●天気は晴れ。気温高く、風はそこそこ。
「梅雨明けたよやったー!」
田中恵子(
jb3915)は天に昇る太陽を祝福するかのように歓声をあげた。
はしゃいでいるのは彼女だけではない。バスに乗り込む25人の撃退士達は恋愛部主催の海水浴に浮かれきっている。
「ホホホ、海水浴パーティーじゃと?」
崇徳 橙(
jb6139)はそわそわした様子で独り言を放つ。まるでそれが誰かに拾われるのを待っているかのように。
「まろは海なんて見慣れておるわ」
橙はそわそわ、と体をゆすった。
「でもまぁ、なんじゃ……」
橙はそわそわ、と左右を見渡した。
「仕方なく行ってやるのじゃ!」
橙はそわそわ、とふんぞり返った。
「……だからまろも一緒に遊んでやってもいいのだぞ?(ちら、ちら)」
残念ながら彼女の様子に気づくものはいなかった。
「ともだちぃ……」
一方、山吹 陽(
jb6669)も同落ち着かない様子で座席に座り込んだ。
「ふむ、年甲斐もなく胸が騒いでしまうな」
羽織った着物の下に「よう」と刺繍された女子指定水着が見え隠れしている。
海沿いの街を出身とする身として海は故郷を思い出す。故郷を懐かしく思いながら彼女は麦藁帽子を被り直した。
バスの中では和気藹々と会話に花を咲かせている。そんな中明石 暁美(
jb6020)はぎりぃ、と歯を噛み締めていた。
(姉さん、事件です)
彼女は隣に座る人物をにこやかな表情で、しかし呪詛を込めるような思いで眺めている。
そこには自分と似通った顔立ちの明石 暮太(
jb6009)がいた。
(バスの中で兄さん隣です……くっ)
兄妹なのだから隣に座ることぐらい当たり前なのだが、彼女にとっては由々しき事態らしい。
かき氷器やシロップ容器の入ったリュックを座席の収納スペースにぐいぐい、と押し込みながら彼女は留守を任せてしまった姉に思いを馳せる。
(お土産……は買える場所がないかしら。だったら写メールたくさん送っておかないと。あ、兄さんが写っちゃうと困っちゃうわね……姉さんにはできるだけ私だけを……)
「……うーん」
「さっきから何をぶつぶつ呟いてるんですかねぇ」
不審な挙動を取る妹を暮太は苦笑いしながら眺めていた。
その時、唐突に「あ、あの……」と控えめに声をかけられる。
見上げると、そこにはおずおずと暮太の隣に座ろうとする鏑木鉄丸(
jb4187)の姿があった。
「席……隣なんですね。鏑木鉄丸です……よ、よろしくお願いします」
鉄丸はぺこり、と頭を下げる。暮太と暁美もお辞儀を返した。
「ああ、どうも明石暮太といいます。よろしくお願いしますね」
「は、はい。今日はよ、よく晴れたみたいで……よ、よかったですね」
「そうですね。今日はたくさん楽しみましょう。あ、よかったご一緒に遊びませんか?」
「あ、ありがとうございます」
暮太の穏やかな言葉に鉄丸はほぅ、と胸を撫で下ろした。
やがて新入生25人を乗せたバスが動き出す。
2人の会話はだんだんと意気投合する。鉄丸は“地”の性格が見え隠れし始めているのに気づく。
女性に対しある種トラウマを持っていた彼は、隣の座席に割り当てられた兄妹に最初は緊張していた。
だが、こうして話しているうちにだいぶ肩の力も抜けてきたらしい。
「ビーチバレーですか、いいですね。きっと楽しいですよ」
「でもみんな撃退士ですからねぇ……一筋縄ではいかないですよ」
鉄丸と暮太が和気藹々と話に花を咲かせるのであった。
そんな彼らを背に、暁美は窓を開けて外の景色を携帯で撮り続けている。
ふと、肌に感じる空気に違和感を覚えた。
これは彼女達の故郷、沖縄で毎日のように感じていたあの……。
●一転して
カイン・フェルトリート(
jb3990)はぼんやりと空を眺めていた。
海。それは彼の両親が生きていた頃に連れていってくれた思い出の場所。
カインの脳裏に過去の記憶が甦る。
彼は依頼を通して様々なことを学び、少しは前向きになってきた。
