●
夏も盛りを過ぎた昼下がり。
愛媛県に張り巡らされた国道、その途中にある喫茶店で久遠ヶ原学園の撃退士達と『研究院《祓》』の研究員達が打ち合わせをしていた。
彼らの表情は一様に険しい。
当たり前だ。これから向かう目的地はある意味『死地』なのだから。
外では店員が駐車場を掃き掃除していた。どうやらここにも灰が降り積もってきているらしい。
一夜にして一つの街が灰燼に帰した。
その時街に何が起きたのか。何故そうなってしまったのか。これからそれを知るための手掛かりを探す旅に出る。
テーブルに広げた地図を指さしながらフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は研究員達に目を向けた。
「では、このルートを進むことにしよう。異論はないな?」
毅然な様子で告げる彼女に恐れや迷いはない。むしろ面白くもなさそうな表情で地図を見下ろす。
ふと、
「しかし、なんとも派手にやってくれたものだな」
彼女は誰にともなく呟く。
「……所謂、武断派とやらの仕業か?」
「今の段階ではなんとも」
鈴森 なずな(
ja0367)は言葉を拾いあげた。
「この調査でそのあたりもはっきりするといいね。私は鈴森なずなです。今回はよろしくお願いします」
にっこりと乙女スマイルを振りまきながら研究員と握手を交わすなずな。
(……これで調査が円滑進められるなら笑顔なんて安いものさ)
彼女は言葉を続けた。
「……ところで、私はミステリーという奴が大好きでしてね」
これはとても危険な依頼だ。なずなの頭ではそう分かっている。
だが、いくら表情を険しくして見せてもワクワクする気持ちは抑えられない。
故に。
「目の前に謎があると解きたくて仕方がなくなるんですよ。それが天魔による謎だとしても、ね」
「うーん、難しい話は苦手だよ」
並木坂・マオ(
ja0317)は猫のように伸びをしながら言った。
「でも一夜で、一つの街が火の海に……か。次は自分の番かと考えると、震えが来る話だね」
「そうですわね」
シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)もマオの言葉に賛同する。
街一つを燃やし尽くすという大がかりな行動にでて、このまま何も起きないという保証はない。
ややもすれば第二、第三と同様の被害が出ることは充分に予想できるだろう。
シェリアは研究員達へ目を向けた。
「この街に齎した災厄の原因を解明するための重要な任務……気を抜かず全力であなたたちを護衛致します。ですから、どうか――」
この調査で、最大限の手掛かりを。
研究員達は彼女の言葉に力強く頷いて見せた。
「まあ、実際になにがあったのかあたしも気になるし」
マオは興味深そうに付属資料を覗き込みながら言った。
そこには目的地である街の写真がクリップで留められていた。一面真っ白の雪景色――否、灰景色となった光景が写されている。
「護衛のついでに現場を見れるんなら願ったり叶ったり、かな」
「そうだね!何があったのか、今後の為にもばっちり調べに行こうじゃないか!」
神崎・倭子(
ja0063)は大きな声をあげる。
「うーん、それなりに頑張って守った拠点だったのだけれど、仕方ないね!研究員さん!希望とかあったら早めに言ってくださいね!」
張り切った様子で語る彼女。初対面となる研究員達は彼女の気迫に押され気味で頷いた。
「それにしても京都といい四国といい……最近天界との争いが絶えんで御座るな」
辛そうな表情で椅子に腰掛ける虎綱・ガーフィールド(
ja3547)は呟く。
「最近怪我ばかりしておる気がするのう……助けられる命があるやもしれぬ。生存者もいるようならば、なんとか助け出したいもので御座るな」
「その暇があれば、な」
後藤知也(
jb6379)は苦々しく言葉をこぼした。
「皆、すまない。不本意ながら大怪我しちまった。だが、できるかぎりのことはさせてくれ」
「2人とも無理はしないでくださいね」
柚祈 姫架(
