「闇にもがく者は一筋の光にすがりたくなるもの……たとえそれが偽りの光であっても」
土砂に埋もれかかったトンネルの出口を見下ろし、その人影は、笑むように表情を歪める。
●
多数のディアボロによる襲撃を受けた町の対策本部では、山中に設置されている道路管理カメラにより、3体のディアボロが向かった先のトンネル出口で土砂崩れが起こり、そのトンネル内に避難住人が乗ったバスと乗用車が1台ずつ取り残されている事態を把握していた。
「うぬぬっ!ヒナン民の皆様が危なーいっ!」
撃退士の新崎 ふゆみ(
ja8965)は救急隊や土砂を除去する重機を事故現場トンネルから少し離れた場所で待機していてもらう手配をして現場に向かう。
そのトンネル内、土砂に突っ込むかたちで停車しているバスの中ーー
(ひぃ〜!?真っ暗なのじゃぁあああああ?!!?)
急停車の衝撃で椅子から転げ落ちた崇徳 橙(
jb6139)が、様子を伺うように顔を上げる。
周囲をきょろきょろしていると、母親に抱きついて泣いていた幼児らと目が合う。
幼児らは橙をじーっと見つめると、ポケットからキャンディーを出す。
「……これ、あげる」
「おお、これはすまんのう……ってちがうのじゃー!!まろは付き添いの撃退士じゃ!!」
「あらあ……遠足はもうおしまいかしら」
別の座席で、幼い容姿ながら妙に色気の漂う仕草で赤い髪をかきあげてErie Schwagerin(
ja9642)が周辺を見回す。
Erieもまたバスに乗り込んでいた撃退士だった。
傾いたバスの窓から外の様子を伺うと、不由美と若者らとの会話が耳に入る。
「だから、あんたら撃退士が何とかしてくれないとこっちは困るんだよ」
「そ、そんなことを言われても……」
バスと共にトンネル内に閉じ込められた乗用車の若者4人は、苛立ちを新米撃退士の不由美にぶつけている。
その様子にErieはため息をつく。
「不由美ちゃんに丸投げしようかと思ってたけど……収拾つきそうにないわね……」
するとバスの後方で身を寄せ合っていた住人らのすぐ背後から、唐突にむくりと一人の男が立ち上がった。
「OH!崩落トンネル、これはなんかどっかの探検隊シリーズ思い出しますねー」
やはり撃退士としてバスに乗り込んでいたMarked One(
jb2910)の危機感のないその言い方に、住人らが驚いて振り返る。
大柄な躯に仮面と全身タイツ、そしてフリフリエプロンというあまりに得体のしれない格好なために誰もが「見ない振りをしていた」とも言える。
Markedはバスの窓を開けると窓枠に手をかけて、ひらりとバスの上に登る。
「WAO!見てくださいパニックになった人間の本性なんと浅ましい、女の子一人に責任を押し付けようとしてマース、ちょっと助け舟ダシマショー!!!」
セクシーポーズ風に素手で若者を狙い撃ちする仕草をとる。
「ハイハーイ!大の大人がピーピー騒がなーい!、あんまりうるさいと、ディアボロの釣り餌になってもらうか、私が撃ち殺しちゃいマスよー!」
若者らが呆気にとられている隙にErieが不由美に声をかける。
「不由美ちゃんはバスの中の皆の様子を見てちょうだい」
「は、はい」
不由美もMarkedの行動に一瞬頭が真っ白になっていたが、Erieにそう促されて、少しホッとした表情でバスに戻る。
バスの中では付き添って搭乗していた最後の撃退士、クロフィ・フェーン(
jb5188)が負傷している運転手を楽な姿勢に座らせ、傷の応急処置をしていた。不由美もその手伝いをし、老人たちの体調を確認する。
クロフィは不安な表情のバスの中の住人の面々にも静かに語りかける。
