「私の名はミレイ!」
ヴァニタスは名乗りを上げる。
「冥界の武門ミーシュラ家のメイドとして、推して参る!」
「武装メイドとかどこから影響されんてんだ」
千葉 真一(
ja0070)は飛び出してきた彼女へ目を向け、一度立ち止まった。
怖れではない。
「ま、名乗られたからには応じないとな。変身っ!」
勇気を胸に。光纏した彼は熱き闘志を身に纏う豪放磊落なヒーロー。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!これ以上好き放題させる訳にはさせないぜ!」
赤いマフラーを翻し突進。ミレイと矛を交えた。
「ミーシュラ家とか言ったな。一体何が狙いだ!」
「その問いにはお答え致しかねます」
「ストレス、溜まっておるのではないか?」
真一の背後から虎綱・ガーフィールド(
ja3547)が飛び出した。
投げ飛ばした十字手裏剣を弾き返し、ミレイは2人から一度身を引く。
大剣を横に構え、
「私の返事は、この剣のみでございます」
彼女はダンスを踊るかのように体を舞わす。遠心力を伴う大剣は破壊力を増して襲い掛かった。
「さあ、見事受け止めてごらんなさい!」
その一方、
「……何が目的なんてことはどうでもいい」
彼らの後方で光の翼を背にしたイシュタル(
jb2619)は空へ舞いあがった。
どこかけだるげな彼女。このまま消えて無くなりそうな雰囲気。
だが、
「でも、もう少し場所を考えて暴れてほしいものね……」
果たすべき責任は果たさなければならない。
「天界領の目の鼻の先で冥魔なんて面倒なことになりそうね……!」
イシュタルを見上げながら弥生 景(
ja0078)は走った。
視線の先には山の稜線が広がっている。その向かいは天界の勢力圏に入る。
つまり――。
「いつ横槍が入るかわからないもんね」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)の言葉に一同は頷き返した。
「言ってみればここは天界の庭先のようなもの。そこで冥魔が暴れてるとなればいい顔はしないだろう」
鴉乃宮 歌音(
ja0427)は言う。
なぜか歌音は猫耳メイド服。敵の将と姿が微妙に被って紛らわしい。だが、歌音はそんなこと気にしない。
相手がメイドさんということでの対抗だとか。
「なるべく早めに倒さなくてはならないな」
鳳 静矢(
ja3856)が号令をかける。
「私たちも行こう」
その言葉を最後に彼らは各々の対峙すべき敵へと駆け抜けていった。
●
「ちと数が多いな」
フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は進む。目的は地を駆けるヘルハウンドの群れ。
しかし、前方ではワイバーンが飛来している。激突は必定――かと思われたが。
「さあ、私が相手よ」
翼を広げたイシュタルが上空から流星のように迫る。それに気づいたワイバーンは彼女を攻撃対象と認めたようだ。
「先に行って……あれは私達が引き付けるわ」
「うむ。任せるぞ」
彼女を信じて進む。
そしてにやり、と。
「さあて、どう躾け直してくれようか」
彼女は不敵な笑みを見せた。
多量の武器を周囲に投影。その切っ先を一体のヘルハウンドへ向ける。
「犬風情が……どれだけ凌げるか見せてみろ」
プレッシャーがかかる。ヘルハウンドは唸り声をあげた。
だが、
「……ふん」
円卓の武威の先端をすぅ、と滑らせた。
ぎゃん、という悲鳴。それは最初に狙っていたヘルハウンドとは別の個体。
「対多数で身構えた相手に馬鹿正直に仕掛ける阿呆がいるものか」
不意打ち。だが、それは非を唱えられるものではない。
