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残された守備隊は嘆く。どうしてこうなったのだろう、と。
ようやく入口に作り上げた急拵えのバリケードも長く持ちそうにない。ライカンスロープの恐ろしい爪が絶望の音色を奏でていた。
「主力の連絡はまだ来ないのかよ」
「……来ていません」
「くそ!」
隊員の1人が荒く壁を蹴った。空気が重く澱む。
「こうなったら打って出ましょう!決死の覚悟で挑めば……」
「精神論でモノを語るんじゃねぇよ!」
「ここに引きこもってたって死にます!だったら……」
「待って。何か聞こえない?」
その言葉に従い彼らは耳を澄ます。たしかに、雨音交じりで細々とだが声が聞こえた。バリケードの隙間越しにそぅ、と目を凝らした。
居た。遠くから九十九(
ja1149)が大声を張り上げて彼らに己の存在を誇示している。
「守備隊のみなさぁ〜、助けに来たねぇ!」
「助けだ……聞いたか皆!増援が来たぞ!」
「あれは久遠ヶ原の学生達だ!」
それは希望であった。彼らは天から縋った蜘蛛の糸に感謝してサーバントに相対した。
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「天使の相手は向こうに任せてコソ泥退治しよっか」
亜麻色の髪を雨に濡らしながら常世の闇を身に纏いクロエ・キャラハン(
jb1839)は駆ける。彼女らの出現にライカンスロープは前足を跳ねて立ち上がった。
クロエの鉄扇から放たれた暗黒の弾丸が一直線に飛翔。敵は素早く身を翻し、攻撃を躱すと同時に彼女へその凶爪を振るおうとする。が、サーバントを黒い靄と共に一発の矢が襲い掛かった。
態勢を崩したライカンスロープは、そのままクロエの一撃に吹き飛ばされたのだった。離れたところで九十九が弓にアウルの二の矢を番える。
「雨の中で視界が狭まるのはうちにとってはやり辛いもんなんだがねぇ」
やれやれ、と息をついてみるもやる時はやるのが彼である。援護体制はすでに整っていた。
「天使にくれてやるものなんて何もないんだから」
クロエはカッパヨーヨーを手に敵を見据えた。瓦礫の下からライカンスロープが姿を現す。その体は血みどろで今にも倒れそうである。
――それは束の間の事。
「あれ……?」
クロエは気付いた。目の前に立つライカンスロープの傷がみるみると塞がっていく。数秒と経たず血は止まり、クロエの攻撃などまるでなかったかのように狼男は豪壮に吠え猛るのだった。
「あれが情報にあった回復能力、ですか」
遠く建物の2階から観察を続けていた天羽 伊都(
jb2199)は呟く。魔法的な刻印はやはりない。
空を飛ぶスターリングバードが媒介となった?ならば回復した瞬間に何かあったはず。
「あのムクドリが回復源……ではなさそうですね」
伊都は考える。そんな彼の頭の中には老練な騎士の姿があった。
「ん〜、天使を陽動とした奇襲作戦ですか」
あの時彼は不覚を取った。だからこそ、もう負けるわけにはいかない。
「喉元に刃突きつけられてる状況を考えると敵さんの本気度が伝わってくるね!ですが、悪いけどご破算させます!」
遙か遠くの天使に宣言するように彼は告げ、それを現実とするために彼は敵の観察に力を向けた。
エルネスタ・ミルドレッド(
jb6035)は迎撃にでたライカンスロープにサンダーブレードの一撃を与えた。痺れる体に鞭を打ってサーバントは爪を振るう。その一撃は彼女は予測回避によって撃ち払われた。
彼女は双剣を翻しながらじぃ、と敵の動きを見つめていた。
「なるほど、そういう風に動くわけね」
ライカンスロープの動きを盗むように身を躍らせる。敵は彼女から距離を取ろうとするが、痺れた体がそれを許そうとしない。
「守備隊の皆さん!助けに来ましたよ!」
