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こんもりとした森の周辺を国道が走り、その片側をある程度高さがある断崖が縁取る。
その周りは大海原が広がる。
目的の区画に向かうまでの道沿いにも、閉店して何年も経つようなドライブイン、ロープに囲まれたガソリンスタンド程度しかなかった。
撃退士による調査チームが、サーバントらしき動きの目撃がされた廃区域の立ち入り禁止の看板の脇から、その内部に足を踏み入れる。
寂しい場所だな、と半道は思った。
こんな人が居ないような場所に、天魔が何か目的があるとは思えない――が。
それでも、いざとなったらオレが、と半道は気持ちを引き締める。
「サーバントの動き、かぁ。ホントだったら怖いわよね〜」
今回の調査メンバーの中で頭一つ飛び出した長身のマリア(
jb9408)が、その体格からは予測できない言葉使いで漏らす。
「確り調査して情報を持ち帰って、今後の役に立てないといけないわねぇ」
赤い髪と褐色の肌に映える華やかなメイクと彩られた長い爪に半道は少し気圧される。
「あら、アタシのことが気になるかしらぁ?」
マリアにパチリッと可愛らしくウィンクを飛ばされ、半道はふるふると首を振る。
だが他の撃退士らは全く気にする様子もなく、淡々と段取りを確認し合う。
「重点捜索ポイントは以下の通りね。廃屋、墓地、 森の中」
新井司(
ja6034)が全員との携帯電話の番号を交換する。
一応通信状態に問題はなさそうだった。
範囲もそんなに広くないということもあり、各自であまり離れない程度にまわる事になった。
ロベル・ラシュルー(
ja4646)が「連絡は随時取り合うよ」と、けだるい口調で無愛想にそう告げると、町をぐるりと囲む海沿いの国道へと足を向ける。
「気をつけてねン」
マリアがヒラヒラと手を振ってロベルを見送る。
「アタシはとりあえず野生動物以外の足跡や痕跡が無いか、調べてみるわぁ。地面や獣道、それから木々なんかを特に調査してみるわねン。空にも注意、かしらン? 」
マリアは畑や住宅の外側を囲む森に向かう。
「え……良いんですか?」
離れて行く二人の背中を見て、半道が不安げにその場に残った仲間を見る。
「天魔が襲ってきたらどうするんですか?」
するとそれまで静かだった山木 初尾(
ja8337)が、やはり静かに話す。
「俺は、それぞれのやり方を尊重します……」
半道が、「でも……」と言いかけた時、バサバサと音がしてカラスが数羽近くの木から飛び立ち、半道が身を強ばらせる。
「動物が多いようね」
司が森の木々の合間を観察する。
時折空を舞うのは、海鳥ではなくカラスの群れ。
「私たちも調査を開始しましょう」
特に誰かをリーダーと決めたわけではないが、自然に撃退士としては経験が多い司に従う形になる。
もちろん半道も素直に従って行動する。
そんな半道の姿に、クロフィ・フェーン(
jb5188)が過去の件を思い返す。
(あの人……植物園での?)
以前、天魔との戦いで傷を負って天魔に操られていた撃退士。それが半道だった。
その時は半道は完全に幻惑で操られていて手強かったが、実際の実力はわからない。
今回はそういう幻惑を使うような相手という報告はないし、二度同じ手にハマる撃退士でもないだろう――が、半道がどこか落ち着かなく、しきりに自分の装備を弄るのを見て、若干苦笑を浮かべる。
(一応、いざという時は彼のフォローをしましょう……)
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入り口の森を通り抜けると、生活道路の両脇の、荒れ果てた畑がまず目に入る。
段地を自力で開墾して作った規模の畑が、廃屋の周辺に無計画に配されている。
その全てが、緑の覆いに浸食され、ところどころでかつて栽培されていた野菜が不揃いに育っている。
半道は虫除けを持ってくるべきだったと後悔した。
何かが腐ったような異臭が鼻につく。
そんな事は気にも留めないように初尾が手元の地図と残されている建物を確認し、一つずつチェックしていく。
廃屋の中でも、地面に身を屈め、低い位置、あるいは天井にも慎重に視線を送り、少しでも違和感がないかを見ている。
「何かを食い荒らした跡があちこちにあるな……」
「動物が多いのは確かね。カラスと、それ以外にも……野犬かしら」
初尾との会話や、時折他を捜索している仲間からの電話を受けて、その都度司が細かくノートに書き入れ、必要があればデジタルカメラでも撮影する。
半道は、そんな仲間の動きを感心したように眺めていた。
「何を見ている」
初尾が調査方向への視線を向けたままそう言葉を発し、半道ははっとする。
「いやまあ、すごく丁寧に調べるんだなって」
半道の率直な物言いに、初尾は一瞬視線を向け、そしてまた元に戻す。
「俺には、地味な仕事が性に合ってると思う……」
「あ、じゃあ、オレが周囲見張っているから――」
「その必要はない。向こうの建物を見てくれ」
「あ、ああ……」
初尾から淡々と指示されて、半道は少し戸惑うように別の場所へ移動する。
その時、ふわりと高い位置から何かが舞う気配に、半道が咄嗟に身構える。
光の翼で周辺を上空で観察していたクロフィだったが、それなのに半道は後ろ側に足を踏み外すようにバランスを崩し、畑の中に尻餅をついた。
「痛てて……」
「病み上がりみたいだけれど、無理しちゃだめよ?」
司が半道の背後から腕を抱えて立ち上がらせる。
そんな様子を見ていて初尾は少しため息をつく。
(やはりどこか、自分が皆を守ろうという気持ちが空回りしているのか……?)