ja9399)は2人の怪我を心配しながら言う。
出発直前に重体者が複数出てしまうというアクシデントは不運としか言いようがない。
だが、この依頼も重要な意味を担っている。今後の為にも貴重な情報を持って帰るために。
「無事に終わるといいのですが……自分の出来ることをしっかりしよう」
姫架は決心を胸に込め、ロザリオを握りしめた。
●
打ち合わせを終えた一行は喫茶店でると、まっすぐに目的地へ向かった。
国道を進む。徐々に白いものが周囲に混じり始め、空からもうっとおしい程に降り落ちるようになる。
そして――。
●
「灰と瓦礫の街……これがたった一夜で……」
シェリアは呆然とした様子で立ち尽くしていた。
目前には灰に埋もれ、白く染まった街――の痕跡――が広がっている。
息をすれば燃え殻のつん、とした刺激が鼻につく。
いまだ肩に降り積もる灰を払いながら、彼女は内心から湧き出る怒りを感じていた。
多数の命が奪われたことだろう。
深夜の時間帯、眠ったまま自分が死んだことすら気付かずにいた者もいたかもしれない。
「なんとしてもこの依頼……やり遂げなければなりませんわね」
使命感に燃える彼女。
だが、まだ研究員を連れて街に入るわけにはいかない。街にはサーバントがうようよと動き回っているのだ。
火鼠、火蜥蜴、ウィルオー・ウィスプ。これらをいちいち相手にしていたのでは長時間の調査は不可能に近い。
できるだけ交戦は避けなければ――。
「ふむ……」
『無音歩行』をしながらゆっくりと歩みを進めるなずな。彼女は先行偵察班として先に街へ潜入していた。
双眼鏡で周囲を見渡しながらなずなは呟く。
「ルートを変更する必要がありそうだね。あっちは敵が多すぎる」
「そうか」
彼女の言葉を受け、フィオナは地図に×印を書き込んだ。
街はどこもかしこもサーバントだらけだ。敵に見つからないように調査ポイントへ向かうにはこうして時間をかけながら蛇行するより他ない。
イライラが募りやすい単調な作業。だが、彼女が弱音を吐くことは一切しない。それだけ自分に、ひいては自分のしていることに自信があるからだ。
それよりも彼女はこのような暴挙にでる天魔に憤りを覚えていた。
曰く。
「我々の世界に土足で踏み込んできてこの始末……賊にはいずれしかるべき罰を与えねばならぬな」
「これは頼もしいね。さて、と」
言ってなずなは『遁甲の術』を発動、ゆっくりと曲がり角から顔を出した。しばし双眼鏡を覗き込む。
「……火鼠が3体ほどうろついてるけど、他の敵は見られない。あの程度なら充分蹴散らしていけるね」
フィオナも手鏡を利用して角を覗く。
「うむ。ではみなに伝えよう」
こうして後から続く本隊に連絡が届く。
合流後、
「くらえ火鼠!必殺キック!」
いの一番に飛び出したマオは道中にいる火鼠を蹴り飛ばす。火鼠は火の粉をまき散らしながら瓦礫に突っ込んでいった。
「よし!この調子でどんどん敵をやっつけていこう!」
同時に倭子も双剣を取り出してたむろする火鼠を切り払う。
「皆様、わたくし達より前に出ないでくださいませ!」
護衛する研究員の前に出るシェリア。そして彼女の周りに風が渦を巻き始める。『ウィンドウォール』により発生した風の障壁が敵の攻撃を逸らす。
こうして一行は無事に最初の調査ポイントへ到達するのであった。
「ここは私たちが守ります。みなさんは安心して調査に集中してください」
姫架は笑顔のまま刀を構え、研究員を守るように屹立する。人間の気配を感じて近づいてくる火鼠を追い払いながらも、彼女はすぐに研究員を庇えるように気を張りつづけた。
「もっと前に出たいところだが……今の俺にはこれが精一杯か」
悔やしげに桜花護符を構える知也。桜の花びらのようなものが地面に突き刺さり、火鼠の足を止める。
そこへ虎綱は十字手裏剣を投げ撃った。火鼠の皮膚を深々と刺し貫く手裏剣に確かな手ごたえを感じた彼は軽く息を吐く。
「怪我をしていようともこれぐらいは出来る」
「それならそれでありがたいものだ……む、終わったようだな」
