「ようこそいらっしゃいました」
ドレスで着飾ったドゥーレイル・ミーシュラ(jz0207)が一同を迎え入れる。
「久遠ヶ原学園高等部3年、藤咲千尋だよ!!今日はお招きありがと!!よろしくねー!!」
儀礼服姿の藤咲千尋(
ja8564)は太陽のような笑顔で応えた。そして仲の良い友達同士のようなハグ。はぐはぐ。
「また会えて嬉しいの〜」
千尋の後ろからぴょこぴょこと綺麗なドレスでおめかしした若菜 白兎(
ja2109)が近づく。
「フェリーではお世話になったわね。私も会えて嬉しいわ」
「この度はお招きいただきありがとう御座います」
フォーマルな服装に身を包み虎綱・ガーフィールド(
ja3547)は丁寧に頭を下げた。
「わたくし共も一度皆様と直接お話したいと思っておりました」
対するドゥーレイルもスカートを軽く摘まみ上げ返礼。
いつになく丁寧な挨拶を交わす虎綱とドゥーレイル。しかし双方の脳裏ではこの言葉が浮かんでいた。
こいつ「猫」被ってやがるな
「フハハ」
「ふふふ」
「…?」
純粋な眼差しで見つめる白兎の横で意味深に笑う2名。はっきり言ってコワイ。
「娘のお茶会の為にご足労いただき実に痛み入る」
青のスーツに身を包み、胸元の赤い薔薇が目を引く悪魔コーが出迎える。
「悪魔のお茶会…ってか?気分は不思議の国のアリスってトコだな」
小田切ルビィ(
ja0841)は飄々とした様子で言った。
「この度はお招きに預かり光栄至極。俺は小田切ルビィ、宜しく頼むぜ?それとこれは土産だ」
そう言ってルビィはミレイに包みを差し出す。それは緑茶とみたらし団子。
「洋風だけだと面白味がねぇからな」
「わざわざありがとうございます小田切様」
「毒なんざ仕込んじゃいねえけど。後々面倒な事になるのも嫌なんで念の為チェックしてくれても構わないぜ?」
「僕からもお土産ですー」
間下 慈(
jb2391)はミレイに袋を差し出した。水鳥「カイツブリ」の形を模したお菓子であった。
「滋賀の銘菓ですー。愛嬌があって可愛いでしょ?」
「変わった形のお菓子ですね。こちらも後ほどテーブルにお出しします」
「どうぞヴィルトさん」
黒井 明斗(
jb0525)も持ってきた青いバラを差し出した。
「あおい!」
受け取ったヴィルトが興味深く観察する。その様子を満足げに見ながら、
「花言葉は、祝福、奇跡――それともうひとつ」
明斗は目を逸らしつつ小さな箱を差し出した。
「スカートの下が無防備なのは女性として如何なものかと」
「ぅ?――お!」
ごそごそ、と。彼女はそれを取り出すと高く掲げあげた。
「ぱんつ!」
――ざわっ!?
「た、ただのショートパンツです!後ででいいですから、ちゃんと履いてくださいね」
ドゥーレイルはテーブルの上に置かれたケーキを指す。
「そこのケーキウチのメイドの力作なんだけど食べてみない?」
明斗と慈、そして白兎の3人が所望。その傍らでミレイは激しく動揺していた。
そしてぱくり――。
「……この超☆あまいケーキは魔界の文化なんですか?」
「ぐはぁ!」
血がでた!