今日は新しい思い出を作りに来たんだ。戻る為ではない。
過去に押し潰されないようにカインは一歩を踏み出した。
――ぐちゃり、と砂浜が音を立てる。
「…………」
雨が降っていた。
「梅雨全然明けてないよやだー!」
田中恵子は空を覆う雨雲を恨むかのように怒声をあげた。バスから下りる者たちも同様に暗い表情を浮かべている。
もはやお約束となっている鉄板のような砂浜の暑さは感じられない。
波がざぁざとうねり、海風が体を叩きつけていた。もう喧しいくらいに。
「うぅ、来るまではとっても良い天気だったのにぃ……だがしかし!」
恵子は握りこぶしを掲げる。
めげない。くじけない。へこたれない。
だって彼女は――。
「大人なんだから!けーこさんはこんな雨程度で挫けたりはしないのです!いでよすーさん!」
鼻息荒く彼女はストレイシオンを召喚した。 大荒れの海に不安な表情を浮かべる竜。
だが、戦闘時にも見せないような熱意で彼女は説得を続ける。
その隙をついて海への先陣を切るものがひとり。
「うーみー!」
シルヴィア・マリエス(
jb3164)は大粒の雨を浴びながら元気よく叫んでいた。
いままで海に来たことのなかった彼女は、今回の海水浴をすごく楽しみにしていたのだ。
けれど実際着いてみればこの大雨。さぞがっかりしたものと思いきや、
「なにこれ空からシャワー降ってるーっ」
きゃー、と悲鳴に近い声をあげると海の家に服を脱ぎ散らかしていの一番に海へと突撃して行ったのであった。
ちなみに彼女は最初から下に水着を着ていたようだ。今はパレオと白い水着が彼女の幼い体を包みこんでいる。
一方恋愛部の部員達は、彼女が放り投げた服を片付けながらある心配を抱いていた。
帰りの下着はどうするのだろう?
「シャワールーム行く手間省けたー!」
部員達の心配を他所にはしゃぎまわるシルヴィア。後のことは後で考えればいい。
れっつ、ぽじてぃぶしんきんぐ。
「うはー!水からーい!目沁みるーっ!」
シルヴィアがきゃいのきゃいの、とはしゃぎまわる。そんな彼女に近づく大きな影。
「あ、魚泳いでる食っちゃえ!」
「す、すーちゃん食べちゃだめだよー!」
それは恵子が操るスレイプニルだった。
「わわ、ごめんねごめんね!大丈夫?」
「うーん……平気みたい。あなた海はじめて?」
「うん!」
「そうなんだ。じゃあ、一緒に泳ごうよ。ひとりじゃ危ないし、お・と・な、のお姉さんが守ってあげる!」
子供のような見た目をした恵子が小さな胸を張って主張する。
あまり「おとな」という気がしないが、それでもシルヴィアは「わーい」と大はしゃぎであった。
「じゃあ、あの岩山まで泳げるかチャレンジだ!」
「いいよ!よぅし、れっつごー!」
「ごー!」
こうして2人は荒波に揉まれながら沖を目指す。
一方のその頃、陸地では――。
「だから私行きたくなかったのにーやだー!」
恋愛部の副部長は海に向かって吼えていた。
そんな彼女の肩にカイン・フェルトリートはぽむ、と優しく手を置く。
「……自分を責めないで」
とはいえ、どうしたものか。
同様にネイ・イスファル(
jb6321)も副部長の方にぽむ、と手を置いた。
「猛暑時にはあちこち練り歩くと感謝されると思いますよ。毎日暑かったですし、まぁこれぐらいが丁度いいでしょうね」
ネイは大真面目なフォローのつもりで言葉を残し、空を見上げた。
「しかしこれが海……ですか。上からも下からも水がくるとか凄い状況ですね」
初めて来た海でどしゃ降りの豪雨とは。我ながら不運な状況に苦笑いを浮かべるネイ。
「……あんたも辛いな。あまり気にしないことだ。嵐も修行と思えば一興だろう」
エミリオ・ヴィオーネ(
jb6195)も副部長の肩にぽむ、と手を置く。
「それはフォローになっているのかね……まあ、私もついでだ」
エルミナ・ヴィオーネ(
jb6174)もぽむ、と肩に手を置いた。
後に続く人達も副部長の肩にぽむぽむ、と手を置いていく。
