まずは一歩。それがじゃらり、という音が鳴らす。押された石ころが険峻な山肌に乗ってどこまでも転げ落ちていった。
ここは山の中腹、それも過酷な山道。
幾つかのハンドサインを決めながら咲村 氷雅(
jb0731)は言った。
「現地部隊は俺達が居ないことになっていると聞いた。最悪来ていることすら知らないかもしれない。混戦時にはこれで意思疎通をしておこう」
「けど、これですべてのコミュニケーションを賄うのは」
「無論過信はできない」
鈴代 征治(
ja1305)の言葉に氷雅は頷く。この戦いはとかく混迷が予想される。たとえ不完全でも、できるだけの対策を取るというのは重要だった。
「この紐も皆持っていてくれ。混乱した時はこれで識別しよう」
そう言って色とりどりの紐を配るのだった。
黒井 明斗(
jb0525)は蒼空に手を伸ばす。その先には大型の鷲が旋回していた。
「ここからでは届かないでしょうね」
この地域ではまず見られない鳥。恐らくはディアボロ。
落とせるものなら落としたい。が、地形の高低差がそれを阻む。
「思ったより足場も悪いですし――おっと」
「気を付けよ。下手に足を滑らすと果てなく転がっていくで御座る」
明斗の腕を掴みながら、目出し帽を被る虎綱・ガーフィールド(
ja3547)も空を仰ぐ。
「やはり制空権が握られているのは痛いのう」
「そんなの関係ない」
確実に一歩を踏み締めながら山里赤薔薇(
jb4090)は進む。
「もうこれ以上奪われる物なんか何一つ残ってないんだ。悪魔共め!私達を甘く見るな!」
その心は敵意と言う刃となりて、かの暴虐なる悪魔を貫くものか。
また一歩、彼女達は確実に前へと進む。
●
道なき道を彼等は全力で駆けた。その先頭となって進むのは水枷ユウ(
ja0591)。
「……上手く隙は付けてるみたい」
「上手く行きすぎじゃないかしらァ?」
後方から黒百合(
ja0422)は言った。
彼等の到着は敵の虚を突いたもの。だが、戦いの中心地へ向かっているのに敵の姿が見当たらないのも不可思議。
「上手くいっているならいい、が」
空を見上げながらアスハ・A・R(
ja8432)は言った。木の葉の間からイーグルがいまだ旋回しているのが見える。
――着かず離れず、か。
やがてペースを落とすと共に木立を抜ける。そこには広場のようなものが広がっていた。
そこには優雅に立つ男と傍に控えるメイド。コー・ミーシュラとミレイ。
「ようこそ撃退士諸君。歓迎しようじゃないか」
コーは言った。その言葉に一同は臨戦態勢を取る。
「やはり待ち伏せ、か」
「まぁ来ると分かっておる以上対策はされておるよな」
アスハの言葉に虎綱が繋いだ。
「……でも他に敵いないよ」
ユウは周囲を見渡す。この場にコーとミレイ以外の姿はない。
「いないなら好都合よォ」
笑う黒百合。そしてコーに近寄る。
その時だった。
彼女の目の前から唐突に黒い影が立ち登る。かと思えばそれは水のように姿を変じ――。
「……これェ、私ィ?」
『……これェ、私ィ?』
黒百合の前に黒百合が立っていた。
●
同時に3つの影が立ち登る。それらは対応に当たろうとしたアスハとユウの姿、そして氷雅の姿へと変わる。
虎綱はその様子を観察して気付く。
変身能力を持つディアボロ。それは一瞬で終わり妨害の要素がない。
「まさに『変身』という一芸に特化しているようで御座るな」
「自分達の現身に驚いたかい?」
コーは手に取った薔薇を弄びながら言った。
「シェイプシフター、ゲストのおもてなしだ。それも特に丁重に……ね」
「偽物だなんて可笑しなもの作るのねぇ」
黒百合は装備していたバックラーをヒヒイロカネに戻す。代わりに取り出すのはロンゴミニアト。
対して敵はバックラーのまま。姿形や能力は真似できてもヒヒイロカネの特性までは真似できないらしい。
「盾のまま殴ることができるかしらぁ?できないならそのまま呆っとしてなさいなぁ」
黒百合は間抜けなシェイプシフターを嘲笑った。だが偽物は急接近。
盾は捨てた。敵は素手で殴ってきたのだ。
「そうよねェ、その腕や脚は何のために付いてるのかしらねェ!」
ディアボロはアウルの力やV兵器でなければ基本的に透過され攻撃できない。が、撃退士にそんな道理はない。
彼女は槍で迎撃する構えを見せる。だがその実口内にアウルを高圧縮。
偽物が槍をいなすその隙に破軍の咆哮――!
