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「ほら起きた起きた!」
唐突に寮の扉が開いた。
朝の陽ざしを背景にエルフリーデ・クラッセン(
jb7185)が天道の寝床まで入ってくる。
「今日から朝練行くよ!おーきーろー!」
「わ、わわわ!」
強烈に毛布を引っ張るエルフリーデ。
「目は覚めた?外で待ってるから、身支度終わったら学園までランニング行くよ!」
その言葉を残してエルフリーデは部屋を出ていった。
初日から遠慮のない彼女に苦笑いをしながら、天道はパジャマを脱ぎ始めた。
その途中、ふと彼は姿見に目を通す。そこには女性の様にひ弱な体。
彼は決意を込める。
――強くなって見せる。
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揃って学園までの道をひた走る。校門を過ぎると2人はグラウンドへ向かった。
「自分だって未熟なのはわかってるもの」
腹筋する天道の足を抑えながらエルフリーデは言った。
「だから、きみには自信と勇気を持つことを知ってほしいの。君が虐められた連中がどのぐらいの強さかは知らないけど、終わる頃には連中に対する恐怖は無くなると思うよ」
ある程度筋トレを終えた2人は、そのままシャドーボクシングに入る。
「さあ、打ち込んできて!」
受ける役のエルフリーデはミットを防具を何もつけていなかった。
ミットもなく、血色の良い掌を広げている。
「これはね、あたしの防御訓練も兼ねてるの。だから遠慮なく打ち込んできて」
その言葉に天道は恐る恐る拳を振るう。
「ほら、そんなんじゃ相手を倒すことができないよ!」
「は、はい!」
しばし、攻防が続いた。
「お、やってますね〜」
そうこうしているうち、星杜 焔(
ja5378)がグラウンドに姿をあらわした。
「おはよ〜。どうかな、彼は?」
「筋はいいと思うよ」
「へ〜」
エルフリーデの返事に焔はゆったりと答える。そして荷物を木陰に置くと、軽くストレッチをして体をほぐした。
「じゃ、ちょっと僕とも組手をしようか〜。桂川君は阿修羅だっけ?」
「はい」
「カオスレートの効果を実感しておくと戦いやすいよ〜。タフな相手にも効果的にダメージを与えられるから」
そうしてエルフリーデとチェンジする形で焔は天道と組手を交わす。
気が付けば、時刻は12時を指していた。
「そろそろお昼にしようか〜」
組手を終えると、焔は荷物を漁りだした。
そして大きめの弁当箱を取り出すと天道に手渡す。
「おかずは鶏のささみの照り焼きとヒレ肉の野菜炒め、それと出汁巻卵なんだよ〜。桂川君はアレルギーとかないよね?」
「あ、大丈夫です」
「ならよかった〜」
「ありがとうございます」
「わぁ、おいしそうだね!」
「エルフリーデちゃんの分もあるから、一緒に食べよ〜」
「やったー!」
そうして3人は手近なベンチに腰を下ろし、しばしランチタイムを楽しんだ。
天道が程よく焦げ目のついた卵焼きを突いていると、
「ねえ桂川君」
焔はゆっくりと声を掛けた。
「君は、力をつけたいって言ってたよね〜」
「はい」
「力を付けてもね〜、君をいじめていた人達のような使い方はただの暴力。真に強いとは言えないと、俺は思うんだよね〜」
突然の言葉に天道は箸を止める。
力があるから僕をいじめる。力がないから僕はいじめられる。
だから僕は強くなる。
けど――真に強い、とは?
