●
木造の駅舎前は華やかな晴れ着を着た女性や防寒具に身を包んだ人らで一杯だった。
列車を降りた人々が向かう場所は同じで、自然人の流れで山間の小さな街の商店街を歩く。
緩やかな坂道の両側は、三ヶ日の間は閉めている様子の商店が多いが、ちらほらと土産物や喫茶店の類いは開いている。
しばらく歩くと出店や屋台が並ぶようになり、その先に少し小高い場所にこんもりと木が茂り、大きな石造りの鳥居が建っている。
古い石垣でできたお堀らしいものが周辺をぐるりと囲んでいるのは、かつてここにお城があった名残らしくそういった簡単な説明が書かれた案内図がある。
「わかりやすい場所で良かった……」
普段着にコートを羽織ったラフな格好で黄昏ひりょ(
jb3452)は案内図と目の前の大きな鳥居を見比べる。
ふと思い立って足を伸ばして初詣にこの神社を選んだ。
駅からの距離も参拝客の数もそこそこで落ち着いた感じのこの神社は口コミ通り穴場だと思った。
のどかな景色に、どこか自分が住んでいた田舎の町と同じ空気を感じる。
方向音痴という自覚があるので初めての場所で辿り着けるか不安だったがホッとしていた。
ーーただわかりやすいのはあくまで神社の入り口までであって、その奥は想像以上に広い境内と生い茂る木々と細かく分かれた小道が待ち受けていたのだが。
「明けましておめでとう御座います。綺麗ですね」
ごく自然にそんな言葉がでる。
鈴木千早(
ja0203)は初詣に少し遠出して穴場の神社に行ってみようかと思い、日頃親しい苑邑花月(
ja0830)にご一緒しませんかと声を掛けてみた。
ただこちらは普段とはそう変わらない冬服姿であったが、待ち合わせの場所にやって来た相手の髪を結い、振り袖に白いファーを巻いたいつもとはまた違った姿に少なからず気持ちが惹かれた。
(千早さん、と初詣……。しかも……千早さん、から……誘って頂ける、なんて。は、恥ずかしく、ない格好……でいきません、と。)
千早からすれば軽い気持ちで誘ったものでも、花月からしたらそれはとても大事なのである。
「あ……あの、千早……さん。明けまして、おめでとうござい、ます」
千早の言葉への嬉しさと緊張で、いつもよりさらに言葉が途切れがちになる。
「それでは行きましょうか。思ったより人が多いですね」
明るい日差しはあるものの、空気が張りつめるように冷たく小雪がちらつく中を初詣に訪れる参拝客は次々とやってくる。
ごく自然に、千早は着物姿の花月を気遣い他の客と接触しないよう適度に空間を保つようにしてゆっくりと境内に向かう。
そんな千早の気遣いを嬉しく感じながら、千早とはぐれないよう、転ばないよう、花月も足下に気をつけながら歩く。
(この寒い道中、も……何だか……暖かい気、が……するのは、気の所為……でしょう、か。 )
「ともだちとおっまいり〜」
ハーフコートと手袋とイヤーマフ、そして冬用のキッズシューズでばっちり決めて上機嫌で境内に向かう砂利道を踏みしめるのは天駆 翔(
jb8432)。
久遠ヶ原へ来てまだ間もない仲間同士でこの神社に初詣にやってきていた。
「しょーたとー、にーたとー、いっしょ、なの♪」
キョウカ(
jb8351)がうさみみのニット帽にベージュ色のダッフルコート 、ムートンブーツと白い手袋で小雪の舞う中を翔の後をとことこ歩く。
神社は初めて、知らない物だらけ。
途中の売店で並んでいる食べ物やおもちゃや綿菓子に思わず「ふわーっ」と見つめては足が止まり、慌ててまた翔を追いかける。
「人いっぱいだからはぐれるなよー」
このメンバーの中では少しお兄さん格の蘇芳 陽向(
jb8428)が、小柄な翔やキョウカが人の波にのまれないよう声をかける。
風邪をひかないよう、翔とキョウカと同様に自分も防寒対策はバッチリ。
(ばーちゃんが編んでくれたセーターと毛糸の帽子、じーちゃんが買ってくれた中綿ジャンパー、それと半ズボン・ソックス・スニーカー……)
半ズボンはゆずれない。ただそのかわりーー
(……毛糸のパンツとハラマキをしてるのはないしょだ!)
