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「おい、貴様。私の友達になれ」
ローエン(jz0179)に声を掛けられたベルメイル(
jb2483)は選択肢がでないので、まだフラグが立っていないと判断する。
「友達になれ、ふむ。何故だい?」
「友達になるのに理由が必要なのか?」
冷静に問いかけると、冷静に問い返された。仏頂面も相まって聞き様によっては、いいから黙って舎弟になれ、としか聞こえない。「別に構いはしないが、どうにも君、その物の言い方は人を脅かしてしまうね。友を請うには相応の言い方がある」
「何? ではどうすればいいというのだ?」
険しい表情のローエンにベルメイルは得意げな顔になる。
「いいかい良く聞くんだ。まず一人称はボク、そして心の底から猫耳メイドになりきれ。恥や外聞はこの際捨ててしまうんだ。さあ、そこで台詞だ。『ボ、ボク……ご主人さまともっと仲良くしたいんだにゃぁ……』はいどうぞ。」
「そんなことで友達ができるのか?」
訝しげなローエンに、ベルメイルは胸を張って頷く。そういうものなのだろう、とローエンは納得して口を開く。
「ボ、ボク……ご主人さまともっと仲良くしたいんだにゃぁ……」
「いいですとも!」
「良くない! ボッシュート!」
ローエンの台詞に悦に入っていたベルメイルは突然足元にぽっかり開いた穴から逃れることはできず、吸い込まれるように落ちていった。
「ローエン、今のはわすれなさい」
「え、聖?」
「わすれなさい」
「わかった」
有無を言わさない聖の声にローエンはかくかくと頷いた。
「……はっ!」
ベルメイルが目を開けると、そこは自分の部屋で、自分の布団にくるまっているのが数瞬の混乱の後にわかった。
「そうか……立っていたのは夢オチフラグだったか……」
ベルメイルは悔しげに臍を噛んだ。
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「おい、貴様。私の友達か彼氏になれ」
廊下を歩いていたテイ(
ja3138)はローエンがまたまちがった友人作りに失敗している現場にでくわした。
テイは手にしたビニール袋にきなこ揚げパンが二個入っていることを確認してそっとローエンに近づく。
「……また逃げられたか」
「何をしてるんですか?」
「おっふ!?」
唐突に声を掛けられて、バネでも仕込まれていたかのように凄まじい勢いでテイの方を振り返る。
「誰だお前!」
ローエンに友達出来ないわけをはっきりと理解したテイは、根気よく話をすることを決めた。
「へぇ。ローエンさんって言うんですね。テイです。よろしく」
名前を聞いて、名前を教える。これまでにかかった時間、何と三十分。テイが何か話す度に、怒ったような、見下したような態度をとるものだから中々話がすすまなかったのだ。
「ああ、よろしく。で、だ。私と……」
ローエンの言葉が途中で止まる。視線はテイが手にしたビニール袋に釘付けになっていた。
「ん? 多く買ったからあげようか?」
視線に気づいたテイは、聞きながら一つきなこ揚げパンをローエンに差し出す。
「なに!? くれるのか!?」
もとより上げるつもりで二つ買ったのだ、テイは了承の意を込めて頷く。
「おぉ……神だ……」
きなこ揚げパンを受け取って大げさに感動している様に笑いそうになる。
「神、じゃなくて」
「ん? なんだ?」
早くもきなこ揚げパンを頬張ったローエンにテイは我慢できず笑う。
「友達になろう?」
「何!? いいのか!?」
テイが再び頷くのを見て喜びあふれる笑顔になる。
「怖い顔してると、綺麗な顔が台無しだよ?」
テイはその笑顔に感心する。今みたいに笑っていれば、何もしなくても友達ができるだろう。
「うん、うまかったでは、私は更に友達を増やしてくる」
