ロータリーをタクシーやバスの群れが進む。ヤシの木に背中を預けてドゥーレイル・ミーシュラ(jz0207)はぼんやりと空を見上げていた。
手に持ったバール(のようなもの)でこつこつ、と地面を叩く。そして漏れ出るため息。
『へーい、かーのじょ☆』
そんなドゥーレイルに話しかける声が一つ。彼女が寄りかかるヤシの木に手を付きつつ男は軽い雰囲気で語り掛けた。
『もしかして暇?だったらさ、ボク達とデートしようよ♪』
「悪いけど待ち合わせしてるの。他を当たって」
「その待ち合わせの相手が俺らだっつたらどうよ?」
その言葉に彼女は目を向ける。そこには小田切ルビィ(
ja0841)が、最初に話しかけた男――ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)の隣で紙飛行機をひらひらと舞わせながら立っていた。
「――よう!元気そうじゃねーか」
「私はいつだって元気よ、元気」
ルビィの明るい言葉にドゥーレイルは笑顔を見せる。しかし身を乗り出したところでふらり、と体が揺れた。
「お、とと……」
――からん。
「おいおい、本当に大丈夫かお嬢?」
バール(のようなもの)を杖のように突き立てる彼女にルビィは心配そうに声を掛けた。
「大丈夫っていうか、あなた達が来るの遅いからこんなことになってるの。ここすっごく暑いんだからね」
『車の往来の真ん中だからねぇ☆まずは涼しい所にいこうか。どこか行きたいところはある?』
ジェラルドはさっそくデートコースの選定に入っている。その背後でルビィの内心は暗澹たる思いを抱いていた。
彼が記憶する中であのお茶会の時最後にドゥーレイルへポットを渡したのは――。
(コー・ミーシュラ……お嬢の実父、か……コーの奴は娘の命を引き換えにして何を狙ってやがる……?) )
状況からして彼はコーがドゥーレイル毒殺未遂の犯人であると疑っている。その目的は?動機は?
「お嬢、回復したんだな。良かったぜ……」
「おかげさまでね」
「毒を盛ったのが誰なのか。お嬢は分かって――」
「さぁてと!」
ドゥーレイルはバール(のようなもの)を地面に突き立てた。ドン、と地面が揺れる。
「早くいきましょうよ!今日はしっかりエスコートしてもらうんだからね」
阻むように言葉を遮られたルビィ。彼はじぃ、と彼女を見つめていた。
「今日はひとつよろしくな」
彼等の後ろで矢野 古代(
jb1679)が帽子を持ち上げて挨拶をひとつ。余裕のある態度から大人の雰囲気が滲み出ている。
しかしその内心はというと。
(えっデート?………逢引……?)
俺あんま経験ないんだけどもなー。矢野古代心の声であった。
『今日は最高のデートを演出してみせるよ☆』
そう言いながらジェラルドは手を差し出す。
『それとも、悪魔のお嬢様にはボク達じゃ不満かな?』
「とんでもない」
ドゥーレイルは淑女らしく笑みを浮かべてジェラルドの手を握り返すのだった。
さあ、お待ちかねのデートに行こう。
「いざ、しゅっぱーつ!」
「その前に」
がっし。意気込んで突き進むドゥーレイルの襟首を古代は掴んだ。
「慈から頼まれてるんだ。午後4時にはデートを終わりにしろとさ」
「しゅっぱーつ!」
ドゥーレイルは即答すると古代を引きずるようにバール(のようなもの)を突きつつ前進。これには彼も思わず苦笑い。
「ダメだ。夜遅くまで女の子を連れ廻すことは俺達もしたくない」
「大丈夫よ、私つよい子だから」
「そんなに言うなら、ミレイに突き出してやってもいいんだぜ?」
「ぅー……わ、わかったわよ」
ルビィが口にした「ミレイ」という単語に彼女は渋々と従うのだった。
『それと、これは預からせてもらうよ☆』
