●
「……くすん」
暗い岩戸の中、消え入りそうなほどの小さな声が反響しては春の霞のように消えていった。
アマテラス――志々乃 千瀬(
jb9168)は袖が濡れるのも厭わず涙を流していた。
「スサノヲ達のばか……もうしらない」
弟らの粗暴な行いにすっかりしょぼくれた千瀬。そうして彼女は天岩戸にひとりひきこもっていましたとさ。そうしてただただ時が過ぎようとしていた、その時である。
わいわい
がやがや
「……?」
外から楽しげな音が聞こえてくる。音だけではない。なにやら香ばしい匂いも漂ってくるではないか。アマテラスが隠れたという一大事に、何が楽しくくて人々は笑いあっているのだろう。千瀬は岩戸の入口に耳をぺったりとくっつけ、外の様子を窺うのであった。
●
岩戸の外では桜吹雪が舞っていた。
「さあ肉が焼けたで御座るよ!存分に食べるがよい!」
鉄板から立ち込める煙に虎綱・ガーフィールド(
ja3547)は叫ぶ。その向こうでは腹を空かせた撃退士達が待ってましたとばかりに歓声を上げた。
「えっと、タレは何がいいですか?しょうゆとか味噌とか、色々ありますけど……」
虎綱の焼いた肉をユウ(
jb5639)が配膳して回る。彼らの従者として、彼女は甲斐甲斐しく動き回っていた。
「虎綱さん、またお肉をお願いします」
「任されたで御座るよ」
じゅぅ、と肉が焼ける。同じ鉄板上には焼きそばまで鎮座し、まるでお祭りの屋台のよう。
「料理は……火力だ!」
汗が流れ落ちる。炎と共に燃え上がる気概で焼きそばを炒める姿はまさしく“漢”!
「そらユウ殿!焼きそばも出来上がった故、皆の所へ持っていくで御座る!」
「はい、わかりましたー!」
虎綱が焼き上げた焼きそばをユウは嬉々と配っていく。同時に彼女は発生したごみを素早く片付け、てきぱきと楽しげな場所を作り出していた。まさに従者の鑑。
アマテラスが岩戸に隠れてしまったため太陽は暗くくすんでいる。だが、周囲は不思議と明るかった。
「えー、皆さま方わざわざご足労願いましてありがとうございます」
宴の発起人であるオモイカネこと元 海峰(
ja9628)は岩戸の前に集まった人々に声を掛ける。彼はアマテラスが岩戸に隠れた際、みなにこう提案した。
「いろいろやれば、覗き見してるアマテラス様、出てくるんでね?その隙に引き摺り出そう!」
口調がいつもと違って軽いのは多分気のせい。
とまれ、そういうことで彼らはアマテラスを引きこもりから脱するため、ひいては太陽を取り戻すために宴を開始したのであった。
「まあ、やることはこの場で飲んで食ってはしゃぐだけ」
「そういうことです」
彼の隣で宵真(
jb8674)が器を掲げあげる。ひらり、と一片の桜が零れ落ちた。
「さ、皆さん。堅苦しい挨拶は抜きにしまして……早速始めましょうか」
トワイライトが隅々まで照らしきった頃、彼は宴会場を見まわした。みながみな彼の一言を待ち望んでいる。夜桜が舞う。宵真の敷いた敷物はすでに一面薄桃色に染まっている。
「では、乾杯」
宴が始まった。
海峰は甕を振り上げておもむろに水を被る。
「オモイカネ、増えまーす!」
増えた。
にょこん、とワカメのように――とまではいかないが、黒い羽の幻影が舞い落ちると同時に瓜二つの分身が彼の隣に立つ。
黒羽之舞を使った宴会芸に周囲の撃退士達は楽しげに笑いあった。
「オモイカネ、さらに増えまーす」
2人の海峰が4人になり、8人になり。それを周囲はひたすら囃し立てる。
――もはやアマテラスのことなど忘れていそうなのは、きっと気のせい。
そんな場に竜笛の音が鳴り響いた。
宴の場の中心、ステージのように開けられたスペースでは浅茅 いばら(
jb8764)が水干姿で座っている。
腰には太刀を佩き、ほろほろと笛を吹くさまはなかなかに風流である。艶やかな音色に導かれながら百目鬼 揺籠(
jb8361)はみんなと酒を楽しんでいた。
「大宴会ですねェ!皆々飲み物は行き渡りましたかぃ?今宵は飲まにゃァ損ですよ!」
彼は周囲へ酒を配りながら自らも飲み、食べ、はしゃぐ。
