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ダムを背に、撃退士達6人が悪魔が来るのを待ち構えていた。
「ダムにたどり着く前に倒してしまわないと」
桜木 真里(
ja5827)が自身への確認も含めて言った言葉に全員が頷く。
「沢山の家庭を犠牲にするわけにはいかねぇや。潰させて貰うよ、全力で」
遠目にうっすらと見えてきた石人形に目を向けながら地領院 恋(
ja8071)が不敵に笑う。
「ですね」
天宮 佳槻(
jb1989)が言いながら、内心首を傾げる。
それにしても、ダムに穴を開けたところで何になるんだろう? 人にとっては大事件だが、ゲートと違って得にはならないし、悪魔によくある快楽優先にしてはひねりの欠片もない。まるで幼稚な八つ当たりみたいなんだが……、と。
雨宮の疑問の答えを持っているものはこの場には居ない。わかるとしたら、石人形を差し向けた悪魔か、石人形だけだろう。石人形にまともな知性が宿っていれば、の話だが。
「それじゃあ、私は後ろに回り込みます」
ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)はそう告げて、慎重に、だが素早い動きで駆け出して、一旦堤防から離れる。
「ん、破壊する」
堤防をゆっくり歩いてくる石人形の姿が100メートルほど先に見えてきたところで、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が一気に石人形に向かっていく。
それを追い掛けるように、マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)と地領院も駆け出す。だが、石人形にたどり着くにはまだ時間がかかる。完全に石人形に攻撃を悟られる形となっていた。避けられるか、カウンターを喰らうか、のあまり良いとはいえない状態だ。
堤防を離れていたファティナが、石人形の後ろに走って現れる。即座に構えて、何がしかの詠唱の動作を取ると同時に石人形の足に無数の足が現れる。それはファティナの物とはかけ離れた多種多様の誰ともしれな手だ。
手に引っ張られるように、石人形の動きが止まる。力任せに手を引きちぎる勢いで前へ進もうともがいている。巨体が無造作に振り回す腕はそれだけで凶器だ。
石人形が手にとらわれている隙に、天宮が阻霊符を油断なく展開させて逃走手段の一つを奪う。
「潰させて貰うよ、全力で」
不敵に笑い、足をとられている隙に地領院が一気に後ろに回りこんで可視できるぎりぎりの極めて細い糸を石人形に絡み付けた。しかし、その糸は石人形の腕の一振りでたやすく千切れる。そして、後を追うように周囲に吹き付ける熱風。細いが、しなやかさと丈夫さを兼ね備えた特殊な糸を切ったのは力ではなく熱だ。
石人形の意識が見えない手と糸に向いている瞬間を狙って、ラファエルが大鎌を首めがけて振りぬく。しかし、硬い手ごたえと、金属同士がぶつかり合う硬く澄んだ音が響く。
「見た目に違わずやっぱり硬いね……熱には氷が効きそうなものだけど、どうかな」
舌打ちしつつ、ラファエルが後退した隙間に、桜木が凍てつく氷の錐を足へと打ち込む。先ほど放った熱が下がりきっていないのか、水が蒸発する音と、石人形の表皮が罅割れる音が混ざり合って響き石人形がよろめいた。
目論見通り、ダメージが入った事に桜木が喜ぶのもつかの間、石人形の足の拘束も一緒に剥がれてしまっていた。このままでは、まだ下がりきっていないラファエルが掴まれてしまう。
「こう言う派手な技は使いたくないのですが……そうも言っていられませんか」
マキナが何事か諦めるようにつぶやいて、地を蹴り宙に舞う。
「雷打蹴!」
空中で華麗に一回転しながら、石人形へと足を振り下ろす。その様は幼い頃みた特撮ヒーローの決め技のようだ。だが、現実はそう甘くない。見事に石人形の延髄に当たったが、ダメージは皆無の様子で、石人形はマキナへと向き直る。ラファエルへの追撃は回避したが、次は自身が危ない、とマキナが内心冷や汗を流しながら首を蹴って離れた。これで追いつかれたら、最悪死が待っている。
「はい、そこまでです」
天宮の声が引き金となったかのようにマキナに伸びていた石人形の腕が検討違いの方へと伸びる。次々に腕を伸ばすがすべてがでたらめな方向だ。天宮の術にはまって石人形は方向感覚が完全にくるってしまったのだ。
とはいえ、やたらめったに振り回される腕は十分に脅威だ。そこを今度は桜木が何者かの手を呼び出して、足をがんじがらめにする。
「足だ! 足を狙って!」
桜木の声にうなずきながら、地領院が巨大な戦槌を足めがけて振りぬく。硬い手ごたえだが、先の氷によって入っていたヒビがさらに広がる。後数度振り下ろせば、砕けるだろう。
「ああああアアアアッ!いいからぶっ壊れろっつってんだよッ!