「攻撃するなら私の敵よゥ」
砲撃に偽物の体が内部から炸裂する。が、彼女は見た。
砕け散るのは布きればかり。それも彼女が持っているのと同じ――スクールジャケット。
黒百合もスクールジャケットを取り出す。その瞬間、彼女がいた位置をまったく同じ破軍の咆哮が通り抜けた。
それは携帯品を犠牲に攻撃を躱す『空蝉』。
黒百合は笑う。ジャケットをすべて使い切る程の攻防を予感して。
そして偽物も笑う。あなたができることは私にもできるのよォ、とでも言いたげに。
「ここからなら!」
明斗は星の鎖を伸ばして空を飛ぶイーグルに狙うを定めた。
アウルの鎖がイーグルの体に巻き付いて地面に落とす。落とされたイーグルは羽ばたこうとするが束縛が強く抜け出せない。その隙に明斗はメタトロニウスで貫き息の根を止める。
残るもう一匹も同様にして落とす。これで敵の目は潰した。
「できるだけ巻き込めれば――!」
氷雅の周囲から黄金色に輝く刀剣が生まれ出でる。それぞれに名と意味を与え、魔剣と化した刃がシェイプシフターへと、まるで流星の如くに打ち出された。
ユウ、アスハの姿を真似た偽物はそれぞれマジックシールドで防御している。ひたすら防御に徹する構え。
そしてアスハも動く。魔銃に持ち手をかざす。青く輝く魔法弾が雨となり降り注ぐ。氷雅に変じた偽物はナイトドレスで防いではいるが――アスハの攻撃力の方が勝る。
「……あれはもう駄目。これでオヤスミ」
光雨が止んだ直後を本物のユウが敵の中央で飛び跳ねた。長い髪を解いて翻す。
銀雷孔雀が敵を薙ぎ払う。氷雅に化けたシェイプシフターは耐えきれず影を散らし四散。
宙を舞うユウは。
廿_廿)ノシ
後方に向けて何やらハンドサインを送っていた。
「GOサイン!よし行こう」
それを受けて征治達は走る。シェイプシフターが引き付けられている今こそコーとミレイに接近するチャンスであった。
「四国は渡さないよ!死んでもらう!」
赤薔薇はコーに向かい走った。そして隣にいるミレイごと炸裂掌で貫き抜く。
「その敵意やよし。私がお引き受けします!」
ミレイが前に出て大剣を振りかざした。
ひらりと回転し、まるで円舞曲を舞うかのごとく大剣を振り回す。
「貫け!」
「吹き飛べ!」
衝突。火花が散り、両者の距離が一気に離れる。
「山里さん大丈夫ですか!?」
回復補助に廻っていた明斗は急いで赤薔薇に近づきライトヒール。
「思ったより重い……ありがとう。これでまだ戦える」
正面突破でコーに接近するにはどうしてもミレイが邪魔。ならばと赤薔薇は周囲の森へと身を隠す。
「頭上がお留守で御座るよ!」
その間、虎綱が回転を続けるミレイの頭上へと迫っていた。ミレイに十字手裏剣の剣先を向け――。
「熱っ!?」
虎綱の体を包むように薔薇の爆炎が広がり身を焦がした。
「連携は君達の専売特許ではない。隙を見せればどうなるか君なら分かるだろう?」
「そうで御座るな。そういう奴であったのおぬしは」
燃え尽きたスクールジャケットの切れ端を捨て虎綱はコーと笑い合う。
「今のところシフターの残数は3体――!」
変身したシェイプシフターの数を把握し征治はミレイへと駆け寄る。
「邪魔だというなら押し込むまで!」
ウェポンバッシュの一撃でミレイを押し退ける。ミレイとコーの距離が開いていった。
「婿殿――っ!」
そうはさせじとミレイは征治へ切り払う。しかし征治のワイヤーに剣を絡まれ思うよう切り払えない。
加えてシフターへ対応する数に余裕ができたアスハが空虚ヲ穿ツで押し戻す。
それでもコーは笑みを絶やさないでいた。その余裕の出所とは――。
「着いたぞ!敵の本陣だ!」
戦場に声が響いた。それは別で戦っていた現地撃退士部隊だった。
●
他に部隊がいるとは聞いていないぞ?
