●
「ほらー、かかってきなさいよー!」
繁華街の十字路で1人の少女が叫ぶ。
「……あの悪魔さんは何がしたいんだろうね?」
首をこくり、と傾げて水枷ユウ(
ja0591)は言う。
疑問はもっともだ。
彼女はひたすら相手が攻撃してくるのを待っている。しかも攻撃を避ける気配すらない。むしろ自分から当たりに行っている始末。
そしてこの表情。
「えへ、えへへ、へへ……」
悪魔はとっても嬉しげであった。
「あらァ、素敵な悪魔さんじゃないのォ……」
黒百合(
ja0422)はにっこりと笑みを浮かべた。その表情は悪魔と同様とても嬉しげであった。
「こんな子は可愛いわァ……いっぱい弄んであげるからねェ♪」
その内情はドゥーレイルとは真逆。ある意味、歯車の歯がかみ合うような相性の良さを互いに感じているのであろう。
そんな様子を見てErie Schwagerin(
ja9642)はふぅむ、と頷く。
「変わってる……と言うと、ほとんどの悪魔が変わり者だから何とも言えないのだけれど、その中でも群を抜いて変わってる子ね……」
エリーはドゥーレイルを観察するように見つめていた。
やがて「まぁ、いいわ」と思考を片隅に追いやる。翠の瞳が怪しげに輝く。
「やることは変わらないもの。避ける気がないというなら、好きなだけ串刺しにしてあげるわ」
ここにも歯車が合う者がいるようであった。
「ほどほどにしとけよあんたら」
放っておくとどこまでも加速しそうなギア2人に対し釘を打つ小田切ルビィ(
ja0841)。
そしてその瞳を悪魔に向け、
「しかし、あれはこの間のお嬢か?――ったく、今回は何だってんだ」
呆れながらもルビィはどこか憎めない彼女に苦笑するのであった。
「わざと当たりに行った……?ドMなのかそれとも自分の耐久に自信があるのか……」
事前の報告に対し思うところがある様子のルナジョーカー(
jb2309)。
「まあ何にしても悪魔だし、な」
「ま、良いではないか。それも一つの個性よ。某も四六時中モテたいとか考えてるし」
隣に立ち体中を包帯でぐるぐる巻きにした虎綱・ガーフィールド(
ja3547)が声をかける。
「寿司を食いすぎたせいでマッハで壁にぶつかる破目になるとは……いやはや体中痛くてかなわんわ」
この場合本来なら自室でゆっくりと休むべきであるのだが、依頼というのはかくも残酷である。
「……前に会った時はもっと普通のお嬢様だと思ったんだが」
月詠 神削(
ja5265)は十字路で「来いオラー」とでも言いたげに威張っているドゥーレイルを見て呟く。
その内情は極めて複雑であった。
(なんというかもう……本当、もう何処か帰ってくれ)
気を抜くと今にも脱力しそうな神削。それを必死に堪えて彼は立つ。
「周りに兵がいる様子もなければ、ゲートやその他で魂を吸収する素振りも無し。何なんだこの悪魔」
久遠 仁刀(
ja2464)も彼女のわけのわからなさに軽く頭を抑えた。
だが、戸惑っていても仕方ない。相手が悪魔と言うなら、今の内に押し留めるべきである。
神削は言う。
「ま、今回は前回と違う。人に手を出している以上、問答無用といくぜ」
その言葉に仁刀が続いた。
「ああ。攻撃を受けるというなら、思う存分受けてもらう!」
●
「まずは一発!いくぜ!」
仁刀は悪魔の真正面から向かう。手にした大太刀が朝日のような輝きを放ちドゥーレイルを討ち払う。
バールを持つ手の肩口を狙った攻撃はそのまま彼女を弾き飛ばした。
仁刀はさらに攻め立てる。2度3度と彼女を襲う斬撃はしかし、
「はぁぁああん!」
彼女をますます身悶えさせるだけであった。
「いいわー、その攻撃すごくいいわー。うへへ……♪」
「……ますます意味がわからねぇ。なんなんだ、こいつは」
歓喜のあまりだらしない表情で笑うドゥーレイル。
そんな彼女に対しビルの上からルナジョーカーが飛び降りてきた。
