●
心もとない光源が届く範囲に、人工的な建造物の柱が規則的に並ぶ。
その奥は、闇。
高い天井も闇が覆う。
元より息苦しく淀んだ暗闇の空間に一瞬で人の血の匂いが充満する。
撃退署の人間は元より覚悟で今回の捜索に参加している。
誰もが、強い意志で、敵を恐れぬ精神でここに来た。
だが。
「散れ!」
不破が声を発する。
空気が裂かれて重量のあるものが、署員が散開した床に炸裂する。
体重を乗せて叩き付けた腕の先の爪が床にめり込み停止した敵の姿がその場に居た者の視界に浮かび上がる。
筋肉でふくれあがった背中と肩から床に届く長い腕。
手首から先に伸びる長く鋭い鉤爪。
頭部を覆う乱れた黒髪。その顔面の上半分を占める紅い単眼。下半分は牙が並ぶ口。
屈んでなお人の3倍はある異形の巨躯。
必死で避けて柱の影に身を潜めた署員らは、その敵が苛立たしげに床に転がる一つの亡骸の半分となったものを見つけると――床から引き抜いた腕で、払いのける。いや、床を転がるその「物体」をさらに腕で跳ね上げ、遠くへ弾き飛ばす。
仲間の成れの果てに対する仕打ちに、誰もが胸を潰される思いに駆られる。
相手は何かに飢え、ただそれを満たそうとして、爪を振りかざす。
「好きなだけ遊んで良いからね」
高い位置のある場所からそれらの様子を見下ろす、天魔ウィアドのその表情が冷たく歪む。
反撃の初弾は麻生 遊夜(
ja1838)。
歴戦を抜けて来た撃退士の精神は強固で揺るぎない。
地を蹴り、巨躯の割に素早い動きの敵に向かう。
黒い霧のような襤褸切れを纏い両の目の紅い残光が闇に軌跡を描く。
繰り出される爪の動きを避けてすれ違い振り向き様にその頂きに光る赤い目に向けて『手引きする追跡痕』を撃ちこむ。
目的の部位に突き刺さったそれは、出血に似たアウルの光で更にディアボロの目を赤く染上げる。
ただダメージを与えるものではないため、巨人型ディアボロは意に介さずその場から瞬時に消え、遊夜のすぐ側まで接近する。
「先輩はやらせないよ?」
敵の動きを予測し遊夜の影から黒骨の翼を広げて来崎 麻夜(
jb0905)が放つ『悪魔殲滅掌』にディアボロが衝撃で後方の壁に激突する。
だが、壁から身を起こしながらもそのディアボロの赤い目がゆらりと煌めき、退避し物陰にいた署員の気配に向けられる。
もちろん署員の彼らとて撃退士として訓練を重ね、担当する地域の住人を守る為に今までも訓練を重ねてはいる。
ただ、天魔との実戦の不足と今のこの閉塞的な地下空間と暗闇、そして想像を超える大きさと速さの敵を前に冷静さを維持するのは困難であった。
ある一定のレベルに達して居ない者は、おそらくウィアドと同じ場所に居るというだけで精神的に威圧感を受け、激しく動揺する作用を受けていた。
ディアボロが攻撃対象を署員らに変えて、移動と同時に爪を振り回す。
「ひいっ!」
足が動かず回避が遅れた署員を不破がその腰のベルトを引っ掴んで引き寄せようとする。
署員ごと床を転げた不破の背中の防護服が裂けて赤い色が滲む。
咄嗟にクロフィ・フェーン(
jb5188)が不破とディアボロの間に割って入り、『庇護の翼』を発動する。
新井司(
ja6034)が、署員から自分に引きつけるようにして雷打蹴を叩き込む。
仲間の死に体を強ばらせる署員らからディアボロを引き離す必要がある。
「あまり暗いのは好きではないのだけれど、ね」
司がつぶやき高くジャンプすると細身のしなやかな躯が青い炎に包まれる。
そこから繰り出される蹴りがディアボロの延髄に炸裂すると、体格差があってもその巨躯が床に叩き付けられる。
「――おいで。遊んであげる」
冷徹に、それでも青い炎のように瞳を燃やし、司は相手を誘う。
