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マスター:桜井 てる
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
参加人数:25人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/06/20


みんなの思い出



オープニング


「はあああああああああああああああああ!」
「ちょっと……主任うるさいです……」
「叫ばずにやってらんないわよ!」
 髪の毛を後ろにまとめたスーツ姿の痩身の女は頭を抱え込みながら叫ぶ。
「みて! これ! 今月も、来月も予約ゼロ! 6月なのに! ジューン・ブライドなのにゼ! ロ!」
「はじめからわかってたことじゃないですかぁ……」
 主任に詰め寄られながら、同じくスーツ姿の男は突き出された白紙の名簿からそっと目を逸らす。
「この島にいるのはほぼ学生。いくら人口が多いからって、そうそう結婚式なんて需要ありませんよ」
 男はポケットからスマホを取り出していじる。上司の愚痴を完全に無視していた。
「本社でそれ言ってみなさいよ……。即、クビよ!?」
「有給休暇だと思ってのんびりやればいいんじゃないですかねぇ」
「そんな呑気な……。撃退士としてどこも雇ってくれなくて、死ぬ思いで入ったのに……。ここまで頑張って出世してきたのに……。久遠ヶ原に式場つくるから撃退士としての資格を持つ君にお願いって言われて喜んでたのに……」
 女の口から延々と漏れだす我が身の不幸の呪う言葉。男はそれに頭を振りながら溜息を吐いた。
「主任、もう忘れたちゃったんですか? 久遠ヶ原の生徒はお祭り事が好きなんですよ」
「……だから何よ」
 男の声に女は現実に戻ってきた。呆れたような物言いに女は眉間に皺を寄せる。
「まずは認知度を上げるためにイベントをする。その中で一組でもここを使ってくれたら御の字、でしょう?」
「それは……そうだけど。どうやって?」
「任せといて下さい」
 男は、胸ポケットからペンを取り出しながら不敵に微笑んだ。


「考えたわね……」
「俺もここの卒業生ですからねぇ」
 女の言葉に男は満足気に頷いた。二人の前の机には一枚のポスターが広げられていた。そこには、結婚式体験イベントの文字が可愛らしいフォントで踊っていた。
「確かに久遠ヶ原の生徒はこういうの大好きよね」
「主任は昔過ぎて忘れちゃいましたか?」
「退職届の書き方を教えてほしいの?」
 しみじみと呟いた女にからかいの言葉を投げて返ってきた言葉は、もう梅雨だというのに乾ききった冷たいものだった。
「やだな、冗談ですよ」
 これはまずい、と男は手を上げて降参の意を示す。そんな男を無視して女はまじまじとポスターを眺めていると、ある言葉に気付いて体が固まった。
「……ねぇ、これ何?」
「どれですか?」
 女が指差す先にあったのは『同性同士での参加も可』の文字だった。
「ああ、そのほうが盛り上がるでしょヴェッ!?」
 もう、刷り上がってしまったポスターを再度作りなおすだけの予算も、時間的余裕もなかった。だから、女は男の腹に拳をめり込ませる事で溜飲を下げようとしたのだった。


リプレイ本文


 後輩の発案した式場解放イベントの告知をして数日。今日がそのイベントの日だ。これで来なければ下手すれば、解雇。そう思うと、自然といつもよりも身だしなみの確認と笑顔の練習にも力が入る。
「あ、主任早速着ましたよ」
「……よし! 気合入れて行くわよ!」
「はい!」