「み、ミレイさん!?」。
「くく、ミレイたら相変わらず味付けが大雑把すぎるのよねぇ。ぷふぅ!」
「だ、だから私は料理を禁じられているとあれほど――!」
「いえ、なかなか特徴的な味でしたよ」
明斗は冷静に答える。失礼にならないよう表情には出さない。
だが紅茶に入れるため取り寄せたはずのシュガーポットに手を触れようとしない。
「このお菓子を作ったのって、そちらのメイドさん……ですか?」
白兎はミレイを見上げて言った。
「前会った時、お姉さんが『ぜひ一度味わってみて』って言ってたから、今日いただけるのかなって楽しみにしてたの。とっても美味しいの」
「……婿娘殿?」
「お、美味しいって言ってくれてるんだからいいじゃない!?」
お茶会は和やかー(?)に進んでいく。
「最近どんな事してるの?どこか遊びに行ったりした?」
白兎は正面に座るドゥーレイルに聞いた。
「最近はねぇずっと部屋に籠って本を読んでたわ」
「そうなのー?」
「そうなのー」
「そういえば」
唐突にルビィはコーに視線を向ける。
「単刀直入に聞くが。アンタが愛媛のツインバベルを攻略するとしたら、どう動く?」
「塔が二つ、思考も二つ。思考が反目する時を狙う」
「果たしてそんな時が来るのかねぇ?」
「さてね。それか僕達と共闘するというのはどうかい?力を合わせて天使達を討とうじゃないか」
コーの口元がにやりと歪む。彼の瞳を見据えていたルビィも笑う。
「悪魔らしい甘言だな。とりあえずあんがとよ。タメにはなったぜ?」
「そうかい?だが悪魔というものは往々にしてその根本原理に忠実である。深く考えるほどその“深み”に嵌るものさ」
●
「ヴィルトがあなた達に聞きたいことがあるんですって」
突然ドゥーレイルの声がテーブルに響いた。
「ぅぇ!?ぇーっと、『くおんがはらのがくえんせいかつ』ってたのしいのか?」
「楽しいよ!!」
千尋は元気にそう答えた。
「いろんな人がいていろんな事を考えてる。今度遊びにおいでよ!!」
「そうなのか?楽しそうなところなんだな!」
「ふむ。まあ、楽しいことだけでは御座らんがな」
彼女の言葉に虎綱が続く。
「辛いことや向き合いたくないこともある。しかし失敗も学べる場と考えれば必要なのであろうな」
白兎も言う。
「戦うのは怖いですけど、毎日が美味しいものいっぱいで楽しいの。でもお父さんとお母さんにあんまり会えなくなっちゃったのは寂しい、の」
「楽しい事もあれば辛い事もあるぜ」
今度はルビィが応えた。
「とても有意義で楽しいですよ」
明斗も声を重ねる。
「友人も出来ますし、ヴィルトさんもいらっしゃいませんか?」
「ぅー?」
彼らの言葉に学園も楽しそう、行ってみたいと思う。が、彼女は戸惑っていた。
「でもそっち行ったら、ミレイ達やメフィストフェレス様と戦わないといけないのか?」
●
「僕からも質問しよう」
青いスーツの悪魔は言った。
「正面から戦う騎士と背後から策を巡らす隠者。どちらが好きかい?」
「どっちも大事だと思うですけど……騎士さんの方が格好良いの」
コーの言葉に白兎は答える。
「騎士と隠者、好みで言うなら騎士かな??でも策を巡らすのって自分にはあんまり出来ないからすごいなーって尊敬するよ!!」
千尋に続いたのは虎綱の言葉。
「某も読み物としては騎士のほうが好きだ、憧れるね。が、某は自分の弱さも臆病さも知っている。某も格好良く勝ちたいがそれは出来んしの」
「僕は策士です」
最後に慈。
「戦うのが目的の人は戦わないと納得しないでしょうが損得のわかる策士さんなら交渉次第で戦闘を回避しえますから……正直、単に戦うのがイヤなだけなんですが」
「ふむ。君達はどちらかというと騎士に好みが傾いているわけだ」
(隠者は悪魔、騎士は天使――人間は潜在的に騎士団に好意を抱きやすいのか?これは面白い)
コーは興味深そうに頷くのだった。
●
「ミレイも聞きたいことはないかい?」