そんな揺籃であるが、彼の眼はごまかせないらしい。
「おや、百目鬼君はご機嫌だね」
揺籃の酌を受けながら尼ケ辻 夏藍(
jb4509)は上機嫌に答えた。
「それとも淋しさの裏返しかな?」
「いやいや、とんでもございやせん」
「なんや百目鬼の旦那、寂しんか?相方おらんで」
霹靂 統理(
jb8791)はやたらテンションの高い揺籃を励ますように頭を撫でた。
「べ、別に淋しかねぇですけども……!まあ、霹靂サンにはお見通しですか」
「おうよ」
彼は揺籃の頭を撫でたまま、腰に手を当てて威張るように胸を張る。
なでり、なでり。
そのうち諦めたように揺籃は皿を差し出した。
「なら、今日は奴さんの分まで楽しませて貰いましょう。霹靂サン、おかわり」
一方、中央のスペースでは夜(?)桜を背景に踊るものが2人。
織笠 環(
jb8768)は九十九折 七夜(
jb8703)の手を引きながら蝶のように舞うのだった。
「うわ、とと」
ころり。七夜は慣れない足さばきから転んでしまった。
「はふぅ。舞は一日にしてならず、なのです……」
「あらあら、大丈夫ですかえ?」
うふふ、と。環は軽く笑みを浮かべながら彼女の手を取って立ちあがらせた。
「可愛いウズメさん、楽しぃ気持ちで舞ったらよろしおす」
「楽しぃですか。わかりました、やってみるのです」
そう言うと環は足並みを合わせ、いばらの奏でる竜笛の音に合わせて手を引き、たおやかに体を動かす。
いち、にぃ、さん。いち、にぃ、さん。2人に拍手が降り注いだ。
「今度はできたのです!」
「そうそう、その調子どすえ。あんじょうきばりなはれ」
舞が続く。それに対して相模 遊(
jb8887)は嬉々として拍手を送っていた。
「うんうん、ヤッパリ女の子の舞は綺麗で良いねー眼福♪」
目の前で踊る美女二人と、虎綱の焼いた肉を肴に彼はこの宴会を楽しんでいた。
「よ、フー某。楽しそうじゃん」
その時、某 灼荼(
jb8885)が彼の後ろに座り込んだ。そして彼の頭に腕を置く。
「痛った……やったん、重い」
「俺も混ぜて〜?お腹すいちゃってるんだよね〜」
「昔馴染みだからって不躾に絡まないでほしいなぁ……つか本名言うなって何度言えば分かんだよ!?」
「お、その肉うまそうじゃん。もーらい」
「人の話聞け、つーかそれ俺の肉だぞ!」
「すまん、もう胃の中だ」
「あぁ!?」、
「うーし、次は何喰おっかなー……お、それもーらい!」
すでに灼茶は遠くまで飛ぶように駆け抜けている。抜きかけた刀を戻し、遊はどっかりと座りこんだ。
「くっそ、あの烏何時かマジでブチ殺すっ!!」
そう言いながらも酒を呷る姿は妙に楽しげだった。
統理は踊りを尻目に作った料理を次々と器に盛り付けては目の前で待つ響龍(
jb9030)と錣羽 瑠雨(
jb9134)に渡していった。
「ほい、おまっとさん」
「あいよ。これだけ超楽しんでれば女神様もでてこられるっしょ」
「女神――ああ、天照?腐っとったらすぐ出てきそうやな」
統理はにやり、と笑みを浮かべては調理担当の者たちと目くばせをする。瑠雨は「?」という表情で首を傾げるのだった。
「それよりもメシやメシ。この料理持ってってくれんと冷めてまう」
「おっと、そうだな。行こうぜ錣羽さん」
「はいシャンさま♪」
そうして2人は統理の作った料理と酒を運ぶ。やがて彼らはぶるぶる、と体を震わせる錣羽 廸(
jb8766)のもとへとやってきた。
「兄さま!お料理とお酒持ってきました!」
「おう、あんがと……うう、さみー」
廸は体を温めるように熱燗に手を伸ばした。
「夜は良いけど、寒いのは……まぁ、お蔭様で宴ってのは良い話」
目前には乙女の舞、頭上には降りしきる桜、そして手には酒。彼にとってそれだけでも満足できる。
「舞楽を肴にご飯。ん、贅沢贅沢」
「ねぇ、兄さま」
「ん?どうした瑠雨」
唐突に瑠雨は廸に問いかけた。
「天照さま、閉じこもってしまわれましたの?」
心配そうな声をあげる瑠雨。廸は「そうみたいだな」と返事をするのみ。