「切り刻む!これでどうだ?」
不意を撃つように双剣を振りかざすルナ。しかし少女はくるり、と舞うように上を向く。
「げ!?」
反撃される。そう思った瞬間――彼女はその剣を体全体で受け止めていた。
「え……当たっちゃうのかよ!?」
肩口から抉るような一撃によってドゥーレイルの肌を赤く腫れあがっている。
いや、もしくは興奮のあまり肌が上気しているだけかもしれない。
「そうよその調子よ!もっと激しく、私を攻撃しなさい!」
「こいつはドMか……?なら思いっきり!」
その言葉通りルナは刀身に渾身のアウルを込める。
一方彼女は何か考えているようであった。
「んー、でもあまりワンパターンだと飽きちゃうわよね……」
言って彼女はぺたり、と座り込む。そしておもむろに涙目になると、
「やめて!私に乱暴する気でしょう!エ……」
「言わせねーよ!」
「へぎゅ!」
ルナの『神速剣』がドゥーレイルの顔面にヒット。そのままゴロゴロと吹き飛んでいった。
「まだこんなところにおったのか。メイド殿が心配されますぞ?」
そんな彼女に虎綱は『雷遁・雷死蹴』による一撃を彼女に与える。
同時に神削の『滅光』がドゥーレイルを挟み撃ちするように襲い掛かった。
2方向からの同時攻撃を器用にその身で受けとめると、彼女は「むぅ」と首を傾げた。
「ちょっと物足りないわね……ほらー、もっと本気出してよ」
そう言いながら手近な電柱をバール(のようなもの)で殴りつけるドゥーレイル。どうやらご立腹なようである。
「ふむ、手負いではこんなもんか。御期待に添えそうにもない」
そんな様子に笑いながら応える虎綱。麻痺した様子もないところから「まぁ効くわきゃないわな」と呟く。
一方の神削は体をふらり、と揺らした。
彼としては、もうこのまま気絶して目の前の状況から逃げ出したい気分であった。
「なんかもう……諦めて攻撃を喰らいたくなってくるな」
その声に虎綱は「ぬ?」と応え、
「月詠殿も彼女と同じ気質で御座ったか?」
と仁刀の攻撃を嬉々として一身に受け続けているドゥーレイルを指差した。
「断じて違うっつーか、俺はむしろSな方!」
彼は彼女と同類ではない。断じて違う。
――たぶん。
「……って、いかん、全然フォローにもなってない」
頭をぶんぶん、と振って気合を入れると彼は再びドゥーレイルに立ち向かった。
「あらぁ、物足りないなら刺激的なキスしてあげるわァ。素直に受け入れなさいねェ……♪」
そう言って黒百合はそっ、とドゥーレイルの背後から近づく。
そして彼女の肩に手を廻すとかぷり、とその喉元に牙を立てた。
「ちょ、さすがに私もそんな趣味はな……はぅん!」
ドゥーレイルは跳ね上がった。
首筋の血管を暖めるような吐息が心地よく、たまに肌を舐める黒百合の舌が彼女の口から喘ぎ声を吐き出させる。
実に淫靡な、実に官能的な光景。
(なにこの刺激……体がすごく熱くてドキドキしちゃう……女同士なのに……これってまさか……)
毒である。
黒百合の『溺れる大蛇の毒牙』から滲み出た毒が彼女の身を侵しているだけであった。
別に期待するようなことは何一つとてない。
ちゅぽん、と黒百合はその甘い毒牙を抜いた。
ドゥーレイルは力なく地面にへたり込む。呼吸も荒くうっとりとした表情はまるで恋する乙女のよう。
繰り返すが別に期待するようなことは何一つとてない。この依頼は健全なのだから。
「うふふ……美味しかったわよあなたの肌。これもプレゼントしちゃうわァ♪」
その言葉と同時に地面から腐泥と血液で構成された左手が現れる。それは黒百合が繰り出した『爛れた愚者の御手』。
その時「私も混ぜてもらっていいかしらぁ♪」とエリーが声を掛けた。
「封殺だとか火刑の魔女だとかって色々言われるけど……私の専門は『串刺し』なの。縛られる重圧も身を焦がす苦痛も提供は出来るけれど、やっぱり私はこっちね」
