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晴れた空。山の上では鳶が旋回し、呑気な歌声を響かせている。
そんな風景を気に留める者などここにはいない。会議室は緊張に包まれていた。
「それに書かれている事は間違いなく事実です」
黒井 明斗(
jb0525)は現地撃退士部隊の首脳陣3人に報告書のコピーを手渡す。
ある程度読み終えただろうところで小田切ルビィ(
ja0841)は口を開いた。
「その報告書には俺の名前もあんだろ?当事者としてその内容は保証する。あん時はお互い楽しかったぜ?船の上で頭撫でてやった時なんてわざわざ帽子取って――おっとすまねぇ、今のは余計だったかな?
その上で言わせてもらえれば出回ってる『噂』は、全て悪魔側に都合が良い様に脚色されてる。まぁ?」
机に身を乗り出す。首脳部の3人が一斉に彼の表情を見つめた。
「根も葉もある以上、いくら俺達が説明した所で『真実』を証明する事は出来ないけどな?」
「ここまで証言していただければ充分だと思います。それと私からも一つ」
そう言うと明斗は唐突にはぁ、と大きなため息をついた。
「はっきり言わせてもらえれば今回のこの騒動、あなた方に落ち度があります。裏も取らずに味方を疑い、あまつさえ士気低下とあれば、利敵行為そのものですね」
「なに!?」
首脳部の1人―インフィルの男―が椅子を蹴って立ち上がった。それをもう1人―アスヴァンの男―が「まあまあ」と宥めて抑えつける。
「敵が迫っている時に内輪揉めしてる場合じゃないよ。でも、僕達に落ち度があるとはどういうことかな?」
「出回ってる『噂』そのものが敵の策略ということです」
明斗は背を伸ばし、堂々と主張した。まさに「自分達に非はない」ときっぱり示す様に。
「敵の狙いは明白です。現地部隊と学園を分断し、士気を落とした上での各個撃破」
「敵の大将はコー・ミーシュラだろうぜ」
ルビィは付け加えるように言った。
「アイツとは一度顔を合わせたことがあるが、こういう悪質な根回しが得意な悪魔だ」
「これは学園と現地を切り離す離間策で、極々単純な戦術です。見抜けない訳では無いでしょう?」
「当然だ」
黙っていた最後の首脳部―ルインズの男―が静かに明人を睨み付けた。
「これが敵の罠だということは分かっている。君達の説明で確認できた。が、現実として部隊の士気が低下していることについてどう説明する?」
「……そもそも、なぜこんな『噂』で士気が下がるのだろうか?」
そう言って深く考え込む龍崎海(
ja0565)。やがて彼は当初から抱いていた疑問を語り始めた。
「それは――どういうことかな?」
アスヴァンの言葉に海はホワイトボードに近づく。そこには流されている『噂』を大別したものが3つ書かれている。
「まずこの『敵悪魔のヴァニタスを複数の学園生で袋叩きにした』だけど――ヴァニタスとの戦闘は複数で挑まなければ対抗できない。
それに『悪魔の娘を誘拐して街中を連れ廻した』についても、情報収集とかの為に天魔を捕虜にするのも普通に行われているよね」
「ああ、そこは俺も言いたいことがある」
手を上げたルビィは海同様にホワイトボードを指差した。
「『噂』にはそもそも撃退士側に何のメリットもねぇ。視点が悪魔側に寄り過ぎてるぜ」
「大別しているのだから3つを混同しているってことはないはずだし。以上のことを踏まえても別段、『噂』に対し何一つ問題とする所はありませんよね?」
「……お前達、勘違いしてないか?」
インフィルの男が言った。
「俺らが問題視しているのは現実として士気下落という被害が出ていることだ。そもそも『噂』を流す口実を与えたのは間違いなくお前達だろ?違うか?」
