●決行前の秘め事
「それでは行って参ります」
「行って……きます……」
屋敷の勝手口から2人の女が歩み出た。
片方はまるで芝居の2枚目看板から飛び出てきたように麗しく、すれ違う女たちは総じて彼女を振り向いてゆく。
対してもうひとりは地味で野暮ったい、いかにも農作業が似合いそうな田舎娘であった。しかしおどおどとした様子とは裏腹に、その大きい胸は男達の注目を一身に集めている。
良くも悪くも注目を集める2人だった。
「ふふ、こうも簡単に信頼されると張り合いがないな」
美女――エクレール・ポワゾン(
jb6972)は隣を歩く露原 環姫(
jb8469)へ囁くように言った。
「そうですか?私はいつも通りにやっただけですけど」
周囲から一歩引いた様子を覆し、環姫ははっきりと彼女へ返答する。エクレールは環姫の肩に手を伸ばした。
「“いつも通り”を“いつも通り”行えることが環姫の良い所さ」
耳元で囁く。周囲の町娘たちは密やかに悲鳴を漏らした。
「もう、エクレールさんったら……冗談はおよしになって」
「またまたご謙遜を。時に田舎娘、時に名家のお姫様。しかしてその正体は義賊の娘……」
「エクレールさん」
咎める視線。エクレールは「おっと失礼」と悪戯っ子のようにちろりと舌を出すのだった。
「あまり油を売ってるとお局様に怒られますから、早く参りましょうか」
エクレールはお姫様のご機嫌を取るように手を差し出した。それを環姫は元のおどおどとした表情で掴む。
2人に言い渡されたのは今晩の献立でつかう料理の材料を買ってくること。しかし彼女らは八百屋を過ぎ、魚屋を過ぎ、辻を行き交う豆腐屋の声を背に受け進む。追っ手の姿はない。
遠回り遠回りすることおよそ半刻。2人がたどり着いたのはとある旅籠であった。
●久遠之義賊密談ノ事
からり、と丁寧な仕草で襖が開ける。部屋の中央にはすでに3人、車座となって彼女達を待ち構えていた。
「来たね。待ってたよ」
カロン(
ja8915)は到着したエクレールと環姫を招き入れる。その一方でメフィスト・ロマーノ(
jb2594)は広げた和紙に墨で何かを書き込んでいた。
「だいたいこんな感じでしょうか……ああ、2人ともちょうど良い所に。ちょっと見てもらえますでしょうか?」
顔を上げるメフィスト。そして和紙を反転させて2人に良く見えるように配置する。
そこには悪代官の屋敷の詳細な見取り図、そして金蔵の場所が詳細に描かれていた。
事前に彼女らは悪代官の屋敷へと奉公人として潜入していた。そして少しずつ屋敷の構造や宝の収蔵場所を漏らし続ける。その成果が今日、こうして結実することとなる。
「間違いはありませんか?」
2人の頷きにメフィストは満足げに筆を置いた。そして傍に座る平野 渚(
jb1264)へと目くばせを送る。
「だいじょぶ……周りは誰もいない」
渚は周囲の気配を探りながら言った。
「それでは最後の詰めを始めます。久遠之義賊ここにありということを、悪代官に見せつけてやりましょう」
義賊達は互いに頷きあうのだった。
「あの悪代官、いろんな商人からワイロ、もらってるって……協力者から聞いた」
「それは許せないね」
渚の情報にカロンは眉を顰めた。
「あのお金は元々、僕ら町民達ががんばって稼いだお金だろ?正規の価格以上の手数料を持っていくのは、商人の風上にも置けないさ」
金は天下の廻り物。テンマヤが収益をどう使おうと勝手だが、それを金持ちが私腹を肥やすために使うというなら話は別である。
あってもなくても変わりはしない。ならばそれは『盗られて困らぬお宝』であろう。
「泥棒は泥棒から返してもらうだけだよ」
にやり、と。カロンは白い歯を見せて笑ってみせるのだった。
「決行は今日の子の刻としましょう。他になにか?」
メフィストの言葉に一同は首を振った。それを確認すると彼は屋敷の見取り図を燭台に差し込む。
瞬く間に彼らの活動の跡は灰となる。直後、煙が消えるが如く5人は姿を消した。
●久遠之義賊只今見参
子の刻、月のない夜。人々は夏の気だるい暑気に悩まされながら眠っている刻限である。
突如、悪代官の屋敷に爆音が響いた。
――ぱん!
