収穫を終えたばかりの畑に炎が登る。
剣戟のトーン。身が震え上がりそうな奇声。翼の羽ばたく音が周囲を支配していた。
ここは戦場。地獄の一番街。
「竜退治か……相手に不足はないな」
水無月 望(
jb7766)は空を舞う金焔竜を見上げながら拳を撃ちつける。
気合いは充分であった。
「アレを狩れば竜殺しでも名乗れるか?」
「おー、それは素敵です。それにしてもカックイイ敵さん達ですねー」
頭に乗せたシルクハットを軽く抑え、ハートファシア(
ja7617)も天を仰ぐ。その瞳は眠そうであり、しかし輝きに満ちている。
「学園にも、こんな感じの像を置きませんか?」
「いいねいいね。正門辺りにドン!ってあると貫禄あるよね」
アナスタシア・スイフトシュア(
jb6110)はハートファシアに合わせ朗らかに笑う。
「それにしても……あの敵硬い?」
彼女は遠くで企業撃退士と戦っている青銅兵を指差しながら言った。
「うぅん、見た感じ強そうです」
両の手で握るトートバックを揺らしてソーニャ(
jb2649)は答える。そして、何やら中身を気にするようにバックを開けるソーニャに饗(
jb2588)は気付いた。
「どうしました。なにか忘れ物でも?」
「あ、いえ」
ソーニャは慌てた様子で顔をあげた。
「中に小麦粉を入れてるんです。粉ものだから気を付けないと……」
「小麦粉?」
饗は興味深そうに首を傾げた。ソーニャは「はい」と答えバックから袋を取り出してみせた。
「無事に余るようならみんなでクレープとかワッフル作りましょう」
「甘いモンもいいが」
ちろり、口の周りを舌が這う。悪食 咎狩(
jb7234)は敵の姿を想像してくくく、と笑い声をあげた。
「木偶人形と蜥蜴の味はどんなものかねぇ。少しは楽しませてくれるんだよなぁ?」
刹那的快楽主義者は嗤う。今まで無差別に喰らってきた彼が欲するのは勝利か、それとも――。
そんな彼の隣で虎綱・ガーフィールド(
ja3547)は扇子で口元を覆う。
敵は強大な波として襲い掛かってくる。どう立ち向かうべきか?どうすれば勝利に導けるか?
いや、それ以前に。
(……さっきの人壮大に死亡フラグ立てておったな)
この戦闘における説明をしてくれたベテラン撃退士の身をどうしても案じてしまう。
ある者が言った。戦場で女房や子供の名前をいう時というのは、瀕死の兵隊が甘ったれていうセリフだと。
「ま、気にはなるが我らは我らの出来ることをせねばの……クロエ殿?」
「え?」
虎綱の言葉にクロエ・キャラハン(
jb1839)ははっと我に返った。
「どうかしたで御座るか?」
「ん、ああ、ごめんね。ちょっと考え事」
しんみりとした表情で彼女は戦場を見返す。
周囲では多くの撃退士達がガブリエル軍と戦っている。
亡き父の姿が脳裏に浮かんだ。
「お父さん、か」
先ほど檄を飛ばされたベテラン撃退士もここで戦っているのかと思うと、いてもたってもいられない気分になる。
天魔が生み出す不幸を減らすため。
「ねえみんな!」
彼女は一同を振り返り声を張り上げた。
「天魔をいい気にさせておくなんて気に食わないわ!皆殺しにしてやろうじゃない!」
撃退士達は勝利を誓う。彼らは戦場をひた走った。
●
クロエは田園地帯を一人走る。その手にはスナイパーライフルが握られていた。
「さぁて、行きますか」
今回の作戦は右翼の射撃隊、正面の飛行隊、左翼の対竜隊の3つに分かれる。
射撃隊が青銅兵と銀騎士を釣り、飛行隊が横槍を入れて金焔竜と遮断。その間に対竜隊が竜を足止めし、敵を殲滅するというもの。
しかし。
「……まさか私だけでやるとは思わなかったけど」
