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中国地方にあるショッピングモールに6人の撃退士達が足を踏み入れる。
氷月 はくあ(
ja0811)は手の汗を拭うと仲間達を見上げて言った。
「相手は悪魔を名乗ってるみたいなのです……出来れば穏便に済ませたいですね」
そう、今回の依頼はアパレルショップに現れた“悪魔”を名乗る少女の対処というもの。
場合によっては本物の悪魔と対峙することになるのだ。
だが、
「自称だからまぁなんだ。狂言つーこともあるだろうし……気楽にいこうぜ?」
はくあの頭にぽん、と手を置いて向坂 玲治(
ja6214)は彼女を勇気付けるように呟く。
「まったく困ったお嬢様も居たもんだ。これで『実は人間でしたー』じゃ洒落にもなんねぇぜ」
「でも万一という事があるし、一応本物前提で動いたほうがいいだろうな。悪魔がお忍びで人の街に来た前例もあるし」
月詠 神削(
ja5265)は広大なショッピングモールの地図を確認しながら進む。
すれ違う人々は皆、普段通りに買い物を楽しんでいた。悪魔を名乗る少女のことなど露とも知らされていないのだろう。
「世間知らずの小娘と言えば其れまでだが」
獅童 絃也(
ja0694)は遠くを見つめて言った。
「通貨制度を知らんとなるとあながち天魔の類と言うのも嘘ではないのかも知れん」
「どちらにしろ放っておくわけにもいかねぇんだよな。実際店には迷惑かけてるみてぇだし」
面倒くさそうな表情で小田切ルビィ(
ja0841)は天を仰ぎ、手を口元に当てて呟く。
「……ミーシュラねぇ?どっかで聞いた憶えが」
「もしやコーやミレイと何かしら繋がりがあるのではなかろうな」
人ごみを掻き分けながら虎綱・ガーフィールド(
ja3547)は首を捻る。
実際に四国において「コー・ミーシュラ」という悪魔の存在が報告されている。直接対峙した学園の撃退士も少なくはない。
少女が名乗る名は――ドゥーレイル・ミーシュラ。
「その悪魔と同じ姓を名乗るって事は――」
「まさかコーの娘で御座るか?」
「どうだかな。だが狂言にしてはちょいと出来過ぎな気も……」
「しかしもしこれが本当なら、子供までいたということになるのかあやつは……今度はもう少し殴っておこう」
どこかへこんだ様子で項垂れる虎綱。
そうこうしている内に彼らは例のアパレルショップに到着した
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事務所に通された6人を見て店長と警備員が迎え出た。彼等の眼前には頬を膨らませながら不貞腐れている少女の姿。
本当に悪魔なら危険だということで彼等は一旦店長と警備員を退室させる。
「貴族だか何だが知らんが、親の権威を笠に驕る等程度が知れる。まして金銭までを持たぬとは何処の田舎者だ」
絃也はドアにもたれ掛かりながら開口一番に彼女に苦言を投げかけた。
「なによ。人間ごときが私に文句つけるの?」
「文句と言うよりこれはレッスンだな。なぜ今自分がこんな状況に置かれているのかは理解できるか?」
「ぜんぜん」
少女は悪びれもなく答えた。
「ドゥーレイルと言ったか、ここは外の社会であって家の中ではない。最低限通貨制度の知識を持たなければこのように恥を掻くだけだぞ」
「恥?」
「ああ」
絃也は頷いてみせた。
「無知は恥だ。ドゥーレイルの行為はその恥を撒き散らし、親とやらが持っている権威や誇りに泥を塗る行為でもある」
「だな。ガイジンだか悪魔だか知らねぇがその服、とっとと店に返しな」
(そのガキが自称“悪魔”のお嬢様ってか?――ったく。とんだ人騒がせだぜ)