――ぱぱぱ、ばばばババババ!!
――バババババッババッババ!!!!!!
「な、なんだなんだ!?」
屋敷の中から奉公人や用心棒達が飛び出してきた。
見れば外壁のそこかしこで爆竹が爆ぜ飛んでいる。爆発が何事もなく終わると、立ち込める煙に巻かれながら人々はため息をついた。
「誰だよこんな時刻に爆竹なんか鳴らしたのは……」
「どうせ町人の嫌がらせだろ?うちのお代官様はあまり評判良くねぇからなぁ」
「やれやれ、おちおち眠れやしないじゃねぇか」
人々は口々に文句を言い屋敷の中へと戻っていく。そんな彼らを屋根瓦の上から見下ろすやぎ面の忍者がひとつ。
「鬼さん……こちら……ん」
その言葉を聞いたものは誰もいない。
「上手く目を向けたみたいだね」
屋根裏を這いながらカロンは言った。爆竹は陽動であった。
渚が仕掛けた爆竹は屋敷の人々の視線を外へ向けるための罠。その隙に彼らは屋敷への侵入を果たし、こうして屋根裏へと忍び込むことができたのである。
「ええ。あとはここをまっすぐ進めばお宝は目の前です」
メフィストの言葉通りに2人は『盗られて困らぬお宝』のある場所へと直進する。
「……ん?」
不意にカロンは下から話し声が聞こえるのを感じ取った。小刀で天井に小さな穴を開けて覗き見る。
「あれ?あそこにいるのってどっかで見たような……」
燭台の明かりに照らしだされる2人の人物。カロンは「ああ」と思い出した。
「テンマヤの偉い人……と、悪代官?」
2人は酒を飲み交わしているようである。
「……外が騒がしいのう」
悪代官は言った。
「そうで御座いますね。なにかあったのでしょうか?」
「まあ、この屋敷には用心棒をたくさん住まわせておる。やつらに任せておけばよかろう。
ところでテンマヤよ。このような夜更けに呼び出したのは他でもない、菓子の礼をさっそく返そうと思ってな」
「それはそれは勿体ない話でございます」
「ぐふふ」
「ぐふふ」
「……こんな時間に密談か。ご苦労なことだな」
耳を付けつつメフィストは悪態をついた。
「悪だろうと善だろうと気に入らないものは気に入らないのさ。悪代官って言うのはどうも洒落てないね。笑い方とか。ぐふふってなんだい、品が無い」
下で繰り広げられる話し合いを気に入らない、とでも言うように彼は先へと進む。
その一方でカロンは開けた穴から漏れる光を頼りに密談の様子を書きつけていた。
「そうだね……ま、僕としては美味しいところに出くわしたといった感じかな」
さらさら、と2人の会話を逐一書き込んでいく。それを何に使うのかと問えば、
「瓦版の中山屋にでも流しておけば……面白いことになりそうだね」
くすくす、と。カロンは無邪気に笑うのだった。
「さて、そろそろ行こうかな……って、あれ?」
そこでふと気づく。いつの間にか服が梁に引っかかっていた。
「んしょ、んしょ……あー身動き取れないね。どうしようかな。メフィストどこかな」
前を向く。メフィストはいつの間にか先に行ってしまっていた。
「肝心なときに……仕方ないな、えい!」
びりぃ!