「これも正当な戦術というものじゃて。もっとも、獣に講釈したところで理解できんだろうがな」
ここであることに気付く。
「……ん?」
味方からの援護がない。不審に思い彼女は目線を一瞬だけ後ろに向けた。
そこにはミレイ、ヘルハウンド、そして空中へと目線を動かす景の姿が。
彼女はミレイへと牽制射撃を行う。
そしてヘルハウンドへと銃口を向け――ようとしたところで上空をワイバーンが飛来する。
「上空にも敵……!」
空中にも意識を向けていた景は咄嗟に銃を上空に向けた。
だが、その間にもフィオナがヘルハウンドに包囲されようとしている。
「あーもう、どうしたら……」
ミレイの動きを制限し、ヘルハウンドにも牽制射撃を行い、さらには空中の敵にも対応――。
それらを同時に行える程人間の体は器用にできてはいない。景は完全に自縄自縛に陥っていた。
照準をあちこち動かしているうちに、フィオナは完全にヘルハウンドに囲まれてしまう。
「孤軍、か」
四方から吠えるヘルハウンドに直剣を構えるフィオナ。
彼女の笑みは消えない。むしろこの状況を楽しんでいるよう。
いや、間違いなく楽しんでいる。その証拠に彼女は時間のかかるスキルの入れ替えを今ここで行っているのだ。
「これぐらいの事態は何度でも経験しておる。来やれ畜生、我自ら相手とすることをあの世で自慢せよ」
その言葉を皮切りとして一斉にヘルハウンドの群れが彼女へ襲い掛かった。
攻撃を華麗にかわす。身を反らし、入れ替えたばかりの覇王鉄槌で敵を打ち砕く。
その頃、
「とりあえずその翼を折っておこうか」
猫耳メイドの歌音は天翔弓を空に向けた。その目線はイシュタルと戦うワイバーンの翼にあった。
幻視撃墜『弓兵』の一撃がワイバーンの胴体を貫く。銀色のアウルが翼の自由を奪い地面へと突き落としてた。
「よし、チャンスね」
それを見てイシュタルは冥魔眷属に対する属性攻撃を武器に付与する。
この一撃で敵は落ちる。そう、確信した。
だが、
「なっ……!」
ワイバーンは力を振り絞って起き上がる。そして再びイシュタルの目前まで飛翔した。
火炎がイシュタルと歌音の2人へ同時に襲いかかった。
「きゃぁ!?」
「くぅ、しまったな」
体に付いた火を払う。その隙をワイバーンは見逃さない。
もう一撃。口を開いたその瞬間、
「それ!」
ソフィアのライトニングが迸った。雷光は一瞬でワイバーンの口元を焼き尽くす。
「2人とも大丈夫!?」
ソフィアは炎を払い終えた歌音へと駆け寄った。
「うむ。ちょっと服が焦げてしまったが、問題はない」
イシュタルが咄嗟に放った乾坤網が彼女の身を守ったのだ。
そして当のイシュタルも上空で手を振って答える。まだ戦える、と。
「よかったー。気を付けないとね」
ソフィアはそのままアハト・アハトの銃口を遠くで旋回するワイバーンへ向けた。
「空を飛んでるのは厄介だから、まずそっちを落とさせてもらおうかな」
轟音と共に太陽の様に輝く魔力弾が発射される。それは寸分違わずワイバーンの横腹を撃った。
「今度こそ――」
身悶える竜にイシュタルは高速で接近。付与した属性攻撃はまだ解いてはいない。
「ここで……落とすわ」
蒼銀色の槍が桃色の軌跡を放つ。悲鳴を上げる間もなくワイバーンは絶命。地面へと落ちていった。
これで落としたワイバーンは2体。
一方地上では――。
「痛ぅ!」
ぎぃぃん、と重い音が響いた。ミレイの大剣に真一は弾き飛ばされたのだ。
彼女は大剣を文字通り「振り回して」攻撃してくる。
その動きはまるで円舞曲《ワルツ》でも踊るかのよう。
「千葉殿!」
咄嗟に虎綱は十字手裏剣をミレイの足元へ投げつけた。
彼女は一瞬だけリズムを崩す。その隙を逃さず真一は距離を取った。
「あれはなかなかに厄介だぜ」
