばいい。そう判じて、蜂の巣にせんばかりに銃弾をばら撒きながらも、不穏な予感が頭を過る。
「杞憂だと嬉しいンだが、さてさて」
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鳳 静矢(
ja3856)は燃え盛る廃屋の上で、炎の鳥を見据えて呼吸を整える。
そして、一息に刀を振りぬく。彼我の距離は刀の間合いで届くものではない。しかし、それを埋めるように黒い光が奔る。光はピュロマーネを蹂躙するが、すぐに元通りの姿になってこちらに炎弾を打ち込んでくる。それを危なげなく躱しながら、視線をピュロマーネに注ぐ。何か、何か弱点があるはずだと信じて。
ピュロマーネの意識が鳳に向いた隙にErie Schwagerin(
ja9642)が巨大な火球をピュロマーネへと叩きこむ。炎に火球をぶつけることで、逆に炎を吹き飛ばす。という意図もあるが、彼女の狙いは別の所にあった。狗月同様、殺害方法の違う死体を見つけていた彼女は敵の別働隊を意識して派手に自身の存在をアピールしていた。
「下手に合流させる前に、さっさと片付けましょうかぁ」
だが、ただ囮役で収まるような性分でないことは、彼女自身が一番わかっていた。
「真空なら炎は燃えないっしょ? 削ぎ落とす!」
Erineが打ち込んだ火球で動きを止めたピュロマーネに向かって、藤井はアウルを媒介にして真空の刃を打ち込む。それはピュロマーネの体を吹き飛ばし、しばらくのあいだその内側をさらけ出す。
「……! 見えた!」
その様を注視していた鳳は叫ぶ。彼の目には炎の中煌めく赤黒い宝石が映っていた。
「炎の中に小さいが核らしきものがある! それを狙え!」
鳳の声に攻めあぐねていた撃退士達は一気に攻めへと転じる。
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レイバルドがピュロマーネの火種に間断無く銀色の杖を突き込む。それは一見、無限に再生する火を無為に突いている様に見えた。だが、細かく一定のリズムで打ち込まれ、アクセントのように相手の攻撃を躱すその様はピュロマーネの火種と踊っているようにも見える。
「成程、お約束通りにコアが本体だと確信したよ」
時折火を突き抜けずに何かに当たる感触にレイバルドはしたり顔で頷きながら、今までの舞の締めくくりと言わんばかりに強打を突き込む。それは小さな破砕音を響かせて、一体のピュロマーネの火種を散らせた。
一体減ったその時、ピュロマーネから新たな火種が分裂する。生まれたての二つの火種はまだ状況を把握出来ていないのか、その場でふわふわと揺らめいている。
「まとめていきます、離れて下さい! コメットさんでまとめて潰れちゃえー!」
仲間へ向けて警告の声を発しながら、若菜は未だ動きを見せない火種めがけて流星を打ち込む。今までと違って、核があると思しき部位めがけての攻撃だ。火種達は慌てて逃れようと動くが、遅い。逃れた先にも間断なく打ち込まれた流星弾にその身を、核を晒してあっけなく散っていく。
残る一体めがけて、狗月も容赦無く銃弾をばら撒く。こちらも、狙いがわかっているため先程よりも迷いの無い照準にピュロマーネの火種は為す術も無く核に銃弾を浴びてあえなく散る。
そして三人は残る本体へと、視線を向ける。
「手際が良い、相当の強敵だな胸が躍る」
レイバルドは斬首死体を嬉しそうに呟く。三人の意識は未だ姿を見せない、斬撃を行う存在への警戒を怠っていなかった。
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流石は本体というべきか。ピュロマーネは炎の上からの攻撃は核に届かないようだ。