ローエンは手についたきなこを舐めとりながら次の獲物を求めて歩き出す。もう少し話すなり、連絡先を交換するなりすればいいのに、と思ったがテイが口にしたのは別の言葉だ。
「友達になりたかったら、混ぜてほしいって素直に言ったほうがいいと思うよ? なるべく明るくね」
テイのアドバイスにローエンは力強く頷いて、まるで戦地に赴くような厳しい表情になって去っていった。
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「友達増やしたい人って、君?」
獲物を求めてさまよっていると突然、天城 空我(
jb1499)に声を掛けられてローエンは驚く。
「なんだ貴様?」
「実は自分も友達が欲しくて」
「……ほう。私が友達になってやらんこともない」
相手が下だとわかった途端に急にローエンは態度を変えた。
「貴様はなぜ友達がいない?」
「こんななりからも解ると思うけど、閉鎖的な土地にいたせいで少々時代遅れなんだ」
そう言って両手を上げて、服装を見せる。和装に刀を佩いたその姿は確かに、現代においては浮いていると言える。
「時代遅れだと友達ができないのか?」
「どうやら、そうみたい」
困った様に笑う。天城はそこで友達になろうと喰いつかない。
「私はこんなだ。私といると、天城にも迷惑をかけるかもしれない。貴様も友達が欲しいのだろ?」
「迷惑をかけたくない? 人は生きていることがすでに誰かに迷惑をかけているよ」
天城のはっきりとした言葉にローエンは困ったように俯く。
「それは、私が貴様に迷惑をかけてもいい、ということか?」
「大丈夫だよ。それが友達、じゃないか」
ローエンの目をまっすぐ見据えたその言葉にローエンは嬉しくなって微笑んだ。
それを見た途端、天城の体が雷撃をうけたかのようにビクン、と跳ねる。
「どうした?」
「一つ理解したよ、ローエンは笑顔がとても素敵だってこと」
陶然とした顔でローエンに近づく。
「あ、ああ。ありがとう」
「その為の第一歩、まずはオレは君と友達になる」
「す、既に友達だろ?」
ローエンの戸惑い気味の言葉を無視する形でローエンの手を掴んで微笑んだ時、異変が起きる。
「はーい、そこまでだよ泥棒猫。しゅーりょーでっす」
背後の茂みから一人の女が現れた。全身からドス黒いアウル……いや実体化した怒りのオーラを身にまとっていた。
「だ、誰だお前は!」
「聖!」
依頼主の顔をすっかり忘れていた天城は、聖が何なのか未だに理解できずに居た。いや、恋路を邪魔する者ということはいち早く察知しているようだったが。
「私言いましたよね、ローエンの友達作りを手伝っても彼氏作りは阻止してって」
地を這うような怨嗟の声には明確な攻撃の意思がやどっていた。天城は腰の刀に手を添えて臨戦態勢を取る。
「それでは、ボッシュート!」
「え……うおわああああああ!」
突然、天城の足元の地面にぽっかりと黒い穴があく。逃げる時間もなく、天城はその穴に転落した。
「天城!!」
天城が聞いたのは歪んだ愉悦の響きの天城の声と、悲痛なローエンの叫びだった。
「ローエン!」
叫びながら目を開けて上体を起こすと、そこはよく見知った久遠ヶ原にある自室だった。
「……夢?」
だが、そう言い切るには彼の手には握ったローエンの手のぬくもりが残り過ぎていた。
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「おい、貴様。私の友達になれ」
何も学習していないローエンの言葉に神凪 宗(
ja0435)は怒りを露わにする。
「行き成り友達になれというのはどういう事だ?」
「なんだ貴様、その態度は」
お前の態度がなんだ。本心から怒る気はなかったのだが若干、本気で苛立っているようだ。
「……まあいい、何故友達が欲しいのか、教えてくれないか」
神凪の声は若干震えていた。
「……なるほど、そういうことか」
粗方の事情を聞いて神凪は得心したと頷く。実際のところ、聖からの説明でわかっていたのだが。