彼女に着いてくる者はいない。みな飛行隊や対竜隊として所定の位置についていた。
彼女は走りながらもヘルゴートを付与。そしてライフルのスコープを覗きこんだ。
その先には隊列を組んで進む竜と騎士達の姿。まだこちらには気付いていない。
「ここから先へは行かせません。帰しもしません。ここで死になさい」
射撃。硝煙の煙が上がる。
スコープの中で青銅兵が一体崩れ落ちた。
「あははっ、いい的ですね!さあ、次を……」
刹那、レティクルの端で銀の光が迸る。
シルバーナイトチャージ。クロエのスナイパーライフルを確認し、文字通り矢のごとく銀騎士がこちらへ突進してくる。
「来ましたね!さあ、この後は作戦通りに……!」
彼女は飛行隊の横槍が入るのを待った。
だが、
「え……」
いくら待っても飛行隊の攻撃が来ない。やがていくらと立たないうちに銀騎士が目前に迫る。
「そんな、どうして!」
クロエは必死に回避行動を取った。だが、遅かった。
「きゃぁ!」
勢いの乗った銀騎士の剣が彼女を袈裟切りにする。
クロエの意識は一瞬で刈り取られた。
●
広大な田畑にそれぞれの翼を広げる4人の姿。正面にはこちらへ進軍してくる竜と騎士達があった。
ソーニャ、水無月望、アナスタシア、悪食咎狩。彼らは飛行隊としてクロエが騎士達を釣り寄せるのを待ち構えていた。
「クロエがライフルで騎士達を寄せたら、ボク達が遠距離攻撃で横槍を入れる……でいいんでしたよね?」
ソーニャは事前に決めた作戦を確認する。
望は「ああ」と答えた。
「俺は上空から接近して敵を叩く。足並み崩しちまえば後はクロエの的だな」
「気を付けてくださいね?」
ソーニャの声が優しく響く。
「作戦ぐらいちゃんと合わせとけよぉ」
咎狩はそんな2人に声を掛けた。
「でないと後で泣きをみることになるぜぇ?」
「そうですね……ところで、悪食さんはなんでここにいるのでしょうか?」
ソーニャは不思議そうに聞いた。
「確か対竜隊でしたよね。左翼側が定位置では……?」
「俺もちょっと考えがあってねぇ」
咎狩はにやり、と笑みを浮かべた。
「やることやったらすぐに左翼側に戻らせてもらうがなぁ」
「へー、そうなんだ」
あっけらかん、とした表情で咎狩を眺める。アナスタシア。そして彼女はいの一番に天使の翼を広げ、空へと向かう。
「じゃあ、あたしは思いっきり飛び回って竜の攪乱に向かうよ。とびっきりのサンダーブレード叩き込んじゃうんだから」
自身たっぷりに意気込みを語るアナスタシア。彼女はウイングクロスボウを手に金焔竜のいる方向へと飛んで行こうとした。
その時である。正面の敵部隊が光を放った。
「さて、どうやら釣られたみたいだな――!?」
望は目を疑った。
銀色の光がクロエのいる右翼側へ向かう。だが、黄金の閃光を放つ――ブロンズソルジャー達は違った。
真っ直ぐ、彼らに向かって突撃してくるのである。
●
銀騎士はチャージの勢いを殺し、そのままクロエへと迫る。
とどめを刺すためだ。
長剣を天に掲げ今にも彼女の胸に突き立てようとしたその時。
「後ろががら空きですよ」
銀騎士の背後で風景が揺らめいた。
幻によって田畑と同化していた饗が鎖鞭をしならせる。
驚き振り向く――が、その前に饗の一撃が銀騎士の美しい顔を打ち砕いていた。
ヘルゴートを付与した攻撃は致命となり、銀騎士を土に塗れさせる。
「もう終わりですか。さて……」
饗は余裕綽々と言った表情で周囲を見渡した。
安全を確認した饗はクロエを担ぎ上げる。
「ほら、いつまでもここで寝てたら危ないですよ。今から後方へ――」
がちゃり、と。
「!?」
音が鳴った。今度は饗が驚愕する。
「まだ生き――」