存在感を放ちながらイアン・J・アルビス(
ja0084)が研究所へ飛び込もうとするかのように駆けて行った。その前を2体のライカンスロープが立ち塞がる。
それこそ彼の思惑通り。彼はタウントで敵の目を集め攻撃を引き受けたのだ。
「これ以上そちらを傷つけさせる訳にはいきません」
強烈な狼男達の爪をその盾で防ぐ。その間に撃退士達の攻撃はエルネスタが麻痺させた敵へと殺到した。
「これでどう!?」
永連 紫遠(
ja2143)のドラゴンスレイヤーが動きを止めた狼男の皮膚を切り裂いた。大きく唸り声をあげて反撃の爪を振り上げる。高く伸びたその腕を一本の矢が刺し貫く。
「そうはいきませんよー」
おっとりとした、しかし気概溢れる声で澄野・絣(
ja1044)は弓を操る。残心、そして同じ的に対し彼女は弦を引き絞った。
撃退士達はある一つの方針に従って戦っていた。それは一点集中。
「どんなに敵が強くてもなぁ、諦めなけりゃ倒せんだよ」
江戸川 騎士(
jb5439)は荒く息を吐くライカンスロープの背後に廻り、その刀を振り下ろした。
血飛沫、耳を塞ぎたくなるような轟音。吠え猛て助けを呼ぶライカンスロープ。
だが、サーバントの多くがイアンに目を向けてしまっている現状、その狼男を助ける手はなかった。
「これでとどめ、いけるかしら?」
魔獣の爪牙のように歪に尖ったエルネスタのザリチュ・タルウィが無慈悲にも敵の魂に食らいつく。狼男は地面に崩れ落ちた。
「見たか研究所のてめぇら!」
騎士は阿修羅曼珠を振り上げ言った。
「お前たちは俺様が助ける。だから諦めるな、力を尽くせ!」
その声はバリケードを乗り越え守備隊の心に響くのだった。
「そうだ……そうだな!」
守備隊の誰かが言った。
「これなら押し返せる……いや、勝てる!」
「行くぞ!」
「「おう!」」
守備隊の誰もが生き残る為、それぞれの武器を振りかざした。
それをあざ笑う者がいた。
「ひぃ!?」
バリケードを突き破らんとライカンスロープがその巨体を叩きつけた。同時に上空からはスターリングバードの衝撃波が彼らに襲い掛かる。
バリケードの一部が音を立てて崩れ落ちた。漏れる悲鳴から、誰かがその犠牲となったかもしれない。
「く――!」
イアンは呻いた。これも敵の作戦なのか?
彼の足元に水溜りが広がっている。赤黒く濁った水、それはどれだけの血を吸ってできたものだろうか。
ふと周囲を見れば傷つき、倒れたまま動かない守備隊の姿もある。彼らはみな死んでいた。
「あなた達は!」
心から怒りが湧き上がってきた。
「目的を達するためにいったいどれだけの人を殺めたのですか!無慈悲に、残酷に……!」
敵が降り向く。襲いくる連撃に盾を構え、イアンは必死に攻撃を耐えていた。
「陰湿な指揮官もいたものですね!」
彼の口から思わず毒が漏れ出した。普段の彼らしくない言動。それに反応する味方は多かった。
そして、それは敵にとっても。
「ぴぃ!」
「……ん?」
スターリングバードの動きに気を掛けていた騎士はその声を聞き逃さなかった。ごとり、という物音。彼は音の発生源を観察する。
今はもう何事もなかったかのような風景である。
――否。
「……そこか?」
彼は直刀を振り降ろした。グローリアカエルの一撃が、道の隅に転がっていた「青森みかん」の段ボール場を襲う。
「ひゃぁ!?」
段ボールが跳ねた。それも悲鳴をあげて逃げ惑っていた。突然の爆発に戦場の空気が止まる。
「そこに隠れてるてめぇ、3数える前に顔を出しな。じゃねぇ、と今度はもっとキツイ奴をぶっ飛ばすぞ」
「ひ、ひえぇ……」
段ボールからおずおずと女性が這い出てくる。一本の槍を抱きしめて天使――クラン・ティーヴは姿を現したのだった。