中々砕けないことに苛立ちながら、二度、三度と戦槌を振り下ろす。だが、それがまずかった。狙ってはいないが、振り回された石人形の腕が地領院の肩にぶつかる。熱は発されていなかったが、その重量と勢いで地領院が吹き飛ばされる。
「このっ!」
地領院が広げた石人形の足のヒビめがけて、氷の錐をファティナが打ち込む。それは見事足を貫いた。それでも石人形は倒れなかったが、確実に移動力は低下させた。
動きが鈍った石人形へと、ラファエルが大鎌を振り下ろす。執拗に足だけを狙って何どもだ。貫通しただけではこけないというのなら、へし折ればいいという考えに至ったようだ。
だが、目の前で鎌を振り下ろす人間を放置するほど石人形も馬鹿ではない。周囲の空気を歪ませるほどの高熱を体温から発する。危険を察知して、ラファエルが飛びのくが少し遅かった。触れられたわけでも無いのに、石人形に面していた皮膚が軽いやけどを起こしていた。
ラファエルが飛び退いたところに桜木とファティナが凍りの錐で十字砲火を加える。超高温と極低温がぶつかり合って、激しい音と水蒸気が発生する。まだ、視界も晴れておらず、温度が下がったかもわからない中に再度ラファエルが突っ込んで大鎌をおおよその勘で振り下ろした。しかし、それは石人形の手によって掴まれてしまった。方向感覚がもどってきてしまっていたようだ。そのまま鎌ごと振り飛ばされたラファエルに地領院が駆け寄る。
「大丈夫? ユーティライネンちゃん」
地領院がラファエルにアウルを送り込み、傷を癒す。ラファエルはこくり、とうなずきながら、ふさがった傷口の名残である血をふき取りながら口元を凶悪に歪ませる。
「ふ、ふふふ……。アハハハハハハ!」
突如笑い声を上げて、ラファエルは再度石人形へと突っ込んでいく。先ほど掴まれた彼女の大鎌は掴まれた際に伝わった熱で若干赤くなっている。つまり、まだ石人形に接近するのは危険ということだ。にもかかわらず自身の傷など厭わない、といわんばかりになんのためらいも無い。
ラファエルが石人形に到達するまえに、天宮が符を取りだした。今度は最初にだした阻霊符ではない。見るものが見ればそこには雪を生み出す術式が書き込まれていることが見て取れる。
「温度下げてからじゃないと、危ないですよ」
そういって呪符に力を与えて、術式を呼び起こし巨大な雪球を幾つも石人形へとぶつける。氷錐よりも一度に接する面が大きいのか盛大に水蒸気が舞う。あたりには高温の水蒸気が吹き荒れた。
その水蒸気の帳を破って石人形が飛び出してくる。その先には桜木がいた。
「しまっ……!」
水蒸気のせいでまったく動きがつかめていなかったのか、短く自らの失態を呪う声。
「そううまくいくとおもったかぁッ! あまいっつーのッ!」
体に幾つもの紫色に輝かせた地領院が叫ぶ。彼女指先から石人形に向かって可視化するほどの強力な電流が石人形に流れ、まるで鎖のようにその四肢を縛り上げていた。
身動きが取れなくなったところに、駆け寄った勢いを乗せてラファエルが大鎌をたたきつけるが、またも弾かれる。多少はヒビを広げているのだろうが、このまま続けていれば撃退士達の体力が尽きてしまうだろう。
それを見ていたマキナが、諦めたように首をふる。彼女が諦めたのは戦うこと、倒すことではない。自身がこれから行使する技とその反動を思ってだ。
「――終焉(おわり)の何たるか、その身に刻め」
踏ん切りのついたマキナは、顔を上げ石人形をにらみながら高らかに宣言した。
そして、相手の反撃などまるで考慮に入れず、真正面から踏み込む。石人形のこぶしがマキナの腹部を捕らえる。だが、マキナは踏みとどまって、まるで痛みを感じないかのように一歩踏み込んで、石人形の脚へ拳を振り下ろす。
「伏しなさい!」
どれだけの力が込められていたというのか、大鎌や戦槌でヒビを入れるのがやっとだった表皮を一気に砕く。バラバラと黒曜石な皮膚が零れ落ちる中、もう一度振り下ろす。それが石人形に突き刺さるのと、マキナが再び石人形に殴られるのは同時。しかし、マキナはひるまずさらにもう一度、拳を突き入れる。皮膚が完全に砕けて、中身が露になる。それは意外にも、生物らしく血の通った肉だ。