みんなの慰め(?)に涙を流しながら、副部長は対応に急いでいる恋愛部の面々に混ざっていった。
そしてネイは未だにぼんやりと立ち尽くしているカインの手を引くと、
「まぁ、まずは入ってみるところからですね。さ、行きますよ」
そのまま荒れた海へと飛び込んでいくのであった。
雨が滝のように降り注ぎ、一般人では恐怖すら抱くほどの大波が押し寄せてくる。
カインはぎこちないながらも、潮に流されないようにバランスを取って泳いでみせた。
その様子をネイは弟を見守るかのように見つめている。
「……わぷ」
カインが一瞬、沈んだ。
「そこ深いみたいだから気をつけてくださいね……おっと」
同時にネイの顔面に波がかかった。
「本当に塩辛いですね……ああ、雨がいい感じにべたべたしたのを洗い落としてくれます」
そんなこんなで、嵐にも関わらず多くの者が海水浴を楽しもうと海へ飛び出していく。
そんな彼らを見ながら霧島イザヤ(
jb5262)は形見の十字架を取り出した。
「なぁ親父、これは何かの試練かな……?」
俺、確か海水浴に来たんだよな?
そんな自問自答を繰り返しながら遠くを見つめるイザヤ。だが、こうしていて何が始まるわけでもない。
恋愛部からシュノーケルと銛を借りると、
「嵐の中の漁か……それもいいかな」
海に突撃する一同に押されるように荒れる海へと飛び込んでいった。
海中は意外に穏やかに感じられた。ふと、彼の目の前に大きな魚が横切る。
(こいつは……仕留める!)
力を込め、強烈な一撃を放つ。銛の先端に手応えを感じ、海面へと飛び出していった。
「獲ったぞー!」
銛を振り上げ、イザヤは水面に顔を出す。その先端部では突き刺さった魚が勢い良くもがいていた。
と、同時にすぐ隣からばしゃりと水飛沫があがる。
「ぷぅ……!」
それは同じく漁に出ていたエルミナ・ヴィオーネであった。
彼女はゴーグルを上げ、銛に刺さる獲物を満足げに見上げる。彼女の読んだ書物によると、海とは海産物との戦いの場――らしい。
「このような嵐の海で『楽しむ』のが人間流とは……いやはや、人間とは大した物だ」
どこか誤解した様子でエルミナは人間の雄々しさを感じ取るのであった。
と、彼女は隣にいるイザヤに気づいたようだ。
途端彼女は表情を引き締める。
軽く会釈を交わすと、
「あなたも漁……ですか?」
エルミナはイザヤに問いかけた。2人の頭上で銛に刺さった魚がびちびち、と暴れている。
「ええ。よかったら一緒にどう?協力しあえればきっと大物も狙えるよ」
「申し出はありがたいのですが……弟が何と言うか……」
言って、エルミナはふと周囲を見渡した。
潜る瞬間まで傍にいたはずのエミリオがいつの間にかいなくなっている。
それどころか、周囲で遊んでいたはずの生徒達もいない。
イザヤも異変に気づいたようだ。潜る前の言葉を思い出す。
(地形的にこのあたりに魚がいそうだけど……岩場には注意だな……)
たしか、そう言った記憶がある。だが、今この近くに岩場など見当たらない。
ふと、どこからか「おーい」と呼ぶ声が聞こえてくた。
「何故姉さんはあんなにダイナミックに潮に流されてるんだろうか……」
エミリオは遥か遠くの沖でぽつん、と浮かんでいる2人を大声で呼びかけた。
海中は意外と潮の流れが早い。
素潜りしていた2人はいつの間にかかなり流されていたのだ。彼らは『光の翼』を広げて戻ってくる。
「……なかなか恐ろしいものなのだね……」
ふるふる、と震えている姉の肩を掴みながらエミリオは思う。
(人界ではこうやって魚を取るらしいが……こんな嵐の中でもやるのか?侮れないな……)
このあたりはやはり姉弟らしい。この誤解が解かれる日は果たしてくるのだろうか。
「あー、びっくりした……ところで、ちょっといいかな?」
胸を撫で下ろすイザヤ。改めて彼は姉妹に協力を申し出る。
今度は沖に流されすぎないよう注意しつつ、3人は協力して漁を続けるのであった。
●雨でも遊ぼう!