「君には誰かを守る為に力を使える人になって欲しいな」
疑問渦巻く天道の体を焔の言葉が通り抜けて行った。
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午後になった。3人はボクシング部の部室へ向かう。
リングの脇でサンドバックの位置を調節する神埼 晶(
ja8085)の姿がそこにあった。
「私は高等部2年の神埼晶。桂川君、よろしくね」
そう言うと彼女は天道の上着をいきなりめくり上げた。
ほとんど筋肉のついていない、痩せた体に浮かぶ痣を見て納得したように声をあげる。
「よしわかった!私が君に、喧嘩を教えてあげるわ!」
彼女は用意したバンテージを天道の拳に巻きつける。拳を傷めないようにする処置だ。
「まずはサンドバックを叩くことから始めましょう」
天道は午前中に行ったエルフリーデとのスパークリングで覚えた打撃法を思い出し、1発づつパンチを繰り出した。
「もっと声を出して!」
「はい!」
「そうそう。そうやって殴り慣れてないといざって時に手首を痛めるからね。魔具はナックルだったっけ?対天魔にも応用できるかもね」
その言葉に励まされ、天道はさらにサンドバックを叩きつける。
やがて晶による特訓は第二段階に移った。
「よし、じゃあ次は肘と膝、それと頭で攻撃する練習よ。ここは鍛えなくてもはじめから固いから、喧嘩では特におススメよ」
そう言って彼女はサンドバックに肘鉄を当てた。
「タックルで相手の懐に飛び込んだら、肘や膝で攻撃するの。あ、あと相手の顔面に頭突きするのもいいわ。頭が痛いけど、相手はもっと痛いからね。相手の鼻の骨を折る気で思いっきりいくのよ」
「お、思い切り……ですか」
思わず後ずさる天道。そんな彼の肩を強く掴む。
そして晶はじっ、と天道の目を見つめた。
「いい?ガキの喧嘩で重要なのは、気合い、根性、度胸よ」
思わず目を逸らそうとする天道の顔を両手で握り込んだ。
「君にはその辺の気迫が足りてない感じがするわね。喧嘩は負けたと思わなければ負けないのよ。さ、続き続き!」
天道は言われたままにサンドバックに体当たりを仕掛ける。同時に肘、膝、頭突きと連続してぶち当てた。
その日の終わり、仕上げとしてリング上でスパークリングを行うこととなった。
相手は晶とエルフリーデ。
「対多数と戦うときは囲まれないように注意してね〜」
リング下でアドバイスを送る焔。そして鐘が鳴った。
「怖いのはわかるけど、目を開けてしっかり見て!」
真っ先に襲い掛かったエルフリーデの攻撃を必死に避けながら、天道は彼女の声に耳を向ける。
パワーこそ手加減しているものの、その拳は速い。
「目を閉じてたら避けられる攻撃も避けられなくなるよ!」
「は、はい!」
「敵はこっちにもいるということを忘れないで」
晶が天道の背後から襲い掛かる。
背中に衝撃が走り、天道は動きを止めた。
「足を止めると囲まれちゃうから、ロープとかの障害物もうまく使うんだよ〜!」
特訓は日が暮れるまで続いた。
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その日、天道は依頼斡旋所にいた。
隣には雪風 時雨(
jb1445)が掲示板を覗き込んでいる。
「まず最終目標を設定しようか……さあ、四国と群馬の好きな方を選べ!」
目的は天道に戦闘依頼を受けさせることである。彼は朝一番に天道を斡旋所に連れ出した。
無難な依頼に予約を掛けた後、2人はその足でグラウンドへ向かう。目的はもちろん、特訓である。
時雨はストレイシオン「雷」を召還。そのまま「クライム」する。
「雪辱を晴らすのは構わんが人を災いから救うのが撃退士、つまらん輩に構っていても仕方あるまい?」
同時に防御効果を広げ時雨はふふん、と自慢げな表情を向けた。
「さあ天道!細かい理論や理屈は抜きだ!好きなだけ掛かってこい!」