「大丈夫ですよ、ここにいる他にもこの土砂崩れなら本部から撃退士がすぐに派遣されると思うから安心して」
『天使の微笑み』を使用してはいるが、小柄ながら落ち着いた物腰と優しい眼差しに、避難住民と、そして自信を失いかけて気落ちしていた不由美も少し落ち着きをとりもどしかける。
ただ片隅には他の撃退士らの言動を冷ややかに見つめ、全てを信用していないという表情でうずくまる少年がいた。
●
そのころ、トンネルに向かう道のりでは激しい攻防が始まっていた。
木々の間を大型の狼のような躯を素早く駆り、3体のディアボロが互いに周囲を警戒し合うよう進んで行く。
その彼らを狙える位置に到着したSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)がスナイパーライフルを構える。
「ロックオン……殲滅、開始する……」
引き金に指を添えたその時、1体のディアボロが撃退士の気配を察知して足を止めて嘶く。
山の中を響き渡るその咆哮は、一瞬Spicaの視界を歪ませる。
感情を抑えている無機質な光のないSpicaの瞳に映る山々の葉が血のように真っ赤に染まる。
「幻惑……?」
大きな動揺はなかったが、しかし遠距離からの狙撃が微妙に外される。
「嫌な、予感は……元から、断ち切るのみ……」
Spicaは戦略を変更し、ふゆみとの連携でディアボロに迫る。
「わはー☆ハッケンだよっ!」
闘気解放で能力を上げると、ふゆみもまたスナイパーライフルで狙撃する。
急所をねらうというより、敵の意識をトンネルから引き離し、自分たちに引きつけるために撃つ。
「ほーらほーら★ミふゆみたちはここだよーん!」
3体のうち1体が方向を変えて、ふゆみの方へと進行する。それをさらに誘うように後退し、距離を保つ。
銃声が轟き、そのディアボロの側頭部をSpicaの銃弾が貫通する。
「……まず、ひとつ」
2体のディアボロに対してはヒース(
jb7661)が淡々と戦陣を切る。
燕尾服の様な服装に道化の仮面を身につけ、大鎌を構え、語る言葉は持たず、ただ戦う事しか知らぬ身として駆け抜ける。
ーー己に出来る唯一の事を行い依頼を達成するために。唯一、行うのはそれのみ。
ディアボロが放つ咆哮による幻惑はかなり強く、人としての感情を持たないヒースであってもそれが耳に入ると同時に周辺の景色がありえない色彩になり形を歪ませる。
ーー無様な道化の身だが、他者に操られるのは屈辱以外の何物でもなく。
強い幻惑を使われることは予測済みであり、鎌の刃先で自ら身を引裂き、血を流す。
歪んでいた景色が元の正常さを取り戻す。
ヒースと共に、長身の体をしなやかに踊らせて鷺谷 明(
ja0776)も立ちはだかる。
「凡愚、貴様らの技は惑わすのみか?」
最速で近付いてディアボロの鼻先に竜咆を放つ。
一瞬の畏怖を感じたのか、ディアボロがひるんだように後ずさる。
長刀を構え、できる限り敵に張り付き竜咆を混じえ挑発する。
Spicaとふゆみでその二人の援護をする。
戦闘によるディアボロの咆哮と銃声とが交互に響く様子が次第に近くなり、再びバスの中の住人は不安感に囚われる。
避難住人と共にバスに乗っていた市役所の職員らが声を荒げる。
「まだバケモノが遠くにいるうちに、さっさと動けるものでトンネルの外に移動しようじゃないか!でなければ皆死んでしまう!」
住人らは互いに顔を見合わせ、「本当にこのままここでじっとしていていいのか」と言ったささやきが漏れ出す。
クロフィはそんな一人一人の住人に「どんな事態になっても、僕たちが守ります」と言葉をかける。
Erieは鋭い視線と落ちついた口調で職員に言葉を返す。