「それじゃあ一緒にやりましょう。きっと楽しいわよぅ」
「ふふ、ありがとう。じゃあ……」
言ってエリーは本から灼熱のように燃える黒槍を生み出し、悪魔に狙いをつける。
「その身を貫く快感をお届けするわぁ〜♪避けちゃダメよぉ?避ける気は無いでしょうけれどぉ♪」
「もっと潰れてぇ、潰れてぇ、ぐちゃぐちゃボロボロに成り果てなさいィ……♪」
ドゥーレイルは2人の攻撃に晒されて「きゃうん!」と子犬の様な声をあげた。
この2人、何処か似通っているのかもしれない。
「……チッ。無抵抗な女をタコ殴りにするってのは気分の良いモンじゃねーな」
そんな様子を見て多少気分の悪さを感じるルビィ。とはいえ、彼女をそのまま放っておけば何を仕出かすかわかったものではない。
「お嬢の気まぐれに付き合ってやれる程、俺達は暇じゃ無いんだぜ……ッ!」
黒百合とエリーの攻撃を受けてボロボロになりながらもまだ平気な顔で立ち上がるドゥーレイルに『封砲』をぶち当てながら彼は彼女の正面に立った。
「――お嬢さんよ。また会うとは奇遇だな」
「あら」
ドゥーレイルは見知った顔ににこやかな笑顔を向けた。先程受けた毒などなかったかのようにケロリとしている。
彼女の耐久力に舌を巻きながら彼は瞳を見据え、耳元に囁きかけた。
「撃退士に興味があるってんなら、いっその事――俺達の仲間にでもなってみるか?退屈はしないと思うぜ……」
ルビィはじっ、とドゥーレイルの様子を観察する。しかし彼女は「勘違いしないで」と即答した。
「人間はあくまで遊び道具だもの。私を喜ばせる玩具。第一、仲間になったらもう殴れないし殴ってくれないでしょう?それじゃ面白くないの」
「――そうかい。そいつは残念だ……!!」
冗談が半分、そして本気が半分。そんな気持ちが綯い交ぜとなり、ルビィは武器を構える。
「そんなら、これでどうだ!」
そんな2人に割って入るようにルナはドゥーレイルの背後から近づいた。その手には鎖が握られている。
鎖で彼女の体を巻き付け動きを縛るルナ。同時に両手を後ろ手に捻りあげ、そこも鎖で縛った。
「な、なにこれ!?」
身じろぎすると体の関節が極まり、きりりとした新鮮な痛みが走る。
「すっごい気持ちいい♪なになに、これで何するの!?」
さっきまでの真剣な表情は何処へやら、ドゥーレイルは興奮に息を荒げた。
「う……絵面が……」
だがその直後、
「あらいい恰好じゃない。蓑虫みたいで可愛らしいわぁ」
エリーの『コンセントレート』がドゥーレイルに直撃する。彼女は嬉しそうにすっ飛んで行った。
「……まあいいか」
ルナはそのまま流すことにした。
気にしてはいけない。気にしたらたぶん負け。
ドゥーレイルが鎖をぶちり、と引き千切る。さすがに一般的な鎖では耐えられないらしい。
拘束を解いた彼女の息は荒かった。だが、別に疲労したとか体力が尽きそうだとかいうわけではなさそうである。
むしろまだまだ、ばっちこい。
「……悪魔さん悪魔さん、もしかして悪魔さんは痛いの好きな悪魔さん?」
ユウはとことこ、とドゥーレイルに近づいていった。
「はふぅ……。ん、というよりこういった殴って殴られる『刺激』が欲しいのよ私は。この前は私から殴ったじゃない?だから今度は私が殴られる番」
「……そっか、それじゃこれあげる。ちょっとだけ幸せになれるおまじない」
そう言ってユウは『ディスペル』を施す。ドゥーレイルの魔法防御が低下。
そして大人しく『ディスペル』を掛けられる悪魔を見てユウの敵対ゲージも下がっていく。
「……準備おーけー?それじゃいくよ」
そしてユウは『氷葬華』を放った。
――ドゥーレイルの頭上に向けて。
「あ、もったいない!」
同時にドゥーレイルは大きくジャンプ。『氷葬華』の直撃を受けた。
「……次、あっちに向かってどーん」
再びの『氷葬華』。今度は斜め上に飛ぶ攻撃にまたもドゥーレイルは追いついてジャンプ!