研究員の合図に一同は安堵の息をこぼす。
だが、これで終わりではない。次の調査ポイントへ向かわなくては。
●
「ドリンク飲む?おいしいよ(^^)」
持参したスポーツドリンクを差し出すマオ。いくらか交流をするなかで、いつしか撃退士と研究員の間にあった緊張感が解けていった。
緊迫した戦場においても休息は大事である。次のポイントへと向かう道中は索敵班のおかげで敵は少ない。ゆっくりと、だが確実に一行は歩みを進めていく。
そして彼らは次の調査ポイント――もとは小学校だった場所に到達した。
校庭だったと思われる場所に機器を設置し、研究員は調査を開始。そして本能のまま襲いくるサーバントを追い払うため、撃退士達は臨戦態勢に入った。
ここでも順調に火鼠を追い払う撃退士達。
ふと、
「お客さんだよ。それも上客」
なずなは双眼鏡を覗き込みながら言った。
やがて聞こえてくるのしり、という重厚な音。4つ足で瓦礫をかき分けながら近づいてくる火蜥蜴の姿が目に入った。
吐息に火の粉をちらつかせる巨大な蜥蜴。同時に、火の粉に混じって人魂のようなものが火蜥蜴の周りを浮遊している。
サーバント、ウィルオー・ウィスプ。
周囲の温度が一気に上昇した。
「どちらも強敵ですわね。研究員の方々、わたくし達から離れないように気を付けてくださいませ」
額に浮かぶ汗をぬぐいながらシェリアは研究員の前へ踊り出る。
やがて漂うように飛来するウィスプから炎が巻き起こる。強力な火炎魔法が火鼠と戦っているマオをもろともに包み込んだ。
「うわ熱っ!?」
轟音と共にあがる火柱。マオはたまらず火鼠を蹴飛ばすと、地面にごろごろと転がって身を焦がす炎を消していった。
「あちちちちち!もう、ただでさえ暑いのにやめてよねそういうの!」
言って彼女はトマトを齧る。『スーパー野菜人』の効果で自らの闘争心を解き放ち、パワーを込める。
その間にフィオナはウィスプに接近。
「少し付き合ってもらおう。何、他を潰すまでの間だ。じきに貴様も潰すさ」
ウィスプに大剣を振るう。刃が焔を切り、炎の塊を散らす。
一方、
「やぁやぁ、我が名は神崎倭子!我こそはと思うツワモノは私に挑むがいい!」
大きく演者のように見栄を切り倭子は火蜥蜴に立ち向かった。
派手な動きと煌めくオーラに「注目」した火蜥蜴は一直線に彼女へ襲い掛かる。
そして、突進。
カイトシールドを活性化して攻撃を受け止める倭子。衝撃で体は後ろへ下がり、朦朧としそうになるものの表情は明るい。
彼女は不敵に笑みを浮かべていた。
「っ……私の心は折れることなし!さあ、どーんとこい!」
火蜥蜴の突撃を何度も受け止める倭子。
調査現場まで押されないように注意しつつ、彼女は研究員から遠ざかろうと少しずつ攻撃を受け止める方向をずらしていった。
そこへパワーアップしたマオが猫のような瞬発力で近づいてくる。
「そんなに体力有り余ってるなら、ちょっとだけちょうだい!」
そして『貪狼』の一撃を火蜥蜴に与える。攻撃が火蜥蜴に通ると同時にウィスプに焼かれた彼女の傷が癒え始めた。
「なんとかウィスプも火蜥蜴も抑えられてるね」
なずなは離れたところからスリングショットV78を火鼠へ撃ちながら戦場を観察していた。
研究員達はちゃんと調査に集中できている。護衛側の損害も少ない。
「これなら調査も無事に終わりそうだ」
軽く息を入れるなずな。
だが、そんな彼女へ急速に危機が訪れる
「さて、もうひと踏ん張りといこ……うわ!?」
急に彼女の後方から「何か」が飛びついてきた。
熱い吐息を首筋に吹きかけられてぞくり、と彼女の肌が粟立つ。
「この……放せ!」
なずなは棒手裏剣を振りかざし、飛びついてきた「何か」を振り落とす。
そして態勢を取り戻した彼女が見たものは、
「な……!?」
黒い犬のような姿をした。ディアボロ、ヘルハウンドであった。
それも1匹だけではない。他5体のヘルハウンドが急速に彼女の脇をすり抜けていく。
ヘルハウンドを牽制すると同時に、彼女は急いで電話の通話ボタンを押した。