そう言うとジェラルドはドゥーレイルが杖のように突き立てているバール(のようなもの)を指差した。
『重いモノはボクが預かっておきますね☆』
「イヤ」
手に取ろうとしたジェラルドの手を避けドゥーレイルは拒絶する。
「これを取ろうっていうなら私、本気で抵抗するわよ。それでもいい?」
『――仕方ないね♪』
女性が本気で嫌がることはしない。肩を竦めジェラルドは大人しく身を引くのだった。
●
かくして奇妙な行列は進む。それをビルの屋上から見守る2つの影。
ひとつは虎綱・ガーフィールド(
ja3547)。もうひとつはヴィルヘルム・柳田(jz0131)。
「無事にお嬢と合流したようで御座るな」
虎綱は眼下でのんびりと歩く集団を眺めていた。
「しかしこれからが問題で御座る。ほれ、さっそく」
彼は行列の正面にチラシを配っている人物がいるのを見つけた。明らかにキャッチセールスの類である。
ああいう手合いにドゥーレイルが興味を持ってしまえば無駄に時間が経ってしまう。
「前方100m程にキャッチセールス。頼みましたぞ」
現地の監視員に指示を出した。次いで3人が持つ携帯電話にコール。各々マナーモードにするようにしているのでメロディは鳴らない。2回コールしたところで止める。
セールスにわざと捕まるようにしてひとりの男が歩み寄った。その間にデート班は彼を迂回するように通り抜けていく。
「こういうのは一人では手が足らん。現地の人員をお借りできて幸いで御座る」
「その分彼らはデートに集中できると――だけどな、その費用に僕の金を使うというのはどういうことなんだ?」
「仕事もせずに空気でいようとしたのはどこの誰で御座るか?」
「む……バイト増やすしかないか」
「デートに参加出来んのは残念で御座る。が、仕方あるまいて――っと」
危うげに呟く虎綱。彼は素早くビルから飛び降りた。
「ん?」
ドゥーレイルは何かに気付いたように振り向いた。
路地裏に野良猫がいた。
「にゃー」
「……」
男たち3人は前を歩いている。丁度こちらから目を離している。
「うなー(ごろごろ)」
猫が寝ころんだ。
「……それ!」
――かつん。
バール(のようなもの)の音が響く。必死にドゥーレイルは走る。
猫がそれに気づいて驚き、身を翻して逃げだした。ドゥーレイルが猫を追う!猫は細い隙間に逃げ込んだ!
「甘い!」
しかしドゥーレイルは悪魔。透過能力を駆使すれば追いつくのだ!ジャンプ!
「に゛ゃ!?」
――がつん!
「何してるんだお嬢ちゃん?」
顔面から崩れ落ちるドゥーレイルを、古代は呆れながら担ぎ上げた。
「……なんでもない」
彼女は不機嫌そうに鼻をさすって立ち上がるのだった。
「ま、止めても減らしてもトラブルに突っ込んで行くのでしょうがの」
指先でジェラルドから借りた阻霊符を翻し、上から見下ろしながら虎綱は1人呟くのであった。
●
『この先のお店、めっちゃ可愛いらしいよ☆キミに似合うモノも絶対あると思うんだ♪』
「へぇ、いいわねここ。あ、これ可愛い」
ジェラルドはブティックへとドゥーレイルを誘った。まんざらではない様子である。
店員と話し込みながらも2人は服を見繕っていくその一方。
「序でに俺の服も見繕おう。ふふふ、普段からファッションセンスないとか言われている俺でも少しはましになったと証明してやる!」
古代もまた別の思惑がある様子。しかしどうみても失敗フラグです本当に(ry。
――ぶるり。
その時、各自が持つ携帯電話が震えだす。その振動は1回で止まった。
「――若い奴に合わせるのは流石につらいな。どこか休憩して行こうぜ」
選んでいた服を戻し古代は告げる。『そうだね♪』とジェラルド。
『パンケーキって好き?厚さが20cm以上ある美味しいパンケーキを出す喫茶店があるんだよね☆』