闇の中に各種のアウルの光が揺らめき動く。
地下空間での激闘はこうして始まった。
●
「署員一名、死亡。現在ディアボロ一体と交戦中」
空間内部の建造物である柱の物陰に身を潜めて、不破が淡々と、だが固い声質で通信機で外部の石井不由美に伝える。
あまり音声はクリアではないが、ここまで簡易的な通信設備を設置しながら辿り着いて来ているので外部とのやり取りは可能だった。
ただあまり奥に入り込むと難しいかもしれない。
不破からの報告に不由美は絶句する。
「……そんな、……まだ突入して数分も経っていないのに」
「やはり、一筋縄じゃいかねーか」
ラファル A ユーティライネン(
jb4620)が同じ内容の通信を受けながら不由美の隣で武装を整える。
地下への突入は非常に危険である為、状況を見て第二波としていつでも駆けつける準備をしていた。
「で、どんなディアボロだ?詳しく教えろ」
動揺している不由美に代わってラファルが詳しく様子を確認する。
今回の敵、ウィアドに関する資料にも一通り目を通してあったが、その中に現在地下で戦っているディアボロに酷使した絵があることに注目する。
一体だけ描かれたものと、ニ体並んで描かれたもの。
「敵は複数存在する、か」
今すぐ現場に駆けつけたいのは山々だが、もう少し情報を得たい。
他の資料も不由美とともにひっくり返す。
それだけの地下空間を建造したとなると、もしかしたら別の通用口やメンテナンス用の通路があるかもしれない。
「何でもいい、気がついたことを教えてくれ」
司の攻撃に合わせて各務 与一(
jb2342)も火器による攻撃を浴びせると、ディアボロは闇が深まる奥の方に移動し消えた。
司とステラ シアフィールド(
jb3278)が警戒しその隙に体勢を立て直す。
与一は依頼開始と同時に『夜目』を使用し視界を確保、素早く周辺の様子を詳細に確認すると仲間と不破に伝える。
「奥に向かって等間隔に柱が立っていますね。出入り口は来たところと奥の2カ所のみのようです」
黒髪を束ね、眼鏡の位置を直す与一は、穏やかな表情ではあったが冷静に出来る限り施設内部の詳細な情報を得る必要があると考えていた。
とりあえず足場や壁はところどころ岩が剥き出しになったようになっている。
ただ全くの掘りっぱなしというわけではなく、ところどころ人の手が入っている部分もある。
上部も見回すが、それは足場を上がらないとよく見えない。
「確認してみます」
与一は周囲を伺うと移動してジャンプし、慎重に上部の足場に向かう。
足場から足場への移動は撃退士の運動神経であれば容易に行うことができた。
「ウィアドが近いからと、焦ったかね」
ステラから手当を受ける不破の気持ちを見透かすように遊夜が一声かける。
無言で視線を返す不破は、やはり普段より冷静を失っているのがわかる。
だが今までウィアドとの戦いに手慣れた撃退士らへの信頼がその精神を平常のものへと引き寄せる。
「……焦ったかもな」
不破の正直な反応に遊夜に寄り添うように待機する麻夜がかすかに口元を緩める。
「…無音歩行や潜行等のスキル持ちの可能性、かな? 厄介だねぇ……」
ただまあ自分もよくやる手だけど、と付け足す。
現場において一番有効な手段で動くのは鉄則である。
そしてまさしくここは敵のテリトリーのまっただ中である。
遊夜は銃を構え直し、ディアボロの気配に備えながら指示を出す。
「不破、光源・周辺の索敵を徹底してくれ。それと退路の確保!後方での回復場所として機能してくれると楽になる」
不破が頷き、ジェイニー・サックストン(
ja3784)が同行するかたちで不破と光源を確保する署員が前へ、残りは退路確保のため後方への移動を開始する。