「一人は寂しいです……早く出てきて、一緒に宴を楽しみましょう♪」
「そうだな――そもそも、なんだってこんな事になったんだ」
「ああ、スサノヲのせいみたいっすよ」
彼の正面に座りながら響龍は廸の酒を奪うように飲んだ。
「おい。それは俺の酒だぞ」
「硬いことはいいじゃないっすか」
「そもそもお前未成年だろうが」
「実年齢150っすし俺も呑んだって大丈夫っすよ」
「……なあ瑠雨。今日って何日だ?」
「卯月朔日なのです♪」
――そういうことにしておこう。
「まあ、いわゆる姉弟喧嘩って奴っすよ。喧嘩で太陽隠すとかマジパネェ。さすがアマテラスさま」
「姉弟喧嘩ぁ?ふぅん……興味ないわねぇ」
響龍の隣に産砂 女々子(
ja3059)が座った。そして目の前に置いてある酒をくぴり、と呷る。
「おい、だからそれは俺の酒――」
「それより……このお酒、誰が持ってきたのぉ?イイ趣味してるじゃなぁい!」
「人の話聞けよ……」
廸は頭を抱えた。響龍に至ってはけらけらと笑っている。
「なんだか楽しそうなのです」
そんな大人3人の会話に耳を傾けつつ、瑠雨はなんだかほんわかとした気分で目の前にある飲み物へ口を付けるのだった。
●
剣が舞う。桜の花びらが渦を巻く。
ライトの明かりを反射して、煌めく刃は氷のよう。蒼い軌跡を残し、残光が散った。
いばらの体は円を描きやがて止まる。
ほぅ、と。誰かがため息をついた。
「これで終いや、おおきに」
拍手の渦が巻き起こる。
「ふぅ、さすがに疲れたわぁ」
「お疲れ様です」
座り込んだいばらにすかさずユウが盃を差し出した。
「おおきに。あなたは飲まんの?」
「私はみなさんの従者ですから。こうして雑務をしてる方が落ち着くんです」
「そないなもんかねぇ」
「そういうものです」
ユウは微笑むのだった。
「焼きたてのクッキーはいかがかね」
そんな2人に虎綱が器いっぱいのクッキーを差し出した。
「さてさて、ようやく自分も料理にありつけるで御座るよ。バーベキューは作るのも楽しいで御座るが、やはり食べてこそで御座る」
「虎綱さんもお疲れ様です」
「これはかたじけない」
差し出された盃を虎綱は一息に飲み干す。それをいばらは感心するように眺めていた。
「あなたいい飲みっぷりやねぇ。うちもようけ飲むんやけど、いっちょ付き合わん?」
「望むところで御座るよ」
2人は顔を突き合わせて笑いあった。
撃退士は基本、本人が「酔った」と思わなければいくらでも飲める。自然どちらが勝った負けたもなく盃を交わすのであった。
「ああ、いいわぁ」
涼やかな風を感じながらいばらは言った。
「こうやって宴ができるのも、あるいは天照がおらんからかもな。天照さまさまとも言えるかもしれへんねぇ……」
「うむ」
虎綱は頷いた。
「とはいえ、そのうちお出で願わくばなるまいて。そろそろ準備するで御座るか」
「準備?」
ユウの疑問に答えず虎綱は立ち上がった。
●
「わーい宴会ー!妖怪の皆と騒ぐのとっても楽しいの♪」
はしゃぐ天童 幸子(
jb8948)。だが同時にお腹がくぅ、と鳴った。空腹を覚えた彼女は料理を作っている統理の元へ足を向ける。
「お、なんや幸子のお嬢」
「んとね、とーりおかーさんのご飯が食べたいの」
「あいよ。なにがいい?」
「ゆきこ、半殺しがいい」
「は、はん……?」
「あ、でも皆殺しもいいなー。ゆきこ、半殺しと皆殺しどっちもたべたいの!」
「あ、あんな幸子のお嬢。あまり物騒なんは……」
「ぶっそう?どーして?ゆきこ、甘いの大好きなの〜」
「甘い……あぁ」
ようやく統理は思い至った。半殺しやら皆殺しはおはぎの区別の事だ。
「いきなりなんや思えば……すぐ作るさかい、ちょいまち」
「わーい、なの!お行儀よくいただきますしてお箸で食べるの♪」
そうこうしているうちに七夜と環の舞も終わりを告げる。2人は観客に見守られながら桜散る花道を歩いていた。
「綺麗な舞でありんした。頑張りはったね」
「ありがとうなのです!また今度、一緒に踊るのです――あ!」
花道を七夜は座敷に座りちょいと手招きする女々子へとダッシュ!