シルバーレガースを一旦収める。そして真一の持つヒヒイロカネは姿を変えた。
「ゴウライソード、ビュートモードっ!」
蛇腹状に分割された剣がワイヤーの動きに従い、波を打つ。
ワイヤーを巻き取り真一は剣を構え、
「女だからって俺は容赦はしないぜ。ルート……アウト!」
回転するミレイの足元目掛け鞭のように蛇腹剣を薙ぎ払った。
「ぐっ!」
軸足を打たれてミレイは回転を止める。
「コマを止めるには……っと。ところでミレイ殿」
その隙をついて虎綱は一気に彼女との距離を詰めた。
「話は変わるけどディー殿とコーのヤツは仲が悪いのかね?」
「……それはどういうことでしょうか?」
予想外の問いに彼女は眉を顰める。
「いやなに、この前コーのやつに会ったとき聞き捨てならんことを言っていた気がしてな」
「メイドでしかない私にお答えはできません」
ミレイは即答で返す。
「そもそも、それを聞いて如何するおつもりで?」
「出来れば親子仲良くしてほしいのさ。こんなこと某が言うとおかしいかもしれんがね」
「貴方が何をなさろうと構いません」
バックステップでミレイは距離を開ける。
「ですが心配される謂れはありません!」
剣を横に構える。再びの回転。
「またそれか。いい加減に目を回さないのかよっと!」
『ROOT OUT!』の鳴り声高く、再び稲妻のごとき一撃を放つ真一。
だが、それはミレイにとっても想定内。
「そう同じ手は喰いません!」
薙ぎ払う蛇腹剣を飛び越える。回転のリズムを崩さず彼女は大剣を振るう。
「そこまで無能じゃないってことか!」
すぐさま真一は蛇腹拳のワイヤーを巻き戻す。今度は彼がジャンプ。ミレイの頭上を狙った。
火花と共に激しい鍔迫り合いが起こる。
そんな激しい戦いを他所に対空攻撃は着々と行われていた。
地上で戦う味方へワイバーンの炎が及ばぬよう、静矢は狙撃を続ける。
「くっ!」
ワイバーンの炎が火柱となって静矢に襲い掛かった。
服の裾を焦がしながら彼は道路から田畑へ抜ける。反撃の銃弾がワイバーンの翼を射抜いた。
一瞬、動きが揺らいだ。その瞬間を狙ってソフィアのライトニングが敵を撃つ。
これで3体目。残り1体。
「さてさて、これで厄介なのは全部落ちたかな」
歌音の幻視撃墜『弓兵』が最後のワイバーンを打ち落とす。
今度は再び飛行する間も与えず、イシュタルが敵の胴体へ急降下。メタトロニオスで大きな体を刺し貫いていた。
「これで片付いたかしらね」
一仕事やり終えた表情で穂先に付いた血を払う。
そして、
「あとは……あれね」
さらに上空目指して彼女は羽を広げる。そこには周囲に目を向けながら上空を旋回する4羽のワイルドイーグル。
イシュタルの接近に気付いたイーグルがその爪を剥いて急降下してきた。
「ワイバーンに比べればこのくらい、なんてことはないわ」
攻撃を軽く薙ぎ払う。返す刀で槍の穂先を鷲の体に突き刺す。
「……ここまで、ですか」
ミレイは墜落するイーグルを見あげ、囁く。
イーグルは不意の攻撃を避けるため索敵能力を高くしたが、戦闘能力において見劣りするものがあった。狙われればひとたまりもない。
また一羽、静矢の弾丸を受けてイーグルが畑に墜落する。
ヘルハウンドはどうだ。
フィオナを取り囲んだまではいいが攻撃は悉く回避されていた。景の牽制射撃もようやく効いてきており、ダメージが蓄積しつつある。
「天界の手の内が見れないのは残念ですが……仕方ありません」
潮時を感じたミレイは2人から大きく距離を開けた。
「どうした?もうお終いか?」
「そうさせていただきます」
「もう少し踊っていてもよいので御座るよ?」
「いいえ」
彼女は居住まいを正した。そしてスカートの裾を摘まみ上げ一礼。
「今回は潔く引かせていただきます。それでは――」