カウガールスタイルのジェイニーはあまり積極的に他者に関わる性格ではない。
それでも、救援の要請に駆けつけた。
自分の戦力を必要な時に有効に発揮出来るよう、黙々とショットガンの動作をチェックし、周囲を見回し射撃に適した場所を見定める。
「詰め所に追加情報がないかの確認も急いで貰おう」
遊夜のその言葉にはクロフィが頷く。
ここまでのこちらの状況も細かくラファルに伝えていた。
「退路確保の為に待機します」
離れた位置から通信で伝えて来たのはアステリア・ヴェルトール(
jb3216)。
スーツの上にローブを纏い、武具をきっちりと身につけた騎士然とした姿勢で槍を構える。
『夜の番人』で視界を確保して入り口に近い足場の上部に上がり、遠距離から味方の支援するために狙撃用の銃を構える。
「動くぜ」
遊夜が呟き、最前線で研ぎすまされた撃退士らの感覚が一斉に闇の中から再び脅威がこちらに向かってくる気配を察知する。
遊夜と麻夜のコンビネーション、司と与一による波状的な追撃がディアボロの巨躯に突き刺さる。
いくら素早い動きでもこれだけの撃退士に待ち受けられ包囲されればひとたまりもない。
そう思われた。
鼓膜を裂くような咆哮、そして、次の瞬間信じられない光景がそこに展開された。
「ディアボロが……二体に分裂しただと!?」
クロフィからの通信にラファルが目を見開き、その傍らで資料をひっくり返していた不由美も息を飲む。
「これは分裂を意味していたのか……」
ラファルは怪物がニ体並んだ子供の絵を見る。
●
黒髪の一つ目の異形のディアボロが、確かにその体の輪郭が一瞬ぼやけると、左右にスライドするように同じ体型のまま、分離したのだ。
その一体が後方の撃退士へ向かう。
動きの素早さも爪が突き刺さる威力も変わらない。
司とジェイニーがその防衛にまわる。
「う、うわあっ」
恐怖にかられて一人の署員が隊列から離れて駆け出す。
それにディアボロが腕を伸ばす。
ジェイニーの狙い澄まして投げた斧がその片腕を切り落として壁に突き刺さる。
クロフィが翼を広げて署員を追う。
「落ち着いて、離れてはダメ。――落ち着いて、やるべき事をやるんだ」
生き残る為には冷静になること。
どこかでウィアドが楽しげに観戦している姿を感じるほどに、クロフィの中で精神が研ぎすまされて冷静な判断を導く。
天使でありディバインナイトのクロフィの存在はウィアドが仕掛ける闇の波動に対し最大の防御の要となる。
「もうこれ以上誰も殺させない……僕が皆を守りきる!」
クロフィの静かだが強い言葉に署員らは落ち着きを取り戻し、自分たちの仕事に集中する。
不破は微かに感謝の視線をクロフィに向ける。
ディアボロがニ体に分裂した為に、遊夜はそのうちの一体に再度『手引きする追跡痕』を撃込む。
「まずは確実にこっちを倒すか」
続けて手足を腐らす『腐爛の懲罰』を撃ち込む。
「動いちゃ、駄目だよ?」
『Shadow Stalker』で闇にまぎれ潜行するのを得意とする麻夜にとってこの薄暗い現場を最大限利用し、遊夜と一体となっての銃撃を放つ。
しかし肉を腐らせ削がれつつもディアボロの動きは止まらない。
それでも遊夜が集中的に足の関節を狙うと、下肢を崩壊させて一体のディアボロの体が床に崩れ倒れた。
しばらく警戒するが、それは完全に息絶えたようだ。
「的がでかいのはいいが、やれやれだ 」
すぐさま次のディアボロの撃退にまわる。
すると署員を襲っていた方のディアボロがジャンプし、足場の上部に向けて移動する。
「各務さんを狙ってるな」
司が追いかけ、『絶氷』でディアボロの背後から吹き飛ばす。