 早速来場した女の子二人に、名簿に記名してもらう。今後の営業のためだ。
「ここが今話題の式場ね! どんなドレスがあるのかな?」
 雪室 チルル(ja0220)と記名した方の小柄で、顔にも幼さの残る女の子が同行者に期待の篭った疑問を投げかける。
「楽しみだよね! 何にせよウェディングドレスを着る機会なんてそうないよね! 」
 声をかけられたフィル・アシュティン(ja9799)は少女から大人への女性への過渡期だろう。幼くも、大人びているようにも見えるこの時期にしか見られない魅惑的な笑顔を見せる。
 記名も済んだので式場の案内をする、と声を掛けると二人とも元気の良い返事をして後ろから着いてきた。
 会場内を案内していると、一頻り感動した後、何が可笑しいのか二人とも何事か言葉を交わしながら常に笑っていた。箸が転んでもおかしい年頃、というやつだ。私にもあった。
 式を行うチャペルに案内すると、二人は感嘆の声を上げた。
「すごーい、綺麗ですねー」
 その言葉に私は、ありがとうございますと返した。働いている私でも、毎日キレイだと思うのだからこの反応は当然だ。
 チャペルの案内を終えて、おそらく二人が最も楽しみにしているであろうドレスルームへと案内する途中、アシュテインは忙しなく携帯を触っていた。
 マナー違反だと思ったが、少しその画面を覗きこんだ。
「新しくできた結婚式場、とっても綺麗だよ〜♪ 」
 と言う文字が踊っていた。おそらくSNSへの投稿文だろう。なるほど、口コミも期待できるのか。私の中で後輩の株が上昇した。 ドレスルームでは、どれが似合うか、これがいい、あれがいいと楽しげだった。
 最終的に撮影に使うドレスは雪室はその名を表すように雪の結晶をあしらったティアラに純白のドレスだった。アシュテインも綺麗なのだが、雪室は未だ残るあどけなさも相まって雪の精霊のようであった。
 カメラマンが撮影の準備をしている間、二人は理想の男性像についてあれこれ話をしているのは微笑ましかった。だが、私にその話題を振るのは勘弁して欲しかった。悪気はないんだろうけど、心が痛い。
 口コミ確保のための無料イベントだから、徒労に終わるかもしれないと思っていた。しかし、
「こんな素敵な場所で結婚できたら両親も喜ぶかな?」
 帰り際のアシュテインのこの一言は何よりもの報酬だった。


 続いてきたのはカップルだ。
 二人とも若い。冷やかしかとおもったが、式場見学もやたら熱心だ。
 冗談半分でご結婚されるんですか、と尋ねると女の子――雪成 藤花(ja0292)ははにかみながら、この秋に入籍予定ですと告げた。驚いて男の子――星杜 焔(ja5378)の方を見ると照れくさそうに頬を掻いていた。
 最近の子は進んでるなぁ……。だが、そう言う事ならこちらも本気を出そう。ひょっとしたらこの式場での挙式第一号になるかもしれないのだ。
 ドレス選びは二人以上に熱が入った。
 二人の希望を聞きつつ、イメージに合うものをと提案した。雪成には、白。だが、光の加減で淡く緑に見える光沢のある素材のドレスを提案した。オーガンジーやレースがふんだんにあしらわれ、下品すぎないような絶妙なバランスのプリンセスラインの一品だ。清楚さをイメージした。白バラを中心として、トルコキキョウの青でアクセントを加えたブーケがとてもよく映えた。
 雪成と違って星杜は自身の衣装についての意見は無かった。聞けば困ったように雪成に助言を求めていた。まぁ……男の子ってそういうもんよね、というと雪成は可笑しそうに笑いながら頷いた。
 雪成の提案で、白のタキシードを着た星杜は、そっと彼女の手を取り撮影場所までエスコートした。当然慣れていないだろうが、その動作には彼女を大切にしているのだ、ということが十分に伝わるものだった。
 カメラを前に二人は向かい合い、星杜が雪成のベールをそっとめくる。
「……似合ってる」
 恥ずかしいのか顔を赤くした雪成が小さく囁いた。そのせいで、星杜も耳まで赤くしたのがとても微笑ましかった。
 指輪を交換するその瞬間を写真に収めた二人はとても幸せそうだ。
 着替えを終えて、写真の出来上がりをロビーで待ってもらっていると、雪成はとても幸せそうな顔で、
「本番も素敵だといいですね」
 と言った。も、と言うことは今日も二人にとって良い日になったのだろう。
「海が見える式場……かな? 海が憧れだったよね」
 星杜がそう答えるのを耳に挟んで、内心ショックだったが。この式場は海は見えない。だが、例えどこで式を挙げようとも、私は二人の先輩として末永い幸せを願おう。


