夏の太陽が平原を照らす。熱さを物ともせぬ様子でステラ シアフィールド(
jb3278)は眼前のミレイにお辞儀を一つ。
「ステラシアフィールドと申します、ミレイ様」
両手でスカートの裾を摘まみ、背筋を伸ばして足を軽く曲げる。カーテシーと呼ばれるその仕草からは、彼女の態度が古くからの―それこそ生来とも言える程の―品の良さを窺うことができる。
「ども。自分、九 四郎(
jb4076)って言うっす。よろしくっす」
その隣で四朗もぺこり、と頭を下げた。スキンヘッドとスーツからある種畏怖のような印象を受ける。
が、喋ればなんということはないまるで犬のような人懐っこさを感じさせるものであった。
「こちらこそ」
ミレイもスカートを摘まみ一礼を返す。それはステラのように優雅ではあるが、それはどこか武骨さも感じられた。
例えるならそれは武人。
「まずはこの自分勝手な決闘に応じていただき有り難うございます」
彼女は謝意を述べた。
「そして同時に、私が最も信じている“力”にてお教え戴きたい」
彼らの剣が果たして「あの時」の礼を述べる適うか否か。
彼女は彼女なりに知ろうとしているのだ。
――撃退士の真意を。
「ところで」
不意に彼女は目線をずらす。その先では周囲を索敵する間下 慈(
jb2391)と、しきりに繁みや樹上を確認する虎綱・ガーフィールド(
ja3547)の姿があった。
「こちらのチェックは終わりましたー!特に問題ありませんー」
「狙撃の心配も無さそうで御座るな」
「――彼等は何をしているのでしょうか?」
「慈曰く、だがね」
矢野 古代(
jb1679)が答えを返す。
「『敬意を込めて対策を練り、尊敬を以て倒す。これが自らの正々堂々』だそうだ」
「はぁ……別に私は何かを隠しているつもりはないのですが」
「この決闘は君から申し出たことだからね。これくらいは勘弁してやってくれ」
「それならば構いません。気にしないことにしましょう」
「そっちはそれでいいんだろうがね」
ミレイの言葉に鷺谷 明(
ja0776)が口を挟んだ。
「我らは貴様の決闘状に応じて参った。故に決闘の方式を問おう」
彼女の言う“決闘”とはどのようなルールで行われるのか。
そも、魔界の決闘と人類の決闘とで違いがあるのではそれは“決闘”と言えるのだろうか。
「いえ」
ミレイは緩く首を振った。
「特に格式に則ったものはありません。そもそもこれは決闘などと申しておりますが正直なところ私闘でしかありません。ただ剣を交えるだけ」
そして彼女は言う。
「剣は嘘をつかない。そのことだけは私にも“わかる”ことですので」
「そうか……それが法というなら私は従うとしよう」
「それと」
「まだ何か?」
古代は首を捻った。
「そちらはその、“陣形”はそれでよろしいのですか?些か疑問が残るのですが」
「……ふむ」
その言葉に古代は煙草に火を点け、そして勿体ぶるように紫煙を吐き出した。
「『決闘とは対等の敵手としか行わない』筈だ」
煙と共に吐き出すのは彼女への箴言だった。
「それとも――婿娘殿への遺恨をはらす決闘への此方が示した条件に対して物言いがあるのか?一武官として、侍女として……『ミーシュラ家の剣』はそのように決闘を曲げろと矜持を掲げているのか?」
「そのようなことはありません。ただ意外に思っただけです」
「意外?」
「ええ。私はてっきり人数や遠距離で一方的に押してくるものとばかり思ってましたから」
メイドのヴァニタスは遙か遠くの空を望む。そこには青々とした空が広がっていた。
「折角の優位性を捨てるとは――いいでしょう。そう来るのでしたら私も手加減は致しません」