所変わって海の家。
男子更衣室に入る鏑木鉄丸は着いてきた明石暮太に驚いた様子で声を掛けた。
「ちょ、あれ、暮太さんなんでこっち?あれ?」
「え?俺はこっちであってますよ」
言われて暮太はきょとん、とした表情を向ける。
そして鉄丸は「俺」という言葉にすべて納得し、
「男だったのぉぉ!!?」
自己紹介しておきながら、今の今まで女と思っていた自分を恥じるように顔を覆った。
「あはは、よく間違えれるので気にしないでください」
苦笑しながら更衣室に入る。暮太はカバンを開け、中から女性用の水着を取り出した。
彼はそっ、とそれを仕舞った。
(な、なんでタンキニ水着!?昨日サーフパンツを入れておいたのに……ね、姉さああぁぁん!?)
無邪気な姉の悪戯に項垂れる暮太。幸い水着の下がホットパンツである。これなら着れない事はない。
これが本格ビキニとかだったら、今日一日彼は海の家でてるてる坊主だ。気を取り直して暮太は恋愛部からビーチバレーの道具一式を借り受けるのであった。
「なんじゃこれは……」
瞳から生気をなくした様子で崇徳 橙は空を見上げる。
バスに乗るまでは晴天だったはずなのに。天気予報では晴れるって言っていたはずなのに……。
橙は降りしきる雨から逃避するように顔を覆った。
だが、何時までもこうして落ち込むわけには行かない。彼女は前を向いた。
舞い散る砂浜!(雨を吸って舞わない)
雲1つ無い青空!(むしろ雲オンリー)
再び橙は顔を覆った。
「し、しかし楽しんだ物が勝ちじゃな!うん、そうなのじゃ!」
まるで自分に言い聞かせるように声をあげる。
そして彼女は海の家で雨宿りしている者たちに命じるように言った。
「コレ、お前達まろが相手をしてやるから楽し」
「これくらいの雨なら可愛いものです。ビーチバレーやりましょう!」
だが、それを遮るように暮太が声を掛けて回っていた。
「そ、そうじゃな!まずはやはりビーチバ」
「はーい!ビーチバレーやりまーす!」
テレーゼ・ヴィルシュテッター(
jb6339)は橙の言葉を打ち消し、渡されたネットを抱えて元気よく雨の砂浜へ駆け出していった。
「ま、まろの話を聞けー!」
橙は涙目でビーチバレー組に突撃していくのであった。
濡れた浜辺へ飛び出したテレーゼが振り向く。
「これ、どうすればいいんですかー?」
両手でネットを広げながらテレーゼは無邪気に聞いた。
「それはこのポールに繋ぐであります!」
肩に担いだポールを砂に固定しつつ、シエル・ウェスト(
jb6351)はテレーゼからネットを受け取る。
ポールにネットを結びつけようとする。
と、
「あ、私やるよー」
テレーゼがシエルの横で飛び跳ねていた。
ビーチバレーがよほど楽しみらしい。この豪雨にも関わらず彼女は太陽のような笑みを浮かべている。
シエルはテレーゼにネットの設置を頼むと、彼女は砂浜の掃除にかかった。小石や貝殻など、踏むと怪我になりかねないものを取り除いていく。
ふと大きな巻き貝が砂に埋まっているのが目に入った。拾い上げ耳元に当てる。
さざぁ、と穏やかな音色が彼女を包み込んだ。
「潮の香り……波の音……やはり最高でありますな!!!」
ふと、貝殻を持つ手をくすぐられるような感覚が走った。
目を向ける。貝殻の口からムカデがこんにちは。
「くぁwせdrftgyふじこlp;!?」
声にならない悲鳴がひとつ。テレーゼが驚いた表情で「どうしたのー?」と振り向くのであった。
なにはともあれ、豪雨のなかビーチバレーが行われる運びとなった。
