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いつもなら村の雑木林から子供達の笑い声が聞こえ、そこらを元気に駆け回る姿が見られるはずであった。
だが、先日発生した誘拐事件により子供達の表情は暗い。中には友達をさらわれた子もいるのだろう。
特にリーダー格である高学年の少年は、その場にいる子供達から誰1人として目を離さないつもりで、遊ぶのを見届けていた。
「こんにちは。少々よろしいかしら?」
と、少年の傍から声が掛かる。
振り返ると、天道郁代(
ja1198)が少年と目線を合わせる形でしゃがみ込んでいた。
知らない人には特に注意するように言われていた少年は、郁代を警戒するように返事をした。
「心配は要りませんわ。わたくしは今回の事件を解決する為に派遣された撃退士ですの」
「撃退士?お姉さんが?」
「そうですわ」
少年は郁代の撃退士という言葉と「紳士的対応」に少しだけ警戒心を解いた。
「事件のあった日や、そのちょっと前の日に、なにか変わった事はありませんでした?知らない人を見た、というのだけでもいいですわ」
と郁代は話しかけた。
少年は少し考え込むような素振りを見せた後、「あっ」と言って郁代を見るめるように言った。
「学校から帰る途中で村の人じゃない人を見たよ。この辺はよその人が来る事は滅多に無いから、村の人かそうじゃないかはすぐにわかるんだ」
「そうですか。その人、どんな人だったか憶えてます?」
「えっとね……」
そうして郁代が少年から話を聞いている間、木の下で遊んでいた子ども達に混じる形で、雫(
ja1894)は話を聞いていた。
「うん。おとうさんはそういってたよ」
「……なるほど」
今話を聞いている子の父親は、村の男衆の一人であるという。
その父親が言っていたことらしいが、「なぜ村長は本当のことを話そうとしない!」と、夜中に愚痴をこぼしていたそうだ。
酒が入っているためか寝室にもよく聞こえる程に声も大きく、母親が慌てて止めに入る様子もその子は目撃している。
(あの村長、なにか隠して……?)
「ねえ、おねえちゃん」
「?」
思案を巡らしていた雫は、傍らで声をかける子供の声にはっと振り返った。
その子はひどく悲しげな様子で、雫を見上げていた。
「みみちゃんたちはなんでかえってこないの?」
「……」
この子が言う「みみちゃん」とは、恐らくさらわれた子供達の内の一人なのだろう。
他にも友達をさらわれた子がいるのか、周りからは一様に泣き声があがり始めた。
「おい、どうした!」
郁代と話していた少年が、子供達の異常に気づいて駆け寄ってくる。
雫はそっと子供達から離れたのだった。
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事件を解決に来た撃退士であるということを告げると、若い夫婦は丁重にもてなしてくれた。
その様子にほっとミスティス・ノルドステア(
jb0357)は一息つく。
そして鳥海 月花(
ja1538)はスマイル顔で――しかし、微妙に不機嫌オーラを滲み出しながら――ミスティスの後ろに付いていった。
彼女達2人は、事件の情報を得るために村の人々への聞き込みを行っていた。
しかし、よそ者である彼女達と話をしようという者は少ない。
特に村の大半を占める老人は、よそ者というだけで「こっちくんな」という有様であった。
初依頼に張り切っていたミスティスは言葉を失い、元々テンションの低かった月花は当初こそ常時営業スマイルであったものの、だんだんと笑顔を崩し始めていていたのだった。
「大変だったでしょう。私達もここに来た当初は苦労しましたわ」
そう言って妻は2人にお茶を差し出した。
「あ、ありがとうございますー。あの、この村の事あんまり知らないんで教えてくれませんかー?」
「いいですよ。と言っても、私達も越して1年程度しか経ってないですから、知らないことも多いと思いますが」
テーブルに置かれたお茶を啜ると、夫は優しい顔で答えた。
「かまいません。今は少しでも情報が欲しいところなのですから」
月花は笑顔でそう答えると、事件の聞き込みを始めるのだった。
ある程度聞き込みをしたところで夫は外を観察するような素振りをみせると、声をひそめて2人に話しかけた。
「実は……」
夫の話をまとめると、こうであった。
事件の直後、村の人達を集めて対策会議のようなものを開いたそうだ。
その場では犯人は不明。半年前の天魔が現れたのではないか。いや、犯罪者集団が便乗してやってきたのではないか、と紛糾していたそうである。
その途中、村長が席を外した。
その直後であった。
「こんなことをする奴は悪魔じゃ!悪魔に違いない!」
と、村長が声を荒げて叫んだらしい。
そして会議を突然中断し、その場に集まった者達を解散させてしまったのだという。
村長の言葉は絶対である村人達は、仕方なく会議を解散した。しかし納得できなかった夫は、解散後に会議場に戻ってきたそうだ。
結局は門番をしていた男衆に追い払われてしまったが、村長たちが村の幹部達となにか密会をしていることだけは確認できた、ということであった。