Erineが熱風の煽りで動きを止め、藤井が炎を裂き、鳳が攻撃を突き入れる。それで、実際に核に攻撃が当たるのは半分といった所だ。すんでのところで、ピュロマーネは身を捩り、向かってくる鳳にカウンター気味に一撃を入れたのが一度。無差別にばらまかれた炎弾に藤井が巻き込まれたのが一度。そして、当たったのが二度と言った具合だ。
状況は五分五分と見せかけて、そうではない。火種の対処をしていた三人の手が空いたのが見えていた。これで、形勢は一気に撃退士側が有利になる。
「これだけ派手な敵だ、陽動という可能性も十分ある」
だが、鳳の声はまったく余裕を感じさせない。
「皆っ大規模の時に似た経験があるんだ!」
全員に注意を呼びかける藤井の顔も普段の笑みが浮かんでいない。
「下手に合流させる前に、さっさと片付けましょうかぁ」
そういってErineはピュロマーネに飛びかかろうとして、辞める。視界の端に何か違和感を覚えた。黒い人影。こんな炎に包まれた場所に人間なんでいるだろうか。そして、その人影の脇の大蛇。それを認めて、Erineの顔が歓喜の色に染まる。
その人影向けて、Erineは雷撃を打ち込む。人影はその不意打ちを跳躍で躱し、壁を蹴って一気にErineの方へと距離を詰める。
「あらぁ、やっぱり他にもいたのねぇ〜。初めましてぇ〜、エリーよぉ。よろしくぅ〜。悪魔…じゃなさそうねぇ。ヴァニタスかしらぁ?」
「貴様の名など不要だ」
ローエンがそう、呟いたような気がした。Erineは突撃してくるローエンを捉えようと深淵から何者かの艶やかな髪を呼び出す。しかし、それは全てローエンの通った軌跡をなぞるに終わる。そして、ローエンはErineを容赦なく殴り飛ばす。どれほどの力が込められていたのか、Erineは防御の体勢のまま吹き飛ばされビルへと激突する。Erineはすぐさま、立ち上がって魔術を発動させる。ローエンの足元に土でできた槍を生み出し、その体を串刺しにせんとする。だが、ローエンはその発動を呼んで、一歩早く駆け出す。そのまま、Erineとの距離を再び詰めてその顔に容赦なく拳を浴びせる。正確に顎を打ちぬかれたErieは脳震盪を起こしたのかその場に崩折れる。ローエンはそれに止めはささずに、背を向けてゆったりと他の撃退士達へと向き直る。
周囲を一瞬の静寂が襲う。Erineを除いた撃退士からすれば、突然現れた何者かがErineを殴り飛ばしたのだ。その硬直を鞘走りの音が破る。ローエンが黒い直剣を抜いた。
「ピュロマーネ、下がれ」
冷たい声が世界に再び狂乱をもたらす。ピュロマーネは、高度を上げて逃走へと移る。若菜はErineが吹き飛ばされた場所へと駆け寄って、手当を開始する。
「あン? ヴァニタスがお越しじゃネーか。見た目は…剣士ってトコか。戦い方、測らねぇとな」
狗月はピュロマーネに銃弾を打ち込みながらも、目をローエンから離さない。もはや、ピュロマーネに本気で当たると思っていないおざなりな攻撃だ。不気味に静止したままのローエンの目線が、狗月へと向いていた。ローエンが狗月へ向かう動作を見せた瞬間、狗月もローエンへと照準を移して銃弾を打ち込む。だが、それは一気に沈み混んで低い姿勢で駆けるローエンにかすりもしない。あと、数歩でローエンの斬撃が届く所で狗月は銃を投げ捨て、拳を構える。自棄になった、わけではない。彼女の拳は何か文字の書かれた布がまかれており、それが彼女の流し込んだアウルによって眩い紫焔をあげて燃えていた。
近距離で確かな反撃を予想しても、ローエンは止まること無く、勢いを載せて横薙ぎの一閃を放つ。狗月はそれをバックステップでかわして、高速で拳を打ち込む。それは、ローエンを確かに捉えて吹き飛ばす。
さらに追撃をかけようと、狗月が構えた所を横からの衝撃が襲う。警戒を怠っていたわけではないのに、遠く離れた位置にいた大蛇が一瞬の隙を付いて体当たりしてきていたのだ。
