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自然公園に集まった撃退士達は唖然とした顔で水面を見ていた。
水中では食卓で見るようなシャケの切り身やらアジの開きやらが悠々と泳いでいる。
魚の骨や内臓がまる見えで、シュールであると同時になかなかにグロテスクな光景であった。
「話には聞いてたけど……まったく。どういう意図でこんなモノを作ったんだろうねぇ」
桐原 雅(
ja1822)は「はぁ」とため息をついた。
その隣で電子タバコを咥えながら綿貫 由太郎(
ja3564)は、
「泳ぐ切り身とか、魚を食卓以外で見た事ない子供かっつーの。しかも食えねぇし……」
と呟くのだった。
「アタシも料理が趣味だし、魚ぐらいは捌くけど……何かしらねこのシュールな光景は……」
「刺身は日本文化……と言いたいところなのですが、アレ元は人間なのですよね」
「そうね、人間で置き換えればゾンビだらけってことはわかるわよ。でも……う〜ん」
「なんであんな形なのでしょうね……対お魚嫌いの人用兵器……です?」
とアーレイ・バーグ(
ja0276)と唐沢 完子(
ja8347)とカーディス=キャットフィールド(
ja7927)はあまりにもシュールな光景に首を傾げるのであった。
「切り身姿……サーバントという事ですが、これを作った天使は食事時だったりしたのでしょうか」
「……天使がハポンの魚文化を勘違いしただけかもしれないけど。ハポンは魚の食文化が盛んって聞いたけど……これは盛ん過ぎると思うのよ」
久遠 冴弥(
jb0754)の問いにカルディナ・マルティネス(
jb1311)は言葉を重ねた。
そんな様子を見て久瀬 悠人(
jb0684)は、
「切り身で泳ぐ魚か。それはまた素晴らしい魚だな、うん」
となにやら関心するように頷いた。
そして「とりあえず、あれだ」と一同に宣言するように言うのだった。
「俺の姉はこの光景を信じてたらしいぞ」
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「関係ない魚は他所に行きなさい!」
「ちょっと恥ずかしいけど……あっち行って!」
完子と雅は『咆哮』を交えた大声をあげながら、池に点在する岩を伝っていった。
サーバントを除くすべての魚が2人に追いやられる形で池の一点に集中する。
そこを囲うように雅は竹竿を差していったのだった。
「エルダー、やり方はお前に任せる。うまく誘導してくれ」
そう言うと召喚したストレイシオン「エルダー」は鳴き声を一つあげて水面を水鳥のようにすぅ、と泳ぎ始めた。
エルダーに追われるように魚たちは竹竿の向こうへ行く。
だが、それに合わせてサーバントである切り身たちはエルダーへ向かう。
しかし……。
「切り身や開きが泳ぐなんてシュールすぎます!お子様達の教育にも悪いのでここで倒させていただきます!」
そう叫ぶと同時に、カーディスは「水上歩行」で水面に立ちながら忍ぶことを捨ててサーバントの注目を集めた。
カーディスの言葉を聞いてか、水中のサーバント達は一斉に彼の元へ向かった。
途端、一匹の魚が水面から飛び跳ねる。
それは背中から開かれた「サンマ」であった。
「直接見るとやっぱり気味が悪いですね……おっと」
サンマの攻撃を回避するが、同時に水中から何かが飛んできた。
それはシャケの切り身が飛ばした「骨」であった。
四方八方から飛んでくる骨を回避することは難しく、何本かはカーディスの体に刺さっていった。
「痛っ、まったく……魚の骨が厄介なのは食べるときだけにしてください」
その時、再び水面からサンマの開きが飛び跳ねてカーディスに噛み付こうとする。
「そうはいきませんよ」
しかし寸前のところでアーレイの「ライトニング」による電撃が迸る。跳躍中に電撃の直撃を受けたサンマの開きは、そのまま黒コゲとなった。
「食べる……ではなく、殲滅することによって供養しましょう」
同時に『サイレントウォーク』で岩場を跳ねて移動するカルディナはシャケの切り身の側面をとると、そのまま忍術書から迸る水の泡による攻撃を加えながら。
「そうね。『ごちそうさま』はハポンのいい文化なのよ」
「いや、わかってるとは思うが食えないからな?」
言いながら由太郎は敵に狙いを付けてリボルバーの引き金を引いた。
しかし切り身や開きとはいえその動きは本来の魚と変わりはしない。
アウルの弾丸は水中の底に穴を穿つばかりで、一向に当たる気配はなかった。
「んー、こりゃ当たらねえや。スキルに頼るとしますかね」
そう言って由太郎は銃を一度下ろすと『クイックショット』による早撃ちを主体とした攻撃へと切り替えるのだった。
こうしてカーディス達がサーバントを引きつけている間に、一般の魚を追い立てていた雅と完子は水中に立てた竹竿に網を張って囲い込みを行っていた。
すでに「咆哮」とエルダーによってほとんどの魚は竹竿の向こうに追いやっている。