という言葉をぐっ、と飲み込んでルビィは普段らしい振舞いを心がける。
今の所はまだ彼女が本当に悪魔かどうか判断がつかない。ヘタに刺激を与えればどうなることか――。
彼は少女に『冥魔認識』を試す玲治の方を向いた。
「……ダメだ、てんでわからねぇ」
玲治は苦々しげな様子で顰める。彼は気を取り直して少女に顔を向けた。
「とりあえずお前が悪魔だというのなら四国であった事は知っているか?」
そう行って彼は四国で起こった騒動とそれに関わった悪魔の名前を挙げる。あえてコーとミレイの名前を外して。
「これらの悪魔が香川県高松市に現れてゲートを作ったんだ」
「四国ねぇ……私、つい最近ここに来たばかりだからその辺よくわからないわ。というかせっかく楽しそうなイベントやってたのに参加できなかったのがホント、悔しいわ……」
「じゃあ“コー・ミーシュラ”って名前の悪魔を知ってるか?」
ルビィがその言葉を掛けた瞬間がばり、と少女は上半身をあげた。
「お父様のこと?なにあなた達、お父様知ってるの?」
「お父様……ふむ。もしかしてコーのところのお嬢さんか!」
「そうよ。お父様も酷いわよねぇ、四国でそんな面白そうなことするなら呼んでくれたっていいじゃない」
虎綱にそう返してからぶつぶつと文句を続ける。
そんな彼女に対してルビィは財布を取り出すと中から小銭を取り出して机に置いた。
「なにそれ?」
「カネだ」
ルビィはシンプルにそう言うとピィン、と指でコインを跳ね上げる。
戻って来たそれを難なくキャッチすると再び跳ね上げながら「おい、お嬢。良いか?」と問いかけた。
「モノが欲しけりゃ、金と交換しなきゃならねぇ。んで、金ってのは働く事で手に入る。
ソレが世の中の仕組みってヤツだ。悪魔なら等価交換って言葉ぐらい知ってるだろ?」
「まあね」
ドゥーレイルは「それで?」という風に続きを促した。
「お嬢がやってんのはそれを無視する行為だ。人間社会だとこれは『万引き』っつーれっきとした『犯罪』でもある」
「だな」
ルビィに続けて玲治も身を乗り出した。
そして少女の視線が玲治に向いた瞬間、
――ぱつん、と。
ルビィは手元に戻ってきたコインを『わざ』と取り落とした。
「おっと」
弾き飛んだコインは少女目掛けて飛んでいき――体を透過して床に落ちる。
室内に緊張が走った。
「?なんか飛んできたわよ」
ドゥーレイルの言葉にルビィは「ああ、すまねぇな」と何事もなかったかのようにコインを拾う。
「今時小学生でもわかるぜそれぐらい」
内心の荒波を微塵も見せず玲治は言葉を続けた。
「人だ悪魔だ言う前に高貴だと自認する奴が自分の都合でルールを破るのは、決まり事も守れない家だと家名まで貶めるようなものじゃないのか?」
「人間なんかのルールに従うほうがよっぽど恥よ」
彼の言葉にふん、と澄ました様子でそっぽを向くドゥーレイル。組んだ足先を苛立たしげにぱたぱたと揺らして彼女は言った。
「だいたいさっきからなんなのあなた達は?店長とかいうのと入れ替わったみたいたけどそんなに偉いの?」
「俺達は撃退士だ」
「撃退士?普通の人間とは違うの?」
「それについては後で話そう」
ドゥーレイルの言葉を遮って絃也が言葉をかける。
「それ以前にまず最低限の知識を身につけさせないとな」
それに続けて虎綱は「うむ」と頷いてみせた。
「武門は商家に支えられ、商家は武門に守られる。平等とは言わんがお互いに敬意を払う必要が御座ろう。ここテストで出るで御座るよ」
そう言って虎綱は脇に置かれていたノートと鉛筆を机に広げてドゥーレイルに差し出した。彼女は「ぇ〜!?」と戸惑った声をあげてそれを見つめる。
「なんでこんなことしなきゃならないのよ」
「後になって困るのはお前だドゥーレイル。それに迷惑を受ける者は堪ったものではないからな」