 後輩が案内していたカップルが試着を終えたので、撮影場所に案内するべく声をかけた。
「さ、参りましょう龍斗さま」
 夏野 雪(ja6883)に促されて、二人は立ち上がって着いてきた。ドレスアップした二人は手を組んで移動していたのだが、彼氏の方、翡翠 龍斗(ja7594)が何か思いついた様な顔をする。
「腕組んで撮るのもいいけど……よっと。こういうのもいいだろう?」
 そう言って、彼女、夏野を横向きで抱き上げた。所謂お姫様抱っこと言う奴。大胆でちょっと強引な彼氏、いいなぁ。夏野ははじめ戸惑いを見せたが、すぐに落ち着いて翡翠の首に手を回し彼に完全に体を預けた。信頼していないと出来ないことだろう。
 そのままの姿勢で撮影を終える。
「刻が来たら、こういう場所で、雪と式を挙げたいものだ」
 夏野にはおそらく聞こえていないだろう小さな声で、翡翠が呟いた。それを聞いて私は思わず笑顔になった。
 後を後輩にまかせて私は休憩を取ることにする。
 近所の喫茶店でコーヒーを飲んでいると、ウチの式場のパンフレットを抱えた夏野と翡翠がやってきた。見学を終えて、お茶をしにきたのだろう。
 私に気づかず、隣に座った二人は机の上にパンフレットを広げる。
「雪は、こう言ったのも似合うと思うよ」
 翡翠が、さっき夏野が着たのとはまた違ったタイプのドレスを指差す。夏野もまんざらではないようで、いいですねと頷く。
「龍斗さまは、こういった正装が少ない気がします。殿方なのですから、もっと正装を増やすべきです」
 夏野は、男性用の衣装のページまで一気に捲る。
「あ、こっちのなんてどうでしょう。こういうのもいいですよね」
 夏野がまくし立てているけれど、翡翠は目を逸らして飲み物に口をつけている。彼女さん、彼氏さんが無視していますよ。
「……聞いてますか?」
 私の声が聞こえたのか、夏野が咎めると翡翠は慌てて聞いていると頷いた。
 とても微笑ましい光景だ。どうかこの二人も末永く幸せでありますように。


 休憩を終えて戻ると、何やら険悪な雰囲気のカップルがいた。
 式場の見学を終えて、撮影用のドレスを選んでいるのだが、様子がおかしい。
 彼女、夏木 夕乃(ja9092)が彼氏、日下部 千夜(ja7997)に『ドレス』を勧めているのだ。
「このオレンジのドレスを着てみないか? 似合うと思う」
 そういう日下部を半ば無視して、夏木は青紫色の薔薇をあしらったドレスと巻き毛のウィッグを手に取る。
「さーさーお着替えしましょーねー」
「このドレス着た夕乃を見てみたい。だから着て写真を撮ってみないか?」
 夏木をなだめようと必死に言葉を重ねるも虚しく、日下部は夏木に背を押されて試着室に押仕込まれてしまった。
 止めるべき、かと思ったがおもしろ……夏木の剣幕に、止めるのを躊躇った。
 試着室から出てきたのは見事に女装が決まった日下部の姿だ。
「う……うちにこんなんにあわへんわぁ」
 何故か関西弁になって、精一杯女の子の声にしようとして失敗したハスキーボイスに思わず吹き出しそうになる。
 日下部がドレスを着込んでいる間に夏木は髪を一つに纏めて膝丈のズボンにシャツを着て、ネクタイを締めいていた。男装の麗人、というには少し可愛らしすぎるが。
 その姿のまま二人は撮影場所に向かう。この状態でいいのか? 同じ疑問を持ったらしいカメラマンと目を合わせるが、まあいいのだろう。そのまま撮影の準備に取り掛かる。
「……あの時はすまなかった。かなりの失言だったと反省している。夕乃は愛らしい、少女だというのに、何をトチ狂っていたのか……」
 日下部が必死な様子で、夏木に恐らく喧嘩の原因について謝っているようだが夏木はヘソを曲げたままだ。
「最後は並んで写真撮らへん? ええ機会やし」
 日下部は女装については諦めたのか、そう提案すると夏木は不承不承と言った感じで頷いた。
 カメラマンの合図があると、不機嫌そうだった夏木はそれが嘘のように嬉しそうな笑顔になって日下部に身を寄せた。……痴話喧嘩か……。
 そして、日下部はそのまま、夏木の唇を奪う。カメラマンはそれを逃さず、シャッターに収めた。
 男女逆転の花嫁写真が、これからの二人の喧嘩の仲直りのきっかけになるといいね、とカメラマンと一緒に笑いかける。二人は照れくさそうに笑いながら頷いた。


