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捜索を開始する撃退士らが集結する。
「天魔の拠点……ひょっとするとゲートの作成……か。こりゃ阻止しねーでどうすんの、ってカンジかねェ」
ヤナギ・エリューナク(
ja0006)が煙草をぽかりと一息吹かし、山深い場所に違和感がある建物とその背後に迫る山を見据える。
古びたドアノブが一発の銃声で砕かれ、静かに開かれる。
サガ=リーヴァレスト(
jb0805)が素早く建物内に身を低くして入り込み、武器を構える。
サガの後を龍斗(
ja7594)、華成 希沙良(
ja7204)、クロフィ・フェーン(
jb5188)が続く。
すぐさま薄暗い建物内部の奥から光る二つの目がいくつも現れ、狼型のディアボロが滑るように駆け走り飛びかかって来る。
龍斗は想定通りとして落ち着いてそれらを「処理」する。
すくい上げるようにアッパーを放つと黒い影は天井に叩き付けられ声もなく床に落ちる。
背後から別の影が腕に取り付くが「犬っころがぁ」と意に介さずそのまま地面や壁に叩きつける。
さらに遠くから迫る敵をサガが正確に頭部を狙い銃で次々と撃ち倒す。
相手の先陣らしき波を制圧すると、窓が少なく所々が闇に包まれた廊下をその先のエレベーターに向かう。
仄かに光るボタンを押すとエレベーターの扉が開く。
3階に向かうのがサガら1班の役割だ。
「なかなか怪しげな場所だな……」
エレベーターが動き足下が浮き上がる感覚の中でサガが呟く。
招かれている、と誰もが感じながらも、それでも救うべき者が居るなら飛び込むという、強い意志で来ている。
視線を感じ、クロフィがエレベーター内の監視カメラに気づく。そのカメラの向こうの相手を一瞬睨みつけ、カメラに向けてロザリオを一閃する。
いくつもの監視モニターの映像の中の一つにエレベーター内に数人が駆け込む様子が映し出される。
映像内の一人の少女がこちらを向き、その手から何かが放たれるとその画像が光りに射られたかのように衝撃を受け、消える。
別のモニターでも建物内を動く他の者らの姿が映されている。
「ようこそ私の花園へ」
瞳にそれらのモニターの光を反射させてウィアドが笑む。
1班に次いで建物内2階部分へ階段を駆け上がるのは浪風 悠人(
ja3452)、浪風 威鈴(
ja8371)、数多 広星(
jb2054)の2班。
悠人は館内配置図を見つけ、ソーラーランタンを掲げて建物の構造を確認する。
一本のリノリウムの暗く長い廊下に、似たようなドアが並ぶ。
イヤホンマイクを通じて別の場所で動く来崎 麻夜(
jb0905)と外部で救護班として待機している石井不由美に通話ができることを確認する。
「要救助者を発見次第知らせますから、気をつけて行動してください」
阻霊符をいつでも発動できるよう備え、他署員を連れた半道剛士に悠人が指示を出すと、半道も緊張した面持ちで頷く。
前方、人影が数体浮かび上がる。
ギシッ、ギシッと関節を軋ませてマネキンのようなものが近づいてくる。
途中までぎこちない動きだったが、突如床を蹴ると高速で接近してきた。
「いきます」
威鈴が素早く反応し回避射撃を放ち、その間に半道ら署員らを物陰へと移動させる。
「やるしかねぇんだ……」