チーム分けはシエル・テレーゼ・山吹陽。暮太・鉄丸・橙の3対3である。
「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ……シエル・ウェスト、行くでありまーす!!」
先程の怯えた様子もなんのその。シエルは激しく飛び上がる。
暮太のスパイクを彼女は全力でブロック。
「任せてー!」
テレーゼが砂浜に飛び込む形でレシーブ。雨水を飛ばしながらボールを天高く打ち上げた。
「そっち行ったよ山吹さん!」
「おう」
山吹陽は駆ける。ジャンプ。
そして、
「それ、お返しだ!」
強烈なスパイクを打ち放った。球は鉄丸のブロックに弾かれ、
「へぶ!?」
審判をしていたイザベラ(
jb6573)の顔面に直撃した。
「「あ」」
その場にいる誰もが硬直する。
ぼすん、と。ボールが雨水を吸った砂に埋まった。
「だ、大丈夫……か?」
スパイクを打った陽が心配そうに駆け寄る。暮太に支えられながらイザベラは鼻を抑えつつ「あはは」と笑みを浮かべた。
「平気ですよー。まさか審判してるのに受けるとは思いませんでしたけど……。
言いましたよね『得意技は顔面レシーブです』って。あれ嘘じゃないんですよ?」
まったく雨を感じさせない様子のビーチバレー組。
それを横目に見ながら、ソルシェ・ロゼ(
jb6576)はシャチボートを頭上に抱え海に向かった。
「ソルシェ海で遊ぶの久しぶりー。みんなと楽しく遊ぶのー」
その後ろをティアーマリン(
jb4559)が姉のティアーアクア(
jb4558)の手を引きながら着いてきている。
黒いワンピースタイプの水着から伸びる健康的な四肢が、彼女の明るい性格を表すようであった。
「ほらお姉ちゃん!せっかくソルシェちゃんが誘ってくれたんだから楽しまないと!」
「……でも」
お揃いの白い水着を着たアクアはいまだ警戒するかのようにソルシェを見続けている。
「あの……良かったらソルシェと一緒に海であそぼー?」
更衣室で一緒になった姉妹にソルシェはそう声を掛けた。
アクアは迷う。
ただでさえマリンに誘われてしぶしぶこの海水浴に参加したというのに、初対面の相手と気軽に遊ぶなど……。
はたして彼女は信用に足る者なのだろうか。
「わわ!波が……」
シャチを海面に浮かべると、ソルシェはさっそく上に乗ろうとした。だが、折からの雨と強風で波はかなり高い。
彼女はバランスを取るだけで精一杯であり、なかなかボートに乗ることができないでいた。
「ソルシェちゃん、がんばってー!」
マリンはボートを抑えつつソルシェを押し上げる。
だが、
「わぷ!」
「きゃあ!」
波に煽られたボートはバランスを崩して一回転。それに巻き込まれる形で2人は水中に落ちていった。
「マリン!?」
アクアは必死に波をかき分け、ボートがひっくり返ったポイントへ向かった。
程なくして「ぷはぁ!」と2人同時に海面に顔を出す。
「大丈夫?」
アクアはマリンの無事を確認する。だがマリンはそんな姉の心配を他所ににっこりと笑みを浮かべた。
「今のすごい楽しかった!ねね、ソルシェちゃん!もう一回やろう!」
「う、うん!」
さっそくボートによじ登ろうとするソルシェとマリン。
荒い波が来るたびに――あるいはソルシェがもう少しで乗れそうというタイミングで――シャチボートはバランスを崩して再びひっくり返る。そして海中から顔を出してはきゃっきゃ、と笑いあうのであった。
妹の満足げな様子を見て、アクアは「ふぅ」とため息を漏らした。