 次に案内したカップルはどちらも物静かな雰囲気のカップルだ。落ち着いた様子で、ゆっくりと式場を回っていく。
「なるほど、こういう風になっているのか」
「……綺麗…な…式場…です…ね……?」
 男性、サガ=リーヴァレスト(jb0805)に女性、華成 希沙良(ja7204)は少し辿々しい言葉で頷いた。
 嬉しい事に、客足は途絶える事はなくフィッティングルームは順番待ちが必要な状態だ。お茶を出して、少し待ってもらうことにする。
「……楽しみ……です……」
「本当の式では無いとは言え、こういう物の順番待ちは落ち着かないな」
 慣れない場所で、リーヴァレストは少し落ち着かなさそうだ。体を寄せて、カタログを覗きこむ姿はどんなカップルでも同じだ。
「……どれが……似合うと……思い……ますか……?」
「このドレスはどうだろうか……希沙良殿に良く似合いそうだが」
 リーヴァレストが淡い水色のドレスを薦めると、華成は無言で、だが嬉しそうに頷く。
「私は……これが良さそうか、あまり濃い色は場に合わないだろうしな」
 そう言いながら彼は薄い紫色がアクセントの白いタキシードを選ぶ。
 どれだけ物静かでも、仮にどんな事情を持っていたとしても幸せを形にしようと話し合う姿は同じで微笑ましい気持ちになる。
 フィッティングルームが開いて、先程二人で決めたドレスに着替えて出てくる。
「……とても……似合い……ます……ね……」
 華成は着替えたリーヴァレストを見て照れながらも、微笑みながらその姿を褒める。リーヴァレストはああ、だとかうんだとかの声を上げるだけだ。違うだろ、そういうのは男が言わないと、と頭を叩いてやりたかったが今の私は唯の店員だからぐっと堪えた。
「……えっと……恥ずかしい……ですね……」
 いざ、写真撮影となると華成は緊張してしまったのか、表情を強ばらせてリーヴァレストの後ろに隠れてしまった。
 その様子に、リーヴァレストは最初苦笑するだけだった。だから、そうじゃなくって男なら……と言いたい。だが、最低限華成の顔は見えているし、これでいいのならいいのだろう。と思って、撮影を進めることにする。
「主役が隠れていては撮影にならないぞ、希沙良殿……ふふふ」
 突然リーヴァレストは後ろを振り返ったかと思うと、華成を横に抱き上げる。そう! それだよ! なんだ、できるんじゃない。
「……有難う……御座います……」
 急にお姫様抱っこされたことに驚きながらも、華成は嬉しそうだった。
「……いつか……きっと……本当の……式……で……ここを……訪れ……たい……です……ね……」
 華成が帰り際そんな事を呟いているのが聴こえて思わずガッツポーズを取ってしまった。


 久遠ヶ原の幸せなカップルがたくさん訪れると嬉しい。あるいは、将来の幸せを夢見る女の子が来てくれるといい。そう思って開いたイベントだが、ここは久遠ヶ原だ。そう思惑通りに進まない。
 その最たる例が今、白い紋付袴姿で目の前にいる。
 草薙 雅(jb1080)と名乗った、女性のように線の細い男は訪れるカップリにケーキを作りたいと申し出てきた。
 どうしようか、と思ったが久遠ヶ原の生徒がこういうことを言い出すのは想定の範囲内だ。
 了承すると、草薙は嬉しそうに微笑んで厨房をつかってケーキ作りに専念した。
 カップル毎に、その男女の雰囲気に似合った意匠を凝らしたケーキを次々に作り上げていく様に私は感心した。撃退士やめて、パティシエになればいいのに……。
 ケーキをカップルに渡す時でも、出しゃばらず、
「お幸せに!」
 とだけ告げる姿は好感がもてた。
 事務所で一息ついていると、草薙が訪れた。もう帰るのかと思って声をかけると思ってもない言葉が返ってきた。
「見た目……美少女なのでドレス姿の写真をポスターにして貰えると嬉しい」
 その言葉に頭が一瞬フリーズしたが、まぁそれくらいいかと思って了承した。モデル代浮くし……。
 綺麗にメイクした、幸せそうなほほ笑みを浮かべた花嫁姿の男のポスターが宣伝に使われる事になった。「LOVE with you! 微笑みの贈り物を」という草薙が提案したちょっとよくわからないキャッチコピーが色鮮やかに踊っていた。