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突然の展開に伊都は驚き、だがすぐに何かに気づいたように彼女へ目を向けた。
「そうか彼女が――」
段ボールで身を隠しつつ彼女がヒールを掛けていた。彼女が持つ儀仗槍は槍というより見たところ杖に近い。あれが媒介なのだ。
「おいアホ天使」
「ひひゃぁ!?あ、あの、ごめんなさい!」
騎士の言葉にクランは思わず段ボールを被った。
「なんで判ったって顔してるな。いいことを教えてやろう、回収ステーションじゃないこんな場所に段ボールなんて不自然じゃねぇか」
が、実際のところ彼は隣人婆様らのゴミ出しが厳しいだけでちゃんと隠れ場所がわかって攻撃を放ったわけではない。
要はあてずっぽうである。
「あうぅ、ご、ごめんなさい!」
それでもクランを脅えさせるには充分な貫禄を彼は持っていた。段ボールを頭に乗せたまま、何とか身を隠す場所はないかと周囲をきょろきょろ見渡すのだった。
「まあ、そういうことで――死にたくなければとっと失せな」
騎士は炎をその手に込める。ファイアーワークスの火花が爆ぜた。
その瞬間、遠くから絣の声が響いた。
「騎士さん危ない!」
それは絶叫に近い。その声に引かれ目線を動かしてみれば、ライカンスロープとスターリングバードが彼目掛けて一斉に襲い掛かる!
「うぉ!?」
急いで身を翻す騎士。が、あまりにも急な事で体がついていけない。
牙と衝撃波が、騎士の四肢を木の葉のように吹き飛ばしてビルの側面へと叩きつけた。
「躾のなってない犬ですね。少しは大人しくしたらどうですか?」
クロエが血塗れの騎士をカバーするように前へ立つ。そしてヨーヨーの糸を張り巡らして狼男の前足に縛り付けた。
「そのまま大人しくしてくださいね。今引導を――」
言葉が詰まった。武器がない。彼女の魔具は今、ライカスロープの両手に巻きついている。
「やば、これじゃ攻撃できない……きゃぁ!?」
スターリングバードの衝撃波が襲いかかり、彼女の意識を一瞬で奪った。そして両腕を拘束されたままライカンスロープが牙を剥く。
「させませんよ」
伊都は引き金を引いた。スナイパーライフルの一撃がライカンスロープの胸を穿った。
狼男は倒れた。クランをその背に隠すように。
その時クランはようやく気付いた。
――サーバントは今私を守ろうとしている。
サーバントが身を挺して戦っている。思えば主ハントレイも遠くで戦っているのだ。
戦おうとしないは――自分一人。
「うぅ、わ私だって――ハントレイ様の従士です!」
クランはなけなしの勇気をふりしぼり、癒しの力を槍に向けた。
「クラン・ティーヴ!ま、まいりまひゅ!?」 儀仗槍から光が溢れる。その輝きはサーバントを癒し力を取り戻させた。
エルネスタはサーバントの変化に戸惑いを隠せなかった。今までは研究所を攻めるのが目的の攻撃的なもの。だが、今はクランを守ろうという守備的なものに代わっている。
突然の行動の変化。今までの動きに慣れていた彼女にはついていくことができない。
「さっきまでと動きが違――ぁ!」
剣が弾け飛んだ。間髪入れず凶爪が彼女の体を引き裂き、鮮血と共に濡れたアスファルトへ体を押し付ける。
「エルネスタさん!」
イアンは歯噛みするしかなかった。ひたすら敵を引き付け、攻撃を一身に背負い、そして隙を見て反撃する。
「く、まずいねこれは……!」
永連は大剣を着実に当てているものの、その表情は陰っていた。
クランの治癒により目の前の狼男が活力を取り戻す。再び回復される前に倒さないと――ジリ貧となる。
イアンの剣が走り、九十九と絣の遠距離射撃が敵の動きを止める。同時に永連の大剣が重い一撃を放ち、伊都のチェックメイトがトドメを刺した。これで3体目。残るライカンスロープはあと1体。
「このままなんとか押しきれそうですねー」