「手を貸してくれないか?」
「ああ、かまわない。まずは……会話に慣れることからだな」
「会話? 慣れずともできているではないか」
「そういう所だ……」
相変わらず偉そうな口ぶりのローエンを連れて商店街へと向かった。
「まいど! お嬢ちゃんまたきとくれよ!」
「ああ、きなこ揚げパンは好きだからまたくる」
店主との会話を終えて、ローエンがきなこ揚げパンを抱えて戻ってきた。
「確かに、会話はちゃんとできるみたいだな」
「言っただろうが」
鼻の穴を膨らませて誇らしげな姿に神凪は苦笑する。
「ん」
「……なんだ。くれるのか。ありがとう」
差し出されたパンを受け取って、商店街のロータリーに二人で腰掛ける。
「おい、あれを見てみろ」
きなこ揚げパンに熱中しているローエンの肩を叩いて周囲で会話をしている人たちに注意を向けさせる。
「あれが何だ」
「どんな話をして、どんな会話で笑顔になるか見てみろ」
言われてローエンは会話に興じる人達に注視する。その姿はどう見ても餌を物色する肉食獣にしかみえない。
「わかったか?」
「何やら冗談を言っているようだな」
「他には?」
「相手をほめている」
「話している方はどんなふうだ?」
「明るい雰囲気だな」
「そうだな、よくわかったな」
矢継ぎ早に質問を繰り返し、会話を弾ませるコツをわからせる。思ったよりも洞察力はあるらしく、素直に褒めてやる。
「当然だ」
きなこ揚げパンを口いっぱいに頬張ってローエンは威張ってみせた。
「丁度いい、あいつで実践してみろ。相手の表情が曇った時は素直に謝罪するんだ、いいな」
向かいから歩いてきた女性を指して、ローエンをけしかける。
「まかせろ!」
きなこ揚げパンを一気に咀嚼してローエンは駆け出した。
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青木 凛子(
ja5657)は商店街のロータリーを意図的に選んで歩いていた。視界の端には神凪とローエンの姿がある。
あまりそちらに目線を向けないで歩いていると、凄まじい勢いでローエンがこちらに走ってきた。
「ちょっといいか? 話がしたいのだが」
聞いていたよりも幾分ソフトな感じで話しかけてきたローエンに、神凪の成果を感じ取った青木は先手を取られた悔しさを覚えつつ微笑みを浮かべる。
「あらお嬢さん、紅い瞳が素敵ね♪ ラズベリーのクッキーを焼いたの。あなたの瞳ほどじゃないけれど、素敵に出来たのよ。食べてみる?」
「……いいのか?」
「ええ、どうぞ。立ったままもなんだし、座りましょう」
青木が指したのはさっきまでローエンが座っていた所だ。
座ると、青木・ローエン・神凪の順になった。だが神凪はそれを横目で見ただけで会話に加わらない。ローエンも青木のクッキーに夢中で神凪の事は意識から外れているようだ。
「……だから友達をつくって聖を安心させたいんだ」
青木に聞かれるまま自身の身の上を語り終えたローエンはがっくりと肩を落とす。連日駆け回っているというのに、まだ友達はテイと神凪しかいない。後二人いたのだがボッシュートされてしまった。
「あたしとはこれだけお喋りしたんだもの。もうお友達よ」
思わぬ言葉にローエンが顔をあげるとイタズラっぽい笑みを浮かべた青木と目が合う。
「友達になれたみたいだな、よくやったな」
そこでようやっと神凪が会話に入ってきて、ローエンを褒める。
「この調子で友達を増やして行きましょ」
「ああ、そうだな。でもどうやったら」
青木と友だちになり、神凪にほめられて輝いていたローエンの顔がいっきに曇る。
「美味しいものを食べながら話すと、仲良くなりやすい気がするわ」
「ああ、同感だ」
青木の言葉に頷く神凪。ローエンは何の事かわからず首を傾げる。
「このクッキー、実はもっと焼きたいんだけど…手伝ってくれるかしら」
「友達の頼みだ、いいだろう」