「教えてもらえるだけマシと思うで御座るよ」
絃也と虎綱の言葉に彼女が再び不貞腐れたその時、
「仲間がきついこと言ってごめん」
そう言って神削は少女に近づいていった。
そして椅子に座るドゥーレイルの足元に跪くと、彼女を見上げた状態で話しかけた。
「人の世界では物を手に入れるのにお金が必要なんだ。これを機会に憶えてくれると嬉しいな。ところで俺も君と話したいんだけど……いい?」
それに気を良くしたのか「いいわよ」と上機嫌に返事をする少女。
神削は言葉を続けた。
「聞いた所によると君の家は男尊女卑が酷いって言ってたみたいだけど……色々不満があるんじゃないかな?よかったら君のこと色々教えてほしいな?」
「不満なら大アリよ!」
ドゥーレイルはいきなりノートをぐしゃ、と潰して声をあげた。
「自分達は武門の名門だとか猛々しく言っておきながら女はお淑やかにしてろ、余計なことは身につけるなとか言ってさ!お母様なんかすっかりそれに慣れちゃって窓辺で刺繍しながら毎日ニコニコしてるだけじゃない!」
「そうなんだ。それはなかなか大変だね」
「でしょ!?それでいてミレイみたいなメイドは館の防衛目的とはいえちゃんと戦えるようにしてるくせに、私だって……」
そこまで一息で言うと彼女は頬を赤らめてけふん、と咳を入れた。
「ま、まあとにかく。飽き飽きなのよああいうのはもう!」
「それで抜け出してここに来たということなのかな?」
ドゥーレイルは見上げる神削に頷いてみせた。
「ぅー、だったら……」
しばらく様子を伺っていたはくあは手をあげた。
彼女はどうにも複雑な気分を感じていた。同年代の女の子がこうして詰め寄られている姿を見ているのもあまりいい気はしないし、第一事務所という狭い空間に居心地の悪さを感じる。
だから、
「喧嘩したり、殺し合ったりはいつでも出来るのです。折角なので、今日は楽しむことにしませんか?」
はくはは一同に向かってそう提案した。
「えと、実地訓練も兼ねて……外に出て色々見てみるのはどうかな?」
「それはいいね」
削神はそれに賛同した。
「嫌々だとその場で憶えてもすぐに忘れてしまうし、気分転換も兼ねて……」
「試着品はどうする気だ?」
絃也はすぐさま異議を唱えた。
「あれを返してもらわないと外に出すことは適わないぞ」
「こうすればいいと思う」
神削はドゥーレイルへ向き直る。
「その服、俺たちから君へプレゼントさせてくれないかな?今日出会った記念に」
それにルビィは「おいおい」と声をあげた。
「そんなこと勝手に決めていいのか?」
「代金は経費から落とせるように交渉するのです!」
元気良くはくあが答える。
「だが、まだちゃんとした知識を身につけたとは……」
「まあ『飴と鞭』ってやつだろ。俺は良いと思うぜ」
未だに眉を顰める絃也の肩に怜治は手を掛けた。
「ハッハッハ!此処まで来て遊んでいかない手は無かろう。何、モールを少し廻ってくるだけさ。なんなら肩車でもしてやるで御座るか?」
「さすがに私もそんな歳じゃないわよ」
たしかに彼女は見た目が虎綱よりやや年下と言ったところである。彼は「おっと、それは失礼」と慇懃に頭を下げた。
「それよりもお忍びなのであろう?内密にしないといけないのう」
こうしてわいわいと賑やかになった事務室で唐突にルビィは少女に顔を向けた。
机に腕を乗せて視線を合わせると「――お嬢さんよ」と言葉を投げ掛ける。
「欲しいモンが何だって手に入ると思ったら大間違いだぜ?」
「せいぜい肝に銘じておくわ」
ドゥーレイルはそっけなく答えるのであった。
「とりあえず一緒に甘いもの食べたり、お買い物したりー……えへへ、楽しみなのです」
嬉しそうに声をあげるはくあ。