「『死ぬんだぁ、もうダメだぁ』とかこっちはあなた達の為に体張るんだから、おとなしく言う事聞いてちょうだい」
光纏の発動でErieが見る見るうちに大人びた女性に変化し、顔の左半分に不思議な文字が浮かび上がる。
「じゃないと…助けてあげないわよぉ♪」
「まあ、一度外の様子を見る必要はあるじゃろうな……なんなら、まろがやってあげても良いぞ」
一応役所の職員の意見を考える必要もあると考えた召還獣を持つ橙が提案し、クロフィも頷く。
「そうですね……脱出できたとしても、出口に何か居るかもしれない」
「それにしても、おぬしらがそんなに焦るのは市民に対して示しがつかんぞ?弱い市民を見捨てようとはまさか本気で思ってはおらんじゃろうな?」
橙がそう問いただすと、職員らはぐっと言葉を詰まらせる。
他の住人らも怪訝そうに職員らを見つめる。
そして橙がヒリュウ召喚し、出口を塞ぎかけている土砂の隙間の外へと向かわせる。
ヒリュウの目を通して受け取った映像として、橙が道の状態を話し出す。
「土砂は人の足で乗り越えられないほどではないようじゃ……」
その報告に、若者やまだ歩ける住人、そして役所の職員が安堵の声をあげる。
だが、次の瞬間橙の表情は険しくなる。
「確かにその先に道はある。……だが、いかん。危険じゃ」
ヒリュウが強い殺気を感じ、橙はすぐさま呼び戻す。
土砂崩れを見下ろして立つ禍々しい存在を感じたのだ。
それはあえてその姿をこちらに見せたとしか思えなかった。
「白……いや、銀色の髪の者がおる。おそらく、天魔……!」
「うーん、やっぱりぃ、罠ってやつかしらあ」
橙の言葉にErieは予測していた様子でため息をつく。
「山崩れの第二波が来るかもだしぃ?敵がいてもおかしくないしぃ」
「ーーウィアドだ」
クロフィはその名を呟く。
人の心を闇の泥沼に捕らることを楽しむ天魔。
クロフィと橙とで出口の近い場所で警戒することにする。
「入口の敵は私が足止めするからトンネル外で通信できるかも試しておいてねえ」
Erieの言葉にクロフィが頷く。
すると少年がぼそりと呟く。
「そんなこと言って、撃退士だけで逃げないとも限らないよな」
「おぬしなあ〜……」
あくまで憎まれ口が減らない少年に橙が呆れたようにため息をつく。
「なぜ、そこまで撃退士を信用できないの……?」
不由美が尋ねると、少年は後ろの方で泣きつかれて今は眠っている幼児二人を抱きしめている母親の方に視線を投げ掛ける。
「あの一家ーーあの子たちの父親、オレの両親、みんなディアボロに操られるようにしてどこかに行ってしまったんだ」
母親と祖父母らが表情を曇らせる。
「友達も、みんな……居なくなったんだ」
突如ディアボロによる激しい襲撃を受けた町は、今は撃退士による制圧はそれなりに進んでいるはずであった。
だが山々が複雑に入り込んだこの地方では、撃退士の手の届かない地域もあったことは想像できる。
実際このバスも、あと少し町を離れるのが遅れていたらどうなっていたか。
少年の話にバスの中全体に重苦しい空気が流れる。
クロフィは、少年が全てに絶望しているのを感じる。
そしてウィアドが何よりそういった絶望を好むのを知っている。
だが。
それに囚われてはいけないーーそういう心の隙間に、ウィアドの幻惑は入り込んで何もかも支配してしまう。
「僕は生きるよ。生きようとするその心が正しく導く『光』になるから」
絶望とは反対の感情、それがウィアドの幻惑を打ち消す力を持っている。
「生きる為に足掻くなら、絶対に生かしてあげる。だから、諦めることは許さない」
クロフィと、そしてErieの毅然とした言葉に少年は少しはっとした表情になった。
●
