● 依頼内容ってなんだっけ?
「さて、春の七草といえばセリナズナゴギョウ……」
「ちょーっと待って下さい! それは普通の七草です!」
春の七草を空で言い出した美森 あやか(
jb1451)の発言をアーレイ・バーグ(ja00276)がオーバーなボディランゲージ付きで遮る。
「依頼人は言っていました、既存の七草に縛られないもの、と!」
「そうだね、 僕達流の七草粥を作ってみたい……思い出にもなるし」
四条 和國(
ja5072)がアーレイの横で同意の言葉を重ねる。
「……あんまり変な物を入れるのはどうかと思うのです」
「昔に七草といわれてたのはあんたが言おうとしてたやつじゃなくて『米・粟・キビ・ヒエ・ゴマ・小豆・蓑米』らしいけどな」
何か嫌な予感を感じ取ったのか美森が反論するが、それを紫音・C・三途川(
jb2606)がやんわり封じ込める。
「……うぅん……。……七草粥、ですかぁ……。……せっかくの機会ですし、少し、変わったものにしてみましょう……」
横からの月乃宮 恋音(
jb1221)の控えめな提案もあって美森は渋々ながら頷く。
「うーん……皆考えてる七草が違うようなので、一人もしくはグループ別にお粥を作って、皆が小皿で取るような形式にしたらどうですかねー?」
三途川の提案内容もどうやらアーレイの考えている『オリジナル七草粥』には沿わないらしい。
「そうですネ。今回はウチ達なりのアレンジも加えて何種類か作る事にするのですヨ!」
巫 桜華(
jb1163)も彼女なりに何か考えていたらしく複数種類の作成に乗り気である。
「独創的な、マイ七草粥を作る……なのです? でも依頼は材料を渡すなのですよね?」
楽しそうですが、と控えめに心音(
jb3518)が突っ込みを入れる。
「大目に材料を確保して自分たちも手伝えば少なくとも依頼未達成にはならないんじゃないでしょうか」
それに普通のものも作れますし、と半ば諦め気味に美森が心音に伝えたことで全体の方針が決まる。
この話し合いに一人関わっていない物がいた。名を天羽 伊都(
jb2199)という。それを誰も咎めもしない。
別に彼は無愛想な正確なわけでも、ましてやこの依頼に乗り気な事もない。
――お粥ってあんま食べた事ないけど美味しいのかなあ……。
そんな彼の心情が簡単に読み取れる、幸せそうな顔で虚空を見て涎が垂れんばかりの笑顔なのだ。
みんなそっとしておこうと思っただけである。
● 役割分担!
依頼時に手渡された購入費用はお世辞にも潤沢とはいえない。かと言って自腹する気にもならない。
ということで、採取できるものや園芸部や食堂で譲ってもらえそうなものは買わずないことにした。
オリジナルの案があるアーレイ、三途川、巫はそれぞれ一人で、ノープランの四条と天羽は月乃宮の荷物持ちと言う形でそれぞれ資金を分けて買い出しに出る。
美森は園芸部や調理研究部などの部室を訪ねて譲ってもらえるよう交渉することとなり部室棟へ、心音は「いっぱい草も生えてるのですよ♪ 」と若干不安に感じる言葉を残して森の入り口へと向かった。
● 七草の材料 アーレイ・バーグの場合
買い出し組は6人いたにもかかわらず、アーレイは一人で久遠ヶ原島内にあるスーパーにいた。
費用の分配が終わるなり彼女が駈け出したからである。
「さて、おっかいものー♪」
陽気にスーパー内を闊歩する彼女が最初に手にしたものは1.5リットル入りペットボトルの青ラベルコーラだ。なるほど、飲み物も必要という気配りだろう。お粥にあうかは別としてだが。
「私の七草は……これですねっ!」
一人で満足気に拳を握り締める彼女に、それ草じゃないからと突っ込む人間は残念ながら不在である。
そのまま迷いなくおつまみコーナーでサラミを、乳製品コーナーでナチュナルチーズを買い物カゴに追加する。明らかにピザの具である。
彼女の中で、お粥=米を加水・加熱調理、米=主食であることと、ピザ=小麦を加水・加熱調理、小麦=主食であることが見事に結びついたのかもしれない。かもしれないが、ピザの材料にコーラは含まれない。そしてサラミもチーズも草じゃないからと突っ込む人間は残念ながら不在である。
● 七草の材料 月乃宮 恋音・四条 和國・天羽 伊都の場合
特にオリジナル七草の具体案のなかった四条と天羽は丁寧にオリジナル七草粥のレシピをメモ書きした月乃宮に荷物持ちとして付き合うことにした。
「インド風、キチュリそれに春雨スープかぁ……楽しみだね! 僕は料理はよくわからないから月乃宮さんすごいよ!」
夢の国から帰ってきた天羽の言葉に顔を赤らめながら顔を俯ける。
スーパーで食材を買おうとするが意外に香辛料が値が張ってしまい、予定している物全ては買い揃えるのが難しく三人は野菜売り場で立ち止まって考え込む。
「月乃宮さん、どれか香辛料とか省いたりできないかなぁ」