そんな彼女達のもとへ、水中からひとつの影が近づいていた。
それはアジの開き型サーバントである。
カーディスの注目から離れたアジの開きは、水上に泳ぐエルダーへと近づいていく。
いまにも攻撃を加えようと骨を突き出して泳ぐアジの開き。
しかしそのさらに上を飛ぶ影は、すでに魚影を捉えていた。
「そこにいるのね。撃って」
突如、雷のようなエネルギーがアジの開きに降り注ぐ。
それは冴弥の召喚したスレイプニル「布都御魂」による『ハイブラスト』の一撃であった。
上空からまともに攻撃をうけたアジの開きは、水飛沫が治まると同時に開かれた内臓を上に見せて浮かび上がるのだった。
「もう逃げだしたのはいない?」
池の畔から指示を出す冴弥の問いに、布都御魂は一度ぐるりと旋回して水中を確認する。
どうやら他に主戦場から抜け出したサーバントはいないようだ。
「そう。そのまま警戒を続けて。もう普通の魚はほとんどいないはず、魚影を見つけたらすぐに知らせて」
その言葉を聞いた布都御魂は身を翻して池の上空を飛び回るのだった。
「よし、これで終ったわね」
完子は竹竿に網を結びつけるとそう言った。
池の一角に張りめぐらされた網は池にすむ普通の魚を隔離している。網の外側は魚の姿がなく静かなのに対して、内側は所狭しと集められた魚達によってかなり水面が荒立っていた。
後はサーバントが食い破ったりしない限りは池の魚達は安全なはずである。
桐原は網の内側でビチビチと蠢く魚群を見て「うーん」と唸った。
「ちょっと場所が狭かったかな……」
「しかたないんじゃないか?あまりサーバントと接近させるわけにもいかないだろ。さて、戦場に行こう……エルダー?」
ふと、悠人は水面に浮かぶエルダーの様子がおかしいことに気づいた。
しきりに水中を気にして動き回っている。
もう網の外側に普通の魚はいないはずである。なら、エルダーは何を気にしているのか。
そう考えたところで、
「痛って!?」
悠人の足元から急に痛みが走った。同時にエルダーも大きな鳴き声をあげる。
エルダーはとっさに『防御効果』によって身を守った。
「どうしたの!?」
悠人の声を聞いた完子は急いで彼の元へ駆けつけた。
桐原は驚いて足元を抑える雄人のズボンの裾をめくる。そこはなにか鋭利な刃物で切られたような傷が付いていた。
「大丈夫?」
「ああ。これくらいすぐ治る。だが……」
悠人はなにかから逃げるように水面を泳ぐエルダーとその付近を見つめた。
エルダーの周囲にはサーバントどころか普通の魚の姿すら見当たらない。
上空から久遠の布都御魂が旋回しているが、あちらの方でも敵影が見つからないらしい。
少し離れたところで警戒に当たっていた久遠が首を振っているのが見える。
「なににやられた……?エルダーも敵を見つけられなくて往生してるな」
「どうかしたか?」
騒ぎを聞きつけて由太郎も彼のもとにやってきた。
悠人から状況を聞くと、由太郎は「んー……」と水面を『索敵』しつつ見つめる。
やがて「お」と何かに気づいたように声をあげた。
「水底にヒラメの切り身がいるねえ。あれは見逃してもしょうがない、ようく見ねえとわからないわ」
言いながらリボルバーを取り出すと、
「そこ、いただきだねぇ♪」
『クイックショット』の早撃ちを水中に向けて撃ち込んだ。
アウルの銃弾を受けたヒラメの切り身型サーバントは水中を逃げるように泳ぎ回る。
そこへエルダーが『ブレス』を放つ。
『ブレス』の直撃を受けたヒラメの切り身がぷかり、と浮かび上がった。
「ヒラメの切り身はおっさんが見つけておくさ。あとは頼んだよ」
こうして戦場にいるヒラメの切り身型サーバントを由太郎が見つけていくなか、カルディナは岩の上を次々と飛び越えていった。
狙うは由太郎が見つけたヒラメの切り身のうち一匹である。
「魚をさばくなら刃物の出番なのよ。切り身や開きだから既にさばかれているけどね!」
得物である匕首を振るいながら『ゴーストバレット』による弾丸を放つ。
背面から襲われたヒラメの切り身は攻撃を避ける間もなくバラバラに刻まれていった。
「アディオス、お魚さん!」
別の岩場では、雅が魔具を頭上に振り上げていた。
「まさか、コレの封印を解く日が来るとは……ね」
魔具は雅の意思によってその姿を変える。今、雅の頭上に現れたのは「冷刀マグロ」。
見た目はどうみても冷凍本マグロだが、れっきとした武器である。
「マグロこそ海の王者、シャケやアジに負けるわけにはいかないんだよ」
その言葉と同時に、豪快に水面に冷刀マグロを振り下ろした。
ばしゃんばしゃん、と荒々しく水飛沫をあげながら『サイドステップ』により岩場を飛び移って縦横無尽に振り回されるその姿は、池にいながらにしてまさしく「王」という貫禄であった。
『十字斬り』でサーバントの逃げ場を無くし、どんどん一ヶ所に追い詰めていく。
そんな岩場で戦う雅とカルディナ達から離れたところで完子は、