悠人の柔らかな表情が戦闘時の厳しいものに変わる。青白い光を纏うと、迫って来る数体のマネキンの足の関節を狙って破壊する。
廊下の途中でバランスを崩して倒れたマネキンが爆発を起こす。
半道も悠人のフォローをする形で対応し、威鈴と広星や他の署員らで手分けして調査を開始する。
「やらなきゃ……助けられる人が、居るなら」
威鈴は天井を走るダクトや配線など、署員らに確認する。
微かに水が流れる音や排気音など、それを辿れば人が捕らえられている部屋が見つかるかもしれない。
広星はメンバーの中では依頼の経験は少ない方であったが、落ち着いた様子で眼鏡の奥の瞳を光らせパソコン等の器機を探る。
(さて、いくら稼げるかな……)
そこには若干の思惑もあるようだった。
「さて、それじゃ行きますか」
他の突入のタイミングを見計らって屋外の温室に向かうのは3班。
麻生 遊夜(
ja1838)、麻夜、エリューナク、そして不破 勢二(jz0204)ら撃退書署員がそれに続く。
かつてウィアドが設定した舞台での激戦を経験している遊夜にはウィアドがここに居ると確信出来るものがあった。
「ようやく見つけたぜ、ウィアドさんよぉ。誘いに乗ってやったんだ、一矢報わせて貰うぜ」
「お誘いかも、かぁ。わぁ、怖い怖い」
遊夜に従い並び立つようにして麻夜はこれからの捜索を楽しむようである。
「温室……如何にも怪しいケド、ま、虎穴に入らずんば……か」
ウィアドとの戦いは今回が初めてではあるが、エリューナクにも感じるものがあった。
「……気休め…程度…ですが……」
突入の少し前、希沙良が特殊抵抗の低い威鈴と麻夜、現場での経験が少ない広星に聖なる刻印を付与していた。
一連の敵である天魔が幻惑のスキルを扱う以上、警戒に警戒を重ねる。
麻夜も今回部下として動く署員らの顔を名前を把握し、「ちょろっといいかなあ」と指先に香水をつけると署員らの首筋に軽く触れる。
ウィアドが紛れ込むのを防ぐためだ。
「手際が良いな……」
不破はそれぞれが戦闘や捜索以外でもウィアドの幻惑に慎重に対応するのを頼もしく感じていた。
ふいに、鋭敏聴覚で真っ先に風を切って近づくものを捕らえた遊夜が叫ぶ。
「上から来るぜ!」
不破と署員らも身を伏せる。
黒い弾丸のような物体が急降下で迫る。
遊夜が放った銃弾がその鼻先に炸裂し黒々とした羽根が散開する。
2匹目、3匹目と空から降り注ぐ岩弾のような鳥形ディアボロに対しエリューナクが炎を放ち、まとめて吹き飛ばす。
温室内に突入後も敵は天井のガラスも突き破り、破片をまき散らしながらも撃退士らに向かって来る。
「う、うわっ」
盾を構えさせていても署員らに動揺が走る。
「ボク達から絶対に逸れない様にねぇ」
麻夜が声をかけ、署員らを落ち着かせ物陰に誘導する。
温かい室内の色とりどりの花々は植物園でも見かけるごく一般的な花のようである。
「……見当違いだったか?」
エリューナクは独り言ち、注意深く花や木を見回す。
手入れ用の道具が整頓して置かれ、かつての施設の研究員らによるものか、世話をするための注意書きや、当番表のようなものが残されていた。
そして何かメモが書き込んであるようなプレートがあちこちの植物にグループ別にかかっている。
それぞれのプレートには人や動物の名前らしきものと、変色したそれぞれの写真が裏にあるようだった。
