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野生児の咆哮が響く。動物たちはその勇ましさに自ずと進軍の道を譲っていた。
重戦車のようなサイ、その周囲を跳ねる鹿、そして木々の枝を次々と飛び回るオランウータンのディアボロ達は戦闘のメイド少女に続いていく。
「さあ、このままつっきるぞ!」
少女の言葉に吠え声高く。ディアボロ達はそのまま市街地へと侵入するかと思われたそのとき。
――からん、からん。
――からぁん。
「んにゃ?」
突然軽やかな音色が響いた。そしてこれまで透過していた木々が障害物となってその行く手を阻む。
それは阻霊符の効果。天魔の透過を無効化させる人類のアイテム。それこそ英知。
「うにゃ!?」
彼女らの目の前に隕石のようなコメットが降ってきたのはその直後であった。
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「コメットの着弾を確認、サイ型の足が止まりました!」
黒井 明斗(
jb0525)は重圧により敵の歩みが止まったことを確認する。
「よくもまぁ、これだけ種類を集めたもんだ。ひ、ふ、み……調教師のが向いてるんじゃねぇか?」
真っ先に飛び出した向坂 玲治(
ja6214)が敵の数を数えながらその背にオーラを纏う。
それは敵の注目を引くタウント。敵が街へ目指すというなら、こちらに引き付け時間を稼げばよい。
「どうにも動きが単調な気もするが……まぁ目先の事から片付けるか」
考えるのは後だ。そう認識し彼は戦場を駆けた。
「ほら来いよ……紅葉鍋にして食っちまうぜ」
鹿型のディアボロが彼に首を向ける。その眼差しは草食動物のそれではない。
そして玲治の頭上で梢が揺れた。
「おわ!?」
突如、粘着く液体が彼の顔面へと降り注いだ。
「う、臭え。あの野郎、唾引っ掛けやがった」
樹上でオランウータンの笑い声が響いていた。そして気付けば玲治の纏うオーラが消え、鹿たちがそっぽを向いている。
「唾とかまぢ萎えるし……ぜってー避けてやるっ!」
木々を渡るオランウータンへ佐藤 としお(
ja2489)はトゥルビオンの引き金を引いた。
身軽な動きを見せるオランウータンには当たらない。敵はとしおをあざ笑っている。そしてひらり、と身を翻す。
「残念。狙いはそこじゃないんだなこれが」
ぼきり、という乾いた音が響いた。オランウータンが掴む枝が突如として折れたのだ。
彼が狙ったのは枝。それも敵が掴むところを予見し、掴んだ瞬間に折れるように仕込む。
「は〜い、地獄の2丁目へいらっしゃい♪」
そこへ御堂 龍太(
jb0849)のストレイシオンが地を這うように襲い掛かった。
ハイブラストの一撃がオランウータンを地面へと完全に追いつめ、そして龍太本人がすかさず近寄ってその鼻面にロッドの先端を突きつける。
「たっぷりもてなしてあげるわ。釣りはいらないから遠慮しないでね!」
薔薇の形をした砂色の石。そこからアウルの奔流が迸りトドメを刺した。
流れるような連携作業であった。
「謎のメイド少女……一体何者なんだ……」
遁甲の術で身を隠しながら虎綱・ガーフィールド(
ja3547)は駆け抜ける。さながら疾風のような動きは飛び跳ねる鹿の背後を確実に取っている。
十字手裏剣の刃が鹿の足を抉る。飛び跳ねる鹿の動きが僅かに鈍った。
「もらったよ」
その隙に紫園路 一輝(
ja3602)の抜刀・煌華の刃が光る。抜き放たれた光波が鹿の体を切り刻むのだった。
ふと、鹿の体が発光を始めた。ふんわり、とした光が四肢を包みこんでその傷を癒し始めた。
回復スキル。しかしそれを黙って見逃すような鈍い者はここにいない。
「その隙、戴きましたよー」