血飛沫が上がった。銀騎士の剣が極端に負のレートへ傾いた饗の体を易々と切り裂く。
銀騎士は生きていた。あと一撃が足りなかったのだ。
もし単独で行動せず味方と連携していれば。
もしクロエと協力する形で銀騎士と戦っていれば――見る光景は逆だったかもしれない。
銀騎士は瀕死の体を引きずり、逃げるように去っていった。
●
閃光を巻き上げこちらに突撃してくる青銅兵。
望は声を張り上げた。
「まずい、下がれ!」
次の瞬間、
「きゃあ!?」
アナスタシアの目前を猛烈な速さで青銅兵が突っ込んできた。ブロンズナイトチャージの勢いを利用して青銅兵は跳躍。空を飛ぶ彼女に切りかかる。
正面の青銅兵達は黄金の輝きを放ち、次々と飛行隊に迫ってきていた。
「木偶人形共はクロエの方で引き付けるんじゃなかったのかぁ!?」
「まさかクロエさんに何か……?」
予想外の展開に咎狩は歯噛みする。ソーニャも戸惑いを隠せないでいた。
「いや違う……アナスタシア!」
望は慌てて回避行動を続けるアナスタシアへ声をあげた。
「そのクロスボウを今すぐ仕舞え!奴らはお前に反応してこっちに来てるんだ!」
「えぇ!?」
彼女は目を見開く。
青銅兵や銀騎士は遠距離攻撃を持つ者を優先的に狙う。それは事前に与えられた情報にあること。
そして彼らの正面には射撃武器であるクロスボウを持ったアナスタシアがいる。故に彼女が狙われたのだ。
「し、仕舞えって――わぁ!」
そうこうしている間にもチャージが彼女目掛けて飛んでくる。勢い任せに跳躍してくる敵に彼女はなす術を持たない。
瞬く間にアナスタシアは青銅兵の槍に刺し貫かれ、地面へと落下していった。
望は声を荒げて彼女の救出に向かう。敵はいまだに彼女を狙っているのだ。
彼女の正面に立つ。大剣を前面に構え衝撃に備える。
甲高い音が鳴り響いた。
「そう好き勝手させねぇよ」
そのまま大剣の腹を滑らせる。バランスを崩す青銅兵を彼は切り捨てた。
「これでどうでしょうか……!」
ソーニャは突撃してきた青銅兵に小麦粉を投げつけた。
粉塗れとなった青銅兵は目標を見失い突撃の軌道がずれる。
そして手に持ったミューズの紋章から音符型の刃を飛ばす。敵の体を魔法の刃が切り刻んだ。
「ったく、ちぃっとばっか予定が狂ったなぁ」
アナスタシアを狙って一ヵ所に集まった青銅兵達。咎狩は水月霊符を取り出すと奇門遁甲を展開。
兵士達の方向感覚を狂わせ混乱へと誘う。
「人形ならそれらしく踊ってなぁ」
「受け取れ……これが、貴様に死を告げる闇の剣だ」
混乱した銅兵士の頭部へ望がとどめの一撃を放った。
残る青銅兵は3体。彼は皮肉そうに笑ってみせる。
「やれやれ。竜殺しを名乗るのはおあずけ、か」
地に伏せるアナスタシアを守りながら仁王立ちする望。
遠くではソーニャが飛び回りながらミューズの紋章で青銅兵を攻撃していた。
「このままじゃ――あ!」
青銅兵の槍が一斉に望を包み込んだ。彼はついに攻勢に耐えきれず地面に崩れ落ちる。
彼女は決心した。
「……ボクがなんとかするしかないみたいだね」
音符型の刃を飛ばす。青銅兵達は一斉にソーニャに視線を向けた。
彼女はそのまま逃げる。青銅兵は追う。
高速での一撃離脱。青銅兵に遠距離攻撃を行う手段はない。チャージも2度は使えない。
完全に彼女の独壇場であった。
●
銀騎士と銅兵士を送り出した金焔竜は上空で吠え声をあげる。
そんな竜に近づく一つの影。ハートファシアであった。
「ほら、美味しいご飯はここですよー?」
彼女は香水による果物の匂いを放ちながら竜の正面へ立つ。そして雷帝霊符の一撃を金焔竜に放った。
竜は猛る。そしてハートファシアにその牙を向けた。
柔肌を竜の顎が掴む。同時に金の鎖が現れ、彼女を絡め捕った。