「めめ兄様!七夜頑張りましたのです!」
「お疲れ様九十九折。よくやったじゃない」
勢いよく抱きついた七夜を女々子は優しく迎え入れた。よじよじ、と彼女は女々子の膝に座り込む。
「えへへ、ここは七夜が占拠しました」
「まったく仕方ない子だねぇ。ほらおひねりだよ」
焼いたマシュマロをひとつ、あーんの姿勢で待つ七夜の口に入れた。
「おいしいのです。ねね兄もどうぞなのです」
「あらァ……あたしにもくれるの?んふふ、アリガトv」
「あれいいなー。壇十郎さん、あれ僕にもやって」
「おう、いいぞ」
鳥居ヶ島 壇十郎(
jb8830)の膝に乗りながら、夜寄 こすり(
jb8809)は上機嫌に体を揺すっている。
尻尾を絡ませて楽しむ様は子供のようだが、侮ってはいけない。彼の年齢は優に3ケタを超えている。
「ほんにこすりの坊は子供みたいじゃのぅ」
こすりの頭を優しく撫でる壇十郎はまるで孫をあやかす祖父のようである。酒が進み、頬も目じりも緩く垂れ下がっていた。
「よぉし、御神酒じゃろうがどんぺりーにょじゃろうが何杯でも来い!肴を持てぇい!!」
「持てぇい!」
その言葉通り彼らの前には酒が次々と運ばれてくる。その一つにこすりは鼻を近づけた。
「甘酒?飲んでみるー!……なんかふわふわー?」
こすりはわずかの甘酒で酔ったようだ。
「んー……壇十郎さん、好きー!」
口づけをひとつ。ちゅ、という小さな音が響き渡った。
「ほっほ、こすりの坊はほんに甘えん坊じゃのう。うむぅ、こすりの坊なら何処にでも接吻しても構わんぞぉ♪」
「わーい」
ちゅっちゅとキスの雨をこすりは降らせる。そして不意に壇十郎の膝から飛び降りると、今度は料理を作る統理の元へ向かった。
「統理さん、統理さん、ちゅー!」
「おおなんやこすりのぼん。今、火点けとるさかい気ぃ付けや」
統理は優しく笑いながらこすりのキスを受け、その頭を撫でて返した。
今度は環の元へこすりは駆けてゆく。
「あ、環のおねーちゃん、踊り終わったのー?」
「ええ。どないやった?」
「きれーだったー!お疲れ様でしたー!」
「あらあら、ありがとう」
環の頬にちゅぅ。そしてまた、とててー。
「あ、宵真さんのとこも行きたいー!」
「僕かい?いいよおいで」
「わーい」
言葉に甘えてこすりは宵真のほっぺにちゅぅ。
「宵真さん、もっとちゅーしていい?」
「はは、ほどほどにしてくださいよ」
「あらァ、楽しそうな事してるじゃなぁい。んふふ……それじゃあたしもv」
楽しげな様子を感じ取った女々子が宵真に寄りそって頬にちゅぅ。
「ちゅー?ごあいさつ?ゆきこもゆきこも!」
それを見てお行儀よくおはぎを食べていた幸子まで参戦。
「これはこれは――みなさん酔ってるわけじゃありませんよね?」
「長様、長様……」
宵真の袖をぎゅ、と掴む七夜。おずおずとその唇を差し出した。
「七夜もー……」
「いいですよ。ほら、どうぞ」
頬を七夜の口に近づけ、キスをひとつ。子供をあやすように頭を撫でてあげると彼女は「えへへー」とくすぐったそうに笑みをこぼすのだった。
「宵真の旦那モテモテやん。よっしゃ俺もちゅーして――」
「あなたは駄目です」
近づいた統理の顔を宵真はいい笑顔でぐーぱん退治。現実は非常である。
「いけずやわぁ。じゃあ壇十郎の旦那にでも」
「……待てぃ鵺の坊主」
壇十郎はすっくと立ち上がった。
