●
ざくざく、と複数の足音が木霊する。
立ち上る炊飯の煙を目印として進む総勢25人の撃退士達は一様に険しい表情をしていた。
目指すはゴブリンの巣。標的は死をも楽しむゴブリンの群れ。
「せ、戦闘ですか……初めてで怖いけど……」
幌絽河 想(
jb5129)はぎゅ、と握りこぶしを作り無理にでもテンションを上げる。
そう。この戦闘が初陣という者が何人もいるのだ。
ごくり、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。
やがて山の中腹の開けた場所に到着する。
そこには不審者の出現に巣から飛び出したゴブリン達が慌しく武器を揃えていた。
撃退士達もそれぞれの武器を構える。
戦闘が始まろうとしていた。
●
「え、えやー!」
指宿 瑠璃(
jb5401)は控えめに声をあげると、真っ先にゴブリンの集団へ突撃していった。
しかし続くものはいない。完全に先走りである。
そしてゴブリン達の目前で突然、
「きゃぁ!」
ぽてん、と。
木の幹に足を取られてひっくり返ってしまった。
遠くで仲間達が悲痛な声をあげるなか、ゴブリン達はチャンスとばかりに彼女へ殺到した。
だが、まだ彼らは気づいていなかった。
それがただの「囮」であったということを。
「今です!一斉射撃を!」
どこかから声があがった。
同時に瑠璃に殺到していたゴブリンの集団に「コメット」の雨霰が降り注ぐ。
「昔からなんだけどさ〜」
白鳳院 珠琴(
jb4033)は樹上から逃げ回るゴブリンを見下ろしながら呟いた。
「ゴブリンって天界の尖兵としては趣味が良くないから嫌いなんだよ」
「へぇ、そうなんだ……おっらぁ!」
掛け声勇ましくゴブリンの足元に炸裂陣を爆裂させながら赤星鯉(
jb5338)は珠琴に問いかけた。
「うん。こ〜ゆ〜のは大体ネガティブな感情が好きな天使が作ってるんだよね(−−)」
「つまり?」
「趣味が悪い。ボクってほら、優しい感情が好きだからさ。ネガティブな感情って美味しくないんだよねぇ」
そんな自称グルメな珠琴の言葉を聞いていると、不意に「ご心配をおかけしました……」と小さな声が聞こえてきた。
気づけば「遁甲の術」で彼女達のいる木の葉を隠れ蓑にした瑠璃がいる。
ちなみに地上でゴブリン達と一緒に範囲攻撃い巻き込まれているのは彼女の「分身」である。
「おかえりなさい瑠璃。この後は?」
「えっと、とりあえず私はこのままキングを探します」
「そう。じゃあ私は……」
そう言うと鯉は腰に差した柳一文字を抜き取り、颯爽と枝から飛び降りた。
「陰陽カチコミで真っ向からボコるわよ!」
こうして序盤を有利に迎えた撃退士達は一斉にゴブリン達へ向かう。
その中でも特に建礼門院・入道二郎(
jb5672)は「闇の翼」を広げ、前へ前へと突き進んでいった。
爪のついた手甲を振り回して次々とゴブリンを攻撃する入道二郎。
だが、彼は致命的なことに気づいていなかった。
「これならすぐに片がつくぜ。てめぇらもそう思……」
そう言って背後の人物に振り帰ったとき、彼はようやく気づいた。
「……あれ?」
そこにいたのは味方ではなく、槍や銃を構えるゴブリンの姿。ひたすら突進してきた彼は突出しすぎていたのだ。
ずぶり、と。
ゴブリンの槍が彼の腹に突き刺さる。
「ぐっふ!?」
それは1本に留まらない。2本、3本と立て続けに彼の体を穂先が貫通するたび、彼は血と呻き声を放った。
「おい!大丈夫か!?」
入道二郎の突撃にようやく追いついた緋山 要(
jb3347)は慌てて「庇護の翼」で彼のダメージを引き受ける。
そして「タウント」で注目してきたゴブリン達を薙ぎ払うと、入道二郎の巨体を抱えて味方達の元へと引き返すのであった。
「すまねぇな……」
「無事ならそれでいい」
素気ない態度で返事を返す要。だがその実、彼は内心でほぅ、と息をついた。
(少しは他人を守れるようになったか……)
思い描くは母の姿。
自分の身を案ずるあまり心まで病んでしまった彼女の存在に彼は思う。