「――ああ。間違いねぇ」
ルビィは正直に答えた。たしかに噂の出所は久遠ヶ原学園であり、そしてそれをこなした学園生である。
「『噂』の真偽はどうあれ、そのせいで俺たちはやらなくていい戦いをやらされている。その釈明を放っといて『僕達は悪くない』『何も問題はない』だ?それはちょっと虫が良すぎるんじゃないかねぇ?」
「彼らも人間だ。家族や友人、そして恋人もいる」
アスヴァンはゆっくりと立ち上がると、窓辺から下を覗き見た。
外では現地撃退士部隊の兵達が訓練や休息を続けている。が、どこかギスギスした雰囲気が漂っていた。
「彼らを生きて帰らせる為なら学園とも喜んで手を組もう。だけど、今や兵達は学園生に対し憎しみに近い感情を抱いている。学園を発端とする『噂』によってね」
会議室を静寂が包み込む。外から鳶の音が恐ろしく響いていた。
「今、君達が援軍に来たら余計に士気が低下してしまうだろう。それでも悪魔達は平然と僕らを襲ってくる。ならいっそ僕達のみで戦った方がいいんじゃないかな」
「――その考えも悪魔の罠だとしたらどうしますか?」
明人は3人に目を向けた。
「人間を虐げている悪魔の言い分を信じるか、共に命を掛けて戦う味方を信じるか。二つに一つでしょう?どちらを取るのですか」
「戦いに巻き込んでおいて『共に命を懸けて戦う味方』か……よく言えたものだな」
ルインズは首を振った。それが答えだった。
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「お疲れ様〜!どうだった?」
五月七日 雨夏(
jc0183)は会議室の扉が開くのを待つと、手にしたジュースを持って3人に駆け寄った。
だがその表情は一様にして、暗い。それを見た雨夏もさっと表情を変えた。
「首脳部は学園を味方だと思っていないのでしょうか」
「いや、味方だとは思ってるだろうぜ」
明斗の肩を叩いてルビィは去りゆく首脳部の背を親指で指し示す。アスヴァンの男が、何度も心配そうに彼等を振り向いていた。
「所詮、学園と現地は組織が違う。味方だが戦友じゃねぇってこった。
理性的に考えれば悪質な噂だと直ぐに分かる類だが……要するに噂がまかり通っちまう位には、学園生への不満が蓄積してたってことか。いつも大詰めになると、学園生に手柄掻っ攫われるしなぁ……」
そう言うとルビィは渡されたジュースを一息で飲み干す。頭をがしがしと掻き毟ると、窓からディアボロの跋扈する山を見上げた。
「相手はコーか……真っ向勝負してくる奴じゃ無え以上、搦め手は覚悟してたが……ったく!面倒臭ェ事しやがるぜ」
「――諦めるのはまだ早い、かな」
海の言葉に、3人は視線を彼に集めた。
「首脳部は部隊の士気が落ちていることを問題視してる。じゃあ士気さえ上がれば何も問題ないということじゃないかな?」
「なるほど」
明斗は頷いてみせた。
「僕達が援軍に来ても部隊の士気は落ちないということを首脳部に示せば、考えを翻すかもしれないですね」
「でもどうやって?」
何も思いつかない雨音。そんな彼女にルビィはにやり、とした笑みを向けて言った。
「戦友でないならこれからなればいいっつーことだ。そうだろ?」
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「何ぞヤツらしくないのう。優雅さが足りん手じゃ――ああ、こっちの話で御座る」
山中に設けられた現地撃退士部隊の拠点。
そこにはベテランの撃退士と交渉する虎綱・ガーフィールド(
ja3547)の姿があった。
「部下の統制も上官の仕事なんで御座るがのう……なんとかならんで御座るか?」
「俺も『噂』なんて信じんなっつってんだがなぁ」
ベテラン撃退士は語る。彼は部隊に流れている『噂』なぞ取るに足らないものだと分かっている。