雷が唸り声をあげる。傷だらけのストレイシオンに天道は腰が引けてしまった。
「なんだ来ないのか天道?なら我らから行かせてもらうぞ!」
その言葉と同時に雷が大きく鳴き声を上げた。
「ひぃ!」
「脅えるな!立て!立って拳を撃て天道!敵の間合いを観察せよ!恐れず踏み込み敵の急所を穿て!」
檄を飛ばす時雨。そしてようやく天道は戦う決意を決めたのか、瞳をまっすぐ雷に向けて拳を振りかざした。
「よし、その調子だ!怪我を恐れるなよ天道!」
たとえ怪我をしても「ヒーリングブレス」がある。思い切り戦える場があるというのはそれだけでも貴重なものだ。
そして時刻は昼に差し掛かる。
焔にレシピを教えてもらい、自作した筋トレ用弁当を食べる天道。その横には虎綱・ガーフィールド(
ja3547)がいた。
虎綱は尋ねる。
「なぜおぬしは真っ向から戦おうとするで御座るか?」
戦いは避けるもの。敵とは対峙せず、如何なる手を使ってでも勝つ。
そういう信念を持った虎綱は、正面から不良達と戦う為の力を欲する天道を理解できないでいた。
「なぜって、あいつらが僕を襲うのは僕が弱いから……だから」
「理由はそれだけかね?」
「それだけ……?」
「お主、暴力を振るいたいのかね?」
天道は答えられなかった。
「ふむ。てっとり早く力を付けたいなら、これを使うが良かろうて」
言って、虎綱は懐から黒い拳銃を取り出した。
「これがおぬしの望む力そのものよ。凶器、素手、人数そんなものは振るう側の問題だ。殴られたほうとしちゃ大した違いは御座らん。痛いもんは痛い」
しばし逡巡したのち、天道は銃を返した。
「これがなければ立ち向かえないようなら、そもそも僕の力ではないと思います」
「お主は力に対する理解が足りんの」
虎綱は残念そうに天道を見やった。
「そも、撃退士は1対多では戦わん。地形を把握し、罠を貼り、敵を討つ。つまり不意を突くことで御座る。そのためには一度撤退することも重要。
ああ、決して卑怯ではない。彼我の戦力差を埋めるには常に状況を冷静に考えることこそ肝要ぞ。
たとえば、足元にある砂を相手に投げれば目隠しができる。そのまま不意をつけばよい。人は側面からの攻撃には極端に弱いもの。利用せん手はない」
虎綱の講義は続いた。
やがて弁当を食べ終えた天道はその足で柔道部の部室へと向かう。
畳が敷き詰められた部屋の中央では小田切 翠蓮(
jb2728)が舞を舞っていた。天道が来たことに気付くと、彼は流れるような動作で天道に近づいて行った。
「――天道とやら。おんしは“力”を得て何に使う?不良グループを叩きのめせれば満足か?」
不意に彼は問うた。
アウルの力を授かりながら、それを力なき者ではなく自らの為に振うという天道に。
天道は迷う。
力を付ければ確かにいじめられないかもしれない。
でも、その先は――?
「……未熟よのう」
答えられない天道に翠蓮は呟く。
「――とは言うものの、力無き正義が無力であるのは確か……。“力”の使い道を学ぶ事は悪い事ではあるまいて」
紫煙と共にため息がこぼれた。
我が故郷――冥魔界も地球も似たようなもの、か――。
しばし間を置き、天道は和服に着替えた。そしてラジカセから音楽が流れる。
「まずは我の動きを真似してみよ。“学ぶ”は“真似ぶ”を源としておる」
言われた通り天道は翠蓮から日本舞踏の動きを真似る。流れるようなその動きはまさしく“柔”である。
「剛と柔の技を積み重ね修行を続けて行くと、武の頂点としての舞に到達する。
阿修羅である天道ならば、武術の型を舞に仕立てそれを音曲にのせて踊る事は無駄にはなるまい」
天道が動きに慣れてきたところで、翠蓮は天道を正座させた。
その向かい側に自らも正座し、居住まいを正す。
「『三つの先』というものを天道は知っておるか?」
翠蓮は聞いた。天道は首を左右に振った。
「『先の先』は敵対する相手の「心中」の察知が重用となる。相手が来る刹那、行く意識を見せた瞬間、先に此方が動くという事」