「……あ。……えっと」
天羽の問いかけにしどろもどろになりながら、恐る恐る抜けそうなものを指さそうとする。
「そうだ、スーパーでは香辛料と卵と春雨だけ買って、野菜は商店街の八百屋で買おうよ。値引きとかしてくれるかもしれない」
このままでは埒が明かないとなった所で四条が助け舟を出し、一旦香辛料だけの会計を済ませて八百屋に向かう。
「……だめだここでも足りないよ」
「……あ」
天羽が暗算した結果、八百屋でも足りない事がわかり月乃宮がしょんぼりした顔をする。
「……大丈夫、まかせて。……すいませーん!」
四条は二人を安心させるように笑いかけて、店番の妙齢の女性を呼ぶ。
「はいはい、どれにするの?」
「玉ねぎと、じゃがいもとキャベツ。それからグリンピースと緑豆をください」
「はい。じゃあ全部で……」
そうして提示された金額は天羽の暗算どおり、わずかに手持ちより足りない。
自腹を切るのかと、天羽と月乃宮が見守る中、考えがあるはずの四条は困ったように上目使いで店番の女性を見る。
「どうしたの?」
「すいません……。手持ちじゃちょっと足りなくて……」
先ほどよりも作ったような甘えた声を出す四条に、女性は言葉をなくす。
「いくら……足りないの?」
「えっと……」
そう言って伝えた不足金額は、それくらい良いよと気軽には言えない程度であった。
「あー……」
「やっぱりだめですよね……ごめんさい」
「う……」
ごめんさい、の瞬間に涙目になった四条の顔を直視してしまった女性は断り文句を封じられる・
「あーもうっいいよ! 特別サービスよ! まけてあげるわ!」
「本当ですか! ありがとうございます」
そうお礼を言う四条の満面の笑みは、まけた対価として十分な価値があるものだったと後に女性は恍惚とした顔で語った。
● 七草の材料 美森 あやかの場合
「……という訳でして…もし少量でも譲渡していただけたらと思いまして…」
部室棟で、園芸部員に依頼の内容を説明して春の七草を分けてくれないかを頼んでいるのは美森である。
律儀にもちゃんと本来の七草を探している。
「ありがとうございます」
園芸部員がセリ、スズナ、スズシロを快く分けてくれたことに礼を言い、部室棟を後にして森へと向かう。
残りの七草を探しつつ、本来の七草に費用を使わないで色物の材料に費やす事に若干釈然としないものを感じつつ、あっちをいきこっちを行きする。
実のところ他の雑草の見分けがちゃんと自分につくとも思わない。
記憶の中から、ナズナ、ハコベラならまだわかると思い目を凝らして探すこと数十分、なんとかその二つは見つかった。
もう少し探そうかとも思ったが日が傾きだしている。依頼には時間の制約もあった。
不本意ではあるが美森は寮へと戻ることにした。
● 七草の材料 巫 桜華の場合
巫は商店街の近くまでは月乃宮、天羽、四条それに三途川と一緒に来ていたが、途中で別れて肉屋を覗く。
「出汁用の鶏ガラはっと……ありましたネ。すいません、鶏ガラをくだサイ」
肉屋の店主に声をかけ、代金と引換に鶏ガラを受け取って足早にスーパーに向かう。スーパーでも手早く目当ての料理酒と葱を買って、足早に寮へと戻る。急いでいるのは、出汁の準備をしたら材料採取に加わる事になっているからである。
寮にあがり込み、依頼人に声を掛けて台所を借りる許可を得て出汁を取り出す。
「出汁はとても大事。じっくりコトコト、煮込むですヨ! 」
材料を鍋に入れこみ、火を掛けて暫く鍋の様子を眺める。このまま置いておいて問題なさそうだと判断して、台所を後にした所を後ろから声をかけられる。
「ちょっと、どこにいくの?」
「え、これから材料を取りにいくんですヨ?」
声を掛けてきたのは依頼人の一人である。
「だめだよ、火をつけっぱなしにして目を離しちゃ!」
「それもそうデスが……」
依頼のためですと言ったのも聞き入れてもらない。まさか依頼人に見ていろとも言うわけにいかず、巫は渋々ながらその場で鍋の前で時間を潰すことになった。
● 七草の材料 紫音・C・三途川の場合
三途川は一緒に来ていた月乃宮、天羽、四条とはスーパーの入り口で別れて、美森に告げた昔の七草を集める事にする。
「といっても、蓑米は実際に何が言われてたか分かってない物なんだけど 」
と呟いて売り場を見て何か代わりになりそうなものがないかを物色する。
「キビはとうもろこし、ヒエは人参でいいか……と、蓑米は大根でいっか」
もし違っていたとしても不味いものにはならないだろうとカゴの中に入れる。
その他の材料も程なくして見つけて、会計を済ませて寮へと帰る。仮に自分たちも料理を手伝う事になったとしても三途川は手伝うつもりはなかったが、興味はあったので見学して、その後の片付けくらいは手伝おうと思い帰り路を急いだ。