が、まだまだ未熟な若手達ほど『噂』を信じてしまっているのだ。
「あいつら口では『わかった』と言っちゃいるが、内心疑心暗鬼なんだろうぜ」
「天魔との戦いに1対1は危険で御座る。おぬしからも今一度噂など信じぬよう伝え、士気回復に努めるで御座る」
「ま、なんとかやってみらぁ」
「頼むで御座るよ」
「虎綱さん。首尾はどうですか?」
「――ん?ああ、黒井殿で御座るか」
虎綱はやってきた明斗達に近づくと軽く周囲を見渡した。
「今ざっと部隊を見て回ったで御座るがどうも、なんぞ良くない雰囲気で御座るな……おそらく学園生が来ているからで御座ろう。自分も軽く話しかけてみたが、冷たくあしらわれたで御座る」
「まあ、なるようにしかならないね」
海は言った。
「士気を上げるなら、兵達と直接相対するのが一番だ」
海は部隊の訓練施設へと向かった。
今は戦闘も小休止の段階にあるのか、ここには多くの兵達が訓練や回復後のリハビリに勤しんでいる。
「少しだけ時間いいかな?」
海はさっそく近場でトレーニングをしているグループに話しかけた。
「今トレーニング中?よければ俺と模擬戦をしよう」
海の目的は共に訓練を受けること。不満を学園生に直接不満をぶつけさせれば、ストレス軽減となって部隊の士気向上にも役立つ。
しかしその言葉にグループはひそひそと会話を交わすと、海を避けるように離れていった。
「あ、ちょっと――」
「悪いが、お前と模擬戦やろうって奴はいないと思うぜ」
先ほど虎綱と話していたベテラン撃退士が話しかけた。
「今は学園生ってだけで毛嫌いしてる奴ばかりだからな」
言われてみればなるほど、彼は周囲から冷たい目線に晒されている。
「俺なら別に構やしねぇんだが……あんたの狙いは若い連中だろ?」
「尻拭いだと思って厭戦気分が蔓延しているのなら、学園生に処理させろって意見はなかったのかな?」
「すでに火の粉は俺達に降り注いでるんだぜ」
ベテラン撃退士は言った。
「学園が原因だからといって学園が払ってくれるのを待ってたら、俺らの体が燃え尽きちまうだろうよ」
「それで襲撃が処理できても厭戦気分は変わらないってことなのかな」
「結果としてそれができればあるいは、かね」
海は考える。
(ここの人達だって、自分達が嫌だって思った所で相手が侵攻をやめてくれるわけないのはわかっていると思うんだよね)
ならば、どうするか。
(だから、ちょっとしたきっかけでもいいはず)
きっかけを与える。その取っ掛かりとなる鍵は――。
「たまにはミリ飯ってのもいいな。ほれ、お前も食ってみろよ」
そう言ってルビィは配給されたカレーを隣に座る兵士に向ける。
彼は迷惑そうに去っていった。
「なんだつれねぇな。ま、当然か」
海と同様冷たい目線に晒されるルビィ。が、彼にはある考えがあった。
目的の人物がやってきたのを見て立ち上がる。
その男は小隊を率いるリーダー格でありベテラン勢の1人。さほど『噂』を信じていない内の1人でもあった。
「この隊のリーダーか?よかったら一緒に飯食おうぜ」
「あ、なんだお前?」
「いいから。ちょっと耳貸せ(ひそひそ)」
「――ああ、そういうこと(ひそひそ)。いいぜ、それならお前らもこっち来いよ!」
リーダー格の男に無理矢理引っ張られる形で、ルビィの周囲には若手の兵達が集まろうとしていた。
「こういうの『同じ釜の飯を食う』っつんだろ。仲良くしようぜ」
「なんでお前なんかと……あ痛、リーダー!?」
「お前らもいい加減にしろ。これは命令だ」
「そ、そんな!?」
「そういうこと。じゃ、まずは親睦の証にそれ寄こしな」
ルビィは素早い身のこなしで、若手の持つカレーから肉をごっそりと取り上げた。
「あ、俺の肉!てめぇ!」