「儂ゃあ愛らしい童子なら許容範囲じゃが、御主のような良い年した野郎にきっすされる趣味など無いぞ?」
「そう言わんとー、おんなじ釜の飯食うた仲やん」
「それとこれとは話が違う!そも、食われるぐらいなら儂から取って食うてくれるわ!物理的にな!」
壇十郎酔拳のぽーず!よほど統理のキスは受けたくないらしい。ふらふら、と左右に体を動かしながら彼は統理に対し睨みを利かせていた。
「ふぬ?」
壇十郎のとろりとした目線がある一点に止まる。そこにはこすり達を甘やかす後ろ姿。彼は叫んだ。
「あれに見えるは……鴉の爺い……否!」
そして飛んだ。
「手羽先!」
ちょうど酒の肴が足りないと思っていたところ、思い切ってがぶりと手羽先にかぶりつく!
宴は一瞬で沈黙と化した。
「……壇十郎、統理」
頭から血を流しながら手羽先(宵真)は振り返った。その表情はすこぶるいい笑顔。
「む……なんだかこの手羽先は不味いのぅ」
「お仕置きです」
「ちょ、なんで俺まで……アッー!!」
繰り返そう、現実は非常である。
●
「宴真さんも難儀なもんだ……」
キス祭りの渦中を眺めながら廸はいまだに酒を飲んでいた。
(……くらくらしてきた)
多少の酔いが廻ったのであろう。
「尼ケ辻サンはァ、酒ちゃんと飲んでます?」
「ええ、ええ。ちゃんと飲んでるよ」
「顔色ひとつも変わってねぇんですけど」
穏やかに笑う夏藍へ絡むように揺籃は彼の盃に酒を注ぐ。
「賑やかでいい事だね」
夏藍は楽しげに辺りを見廻した。みな大層酔っぱらっているらしく前後の見境もない。
「錣羽サンも俺の酒が飲めねぇって言うんですか!」
揺籃はちびちびと酒を飲んでいた廸に食って掛かった。
「いや、俺は瑠雨が入れるので充分……」
ふと、これまで酌をしてくれていた瑠雨が気にかかった。気付けば彼女の声が聞こえない。
(こいつ放って酔うとか危な過ぎ……)
「瑠雨?どうかし――」
「ふにゃ……?」
瑠雨の声がくたりと伸びていた。
「瑠雨?おい……」
彼女の様子がおかしい。そこで廸は彼女の足元を見た。そこには透明な液体と共に杯が転がっている。
「お前……俺の酒飲んだのか?」
「?わたくしは喉が渇いたので、お水を飲んだだけなのです〜?」
「水って……おい瑠雨。しっかりしろ」
「何だか、ゆらゆら、ふわふわですの〜……」
彼女は頭を廸の肩に乗せて幸せそうに笑うのであった。
「なんだかいい気持ちです……兄さま、大好きですの〜♪」
瑠雨は廸の頬にキス。それを潔く受ける廸は「仕方ないな」という風に笑い、彼女の頭をぽんと撫でた。
「ふふ、百目鬼さまも大好きですの〜♪」
そしてやおら立ち上がると、瑠雨は廸に絡む揺籃の方へと歩んでいく。
「お、俺にもちゅーしてくれるん?」
「は〜い〜♪」
「あ、こら瑠雨、男に軽くそういうのはな……」
廸は瑠雨と揺籃の間に体を差し込んだ。瑠雨を背に庇うように入ったのだが、これがまずかったらしい。
彼の足元には瑠雨が飲んでいた盃がころり。
「おわ!?」
廸は足を絡ませ、前につんのめって転倒。、
「ぇ」
その先には驚いた様子で硬直する揺籃がいた。唇と唇がスローモーションで近づきあう。
「わはぁ♪」
瑠雨の視界には2人の背景に薔薇が咲いたように見えた。
「(慰謝料)お幾らですか……?」
「や、これは事故なのでちゅーではないでさ」