「もしもし?至急みんなに伝えて。黒い犬……ディアボロに襲われた。そっちに5体行ってるから気を付けて!」
ディアボロ襲来。その報を受けて急速に戦場は慌しくなった。
「ディアボロだと……なぜここに?」
火鼠を追い払っていた和也は接近するヘルハウンドを見て、当然の疑問を口にした。
ここはサーバントが周囲を跋扈する地。つまり、天界勢力が力を持つ場所。
冥魔側のディアボロは明らかに異物である。
「考えるのは後にしましょう!今は研究員さんを後ろへ……!」
姫架は調査途中の研究員を急いで後方へ下げ始めた。
だがヘルハウンドの移動速度はかなり早い。
あっという間に周囲の火鼠を蹴散らしながら撃退士達に接近した。
「きゃ!?」
ヘルハウンドの爪に身を引き裂かれるシェリア。
「大丈夫で御座るか!?」
急いで虎綱は十字手裏剣を投擲。ヘルハウンドは攻撃を避けると共にシェリアから距離を開けた。
その隙に彼女は急いでスキルの切り替えを行う。
「ええ、なんとか……一体どこから来たのかしら」
ヘルハウンドはさらに攻撃を重ねようと唸り声をあげている。
そこへ、
「やめろ」
声が響いた。
同時にヘルハウンドの攻撃がやむ。猟犬が頭を下げ、とある一点を見上げる。
その先へと一同は振り返った。
そして見る。薔薇を持ち、降り積もる灰を背景に優雅な所作で歩み寄る男の姿を。
「すまないね、まだ躾がなっていないようだ。後できつく叱っておこう」
「おぬし……」
虎綱は警戒した様子で男を見つめていた。
「コー殿か」
「ふむ……君は確か香川で一度あったか。なら話は早い。僕はコー・ミーシュラ。
冥界の武門、ミーシュラ家の末席に座すものだ」
薔薇を胸元で揺らしながら自己紹介するコー。だが、それに応える者はいない。
なぜなら相手は――悪魔なのだから。
●
「悪魔がなぜここにいる?」
フィオナは彼に臆することなく問いただした。同時に現在の戦況を見渡す。
マオと倭子はそれぞれ火蜥蜴やウィスプといった強敵を相手にしている。姫架と和也は研究員を連れて後方に下がっている。
今の状況で悪魔を相手に戦うのはあまりにも不利すぎる。
思った以上の逆境に彼女は楽しそうな笑みを浮かべた。
ふふ、とコーも笑みを見せる。
「そう緊張する必要はないよ。なに、君たちを捕って食おうというわけじゃない」
「ディアボロをけしかけておいてよく言ったものだね」
一同のもとに戻ったなずなは胡乱な表情をコーに向ける。
「申し訳ないレディ。周囲のサーバントに気が立っているようだ。だけど、僕はあくまで散歩に来ただけさ」
「こんな、サーバントだらけのところにですか?」
シェリアの言葉にコーは「ああ」と答えた。
「僕は散歩を趣味としていてね、これくらいの遠出は珍しくもない。では逆に聞こう。君たちはここで何をしているんだい?」
「それを聞いてどうするおつもりですか?」
「ほんの興味だよレディ。後ろでコソコソ動き回っている彼らがどうにも気になってね」
言ってコーは一同の後方を薔薇で示す。
そこでは悪魔の出現を気にしつつも調査を続ける研究員達の姿があった。
「僕は君たちの問いに答えた。同じ質問を君たちが答えないのはいささかフェアでないのではないかい?」
その言葉に乗らず。
「気をつけい」
虎綱は十字手裏剣を構えながらと一同に声を掛けた。
「何もしないで帰るほど気のいいやつでは御座らんぞ」
「……ふふ」
コーは変わらず笑みを顔に張り付けている。
「どうあっても、答える気はないということかな」
「別のことならいくらでもお話しするで御座るよ。たとえばドゥーレイル嬢のこと……とか」
虎綱の言葉にコーは表情を軽く歪めた。
「お宅んところのお嬢さんちょいとおてんばすぎやせんかね」
「……ふむ」
コーは薔薇を口元にあて、虎綱を見つめる。
そんな彼の表情からは明らかに笑みが消え失せていた。まるで腫物に触られるかのように。
「ちょっとは遊んでやれ……人間では骨が折れるわ。文字通りな」
「僕もこう見えて多忙でね。あまり彼女に構っている暇はないのだが……検討はしておこう」