一時の迷いは捨てる。彼女が次に口を挟むのは戦いの後。言外に告げる。
これから先は力で語り会おう、と。
●
真っ先に動いたのは撃退士達である。彼らはまず後ろに下がった。
「最初は拙者からで御座る!」
ただ一人虎綱だけが前に出る。他5人は彼を援護するのみ。これこそ彼らが取った“陣形”。
十字手裏剣をナイフのように握り、虎綱はミレイの剣を掻い潜った。
ヒヒイロカネから不快な音と共に激しく火花が迸る。ミレイの懐へと飛び込み接近戦を図る。
「やぁ、お嬢の体調は如何かね?」
そんな最中でも彼はまるで挨拶でもするかのように言った。
「気になりますか?」
日常会話のようにミレイも言葉を返す。だがその大剣は常に虎綱の胴体を狙い澄ましている。
「お嬢と自分は友達だから当然!」
虎綱は身を屈めて剣の軌道をやり過ごした。首を傾げながら。
「それとも、友の心配をすることがそんなに不思議かね?」
「いえ。それを聞けば婿娘殿も喜ぶでしょう」
ミレイは体を回転させながら言った。風切り音が虎綱の耳を通過する。
「ご心配には及びません。おかげさまで命に別状はございません」
「それはよう御座った。ミレイ殿やお嬢とも結構長いからのう。フハハハ!」
「ですが」
2回転、3回転。
ミレイが体を回すごとに大剣は威力を増し、まるでドラゴンの爪のように虎綱に襲い掛かる。
「私は今、剣を以て語るのみと決めております。いざ!」
「っ!」
後方で間下は銃を構えた。一発の弾丸がミレイに放たれる。
彼女は避けない。メイド服に縫い込まれたプレートを利用してその銃撃を弾く。
ミレイの剣が虎綱を捉えた。彼の体をまっぷたつに切り裂いた。
――かに見えた。
「な!?」
ミレイは足を止めた。彼女の大剣にはボロ切れとなったスクールジャケットが巻き付いているのみ。
刀身には肉も血もついていなかった。
「古典的な手で御座るが……これは如何かな?」
遠方の樹上にて虎綱があざ笑っている。空蝉によって大剣から逃れていたのだ。
慈による射撃もその行為を助けていた。ミレイが弾丸を弾いた瞬間に剣の軌道がズレて攻撃が浅い。
そしてそのズレが攻撃後の隙も作り出していた。
「あとは任せたで御座るよ九殿!我々は真意を示す。信じてもらえることを信じて!」
「了解っす!」
一息に後方へと下がる虎綱。そして彼と入れ替わる形で四朗がミレイの前に飛び出した。
すでに祈念による身体強化を施しその戦意は高い。
「さあいくっすよミレイさん!」
衝撃、そして連撃。アウルの奔流が黒い疾風となって曲剣に絡まり大剣とぶつかり合う。
ミレイの剣に纏わりついていたジャケットが衝撃で空へと飛んでいく。それはさながら花吹雪。
「自分、真意がどうとか正直よくわからないっす」
舞い上がる布切れの中で四朗は語る。彼女が決闘状の中に書いた『真意』についてはより適任者がいると彼は考える。
だから決めた。彼はミレイの『真意』を受ける側に立つと。
「ヴァニタスと正々堂々と戦うチャンスなんてそう無いっすからね。全力で、精々命懸けでやらせてもらうっす!」
「その心意気、気に入りました」
四朗の剣を受け止め彼女は語る。
「ならば見事受け切ってみてください。私の剣を」
ミレイは体を捻る。
「アイン!」
裂ぱくの気合い。円舞曲《ワルツ》を踊るようなステップで横凪に大剣を振り回す。
1回転。四朗が身を張って受け止める。
そのまま2回転。
「ツヴァイ!」
「ぐう!?」
再度受け止める。衝撃に四朗の体がわずかに浮かび上がる。
「ドライ!」
3回転。
「危ないですわ!」
それを見てステラはミューズの紋章をかざす。音符型の刃がミレイの足元に突き刺さり態勢を崩させた。
ぎぃ、と何かが軋む音が響いた。
