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「天魔が居ると言う山の地形を把握したいんですが、地図とかはありますか?」
鈴代 征治(
ja1305)の問いかけに、依頼主は肉に埋れた顎をしゃくって傍に控えた男に指図をする。
指示を出された人間は無言で、懐から地図を出して鈴代に手渡す。
「ありがとうございます」
「流れ弾とか敵の攻撃とか危険ですから、絶対に外に出ないでくださいねぇ。前にそうして人が動いて護りきれなかったことがあったもので……」
鈴代が地図を受け取るのを横目に、黒夜(
jb0668)が依頼主を牽制する言葉を投げる。それにどんな反応を示すのか、見逃すまいとじっと依頼主を観察する。
「そんなことはわかっとる! さっさと行き給え、私は待ちきれないんだよ」
依頼主は苛立ちを隠そうともせず依頼主は声を張り上げた。黒夜はそれを見て何か感じとったか。表に感情は出さず、鈴代と連れ立って無言で部屋を後にした。
部屋に残ったのは依頼主と、その身内ばかり。
「ふえっへっへっへ。やっと行ったか。どれどれ、それじゃあ狩りの様子を楽しもうじゃないか」
男の声が合図となって、側仕えの人間が一斉に動き出す。あるものは手早くカーテンを閉じ、あるものは照明を落とし、あるものは銀幕を降ろす。
そして、銀幕に映像が写し出される。
そこには、今当に館から出て歩き出す撃退士達の姿があった。
「誰か一人位天魔に殺られと盛り上がるんだがなぁ……」
男は下品な笑いを浮かべながら、食い入るように銀幕を見つめた。
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「さーて、高額報酬に釣られて来たは良いけど……この山ん中探すのかよ、面倒くさいな、おい」
綿貫 由太郎(
ja3564)は屋敷の前で森を見遣りながら、辟易したように呟く。気怠気な雰囲気が彼から全員に電波したように晴れやかな顔をしたものは誰も居ない。
「鈴代達が地図を貰ってくれば多少はましになるだろ。……それにしても、この依頼主喰えんな……油断できん、警戒する必要があるか」
里条 楓奈(
jb4066)は綿貫を宥めながら、依頼主が気になるのか建物をちらりと振り返る。その顔には不信感が色濃く表れている。
「前任者が逃げ出してるし、守秘義務があるし、依頼人の雰囲気といい、いかにもな怪しさだね……。討伐はしっかりやるけどさ」
言葉を引き継ぐようにソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が不審な点を言葉にする。
「美味しい話には裏がある。楽して稼ぐなんて、夢のまた夢さね」
そんな懐疑的な二人の肩に手を置いて、アサニエル(
jb5431)は苦笑を浮かべた。
そうこうしている内に館から、鈴代と黒夜が出てくる。鈴代の手には地図らしきものが握られていることを確かめた里条は頷きながら口を開く。
「そうだな、その通りだ。二人も来たようだし、依頼を果たそう」
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鈴代を先頭に一行は山の中、木々を掻き分けて歩いていく。目指すは、地図上に表示された広場のように木々のない場所だ。途中で、鈴代は全員に無線機を配っている。そして、鈴代が持つホイッスルの鳴らし方での合図も全員の認識合わせは済ませてある。携帯も一応使えるが、万が一の連絡手段は万全だ。広場に到着した後、鈴代と里条を除くメンバーで待機。二人が目標を見つけ、広場に追い込み後はただ叩くだけだ。
実に容易い。尚更、提示された高額報酬が腑に落ちない。
途中、天魔に限らず何か――例えば依頼主――の妨害があるかと警戒をしていた面々だが、特に何事もなく予定していた広場へと足を踏み入れる。
「……ちょっと待って。これは何だ?」
黒夜が、屈んで拾い上げたのは白っぽい何かだ。彼女が手にしているのは小さな白い石のようだ。同じようなものが芝の上に無数に転がっていた。
「……明らかに骨だけど、自然に動物が死んだにしては不自然さね」
同様にそれを拾い上げてアサニエルが眉を顰める。そう、小さな白いそれは骨だった。何の骨とも判別がつかないほどに砕けて、広場一面に広がっている。物によっては焦げたような跡が付いたものもある。
一体、何の骨か。
逃げ出した撃退士。依頼主の態度。難易度に見合わない報酬の額。
それらから、何を想像したのか、一様に全員の顔が曇る。誰もが口を開かず、押し黙る。
ここで、想像した何かを言おうとするものはいなかった。
言ってどうなるわけでもない。
撃退士達は無言で顔を見合わせて、里条と鈴代は周囲を警戒しながら再び森へ、残った面々はそれぞれ身を隠す場所を求めて動き出す。