「……ぁ」
「何奴!?」
服が破ける音を聞いて悪代官が叫んだ。同時に彼の鼻先を掠めて槍の穂先がブスリ!と飛び出した。
「うわぁ!?」
「曲者!皆の者、であえであえー!」
「ちょっと、見つかったじゃないか!わぁぁぁ!ええと、僕おいしくないよっ!メフィ助けてー!」
鋭い刃がいくつも突き出される天井裏をカロンは必死に這うのだった。
●
舞台移して屋敷の庭。ここでは警備の犬が喧しいまでに吠え叫んでいた。
「おいどうした!?」
用心棒の1人が吠える犬の群れへと近づく。そして提灯で暗闇を照らすと――そこにはエクレールと環姫が怯えながら抱き合っていた。
「お前ら確か奉公人の……こんなところで何をしている?」
「ど、如何か堪忍して下さいませ。私達は、その……」
エクレールは頬を染め、環姫を抱きながら用心棒へ跪きつつ言った。
「実は私達、女同士でありながら恋をしているのです。しかしそれがもとで2人とも親元を追い出され、縁あってお代官様のお屋敷にお仕えした次第でございます。
今宵は新月、逢引するにはよき日であると思ったのですが、外に出た途端お庭の犬らに襲われてしまい……」
「ほほぅ」
用心棒はエクレールの言葉を話半分に聞いているようだった。彼は彼女らの事情よりも、その下で見え隠れする柔肌に興味があるようである。
小さく震える環姫から零れそうなほど大きな両胸をこっそりと眺めつつ彼はごくり、と生唾を飲んだ。
「女同士で逢引とは確かにけしからん。それに警備の犬が騒いだとなればお代官様に事の次第を報告せねばならぬ」
「そんな……許してください、何でもしますから」
「……何でもするから」
「ほぅ。そこもとら今、何でもすると言うたか?」
用心棒はニヤついた笑みを浮かべて彼女らに近づく。エクレールはさらに強く環姫を抱き寄せた。
「って、お、お戯れを」
「そう騒ぐ出ない。女同士で恋をするのは男を知らぬからよ。今それを教えて――」
その時、
「てい」
「ふぎゃ!?」
用心棒が情けない声を出して崩れ落ちた。
「久遠之義賊。只今見参」
その背後にはやぎ面の忍者――渚が手刀のポーズで立っていた。そして渚は2人に手を差し伸ばす。
「だいじょぶ?変な事されてない?」
「……大丈夫ですわ」
「……はい、ありがとうございます」
「困った時。お互い様……でも、微妙に残念そう。気のせい?」
「そんなことはありませんよ。ねえ環姫?」
「……はい、気のせい……です」
「そう。ん、それよりも……男二人組……しくったみたい。用心棒、たくさん来てるよ」
その言葉通り、屋敷中が蜂の巣を突いた様な騒ぎになっていた。さらに渚が倒した用心棒の悲鳴を聞いたのか、他の用心棒達がこちらにやってくる。
渚は身を屈めて戦闘態勢を――
「私だって」
――取るでもなく、いきなり鼻緒を直す素振りを見せた。
目の前に集まる用心棒達へ自らの胸元を襟元からちらりチラリズム。彼女渾身の色仕掛け。
「色気ぐらい」
しかしその胸は平坦であった。(あくまでエクレールと環姫に比べてではあるが)
「は、何かと思えば乳臭ぇガキじゃねぇか」
「……一撃、必殺」
不用意な発言をした用心棒へ渾身のダークブロウ。その攻撃はいつになく強烈であった。
●
渚が庭で用心棒を引き付けている間、カロンとメフィストはようやくお宝のある部屋の前へとたどり着いた。
「ぁー、疲れたー」
「遊んでいる暇はありませんよ。ほら……ヒリュウ」
メフィストはヒリュウを召還、そして小さな格子窓へと忍び込ませる。
「君、まさか格子窓に引っかかったりしないよね」
きゅぅ、とヒリュウは小さく鳴いた。しばららくしてかちり、という音が響く。
「よし、上出来ですよヒリュウ」
改めてお宝のある部屋へと2人は入った。そこには千両箱が所狭しと積まれていた。