「ぐわぁ!?」
受け止めたサーブルスパーダが悲鳴を上げる。四朗は激しく吹き飛ばされ近くの樹に叩きつけられた。
「痛つ……これはキツイな」
体中の骨と筋肉が痺れ、しばし立つことすらままならない。だが思ったほど傷は深くない。ステラの放った牽制射がダメージを緩和させていた。
「もらった!」
幹に手を置いて立ち上がる彼に向かいミレイは追撃に入る。
「そうはさせません!」
だが、そんな彼女にステラは容赦なく追い打ち掛けた。奇門遁甲がミレイの方向感覚を狂わせた。
「くっ」
ミレイは頭を押さえ足を止める。その隙に四朗は後方へと下がる。
「四朗さん、こちらへ!」
待ち構えていた慈が四朗の体を受け止めその傷口に銃口を当てる。放たれた弾丸が傷を塞ぎ流れ落ちる血を受け止める。
そんな2人の傍らに明は立つ。多少うんざりした表情でAL54を持つ彼はそのまま前へ向かう。
次は彼が前に出る番だった。
「後は任せたっすよ鷺谷さん」
「よかろう」
交差。AL54をヒヒイロカネに収め、入れ替わりに金剛布槍を広げた。
「やはり後ろで撃ってるより前に出た方がいいな。その決闘受けて立とう」
そう言うと彼は踊るミレイの前に立ち塞ぐ。深緑色の布槍が蛇のごとく捻り大剣を受け止めた。
「ぬぅ」
四朗のように体ごと持って行かれそうになる。この円舞曲をまともに止められるものがどれだけいるだろうか。
だが彼は引かない。この決闘を受けると決めた時から彼は自らを縛っている。
「ミレイ君」
彼は笑みを絶えず言った。
「私は決闘に応じた時、ミレイ君の法に従うと言った。この意味が解るか?」
「意味……?」
「縛られることを決めたのも自分だし縛ったのも自分だ。即ちこれこそ我が全力」
彼は語る。誇りとは結局のところ自縄自縛である。自己満足である。
そう思うからそうするのだ。そうだったからそうするのだ。
「もしこれが全力でないと思うなら、全て勝ってからそう言うがいい。そして嘲れ、全力を出さず負けた愚か者、とな」
結局のところ彼は怠惰なのだ。
「貴方の仰ることはよく“わかり”ません。ですが――」
ミレイはその考えに否定も肯定もしない。だからこそ彼女は踊る。
「“わかる”ようにしましょう。そのために剣を交えるのです」
ゼンマイ仕掛けの人形のように剣を振り、そしてぶつけることで相手の『真意』を読み取ろうとする。
「わかってくれとは言わん」
韋駄天切りがミレイのメイド服を穿つ。積極的な攻撃がミレイの身を削る。
「ぬるいぞぬるい、まだまだ足りん!」
そして明も彼女の剣を受ける。回転力を増した剣の力はひどく重い。慈とステラの牽制射撃が入る。剣の軌道が逸れてダメージが抑えられる。
それでも明の体が浮く程にその一撃は重かった。
「はぁ……はぁ」
だがミレイの円舞曲は唐突に終わりを告げた。もともと1対6の数的有利に変わりはない。遠距離からの攻撃も相まって彼女の体には疲労が蓄積していた。
剣を大地に突き刺して彼女は荒く息をつく。だが戦いは終わらない。
ミレイの体を覆うように古代は立ちはだかった。
慌てて彼女は剣を引き抜く。構える。そして踊る。
「やぁあ!」
切る。それを古代はアルティメットおたまで受け止める。
今までの回転によるキレはない。
「最初に謝罪を。見事な武威の剣だ……すまない」
逆に彼は手にしたPDWの銃口をミレイの額に向ける。狙うは必殺の精密殺撃。
距離は密着状態である。引き金を引けば――勝負はあっけなく終わる。
「引いてください」
銃を突付けられた状態で彼女は語る。彼女はありふれた死の瞬間が来ることを予見していた。
だが、
「殺しはしないよ」
かちり。
引き金を引いた。撃鉄が落ちた。だが銃口から何も出ることはなかった。