(死なせはしない。これ以上誰も、な)
押し寄せるゴブリンを剣で振り払うたびに腕に巻いた赤い布が揺れる。
それは仲間を示す目印であり、守るべき者の証。
それが傷つくぐらいなら、自分が傷ついてみせる。
そんな気概と共に彼はぐったりと身を任せる入道二郎を回復スキルを持った仲間に預けると、
「戦いはまだ始まったばかりだ。敵は厄介だが、勝てない相手じゃない。いくぞみんな!」
剣と共に腕の赤布を振り上げて彼は号令をかけた。
鬨の声があがる。それを満足そうに眺めると、彼は仲間達と共に槍を構えるゴブリン達へと向かうのであった。
「まったく、カッコいい所見せてくれますわね。さぁ、精一杯やるとしましょう」
くすくす、と笑みを浮かべながらロネット(
jb4517)は槍を振るうゴブリンの攻撃を受け流すと、思いっきり蹴り飛ばした。
そこへ彼女に迫っていた別のゴブリンの槍がぶすん、と刺さる。
刺されたゴブリンは怒鳴り声を上げ、刺したゴブリンはへらへら笑いながら頭を撫で付けていた。
「聞いてた通りの阿呆ですね、彼ら……」
呆れながらその光景を見ていた彼女であったが、不意に上空から銃声が聞こえてきた。
同時に怒鳴っていたゴブリンが弾き飛ばされる。それを見たゴブリンのへらへらがげらげらという大笑いに変わった。
そのゴブリンにも銃弾が突き刺さった。
「子供の前で恰好悪いとこはみせられないね」
そう言うと上空から柳田 漆(
jb5117)はリボルバーの引き金を引き絞るのであった。
「カバーするから、安心して!」
「ありがとうございます柳田様。助かりますわ」
そう言って最初の銃弾に倒れたゴブリンに圧し掛かったロネットは、仕込み刀の刃を喉元に滑らす。血飛沫をあげると共にそのゴブリンは全ての活動を停止した。
「おっと、逃げられるとは思わないでよ?」
同時に逃げようとするゴブリンへと漆は銃口を向けた。真上からの狙撃に逃げ場を無くしたゴブリンもロネットの刃に斃れた。
「皆様、無事ですか?まだ戦いは始まったばかりです。無理はしないでくださいね」
くすくす、とゴブリンの血に塗れて笑うロネット。それはある意味ホラーであった。
「……彼女、今の自分の姿に気づいているのかな」
ジャージと肌の間に冷たいものを感じながら彼は戦場を見渡してみた。
あちこちであがる鍔迫り合いの音とゴブリンの金切り声に味方の有利を見て取った彼は軽く一息入れる。
ふと、地上で戦うロネットの近くで彼は妙なものを目撃した。
それはゴブリンに艶やかに語りかける江見 兎和子(
jb0123)であった。
「あら……たくさんのゴブリンさんたち、はじめまして……」
小人のようなゴブリンを掴みあげて目線を合わせる兎和子。それをゴブリンは不思議なものを見るような目つきで眺めていた。
「ええ、お望みどおり、破滅させて差し上げましょうね……ふふ、もっと楽しませて頂戴……?」
そして彼女はゴブリンに囁きかける。
味方の死にも構わず、娯楽にしか感じない彼ら。
ならばその矛先を味方に向けさせてしまえばいい。そうすれば自然と破滅する。
だが、
「?」
ゴブリンは彼女の言うことに興味を示さず、逆にその爪で彼女の腕に掴みかかった。
「あら……残念ね」
自らの誘いに乗らないゴブリンにため息をつくと、兎和子は懐から匕首を取り出す。
そして衝動の赴くままに彼女はゴブリンを滅茶苦茶に切り刻んだ。
「ゴブリン程度の知能じゃ無理かしらね……」
ある程度満足した所でほぅ、と息を着く彼女。
その瞬間「江見さんっ、撃ちます!」と言う声が後ろから聞こえてきた。
同時に黒い霧を纏った矢が彼女の目前を通過する。それは彼女目掛けて突撃するゴブリンの眉間に突き刺さった。
「す、すみません……大丈夫ですか?」
おどおどとした様子で近づいてきた鈴木 紗矢子(
ja6949)に兎和子は「平気よ」と艶っぽく返してみせる。
「ご、ごめんなさい……ひ、久しぶりのお仕事で……少しでも早く帰れるように頑張らなきゃ……て思ってつい」