「ぱんけーき?なにそれおいしいの?」
『すごく美味しいよ☆』
「じゃあ行く行く♪」
「そういえば今どきの喫茶店に入ると視線が気になって恥ずかしいんだ……悪いが席は奥の方にしてくれ」
『りょーかい♪他にも何か食べたいものあるかなお嬢ちゃん、高級フレンチからラーメンまでどこでも連れて行ってあげるよ♪』
ブティックを後にする。彼等が出て行って数分後の事であった。
「ここには……いないようですね」
メイド服姿の少女が入ってきた。ミレイである。目的はもちろん抜け出したドゥーレイルの捜索。
「婿娘殿もいい加減に――ご自分の今の容態をわかってるのでしょうか?」
ただでさえ倒れてしまいそうな状態なのに。今は婿娘殿が巻き起こす騒動より、そっちの心配の方が強かった。
「あのー」
そんな彼女に背後から声が掛かった。そこにいたのは彼女の到来を予見していた間下 慈(
jb2391)と、ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)。
「これは間下様、と……」
「ヴァルヌス・ノーチェです。初めまして」
「初めまして。ミレイと申しますノーチェ様――それではまた」
「あ、ミレイさんー」
「なんですか?」
ミレイはあからさまに慈を睨み付けた。その眼は語ってる。放っておいてくれと。
「ドゥーレイルさんを探してるんですよね?」
彼女はさらに力を込めて2人を睨んだ。
「力を抜いてくださいミレイさん。ディアボロを連れていないところを見ると、騒ぎは起こしたくないのでしょう?」
「そうですね……失礼しました」
ヴァルヌスの言葉に多少肩の力を抜く。彼は柔らかく語り掛けた。
「彼女は『お詫び』と言っていました。ボクは彼女を知りませんけど、きっと彼女は礼を重んじ、誇りある方なのでしょう。でしたらここで彼女を連れ戻しても、また同じことの繰り返しになりますよ?」
「しかし――」
ミレイは口ごもった。何かを言おうとするが、それを口にしていいのかという表情である。
ヴァルヌスは「でも」と続けた。
「彼女の目的を果たさせれば、それで全て丸く収まると思うんです。どうか彼女の誇りの為、彼女と僕達に時間をください」
真正面からの説得。頭を下げ誠意を見せる。
「病み上がりのドゥーレイルさんを心配するのはわかります」
慈の言葉に痛いところを突かれたようにミレイは表情を歪めた。
「ですが、彼女もそれは承知の上です。此方も折角プランを考えました。それをパァにされるのもわだかまりが残ります。ので、4時までは彼女の好きにさせてあげてもらえませんか?
それでも心配なら、後ろをこっそりついていく、でどうでしょうバレないようにちょっと遠くから、で」
「……わかりました」
●
「で、なぜ私はここにいるのですか?」
慈とヴァルヌスに促されドゥーレイルのデートを見守ることになったミレイ。
彼女達はデート現場である喫茶店の別テーブルに座っていた。もちろん相手方から見えないように、である。
説得に成功した段階で慈は言った。
「あの、お腹すいてません?……折角来て下さったのです。人間界のケーキ、食べて行きません?」
そうして今に至る。
「すみませんー」
そう言いながらもケーキをぱくつく慈。本当は彼が食べたかっただけ、というのは内緒。
「ふふっ、世話をされるのには慣れていませんか?」
ヴァルヌスはミレイの前にさりげなくパンケーキの乗った皿を置いた。
「あ、ありがとうござ――ではなく、私は婿娘殿を」
「さあ飲み物もどうぞ」
言いながらヴァルヌスはさらにジュースを添える。
この様子は逐一デート班へと伝わっていた。彼の意思疎通によりミレイがここにいることを報告しているのだ。
