深夜の自動車解体所に現れた恐竜の姿をしたディアボロは、目の前に積まれた廃車の山に顔を突っ込んで一心不乱に鉄を噛み千切っていた。
「鉄が喰れてるってまさか……と思ったらマジかよ」
懐中電灯の明かりに浮かびあがる恐竜の姿に、月居 愁也(
ja6837)は驚きの声をあげる。
「まぁ、まさか、恐竜の再現を見ることになるとは……ともあれ、腕試しには良い相手かな。たとえ何であれ、打ち破って見せましょう」
戸次 隆道(
ja0550)の瞳が赤く光る。まるで修羅のような形相で恐竜を見つめていた。
「しかしまぁ、手早く仕留めたい所ではあるな……解体所のためにも」
麻生 遊夜(
ja1838)は苦笑いしながら呟く。
と、光を当てられていることに気づいた恐竜はこちらを向く。食事を邪魔されたと思ったのだろう。
「グギャァァ!」
大きく咆哮を上げると、愁也達の方に向かって駆け出した。
しかし、その横面に向かって紅の槍と鎧を纏った少女が突撃する。
少女の槍が恐竜の鍔関節に突き刺さると同時に、爆発を起こした。
恐竜はいきなりの攻撃に怒りを覚え再び咆哮をあげる。
視線の先には、『戦乙女・穿』を放った構えを解かずに恐竜を見据えるアスハ=タツヒラ(
ja8432)の姿があった。
「さて……やる、か」
その言葉と同時にタツヒラは恐竜に接近し、腕につけたパイルバンカーを恐竜に向けて撃ち付けた。
「……貫け」
鉄同士がぶつかり合う鈍い音と共に、恐竜は大きな鳴き声をあげて後退した。
同時に、恐竜は近くにあった車に齧り付く。すると、タツヒラに穿たれた傷跡が瞬く間に消えていった。
「やあああぁぁぁぁぁ!」
恐竜の死角から小さな人影が飛び出した。
羽根のような燐光を輝かせて桐原 雅(
ja1822)はそのまま跳躍すると、恐竜の背中に蹴りの一撃を当てる。
衝撃に恐竜はよろめくも、鉄くずを口に咥えたまま尻尾を振って雅に攻撃を加えた。
それと同時にどこかから銃弾が一発、恐竜の眉間を直撃する。遠くに積まれた廃車の上から青木 凛子(
ja5657)が放ったスナイパーライフルの銃弾であった。
「大きな玩具だこと……玩具箱で大人しくしてなさいな」
強力な攻撃を立て続けに受けた恐竜だったが、その顔はまだ余裕が溢れている。口の中で咀嚼していた鉄を飲み込むと、今度は鉄くずの山に顔を突っ込んだ。
恐竜が鉄を喰らうと同時に、雅に蹴られた傷や凛子に狙撃された跡はみるみると消えていったのだった。
その様子を見て、遊夜は「チッ」と舌打ちした。
「喰って回復するタイプか、なら……」
ポケットからペットボトルを取り出す。その中には食塩水が入っている。
遊夜はその辺の鉄くずを拾うと、ペットボトルを鉄くずに括り付けた。その様子に気づいた恐竜は声あげる。
「飯を盗られるとでも思ってンのか?それならこれでも喰らうが良いさ!」
言って遊夜はペットボトルを付けた鉄くずを恐竜に向かって投げつけた。
恐竜は飛んできた鉄くずを口でキャッチすると、ペットボトルごと口の中に収める。
本来ならペットボトルは透過するはずだが、ここに到着した時点で愁也が阻霊符により透過能力を無効化する領域を展開していた。
ペットボトルは恐竜の鉄歯によってボロボロになり、中の食塩水があふれ出す。
そして。
恐竜は食塩水とペットボトルの残骸を吐き出した。そのまま恐竜は遊夜の元に駆け出していく。
「……あン?」
遊夜は首を傾げながら恐竜の攻撃を回避した。
まるで恐竜は「不味いもの喰わせやがって」とやつあたりするように激しい攻撃をするのだった。
「なにやってるのよ遊ちゃんは……」
凛子は恐竜に向かって狙撃を加える。