「なあミレイ。『剣』は楽だろう?持ち手の事を考えずに、振るわれていればいい。だが、持ち手に疑念を抱いてしまったのかもしれない」
彼は静かに語る。後方に居て彼女の真意を汲み取っていた古代。
疑似的とはいえ1対1という状況を守り、そして決闘という言葉に従い何もしなかった彼。
出来る限りの誠意をもって当たる。それが彼の真意だから。
「それは、正しい事だミレイ――勝利をもたらすだけが剣ではない。持ち手を正す力を剣は併せ持つ」
剣は何も言わない。しかし振るわれるだけでもない。特に自ら意志を持っている、自ら語る術をもっているならば。
「それはきっと。『ミーシュラ家の剣』ではなく『ミレイと言う名の剣』になるとき、かもしれんな」
「……」
「この戦いが終わった後で良い。曇りも何もない目で俺達の、撃退士の行動を振り返れ!自分でその意義を考えろ」
「……その言葉」
ミレイは剣を収める。同時に古代も銃を懐に収めた。
「覚えておきましょう。あなた方の真意はこの戦いでよくわかりましたから」
●
ミレイは木に背を預け地面に座っている。さすがに1対多の戦闘に彼女も堪えたようであった。
「拭く物をどうぞミレイ様」
ステラはミレイの傍に膝を降ろす。そして携帯していたタオルを広げて差し出した。
「ありがとうございます――少々失礼を」
彼女は軽くメイド服を緩め、首筋から胸元まで流れ落ちる汗を拭う。
2人の光景は先程まで死闘を繰り広げていた相手とは到底思えなかった。
「いつか、御主人様を抜きにしてお茶会を催したいものですわね」
「気兼ねなくということですか。ですがやはり私達は敵同士なのでそれは……」
「いつか、ですわ」
にこりとステラは笑う。
「……まあ、機会があればですね」
ミレイも凛々しい表情で応えるのだった。
「正々堂々と戦ってくれたこと感謝します」
そんな彼女の下に慈が近寄る。座る彼女と目線を合わせて静かに彼は言った。
「だからこそ正直に言います。あのとき僕らは毒など盛っていません……信じて、とは言いません。誰を信じるかは貴女にお任せします」
「剣は嘘をつきません。互いに剣をぶつけあなた方の真意を探りました。その言葉信じましょう」
「自分はただ単に正々堂々戦っただけっすよ」
「だからこそです」
ミレイは語る。剣に邪なものを感じなかった、と。
「あなた方はやろうと思えばもっと有利に戦うこともできたはずです。ですが、わざわざそれを捨ててまで正々堂々と戦ってくれました。ならばあの場で毒を盛るような卑怯者ではありません」
「毒?愉しくないね」
楽しめもするが、と明は言う。その一方で慈はほっとした表情を浮かべていた。
撃退士達の疑惑は本当に晴れたのだから。
「信じて貰えたようで何よりで御座る」
虎綱も安心したように言う。
「お嬢と自分は友達で御座るからな!勝手にそう信じている!なればこそ、友の疑惑が晴れたのは嬉しい限り。お嬢によろしくお伝えくだされ」
「承知しました――さて」
そう言うとミレイは立ち上がった。疲労はもうだいぶ抜けたらしい。
「私はそろそろ戻らなければなりませんね。この決闘はあくまで私闘なのであまり長居できないので」
「では、また戦場か、お茶会でお会いしましょう」
「……道中お気をつけて」
「ええ」
ミレイは彼らの前から去っていった。
●
そして彼女の頭の中には最後の疑念が残る。
(やはり撃退士達でないとなると……誰が婿娘殿に毒を?あの場に居た者で残りは――婿殿?)
そこまで考えて頭を降った。それはあり得ない。
(婿娘殿は婿殿の実の娘……いくら嫌っててもそれはないでしょう)
あり得ない。そう――彼女は考えるのだった。