「お嬢にもよろしく言っておいてくれ」
「そうしておこう。だけど僕としては、君達があいつと遊んでくれたほうが助かる。どうせなら――いや」
そこまで言ってコーはしばらく思考を切り替えるように瞳を閉じる。そして肩を竦めながら「まあいい」と続けた。
「その話は一度置いておこう。こうしてあいまみえたんだ。ひとつご挨拶をしておこう」
「挨拶?」
なずなの言葉にコーは「ああ」と返す。
「欲しいものは力づくでも手に入れるという、僕達悪魔流のね」
言ってコーはぱちり、と指を鳴らした。
それに呼応するかのようにヘルハウンドの群れが屹立する。
「な!?」
なずなは声を荒げた。そして一同は武器を手に手に身構える。
一気に緊張が走った。
「君達が苦労して手に入れた情報だ。僕たちが大事に使わせてもらうとしよう」
ヘルハウンドが唸りをあげる。同時に周囲のサーバントも戦いの気配に色めきだす。
そして、
「行け」
戦闘は再開した。
コーの号令に従い6体のヘルハウンドが一斉に襲い掛かる。
「くっ!」
迫る凶爪をフィオナは大剣で受け流しながら回避。その隙にスキルの切り替えを始める。
攻勢に出るための準備をしている間に、
「このー、こっちに来ーい!」
倭子は火蜥蜴を抑えながら再び『黄金色の舞台』で存在感を放った。
漆黒の猟犬の「注目」を集める。吸い寄せられるように彼女へ接近する数匹のヘルハウンド。
彼女は盾を構え、同時に襲い掛かる火蜥蜴と共にヘルハウンドの攻撃を受け止めた。
その間に周囲のサーバントを相手取っていたマオがようやく駆けつけてくる。
「もらったー!!」
敵は今、一所に固まっている。チャンスと見たマオは力強く地面を踏みしめた。
同時に大量のアウルを流し込み、まるで凶鬼が駆け抜けるかのようにヘルハウンドや火蜥蜴を薙ぎ倒し突破を図る。
「さぁ、どんどんいくよ!」
『鬼走り』に荒々しく吹き飛ばされる敵を背景に功夫の構えを取るマオ。
「攻撃はボクが受け止めるから!どんどん敵を寄こしてねー!」
そしてカイトシールドを構えて敵を待ち構える倭子。
マオは唐突に「おお!」と声をあげた。
「なるほど!これが“矛盾”なんだね!進級試験前にいい勉強になったよ!」
「きみが矛でボクが盾ということだね、なるほど!まさに運命を感じ……あれ、矛盾ってそういう意味だったっけ……?まあいいや!」
心を震わせて戦いに身を投じる倭子。そんな彼女らを基軸として戦闘は動き出す。
一方、倭子の「注目」から外れた数匹の猟犬が研究員に襲いかかる。それを姫架とシェリアが身を乗り出すことで攻撃を受け止めた。
「きゃぁ!」
「う……くぅ!」
「大丈夫かあんたら」
知也は2人をサポートする形で桜花護符を放った。牽制にしかならないが、敵の攻撃を緩めるには充分。
そしてフィオナは『覇王鉄槌』で目の前のヘルハウンドを押し潰す。猟犬が姿勢を崩している間に彼女は近くの火鼠を切り捨てる。
「……はは」
彼女は軽く笑い声をあげた。
撃退士、ディアボロ、サーバントの三竦みで争うこの状況。しかもこちらは研究員という守らなくてはならない命がある。
彼女達にとってこの状況は明らかに不利だ。
だが彼女は笑っていた。逆境ほど笑みを浮かべる。それがフィオナという存在であった。
「覚悟しろ賊ども。王の星の下生まれた我の所以、とくと見せつけてやろう」
そうして彼女は1mを超す大剣を振りかざし、襲いくる敵を次々と蹴散らしていった。
「なるほど。自ら豪語するだけあるね」
フィオナの気概に言葉を漏らすなずな。彼女は鎖鎌の分銅をウィスプに投げつける。
炎が揺らめき、再び元の形に戻る。
なずなはすぐに武器を忍刀・血霞へ変えるとウィスプに切りかかった。
武器を次々と変えて敵に動きを読みづらくする作戦。
「……私は皆よりも弱いからね。ちょっとした小細工をして戦わないと」
こうして撃退士達は敵の襲撃を切り抜ける。だがしかし、彼らへのダメージは徐々に蓄積していった。
「サーバントとディアボロがうまく戦いあってくれれば楽なんだがのぅ」