生真面目に頷くローエンを微笑ましく思いながら青木は言葉を続ける。
「そうだわ、ローエンちゃんもお友達を作るなら、クッキーの試食をしてもらうのをきっかけにするのはどうかしら?」
「……なるほど、名案だ!」
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友達もそこそこできはじめたとは言え、聖との残り少ない時間も大切だ。
ローエンは購買にいつもどおりきて、聖の分も合わせて二つのきなこ揚げパンを手に入れた。
「いつも2つ買っていますけど、そんなに好きなのですか?」
システィーナ・デュクレイア(
jb4976)に突然声を掛けられてローエンは驚く。いつもであればそのまま無視、だっただろうが話題が話題なので食いついた。それに神凪と青木の特訓の成果もある。
「ああ、きなこ揚げパンは嗜好の一品だ。ところで、お前は誰だ? 私はローエンというのだが」
自己紹介まで出来たことにデュクレイアは内心驚く。なんだ、普通に人と接することができるじゃないかと。
ふと、視線をずらすと、少し離れた所でこちらを見守るように見ている神凪と青木の姿があった。それで、だいぶまともに会話できるようになった理由を察したデュクレイアは、友達増加計画ではなく、聖との仲を取り持つ事に注力することにした。
「そう、つかささんがいなくなるのですね」
きなこ揚げパンの良さと、その一つは聖に上げるものであることから事情を聴きだしたデュクレイアは労るように頷いた。
「ああ……辛いが、仕方ない」
「引越し先の住所が分かれば会いに行けるし連絡先が分かれば手紙も書けるし電話も出来ます。例え離れてもその気があれば友情は何時までも続くものです」
「……そういうものか?」
「そういうものです」
デュクレイアの言葉に懐疑的なローエンに再度強く頷く。
「ありがとう、少し安心した」
「笑顔で見送ってあげてくださいね」
ああ、とローエンは笑顔で頷いた。
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「聖、私の友達と見送りに来た」
「……ありがとう、ローエン」
聖はぎゅっとローエンを抱きしめた。その背後にはテイ、神凪、青木、デュクレイアの姿だけでなく多くの人の姿があった。ずっとローエンだけに構い続けていた聖の友人ではない。
この一週間でローエンが聖を安心させるために奮闘した結果がそこにあった。
「これで、私がいなくても大丈夫だね」
「馬鹿言え、聖も友達だ。後で手紙をかくし、電話もする。友情に距離なんて関係ないとデュクレイアが言っていた」
その言葉にデュクレイアは聖に向かって頷いた。
「うん、そうね……また、会おうね」
「ああ、必ずだ」
そして、聖を乗せたバスが発車する。
涙が溢れそうになって、こらえているローエンの肩を青木がそっと抱き寄せる。
「泣きたいときにはないたっていいのよ?」
「追いかけたいときには追いかけてもいいんだ」
青木の優しい声と、発破をかける神凪の声にいてもたっても居られず、ローエンは駆け出す。
「あ、足元気をつけて!」
テイが忠告するも、遅かった。ローエンは足元に空いた黒い穴に落ちてしまった。
「……聖!」
勢い良く上体を起こすと、周囲は真っ暗な廃墟だった。
「……夢か。くだらん夢を見たものだ。友達、だと? 笑わせる。人間とそのような関係になるなど虫唾が走る」
そう吐き捨てて、もう一眠りしようと再び体を横たえて目をとじる。
「聖……テイ……神凪……青木……デュクレイア……、もう一度逢いたい……な」
寝言か否か。一筋の涙が閉じた目からこぼれた。
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「ローエンはどこだ!」
「セーブポイントはどこだ!」
ある夜、男子寮を奇声を発しながら走り回る天城とベルメイルの姿が目撃されたという。