司に感謝しつつ、慎重に周辺の確認をしながら最も高い足場に与一は辿り着いていた。
すると一カ所、壁から突き出るように、ガラス張りのスタンド席のような建造物があるのがわかった。
「なんだろう?客席…?」
できるだけ近い足場に移動する。
それはよく野球のスタジアムでグランドを見渡せる位置に座席を並べたような空間だった。
表面は頑丈そうなガラスで覆われて、安全な場所でこの空間で行われる行為を見学できる場所になっていた。
そのガラスも何かの染みや汚れで鮮明ではなく、与一は薄暗くてよく見えない内部を眺める。
そしてそこにあるソファーに座する人影を見つける。
上質なスーツ姿と革靴の青年。
「ウィ……」
与一がその名を口にしようとした瞬間には、もう目の前の足場の上にそのウィアドが立ってにこやかな笑みを見せていた。
司の攻撃で足場から転落すると思えたディアボロは長い腕を使って足場の一端を掴むと勢いとつけて方向転換し、別の足場へ飛び移る。
森の中で猿が木々をつたって移動する動きに似ている。
そして司に向けて接近してくる。
狙い澄ましたようにしてアステリアの狙撃弾が一発、二発とディアボロの目に撃ちこまれる。
それでもディアボロはまだ壁を蹴り、別の足場へと移動する。
司がそれを追う。
素早い相手の動きの先を予測し、爪をかいくぐって拳を打ち込む。
激しい空中戦となる。
司が自分の身を相手の爪がかすめるのも構わず懐に飛び込み、『貪狼』を相手の腹部に叩き込む。
その時、最初は気がつかなかったが、司はわずかにディアボロの胸部の中央が青く光っているように見えた。
ディボロが咆哮を上げる。
次の瞬間、二対に分裂する。
「チイッ」
分離の光景に一瞬気を取られ、両側からの攻撃が司の体を貫こうとした、その時。
不破らの持ち込んだ光源の設置が済み、一斉に空間を明るく照らす。
やはり暗闇に慣れすぎたディアボロにその光は影響が出たのか、ニ体は瞼のない中央の目を両手で押さえて後退し、一時的に奥の闇に消える。
その地下空間の全容が浮かび上がる。
壁を染上げる血痕、壁に張り付く何かの生物の組織片。
片隅に積上った人のものかそうでないものかわからない大小の骨。
誰もがその異様な様子に息を飲む。
「一体、ここは何に利用されていたのか――」
骨の山と一緒に、数枚の元白衣らしきものや靴、眼鏡といったものもあった。
足下から地下空間が照らされても、ウィアドは気にする様子もなく、むしろ
「ようやくここまで来ましたね」
と与一に向けて爽やかな笑みすら浮かべていた。
その挨拶に答えるように与一は眼鏡を外す。
眼鏡の特殊なガラスの下に黒く偽装されていた瞳が、深紅に変わる。
『緑火眼』を発動。
「弓使いの各務 与一。弓聖与一の名と誇りを賭けて、参る」
構えた弓は特殊な構造で近接戦用の刃を持つ。
二人同時にその場から跳び、刃を交える。
ウィアドの動きは素早い。
それを落ち着いて見極め、皮一枚で避ける。
代わってこちらも得物を繰る。
高い位置での足場から足場への移動。
「くっ」
アステリアが援護で狙撃しようにも二人の動きが交錯し速過ぎる。
「伝えておきますが、……ここは私ども天魔が作った施設ではありません」
ウィアドがふいに話しかけて来る。
「ただ、私は……私たちは、見ていました。ここで行われていた実験を」
与一は黙ってそれを聞く。
「不思議な光景でした……昨日まで普通の人だったはずのものが、ここで異形のものとして他の元生物との殺し合いを繰り返していましたから」
「黙れ」
聞きながらも、惑わされるな、と念じる。
闇に捕われれば、死ぬ。
ウィアドが言う事が全て本当の事だとしても、ここが人の業の底の果てだとしても。