そういえば久遠ヶ原がいた。たしか上は久遠ヶ原に「戦うなら勝手にしろ」と言っていたはずだ。
じゃああそこで戦っているのは学園生?
いや待て。久遠ヶ原の学園生は敵という情報がなかったか?
いくらなんでもそれは……。
到着した現地部隊は戸惑っていた。幾重にも疑念が浮かぶ。あそこにいるのは敵か?味方か?
「……あ」
アスハとのアイコンタクトで共にシェイプシフターを追い詰めていたユウは声をあげる。
敵が急に動き出したのだ。向かうは――現地撃退士部隊。
まずはアスハに変身したシェイプシフター。手を天を向ける。蒼く微細な光が浮かぶ。
「あれ、は」
本物のアスハが呟く。それは最初に自分が見せたスキル――蒼天光雨。
「何をする貴様ら!」
光の雨が現地部隊を襲った。その後をユウが駆ける。それも先程見せた動きとまったく同じ。
髪を解き、そして孔雀のような輝きを広げる動きで現地部隊を薙ぎ払う。
廿_廿)ノシ
ハンドサインまで同じだった。
「くそ、俺らを舐めるんじゃねぇぞ!」
部隊が一斉に偽物へ攻撃。対して偽物は何をするかといえば――何もしない。
ただ現地部隊に斬られるだけ。正体である黒い影を晒しその身を霧散させながら。
「ディアボロ!?こいつらディアボロだったのか!」
そうして現地部隊は気付く。と、すれば。
「あいつらもディアボロか!」
向けられた視線は――本物である久遠ヶ原の撃退士達へ。
●
「ああ残念だ」
コーは嘆くように言った。
「せっかくに人に化けるディアボロを作ったというのにこんな簡単に倒されるなんて――まあいい」
そしてちら、と対峙する征治達を見た。
「ディアボロはまだたくさんいる。気にすることはないさ」
ディアボロ?やはりあいつらもディアボロなのか?
学園生が敵に廻ったなんて、いくらなんでもおかしいと思ってたんだ。
ディアボロが化けてるなら納得がいく。ディアボロなら――殺せ!