と、
その気持ちが純粋に仲間思いから来ているものなのか、それとも功績を求める気持ちなのか――。
ただ、上空から首周囲の様子を見たクロフィは、半島の森の一方向にカラスが少しずつ増えているのを感じとった。
「あれは――墓場?」
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「そろそろ、内部の方へ向かうか……」
ロベルは海沿いの道路を移動していた。
陸の方も見ながらだが、時折海側の断崖の下の方も覗き込む。
何か、人為的なものが散らばっているように見えた。
「……?」
後で詳しく分析するためにもロベルはその様子をデジタルカメラで撮る。
その時、カラスの様子に関する連絡を受けてそちらに向かおうとした。
「カラスと言えば、別の地域じゃヤタガラスが出てるな……」
離れる前に念のためにもう一度断崖を覗きこもうとして――何かの気配を感じ、慎重に、下方を眺める。
「……!」
波が打ち寄せる崖下に、黒い影が身を潜めるようにして蹲っている。
次の瞬間、それが左右に黒い大きな翼を開いた。
振り向いたその黒々とした大きなく嘴からは、海鳥らしきものの一部が垂れ下がっていた。
「これはまたいかにも、っていう場所ねン」
マリアは雑草でほぼ森と一体化しているような古びた施設を見つけた。
鬱蒼と茂る木々で、施設内部は暗い。
ペンライトで静かに近づき、壊れたドアを少し開けて覗き込み、強い異臭にマリアは表情を変えた。
「これは……」
大量の虫の羽音がする。
ゆっくりとペンライトを動かすと、大量の羽根や何か小動物を食い散らかしたような残骸が散らばっていた。
ネズミ程度のものから――かなり大型の野犬のようなものの頭部が、転がっていた。
ざわり、と嫌な予感にとらわれるが、明鏡止水で呼気を整え、周辺の気配を探る。
どうやらここは塒ではありそうだが、その主は周囲には居ないようだった。
「……皆に知らせたほうがいいわね」
山の斜面に入り組むように並び立つ墓石。
風雨にさらされてもう文字も読み取れないくらい削られコケで埋まったものが、それでも大小と並んでいる。
何かに反応しているのだろうか、カラスが次第に増えて集まり、鳴き声を響かし始めていた。
更に撃退士らを威嚇するように、互いに警告をし合うように、カラスの声がふくれあがって行く。
司の元にロベルとマリアから連絡があり、緊張が走る。
『――間違いない。ヤタガラスタイプのサーバントだな……』
ただ、ロベルの話だと、若干その様子がおかしいらしく、一心不乱に海鳥を貪っているらしい。
『もう少し、気付かれないよう行動を見張ってみるよ』
司がそういうロベルとの通話を終えた時、最初に「それ」を察知したのはクロフィだった。
咄嗟にタウントを発動し、黒い塊が森の木々の合間から向かってくるのを自分に引きつける。
「クロフィさん!」
半道が飛び出し、鉤爪を発現させる。が、それを見越していたように司が地面に半道を抑え込む。
クロフィは冷静に黒い影をぎりぎりで交わし、防壁陣を張る。
初尾も遁甲の術で気配を消し、司が絶氷を放つ。
絶氷が炸裂してスタン効果で「それ」は地面に落下した。
ヤタガラスだった。
それで一度皆で引き下がり、様子を見ることにする。
「速攻トドメを刺さないんですか?」
半道が司に尋ねると、すぐ背後からいつの間にか音もなく合流していたマリアが半道の耳元で話す。
「あら…剛士ちゃん、不満そうなお顔、ねぇ。でもね、撃退士は戦うことだけがお仕事じゃないのよぉ」
やがて、もう一体のヤタガラスが海側の方向からやってきた。
地面に倒れているヤタガラスの側に舞い降り、様子を伺うように周囲をうろうろしている。
「断崖に居た奴だ」
海沿いからそのヤタガラスを追っていたロベルも合流する。
そのニ体以外は、それ以上集まって来る気配はなかった。
「だが、何かの司令を受けて動いている――という様子じゃないな」
ロベルは追いながら様子を観察していた。
確かに、両方ともヤタガラスは口から泡を垂らし、羽根もところどころ酷く痛んでいて、「荒んだ」様相だった。
すると、突然に地面に落下したヤタガラスを、後から来たヤタガラスが攻撃し始めた。
「あら、仲間割れかしらン?」
マリアが驚きの声を漏らすが、そこに居た誰もが、その異様な光景に見入った。
攻撃を受けた方もそれで意識を取り戻したのか、地面から飛び立ち、応戦する。
互いの肉を引き裂き合い、激しく空中で乱闘する。
「あのまま興奮状態でこの区域から他へ移動されるとマズいわね」
司の言葉に、それぞれが同意し、殲滅を開始する。
攻撃的に目を赤く光らせたニ体のヤタガラスが、新たに現れた敵を前に、