 ……辛い。いや、まあそういうカップルも居るんだろうということはわかっていたけど。
 式場を案内するときも、ドレスを選ぶ時も姫路 神楽(jb0862)と姫路 明日奈(jb2281)は目があう度にキスをしていた。
 説明をしようと振り返るとちゅっちゅしているのは、微笑ましいを通り越して辛かった。式場で働いている人間が独り身で悪いか。
 苗字が同じなので、兄弟姉妹か既に入籍しているのかと思ったがどうやら偶々同じ名字というだけらしい。聞いたわけではないが、神楽の終始嬉しそうな表情でなんとなく、そう思った。
 撮影の順番待ちをお願いすると、二人はどちらともなくしりとりを始めだした。
「馬刺し」
「しょうゆ」
「夕焼け」
 神楽は少し悩んだ素振りを見せた後、イタズラっぽい笑みを浮かべる。
「……結婚しよう」
「うん」
 明日菜は赤面しつつも嬉しそうに返事をした。……なにこのトレンディドラマみたいなの、羨ましい。
 写真撮影の時も終始神楽は、明日菜の頭を撫で、ハグし、キスをする。二人にはお互いしか見えていないのだろう。幸せそうで何よりだけど、ちょっと辛いんだってば。
「今度は本当の結婚しようね♪」
 撮影を終えて、更衣室に戻るとき、神楽がそう言った。明日菜の返事は聞こえて来なかったが、恐らく頷いたのだろう。振り向かなくてもちゅっちゅしてる気配が伝わってきた。


 ちょっと客足が途絶えて、ロビーにいると入り口からこちらを伺っている女の子の姿が見えた。彼氏や友達の姿はない。恐らく一人できたものの、どんな顔をして入ればいいのかわからなくて困っているというところだろうか。気持ちはわからなくない。
 声をかけようと、近づこうとすると、別の女の子がやってきてその子に何事か話しかける。そして、後からやってきた女の子はやや強引に手を引いてこちらにやってきた。
「ほらほらー、照れちゃだめだよっ! ふゆみも一人できたんだよっ!」
 記帳を終えたハイテンションの新崎 ふゆみ(ja8965)に抑えれるように、フィオナ・アルマイヤー(ja9370)も名前を書いた。
 折角というか、人手不足もあるので二人一緒に案内することにする。新崎は終始、歓声をあげてはだーりんとの将来を夢見るような言葉を紡ぐ。
 アルマイヤーと言えば、あまり興味ないですよ、といった顔をしながらも忙しなく周囲を見回していた。彼女の口から男性の事が出てこないからひょっとしたらまだ決まった相手は居ないのかもしれない。……別に一人で来ても笑ったりしないのに。
「わはー★ミ ウェディングドレス、あこがれちゃうんだよっ」
「やっぱぁー、思いっきりレースとかついてるふわっふわのほーが、カワイイよねっ☆ミ」
 ドレスのカタログを見せると、ものすごい勢いで理想を語りながら、ページを捲っていく。そうですね、と相槌を返す前に最近の流行はどんなのですか、と尋ねられる。
「ふゆみも、いつかはだーりんと……にゅふふ(*´ω`*)☆ミ」
 教えてやると、それを身につけた自分とだーりんを想像したのか夢の世界へトリップした。
 黙り込んだのをこれ幸いと、アルマイヤーの方はどんなドレスがいいか聞いてみる。
「えっ、どういうのを着たいかって? こ、このあたりとか、この辺とか……」
 あんまり興味とか実感ないので適当に選びましたよ、という感じで写真を指さす。プリンセスラインのロングトレーンのドレスに、ロングベールだ。きっと、アルマイヤーは結婚式、花嫁姿にすごく憧れがあるんだろう。
 折角だから、と二人が選んだ好きなドレスを試着してもらうことにする。
「その、私だってこういうドレスを着て二人きりで教会で……とか、ちょっと年上の男性とバージンロードを歩いたり、抱き上げてもらったり、誓いの……。あああっ、い、いいじゃないですかっ!!」
 試着室から聞こえてくるアルマイヤーの身悶えしてそうな独り言に思わず笑ってしまった。
 試着を終えて鏡の前に立った二人は、自身のドレス姿にうっとりしていた。
 携帯でいい、とのことなのでそのドレス姿を携帯を借り受けて撮影する。
 新崎はその写真を何度も見返しては嬉しそうにしつつ、恐らくだーりんに送りつけていた。
 アルマイヤーはその写真をじっと見つめて、幸せな未来への妄想を膨らませているようだった。