「ごたごた言ってんじゃねえ!」
突如与一の背後から姿を現した遊夜の魔弾がウィアドの眉間に炸裂する。
ウィアドの両の瞳が一瞬、ぐるんと回転するようにして白目になる。
ゆらりと姿勢が崩れてそのまま足場から倒れ落ちると思われた。
「クク、ク」
崩れた姿勢そのままでウィアドの体が跳ね上がるようにして別の足場へと移動する。
ニ体が闇から姿を現し、光源のライトがいくつか破壊され、地下空間の半分が元の闇に戻る。
その延長で再び署員らに襲いかかる。
だが少し違うのは、精神的な圧迫感から解放された感触があったことだった。
不破はウィアドが地下空間に幻惑を張り巡らせていたのが、強襲を受けてその幻惑を維持できなくなったのだと感じた。
「申し訳ありません、今は最大効率をとらせて頂きます、どうがご無事で」
ニ体が接近した位置にいる機会を見逃さず、結界『呪縛陣』を放つ。
それに息を合わせてアステリアが『魔剱』を発動、範囲魔法の刃がニ体のディアボロを同時に浴びせられる。
だがディアボロが咆哮を上げ、その内の一体が再度分離する。
三体となったディアボロの前に、誰もが強い絶望を抱く。
「どうするか……攻撃しても分離するのではきりがない」
司が歯噛みする。
不破も反撃をしながら考える。
「……分裂するものとしないもの、何か違いがあるはず」
「全部後でいい、今はただお前を倒す…それだけだ」
ウィアドを遊夜が、そして麻夜が追い、与一はその不審な建造物が足場から内部に入れることに気づく。
慎重にその中に入ると、中にいくつものモニターがあるのがわかる。
そこまで確認して与一はディアボロへの対応に戻る。
「…俺たちは負けられない。勝つ理由と生きて帰る理由があるからね。だから、最後まで諦めはしないよ」
ジェイニーが署員を守る為にレバーアクションのショットガンで防護弾を打ち込む。
ディアボロの激しい標的になりながらここまで署員らが無傷でいられたのはジェイニーの弾幕のおかげである。
――が、そんなジェイニーを目障りとばかりに一体のディアボロが背後へ回り込むようにして素早く移動し一撃を放つ。
眼鏡のレンズにひびが入った、左方向からの攻撃で一瞬判断が遅れた。
「うぐっ」
横殴りにジェイニーの体が弾き飛ばされ、壁に打ちつけられる。
「くそっ」
司がジェイニーから遠ざけようと攻撃を加える。
「退避だ」
不破が決断し号令をかける。
――これ以上長引くと全滅する。
不破の胸にそんな不安がよぎった。
●
縦に細長い、朽ち果てたような配線が絡み合う狭い空間の梯子を、ラファルは地下に移動していた。
図面から地下空間への通風口のような別の通路を見つけ、そこからの突入を試みていた。
移動しながら考える。
子供が描いたディアボロらしい絵。
二体のディアボロの片方だけに、胸の位置に青く塗られた何かがあるのが気になった。
今までの戦況に関する情報を受けて資料と照らし合わせた。
「分裂をするディアボロは『核』のようなものを持った本体が居る、それを倒せば」
非常事態だった。
回復担当の署員らでジェイ二ーを移動させるために、ステラが『呪縛陣』を放ちディアボロの襲撃を封じ込む。
さらに束縛を試みる。
ただ相手のパワーが強過ぎて、ディボロが腕を振りかざしてステラの封印の陣から抜け出て反撃を仕掛ける。
咄嗟にステラは『乾坤網』を纏い衝撃から身を守が、ディアボロの爪で負傷する。
その間に不破はジェイ二ーと共に署員らを入り口まで移動させるが、三体のディアボロに次第に包囲されるかたちになる。
接近戦を試みる与一や司も次第に息があがり、傷が増える。