「仕方ないわね……ほらソルシェ。私も抑えるから、波が来る前に早く乗っちゃいなさい」
「あ……ありがとうなのー」
「マリンも今のうちに登って。ボート、押してあげるから、二人は乗っていなさい」
「わーいありがとう!お姉ちゃん、大好き〜」
「私も大好きよ」
こうして3人はシャチボートに乗ってしばし海を堪能する。かわりばんこにボートに乗っては後ろで押すというのを繰り返していると、不意に目の前にボールが飛び込んできた。
「あ、ごめんなさーい!」
イザベラが浜辺から3人に向かって声を掛けた。どうやらビーチバレーのボールがこちらに逸れてしまったらしい。
マリンはボールを見てぽつり、と言った。
「ねえ。ビーチバレー行っていい?」
「ビーチバレー?マリンがしたいなら、するわ」
「いいよー。ソルシェも行くのー」
「ありがとソルシェちゃん、お姉ちゃん♪」
そうして3人はビーチバレーに参加する。
「ボールいくよ〜、それ〜」
マリンのサーブがゆっくりと孤を描いて相手コートへ飛んでいく。
それを眺めながら柊 悠(
jb0830)はヒリュウと共に膨らませたバナナボートを海に投げ入れた。
荒波に呑まれてボートは木の葉のように激しく揺れる。
「ね、ねぇ……これ大丈夫なの?」
傍で激しく揺れるボートを見ながらリーア・ヴァトレン(
jb0783)は悠に聞いた。
「うーん……まあ、大丈夫じゃない?私達撃退士だから、ちょっとやそっとじゃ怪我もしないもの」
悠は明るく答える。
「こんな嵐になるとは思わなかったけど……こんなロケーションは滅多にないしね!楽しんじゃおう!」
「そ、そうだね……ま、負けるかーっ!」
その言葉にリーアは鼻息荒く気合を入れる。
そして彼女達はそれぞれのヒリュウにバナナボートの手綱を渡すと、高波に悪戦苦闘しながらもボートに乗り込む。
そしてヒリュウ達は沖へとボートを走らせていった。
「きゃーっ!」
先頭に座る悠は歓声をあげ、空と海からの飛沫に思わず瞳を閉じた。
ヒリュウの速度は思ったよりも速い。それに折からの嵐による大波でさながらジェットコースターのようである。
一際高い波に真正面から突っ込み、ボートが激しく跳ねた。
「うわっうわわっ」
落下の衝撃に耐えるため、リーアはボートの取っ手を力強く握り締める。
ざぶん、と激しく着水。突き上げるような衝撃に体は激しく揺さぶられ、目をぱちくりさせてしまう。
だが次の大波は目の前だ。再びの衝撃に彼女達は身を固める。
だが、
「そうだ……ヒリュウ、ここでターン!」
悠はヒリュウ達に指示を出した。彼女の言葉に2匹のヒリュウは大きくボートを回頭させる。
大波が来る直前にUターンは終わり、そしてヒリュウはロープを手放した。
ボートは波に乗り、一転して浜へ向かう。
「きゃーきゃー!できましたわリーアちゃん!波乗りよ!」
大はしゃぎで後ろを振り向く悠。リーアも「きゃーv」と大きく歓声をあげた。
だが、陸地が近くなり始めたその瞬間、
「きゃん!?」
「わぁ!?」
ボートの底がは浅瀬に掛かり、予期せぬ急ブレーキがかかった。慣性の法則そのままに水中へ投げ出される2人。
「ごぼごぼ……ぷはぁ!」
ヒリュウが心配げに飛び回るなか、悠は勢いよく立ち上がった。
「ふぅ……大丈夫リーアちゃん?」
「ぺっぺ……砂が……うん、なんとかー」
リーアは顔中を砂だらけにして浜にあがる。
顔に張り付いた砂を雨粒で落としながら、彼女は「でも」と続けた。
「今の楽しかったー。も……もう一回チャレンジなのっ!」
「ま……負けないわよっ」