「私ですか?ではお客様方が戦いにおいて大事と考えることは?」
「もちろん勝つこと」
虎綱は答えた。
「しかしただ勝つのではなく先に続く勝利でなくてはならない。戦いは勝って終わり、ではないからの。むしろその後のほうが大変で御座ろう」
「私が戦いで一番大事にしてるのは、全員で生きて帰ること!!」
千尋の答えが続く。
「自分と仲間全員、誰も欠けずに学園に帰りたいって思ってる。わたしは後ろの方から弓を使う事が多いんだけど守ってもらうことも多くって…だから、歯痒くってね。
仲間が傷付いたらその傷を癒せるようになりたい。仲間を守れる盾になりたいって思うようになったの。
でも自分を犠牲にするんじゃなくて、自分も仲間も生きるのがいいなって思ってる!!」
「何をおいて戦う目的とするかです」
明斗は言った。
「目先の勝利と最終的な勝利は別物でしょう?」
「『渇望』ですかね」
慈が答えを重ねる。
「絶対に勝ちたい。絶対に助けたい。絶対に見t…げふげふん、そうした渇望が時に圧倒的な力量の差を埋め、時には覆してきたのを何度か戦場で見てきました。気持ちだけで凡人は勝てませんが、気持ちがなくては天才でも勝てない…と思うのです」
「なるほど。私が大事に考えることは単純に正面から敵を撃ち払う“力”です」
ミレイは感心するように言った。
「ですが誰一人として同じ答えがない。面白いものですね」
●
「それじゃあ、最後は私の番ね」
ドゥーレイルは嬉々として言った。
「『自然数nを3以上と仮定して、X^n+Y^n=Z^nが成立する0以外の自然数X,Y,Zの解は存在しない』ということを証明して♪」
しーーー、ん……
「証明問題?」
ようやく千尋が声をあげた。
「何それわかんない…スマホで調べてもいい?」
「相手を困らせるだけの質問は発展性が無い。レディーとしてもどうかのう」
虎綱は言った。ちらりとコーを見る。
「ディーそれはどこで覚えた?」
不機嫌そうな言葉だけが彼の口から小さく漏れ出ていた。
「え?この前読ませて貰った本のテーマがそれだったの」
「そういやディー殿の――」
「誰がディーと呼んで良いっつった?」
ドゥーレイルは実に良い笑顔で、しかしドスの効いた声で言った。
「サインも数式をもじったもので御座ったな。そういったものがお好きかね?」
「アトデコロsげふんげふん、普通よ。普通」
「しかし“フェルマーの最終定理”を証明しろってか?」
呆れるようにルビィ。
「数学者じゃあるまいし、別に数式による証明を期待してる訳じゃねーよな?だったら答えは『解無し』だ」
「あら、どうして?」
「数学で『絶対に存在しない』って事を証明すんのは不可能だからさ」
「ふぅん――」
「なんでそれが聞きたいの??」
首を傾げて千尋は聞いた。
「なんでそれをわたし達に聞きたかったの??」
「『絶対に答えられない質問』にあなた達がどう答えるか知りたかったの。私は『不変』が大っ嫌い。特に『わからない』を『わからない』ままにするのがね。
そういう意味では千尋のようにわからないなりに調べたようとしたり、ルビィのように独自の答えを出したのは見所があるわ。まぁ、ちょっとユーモアが足りてなかったけどね♪」
●
「紅茶のおかわりを戴けますか?」
「どうぞ」
ミレイはお手本のような動作で慈のカップに紅茶を注いだ。
「紅茶は美味しいのに……あ、いえいえー。そういえばメイドさん間で研修会を開かれていたそうですが、どれくらいメイドとして働いてらっしゃるのですか?」
「私ですか?まあ随分昔とでも申しましょうか……」
「そうですかー。戦いは好きではないのですが、皆さんと戦うのは少し楽しみです」
「私もあなた方との戦いを心待ちにしております」
「ヴィルトさん」
「なんだー?」
明斗はヴィルトを呼び寄せた。
「この前、手合わせしましたが強かったですね、名のある方に仕えてるのでは無いですか?」