「さすがに密会の中身までは知ることはできませんでしたが……」
そう言って夫は、突然2人に頭を下げた。
「え、ちょ、旦那さんー?」
「この事、私が言ったとは絶対に言わないでください。ここに住めなくなってしまいますので……」
「わかりました。この事、決して口外しません……安心してください」
月花は夫にやさしく、ゆったりと声をかけるのだった。
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佐藤 としお(
ja2489)とジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は村長の家を訪ねていた。
よそ者に対しての警戒心を隠しもせず、村長は2人を見据えるのだった。
「初めまして、宜しくお願いします」
「見え透いた挨拶などいらん。とっとと悪魔を倒して、子供達を助けてくるのじゃ」
脇に控える、村の幹部達が「うんうん」と頷く。
としおは表情を変えず、あくまで紳士的な対応でカバンから一枚の紙を取り出した。そこには「契約書」の一文が印字されている。
「助けに行く前に、まずはこちらに署名と捺印をお願いします」
「なぜじゃ?」
「最近は依頼料の不払いなどの案件が増えていまして。こうして事前に書面で契約を……」
「ふざけるな!」
突然、村長の後ろから老人の声が上がる。
幹部の一人が上げたものだろうが、村長は「待て」と言うだけでその老人は下がってしまった。
「どうしても必要なのか」
「うん。ボク達も人助けとはいえ、ボランティアじゃないからね。契約できないんだったらこの話、無かった事にしようか?」
「……」
村長はジェラルドの言葉を受けしばし沈黙を守ると、家内に印鑑を持ってこさせた。
契約書に署名と捺印をすると、としおは「ありがとうございます」と言って書類をカバンに戻した。
「これでよかろう。早く子供達を……」
「ところで村長。この村は昔、どんな様子でしたか?」
「どんな様子、とは?」
「村長が幼少の時の様子です。昔は……」
「そんなもの、悪魔を倒すのになんの意味がある!」
村長の一喝。そして恫喝の波。
村長に合わせて幹部たちは一斉に2人を罵り始めたのだった。
しかし。
「少し黙っててくれないかな?」
ジェラルドの体が白く光る。と思った矢先に赤黒い触手が足元から噴出した。
光纏とジェラルドの第二人格ブラックパレードによる「覚醒の声」に村長と幹部たちは驚きの声をあげ、背後の壁まで後ずさりするのだった。
村長たちの様子を見て光纏を解いたジェラルドは笑顔を向ける。
「我々は対等の立場で話をしている。言っている意味は分かるね?」
老人達はただ首を縦に振るのみであった。
「そうそう。この村って以前に天魔に襲われたんだよね。聞いた話だとその場に居合わせた撃退士に助けてもらったそうだけど、その人に報酬は払った?」
「な、何の話じゃ……」
「だから、天魔を撃退した時の報酬をその撃退士に払ったのかな?その事でずいぶん揉めてたって聞いたけど」
「し、知らん。一体何の……」
「村長は知らなくても、ボク達は知ってるよ。払ったの?払ってないの?」
ジェラルドの気迫に押され、村長は口ごもってしまう。
「払ったなら素直に払った、て言えるよね?その様子だと払ってないみたいだけど……この場でその人の報酬も払うと約束してもらえるかな」
さらに畳み掛けるように、ジェラルドは村長に契約の締結を進めるのだった。
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「……何というか、これがもし天魔の仕業じゃなくて、そのウッディとかいう奴のせいとすると自業自得な気もしないではないな」
村から洞窟に至る道の前、榊 十朗太(
ja0984)は村の方を見ながら呟いた。
「そうだな。しかし、子どもの誘拐か……理由はどうあれ、力のない者を利用するのは感心できないな」
傍にいた翡翠 龍斗(
ja7594)も周囲を見回りながら心情を口にする。
2人は村の地形や洞窟の周囲、及び村に恨みのある者がいないかを調査していた。
その過程で出てきた名前が、ウッディ・フラワーという撃退士であった。
今はあらかた情報が集まり、全員と合流して洞窟に向かおうというところである。
「そのウッディが犯人だとしても、最悪子ども達は助けださねばなるまい」
「まあ、俺も与えられた任務を放棄するなんていうのは矜持が許さないし、全力は尽くすが、な」
十郎太が気合を入れて槍を振るう。
やがて村から続々と仲間達が集まってくるのだった。
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暗い洞窟の中を、鳥海とミスティスの持つライトの明かりを頼りに進む。郁代は『シバルリー』を発動して奇襲に備えるなど、警戒しながら一同は奥に進んでいった。
不意に「誰だ」と声が掛かる。
同時に目の前に一人の男が立ちはだかった。
「村の者……ではないみたいだな」
「僕達は村からの依頼で派遣された撃退士です」
としおを聞くと、男は武器を構えた。