ディスクドッグ競技にディスタンスという種目があるが、見た目はまさしくそんな感じ。
ちなみに投げる側はユウ、犬はドゥーレイルという配役である。
「……これで最後、受け止めてまいはーと」
本人もノリノリな様子で『氷葬華』を放つ。対してドゥーレイルも自然に「わん!」と叫び直撃を受ける。
気分はもう主人と犬――ではなくお友達であった。
「ただのドMだぁ!いいのかあれで!いいのかあれで!?」
さすがにルナも気にせずにはいられない。
もう諦めた様子の神削がぽむ、と彼の肩を叩いた。
「本人が喜んでるんだからいいじゃないか?正直もう、好きにさせ……」
そこまで言った瞬間、ふと上空に黒い影がよぎった。
「増援!?」
仁刀が目を見開く。見上げればそこには何体ものディアボロの姿が。
その先頭に立つメイドの少女が荒々しく大地に降り立つ。
ヴァニタス――ミレイである。
「あ、ミレイ!」
ドゥーレイルはメイドの姿を認め手を振った。
その瞬間、
「おーいミレ……へごぉ!?」
ミレイは一瞬でドゥーレイルの間合いを詰めると、その腹に強烈な拳をぶち当てた。
すさまじい衝撃音が響き渡る。ドゥーレイルは涙目で地面に崩れ落ちた。
「これで満足ですか婿娘殿?では帰りますよ」
ミレイは怒気を孕んだ口調で声を掛け、その襟首を握り込む。
「……お嬢を連れ戻しに来たって処か?」
ルビィは唐突に現れたミレイに語りかけた。
「ご苦労なこった……教育的指導の方、宜しく頼むぜ」
「ご迷惑をお掛けしました。無論そのつもりです」
そしてミレイはそのままずるずると彼女を引きずり始める。
「ほら、帰りますよ婿娘殿」
「え、ちょっ、まだ私遊び足りな」
「……何か?」
彼女はもう黙るしかない。
「――ま。気が変わったら、いつでも歓迎するぜ?」
そんな様子にルビィはぽつり、と声を投げかけた。
「悪魔にも変った趣味の持ち主がいるものねェ、またいらっしゃい今度も貴女の酔狂に付き合ってあげるからァ♪」
「私も付き合ってあげてもいいわよ。今度はちゃぁんと満足するまで串刺しにしてあげるから♪」
黒百合とエリーが揃って笑みを浮かべる。その笑みに黒いものが見えるのは気のせいか。
「ま、今度はこんなことせず連絡なされ。此処久遠ヶ原には勝負事が大好きな輩が山のようにおるしの」
虎綱も包帯の下でにかり、と笑みを浮かべる。
「……ばいばい。また遊ぼうね」
お友達感覚なユウはドゥーレイルに友情バナナオレを手渡すと手を振って見送った。
ドゥーレイルも引き擦られながら手を振り返す。
こうして悪魔達は去っていった。
「やれやれ。やっと帰ったか」
神削がふぅ、と息を吐き出す。
「お嬢様、ねぇ……嵐のようだったな」
ルナもどこかぐったりとした様子であった。
「まったく、最初から最後までわけわからねぇ奴だったな。悪魔ってのはあんなのばかり……なわけねぇか」
仁刀は今まで出会った悪魔の面々を思い浮かべ苦笑する。
やがて遠くから撃退庁の応援部隊がやってくるのが見えた。
悪魔は去った。それを彼らに報告してしまえばこの依頼は完了である。