不破もストライクショットで応戦し、クロフィも防壁陣、シールドで予測出来ない方向から署員に向けられる攻撃を防御し、タントを発動させ『堕天使の牙』で翼を顎に変化させその腕に噛み付く。
「それ以上は好き勝手させねーぜ!」
天井の一部であった蓋のような材質を蹴り落とし、突入してきたラファルがディアボロの後方から一体のディアボロに『ハイド&シーク』で接近。
膝裏の関節部を狙い『ヘルゴート』で機械化した両肘の先から魔装砲弾をぶちかます。
ラファルが攻撃したディアボロは、三体の内唯一胸に青白い光を持っていた。
「こいつだ!こっちを倒せば分裂はしないんだ!」
それに対し司が反論する。
「でも、攻撃すると分裂をする」
「分裂をするのは一体だけだ。こいつには『核』がある。それを破壊するんだ!」
他の者がそのディアボロへの戦闘態勢を取り、ラファルは他のニ体のディアボロに邪魔されないよう『ファイアワークス』で激しく弾幕を張る。
ステラも残りの力でディアボロの動きを封じる。
アステリアが吠える。
「はああーーー!!」
激しい戦闘で衣服のところどころが裂けて、戦闘時間が経過するごとに本来の「黒き魔龍」の血がざわめき、うごめき、手にする白銀の槍が獲物を求めて光る。
紅く光る瞳で槍を構え、周辺に魔方陣を展開させる。
そのまま魔剱を目的のディアボロに叩き付ける。
胸部の表面が裂けて、青白く光るものがそこに見える。
「それか!」
よろめいたディボロの前面から、司が駆け込んで勢いをつけ跳び、体ごとぶつかるような青い炎を纏った蹴りが、ディアボロのその胸部を貫き核を破壊する。
青白い内蔵のようなものが飛び出す。
緑に光る瞳がその一瞬を冷静に捉えて狙いをつけ――与一の弓矢が放たれ、砕く。
精神を圧迫する、黒い業火のようなものが、一瞬空間内に広がる。
髪を逆立ててディアボロの咆哮が響き、誰もが身構える。
赤い目が血の涙を流し、そのまま分離する事なくその巨躯は細胞の崩壊を起こして崩れ落ちた。
すると、他のニ体のディアボロも同調するように激しく咆哮したと思うと、そのまま赤い目が黒ずんでニ体とも崩壊した。
その瞬間、ウィアドは、小さく「ああ、やっと」――そして、「おやすみ」と、そう呟いたように――麻夜の耳は捉えた。
しばらくは誰もが激しい呼吸を整えることに精一杯だった。
「はあっ、はあ……」
特にアステリアは騎士然とした在り方は今は影を潜め、魔王の如くの形相、逆立つかのような白銀の髪と白い肌を紅く染めて肩で息をする。
そして「はあ〜……」とぺたりと座り込む。
何故か戦闘後はそんな自分の姿に気分が落ち込んでしまうのであった。
高い足場では戦闘が続いていた。
額から血を噴き出しながら、それでもウィアドの動きは素早く遊夜の射線から外れ、代わりに確実に傷を負わせてくる。
腕の先から暗器を出し入れし、それとわからぬうちに肉を引き裂いて来る。
「先輩に触るな」
間に麻夜が入る。
「今度はボクもいるんだからね。先輩に当てれない敵はいないの!」
『Change Hound』を発動しアウルの力を増幅させる。
犬耳や尻尾が生え、まさに主に従い死ぬまで獲物を追う猟犬と化す。
「真実なんてどうでもいいの。貴方は何も喋らない、故にボク達には伝わらない。――そしてボク達の敵になった」
だから倒す。
『Dancer in the Dark』――舞うように闇から闇へ移動しウィアドへの追撃を放つ。
「いい加減落ちやがれ!」
遊夜のウィアドとの過去との戦闘の経験が的確にウィアドの次の攻撃を予測させた。
二対の銃を扱いインフィルトレイターとしての能力を存分に発揮して少なからずウィアドの体内に確実に銃弾を撃ち込む。
確実に遊夜と麻夜はウィアドを追いつめていった。