絶望に頭を抱える廸。対して体をぶるぶると震わせる揺籃。そしてこんな状況を作った本人はというと。
「ふふ。仲良しですのね〜♪」
にこにこと笑みを浮かべながら女々子や幸子たちにちゅーして回るのであった。
「んー、どうしたのー?絶望ちゅー?」
そんな彼らに遊はふらふら調子で近づく。先ほどの不機嫌さなどどこ吹く風だが、どうやらかなり酔っているらしい。
「俺はねー、シャロと仲良しだよー」
揺籃と廸の肩を掴むと、柔らかく笑いながら近くにいた響龍を抱きしめた。
はぐはぐ。
「うわ、何あそび酔っ払ってんの」
「酔ってないよー。俺達仲良しなだけだもんねー」
「はいはい仲良し、大好き大好き」
「そうそう、俺とシャロは仲良しこよし」
「あはは、マジヤベェ。っつーか普通に超受けるんすけど……」
響龍も相当酔っているらしい。やたら笑顔が増している。
「相模の旦那はそろそろ落ち着ぃな」
「わわ!?」
突然、遊の体が浮き上がった。統理が後ろから彼を抱え上げるようにして持ち上げたのだ。
いわゆる「お姫様抱っこ」の状態。
「ってー、トトくんー?なぁにー?抱っこー?」
「はいはい、落ち着け自分。もう帰るでー」
「やーだー、まだ帰んないー」
じたじた、ばたばた。
「わがまま言うなや。ちゃんと夜食作っとくさかい」
遊は動きを止めた。
「……夜食?美味しいの?」
「ああ」
「……んー、まぁいっかー」
そう言うと遊は統理の腕から降りて大人しく座り込んだ。
――否。
「……くー」
寝落ちしていた。
「え、あそびーもう寝落ちんの……?折角超楽しいのに……」
残念そうに響龍は遊の髪を掻き上げた。くたり、と彼の体が崩れ落ちる。
「おっと」
ぽすり、と遊の頭が彼女の膝に落ちた。
「……まーいいや、做个好梦」
「……すー」
膝枕にうたたねする遊の頬にキスをひとつ降らせるのだった。
●
所変わって岩戸の中。楽しそうな音や匂いについつい釣られ、そのうちアマテラスは外の様子が気になって仕方ないご様子である。
「なんだか……た、たのしそう、だなぁ……」
千瀬はちょっとは外にでてもいいかなー、という気分になった。とはいえ、今更あの楽しそうな輪の中に入っていくには勇気が足りない。
と、
「姉さん!」
岩戸の外から声が聞こえてきた。千瀬の眉間がきゅ、と締まる。
「姉さん、あの時は悪かったね。俺も若かったんだ。母さんが恋しいと駄々を捏ねた俺は本当に子供だった」
スサノヲ――龍崎海(
ja0565)は岩戸の前で跪いて千瀬に呼びかけた。
下界に降りた彼はクシナダヒメと恋に落ち、彼女を狙うヤマタノオロチを退治して妻とした。
やがてクシナダヒメとの間に一児をなし、父親となることで彼は悟ったのだ。なんて自分は愚かなことをしたのだろう、と。
「今度子供が生まれるんだ。機会があったら顔を見に来てくれ。だから、どうか怒りを鎮めて顔を出して」
「……スサノヲ」
海の言葉に千瀬は惑う。なぜ彼は戻ってきた。なぜ今更そんなことを謝罪するのだろう。
そも。
「ち、ちがうの……スサノヲ。あの、私が……怒ってる相手はね……」
「姉様!」
千瀬の眉が再びきゅ、と締まった。
「いい加減外に出ようよ!みんな姉様の顔が見たいって騒いでるよ!」
岩戸の前でスサノヲがスサノヲの隣に膝を揃え怏々と声を張り上げる。
「スサノヲ、君は……!」
スサノヲは驚きに声をあげた。なんとスサノヲは2人いたのだ!