木々の間を縫って間下 慈(
jb2391)の銃弾が鹿のディアボロを襲う。
「みんな!」
流れるような連携攻撃にあっという間に味方をやられメイドの少女は目を見張る。そして向けるは憎悪の表情。
「お前たちよくも!!」
少女は槍を振り回した。そして枝を飛び越え攻撃しようとしたところで、
「わぷ!?」
彼女の顔に何かが引っかかった。
からから、と音を立てるのは最初に聞こえた音と同じ。それは木と紐を組み合わせて使った鳴子。
『それボクが作ったんだよ☆』
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は少女へ言った。
『本当は赤外線装置も作りたかったんだけど部品がどうしても手に入らなくてねぇ♪代わりにそれをたくさん仕掛けたんだけどどうだった?』
「ぅー、邪魔だぞこれ!」
少女は顔に絡み付いた鳴子を引き千切る。そして遠吠え激しくジェラルドへ槍を突きだした。
『ほぅ……可愛らしいけども……力があるから危険だねぇ☆』
パイオンの糸を手繰り少女を襲う。が、彼女は身を翻すと樹上へと逃れた。
『あはは☆身軽だねぇ……スゴイよ☆動ければ、ね♪』
距離を取りながら分析するように少女を値踏みするジェラルド。一方少女はというと、八重歯を剥きだして威嚇するように吠えていた。
「なんだお前たちは。もしかして“ぶれいかー”か?」
『その通り☆』
「アオオオオオゥゥゥゥゥ!!」
突如、少女が吠える。
木の葉を揺らし、鳥達が飛び立ち、遠くの動物達が慌しく遠吠えを返す。ディアボロと戦う者達も思わず少女へと目線を向ける。
「そうか!お前たちが“ぶれいかー”か!」
そうして少女は太陽のように笑い、スカートの裾を摘まんでぺこりとお辞儀をした。
それは相手を見下すものでも嘲笑するものでもない。純粋なる“喜び”の笑いであった。
「ぶれいかーってつよいんだな!じゃあお前たちは立派なヴィルトの“お客さま”だ!」
「ヴィルト?それはあなたの名前なのかしら?」
「うん!ヴィルトはヴィルトっていう名前だぞ!」
「へぇ」
ヴィルトの言葉に龍太は頷くように少女を見つめた。一方で一輝は簡単に名前を明かした彼女へ呆れるような視線に向けている。
「なんか、随分と頭が軽そうだね。ヴィルトは狼のディアボロにでも育てられたのかな?それとも木の又から生まれたのかい?へい、へい。さっさとお家に帰れ」
「ぅー?狼はヴィルトのともだちだし、木から悪魔はうまれないぞー?」
少女は一輝の挑発に首を傾げた。煽りに強い――というより、言葉の意味がよくわかっていないようだった。
「ヴィルトは難しいことわかんない!けどお前たちがつよいというのはよくわかった!だから狩る!それで褒めてもらう!」
「それがあなたの目的なのかしら?」
龍太の言葉にヴィルトは再び「うん!」と元気よく答えた。
「褒めてもらうとは随分と単純な動機ねぇ。誰にかしら?」
「メフィストフェレスさま!」
「そう。後、あなたメイド服なんてつけてるけど、それ誰の趣味なのよ?それもメフィストフェレスさま?」
ヴィルトはメイド服を着ている。だが、彼女の態度はどう見てもメイドらしくない。それに対してヴィルトは「ぅ?」と不思議そうな眼差しを向けた。
「ヴィルトはこれを着ろって言われてるから着てるだけだぞー?」
「どうも話が噛みあわぬな。ところでメイド服とはおぬし……んーミレイ殿の御同輩かね」
鹿のディアボロと戦っている虎綱はそのままヴィルトに問いかけた。
「ぅー?なんだおまえ。ミレイ知ってるのか?」
「某か?まあ知ってるもなにも――某はミレイ殿とお嬢の(自称)友達で御座る!」
「ミレイとともだちなのか!」
「おやー。その様子だと、やはりヴィルトさんはミレイさんの同僚なんですねー?」
「どうりょう……?」
