●修羅の町
叫びながら走り回るディアボロが車道に飛び出し、スーパーの店内を駆け回る。
数体のディアボロが入り込んだ保育園では怯えた子供が泣き叫。
山間の静かな町は今や大騒ぎとなっていた。
町長の顔をしたディアボロが「奥さんのパンツ何色ーっ?何色ーっ?」と叫ぶ。
警官の顔をしたディアボロが「立ちションしてえーーっ!!立ちションしてえーーっ!!」と叫ぶ。
抜かないようにという注意の呼びかけにも関わらず、赤い花の香りに誘われるようにして人々は自らその植物に近づき抜いてしまう。
超音波のような悲鳴があちこちで響き渡り、耳を抑える住人らの足下を大人を半分に縮小したような根人形が駆け抜けて行く。
抜いた人物そっくりのリアルな顔面でえげつないことを叫び肌色に近い裸体で走り回る様相はシュールである。
「何をしているんだ!はやく捕まえろ!」
怒号が飛び交うが、一般の警察官では息が続かず足の速いディアボロには追いつけない。
「うわあ……野菜が走り回ってる……」
報告を受けて町に入ったレグルス・グラウシード(
ja8064) は目の前で繰り広げられる人と野菜のような根人形の追いかけっこに表情を強ばらせる。
「攻撃してこないとか、何だか変なディアボロですね……でもまあ、ほっとくわけにもいきませんよね」
子株のディアボロによる攻撃や負傷者というものはないらしいが、根人形はある程度走り回ると穴を掘ってそこに潜り込み、葉を茂らせる。
そして花を咲かせて種を数粒つけ、はぜるようにして周辺にまき散らされてしまう。
別の地域へは新たに空から種が落下してきて増えているようである。
それは騒動の元である一体の親株によるものであった。
「大根さんが走ってるのーーッ!凄い凄いっ☆……って、ディアボロなんだよね」
闇の翼で飛び上がり、広い範囲での町の様子を確認したユウ・ターナー(
jb5471)も興味深く瞳を輝かせていた。
ただ予想よりも事態が一刻も早く解決する必要があることを感じ取り、弓を構える。
「みーんな、ユウ達がやっつけちゃうカラ、覚悟してねッ☆ 」
「しかし敵も何でこう……町内大騒ぎレベルのディアボロ作っちゃうんだろうね? 」
弥生 景(
ja0078) も、親株の場所まで移動する間に町の様子を冷静に観察しながらため息をつく。
確かにディアボロ自体は攻撃をしないが、交通事故の原因になったり線路などに入り込まれたら厄介である。
とりあえず目の前に飛び出して来た数体の根人形を素早く槍で薙ぎ払う。
「あ、ありがとうございます!」
追って来た警官と数人の町の人々が息を切らしながら景やユウ達が倒した根人形をロープで一纏めに縛り上げる。
町の人々らの疲労の色は濃い。
「今はまだ怪我人とかは出てないけど、皆怖い思いしてるしなんとかしないとね」
キイ・ローランド(
jb5908) は小さな子供が不安そうに疲れて座り込んでいる親に寄り添っているのを気の毒そうに見遣る。
一対の長剣の柄に手をかけ、構えた瞬間からキイの柔らかな表情が獲物を狙う追跡者のものになる。
「さっ、誰かの為に何かを守るお仕事をしようか」
一方で、このちょっと変わったディアボロに興味を隠せない者らもいた。
(ぬ、抜きたい……)
袋井 雅人(
jb1469) は年頃の青少年なら誰しも持つ一般的なその衝動を……ではなく、やってはいけないと言われるとやってみたくなるお年頃さを持っていた。
そんな雅人の目の前に「いつ抜くの?今でしょ!」と言わんばかりの抜き頃のディアボロの葉が茂っていた。
同じように黒須 洸太(
ja2475) もまた、思春期の衝動を抑えきれない中学二年生のような劣情に囚われていた。