追撃を諦め、狗月は受け身をとった。動きがとれない狗月を逃すまいと、大蛇が皿に攻撃しようと力をため、口から威嚇音を発する。だが、それはすぐに苦痛の声に変わる。横合いから、鳳が銃撃を浴びせていた。そして、刀を抜いて大蛇へと肉薄する。自身と狗月との距離を取らせるため、刀を大蛇に打ち付けその体を切るのではなく弾き飛ばす。
「追い掛ける余裕もないな……」
すでに、ピュロマーネの姿は小さくなってしまっていた。
ローエンは吹き飛ばされた体を、空中で無理矢理捩って、その勢いを剣に載せるように回転して藤井へと振り下ろす。苦し紛れの攻撃のはずなのに、太刀で受け止めた藤井から苦痛の声が漏れる。鍔迫り合いに持ち込もうと踏ん張るが、ローエンが着地と同時に更に押し込んだ瞬間藤井の体勢が崩れる。そこを逃さず、ローエンの蹴りが藤井の腹へ突き刺さる。
藤井は為す術も無く、後ろへ転がるがすぐに立ち上がる。
「負けるわけには、行かない! ……護りたい人がこの世界にいるからねっ♪」
そう呟いた藤井にローエンは何を感じたか、今までになかった殺意の色が目に篭る。
「貴様、他人の為に戦うのか」
ローエンの言葉に、何か軽口を返そうと口を開くがすぐに辞める。ローエンの剣が焔に包まれていた。どんな攻撃が来るかわからないが、喋る余裕を感じさせない圧力があった。ローエンと藤井の距離は、剣の間合いではないというのにローエンは剣を振りかぶる。体ごと飛び込んで切るのか、斬撃と炎が飛ぶのか全く予想がつかない。藤井の喉が、緊張から空気を求めて喘ぐ。
――あれはまずいでしょ……。
藤井のその声が聞こえたのか、ローエンは横合いに飛ぶ。何事かと目を向けると、レイバルドが満面の笑みでローエンへと杖を叩き込んでいた。
「貴様邪魔だ!」
「失礼、喰らい付くのだけが取柄でね」
繰り出される剣を受け流しながら杖で打撃を与えていく。力の差か、体力の差か。不意を突いたはじめこそ優勢だったレイバルドは徐々に受け流すことが困難になり、その身が切られていく。あと数分続けば、レイバルドの体はバラバラに切り裂かれてもおかしくない。だが、その状態をローエン自身が終わらせる。剣を持っていない手で空間を押し出すようにした。それは低い爆発音を響かせて、レイバルドを後ろへと吹き飛ばした。大してダメージは無いのか、レイバルドはすぐさま立ち上がって構える。しかし、ローエンはそれには目もくれず、跳躍して壁を蹴って一息で五階建てのビルの屋上へと飛び乗る。
「悪いな、時間だ。楽しかったぞ撃退士ども」
ローエンはそう呟いて、再び跳躍。その姿が完全に撃退士達の前から消えた。
見渡せば、大蛇の姿もなく、かわりに地面に大穴が開いていた。
「こちらも逃げられた」
苦々し気な鳳の呟きが、あちらで何があったかを伝えた。
「透過しないんだ……」
場違いな感想を述べる藤井の顔には、敵を逃したというのに安堵の色が浮かんでいた。
何の準備もなく、ヴァニタスをこの人数で相手どって、死傷者が出ないだけ御の字。それはわかってはいても、取り逃がしたという事実から、撃退士達は燃える瓦礫の中からすぐには動き出せなかった。
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「派手にやられたな」
「ハイィ……申し訳ありまセン」
ローエンの責めるような声に、申し訳なさそうに焔が頭を下げる。
「……そのつもりでなかったとは言え一人も殺す事ができなかったか」
その声に、答えるものはない。
「次コソは、必ずヤ撃退士を火達磨にしてミセますヨ」
かわりにローエンは唇を薄く開いて、声音を変えてあたかもピュロマーネがそうしているように声をだす。
「期待している。お前は分裂能力を失くしたようだが……まぁ、ババァを精々利用してやるさ」
ローエンは出撃前に比べると幾分か小さくなったピュロマーネに微笑みかけた。