 小さなお客さんが現れた。
「……素敵なの! 愛ちゃんも大きくなったら、こんな素敵な場所で結婚式を挙げるの!」
 小さな体を目一杯につかって周 愛奈(ja9363)は、恐らく初めて見るチャペルの感動を伝える。
「……確かに綺麗だね。姉さんとかも来ていたら、楽しめたかもしれないな」
 対して楊 礼信(jb3855)は、あまり興味無さそうに相槌をうっている。この年頃だと、女の子はともかく男の子はこういうのに興味は無いのかもしれない。
 周はドレス姿の女性とすれ違う度目を輝かせては、楊に話しかける。しかし、返ってくるのは生返事ばかり。……ちゃんと返事してあげないとそろそろ機嫌が悪くなると思うけどな。
「……あのお姫様みたいなのも素敵だし、人魚姫みたいなお裾のものも素敵なの!」
 ドレスのカタログを見る段になると、一段と二人の温度差が広がる。
「愛ちゃんにはどんなドレスが似合うのかな? 礼君はどう思う?」
「……愛ちゃんならどんなドレスを着たってきっと綺麗だと思うな」
 周の熱っぽい質問に楊が答える。内容自体は及第点なのだが、その態度があまりにもおざなりだ。ついに、周の逆鱗に触れてしまう。
「……礼君は女の子の夢とか分かっていないの!」
 周は頬を膨らませて不満を露わにする。
「……だって、愛ちゃんはとびっきりの絶世の美人さんになるんだから、ドレスの方が霞むんじゃないかな?」
 さっきまでとは別人のような色男っぷりをみせた楊に、周は言葉を失ってあたふたしていた。この二人なら、将来幸せになれるのかな。と思いつつ、この年からこんなセリフを言える楊の将来がちょっと心配になった。


 式場見学よりもドレス選びに時間が掛かる、というのはよくある事だ。
 ただでさえ、そうなのに女二人で互いのドレスを選ぶのならそれはもう途方もない時間が掛かるのはわかりきっていることだ。
 ヴェス・ペーラ(jb2743)とグリーンアイス(jb3053)はかれこれ一時間以上はドレスルームに篭っている。
「これが似合うよ。いや、こっちもいいねー」
「あれなんかどうでしょう?」
 お嬢さんがた、そのやり取りもう10回以上やってますよ。
 自分達で写真を撮っていいか、と聞いてきたので頷く。何をするつもりなのだろうかと思ったら、様々なドレスを着た自分達の写真を客観的に比較するために使うらしい。
 実に念入りなことだ、と思う。
 やっとのことでお互いのドレスが決まり、二人は撮影場所まで移動する。
 そこまでして選んだドレスなのに、男性と一緒じゃなくていいのかなと思いはするが口にはしない。
 お互い、納得行くまで選び抜いたドレスを誇らしげに見せて写真の中に収まった。


 物凄い歳の差カップルが来た、と驚いていると男は可笑しそうに笑った。
「姪っ子の晴れ姿を義兄上殿へプレゼントしようと思ってね」
 と、冲方 久秀(jb5761)はこらえきれないように笑い声をあげた。
 なるほど、娘の花嫁姿の写真がいきなり送りつけられたら、父親は怒り狂うだろう。……いい大人がなんというイタズラを考えつくのか。
 式場見学もそこそこに冲方に促されるまま、ドレスルームにやってきた一条常盤(ja8160)は差し出されたドレスに慌てた表情になる。
「私フリルとか似合わないので! 可愛くないので!」
 そう言って逃げ出そうとする一条を捕まえて、冲方は更衣室に一条を放り込む。
「これは愉快……くっくっく」
 観念して白いシルクドレスに着替えた一条を見て冲方は満足そうな、しかし意地悪な笑みを浮かべながら自身も着替えるべく移動する。
 姿見の前へ一条を移動させようとしたが、恥ずかしいからいらないと言われてしまう。それなら、と私がドレスの裾などを整えると、一条は所在無さ気な顔になる。
「ペット用結婚式とかも需要あるのではないでしょうか?」
 一条は気まずさを紛らわせるためか、全く違う話題をふってくる。……なるほど、ペットを家族の一員として愛情を注いでいる人は多いしそれはありかもしれない。検討すると伝えると一条は嬉しそうに笑う。
「色は白ですね。蝶ネクタイとか絶対可愛いですっ」
 そんな話をしていると、冲方が紋付袴姿で現れる。
「叔父上の紋付袴もかっこいいです、流石渋メン!」
 一条がそれを誉めそやすと、冲方もまんざらでは無さそうで、嬉しそう頷く。
 二人を促して写真を撮影すると、一条は冲方に頬を寄せて満面の笑みを浮かべていた。二人の関係を知ってから、恋人としては見えないが仲の良い父娘、と言った感じだった。
「常磐のウェディングドレスは愛くるしいな。いつか来るであろう本番が待ち遠しい」
「叔父上は早くお嫁さん貰うと良いですよ」
 冲方のしみじみと言った感じの呟きにたいして、一条が放った言葉は冲方を黙らせるのに十分な威力があった。悪気はないんだろうけど……というかこの人独身だったのか。