「抜く人の心を読んだりとかしてるのかな? 何にせよ、心を強く持たないとね」
口では淡々と冷静に観察しながらも内心好奇心がむくむくむくとそそり立ち上がって来る。
すっぽーんという軽快な音がしかどうかはわからないが、周辺にいた仲間の撃退士らが一斉に耳を塞ぐ。
誘惑に負けた雅人が思わずディアボロに近寄り一気に引っ張ってしまったのだ。
キイは叫び声の対策のヘッドフォンを装着済みだったが、それでも金属を引っ掻くような不快な音は一瞬周辺の者の聴覚を奪う。
雅人が両手で葉を掴んでぶら下げたそこには雅人そっくりの顔をした根人形が実のようになっていた。
「抜きてえーーー抜きてえーーー抜きまくりだぜえーーー!」
そう叫びながら顔の下の小振りな手足をジタバタさせて、しかも両手で何かを抜こうとするかのように上下に小刻みに動かす。
その様子は他の撃退士らの体温を一気に下げてドン引きさせた。
「OK、その通りです!」
覚悟はしていたとはいえ、口では自分のテンションを上げる事を言いつつ雅人本人の顔からはそれこそ血の気が失せて引きつっていた。
その直後に別の場所でも金切り声が響き渡り、撃退士らが耳を塞いで周辺を伺うと、今度は洸太にそっくりの顔の根人形が仁王立ちしていた。
「……そうとう変態的な行為でもお好きにどうぞハアハア!!……そうとう変態的な行為でもお好きにどうぞハアハア!!」
顔を赤らめて何かを期待するような笑みを浮かべた根人形の姿に再度撃退士らはドン引きの荒波に漂う。
「ちょ、僕の顔でなんてこと!」
「人には言えない自分を受け入れるのも強さですよ!」
涙声の洸太に雅人が慰めにもならない言葉をかける。
そしてその撃退士の品格を欠いた根人形が逃走を始めようとした時だった。
パシュッ、と銃声が響き二体の根人形の眉間に穴があいて吹き飛ぶ。
神酒坂ねずみ(
jb4993) が撃ち抜いたのだった。
「とにかくまず、やるべきことをやりましょう」
親株の元へ向かうため、ねずみの冷静な言葉と共に、雅人と洸太の顔で白目をむいてひくひくと痙攣している根人形の脇をその二人以外の撃退士が無言で駆け抜けていく。
その様子を町の人達が遠巻きに不安そうに見ていた。
「大丈夫ですよ、僕たちは撃退士です。ディアボロなんてすぐ倒しちゃいますよ……こんなふうに! だから、安心してください!」
レグルスは町の人を動揺させないよう爽やかな青少年の笑顔で声をかける。
●凶暴な羽音
事前の調査がしてあったこともあり、親株が居るという場所へたどり着くことは簡単だった。
ただ、その現場に近づくにつれて、ところどころで座り込んで応急的に手当を受ける警察官や先遣隊の撃退士らの姿があった。
「……思ったよりも蜂型のディアボロの攻撃が激しいです」
撃退士らは子株のディアボロの調査や捕獲などですでに相当消耗していた。
また蜂型の針による毒性もかなり強く、刺されると装備を持てなくなるほど腕や顔が腫れ上がってしまうということだった。
「くっくっくっく……」
冲方 久秀(
jb5761)が長身の黒尽くめのスーツとトレンチコート姿で余裕ともなんとも受け取れない笑みを浮かべる。
「安心せられよ。我々が必ず親株を……くっくっくっ……排除してみせる」
会話の合間につい笑みが漏れるのは笑い上戸だかららしい。
ただ事前に親株周辺の地形の確認や捕獲に必要な道具類をきっちり揃えている几帳面な撃退士であった。
「まず蜂をなんとかしないとね」
景の言葉に生命探知を使って周辺を探っていたレグルスは、そのざわめくような存在を察知する。