扇を使いながら翠蓮は身振り手振りで説明する。
「『対の先』は相手の「動作」の察知を旨とする。動作に移る前の相手の無意識な癖などを含め、その動作を事前に察知し、気勢を制する。
『後の先』即ち、この待ちの先こそが多くの武道技術体系での基礎であり、受即攻撃也」
天道は興味深げにその説明に耳を傾けるのであった。
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特訓を始めてから数日経ったある日のことである。
天道を鍛えるために集まった6人は天道と一緒に帰路にあった。
「今日もよくがんばったな天道。大分筋肉もついてきてよい傾向であるぞ!」
時雨が天道の体を擦りながら言う。その感触は前に比べて、硬い。
男の筋肉によるものであった。
「ありがとうございます。これもみなさんのおかげです!」
天道がはきはきとした声で答えた。だがそんな明るい表情はすぐに消え去った。
彼らの目前に、例の不良グループがいた。
「よう!天道じゃねぇか」
そのうちの1人が気付き声を掛ける。それにつられてぞろぞろとグループが集まってきた。
「今日はずいぶん賑やかじゃねぇか」
にやにやとしながらグループのリーダーが話しかけた。
「ちょうどいい。今お前を呼ぼうと思ってたんだ。ちょいとツラ貸せよ」
リーダーが強面を天道の顔に近づけた。
また禄でもないことになる。天道はそう直感して身を震わせた。
それを見て翠蓮はふむ、と頷いて見せる。
「こちらこそちょうどいい。いっその事、果し状を出すのもよかろうと思ってたところだ」
「あん?やろうってのかあんたら」
グループの一人が凄みを利かせる。同時に他の面々も臨戦態勢を取り始めた。
それを晶は「私たちはどうこうするつもりはないわ」と諌めた。
「でも、男ならタイマンで決着をつけなさいよ」
「多勢に無勢とか無様もいいとこだよね」
エルフリーデも続く。
「いいぜ」
リーダーはにたり、と笑った。
「やろうぜ天道」
天道は力なく頷く。
そして戦いは始まった。
「おらぁ!」
リーダーの強烈な右ストレート。それを天道は両手をクロスして防御。
そのまま、体をスライドさせた。
リーダーの懐に入った天道は一度身を屈めると、力強く跳ね上がり顎に頭突きをかました。
「ぐぶっ!?」
そのままのけぞるリーダー。そして、そのまま天道は相手の顔面を力強く殴り飛ばした。
その瞬間、
「!」
天道の背筋をぞくり、と何かが駆け巡った。
リーダーが血反吐を吐き地面に崩れ落ちる。
「てめぇ!」
間髪いれず取り巻き達が襲い掛かった。
同時に天道を守ろうと一同は取り巻きを押さえつける。
「タイマンと言ったではないか。下らん連中め!」
それに呼応するように時雨は「雷」を召還。その巨体を生かし、不良達へ圧し掛かった。
「ていうか貴様等も天魔退治に忙しいとか言えるほど経験積んで無いな!?」
あっと言う間に抑えつけらえる不良達。
一同は天道の成長を祝い、健闘を讃えた。
「さて次は天魔討伐であるな天道!我も先週行ったが今は群馬のアバドンとか旬であるぞ!」
うきうきとした表情で天道の肩を掴む時雨。戸惑いながらも天道は一同に礼を述べた。
(……今のは)
リーダーの顔面を殴りつけた瞬間、天道は拳から“何か”が這い上がってくるのを感じた。
背骨を伝いぞくぞく、とするような感覚。
それが脳天に届いた瞬間、天道は思った。
――気持ち良かった。
翠蓮は体を震わす天道の肩を掴んだ。
「真の“力”とは、他者にひけらかす物に非ず――分かるか?天道よ」
「え?」
「心技体。今、おんしには技と体が備わった。だが、心をゆめゆめ忘れぬことだ」
「うむ」
翠蓮の言葉に呼応するように虎綱は手鏡を放った。
「それでおぬしの顔をよく見ておくがよい。力を使うお主の顔がヤツらと同じにならぬように、な」
天道は受け取った鏡で自らの顔を覗いた。
その顔は――恍惚に歪みつつあった。