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「ほほう。なるほど二人が追い込んで、残りが狙撃か……。その後は全員で総攻撃、と」
依頼主は深々と椅子に腰掛けながら、薄暗い部屋の中銀幕を楽しそうに見つめる。
無言で散って行く撃退し達の姿が木の葉の影越しに銀幕に映っていた。
「これならカメラを仕掛けていないところで決着がついてしまうこともないな」
男は嬉しそうな顔でしきりに頷いた。
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息を殺して慎重に歩を進める鈴代が何かに気づいて立ち止まる。隣にいた里条も気付いたらしく、同様に立ち止まって頷いた。
「回りこむぞ」
里条は、広場の方向を目線で確認しながら呟く。そして、更に音を立てぬよう慎重に回り込む。
二人の先、木々から白い鳥の姿が除く。
バカでかい鶏。ただし、尻尾は蛇。どう見ても人畜無害です、とは言えない見た目だ。
「我らが先陣だな。しくじらぬ様に頑張ろう」
広場と鶏を結ぶ直線の延長線上まで回り込んで、里条は鈴代に話しかける。鈴代は頷いて、阻霊符と防犯ブザーを懐から取り出す。
「さぁスレイ、狩りの始まりだ。確実に仕留めような」
里条は呼び出した召喚獣――スレイプニルに微笑み掛ける。その脇を鈴代は駆け抜けて、一気にコカトリスとの距離を詰めて、阻霊符を展開させながら防犯ブザーの紐を引き抜く。けたたましい音が鳴り響き、その音と鈴代に驚いたコカトリスは慌てて逆方向へと駆け出す。だが、それは僅かに鈴代達が狙っていた進路から逸れてしまっていた。
「そっちじゃないぞ。スレイ、道案内してやれ」
里条の声に応えるようにスレイニプルはコカトリスの進行方向へと先回りをする。両者は睨み合うように立ち止まる。その均衡状態を破る様に、鈴代と里条はホイッスルを鳴らして、追いかけられていることを知らせる。コカトリスは笛の音から逃れるように、そしてスレイニプルから逃れるように進路を変えて再び駆け出す。
「また微妙にずれてますね……」
「私とスレイに任せておけ」
鈴代の言葉に、里条が不適に微笑む。
「ふふふ……存分に踊れ、私らの手でな。終焉には死を褒美にくれてやるからな……」
笛などなくても、里条の壮絶な笑みは十分な圧力をコカトリスに与えていた。
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「しかし、一体なんで砕けた骨なんて出るんだろう……」
木陰に隠れながら、ヴァレッティは困惑した顔で散らばる骨片を見遣る。
「それは終わってから調べたらいいさね」
ヴァレッティの方を向かず、武器の最終確認をしながらアサニエルが応える。目前の敵を前に些事を気にしない彼女の態度に、ひとまず同意したヴァレッティは頷いて同様に武装の最終確認を始める。
程よい高さの木を見繕って、その上に登って身を隠していた黒夜はその場にそぐわない物を見つけて首をかしげた。
「何でこんなとこに……」
戸惑う視線の先には一台のカメラがあった。絶賛稼働中らしく、赤いランプが灯っている。電池式かつ録画あるいは無線で映像を取得しているのかケーブルの類は見当たらない。
首をかしげながらも、何かの役に立つかと、懐から使い捨てカメラを取り出して、不自然なカメラを写真に収めた。
「……アウルだから燃え移ったりせんよな」
燃え移ったらその時考えるか、と適当な事を呟きながら綿貫は火炎放射器を広場から森の一角へと向ける。その方向から微かに、笛の音と低木をなぎ倒しながら近づいてくる足音がしていた。
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広場にコカトリスが、それを追うように鈴代と里条が駆け込んでくる。鈴代と里条はそこで速度を緩めるが、コカトリスはそのまま広場を突き抜ける。目前に火炎放射器を構えた綿貫が迫り、それを避ける様に僅かに進路を帰る。その先は再び森。だが、その木の上には黒夜が潜んでいる。
黒夜の射程に入るその寸前、ヴァレッティは茂みから飛びだし花びらを放つ。それが螺旋を描いて肉薄しているというのにコカトリスは避ける素振りも見せず足を止めない。見た目で攻撃でないと誤認しているのか、単に頭が悪いだけか。どちらにせよ、螺旋を描いた花びらが直撃する。コカトリスは途端、目を回す。だが、コカトリスは走っていたのだ。勢いが付いた体も足も止められず、もつれるように前へと倒れ込む。
そこに狙いをすませた黒夜の放った小さな夜がコカトリスを包み込む。立ち上がるも、一人だけの夜へと引き摺り込まれたコカトリスは頭を振って闇を振り払おうとその場で首を振る。そんな格好の的になったコカトリスへと、綿貫が火炎放射器の引き金を引く。