「親株は植物なのか生き物なのか判断に困るところですが……こちらから大きな反応があります」
通常でも攻撃的な蜂の羽音というのは嫌な感覚を与える。
向こうも何か新たな敵が到着したことを嗅ぎ取ったのか、木々の向こうの親株が居ると思われる方向からざわめくような羽音が響いて来る。
「まず、ダークブロウを使うね。射線に注意なのっ☆ 」
蜂の凶暴性を考慮して、ユウが最大射程からの攻撃をまず仕掛けることにする。
「では、僕はコメットを使います。みなさん、離れて」
ユウが攻撃を放つ構えを取ると同時にレグルスも魔法陣をその手に浮かべる。
「僕の力よ…天魔を打ち砕く、流星群になれッ!」
二つの範囲攻撃が凶暴な羽音の方角へ真っすぐに注がれる。
ほぼ同時に蜂の大群が林の間からこちらに向かって来るのが見えたが、範囲攻撃を受けて中心的勢力だった蜂等が一気に消し飛ぶ。
ただ周辺や後方の残りの蜂が散開し、八方から向かってくる。
それを予測していたようにキイがタントを使用することで敵の意識を自分に向けさせる。
一対の直剣を操り、正確に一体一体を斬り落として行く。
レグルスもレーヴァテインを握り、魔法の炎で残りの蜂を捕らえて包む。
その奥の中心にひと際大きな葉を茂らした親株の存在があった。
こんもりと茂った葉の中央から上部につきだした茎の根元に大きな丸い蜂の巣がある。
最初の攻撃で一部が崩れ落ちていたが、それでもまだ数匹の蜂が激しい威嚇の羽音を立てている。
全ての蜂をたとえ巣から放ったとしても、時間差で新たに蜂を生み出して近寄らせない面倒な相手のようだった。
「くっくっく、卿の存在が邪魔なのだよ……滅びたまえ」
久秀が(そういう意図であったかどうかは不明だが)笑い声で残りの蜂を自分に引きつける。
炎旋丸を振り回し幾分数が減った蜂をさらに殲滅する。
その間にねずみらで親株を引き抜く準備が整う。
「マンドラゴラも蜂も、量的に、個々が独立して作られたディアボロとは考えにくい……」
ねずみは全て大元である親株を倒すことで子株や蜂を殲滅できると予測していた。
もちろんそのためにも確実に親株の動きを制御できなければいけない。
多数の紐を3つの束にして茎や枝にしっかり結わえ付け、たるみをもたせつつ、反対の端を三方の周辺の木々の幹に結ぶ。
周辺にはおそらく先遣隊の撃退士や警察、消防士らである程度ロープや網などが仕掛けられていたが、それらも利用して景と雅人とでより確実に囲って行く。
そして親株に絡めた紐の先を木の上の高い位置でねずみ、景、雅人とでそれぞれで持ち、一気に引いた。
●狂宴とその終わり
一瞬、周辺の空気全体が電撃を受けたように震えて響く。
親株はそれを待ち構えていたかのように一瞬で地面から抜け出た。
ロープで引き上げられた状態で若干地面から足が浮いている状態のそれは、ぼこぼこといくつもの撃退士の顔を持った根人形であった。
最初に全員で半分白目を向いた表情で凄まじい叫び声を上げた後はそれぞれが何やら口走っている。
一応ヘッドフォンをかけて大音量でお経を聞いて防いでいるねずみはそのグロテスクな敵の正体を眉を顰めて眺める。
「……醜悪そのもですね」
ーー後日、先遣隊の撃退士が記録でビデオに録画していた内容によるとねずみの顔をした根人形が
「めがねめがねないニャーン、ひどいことしたらいやニャーン、ニャンニャーン」
と猫語でしきりに話す様子が撮影されていた。
それを見たねずみは無言でディスクを破壊したという。
別の顔、景そっくりのディアボロは
「夜のマネージャーなんて……い・か・が?ハアト」と呟き
「だまらっしゃいっ!」