デート班を襲う最大の危険はもう存在しない。あとは存分にデートを楽しむのみである。
「おいしいわねこれ。おかわり!」
テーブルの向こうからは嬉しそうな声が響いていた。
●
波しぶきが飛び交う。ここは船の上。
ひとしきり街中を歩いた後、ルビィは車のキーを人差し指で廻しながらこう切り出した。
「折角来たんだ。ちょいと離れちゃいるが、“うずしお”観に行こうぜ」
そうしてレンタカーに乗って1時間程。観潮船に乗って一同は海の上に来ていた。
「車を持ち出された時はどうしようかと思いましたが」
もちろんミレイ達もこっそりと乗っている。慈とヴァルヌスは苦笑いするしかなかった。
「世界3大潮流の1つで潮流の速さは世界で3番目だが、渦の大きさは世界一って言われてる」
「そうなんだ」
講釈を続けるルビィの横でドゥーレイルは手すりに寄りかかってずっと海を眺めていた。一見すると楽しそうだが何かが引っかかる。それは不調な体調故か、それとも――。
「――大丈夫か?」
ぽん、と
ルビィは小声で語り掛けながらドゥーレイルの頭を撫でた。その手はまるで兄が妹に対するかのように優しく、暖かく、大きい。
「ん」
帽子を取る。特に抵抗するでもなく彼女はその行為を受け入れるのだった。
船が港に戻る。時刻はすでに4時を過ぎていた。
「タダメシ只土産って美味しいよな……いろんな意味で」
お菓子やらお土産やらを買い込んでいる古代。一同は船着き場のお土産屋にいた。
「やー、オツカレサマに御座った」
そこでドゥーレイル達を出迎えたのは虎綱である。
「まさか海の上に出られるとは思わなかったで御座るよ。少しは監視する身にもなって欲しいで御座るな」
「おっと、そいつはすまねぇ」
彼の言葉にルビィは笑いながら返した。
「それよりもほれ、門限で御座るよ」
虎綱の指差す先は時計。
「門限?――あ」
ドゥーレイルは思わず声を漏らした。
「……なにそれ、おいしいの?」
「おいしいで御座る。だからデートはこれで終わりで御座る」
「ぇー。もっと遊びた」
「婿娘殿」
虎綱は目を疑った。婿娘殿、という言葉と同時に目の前にいたドゥーレイルが消えたからだ。
否、脱兎のごとく逃げ出したのだ。しかしそれよりも早くミレイはドゥーレイルの前に躍り出る。
ドゥーレイルの腹目掛けて思いっきりパンチ。
「へごぉ!」
ドゥーレイル、撃沈。
「時間ですよ婿娘殿。戯れもいい加減にして帰りましょう」
「うー、うー」
悶える彼女をミレイはずるずると引っぱっていくのだった。
「相変わらずですねミレイさん……」
その様子を慈は苦笑いしながら眺めていた。
「あ、そうそう。貴女にひとつ、お願いですわがまま、と言ってもいいかもしれませんが」
と、彼は表情を真剣なものにしてミレイに話しかけた。
「彼女が『誰を』敵にまわしても『ミーシュラ家』ではなく『ドゥーレイルさんの』味方でいてあげて下さい。彼女には、味方が必要です。自分を信じてくれる、味方が」
それに対しミレイは渋い顔を見せた。
「私はミーシュラ家のメイドです。婿娘殿は昔からの馴れ合いではありますが、どちらを取るかと言われれば私はミーシュラ家を取らざるを得ません」
「ひねくれもののアドバイスとしてはの」
虎綱も彼女に言った。
「話せば分かる、なんてのは幻想で御座る。特に我らのような人種にはね――それでも信じたいのであれば、まずは知ることから始めなされ」
「……そうですか」
彼女達は去る。その途中、
「うー、うー……あ、ミレイ。ちょっと待って」
引きずられながらドゥーレイルは一同に目を向けた。
「今日はありがとう。すごく楽しかった。それと……ごめんね」
落ちる夕日。暗闇が伸びる。ここには新たな思い出が残されていた。