「待って!待ってください!」
慌てて征治は現地部隊に向かい叫んだ。
「中立者か、異界認識を使える人がいればそれで確認してださい!」
同時に裏切りの山彦が響いた。
『トーチか、星の輝きを使える人がいればそれで確認してください!』
どこからともなく聞こえた己の声。征治はコーを見やる。彼は不敵に微笑むのみ。
「な、なんだ!?俺達をさらに混乱させる気か!?」
「まったく、面倒な奴らだ」
氷雅は辟易していた。くだらない噂を信じ、こちらの援軍を拒否した挙句にこれか。
残った敵諸共に吹き飛ばしてやりたいところではあるが――それは色々不味いと自覚する。
他の者達はどうか。
「……わたしには関係ない」
ユウとアスハは冷めた目で現地部隊を見つめていた。
「邪魔するならみーんなまとめて薙ぎ払うだけ」
「そちらの損耗など気にしてはいられないので、な」
「敵味方なんて関係無いわァ、私を攻撃して来る連中は全員敵よォ……♪」
「邪魔するなら加減出来ないよ!」
剣呑な現地部隊へ黒百合と赤薔薇は共に告げる。
「お主らも戦士なら、手を出した際の覚悟はできているで御座るな?」
虎綱は目出し帽を取ってニンジャヒーロー。現地部隊を敵対者としてみる目。
敵対するなら容赦はしない。その空気に現地部隊は悟る。
ここにいる学園生は味方ではない。敵だ。
「ぶっ殺せ!」
鬨の声があがった。それは人同士で潰しあう最悪の結末。それはコーが望む結末。
「く、はは……ははは!」
コーが高らかに笑いを上げた。その時だった。
「駄目です!」
突撃する現地部隊の前に立つ人物――黒井明斗。
「がっ!」
明斗に部隊の攻撃が殺到する。血を吐きそれでも彼は立ち続ける。
「敵は変身能力を持っています。誤認しないよう今すぐ距離を取って下さい」
「な、テメェはどっちの味方なんだ!?」
「僕は皆さんの味方です!ディアボロではありません!」
「遊ぶなシェイプシフター」
コーは明斗に囁くように言った。それは嘘を真として、真を嘘とするような甘い声。
「試作品はこれだから困る。お前はディアボロだ――そうだろう?」
「違います!僕は人類の味方です!」
ぱぁん、と。何かが弾ける気配があった。コーの顔から笑みが消えた。
――『嘘つきの始まり』を弾いたか!?――
「そいつを殺せシェイプシフター!」
その言葉に最後まで残されていたシェイプシフター――黒百合の偽物が明斗の目の前に現れる。
偽物は明人の首筋に喰らい付いた。
「ぐっ!」
反撃の刃を振るう。しかし切ったのはジャケットのみ。
「今のは吸血幻想かしらァ?」
黒百合が崩れ落ちた明斗を抱え上げた。
「私は本物よゥ?ミーシュラって悪魔を叩き潰している最中なんだから邪魔しないで欲しいわァ。
信用出来ないィ?ミーシュラ家は名ばかり貴族、魔界の中でも一番の没落候補でェ……」
言ってる事は出鱈目ばかり。だがそれ故に響いてくる謎の山彦も訳が分からない。
「……これくらい言えば大丈夫ゥ?こんなにいっぱい喋れるディアボロっているのかしらァ?いるなら私が知りたいわねェ」
「い、言ってる意味がさっぱり分からんが……本当にディアボロじゃないのか?」
明人は頷いた。
「貴方方と僕達はともに命を賭けて戦う仲間だと言いました。その言葉に二言はありません……これでも信じられないなら、僕を倒して下さい」
部隊は沈黙する。やがて視線が向かう。その先にあるのは――コー・ミーシュラ。
「チッ」
コーの形相が明らかに変わっていた。それは憤怒。
「撤退するぞミレイ!」
「よろしいのですか婿殿!?」
コーの言葉に遠くからミレイは聞き返す。
「まだ禄に戦果をあげられてませんが!」
「もういい。お父様へのお詫びは後で――」
「逃がさないよ!」
その時、木々に身を隠していた赤薔薇が飛び出した。
征治やアスハに押されミレイとコーの間には距離がある。そして現地部隊との問題が解決された今、勝機はここにあった。
「あ、が!?」
赤薔薇のフレイヤがコーの頬を斬りつけた。
「血が……僕の顔が!」
「婿殿!」
急ぎミレイが駆け寄る。
「近づけさせるものか」
氷雅が足元への牽制射を狙う。が、それに対して間に入るものがあった。
それは黒百合に変身したシェイプシフター。
「邪魔をするかシェイプシフター!」
黒百合の偽物が壁となって立ち塞がる。最後の空蝉とシールドでひたすら防御。
しかし黒い影となって消滅。シェイプシフターを倒した頃。
「……逃げられた」
ユウはぽつり、と呟いた。
●
コーとミレイは撤退した。それにより山中のディアボロ軍は瓦解する。
現地部隊は学園生の助力に感謝と謝意を示し重体の黒井を治療室へと搬送。それは一先ず和解の証であった。