スサノヲ――清純 ひかる(
jb8844)は岩戸の中で引きこもる姉に向かい説得を続けた。
「僕はただ、姉様にプレゼントを贈っただけなんだよ!」
「ス、スサノヲ……!」
スサノヲ(ひかる)の言葉に千瀬は頭を抱え込むのだった。
「スサノヲ。もとはといえば君が発端だったのだろう」
スサノヲ(海)は呆れたようにひかるの肩に手を掛けた。
「まずは姉さんに謝ろう。そうすればきっと許してくれる」
「スサノヲは黙っていてくれ。これは姉様と僕の問題なんだ」
「スサノヲ!」
「スサノヲは早々に地上へと降りてしまった。けど、僕はこうしてここに残っている。それというのもスサノヲが――」
「あ、あの……あの!」
岩戸の中から千瀬は一生懸命に声をあげた。
「今……喋ってるのは、どっちの……スサノヲ?」
「俺だよ」
「僕だよ」
「「スサノヲだよ」」
「だ、だから……あの、どっち……です?」
千瀬は 混乱している!
「まったく2人とも相変わらずだねぇ」
そんな彼らの元へ手ぶらになった灼茶がやってきた。彼の背には八咫烏を模した刺青を持つ。それは彼の象徴であり、太陽を象徴するものである。
同じ太陽として彼は千瀬の行為に些か憤りを感じていた。
(きこえるか……きこえるか……アマテラス)
彼は岩戸の中に引きこもる千瀬へ意思疎通を図った。
「ち、直接脳内に、声が……」
(俺が言えた義理じゃないけども……どんなに自由にしてても良いけど……存在だけは消しちゃダメなもんでしょ?)
「……でも」
(アンタも、俺と同じなら、ね)
灼茶の言葉に千瀬は言い返すことができなかった。
とはいえ、なんだか宴も楽しそうだしそろそろ外に出ようとは思っていた。だがどうしてもその勇気がでない。
千瀬は切っ掛けが欲しかった。
「美味しい、もの……あるでしょうけど……?」
不意に彼女は異臭を感じ取った。まるでなにかを燃やしているような――。
「おーいみんなー!これからお馬の燻製作るから寄っといでー!」
そう言うと不破 十六夜(
jb6122)は元気よく岩戸の前に桜の枝を置いては火をつけていく。
それはものすごい匂いだった。
「もう、今まで甘やかしてたんだから、責任位取ってから引きこもってよね」
ぱたぱた。彼女はうちわで燻製の煙を天岩戸へと送り込む。
「確か燻製のチップに桜を使うってあったから、その辺の枝を折って使えば良いかな」
その言葉通り彼女は今まで桜の枝をボッキボキと手折り集め廻っていた。
それに目を付けたのはひかるである。もともと持ってきた馬を燻製にするつもりだった彼は材料を彼女に差し出すことで、めでたく燻製ができる運びとなった。
「後は、何処で燻すか……良い所はないかな?」
「あそこなんてどうかな」
ひかるが指差したところは――天岩戸であった。
「なんか、忘れてる気がするけど……まあ、良いか」
そうして彼女は馬の燻製――ついでにアマテラスもいぶりだすことになったのだ。
「……まあ、視覚だけでなく嗅覚から攻めるのもアリで御座ろう。匂いが届くか知らんがの」
「試してみる価値はあると思うよー?」
オモイカネである海峰の言葉に頷き、虎綱も同様に焼きそばや焼肉の煙を天岩戸内へ送り込む。こちらはまだ美味しそうな香りがするだけマシであろう。
「まあ、アマテラスがどうなるかはお察しください……これで出てきてくれればいいんだけどねぇ」
海峰は顎に手を置きつつ、面白いものでも見るようにじっくりと岩戸を眺めるのだった。
「え、あ……えぇ!?」
天岩戸内部は煙が充満しつつある。千瀬は急いで口と鼻を抑えこんだ。
「そんな風に引きこもってないで、一緒に好物の燻製と馬刺し食べよう姉様!桜肉で桜のお花見、最高だから!」
ひかるの声に千瀬は抗議しようとする。が、煙のせいでうまく声を出せない。