ウィアドは額や体から血を流し、若干定まらない眼球の動きで、それでも笑みを讃えてよろりと立っている。
「こんなくらい所に引きこもってると健康に悪いと思わない?」
ディアボロとの戦闘を終えた司が満身創痍ながらもウィアドとの間合いに入り、その足下を砕こうとする。
だがウィアドはフラフラとバランスを崩しているようでいて――それを速い動きでかわす。
「ふざけるなよ」
遊夜がそう言うと、ウィアドは肩を揺らしてクスクス笑い、額から流れる血はそのままだったが、ぴしりと姿勢を正す。
「遊びにつき合ってもらえなくなって寂しいです」
「そりゃあ最後のお友達がいなくなって寂しいだろうな」
「いえ、でも最後にご一緒してくださる方がこんなに多くて」
そのウィアドの言葉に全員が入り口を振り返る。
振動音がし、地の底にまで響くような轟音がした。
そちらに気を取られている間にウィアドの姿が消えていた。
ウィアドが居た場所には夥しい血痕が残されていた。
不由美から、怪我人と退避の署員が出た直後に施設の地上部分が倒壊したという通信が入った。
ラファルが見つけた通風口もあり、地上への道は完全に塞がれたわけではないが、直ぐにウィアドの追跡のための応援を呼ぶには難しい状況になった。
床に残された、核を持ったディアボロの崩壊した体組織の中に、何か光るものがあった。
クロフィがそれを見つけ、拾い上げると、ほとんど文字が読み取れないが研究員のネームプレートのようなものだった。
あの温室で実験用の花や檻にかけられていた、研究員の顔写真と名前が記入されたものだとすぐに気づいた。
与一と不破で改めて上部の空間内部を調べる。
モニターの下に操作板があり、スイッチを入れる。
すると地下空間の壁の一角が動き、その奥へ向かって誘導灯のように明かりが灯った。
操作を行った与一は直感で感じた。
「この先に……ゲートが」
不破も頷く。
ただ、皆が消耗しきっている今はその先へ向かうことはできなかった。
残された血痕が最後のステージへの招待状のように思えた。
●
数時間後――
詰め所では怪我人の回復と治療、今後の対策に関しての話し合いや周辺との連絡確認でごった返していた。
不由美は目に涙を浮かべていたが、激しい戦闘から生還し、疲れきった表情の撃退士らに温かい飲み物を配る。
唯一ラファルだけが牛乳を所望して一気に飲み、満足げに一息ついていた。
「いやーもう呼び出しなく終わってしまうかとヒヤヒヤしたー!」
覚悟の動員ではあったが、犠牲者が撃退署の署員一名で済んだ事は奇跡に近かったのだ。
死亡した署員の亡骸を乗せた白い布がかけられた担架が車両へと運ばれて行く。
それを見送って、不破は改めてその場の撃退士の皆に頭を下げた。
「お疲れさま――もう少しだけ…お願いできるかな」
ウィアドにダメージを与えたのは確かだった。
おそらく次回――ゲートの破壊がウィアドとの最後の戦いとなるだろう。
クロフィと不由美で改めて資料を調べ直し、ネームプレートは読み取れた名前からその施設の元研究員の一名であると確認された。
怪物の絵と一緒に見つかった、子供が書いた文字。
「きょうもほかのひとにないしょであいにいった」
「おにいさんはもっとあそびたいといっていた」
「だんだんいろいろわからなくなってきたといっていた」
「もうここにきちゃだめだといわれた」
「――天魔が何らかの研究で人に手を貸していた…?」
今はもうそれらが示すものがなんなのかは、推測の域を出ない。
ただ、一時的に何かに取り憑かれ、やるべきではない行為がここで行われていた、そのことは確かなのだろう。
それがウィアドという存在を生んだ。
不破はそれらを見つめ、無言で元のファイルに戻した。