絣が敵を見据えながら呟く。
「そうだねぃ。とはいえ……」
九十九は儀仗槍をかざすクランに目を向けた。
「あの天使がいる限り安心はできないですがねぃ」
「はいー」
2人は対策を考える。同時に味方への攻撃に対し牽制の矢を放っていた。
その時、風が吹いた。風は雨を巻き上げると共に鋭い魔力を放つ。刃のようなつむじ風が2人を包み込む。
「あれは……ムクドリ!?」
絣は目を見張った。2匹のスターリングバードが目の前に迫っている。
前線の悉くがライカンスロープに集中している。ここに来てムクドリが完全にフリーとなっていた。
「そんな、いつの間にこちらまで……!」
「まずい!また来るさぁ!」
九十九は弓を急ぎ構えた。イカロスバレットが一匹のムクドリを撃ち落とす。が、もう一匹が間に合わない。
魔力を持った衝撃波が2人を同時に包み込んだ。
「九十九さん澄野さん!」
ライカンスロープに狙いを定めていた伊都は慌てて銃弾をムクドリに向けて放つ。ムクドリは遠くへと飛び去っていった。
後にはダメージに耐えられず地に倒れる九十九と絣。
「戦えるのは僕を含めて――残り3人」
伊都の喉が緊張に震えていた。
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手数が圧倒的に減っていた。
イアン、永連、そして伊都の3人が残り1体となったライカンスロープを追い詰める。が、その寸前でクランが傷を癒してしまう。
永連は大きく息を吐いた。
「まったく、これじゃ終わらないじゃん!」
イライラが募る。しかしそれは敵にとっても同じこと。
イアンの硬い防御を崩すことができないライカンスロープは一撃を入れて距離を取る。
――予想外の事が起こった。
「俺達だって!!」
生き残った守備隊がバリケードを乗り越え、狼男を背後から強襲したのだ。
「みなさん!?」
イアンは驚愕した。彼らは深い傷を負い、ロクに動けないはずである。だが士気の向上が彼らに勝利への活力を与えていた。この活力こそが鍵となった。
――ぎぃ!?
背後からの予想外な行動によりライカンスロープの動きが止まる。この瞬間を逃すわけにはいかない!
「早くやれあんたら!」
「――!ありがとうございます!」
イアンの剣がライカンスロープの胸を抉った。そして永連の大剣が続き、最後に伊都が――文字通り“チェックメイト”。
「あ、あわわ……」
クランは急いで回復させようとするが――間に合わなかった。
ライカンスロープは甲高く断末魔を上げるとそのまま動かなくなるのだった。
「ふぅ……」
大きく息を吐く永連。そして彼女は最後に残ったクランへと向いた。
「さて君……クランって言ってたっけ?まだや――」
「ごめんなさい!」
クランは走った。文字通り脱兎のごとく。
「――らないみたいだね。まあ、こっちもその方がいいや」
彼女は雨で濡れるのも厭わず座り込んだ。疲労と、水分を吸った服が体中に纏わりついて重い。
天使とサーバントは去った。ようやく前線から主力部隊が戻っくる。その時、人々は負傷者と犠牲者の搬送する途中であった。
声に出るのは煩わしい雨音だけである。
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「はうぅ……」
段ボールの中に入りながらクランは落ち込んでいた。折角勇気を振り絞ったのに、目的のヒヒイロカネを一つも奪うことができなかった。
――やっぱり、私はダメダメな天使なんだ。
そんな彼女の肩に生き残ったスターリングバードが慰めるようにとまる。
「……ハントレイ様にお伝えしなきゃ」
ポーチから紙とペンを取り、彼女は失敗の報告を記載する。
「行ってください」
それをムクドリの足に結びつけ空へと放つ。同時にクランは自慢の特技“かくれんぼ”で帰還を目指すのだった。