『いらっしゃいませお客さん。不思議の国への切符を一枚?』
その言葉をきっかけとした自己催眠により意識をトランスさせる。
自己強化によって身体能力を上昇させた状態で完子は高く宙返りすると、急降下と同時に強力な『雷打蹴』を水面に叩き込んだ。
再度激しい水飛沫があがる。
『世にも不思議な国はこちら。ようこそようこそお魚さん、こちらへおいで』
そのまま完子はまるでリボルバーM88の引き金をサーバントに連射しながら駆け出していった。
その後ろをサーバントたちが追いかける。
向かう先にはツヴァイハンターFEによって群がるサーバントを次々と蹴散らしていくカーディスの姿がある。
「来ましたね……はっ」
完子が他のサーバントを引き連れて来るのを確認したカーディスは水面を一気に駆け抜けて陸へとあがる。
次いで完子も引き連れたサーバントをそのままに突き出した岩に登ると一目散に駆け出した。
その場に残されたのはサーバントの魚群と、
「さて、範囲攻撃はダアトの華!私の炎、とくとご覧じよ!」
『ファイヤーブレイク』の準備をして待ち構えていて魔女姿のアーレイであった。
突如として現れた巨大な火球が水面で炸裂すると同時に、高温によって大量の水蒸気が巻き起こる。
もうもうと立ち込める湯気が風に運ばれると共に、水面には複数のサーバントが焼け焦げた状態で浮かび上がるのだった。
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『ファイヤーブレイク』によりサーバントを纏めて攻撃した後はそのまま残敵の掃討へ移った。
すばしっこくともそれほど強い敵と言うわけではない。殲滅にはそれほど時間は掛からなかった。
「ふーむ……」
最後の一匹となったアジの開きをカーディスが大剣で刺し貫くと、そのまま息絶えたサーバントを持ち上げてじっくりと覗き込む。
(今夜のおかずはシャケの塩焼きとアジの開きどちらにいたしましょうか。お魚食べたいですねぇ)
そんな悩みを抱えるカーディスの隣で「う〜ん!」と背伸びをするのはアーレイである。
露出度の高い魔女のような姿で、豊かな胸を揺らしながらの伸びはなかなかに壮観ではあったが、吹きすさぶ風の影響は強い。
軽く「くしゅん」とくしゃみをすると、
「そろそろ冷えてきますねー冬仕様の魔導服を用意するべきでしょうか?」
と一人呟くのだった。
「あの……桐原さん」
「はい?」
池に残りのサーバントがいないのを確認して網をはずす作業をしていた雅に対し、唐突に冴弥は声を掛けた。
「久遠冴弥と申します。兄がお世話になっています」
「兄……?あっ!?」
その言葉と共に雅の頬が赤く染まる。
実を言うと今回の戦闘中、何度か冴弥はちらちらと雅を見ていた。
雅としてはその視線を感じつつも「気のせいかな」と思っていたが、事ここに至って理由に思い当たった。
彼女は『久遠』という苗字に聞き覚えがある。というより、よく知っている。
それは彼女が……。
「えっと……じゃ、じゃあ冴弥さんって……」
「ええ、妹です。桐原さんのお名前は兄さんとの話で何度か……」
「あ、あのボク、ネットと竹竿回収しないといけないから……ごめんなさい!」
「あ……」
わたわたと挙動不審な様子で網を引っつかむと、雅は岩を伝って対岸へと駆け出していった。
網から急に解放された魚群は荒々しく、まるで高波のように広々とした池へなだれ込んでいったのだった。
「よーし、終わったな。ご苦労様、エルダー」
戦闘で傷ついた池を整備していた悠人は、エルダーを労うと頭を一撫でして召喚解除をした。
池は元の自然生物で溢れる姿が取り戻されている。サーバント撃退の一報が入れば、また人々はここに集まってくるであろう。
「やれやれ、これで一息つけるというもんだ。さて仕事も終ったことだし、ラーメンでも食いにいくか。寒いし腹も減ったからなぁ」
飄々とした様子で由太郎は言った。
それに便乗するようにカルディナも、
「そういえば、ハポンのラーメンはすごく美味しいって聞いた事があるのよ。あたしも食べていこうかしら」
と実に陽気な様子で言うのであった。
「じゃあ私はピザでも食べに行きましょうか」
そんな会話に合わせるようにアーレイもうきうきとした言葉を口にする。
「あれ、あんた刺身食べたいって言ってなかった?」
完子は作戦準備でのアーレイの言葉を思い出した。
作戦前に彼女はたしか「刺身が食べたい」と何度か言っていたはずである。
完子の言葉に「ああ」と返事をすると、
「だってビザの方が美味しいじゃないですか!」
とあっけらかんとした様子で言うのであった。
完子は「ああそう……」と呆れるように額をおさえて、呻くように呟くのであった。
「あれ、実は元人間だから食べるのタブーというだけで食べれなくはないのですよね……ピザ型サーバントだったら……」
「やめなさいね。あんなの原材料が何か分かったもんじゃない……」
こうして周囲を騒然とさせたサーバント事件は幕を降ろしたのであった。