そしてバナナボートを回収し、もう一度沖へ向かうのであった。
ボート遊びを存分に楽しんだ後、彼女達は揃って漁に出かけた。
「えーと……ねー、これ食べれるのー?」
リーアは海中で獲ったナマコを悠に見せる。
「ど、どうなんだろう……?」
悠はひきつった様子で首を傾げるのであった。
●海の家でクッキング
「うはー……みんなすごいなぁ……」
雨は一向に止む気配を見せない。
それにもかかわらず外で遊びまわる彼らに敬礼を送りつつ、エリン・フォーゲル(
jb3038)は海の家へと入っていった。
「こんにちはー!今日はよろしくお願いします!」
主人への挨拶を澄ませると、彼女はさっそく台所を使わせてもらえるように頼む。主人は気前良く快諾した。
「ありがとうございます!あと、ついでに晴れたときのおすすめスポットとかあれば教えてもらっていいですか?
晴れたらぜひ、また来たいと思いますので。それに人を呼び込む為の何かのイベントとかあったらいいかもですねー。
撃退士によるビーチバレー大会とか色々やってみるといいかもですよv」
そうして話を済ませている間にも彼女はテーブルを拭いたり台所の掃除を行う。
「あ、自分も手伝うよ」
相良 歩(
jb6013)は布巾を手に彼女の横に着いた。そして備え付けのかき氷器の汚れををふき取る。
「ありがとうございます。かき氷を作るんですか?」
「うん。雨の中で食べるかき氷も乙だね〜」
そう言って彼は掌中に『氷結晶』で作った氷を握り締めた。
試しにそれをセットして機械の電源を入れる。氷が回転し、下から削られた氷が飛び出してきた。
「うん。自分で作った氷でかき氷も楽しいね〜」
歩は器で氷を受け取り、シロップをかける。
そしてスプーンを差し込むと「はい、どうぞ」とエリンに手渡した。
「わわ、ありがとうございます」
「どういたしまして。よかったら自分カレーも作るんで味見してよ。キャンプとかはよく行くから、カレーにはちょっと自信があるんだよ」
「そうなんですか。楽しみですー」
やがて海の家から芳醇な香りが立ち込めてくる。
それに釣られるように周囲をパトロールしていたヒロッタ・カーストン(
jb6175)は足を止めた。
「なんだか良い匂いがしますね。磯の香りとはまた違った……」
「なんだかお腹空いてくるね!」
一緒に散策していた五十嵐晶(
jb6612)が楽しげに声をあげる。
彼らは何かあった時の救助係として浜辺を歩いていたが、その心配も杞憂に終ったらしい。
「嵐のせいか一般人はほとんど見かけませんでしたし、早めに切り上げちゃいましょうか」
その言葉に晶は「わーい」と喜んでみせる。歳相応な可愛げにヒロッタは柔和な笑みを浮かべるのであった。
彼らは揃って海の家に入る。
「これはすごい……これ全部獲ってきたんですねぇ」
室内には漁に出かけた者達の獲物が所狭しと並んでいた。
そして新たな人の気配に、台所で料理をしていた夏野 夢希(
jb6694)はワンピースの水着に括り付けた短剣を抜き出して隅に入り込んだ。
「大丈夫……大丈夫……私には守り神があるんだから……大丈夫」
自己暗示をかける夢希。その姿はまるで不審者。
その時、
「わー、すごいのー。お魚さんがいっぱーい」
部屋に溢れる海産物を物珍しく眺めながらソルシェ・ロゼが台所に入ってきた。
夢希は「ひゅい!?」と奇妙な声をあげて跳ね上がる。
ソルシェは「?」と首を傾げた。
「ゆめちゃんは何作ってるのー?」
「あ、ああ……味噌ラーメンだよ。野菜たっぷりの……海で体冷えちゃってるでしょう?