――もしくは、ようやく何か忘れかけていた司令を思い出し、それを喜ぶかのように――こちらに向かってきた。
半道が、ようやく自分が、という表情になるが、スッと横にクロフィが並び、シールドを構える。
「何かを守りたかったらまず自分を最大限傷つけない戦い方を身に着けて」
半道が、驚いたようにクロフィを見る。
半道もかつて自分が天魔に操られ、撃退士に牙を向けた――その先に、クロフィの姿があったことを思い出した。
「あ……」
すぐには、言葉がでてきなかった。
「誰かの命が失われる緊張感には耐えられそうにない……」
戦闘に突入したことに初尾が淡々と息を吐いて呟き、小太刀二刀を構える。
「だから、自分にできるだけのことをする」
初尾のその言葉に動かされるように半道は初尾と周囲の仲間の動きを見て、防御しつつその攻撃の合間に鉤爪でヤタガラスを引き裂く。
地面に落ちたヤタガラスがそれでも執念のように黒い翼をバタつかせる。
「可哀想だけど、楽にしてあげるわねン」
マリアが鎌鼬で地面に再度落下しもがいていたヤタガラスの首を一撃で断つ。
「1人で戦うのも格好良いけど……皆で戦うともっともっと輝けるわン、ね?」
マリアのその言葉に、半道も頷いた。
ロベルが自分が追って来た方に封砲を放ち、ヤタガラスの黒羽根が飛び散る。
それでも引き裂かれた己の肉片を引きずりながらも襲って来る。
司が怯炎でトドメを刺す。
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おそらく何らかの司令を受けて人間界に来たサーバントが、主の天魔が死んだか何かで放置されたかたちの「野良サーバント」となることがある。
人の居ない区域に入り込み、新たな司令を得られないまま、入り込んで来る他の動物をただ本能で襲い、貪り、いつかはそのまま朽ち果てていたもの達だっただろう。
「それでも、天魔がこの付近までそういった偵察を行っていたのには、間違いないようね」
ロベルが断崖で写した画像を拡大してみると、潜水具らしきものの一部に見えた。
近隣の海岸で潜水で漁等をしていた人で行方不明者が出ていないかを確認することにする。
司は全ての報告をこの地方の撃退署に知らせるよう、ノートにまとめる。
そして半道に
「……何か悩み事があった?」と改めて尋ねる。
様子からおおよその見当はついていたが、半道のどこか焦りがあったという話に、ふむふむと頷く。
「特に今回、地道だけど大事な調査だと聞いていたけれど、……自分にはあまり動けなかった」
そう半道は悔いていた。
「そんなものだと思うけれどね。撃退士になって日が浅いんでしょ? それまでと違う環境で上手く動ける方が異常だと思うわよ、私は」
司はあっさりと答える。
「でも、今そうやって悩んでいるってことは、もっと上に行けるってことだと思うわよ。チームで動いてるんだし、ちょっとの失敗くらい他がカバーするから思い切りやればいいわ」
調査のお荷物と思われているのではないか、と思っていた半道は、少し救われた気持ちになった。
「まあ、キミよりちょっとだけ撃退士歴の長い人間からの、お節介だと思ってくれれば」
そう言い残して司は帰り道に向かう。
「チーム……か」
その言葉を半道は呟いた。
「一本気なのは悪くないが……」
聞くとも無しに半道の話が耳に入ったのだろう、ロベルが言葉を綴る。
「一人でやる事は無い。少しは誰かを頼っても良い。それは恥ずかしい事じゃないからね」
そしてロベルはまた軽く手を振る仕草で、一人別方向へと離れていった。
「さて、一服できる場所はあるかな……」
一仕事後の、ロベルにとっての習慣であった。
「調査はまだまだこれからよン」
軽くメイクを直したマリアが、最後にまた半道にウィンクして立ち去る。
物静かなクロフィが、半道に向けた表情を和らげて歩き出し、半道も慌ててそれについて歩く。
「悪に使役される役回りは気の毒だな……」
初尾は倒したサーバントを眺めながら、ぽつりと呟く。
それを海に放り投げたいという衝動もあったが――「環境汚染」になるのでそれは思いとどまった。
弱さや未熟さは自分でも自覚している。
初尾は少しばかりこの人の居ない断崖沿いに海を眺めていくことにした。
個性的な撃退士それぞれが、ひとつの仕事を終えてそうやって解散していく。
この人達に、追いつきたい。仲間として認めてもらいたい。
もちろんまた迷うかもしれない、立ち止まってしまうかもしれないけれど。
そんな時は、仲間を頼って、信じて――。
遠くが赤く染まりかけた海と波の音に見守られているような道を、半道はそう思いながら歩いた。