こうなったらスサノヲ(海)に助けを――。
「で、ヤマタノオロチが酔っぱらった所をこうすぱー、と」
海は楽しげにクシナダヒメとの出会い話をしていた。しかもすごい長話。彼もちゃっかり宴に参加している様子。千瀬涙目。
「スサノヲ達の、ばかぁ……!けほ、けほ」
このままでは煙に包まれてしまう。
「も、もうだめ……限界……!」
彼女はたまらず岩戸を開け外に飛び出した。その瞬間である。千瀬の世界が一気に反転した。
「よし今だ」
「え……き、きゃぁ!」
彼女の足元にロープが絡まり、彼女は逆さ吊りにされてしまった。天岩戸の上にはカティーナ・白房(
jb8786)が満面の笑みを浮かべている。
彼女はこの瞬間をひたすら待っていた。仲間たちが宴に興ずる中ひっそりと岩戸の入口にロープを設置する。誰かが彼女に気付いたとき、カティーナは言った。
「要は、顔を出した所で引っ張り出せばいいんだろう?なら、相応の準備をしないとねぇ」
その結果がこれである。これはひどい。
「日曜大工は得意だからねぇ。任せておくれよ――え、何? そういう問題じゃない?」
だからといって逆さ吊りにされた千瀬は溜まったものではない。必死に捲れあがる裾を抑えながら、なんとか降りようとぶらんぶらんしていた。
「あ、あの……その、お、降ろして……」
「あら、腰に巻くつもりが足に引っかかっちゃったかい。でも顔を出したのが運の尽き。アンタ、年貢の納め時だよ」
「あう、ぅぅ……」
千瀬はまた岩戸に引きこもりたい気分になった。多分、二度と出てきそうにない。
だが、そうは問屋が卸さなかった。
ひかるは急いで空いた岩戸に潜り込む。そしてどこから持ってきたのか爆弾をセット、起爆。
「破壊!」
どん、という腹の底から響く音。岩戸は内部から崩れ去った。
「……くすん」
千瀬はもう、何も言えなかった。
「いやいや、悪いね。ちょっと豪快過ぎたかい?今降ろしてあげるからね」
せめて慰めてあげるようカティーナは優しく千瀬を降ろすのであった。
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こうして天岩戸から無事(?)アマテラスを引きずり出すことができた。空からはさんさんと太陽の光が降り注いでいる。
「……ひ、ひどい、目に……あいました」
「これも皆との縁を深めるという意味でまあ……焼きマシュマロ作ったで御座るが、いかがで御座る?」
「い……いただき、ます……」
千瀬は虎綱から受け取った焼きマシュマロをはむはむ食べた。逆さ吊りや煙で燻されたせいで服がボロボロだが。
「そうそう♪それに美味しい馬刺しや燻製肉もあるよ」
「お馬はもう……結構、です……」
十六夜の言葉にも千瀬のテンションはだだ下がりであった。
「あ、あの……皆さんアマテラス様の事を思ってですね……ほ、ほら!」
なんとか宥めながらも、ユウは宴会の一角に千瀬を連れて行った。そこには1人分のスペースと食べ物が置かれている。
「アマテラス様の分もちゃんと用意しておきました。存分に宴を堪能してください」
「ユウさん……!」
千瀬はここに来て、初めて味方ができた気分だった。
「おや、美しいおひいさん。一緒に飲むかい?まだまだ宴は闌だよ」
夏藍は千瀬の隣に付くと彼女に盃を渡す。酒を薦めながらも、彼は崩れ去った岩戸を眺めていた。
「しかし岩戸の奥は暗くて狭い様だね。引き……充電期間を思い出すよ」
「尼ヶ辻さんも……入って、みます?」
千瀬は聞いた。
「いやいや、行かないよ。今は皆とこうしているのが新鮮で楽しいからね」
「そう、ですか……」
千瀬はほぅ、と安心するかのようにお酒に口を付ける。ほのかな甘みが舌に広がった。
こうして太陽は無事、元の姿に戻ったのであった。