 写真の送り先を丁寧に指定して帰った冲方と一条を見送って、ドレスルームに戻ると女の子が二人カタログを真剣な表情で見ていた。
 姫路 鞠萌(jb5724)が、このドレスはどうか、と言った感じですすめると、
「やはは……僕は、ちゃんとした服装で隣に立ちたいなぁ……」
 エレムルス・ステノフィルス(jb5292)は苦笑しながら断る。というか、男の子だったのか。話を聞かずに話しかけたら失礼なことを言うところだった。男の子にドレスを着せるのが最近の流行りなのか……。まぁ女の子側の照れ隠しなんだろうけれど。
「うぅ……わかった……、カッコ良くなってね……?」
 ドレスを断られて、姫路は仕方ないと頷いてみせる。
 それじゃあ、どんな服にしようかとなると、姫路はちょっと考えこんでから、
「エレムさんが選ぶなら……なんでも良いよ」
 とほほ笑みを浮かべる。
「黒もいいけど……鞠萌さんにより似合うのは白、かな?」
 ステノフィルスは照れくさそうにしながら、そう答えると姫路は微笑んだまま頷いた。
 白のドレスに、お揃いの白のタキシードということで落ち着いたようだ。
「ど、どうかな…?」
 先に着替えを終えたステノフィルスのところに、ドレス姿の姫路が現れる。その顔は真っ赤になっていた。
「可愛い……♪」
 そう言って、ステノフィルスは周囲の目など気にせずに彼女を抱きしめた。姫路は驚いた表情で一瞬固まるが、そのまま抱き返す。……お熱いことで。
 そのまま、二人は腕を組んで写真撮影場所に移動する。
 ちょっと周りの目を気にしない節があるとはいえ、落ち着いた雰囲気の二人で撮影は何事も無く進む。
 撮影が終わった瞬間、ステノフィルスが姫路の頬に不意打ちの様にキスをするが、もう今日一日でこちらは慣れた。
「……大好きだよ」
 ステノフィルスに耳打ちされて姫路は慌てふためくのを微笑ましく思いながら片付けを始める。
 今日一日でちょっとやそっとのことで驚いたり、独り身の自分辛いとは思わなくなってきた。