そんな陽向自身も初詣は楽しみである。
「たくさん友だちできますようにーって、父さんみたいなげきたいしになれますようにーって神様にお願いするんだ。それと、来れなかった友だちにおみやげを買う 」
ただ予想していたよりも境内の中は広く、それと商売や学業の神様とかの祠がいくつかあるらしく、人の波もそれぞれの目的で流れていてメインの社に向かうのは結構大変かもしれないと思った。
すると翔が他のなにやら困った様子の人に気がついた。
「ど、どうなってるんだ? 」
ひりょはすっかり自分の位置を見失ってきょろきょろしていた。
大きな木々が茂る間に複数の出入り口からの砂利道があり、本殿に向かう道がわからない。
「めがねの兄ちゃんうろうろしてどうしたの?」
「あ、はい、どう行ったらいいのか……」
「兄ちゃんひとりなの?じゃあいっしょに行っていっしょにお参りしよう!」
道に迷った、というよりやはり無意識に一人なのが心細かったのかもしれない。
「あ、ありがとう、いいのかな……」
「ぼくはショウっていうんだー 」
「俺はひりょうです」
「じゃあヒリョ兄だね」
年下のグループ相手であったがひりょは言葉をかけてもらえた事を嬉しく感じた。
「いやー、助かった」
ひりょが頭をかきながら面目なさげにふわりと笑い、その笑顔に陽向もキョウカも安心する。
「オレはヒナタ。ひりょにーちゃんよろしく」
「きょーか、なの。いっしょいく、なの♪めがねのにーた!」
●
カシャンカシャンと鈴の音が響き、賽銭箱に小銭が放り込まれる音がして、パンッパンッと二拍。
「わぁ……何だか人、が……いっぱいですの、ね」
本殿前の人の波にゆっくりと押されるようにそれでも千早と花月は二人並んで鈴の紐を手に取る事が出来た。
祈り終わった千早がふと横を見ると、花月はまだ目を閉じて合わせた手に額をくっつけるようにして丁寧にお参りしている。
「何か願い事とか、しましたか?」
そう声をかけると花月はハッとしたように振り返る。
「お願い事、ですか?」
ーーもし叶うなら……
どうか……千早さん、が……今年1年、無事、に……穏やか、に……過ごせますように…。
夢中で、ただそれだけを祈った。
「言わなくて、いいですよ。そのほうが叶うって、」
焦ったように顔を赤くする花月に、千早が笑む。
「花月さんの願いが、叶うと良いですね」
再び流れに任せる感じで混雑する本殿前から離れる。
「折角ですし、お御籤でも引きましょうか」
巫女さんから手渡された御神籤の結果を、それぞれ手にして見てみる。
「おや」
千早の結果は、「大吉」だった。
「今年の一つの指針として、受け取っておきますね」
全ての物事に対して千早の反応は至って静かである。
花月は千早の結果には顔をほころばせるが、自分の「末吉」という結果に一瞬表情を曇らせる。
それを察したかのように、千早が言葉を続ける。
「末吉の末は、未来を表しているんですよ。未来に向けて、良くなっていくという意味合いだそうです」
千早の気遣うような言葉が嬉しくて、ますます顔が赤らむ。
「木に結ぶとした、ら……あの枝……が良いでしょう、か」
花月が木々を見上げると、千早がひょいっと花月の御神籤を受け取り、腕を伸ばして自分のとを、並ぶようにして木の枝に結びつける。
「っ!……千早さんっ?!あの。ありがとう、ございます(照」
「では、出店を見て回りましょうか」
「え?出店、ですか?何でしょう? 」
花月は来る途中でところどころに並んでいた物売りを思い出し、
「あの……良い香り、が……するテントのようなモノ達のこと……でしょう、か?」
花月のその反応に千早は楽しそうに目を細める。
「あまり、そういう機会がなかったのではないかと」
「千早さん、が……ご一緒なら、喜んで! 」
「ふ、わー」
ようやく本殿近くに辿り着き、参拝前に、服を濡らさないよう、手袋を外したキョウカの手のひらを少し清める程度にひりょが柄杓で手水をかけてあげる。
「おかねいれて、ガラガラならせばいいんだよね?」
翔も参拝の作法をひりょに尋ね、用意してきた小銭をポケットから出す。
ひりょ、陽向、翔で特にキョウカが転んだりしにようにガードして賽銭箱前までやって来る。
「やりかたはたしかこーだよな」
陽向がさい銭を投げ入れ、ガシャンガシャンと豪快に鈴をならし、パンッパンッと手を打つ。
キョウカが紐を持つときはひりょが一緒に持って鳴らし、翔もまた陽向に負けないくらいガシャガシャと鳴らす。
(今年も1年健康で笑顔でいられますように)
ひりょはそんな願い事を心の中で念じていたが、
「しょーたやー、にーたたちとー、にこにこできますように、なの! 」
「とーさんもかーさんもヒナタもキョーカもみんなえがおですごせますように」
と隣でキョウカと翔が同じような願いを口にするのにほっこりとなる。
(しょうもキョーカも1年生だからおれがちゃんと守らないとな )
お兄さん的立場の陽向は、何かしっかりとした思いを念じているようだった。
「おみくじあるならやってみよー!」と翔と陽向がそちらに向かうが、ただひりょにとって少し不安なことがあった。