「わわ、これ全部ワイロ?」
「これはこれは……」
カロンもメフィストもあまりの多さにただ呆然と見上げるばかりである。
いつまでも呆けている訳にはいかない。2人はさっそく手近な千両箱を外へと引きずり出した。
「この金蔵が空になればさぞかし悔しがるでしょうねぇ」
庭へと降り立ちながらくつくつ、とメフィストは笑う。
「僕達は義賊だよ。必要以上に盗っていくのは3流のコソ泥がやることさ」
カロンは窘めるように言った。
「わかってますよ。それにしてもこんなに溜め込んで、あの悪代官はよほどお金が好きなんですね……ヒリュウ?」
と、見張りをしていたヒリュウが不意に警告を告げる。同時に2人は運んでいた千両箱を降ろし武器を手にした。
多数の用心棒を連れた悪代官が2人を取り巻くように現れたのはその時である。
「貴様らが久遠之義賊か。よくも屋敷を汚してくれたな」
悪代官は言う。しかしカロンの笑みが絶えることはない。
「何言ってるんだ、元から穢れまくってるくせに」
「私のような身分となるとなにかと金がいるのだよ。貴様らのように民へ媚を売る泥棒に理解できんだろうがな」
「わかりませんし理解したいとも思いません」
メフィストはそっけなく言葉を返した。
「いずれにせよお前達のお遊びも今宵で限りよ。額をつけて『お助けくださいお代官様』と慈悲を乞えば見逃してやらぬこともないがな?」
「お断りします」
メフィストはきっぱりと言った。
「我ら月夜に誓いし者、例えお天道様に顔背けども、その義の道を違えはしない。盗られて困らぬお宝戴く。それが我ら久遠之義賊」
ヒリュウが天に向かってブレスを噴く。その明かりに照らされて彼は大きく見栄を切った。
「身分と言いますが金で腹を肥やせるならば、餓える者の腹に収めた方がいくらかマシでしょう。そう思いませんか?」
「思わぬな。ふん、口上はそれで終わりか?ならば皆の者、この者らを切り捨てい!」
その言葉を皮切りに屈強な男達が彼らへ襲い掛かった。久遠之義賊万事休す――。
――かと思われたその時であった。
馬の嘶きが辺りを支配する。
庭の装飾を蹴破りながら荒々しい馬が彼らの前に乱入してきたのだ。
「な、なに!?」
急な暴れ馬の登場に驚く悪代官達。その一方でカロンとメフィストの2人は申し合わせていたかのように千両箱を担ぎ上げると馬へ飛び乗った。
「ん……お待たせ」
渚が馬の群れを操る。この馬は彼女が事前に用意したものであった。
突然の馬に混乱した悪代官達を尻目に颯爽と3人は屋敷を後にする。
「くそ、覚えてろ久遠之義賊めが!」
蹄の音に取り残され、悪代官は虚しく吠えるのみであった。
そして他方、別の出口からもエクレールと環姫が姿を現す。
「よし。私達は上手くやれたようだな、環姫?」
「ええ。怪しまれる前に帰りましょう」
「可愛い奴め。宝を配り終えたら、ご褒美をやろうな♪」
なぜか彼女達の肌が色艶良くなっている気がするが気のせいであろうか?
●後日談
悪代官の屋敷から盗んだお金はすっかり民の食べ物に変わっていた。
「あ、お団子は欲しい」
渚は親しい民らと共に子供達が花火で遊ぶのを見つつ寛いでいた。
屋敷に潜入する際に使った爆竹の余り。それでも子供達は楽しそうにはしゃいでいた。
「報酬は、プライスレス」
そんな彼女の耳に瓦版屋の声が聞こえる。
「久遠之義賊がまたやってくれたよ!狙いはあの悪代官!しかも今回はお宝だけじゃねぇ、テンマヤとの密談まで盗み出しやがった!」
「流石商売人、手を付けるとなれば早いね」
カロンはそれを見てくすりと笑う。世間にこれだけ広まれば悪代官もテンマヤもしばらくは黙っているしかないだろう。
人々は口々にこう口にする。さすが、久遠之義賊だと。