それを見つつ、マキナがバックステップで後退して十分な距離をとって膝を突く。
「……流石に、今の私には厳しいですか……」
今の今まで、ダメージをシャットアウトしていたマキナの体に大きな揺り返しがくる。一瞬で流れ込んでくる痛みに顔をしかめたが、すぐに楽になる。顔をあげると地領院がアウルを飛ばして痛みを和らげてくれていた。
「地領院さん、治療ありがとうございます」
「駄洒落飛ばすとか余裕あるじゃん、ベルウェルクちゃん」
「……そんなつもりで言ったのでは」
図らずも下らない駄洒落を言った事にされたマキナが納得がいかないと憮然とした顔で、石人形の方に視線を向けた。そこには、むき出しになった生の脚が自重に耐えかねてくず折れる石人形の姿だ。
「こうなれば、後は楽ですね」
「早いとこ片付けよう」
桜木の言葉に天宮が頷いて、遠距離攻撃手段によるリンチが始まった。
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ところどころ血を流して倒れる動かなくなった石人形を撃退士達が囲んで見下ろしていた。
「これはいったい何がしたかったんだろうね」
桜木が訝しげに呟く。確かに手ごわい相手ではあった、だが目的がいまいち不明瞭である。
「そうだな。ダムに穴を開けたところで何になるんだろう? ……人にとっては大事件だが、ゲートと違って得にはならないし」
天宮も釈然としない何かを感じて、桜木に同意する。これが悪魔だとして、快楽優先だったのだろうか?
人間である天宮は悪魔の快楽の基準がわかる、と思ってはいないがこれはどうも違うように感じられてならない。どちらかといえば、そう、まるで癇癪を起こした幼稚な八つ当たり、というのがしっくりくると天宮は考えていた。
「突っ込んできた、あたしたちはそれを倒して家を護った。それでいいだろ、天宮君」
細かいことはいいじゃないか、と言う地領院の顔は、しかし言葉とは裏腹に何か感じたかのように、寂しげな目で動かなくなった石人形を見ていた。
何の考えもなしに人間の支配領域に突っ込んでくる悪魔。きっとこの悪魔には自分の意思など無く、ただ命じられるがまま愚直にここへきたのだ。戦いの中でも終始、私たちの排除よりも進むことが優先だったのではないだろうか。攻撃に積極的に転じたのは自分たちが攻撃してからだ。それまでは人を襲うこともなく、ただひたすら前へと進んでいた。そんな愚直さは、まるで自分のようだとさえ思えた。 自分も、天魔の領域へ単身突っ込め、と命じられた時はこうなるのだろうか、と。
「そうだ、護れた。それでいいであろう?」
ラファエルは、先ほどの高潮した笑いをひっこませてぶっきらぼうに呟く。戦いは終わってしまった、ならここには彼女を昂ぶらせるものは何も無いということだ。特に被害者がいるわけでもなく、早いところ帰りたい、という雰囲気が全面に出てしまったところで誰もとがめられないだろう。
「アイゼンブルク家の者にとって守りの戦いはお家芸同然です!」
ファティナが誇らしげに今回の戦果を誇る。事実だ。だが、彼女は心の中でそっと呟く。……まぁ私は戦略戦術を語れる程経験豊富ではないのですけどね……いずれは……です。一つ頷いて、決意を新たに目を輝かせた。
「帰りにどこか寄ってご飯でも食べて行きましょう。私たちが護った街で、ささやかな打ち上げ、どうでしょう?」
マキナの提案に異論は出ず、ダムを後にする。
「もう駄洒落はいわないんだ?」
「だから……あれはダジャレではなくてですね……」
地領院が言った一言で、マキナは駄洒落を言ったことが全員に伝わってしまった。これから行われる打ち上げでマキナが弁解しきれなければ、親父ギャグを言うキャラのレッテルが貼られてしまう。任務よりもそちらのほうが難易度が高いんじゃないか、とマキナは人知れずため息を吐いたのだった。