それにムニエルとかてんぷらとか、魚料理もあるの」
「味見してもいい?」
ソルシェの言葉に夢希は頷く。小皿にラーメンを移し箸を添えて渡す。ソルシェはそれを即座に食べ終えた。
「すっごくおいしーの!」
「ありがとうソルシェちゃん。じゃあできあがるまで座敷で……」
「次はカレーを味見するの!」
え、と夢希が振り向いた時に既にソルシェはカレーを煮込む歩の元へ行っているのであった。
「はー、さすがに疲れましたわね」
イザベラが台所に入ってくる。どうやらビーチバレーをしていた面々が次々と海の家に戻って来ているらしい。
再び短剣を取り出して自己暗示を掛けている夢希を他所に、イザベラは赤白ボーダーのタンキニ水着の上からエプロンを羽織る。
そして炊飯器から大量のご飯を取り出した。
「夢野さんは味噌ラーメンを作ってるみたいですし、私はおにぎりでも作りましょうか」
「味見していいのー?」
すかさずソルシェが覗き込んでくる。
「ええ。でも一個だけですよ。今お腹いっぱいにしたら勿体無いですから」
「大丈夫なのー」
小動物のようにおにぎりを頬張るソルシェ。なんだか心が暖かくなるのを感じながらイザベラは彼女を見つめていた。
不意に「あ!」声をあげる。
「そういえば……いけない忘れてたわ」
イザベラは外へと駆け出していった。
その先で――。
「……まさか置いてかれるとは思わなかったな」
山吹陽が砂浜に埋められたまま天を仰いでいた。
彼女の周りには大量の花が飾られている。
ないすばでぃという言葉に踊らされて砂浜に埋められたはいいが、海の家から「もうすぐ御飯ができるよー」という声が聞こえた途端みんな波が引くように一斉に離れてしまった。
顔面に降り注ぐ雨が鬱陶しい。
水を吸った砂は意外に重いが抜け出せないことはない。だが、せっかくのボン、キュ、ボンを失うのもなんとなく勿体無い。
そんな天秤の間で悶々としているうちに、ふと彼女はあることに気づいた。
「あれ……雨止んできてないか?」
イザベラが遠くから「ごめんなさーい」と呼ぶ声が聞こえてきた。
●雨降り止んで
「文字通り山のように作ったので、じゃんじゃんばりばり食べてくださいねー」
大量のおにぎりを配りながらイザベラは座敷を動き回る。
海で遊んでいた撃退士達は全員海の家に戻り、今は早い夕食を楽しんでいる所であった。
「今日はいっぱい遊んだなー」
明石暁美はワイワイとカレーやラーメンをつついている面々を携帯で撮りながら今日1日を振り返る。
まさかの大雨に一時はどうなることかと思ったが、みんなそれなりに楽しめたようだ。
彼女は外に出る。故郷の沖縄がある方角を見定めたその時、。
「あ……」
彼女は驚きに目を開く。
いつの間にか雨は上がっていた。そして天を駆け上がるかのように水平線から大きな虹が昇っている。
彼女は携帯のカメラでその景色を写し取った。
沖縄の家族に届いたかな――。
なんとなくそう思いながら、彼女は手を降り続けるのであった。
同様に虹に気づいた者達が次々と海の家を飛び出し、魅入るように見つめている。
やがて食事を終えると、一同は恋愛部の部員達に誘導されるままにバスへ乗り込む。
遊び疲れた体にバスの振動はまるで揺り籠である。寝息に包まれたまま新入生達は校舎へと向かうのであった。