と景の右ストレートを顔面に受ける。
雅人の顔をしたディアボロは同様に
「抜いちゃった…抜いちゃったよおおおお……ハアハア」
となぜか相変わらず「抜く」ことに相当拘っていた。
「OK、OK、です!!」
もはや半分泣き顔で雅人は叫ぶに任せてひたすら親株が逃げないようワイヤーのロセウスで固定する。
「お、おにーちゃん、おねーちゃん、ガンバだよ☆ 皆でフルボッコだね!!」
蜂を退治し終えた駆けつけたユウが想像以上に悲惨な現場に躊躇しつつ、弓を構え、ディアボロに向けて発射する。
それらの顔が引っ込んだと思ったら次にまた中央から久秀の顔がボコリと出て来て笑顔で叫ぶ。
「姪っ子たんらーーーっぶぅぅぅぅぅううううううううううううう!!! 」
「姪っ子たんhshshshs!クンカクンカいしたいお!ぺrぺrしたいお! 」
「…くっくっくっく」
笑っていない目で笑いながら久秀は自分と同じ顔に己の全てを叩き込んだ。
おそらく自分の姿を客観的に見た一瞬であろうこの貴重な経験が今後の彼を変えるのかもしれない。
一気にとどめを刺そうとその場に居た撃退士全員が身構えた時、騒がしい気配が押し寄せる。
おそらく親株の危機を感じ取ったのだろう。
町から子株等が一斉に近くまで押し寄せてきていたのだ。
洸太がその集団と共に走りまわりながら必死でできうる限りの子株を弓や魔術書で撃ちまくっていた。
少しでも町のパニックを抑えようと彼なりに戦っていたのだ。
子株等は親株を捕らえているロープに取り付き外そうとしている。
「やらせませんっ!!」
雅人も残りの力でありったけの攻撃を親株に加える。
ねずみもまた、銃を構え撃込む。
それでも親株は余力で体をねじると、予想以上にものすごい力を持っていて紐を引きちぎって駆け出す。
しかしキイがすかさずタウントを発動、親株の周囲を引きつけたのに連動して久秀が再度グリースを親株の足下に巻き付ける。
親株は見事に転倒。
数人の声が混じるような壊れたレコードのようにキイキイと叫びながら、今度は何か必死に地面に潜ろうしている。
「地面に入られるとまた再生してしまいそうですね」
雅人が渾身のクロスグラビティでとどめを刺した。
するとようやくぐったりと動かなくなった。
みるみる頭部の茂った葉がしおれ、数匹の蜂が這い出しかけていた蜂の巣も蜂ごと砂のように崩れた。
子株達もバタバタと倒れ込んで大根に似た根菜になった。
誰もが数カ所蜂に刺されて体のあちこちが腫れ上がっていたが、それも親株が倒れると同時に毒性が消えたかのように引いて行った。
おそらく全て一時的な強い暗示による精神攻撃の一種のようなものなのだろう。
「……やはりすべてがつながった増殖能力系のディアボロだったのね。嫌な敵だわ」
ねずみがふうっ、と息をつく。
「ふむ?これは食せるのかね? 」
久秀は地面に落ちている子株の根菜を拾い上げていく。
根菜っぽくなった根人形はそれでも若干人の顔かたちと体型を残している。
その物体を誰かのお土産に持ち帰るらしい。
ユウもまだ地面に埋まったままの子株がないか、慎重に見て回る。
「あとは町の人が落着きを取り戻すように、お歌でも歌おうかな♪」
景とキイも、一応町の様子を確認に行く。
保育園の門のところで不安そうに撃退しを見つめる子供達に、キイは笑顔で声をかける。
「こわかったねー、ふふ、もう大丈夫だよー」
キイの言葉と景の笑顔に、ようやく子供達も安心したような笑顔になった。
「……今日のことはゆっくり休んで忘れよう」
おそらく今回の戦闘で最も精神的に打撃を受けて疲労している洸太は虚ろな笑顔で空を見上げたのだった。