「同じミーシュラ家に仕えるメイドなのですかー、ということですよー」
慈がヴィルトの会話に混ざる。それでもディアボロ達の動きを見逃さないよう索敵を続けているの姿はさすが手慣れたものであった。
「けど、あの、ミレイさんにも言いたかったんですが……ミーシュラ家のメイドはもっとこう……お上品にはできないのですか、スカートとか」
ヴィルトは「ううん」と首を横に振った。
「ヴィルトはミーシュラのメイドじゃないぞ」
「ミーシュラ家じゃない?じゃあ何家ですか」
「むかし“けんしゅう”とかいうので行ったことがあるだけだぞ。そのときミレイによく世話になった!」
「そうで御座ったか。ドーモ=はじめまして。虎綱・ガーフィールドです」
「おう!はじめましてだぞ!」
「うむ、良しなに。ところでそういやミレイ殿とディーのお嬢は息災かの?」
「ディー……?それってドゥーレイルのことか?それアイツの前で言うとすごい怒るのによく――ん?」
その時、オランウータンのディアボロが彼女の肩をつついた。そして口元に人差し指を当てる。
「あまり離してると叱られちゃう?そっかー、それじゃ――」
そういうとヴィルトは軽く膝を曲げた。スカートがはしたなく翻るのも気にせず。
「“狩り”の続きだ!邪魔なお客様は追い返しちゃえ!」
彼女は樹を登り、遙か上から撃退士へと襲い掛かるのだった。
その様子を慈は索敵しつつも見上げている。それは偶然であった。
「……え?」
彼はかぼちゃパンツ(正確にはドロワーズだが)を想像していた。だが意外にも見えるのはどこまでも健康的な小麦色の肌ばかりである
「まさかはいてな……!?」
木漏れ日から零れる日差しはとても眩しかった。
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ヴィルトは槍を凄まじいスピードで幾度となく繰り出した。その間隙を一輝はひたすら避け、苦しいながらも剣で弾き続けていた。
「大した槍捌きだ。まさしく野蛮人と言った方が感じかな?」
「“やばん”ってなんだ?とりあえず褒めてくれるならヴィルト嬉しいぞ!」
『槍を持つよりまずは国語の教科書を開くといいと思うよ☆』
ジェラルドがヴィルトの背後に廻る。
「さってマスター、黒井が居ないのは残念だが何時もの様に一対複数で行きますか」
『うん☆』
一輝はヴィルトの鋭い一撃を辛うじて受け止めた。その間にジェラルドがHTを仕掛ける。見事な連携攻撃、しかしながらヴィルトの身体能力はそのさらに上を行っていた。
「うりゃ!!」
パイオンの間を器用にすり抜け彼女は踊る。まるで小鹿のようなしなやかで体を動かすと2人から距離を取った。
「ぉぉー、今のはヴィルト危なかったぞ!」
ヴィルトは離れたところで小躍りしていた。その様子は無垢で無邪気な少女そのものである。
「今の動き見ました?あれは小細工でどうこうというレベルを超えています」
『うん。あの高い身体能力こそあの子の強力な武器ということだね』
回りくどいことは一切ない。ただ、単純に自己の非凡なる身体能力のみを頼みとする敵。すごく単純。実に明快。だからこそその力は強大で恐ろしい。
『でも、単純ということはわかりやすいということでもあるよね☆』
ジェラルドは何の心配もないとでも言うような笑みを浮かべるのだった。
サイ型のサーバントを相手していた明斗は軽く息を吐きながら対峙していた。
「硬い……魔法攻撃でもこれだけ弾くなんて」
重圧で足の動きが止まった敵を槍で攻撃する。だが皮膚の深いところまで突き刺さることは一度もない。
サイの鋭い角が明斗へ襲い掛かった。
「おっと、そうはさせませんよ」
審判の鎖がサイの体を拘束。巻き付いた鎖は麻痺による痺れを与えサイの攻撃の手を封じていた。