「よしよし、燃え移らない」
周囲の草木へと飛び火しないことをいい加減に確認しながら頷く彼の反対から、アサニエルが光弾をコカトリスへと打ち込む。
痛みをこらえてコカトリスはデタラメに体を動かす。その先に、運悪くヴァレッティが居る。技を放った直後で未だ次の行動に移れていない彼女がコカトリスの下敷きになるかと思われた。
「……っ! 無駄に重いですね」
集中砲火の合間に接近していた鈴代がコカトリスとヴァレッティの間に入っていた。うまい具合に衝撃を受け流して、盾で体を押し返し、お返しとばかりにその槍を突き立てる。
「確実に当てていくよ」
ヴァレッティは心の中で鈴代に礼を言いながら、眩い光弾をコカトリスへと打ち込む。着弾の衝撃に押されるように、たたらを踏んだところにコカトリスの体に強い衝撃が襲う。少し離れた場所から全体を俯瞰していた、里条の命に従ってスレイプニルがその体を勢い良くぶつけたのだ。
そしてコカトリスはその場で何かに貫かれたかのように体を硬直させる。そして、ゆっくりとその場に倒れる。
「……え。弱……」
不可視の矢を放った黒夜は仕留めた喜びでなく戸惑いの表情で、崩折れて動かなくなったコカトリスを見つめた。
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「おぉ……良い連携だのう」
銀幕の上で絶命するコカトリスを見ながら依頼主は感嘆の声を漏らした。
「しかし……ちと今回の獲物は弱すぎだったな。あっさり行きすぎてつまらんかった」
男は給仕から渡されたグラスを受け取り、中身を一気に飲み干す。
「酒を持ってこさせてる間に終わってしまった……。また、天魔を連れてこさせんとなぁ……」
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「あんまり後ろ暗いことじゃなきゃ、あたしらも気が楽なんだけどねぇ」
アサニエルは、絶命したコカトリスの側で何の物ともしれない骨片を拾い上げながら呟いた。
「まー狩り自体趣味としてはどうかと思うがね、生活の為ならいざ知らず遊びで命を奪おうってんだし」
アサニエルの側で、周囲に油断なく目線をむけながら綿貫は答える。
「ただの狩りじゃ無いと思うんだ」
木から降りてきた黒夜が呟く。
「どういうことなの?」
「監視カメラがあった」
ヴァレッティの問いかけに、黒夜は完結に答えた。
それを聞いた面々は全員、顔を歪める。はなからわかっていたとは言え、案の定まともな依頼ではなかったようだ。
見張られている以上、ここで長居するのも不味いとそうそうにその場を後にするのだった。
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「そのぉ……ひとまず確認不足な状態で依頼を回してしまい申し訳ありませんでした」
幅野あずさ(jz0181)は撃退士達が持ち帰った骨片と写真を前に深々と頭を下げた。
「それより、これは結局どういうことなんだ?」
謝罪よりも事実が知りたい、と里条は幅野に説明を促した。
「端的に言うと、皆さんが命がけで天魔と戦うのを見る事を楽しんでいたようです。そのためにわざわざ私有地に、臆病な天魔を追い込んでいたようです。……久遠ヶ原管轄でないので確認が今までかかりましたが、前にも同じ事をしていたようです」
「なるほどねぇ、だからカメラがそこらにあったんだねぇ」
アサニエルは合点がいったと頷いた。
「あの骨は何の骨だったんですか?」
「人間……正確に言えば元人間の物です。前例があると申し上げた通り、以前狩られた天魔の物ですね」
「こういうのは何度か経験あるけど、やっぱり気分いいものじゃないよね」
最悪例えば人間を餌に天魔をおびき寄せた訳でないと知って、質問をしたヴァレッティは安堵の息を吐く。とはいえ、見世物にされたという不快感にその顔は穏やかとは言えない。
「法は犯してはいない、んですよね……」
「はい……」
鈴代の言葉に幅野は困った様にうつむいた。
「報酬はちゃんとでるんですかぁ?」
「それは、もちろんです。……あまり気持ちの良い話ではないと思いますが、依頼主はとても満足してくださっていましたので。こちらです」
黒夜の言葉に幅野は慌てて何度も頷きながら、それぞれに報酬の入った封筒を手渡す。
綿貫は何か言いかけたが、すぐさまそれを飲み込む。一回り以上年下の幅野に、言ったところでどうなるものでもない事を言う気が失せたらしい。代わりに電子タバコを取り出して、咥えて深く吸い込んだ。
「あの……綿貫さん、ここ禁煙です」
「電子タバコだよ」
「……それなら……いい……のかなぁ?」
困ったように首を傾げる幅野の様子が少し笑えたので、言いたいことを我慢した分はチャラにしようと思った。