「それが村長の答えか……ふざけやがって」
「待った」
その声と同時に十郎太は戦意は無いという風に男の前に躍り出た。
「お前、ウッディ・フラワーとかいう撃退士か?」
「だからどうした」
「やっぱりか……となると、子ども達をさらったのはお前か?」
「そうだ」
「なんでこんな事したの?」
「村の奴らへの制裁だ。俺はタダ働きが大嫌いなんでな。それと、あんな大人たちの下で子どもが育っていると思うと許せなかったっていうのもある。喜ぶべきことじゃないが、こんなにうまく誘拐できるとは思わなかったがな」
「お前さん、こんな事をしたって報酬が貰えるわけじゃないんだぞ?」
「そうでもないさ。あんたら、村長からは何と言われて来た?」
「わたくしたちは、悪魔の仕業と村長から聞いてますわ」
「……村長め、この期に及んでそうくるか」
「……どういうこと?」
雫の問いに答える代わりに、ウッディはポケットから一枚の紙を取り出した。
覗き込んだ面々は一層、眉を顰めるのだった
「これは……脅迫状ですか?」
「そうだ。それは写しだがな。心をいれかえて報酬を払えば子ども達を解放するということで村長に送ったんだが……どうやらその様子だと、聞いてないようだな」
「勘弁して下さい……」
月花は痛くなってきた頭を抱え、ため息を付いた。
郁代も怒りで体が震えそうであった。
「……つまり、村長が隠していたのはコレだったわけですわね」
村長は対策会議の場で、ウッディからの脅迫状を受け取った。そして「悪魔の仕業だ」と叫んだのである。
その後村の幹部との間で話し合い、学園へ救出依頼を出したのであった。
犯人がウッディであるということと、原因が報酬の不払いであるということを隠して。
「確かにあそこは苛立つところですが犯罪はやめていただけますか?」
月花はため息をついた。
「ええ。たしかに村長の行いは許されることではありませんが、あなたの行いも許されるものではありません。ここに、村長との会話を録音したレコーダーがあります」
そう言ってとしおは胸ポケットからICレコーダーを取り出した。
再生ボタンを押す。それは2人が村長に、ウッディの報酬を支払うと約束した場面であった。
「お聞きの通りです。契約書の方にもサインは頂いています」
「村長はあなたの報酬の支払いを確約した。利息も払うように話はつけたよ。これでキミの要求は通ったわけだけど、まだ子供達を返す気はない?」
「……なるほど」
ウッディは肩の力を抜き、その場に座り込んだ。
そして。
「子供達はこの奥にまとめて監禁している。怪我は無いはずだが、ケアは任せる。俺は顔を見せないほうがいいだろう。連れて行ってくれ」
その言葉に従い、何人かは洞窟の奥まで進んでいった。
やがて子供達を見つけたのだろう、龍斗の「無事か?それと怪我した奴はいないか?」という声が反響してきた。
「あなたはどうするのですの?」
郁代がウッディに問いかける。
理由の如何によらず、ウッディのしたことは誘拐である。
このまま無罰というわけにはいかないだろう。
「けじめという意味でも、自首だろうな。悪いが、同行させて貰っていいか?」
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怪我を負ったものもおらず、一同はこうして無事に子ども達全員を救出することに成功したのだった。
そして子ども達を親に引き合わせることとなったが、雫は真っ先に村長や村人たちへ口を開いた。
「因果応報……貴方達の業が貴方達に向かうのなら問題は無いでしょうが、貴方達の業が貴方達の子供達に
向かったならどうするつもりでしたか?助けられるのが当然と思い、感謝の言葉も気持ちも無い人達を、
身命を掛けて守る事は神様でも無い私達撃退士では不可能です。
……仁義礼智信の五常が無い、お前達の様な者をケダモノと言うのでしょうね」
その言葉に、十郎太も続ける。
「……命懸けの仕事への対価を払わないという風聞が流れたら、誰もこの村を助けようなんて思わなくなる。
老い先短いお前さん達はともかく子供達にまでそんな危険を負わせようとは。その意味をよく考えるんだな」
その言葉を聞いて、老人達は一斉に「なにを言う若造が!」「よそ者が利いた風な口をきくな!」と罵倒し始めた。
しかし。
「では貴方達は、今まで依頼に来た撃退士の人達にお礼言いました?村の役に立とうとした人に『ありがとう』て言いました?」
とミスティスが言うと、一斉に黙り込んでしまった。
「本当に大事なのは、報酬じゃなくて『感謝と誠意』だと思う……」
そうして村の大人たちが黙っていると。
「お兄さん、お姉さん!」
と例のリーダー格の少年を筆頭に、子供達が集まりだした。
中には親の手を振り解いてでも集まりに加わろうとしている幼子もいる。
そして、
「みんなを助けてくれて、ありがとうございました」
と一斉に合唱するようにお礼を言ったのだった。
その声をきっかけとして、大人達からも口々に謝罪と感謝の声があがり始める。涙を流す者もいた。
その声は、やがて村の変化を促すものとなるであろう。
そう信じて、撃退士達は村を去ったのであった。