「わー、食べられるー」
だが、ハートファシアは余裕の表情をしている。まったく危機感がなかった。
「虎綱さーん!今のうちです!」
「その覚悟まこと天晴れ!」
潜行していた虎綱が飛び出す。そして十字手裏剣で金焔竜の羽を切りつけた。
作戦は単純明快。ハートファシアがわざと噛み付かれてブレスを封じ、その間に味方が竜を倒す。
「これなら炎も使えまい。兵と戦う者達の為にもお膳立ては任せていただこう!」
竜のドラゴンテイルが虎綱を襲う。回避。逆に十字手裏剣を近距離で当てて竜に傷を負わせる。
戦況は順調に撃退士達へと傾いていた。
その時、
「待たせたなぁ加勢するぜぇ!」
咎狩が上空を猛スピードで近づいてきていた。
虎綱は味方の到着に明るい顔を見せ、しかしすぐに表情を引き締めた。
「ずいぶんと遅かったで御座るがいかがなされた?それにアナスタシア殿は……」
「ちぃっとトラブっちまってなぁ」
咎狩は吸魂符の一撃を金焔竜に与える。竜から生命力を吸い取り咎狩の傷を癒す。
「蜥蜴にしちゃまあまあの味だねぇ」
青紅倚天を構え、咎狩は竜の周囲を飛び回る。首を狙い、はたまた距離を取って光陰護符の一撃を放つ。
「クカカッ、所詮は蜥蜴。大したオツムはしてねぇなぁ」
竜はたまらず、ハートファシアを解放して咎狩に炎を浴びせようとする。
だが、
「放しませんよー」
ハートファシアがそれを許さない。彼女は逆に竜の顎にしがみついた。
「トラブルがあったのなら早めに決着を付けないといけませんね」
瞳は紅く、両肩には巨大な黒蝶。
巨大な魔法槍となったファントムイレイザーにさらにを纏わせ、
「さぁ、美味しいご飯を召し上がれ」
竜の口へА.Громを何度も放つ。
金焔竜は血を吐き宙を舞い、地面に崩れ落ちた。
「お休みなさいませ。良きデッドライフを」
「安らかに……とでも言っておこうか」
虎綱が竜にとどめを刺す。ぐぁお、と一鳴きして竜は力尽きた。
「ふむ、こちらは終わり。他は信じるほか……おや?」
虎綱は気付く。遠くから飛来する存在。
それはソーニャであった。何かから逃げるように飛行し、たまに音符型の刃を飛ばす。
青銅兵と銀騎士が彼女を追いかけていた。
「まだ生きてたのか。しょうがねぇなぁ」
咎狩は空から急速に青銅兵に接近。青紅倚天の刃で銅兵士を切りつけた。
同時に虎綱も銀騎士へと駆け寄る。盾の上からの攻撃。だが、瀕死の敵にはそれでも十分。
銀騎士は衝撃に耐えきれず崩れ落ちた。
「大丈夫で御座るか!?」
「はぁ、はぁ……ありがとうございます」
ソーニャは荒い呼吸を繰り返す。
彼女は自慢の移動力を活かし、敵を寄せ付けず、逃げながらも遠距離から攻撃を繰り返した。
途中、瀕死の状態で彷徨っていた銀騎士とも遭遇。それでもさながら戦闘機のように戦い、今に至る。
「それはまずいですね。急いで助けないと」
彼女から飛行隊の現状を聞いたハートファシアは走る。
1分隊は倒したものの、まだ周囲では激しい戦闘が行われているのだ。そのまま別の分隊にでも襲われたらひとたまりもない。
「こうなるとクロエ殿も心配で御座るな。時間との勝負で御座ろう」
「いや大丈夫だ」
声が響く。どこから現れたのか、それは始めに説明をくれたベテラン撃退士であった。
彼の背にはクロエが意識無く負ぶさっている。
「諸君らの仲間達は私達のチームが回収した。それよりも悪い知らせがある」
彼は語る。ガブリエル軍の第二波が接近しているらしい。
その数は現在の攻勢にも引けをとらない大勢力。
「一旦拠点まで後退し態勢を立て直す。君達は無理をせず私たちについてきなさい」
そうして彼らは撤退を開始するのであった。