「ヴィルトはメフィストフェレスさまのメイドだぞー?」
「どんな方ですか?」
「ぅーん?なんかむづかしいことばかり言ってよくわからないかた」
「よくわかんない?」
ヴィルトは「うん」と首を縦に振った。
「ディー砂糖はいるかい?」
「ありがとお父様♪」
紅茶を手にしたドゥーレイルにコーはポットを手渡す。スプーンで紅茶を混ぜ、それに口付ける娘の姿にコーは微かに笑みを浮かべた。
「さて、そろそろお茶会もお開きね」
そうして彼女が立ち上がったその時である。
――がた、ん。
急にドゥーレイルが崩れ落ちた。
「な――!?」
突然の出来事に場は騒然となった。彼女の体が細かく震え、そして顔色も蒼白としている。
明らかな異常に明斗は素早く彼女へと駆け寄った。
「どこか安静に出来る場所は?」
そう言いつつクリアランスを施す――が、できない。
彼の前にコーが立ち塞っていた。
「やってくれたな」
その表情は怒りに塗れていた。
「考えなくもなかったがまさか毒を盛るとはね」
「ちが――」
「違わないというならこの状況はどう説明する気だ?」
「……盛ったのはアンタか?」
「ルビィさん!?」
症状を観察し、場を穏便にしようとしていた千尋は突然言い放ったルビィの言葉に驚く。
彼は明らかにコーを警戒をしていた。
「毒を盛るだけでなく濡れ衣まで着せるとは呆れるよ。証拠は?」
「あんたらの目を掻い潜って毒を盛れる奴が居るとは思えねぇ」
「それは証拠ではなく憶測だ。ミレイ、ヴィルト。お茶会は中止、ディーを至急中へ」
「はい」
「わ、私なら夜鶯で治療が――」
「ぐるる……」
ヴィルトが千尋に対し牙を剥き出す。それは明かな“敵意”。
「この始末は後日必ず付けさせて頂きます」
助けたい行動も毒を盛った嫌疑がメイドの警戒心を呼び起こしていた。
何もできない。
助けたくても助けられない。
そう思われたその時である。
「待ってなの!」
白兎が必死にミレイのスカートにしがみ付いていた。
「今助けなかったらきっとお姉さん死んじゃうの!だから助けさせて!」
「――若菜様」
「変な事なんかしないの!…お願いなの」
彼女は必死だった。
ただただ、助けたい。その無垢な心で彼女はミレイに縋る。
「交戦の意思はない。治せる者がいるのだからさっさと治療させるで御座る」
虎綱は両手を上げて言った。
「そうですよー」
その傍らで慈は彼女を説得する。
「僕らを疑うのも当然ですが、彼女のように必死に治療している人がいる時点で毒を盛る意味はありません。盛って治すんじゃ辻褄あわないじゃないですか」
「そうして僕達に恩を売る気かい?」
「いいえ」
コーの揶揄する言葉に首を振った。
「自作自演を疑いになるならば『こちらからは何も要求しない』。つまりそもそも恩も何も売らないことでその反証とします」
「――本気ですか?」
ミレイは言った。
「私達は本来敵同士です。それでもお客様は見返りなく婿娘殿を助けたいと仰るのですか?」
「それでも」
白兎は頷いた。
「それでも、助けたいの」
「……わかりました」
「――!ありがとなの!」
すかさず彼女の傍に白兎、明斗、千尋の3人が近寄り治療を施した。
程なく彼女の震えが止まる。血色がよくなる。意識は戻らないまでも小康状態になったようだ。
「よ、よかったなの〜……ぐす」
白兎は安堵のあまり泣きそうだった。ミレイもヴィルトも肩を降ろす。
(……チッ)
コーだけは内心毒ついていた。
(見返りも求めずこれ程まで助けようとするとは――理解できない。一体どういうつもりだ?)
●
「婿娘殿を手当していただき真にありがとうございました」
疑惑は晴れた。
「とはいえ一時的ということをお忘れなく」
毒を盛った犯人はわからず終い。しかしドゥーレイルの命を救ったという事実に変わりはない。
彼らの言葉、そして行動から悪魔達は何を得たのだろうか。そして彼らが得たものはこれからの四国をどう導くのであろうか――。