まるで植物に名札がつけられているようなーー
「……まさか」
ざわり、とエリューナクは嫌な感覚を持った。
3階では激闘が続いていた。
探索時は壁等を叩いて確認し、隠し部屋等が無いかも確認していく。
「部屋数が多いな……」
どこに敵が潜んでいるかわからないので、部屋の出入りは慎重に行いながらサガが呟く。
床や机に敢えて放置されたように研究記録らしきメモがあった。他にもスナップ写真ーー多くの動物、子犬、子猫……
最初はごく普通の写真が、次第にその表情が険しくなり、あるいは痩せ細り、目を見開いて倒れている姿や毛が抜けて骨と皮ばかりになっていく様子などだった。
それぞれの症例の下に投与された薬品のリストや注射器、点滴の様子などが記されている。
中には、ネズミらしき小動物の背中の皮膚に何か種子を埋め込む様子の写真があり、一瞬サガもその表情を硬くする。何かの実験なのかフェイクなのかは今は判別ができない。
「……ありがちな趣味悪さだな」
龍斗もうんざりした表情で声をかけると、それらには構わず他の部屋を順番に開けて行く。
少しでも何かに気をとられるとディアボロが襲って来る。それをサガがワイヤーで絡め取り、トドメを刺す。
狼型のディアボロの断続的な攻撃はやはり龍斗とサガに傷を負わせ体力を奪って行く。
それを希沙良が回復するが、それにも限界は来る。
クロフィは最初に不破、半道、石井と打ち合わせて、後で詳しく分析できるようできるだけデータの類いを回収し運び出す準備をしていた。
その時ファイルに数枚の人間の子供の写真があるのに気がついた。
何人かの幼い子供達が全員頭からすっぽりかぶる白いワンピースのような衣服で、メモリの付いた壁の前に並んで立っている。
そのうちの一人にはある人物の面影が見て取れた。
「……ウィアド?」
「見つけたぞ!」
最も奥まった室内でようやくサガが倒れている人々を発見する。
7〜8人ほどの近隣の街の住人らしく、外傷などは見られないが、ただ全員ぐったりとしていた。
「希沙良殿、頼む」
サガが呼びかけ、希沙良は緊急的な治癒をし、すぐに2班の署員を呼び出そうと連絡を入れる。
だが、2班では異変が起こっていた。
●
2階はマネキンの襲撃こそあるが入院用のベッドが並んだだけの部屋が多く、一通り調べ終えて2班は1階へ向かおうとしていた。
その中の一室がやはり温室のように暖かく水槽や動物の檻や、いろんな花が植えられている場所があった。
ただ花は土ではなく、ビーカーの中の培養液や、何かの固まりに根をおろしていた。
「……なんだろう」
威鈴が大きな鍋程度の分厚いガラスのビーカーの一つを覗き込む。
ビーカーのガラスは酷く汚れていたがーー
「うっ……」
何らかの動物の、眼球。それに根がまとわりついていた。
周囲の容器の中も、眼球、内蔵、そして大小さまざまなーー脳らしきものに、それぞれの植物は根付き、花を咲かせ、あるいは実を付けていた。
次の瞬間威鈴の視界が真っ赤に染まった。
施設内の壁やドアが鮮血がぶちまけられたように真っ赤に染まり、何かの内蔵のような物体が張り付いている。
その物体が手の形になってこちらに差し出される。
「いやああっ!!」
武器を向ける威鈴の腕を掴んだのは悠人だった。
「落ち着け」
悠人の声に威鈴は一瞬我に返るが、その悠人の姿が血まみれのマネキンに変化する。
ーー幻惑だ!