「ずいぶん暴れますね。食塩水はお気に召さなかったのでしょうか?」
隆道はカーマインで恐竜の爪を巻き取り、攻撃を弱める。
そして関節部に向けて攻撃を加えていった。
「グルルルァァァァァ!!」
恐竜は異物を喰わせられた怒りに身を任せ、しばらく攻撃を続けていた。
しかし。
「グ……グァァァ……」
だんだんと恐竜の動きが鈍くなり始める。
見ると、体中を赤錆が侵食し始めていた。
鉄を食べることを忘れて怒りに任せて動き回った結果、時間経過と共に体を構成する鉄が足りなくなり、錆びてきたのだ。
恐竜は急いで近くの鉄くずの山に向かう。
「動きが鈍いね。今の内かな」
体中から赤錆を落としながらゆっくりと歩く恐竜に雅が攻撃を加える。それに続けと他の仲間も攻撃するも、恐竜はひたすらに鉄くずに向かっていった。
消耗しながら山と置かれた鉄くずにたどり着き、一気に齧り付く。鉄を喰らうそばから体中の傷口は塞がり、赤錆の侵食も止まって元の赤黒い鉄の体を取り戻した。
「グギャァァァァァ!!」
体力を回復し、恐竜は鋭い雄たけびをあげる。
「このままじゃジリ貧だな、場所を変えよう」
麻生の言葉に、全員が頷いた。
思い思いに廃材や鉄くずを拾うと、それを掲げて解体所の出口に向かっていった。
「ほーらこっちだ、来やがれ鉄くず!」
愁也が拾った鉄パイプを打ち鳴らす。
自分の食べ物を横取りされたと思った恐竜は唸り声をあげると、一同の後を追いかけた。
その途中、凛子は狙撃ポイントから恐竜に向けて「マーキング」を放つのだった。
●
解体所の6人とは別に行動していた夜来野 遥久(
ja6843)と九十九(
ja1149)は、電話でディアボロの情報を受けた。
2人は周辺の地理を確認、解体所とは別に戦える場所を探していたのだった。
「その大きさなら採石場は危険です。自然公園へ誘導してください」
近くに採石場と自然公園があること確認した遥久は、解体所で戦う麻生に電話でそう告げた。
じきにここ、自然公園にディアボロがやってくることだろう。
「……鉄ならひょっとすると水に弱いのでは」
遥久の言葉に従い、九十九は公園の案内地図から水辺を探した。
「夜来野さん。ここなら丁度いい池があるねぃ。此処なら問題ないかねぃ」
そう言って九十九は指差しながら遥久に地図を見せた。
「ふむ。確かに、戦うには申し分ないですね。さっそく麻生殿に連絡を入れましょう」
スマートフォンから麻生にメッセージを送る。
それと同時に、遠くの方からかすかに金属を擦る音とドスン、ドスンという地鳴りが聞こえてきた。
「現代の恐竜は鉄を食べる、か……」
「こんな時間にやれやれだねぇ。こちとら、したくもない勉強もしなきゃいけないのに……」
●
「ほらー、こっちだよー!」
鉄くずを抱え、懐中電灯を振りながら雅は恐竜に声を投げかけた。
恐竜はその鉄くずに目を向け、雅を追いかける。
だが。
「グァァ……」
やがて時間経過により体中の鉄が錆び始めた。
解体所に戻ろうと身を翻したところで、
「そんなに遊びたいならもっと広いところで遊んでいらっしゃいな、坊や」
解体所に残った凛子が銃弾を放った。
それと同時に愁也は解体所から持ち出した鉄製マフラーを恐竜に向かって投げつける。
「こっちの鉄はあーまいぞ、っとな!」
鼻先目掛けて飛んで来るマフラーを恐竜は一口で噛み砕き、自らの体に取り込んでいった。
「鉄はまだまだあるぜ。欲しけりゃこっちに来るんだな」
言いながら遊夜と愁也は手に持った鉄くずを派手に打ち鳴らす。
恐竜は大きく吼えると、彼ら目掛けて再び突撃していった。
やがて近くにある自然公園に到着する。