(去年は実は……大凶引いてるんだよなぁ……)
それでも、良い事もあった。
今年は良い事の方が少し上回るようになるといいな 、という思いでおみくじをひく。
結果は陽向と翔が中吉、ひりょとキョウカは小吉だった。
「?」とキョウカが結果の意味がよくわからない様子で、翔と陽向が
「ちょっといいことがあるってことだな」
「がんばったらいいんだろ?じゃあおれがんばる! 」と言い合うと、キョウカもこくこくとうなずく。
売店に向かい、ひりょがお守りを選んでいると陽向が鈴がついてる小ぶりのお守りを見つける。
「おまもりーおまもりー!」
キョウカも同じものが気に入ったようだった。
ひりょもいくつか友人の為と、自分用に同じお守りを買うことにした。
ーー今年も厳しい戦いの時もあるだろう、安全祈願のために。
すると屋台の並びからいいにおいが漂って来る。
参拝前から実は気になっていた匂いで、「たこやきだって。たべよたべよ」と翔がそちらに向かう。
ひりょと陽向も出店に向かおうとした、その時だった。
「あれ?キョーカは?」
その翔の言葉に、ひりょと陽向があっと声をあげる。
本当にちょっとした隙でキョウカの姿が見えなくなった。
「キョーカ、キョーカをさがして!」
心配のあまりに思わず翔がヒリュウをその場に召還してしまう。
「ちょ、ちょっと待った!それはまずい……かも」とひりょがヒリュウを隠すように立つ。
一般の人が召喚獣を見たらやはり驚くだろう。
「ひりょにーちゃん、ここ飛んでも大丈夫?」
ひりょはこの子達も撃退士なのだな、と思う。ただまだあまりいろんな状況に慣れていないのかもしれない。
「大勢のお客さんがいるから、驚いて騒動になったりするのはだめだろうな……」
「わかった」
陽向はすぐにひりょの意図を理解し、植え込みの中に行くと、一瞬だけ翼らしきものを広げ、静かに目立たないよう高い枝に跳び上る。
高い位置からキョウカの姿を探す。
「おや?」
お参りをすませた千早は、人の波から少し離れて石垣の隙間にしゃがみ込んで泣いている女の子を見つけた。
「お家の人と離れちゃったのかな?」
「そう、……かも、しれない……です、ね」
花月も心配に感じ、女の子にそっと近づいて屈む。
「……あの、どうした、の?」
女の子は一瞬はっとしたように顔を上げるが、ぶんぶんと顔を振るだけでまたうつむいてしまう。
「うー、うー……」
不安で一杯なのがよくわかった。
千早もできるかぎり優しく静かな声で、話しかけてみた。
「人がたくさんだね。でも、だいじょうぶだよ」
少し間があったが、女の子が顔を上げて、「にーたん……」と小さな声を出した。
「お兄ちゃんと来ていたのかな?」
こくり、と女の子が頷く。
「そう、きっとお兄ちゃんも探していると思うよ」
千早は周辺を見回してみる。
大勢の参拝客が入れ替わり、売店と出店に向かう流れが入り組んで、それらしい人を見つけることも難しそうだった。
「……事務所、で迷子のお知らせ、放送、してもらえるでしょうか……」
花月が落ち着かせるようにして笑顔で話しかける。
「うさぎさんみたい、で……かわいいです……ね」
「うさたん、すきなのー」
女の子が笑顔を見せてくれたので、花月はホッとする。
「ここではお兄ちゃんも、見つけにくいかもしれません。もう少しこちらへ……」
千早が手を差し出すと、女の子もその手をぎゅっと握り、立ち上がる。
千早と花月で周辺を見回し、それらしき人がいないか探しながら、人ごみからは少し離れた場所をそうしてゆっくり事務所に向かい歩いてみる。
「居たー!」
しばらくは高い位置からもキョウカの姿が探せなかった陽向だったが、ようやく誰かに手をつないで歩いているキョウカを見つける。
みんなで駆けつけるとキョウカも「にーたん!」と走り出す。
翔がキョウカをぎゅうっと抱きしめる。
ひりょがほっとして千早らの方に頭をぺこりと深く下げる。
「よかったですね」
千早と花月も軽く会釈すると帰り道に向かう。
「やさしーにーたん、きれいなねーたん、ばいばーい」
キョウカが手を振り、陽向と翔も「ありがとーっ」と手を振る。
もう一度千早らも振り返り、手を振る。
「仲が良さそうな兄妹ですね……早くに見つけてもらって良かった」
「……は、い……」
千早の穏やかな横顔に、花月も千早とここに来て良かったと感じていた。
屋台が並ぶ場所の片隅の椅子で、ひりょは持参したポットの温かいお茶をカップに分けて、みんなと一緒に飲む。
「また来たいなー」
「きたいー」
翔とキョウカがたこやきをぱくつきながらそう呟く。
「今日は本当にありがとう、おかげで楽しかったです」
ひりょがふわりと笑い、無事に初詣が終わったのをホッと感じた。
そんなひりょや翔たちを見ながら、
(ひりょにーちゃんはちょっと頼りないような気もしたけど、笑う顔がじーちゃんやばーちゃんみたいに優しくて……)
と陽向も弟や妹、そしてお兄さんができたような感覚で嬉しかった。
小雪も降り止み、柔らかな日差しが新年の神社の森を照らしていた。