威鈴はその手を振りほどくと廊下に走り出る。そこもまた、血管や内蔵に囲まれた空間だった。
威鈴は迷わず壁に思い切り自分の額を打ちつける。
「痛……ぁ〜」
「威鈴!大丈夫か威鈴!」
今度こそ本物らしき悠人が駆けつけ、威鈴の肩を抱いて揺する。
額の腫れと引き換えにようやく周囲の景色がもとの薄暗い施設内に戻った。
「めぼしいデータがあれば交渉して売りつけることができるかも……」
広星はそんな思惑で捜索していた。
そしてあるパソコンを起動した時、画像データに目が釘付けになった。
人がディアボロに豹変するような、肉体の皮膚を突き破って、血だらけの骨格が飛び出す不気味な映像だった。
「合成……かな?B級ホラーじゃあるまいし……」
すると突然その血みどろの手がモニターから飛び出して広星の首を掴んだ。
「うわあああっ!」
広星が双剣を振り回すと、後頭部に衝撃を受けてがくりと倒れる。
「……と、手加減したつもりだったんだけどな(汗」
威鈴の異変で念のために悠人が広星の様子見に来て、案の定室内を破壊している広星に気がついて幻惑を解こうとしたのだった。
他の署員らも半道を始め数人かはマネキンの攻撃で負傷し、中には幻惑を受けて叫び声をあげる者が居て、悠人と威鈴とで目を覚まさせていた。
「ウィアドはちょっとした心の隙間から浸食してくるのよ……」
署員にデータを運ばせるために来ていたクロフィが、淡々とした表情で話す。
この施設自体がそんなウィアドの幻惑作用を強める働きをしているらしかった。
「そうですね……オレも、撃退士になれたらそれだけで天魔を倒せる、と、そういう思いに囚われて幻惑に落ちました……」
剛士が以前の自分の失敗を思い出しながら広星を抱えて移動する。
「この施設はもしかしたらただの拠点ではなくて……ウィアドと深い関係があるのかも」
そんな考えを抱きながらクロフィが広星が調べていたパソコンの周囲の机の引き出しを開けると、メモや写真と一緒に、古びた鉄製の鍵が一つ無造作に入っていた。
写真にはやはりウィアドに似た子供と、もう一人の別の子供。
温室で撮ったのか華やかな花に囲まれていた。それは研究員が個人的に写したもののように見えた。
そうして動ける者で救助者を運ぶ方に向かうことにするが、その時、悠人が奥に、もう一つ黒い鉄のドアがあるのを見つけた。
温室自体にはそれ以上不審なものがないと判断し、希沙良から要救助発見の連絡を受けた3班のメンバーもそちらへ向かおうとしていた。
施設内であった資料や様子などは全て希沙良と悠人を通じて聞いていたので、エリューナクが一部の花やプレートを持ち帰ることにし、他の花を焼き払おうとする。
そうするべきだと思った。
その時だった。
「花に罪はないですよ」
温室内にウィアドが姿を現した。
「花はただ咲いているだけーー無心に。だから何ものにも捕われない」
「ウィアドをここに引きつけておく。署員らで救助を完了させてくれ」
遊夜が麻夜と不破に小声で指示をし、不破が頷くと署員を移動させ、麻夜も退路の確保で動く。
遊夜がウィアドを睨み据え、両手に銃を構え、床を蹴る。
遊夜の瞳が赤く燃え上がるように光り、両の手に構えた銃を、撃つ。
温室のガラスが全面的に一斉に砕け散る。
人々を運び出していた悠人らが、温室で激しい戦闘が始まったのを感じた。
スーツ姿で軽やかに、ウィアドの動きは想像以上に素早かった。
「君たちが見たものは幻惑(フェイク)だと思いますか?違いますよ、すべて真実……」
「御託はいいんだよ」
間合いをとって攻撃したつもりでも次の瞬間ウィアドが迫り顔が接近する。
「心強き、より上質な魂は、より美しい花を咲かせる」
遊夜の目前にウィアドが余裕のある笑みを浮かべる。
「その花をしかるべき場所でもっと美しく咲かせるべきでしょう」
焼けるような痛みが遊夜の腹部を走り、チッと遊夜が舌打ちする。
ウィアドは鉤爪の暗器の類いを使い、接近しては切り刻んで来る。ただ動きが早く捉えることができなかった。
そのウィアドの背にエリューナクが炎を放つ。
衝撃で吹き飛ぶかと思われたが、炎に包まれてもウィアドは姿勢も表情を変えることもなく、地面を一蹴りするとエリューナクの間近に詰め、次の瞬間にはエリューナクの両肩から血が吹き出る。
咄嗟の判断でエリューナクが土遁を使い、周辺の土を吹き上げてウィアドへ向ける。
その隙に遊夜と共にその場から離れる。
要救助者を運び出すことだけできれば、体制を整えてもう一度来る必要があった。
ウィアドは撃退士らの判断に目を細め、追って来ることはなかった。
黒い鉄のドアはウィアドが差し出した最後の招待状にも思えた。