だが、その時。
「!?イーグルが!」
上空を旋回していた生き残りのワイルド―グルが大きく喚いている。何かを報せようとしているみたいだ。
それはハヤブサの群れ。否。
「サーバント……!」
ミレイははっ、と山を見上げた。
こちらへ向けて山肌を駆け下りる獣達の姿。
何匹、何十匹というイノシシ型サーバントによる大群。それらを先導するかのように飛行する上深紅の炎鳥。
ぞわり、と。
「……!」
ミレイは近場にそびえる建物の残骸へと飛び乗った。
同時に感じる悪寒のような感覚。
強烈な殺気。
彼女は気配の出所に目を凝らした。
そして先ほど真一と虎綱にしたような、いやそれ以上に丁寧な礼を施す。
「撤退する!血路を開いて帰還せよ!」
彼女は生き残りのディアボロへ向け命令を出した。
やがて街にサーバントの大群が殺到する。
「やっぱり来た……!って、数多くない!?」
押し寄せるサーバントを驚愕の瞳で見つめる景。それはまるで津波のようであった。
「あーもう、蜂の巣を突いちゃって!」
ソフィアのライトニングが先行するイノシシの体を貫く。だが、1体倒れたぐらいで波は収まらない。
「待った」
歌音はソフィアを制止させた。
「様子がおかしい、攻撃を控えて」
彼女達を無視するかのようにサーバントはすり抜けて行く。
「標的は私たちじゃないみたい!」
景は安息の息をついた。
サーバントは撃退士達を狙っていない。そう、狙いはディアボロにあった。
フィオナを囲っていたヘルハウンド達は瞬く間にその波に飲み込まれる。
「なるほど。敵の目的は異分子の排除か」
フィオナはイノシシの間をすり抜けながら空を見やる。
上空で逃げ回るイーグルも大量のハヤブサ軍団に追われ遠くに逃げ去った。
「威力偵察……といったところか」
撤退するミレイを見送りながら静矢は思案する。天界の領土に近いはずの地での戦闘。そして手際よく速やかに去るヴァニタス。
「人類に対してなのか、天界に対してなのか……わからないが、な」
やがてサーバントの大群は冥魔の軍勢を追いかけて街を去った。
残されたのは瓦礫となった街並みと撃退士達だけであった。
●
ミレイは逃げながら考える。
――サーバントの大群を仕向け、なおかつこちらを射殺すような殺気を放つ存在。
「なるほど。あれが婿殿の言われてた『騎士団』というものですか」
遠くでちらり、とだけ見えた天使。あれだけのプレッシャーを受けたのは初めてであった。
天界の勢力圏の間近とはいえ、ある意味過剰とも取れるほどの戦力投入。
そして騎士団員の出現。
「……婿殿に報告しておくべきでしょうね」
なにかただならぬものを感じる。その思いを抱いて彼女は帰還を果たすのであった。
●
「逃げたっすか」
武器を下ろす。彼女はため息をついた。
「まったく厄介っすねぇ。こんな大事な時にわざわざ攻めて来なくっても……狩りだされる身にもなって欲しいっす」
焔劫の騎士団が一柱《紫迅天翔》リネリアは不満を漏らす。
――ウリエル様のお膝元で暴れている不届き者がいるから追い払え。
そう命じられた彼女はここまで来たのであった。
眼下を見渡せば戦闘の後処理に駆けまわる撃退士達の姿。気付けば見知った顔もちらほら、と。
腰元で白虎ががぅ、と鳴いた。
「なんすかふーちゃん?ああ、人間っすか?今日は別にいいんじゃないっすかねー。言われたのは『冥魔の連中を追い払え』ってだけっすから」
気だるげにリネリアは答える。納得したように白虎はもう一度声をあげた。
「さあ帰るっすよ。ヴァニタスを追いかけてったチュエさん達を呼び戻すっす」
天使と白虎は人々の前に姿を見せることなく去った。
ただ一言。
「これからもっと忙しくなるっすからねー」
その言葉を残して。