虎綱は呼吸も荒く戦場を見渡した。彼はディアボロをサーバントに仕向らえるような位置を探す。
この戦場には今、ディアボロとサーバントが同じ場所に立っている。つまり、敵対者同士がすぐ隣にいるのだ。
うまく両者を引き付けられれば自分達への損害を抑えることができる。
「ぐっ……お行儀の悪い犬は嫌いですわ」
シェリアは緊急障壁でヘルハウンドの攻撃を受け止める。彼女に与えられたダメージもかなり溜まってきている。
どうにか状況を打開できないかと周囲を探ると、
「……あれは」
彼女は空を所在無げに漂うウィルオーウィスプを見つけた。
「やるしかありませんわね」
シェリアは魔法攻撃できる武器を取り出す。そしてウィスプとヘルハウンドの間に打ち込んだ。
今の衝撃で両者は互いの存在を認識する。ウィスプは即座に火炎魔法の詠唱を開始。同時にヘルハウンドはウィスプに向け唸り声をあげた。
「彼奴らが争ってる今のうちですわ!」
敵同士が戦っている間に自分たちはさっさと調査を切り上げて戦場から離脱する。そう考えて彼女は研究員たちに声をかけた。
通常であればこの作戦はうまくいっていたであろう。
指示を与える者さえいなければ。
「さあ、早く次の調査ポイントに……」
「そいつは無視だ。人間を狙え」
コーは薔薇に手をかざす。途端、薔薇は茎を伸ばして茨の鞭となる。
鞭で地面をぴしり、と打った瞬間ヘルハウンドはウィスプへ向けていた唸りをやめて撃退士に襲い掛かった。
「そんな!」
シェリアは驚愕に目を見開いた。
そして、
「きゃ!!」
攻撃対象となった姫架はヘルハウンドの爪を受けてたたらを踏む。同時に詠唱を終えたウィスプが炎の魔法をヘルハウンドへ――近接していた姫架へと叩きつけた。
「――ぁあああ!!」
強力な炎に犬の悲鳴と同時に姫架が叫び声をあげる。
姫架はがくり、と膝を落とした。
「姫架さん!」
シェリアはあわてて彼女を抱きとめる。
「大丈夫ですの?」
「う、うぅん……」
火傷と爪跡の傷にうなされる姫架。
甘かった。
敵にはコーという司令塔がいる。ヘルハウンドが戦っているのに彼はただ立っているだけ、などありえるはずがない。
唇をきつく噛み締めるシェリア。
だが、今のウィスプからの一撃は思わぬ収穫をもたらす。
「……少々力押しが過ぎたか」
コーは眉をひそめた。
ウィスプの火炎を受けたヘルハウンドは力なく四肢を投げ出している。
あと数分もしないうちにこの猟犬は死に絶えるだろう。
他のヘルハウンドも撃退士やサーバントらの攻撃によって傷を負っている。このまま攻勢をかければデータは奪えるかもしれないが、こちらも相応のダメージを覚悟しなければならない。
コーはしばし思考に浸る。
もともと彼の目的は単なる偵察にあった。撃退士達との遭遇はコーにとっても予想外な事である。
情報はこちらでもある程度手に入れた。今更人間達の入手したデータを無理して奪い取るくらいなら――。
「集合だ」
コーは鞭で素早く3度、地を叩いた。
それに応じてヘルハウンドの群れは攻撃をやめて彼の足元に控える。
「あれ、もう帰っちゃうのかい?」
倭子はそっけなく言った。
再び笑みを浮かべてコーは「そうだよレディ」と答える。
「挨拶はもう充分済んだからね。今日の散歩はこれで終わりにしよう」
言ってコーはヘルハウンドを引き連れすばやく戦場を離脱。
撃退士達はそれをただ見つめるのみであった。
●
悪魔は去った。
三つ巴の戦いというアクシデントに見舞われながらも一同はなんとか研究員を守り通すことに成功する。
だが、
「……これ以上の護衛は無理だな」
ウィスプの炎に焼かれた姫架の傷を見ながらフィオナは言う。
「……ごめんなさい」
「謝ることはない。姫架はよく戦ったぞ」
目を覚ました姫架の頭をフィオナは優しくなでる。
ヘルハウンドの襲撃を始まりとして、彼らは大きく傷を受けた。多少は回復したものの戦闘を続けるには無理がある。
「では……」
知也は残念そうに声を掛けた。
「調査は中止して撤退、ということになるか」