遠くで『星の輝き』の光が目に入った。懐中電灯の光で大きく円を描く遥久がそこにいた。
すぐ傍には公園に張られた池が存在する。そこまで恐竜をおびき寄せたところで。
「これでも受けるさぁね」
離れたところに待機していた九十九が強弓の矢を放つ。
矢は恐竜の体に当たるも、簡単に弾かれてしまった。しかし、恐竜の意識を一瞬でも九十九に向けさせるには充分であった。
「やっぱ堅いねぇ。でもまぁ本命はこの後……任せるさぁね」
恐竜は九十九に向かって吼える。
が、その隙に愁也は『闘気解放』により闘争心を解き放った。そして、
「落ちろ!」
渾身の力で『掌底』を恐竜の鼻先に見舞ったのだった。
「グギャァァ!」
正面から『掌底』を受けた恐竜は池に向かって吹き飛ばされる。
激しい水しぶきが上がった。
恐竜は身を乗りだして池を出ようとするが、
「グググ……」
その体には聖なる鎖が巻きつけられ、動くことができない。
遥久の『審判の鎖』により麻痺状態となった恐竜はただその場で身悶えるのみであった。
「冷たいか?いま暖めてやる」
タツヒラは『セルフエンチャント』を行使し魔法攻撃力を上げて岸に立つ。そして切札『戦乙女・穿』により魔法陣を通じて紅の槍と鎧を纏う少女の幻影を練成した。
「お前は……潰す」
幻影の少女は恐竜へと一直線に向かい、槍を恐竜の脚部に突き立てる。
爆発と同時にジュゥ、と水滴が蒸発する音が当たりに響き渡った。
「ついでに……これもやるよ」
そう言って吼える恐竜の口に、解体所から拝借した車のバッテリーを放り込んだ。
バッテリーに使われる希硫酸が恐竜の体内から腐食させ、恐竜の動きを鈍くさせていった。
同時に体中から赤錆が浮かび始める。体を構成する鉄が急速に不足し始め、恐竜は急いで周囲を探す。
しかし、食べるべき鉄が見つからない。
そもそも、体が麻痺してその場から動くことすらできないのだ。
「もう回復できないよね。全力倒させてもらうんだよ」
雅は『闘気解放』で力を高めると、錆びた体に向けて『十字斬り』による蹴りを狙う。
隆道も『闘神阿修羅』により強化。池の中にいる恐竜の、それも錆びた部分に向けてクロスファイアの銃弾を浴びせていった。
なんとか恐竜も反撃しようとするが、
「それは外させる。暗紫風!」
九十九の『暗紫風 気吹南斗星君』によって限られた攻撃もことごとく邪魔され、有効打を打つことができない状態であった。
「遥久、肩貸せ!」
愁也は遥久に呼びかける。
その言葉と同時に遥久は身構え、愁也に背中を向けた。
「――行け!」
遥久の背中から肩に昇り、愁也は跳ぶ。
恐竜の真上まで跳躍したところで、
「これでも喰らいな!」
愁也の武器が紫焔に包まれ、目にも止まらぬ速さで恐竜の体を一閃する。
『鬼神一閃』による攻撃を受けて恐竜はよろめく。麻痺が取れて池から出ようとするが、再び遥久による『審判の鎖』を受けて池から出ることができない。
「グギャァァァ!!」
恐竜は吼える。
その頭上を越すように雅は岸にある樹から飛び上がると、
「これでトドメ!」
恐竜の頭に体重を乗せて浴びせ蹴りを喰らわせるのだった。
●
水しぶきが二つあがる。
一つは雅が落ちた際のもので、もう一つは衝撃に耐え切れず池の中に崩れ落ちた恐竜のものであった。
「グガァァァァ!」
恐竜は再び咆哮を上げると、血を流すように赤錆を落としながら池から這い出てきた。
「む……愁也!」
「おうよ」
『審判の鎖』はすでに使い切っている。愁也は『掌底』を活性化して再び池に落とそうとした。
しかし。
「……?アレはなにをしてるさぁね?」
九十九は不思議そうに恐竜を見た。
恐竜はひくひくと鼻を引くつかせ、周囲を見回している。
そして、