● 七草の材料 心音の場合
心音は迷子になっていた。
森に入って材料探しをしているところでリスと遭遇、触ろうと追いかけた結果森の中で方角程度しかわからなくなっていた。
落ち着いて帰ろうとするが、自分の目的は帰る事ではなく七草集めであったことを思い出し、足元を注意深く見る。
「この草は食べられそうなのです。それと、得体のしれないキノコは…はわっ! あのキノコ、美味しそうなのです!!」
喜びにあふれる目線の先にあったのは、美味しいそうかどうかはともかくきのこが生えていた。
「い、一応拾っておくのです」
何が一応なのかわからないが、謎のきのこをもぎ取る。
その後も帰り道で、木の実を拾い雑草を摘みながら歩いて結構な種類、量の材料を――食べられるかどうかは別にして――手にしての帰還となった。
● 調理と試食と死食
全員が揃い、材料と鶏ガラスープを依頼人に渡す時に、巫、アーレイ、月乃宮も作ると申し出たところ、依頼人は大喜びした。
四条も余った蕪で浅漬を作ることを提案し、残りも調理はしないまでも見学をすることになった。
調理風景は実に壮観であった。
月乃宮レシピを元に四条と天羽が手伝い危なげなく調理されていくオリジナル七草粥。
その横で明らかに間違った使用法でコーラを扱うアーレイのオリジナル七草粥。
依頼人が悪乗り全開で、心音のとってきたキノコ、木の実をなんの疑いもなくぶち込むオリジナル七草粥。
巫はそれらを意に介さず黙々と自分の物をオリジナル七草粥を作ることに集中し。それらを見かねた美森と三途川が足りないものをその場にあるもので代用しながらそれぞれまともな七草粥を作る。
全員分の調理が終わり食卓に全ての七草が以下のように出揃う。
異臭とともに黒いコーラだった液体の上に浮かぶチーズとサラミらしきもの(アーレイ作)
何故か紫色のお粥(心音提供キノコ、木の実を使用した依頼人作)
少し代用品があるもののまともな七草粥(美森作)
違うとはいってもまともな昔の七草粥(三途川作)
ただの中華粥だけど食欲をそそる七草粥(巫作)
おいしそうな浅漬(四条作)
香辛料が食欲をそそるインド風七草粥(月乃宮作)
上記の胃が疲れそうなのを癒す中華春雨スープ(月乃宮作)
「頂きます!」
早く食べたくて仕方ないと言った天羽の挨拶を合図に皆それぞれお粥に手をのばす。
アーレイが次々とお粥に手をつけていく。もちろん自身の作った黒いコーラ粥にも。ただ、紫色のお粥を前にした時はしばし悩んだ後、見なかったことにした。
「どれもおいしいですけど、やはり私のが一番美味しいですね」
そう言うアーレイにつられて、巫が黒い粥に手を付けるが絶句する。
「おいしいでしょ?」
「そ……そうデスネ」
明らかに心のこもっていない棒読みの賛辞であったがアーレイは満足気に頷く。
それを横目にアーレイは自分が作ったものと、比較的まともそうな巫や三途川の作った物を黙々と食べる。明らかに変なものはそっと脇に避けていた。
最初変な物を入れるのに否定的だった美森は、黙々と自分がつくった本来の七草粥に近い物だけ食べていたが、匂いにつられて比較的まともそうなオリジナル七草粥を食べて、まぁこれはこれで有りなのかもしれないなと思った。
四条は浅漬を周りに勧めながら全ての粥を口に運んでいく。黒いコーラ粥はまずかったがまだ何とか飲み込むことができた。だが、紫色の粥を前にしてあまりの異臭に食べることを躊躇うが勢いを付けて飲み込んだ所で彼の記憶は途切れた。
――食べ物意外が入ってるとは思わなかった。
目を覚ました時の彼の第一声であった。
天羽は、美森が作った普通のもの、月乃宮が作った物と普通な順に箸をつけて行っていた。
「これもこれも本当においしいね!」
満面の笑みを浮かべながらドンドンと食べ進めていく。だが、コーラ粥を口にした瞬間、笑顔が急に愛想笑いになり無言になった。そして最後、紫色の粥を口にした。
「これも個性的でおい……」
美味しい、その一言を言うにはあまりに無理のある匂いと味に彼はその姿勢のまま固まってしまっていた。
「はわっ…あわわわ…わー……」
心音は、一番悲惨であっただろう。食べ物はその生命を刈り取った以上、きちんと食べなければいけないとの思いが彼女を突き動かし、あまり手を付けられないコーラ粥と紫色の粥を食べるハメになっていた。
一見いつもと変わらない穏やかな顔のようだが、よく見ると顔色が非常に悪かった。
そんな一部で阿鼻叫喚となっている様を横目に三途川は、昔と今で七草が変わったりあった風習がなくなったりするのはこういう人間の力があるからかなとしみじみ思いながら、その実まともそうなものにしか手をつけていなかった。
試食を終え、何人かの体調不良者を出しつつ依頼を終えて寮を後にした撃退士の背後から、何人かの悲鳴と、女性二人の高笑いが響いたのだった。