「うむ」
フィオナは頷いた。
「情報はどれだけ集まった?」
知也の言葉に研究員は説明する。撃退士達が体を張って守ってくれたおかげで調査の大部分は終わった、と。
「本当ならもう少し……と言いたいところか。ならいい潮時ではないか?これ以上は欲目もでてくるだろう」
研究員達は頷き返した。調査の成果としてサンプルや検査結果のデータが彼らのカバンに詰められている。
これだけあれば今後の戦いでも充分役に立つことだろう。
撃退士達はよく戦った。あとは手に入れた情報を無事に持ち帰るだけだ。
こうして一行は撤退を開始する。
「さあ、そうと決まればとっとと帰還するで御座る!撤収、撤収ゥー!」
痛む体に鞭を打ち、虎綱は一人の研究員を抱え上げた。一般人と撃退士では歩調がだいぶ違う。特に足の遅そうな研究員を抱え彼は走り抜けた。
来た時と同じようになずなとフィオナが先行して状況を探る。
「前方に火蜥蜴を発見。どうするんだい?」
なずなはフィオナに声を掛けた。
ルート的に強行突破を採用した一行。問題は街をうろつくサーバントのみ。
「できるなら無視するべきだ。邪魔するようなら蹴散らす」
「わかった。強行突破だからね、ちょっとくらい無理は承知さ」
言って彼女は電話で本隊に連絡を取る。
一方、その本体も慌しい状況にあった。
側面から漂い出たウィスプが火炎を打ち放つ。爆炎から研究員達を守りながら一行は駆け抜けていった。
「この、しつこいなー!」
倭子は炎を盾で遮断しながら突き進む。
「今は……生きて帰ることに専念しましょう」
姫架は渾身の力を込めて刀を振るった。立っているのもやっとな状態だが、足手まといにはならない。
「調査結果を持ち帰ることでどれだけの人を救えるか……それが今、一番大事な事だから」
やがて情報通りに火蜥蜴の姿が見えてくる。
「どけどけー!」
マオは素早く前に飛び出すと、火蜥蜴に強烈な蹴りを見舞わせた。横っ腹を蹴られて口から不規則に火花を散らす火蜥蜴。
敵が態勢を立て直す間に一行は素早くその隣をすり抜けていった。
「もう暑苦しい!近づかないでもらえるかしら?」
シェリアは『マジックスクリュー』で目の前にたむろする火鼠を追い払う。
「怪我さえ負ってなければ、もっと楽にいけたんだがな……」
同じく知也も桜花護符でひたすら火鼠に牽制打を放っていた。
「まもなく街を出る!もう少しの辛抱だ!」
やがて先行していたなずなとフィオナが合流する。
彼女の言う通り周囲に降り積もっていた灰が徐々に少なくなっていった。そして撃退士達は研究員達を連れ、街を脱出する。追ってくるサーバントは――いない。
「無事、脱出できたようだな。怪我をした者はいないな?」
フィオナは研究員ひとりひとりの体調を確認する。欠員はいない。調査したデータも守り切れている。
知也は「よかった」と呟いた。そして研究員を見渡して、
「一時はどうなるかと思ったが……あとはあんたらの領分だ。今後の為にも有益な結果を期待しているぞ」
そう言って彼らの肩を叩く。研究員達は一様に力強く頷いた。
「それにしても……これから四国はどうなるのでしょうか」
「また、戦いに巻き込まれるので御座ろうか」
シェリアの言葉に虎綱が返す。
彼女は心配そうに空を見上げた。雲に覆われた空は一同の心を写すようであった。
「あたしには難しいことはわからないよ。でも……」
周囲を覆う灰を払い、マオは呟く。
「なんていうんだろう。嫌な予感……みたいなのは感じるね」
「気にしないよボクは」
倭子は反対に力強く答える。
「ボク達を待ち受ける“運命”がたとえ残酷であったとしても……ボクはみんなを守るために盾になる」
「私も……自分のできることを」
姫架は刀を杖のようにしながら答える。
「そうだね。では彼らを研究院《祓》まで送り届けようか。私たちの帰還を首を長くして待っていることだろうね」
なずなの言葉を最後に灰の街を後にする一行。だが、気を抜くにはまだ早い。
四国を巡る戦い。その第二幕は開けたばかりなのだから。