残り2体との戦闘は次第にトンネル内に移り、バスの乗客からも様子が見えるようになった。
ふゆみが明るい声で拡声器でトンネルに向かって呼びかける。
「今テキと戦ってるんだよー★ミ おとなしく待っててねー!ゲキタイシのひと、そっちにいるなら頼んだんだよっ★イッパン人の人は、ちゃんとゆーこと聞いてよねっ☆ミ」
暗いトンネルの中をそのメッセージは響き渡った。
明はあくまで冷静にトンネル内部という制限された空間で味方との相打ちを防ぎながら戦う。
金剛の術を使用し、鋭い爪による攻撃を防御、挑発を繰り返す。
「惰弱、仮にも怪物であるのなら己が爪牙でかかってこい」
ギリギリの接近戦を楽しむかのように表情は笑みを絶やさず。
「この敵にはあまりそそらなくてねえ。少しぐらい遊んでも罰は当たらんだろう」
ヒースもまた、ひたすら戦う。
手を打ち、自分に注意を引きつけ、血色の大鎌から炎の刃を出し『ダークブロウ』でディアボロを焼く。
避難住人らはおそらく初めて間近で見た撃退士とディアボロの激しい戦いに見入る。
撃退士らが傷を負い血を流しながらもーーそれすらも大した問題ではないかのように戦い続ける。
「不由美ちゃん、『トワイライト』ね」
Erieの指示に不由美も頷き、光の球体を発してトンネル内を照らす。
クロフィが防壁陣で衝撃から住人らを守り、Erieの「異界の呼び手」でディアボロの1体の動きを封じて橙がヒリュウのブレス攻撃で倒す。
そして最後の1体に総攻撃を仕掛ける。
Markedもまた光纏を発動しイケメンに変化、不由美へウィンクを投げかける。
「アナタが真のダアトを目指すなら私のこの技を目に焼き付けるのデース!」
ディアボロめがけて全力ダッシュしそのまま前方宙返りをしながら、尻に仕込んだ護符を発動させ、ディアボロの顔面に叩きこむ
『奥義尻魔旋!!』
どこまで本気なのかわからないが、励まそうとしているのだろう、そう不由美は良い方に解釈することにした。
そして全てのディアボロは力つき倒れる。
すると市役所職員らがいきなり一瞬何かが躯から抜け出たように全員が虚ろな目つきになった。
「ど、どうしたんですか!?」
驚いた不由美がそのうちの一人を揺さぶると、職員は初めて意識を取り戻したような表情になった。
「……わ、私たちはなぜここに……?」
彼らが強引に避難住人らをこのトンネルへ誘導している印象があったが、最初から幻惑に操られていたようだった。
そして撃退士らの戦いぶりを見ていた若者が、おそるおそる、ただ、畏怖の念を感じた様子で、不由美に声をかける。
「ケガをしている運転手さんをこっちの車に……救援の人達のところまで運ぶよ。オレたちに、できることがあったら……」
「良い子たちねえ」
Erieが微笑む。
「おやおや……すっかり形勢逆転ですか」
ふいに低く呟かれたその言葉に、全員がその気配に気づく。
いつの間にかウィアドがトンネル内に佇んでいた。
「光を疑う者こそ、私と一緒に来るのにふさわしい……君の友達も、ご両親も居る。私と一緒に来ないか?」
ウィアドが少年に向けて呼びかけると少年の顔色が一瞬変わる。
撃退士らが一斉に息を飲み、身構える。
だが少年は首を振り、厳しい目つきでウィアドを睨む。
「残念じゃな。こやつは本当の憎むべき相手を間違えたりはしないぞ」
橙が見下すようにそう伝えると、ウィアドは目を細め、肩を竦めると、土砂に解けるようにしてその姿を消した。
今は避難住人の保護を優先させるためにも深追いはしなかった。
ふゆみが携帯品の発煙筒を使用しトンネルから少し離れた場所で待機中の救助隊を呼ぶ。
「お待たせー☆ミ」
住人達は向かうべき正しい光を得る事ができたのだ。