 菩薩の様な心情で、次のカップルを案内する。
 式場内を熱心に見るのは女の子のほう、というのが普通だがこのカップルは男の子の方、藤井 雪彦(jb4731)がとても真剣だった。
 女の子、稲葉 奈津(jb5860)はどちらかと言えばあまり興味無さそうな表情だった。
「……あ」
 と思ったら稲葉が突然声を上げたので何事かと思って尋ねると、ここに花を飾ってはどうか。とのことだった。彼女が言う場所は確かに殺風景に見える一角だ。
 そこからが地獄だった。藤井は、まぁいい。式場のあれこれを質問してくるだけだ。稲葉がやたらと、ここはこうしたらどうかというものだからまるで査察を受けている様な気分になった。
 ……変なカップル。そう思ってドレスルームに案内すると、その特異さはさらに際立った。
 藤井はまるで着せ替え人形のように次々と稲葉にドレスを着させては、ドレス姿の稲葉と言うよりはドレスだけを見ているようだ。
「あずさ先輩にはやっぱり白?ピンク系もいいなぁ〜」
「なっちゃん、ピンク系も着てみてよ〜♪」
「あぁ〜なっちゃんオレンジ似合うね☆じゃあ次、あっちの〜」
 怒涛のごとく着替えさせられ、しかもドレスだけを見ている藤井に稲葉も苛立ちを見せ始めている。……というか、あずさ先輩? え、何だろうこの子二股してるみたいな感じなのか。……怖いから離れていよう。
 すると案の定、堪忍袋の緒が切れた稲葉が無言で鋭い一撃を藤井にお見舞いした。物凄くいい角度で横隔膜に拳が刺さって、藤井は無言で蹲ってしまった。
「もういい! 帰る!」
 稲葉はそう言ってさっさと着替えて出て行ってしまう。
 何とか立ち上がった藤井は慌てて彼女の後を追い掛ける。
「ごめんね?なっちゃん……綺麗だったよ?」
 なんとも見え透いたご機嫌取りの言葉だ。そんなのでどうにかなる女なんて居ないだろう。
「バァ〜ッカ」
 そういう稲葉の顔は真っ赤で、嬉しそう笑っていた。……いいのか。
 態度では許さないと、見せているし、その表情は藤井からは見えないだろう。
 藤井があずさ先輩とやらでなく稲葉の方になびく事を祈らずにはいられない、いじらしい姿だった。


 客足も完全に途絶えて、一息つく。
 中々濃いカップルやら何やらがきてどっと疲れた。
 収穫は色々あった。タダで宣伝用ポスターは出来たし、ちょっと殺風景なところの改善点も教えてもらった。ペット用結婚式なんてのもいいアイデアだ。
 ただ……。イベントのなんちゃってでこれなのだ。もし、撃退士が本番の式をここで上げるとなれば……。
 今日一日を振り返って、その日はきっと私死ぬんだろうな、と自虐的な笑みが自然とうかんだ。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:12人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
心の盾は砕けない・
翡翠 雪(ja6883)

卒業 女 アストラルヴァンガード
薄紅の記憶を胸に・
キサラ=リーヴァレスト(ja7204)

卒業 女 アストラルヴァンガード
盾と歩む修羅・
翡翠 龍斗(ja7594)

卒業 男 阿修羅
God Father・
日下部 千夜(ja7997)

卒業 男 インフィルトレイター
常盤先生FC名誉会員・
一条常盤(ja8160)

大学部4年117組 女 ルインズブレイド
ひょっとこ仮面参上☆ミ・
新崎 ふゆみ(ja8965)

大学部2年141組 女 阿修羅
撃退士・
夏木 夕乃(ja9092)

大学部1年277組 女 ダアト
ウェンランと一緒(夢)・
周 愛奈(ja9363)

中等部1年6組 女 ダアト
お姫さま願望・
フィオナ・アルマイヤー(ja9370)

大学部9年99組 女 阿修羅
起死回生の風・
フィル・アシュティン(ja9799)

大学部7年244組 女 ルインズブレイド
影に潜みて・
サガ=リーヴァレスト(jb0805)

卒業 男 ナイトウォーカー
狐っ娘(オス)・
姫路 神楽(jb0862)

高等部3年27組 男 陰陽師
イカサマギャンブラー・
草薙 雅(jb1080)

大学部7年179組 男 バハムートテイマー
もふもふもふもふもふもふ・
伊座並 明日奈(jb2281)

大学部1年129組 女 ダアト
スペシャリスト()・
ヴェス・ペーラ(jb2743)

卒業 女 インフィルトレイター
2013ミス部門入賞・
グリーンアイス(jb3053)

大学部6年149組 女 陰陽師
闇を解き放つ者・
楊 礼信(jb3855)

中等部3年4組 男 アストラルヴァンガード
君との消えない思い出を・
藤井 雪彦(jb4731)

卒業 男 陰陽師
にゃんこのともだち・
舞鶴 希(jb5292)

大学部2年173組 男 陰陽師
新世界への扉・
舞鶴 鞠萌(jb5724)

中等部3年5組 女 ダアト
無駄に存在感がある・
冲方 久秀(jb5761)

卒業 男 ルインズブレイド
力の在処、心の在処・
稲葉 奈津(jb5860)

卒業 女 ルインズブレイド