「グ……ガァァ……」
弱々しい鳴き声のまま恐竜は自然公園を離れるように動き出した。
「逃がすかよ」
遊夜は踊るようなステップで『霧夜の絢爛舞踏』による三連射を放った。
銃弾が恐竜の体に突き刺さる。それでも恐竜の足は止まらない。
その後も優先的に公園の外に向かう恐竜を足止めしようにも、そのまま公園の外へ出て行ってしまうのだった。
●
「まさか、解体所に戻る気じゃないだろうな」
「……いや、違うな」
錆びた体をそのままに一直線にどこかへと向かう恐竜を追いながら、遊夜の言う言葉にタツヒラは答える。
事実、恐竜は来た道とはまったく違う方向に進んでいた。
「あの方向ってなにかあったっけ?」
「採石場さぁね」
雅の言葉に九十九は重ねる。
事前に地形をチェックしていた九十九と遥久には恐竜が向かう方向に覚えがあったのだ。
「しかし、なぜそんなところに?」
遥久は、追いかけながら首を傾げる。
「採石場なら鉄があるということでしょうか?」
隆道も疑問を口にした。
「っていうかもうフラフラなくせに、やけに速ぇなアイツ!」
恐竜は血のような赤錆を撒き散らして走る。本当に命がけなのか、愁也の言葉通りに体中が赤錆に覆われてギシギシと音を立てているものの、その足は速い。
そして恐竜は採石場にたどり着いたのだった。
「グ……グ……」
恐竜は近場の土を掘り起こすと、そこから出土した塊を食べようとした。
だが、
「そうはさせないわよ、坊や」
恐竜の口元に凛子の放った銃弾が飛来する。
『マーキング』によって恐竜が自然公園から離れたのを察知した凛子は、事前に検索をしていた現場周辺の地図から採石場に向かうのを確認していた。
そして彼女は先回りに成功し、狙撃ポイントから恐竜を待ち構えていたのだ。
『クイックショット』で口元を集中的に狙い、常に恐竜の動きを阻害する。
すでに恐竜の体全体は錆び付き、それを防ぐことすらできない。
「遊びの時間は終わりよ。お片づけしなさい」
やがて錆びついた体に、銃弾による穴が開き始める。自然公園から逃げ出す時点で恐竜の生命力には限界が近づいていたのだ。
そして、
「グガギャァァァァギャゴォォォォ!!」
大きな断末魔をあげ、恐竜は力尽きたのだった。
●
「あの子の目的は、これね」
凛子は恐竜が口にしようとした塊を手に取った。
それは採石場に埋まっていた鉄鉱石である。
「喰われてたらやばかったな。ナイスだぜ凛子さん」
「褒めたって何もでないわよ」
愁也と凛子の脇で、遥久は電話を入れる。
「ええ。そこら中にディアボロの赤錆が落ちてると思いますので、よろしくお願いします」
見た目が赤錆とはいえ、ディアボロが落としたものだ。どんな危険があるかわからない。
そう判断して彼は錆の処理を学園に依頼したのだった。
「……命の危機に瀕して、良質な鉄のある場所を目指したということ、か」
「ここには他にも鉄がたくさんあるしな。非常食置き場のようなもんだったんだろ」
タツヒラの言葉に遊夜が続ける。
たしかに周囲にはトラックなど鉄でできたものが多い。それに加えて鉄鉱石まで採れるとなれば、この場所での勝利は難しかっただろう。
「ここを先に抑えるべきでしたかね」
「まあ、無事に倒すことができたんだし。よかったんじゃないかな」
隆道の呟きに雅が応える。
「そうさねぇ。それよりも、桐原さんはそのままだと風邪ひくんじゃないかねぇ?」
九十九はゆっくりとした様子で言った。
雅の体は池で落ちたまま時のまま、ずぶ濡れとなっていたのだ。
「そ、そうだね……くしゅん」
冷たい夜風が一同の体を駆け抜ける。
こうして一同は無事、恐竜型のディアボロを撃破したのだった。