そんな彼女の後ろで「ちょっと待って」とドゥーレイルは何か思いついたように立ち止まった。
「ちょっと試したいことがあるんだけど、いいかしら?」
「試す?なにを……」
そう言って振り返ったはくあはぎょっ、と目を見開く。
――その手には禍々しいバールのようなものが握られていた。
「うん。撃退士っていうのは……」
一同の驚きを意に介さず、ドゥーレイルはどこからともなく取り出したそれを振り上げる。
そして、
「どれだけ耐えられるのかなって!」
虎綱に向けて思いっきり振り下ろした。
大きく風を絶つ音が響く。それはやすやすと虎綱の体を引き裂いた。
同時に怜治は身を乗り出してドゥーレイルの打撃を受け止める。
強烈な打撃音が事務室内に響き渡った。
「おいお前……!」
受け止めた腕に焼け付くような痛みを感じながら怜治は彼女を睨みつけた。
「一体どういうつもりだ!?」
悪びれることもなく手をひらひらと泳がせながらバール(のようなもの)を肩に掛けるドゥーレイル。それには虎綱のスクールジャケットがボロ切れとなった状態で引っ掛っていた。
「ここで暴れると危なく御座るよ?」
ひらり、と『空蝉』で回避した虎綱が降り立つ。
彼女は「へぇ」と彼らを興味深そうに見つめていた。
「意外にやるじゃない。人間ってすぐ壊れちゃうイメージがあったけど……これならしばらく楽しめそうね」
ふふ、とドゥーレイルは悪戯っぽく笑みを浮かべる。
そして一度事務室の奥に引っ込むと程なくして彼らの目の前に再び戻ってきた。元々身に纏っていた私服を着て。
「服は返すわ。だけど予定はキャンセルね」
「どういう風の吹き回しだ、お嬢さん」
ルビィは胡乱な眼差しで聞いた。それに対し彼女は「別に」と答える。
「人間相手に遊ぶのも退屈しないな、て気づいただけよ。楽しかったからまた今度遊びましょう」
「そう簡単に逃がすと思っているのか?」
絃也はドアに背を預けたまま睨みつけて言った。
「今の一撃の落とし前もまだついてはいない。このまま外に出すわけには……」
「その点は心配してないわ」
ドゥーレイルはからり、と窓を開けて答えた。そしてよいしょ、という掛け声とともに足を掛ける。
「あ、ちょ、ちょっと!」
はくあは慌てて少女に手を伸ばした。
「ここ何階だと思っ……!」
「また会いましょう。(>M<)ノじゃあね!」
少女はそのまま外に飛び出した。
――どがん、がらん、ばがん!という派手な落下音が鳴り響く。
よれよれになった帽子を揺らしながら、彼女は嬉しそうに遠くへ走っていくのであった。
「……行っちゃった」
呆気に取られた表情で見送るはくあ。
最後の一撃に危機感を覚えたもののある程度はわかり会えるのかなという淡い思いを抱きながら、
「また、いつか会えると良いなっ」
次に会うのが殺し合いの場でないことを願いつつ彼女に向かって手を振ってみせた。
「そうでござるな……コーのヤツにも今度遊びに行くと伝えてくだされ!」
虎綱も一緒に窓の向こうへ声を掛ける。
「四国がまだ物々しいっつーのに、面倒なのがまた現れたもんだな」
ルビィは少女の背が消える前にデジカメのシャッターを切った。
「やっと帰ったか……出来ればもう会いたくはないが……」
怜治は痛む腕を冷やしながらやれやれと息ついた。
「あれはそうもいかなそうだな」
「まったくだ」
怜治のため息にあわせるように絃也も一息入れる。
「……まぁ、こうして服は無事に返してもらったし」
神削は突然の衝撃音に飛び込んできた店長に服を渡しながら呟いた。とりえず目的は無事達成できたのだ。
「とりあえず帰ろうか?今後のことはまた後で考えよう」
こうして一同はショッピングモールを後にする。新たな騒動の予感に身を浸しながら――。