「悔しかったらお前もやって――」
「貰った!」
若手はルビィのカレーから肉を取り上げた。
「あ、このやろう!」
「へ、ざまぁみろってんだ」
「てめぇ、覚悟しろよ!」
「ああ!?」
「喧嘩か?今はとことんやりな!俺が許す!」
リーダー格の男がルビィと若手を笑いながら煽っている。それを見て周囲からも人が集まりだす。
食事の場は一時、活気に満ちていた。
所変わってここは兵舎。兵達が戦いを束の間忘れ思い思いに寛ろげる場所。
そこに明人は踏み込んでいた。
明人の姿を見て『噂』を信じている兵達は彼を避け、そして離れる。
それを見て明人ははぁ、とため息をついた。
「なんて軟弱な……これでは敵に全滅させられるのも時間の問題ですね!」
その声は大きかった。頭に来たのか近くにいた男が詰め寄ってくる。
「貴様、もう一度言ってみろ!」
「何度でも言いますよ?悪魔の狙いも解らないで無闇に味方を疑うなど未熟が過ぎます。学園と現地部隊が協力出来ない状況、悪魔は高見から腹を抱えて笑ってるでしょうね」
「お前らが悪魔を怒らせる真似したからだろう!」
男は吠えるよう言った。
「おかげで俺らはとんだとばっちりだ!少しは責任を感じたらどうなんだ!?」
「身に覚えのない責任は取る必要ありません。そも、敵は分断して叩く。兵法の基本中の基本です。それなのにわざわざ敵の罠に嵌るなんて」
「言わせておけば……」
「なんだというのです?それとも、あなた達だけであの悪魔に勝てるとでも?この程度の策に引っかかるようでは到底無理だと思いますよ」
「俺らが悪魔に勝てないだと?」
別の兵も明斗に集まってきた。気付けば、兵舎の中からも兵達が出て彼に近寄っている。
「まぁ、勝てませんね。敵は策を弄する悪魔、この程度の『噂』なんて序の口です」
「じゃあお前ならどうすんだよ?」
「そうですね……こういうのはどうでしょう」
今や、討論の中心はいかに悪魔を倒すかに代わっていた。
「我々は今、試されている。一騎が当千であり本来なら歯牙にもかけられぬ我らが姦計という形で」
ベテラン勢に声を掛け、虎綱は兵達を集合スペースへと集めさせていた。
メガホンを取り「注目」を集めた彼を兵士達は眺めている。
「本来ニンゲンは絆が無ければ天魔とは戦えぬ。その絆が今!試されている!”愛”娘の事件すら利用し武断の徒であるはずのミーシュラの悪魔が方針すら違えて!」
演説は続く。それを聞いた兵はどう思うだろうか。
「故に我々も敬意を持って戦わねばならん!」
効果はある。実際、ルビィや明斗と接した兵達は蟠りを捨てて虎綱の演説に聞き入っていた。
問題はそれ以外の兵だ。
「学園生が何か言ってるぜ?」
「戦いを持ち込んでおいて、今更何を言うかと思えば……下らねぇ」
その反応は実に冷たい。虎綱の前からいなくなる者が増えゆく。
端的に言えば、場ができていなかった。
演説は士気向上の仕上げとして有用だが、それは兵達と打ち解けることができた場合に限る。
それができた者が2人のみという現状、演説は空しく響くばかりであった。
日も落ちて黄昏時。会議室に集まる首脳部に明斗は改めて聞いた。
「学園の援軍を呼びましょうか?戦力は集中させるべしですよ?」
それに対し3人は顔を見つめ合う。アスヴァンが口火を切った。
「少しは打ち解けてるみたいだし、大丈夫じゃないかな」
「お前は相変わらず甘ぇな。この程度なら邪魔にしかならねぇぞ。俺は反対だ」
それに対しインフィルが反論。しばし議論となるが、やがてルインズの言葉に2人は首肯した。
彼は3人を代表して述べる。
「戦うなら勝手にするといい。が、士気の向上が見られない以上援軍要請は拒否を継続。学園側の援軍はないものとして扱うので留意のこと。以上」
それが正式な答えとなった。