そしてまた槍による一方的攻撃。正面には立たない。常に横を突く。まるで教科書通りとでも言うべき堅実な戦い方である。
そのおかげで敵を市街地へと向かわせることはない。敵の進軍は彼の手によって確実に停止していた。
「そう簡単に、僕を抜けると思わないで下さい。皆さんが敵を掃討するまでは、もちますよ」
そんな彼らの真上をオランウータンが飛び回る。としおは闘気解放。
「メイドさん、動物語も話せるんですね?」
先ほどのオランウータンとヴィルトの会話を見てとしおは率直な感想が漏れた。そんな彼にオランウータンはスキルを打ち消す唾を飛ばす。
「だーかーらー、それやめろっつーの!」
木を盾に唾を躱す。反撃に銃声。二対一組の拳銃から銃弾が飛び、オランウータンの胸を撃ち抜いた。
「コートに掛かってないよなぁ。帰ったら一応クリーニングに出し……!」
はっと上を向いた。そこには3匹目のオランウータンが樹上より彼を真下に見据えていた。
そして今まさに襲い掛かろうとしたその時、
「よそ見てると危ないわよ」
他方からストレイシオンのブレスがオランウータンを打ち落とす。空を飛べないストレイシオン、敵の頭上を取ることはできないもののサポートは万全。
「よっし、これで何の気兼ねなく戦えるぜ」
玲治はその体に再びタウントのオーラを纏う。そして目を付けた鹿へと鋼のような一撃を放った。
「お返しだ……俺の一発は痛ぇぜ」
強烈な一打、それは一撃で相手を致命傷に追い込むもの。鹿のディアボロが勢いよく吹き飛んだ。
「木が邪魔なら、それごと撃ち抜きますー!」
慈の銃口からピアスジャベリンの光跡が伸びる。それは生い茂る木々を貫通し、向かいにいる鹿の体を撃ち抜いていた。
「ぅーぁー!」
ヴィルトは味方の危機へ駆けつけようとしていた。だがそれを一輝とジェラルドの2人に邪魔をされる。
進路は無理に塞がない。だが、連携により常に横槍を入れることで彼女を釘付けにしている。
しかも大ダメージを与えてもジェラルドは貪狼で攻撃と同時に回復。一輝もサイを釘付けにした明斗からライトヒールを受け元気を取り戻している。
戦闘では優位に立っている。しかしなかなか2人を倒せない。
「邪魔するな!どけー!」
『ダメダメ☆キミはお兄さんと遊んでいようね☆』
そうこうしているうちに最後のサイも駆けつけた玲治を始めとした集中攻撃により退治されるのだった。
「ディアボロは全滅しちゃったけど、まだやるかい?」
一輝の言葉にヴィルトは力なくうな垂れた。ディアボロが為すがまま倒されたのが悔しいのか涙が頬を伝っている。ぐしぐし、と腕で顔を拭うと彼女は素早く踵を返した。
「ぅー!必ず仇はとってやるからなー!」
木々を乗り越え、彼女は元来た山奥へと向かうのだった。
「逃げたか。此処で逃がすのは癪だが……まぁ、仕方ねぇか」
敵は悪魔である。下手に深追いすれば逆にこちらが危うい。玲人はため息をつきながら力を抜いた。
「敵の突入を防げただけでも良しとするかね」
「そうですねー」
玲治の判断にとしおは頷くのだった。そして何か思いついたように人差し指を天にぴん、と向ける。
「そうだ。せっかくですし近所の美味しいラーメン屋さんにでも寄っていきましょう」
「そりゃいいな……あー、だがその前に風呂だな。クソ、唾で体中ベタベタする」
としおは苦笑いするしかなかった。
「また戦う気なら、今度はもっと女を磨いてから来なさいな。あたしみたいにね」
逃げるヴィルトの背へ龍太は言葉を投げかけた。ヴィルトは聞こえているのかいないのか短く遠吠えを上げるのみである。
「ハッハッハ!また会おう!」
手を振って虎綱はヴィルトの背を眺めている。
山林での戦いは終わった。しかしこれは、四国を舞台とする新たな戦いの始まりと誰しもが予感するのであった……。