「あらあら……そんなに肩肘張らなくてもいいのよ……?」
「でも……あ、血が」
言われて兎和子は自らの腕を見る。たしかにそこにはゴブリンの抵抗で傷ついた爪跡がくっきりと残っていた。
「あら……平気よこれくらい」
「で、でも……一応、応急手当しておきますね」
言うが早いか紗矢子は兎和子の腕をぎゅ、と握る。
「あ、あの……これで大丈夫な……はず、です……。が、頑張りましょうね……みんなで帰る為にも……!」
そう言って紗矢子は強弓を手に戦場を掛ける彼女。
たとえ重度のインドア派でも、やることはやる。それが自分の為になると信じて。
「次……撃ちます!」
迫るゴブリンにあらかじめ矢を番えていた弓を引き絞ると、一息にそれを放つ。
徐々に前衛のゴブリンは数を減らしつつあった。
●
「考え無しって、相手するの面倒だよね……」
息をゆっくりと吐きながら「明鏡止水」に心を落ち着かせるエレムルス・ステノフィルス(
jb5292)はリボルバーの照準をゴブリンへと向けた。
狙うは前衛や上空で戦う者をライフルで撃ち続けるゴブリン達。
草むらに隠れながら近づいていった彼の姿を捉えたゴブリンはいない。
「……さてと、まずは俺達の仕事。先手は貰うよ」
その言葉と同時にエレムルスは引き金を引き絞った。滑り出た弾丸がゴブリンの側面を撃ちつける。
突然の奇襲にゴブリン達は慌てて周囲に目を向けだした。そして銃弾が飛んできた方向へ一斉に発砲する。
しかし彼はもうその場にはいない。
「いつまでも同じ場所にいると思っているんですかね?さってと……♪」
潜行しつつ草むらをかき分けるエレムルス。
狙うはゴブリンの首領――キング。
「いるとすれば一番奥の方だけど……悪いけど、逃げ場すら作る気はないからね♪」
そう楽しそうに呟くと、彼は銃を持つゴブリンに奇襲をかけながら敵陣の奥へと潜入するのであった。
一方その頃、ルナリティス・P・アルコーン(
jb2890)は同じく銃を持つゴブリンに対して上空から弾雨を降らせていた。
味方ごと撃退士に向け銃を放つゴブリンに思わずため息が零れる。
「仲間の命も使い捨てか……愚かしく、下らん連中だ」
地上にいるゴブリンも彼女に対して反撃を試みる。いくらか銃弾が体を掠めるものの、やはり上空というアドバンテージを覆すことはできない。
ふと、彼女は草むらを抜けようとするゴブリンを見つけた。彼女は急降下すると、そのゴブリンの目前に降り立つ。
「逃げられると思ったか?誰が逃すものか」
ずどん、と。重く乾いた音と共にゴブリンの眉間に風穴が開く。
その手には銃が握られていた。
「……こいつではないのか」
ルナリティスは残念そうに呟くと小さな体に不釣合いな程に大きな翼を広げた。
彼女が上空にいるのは何も誤射の防止や優位性だけの話ではない。
情報にあった爆弾ゴブリン。
これを見つけ出さない限り味方の安全を保障することはできない。
「……まずいな」
内心の焦りを表に出すことも無く、彼女は上空を飛び続けるのであった。
そんな彼女に地上から一匹のゴブリンが銃口を向ける。大きな翼を目印に今、ゆっくりと引き金を引き絞ったその瞬間、
「あはっ。それって良い的だよ!」
フルール・クーレ(
jb5395)の放った弾丸がゴブリンの後頭部に直撃した。
明後日の方向に発砲しながら前のめりに倒れるゴブリンを見て周囲のゴブリンはげらげらと笑い声をあげる。
「楽しげだねぇ。ボクも楽しいのは大好きだよ!キミ達の趣向とは違うけどね!」
そう言いつつ下品に声をあげるゴブリンへ立て続けにリボルバーを放つフルール。
不意に後方から「伏せて!」と声が掛かった。
さっとしゃがみ込むと、彼女の頭上を光の玉が通過してゴブリンに直撃する。
振り返るとマロウ・フォン・ルルツ(
jb5296)はふふ、と上品な笑みを浮かべていた。
「こんなにたくさんのゴブリンに囲まれると、まるでおとぎ話の中に入っちゃったみたいね」
もちろん夢なんて見ないけれど、とおっとりとした口調で言うマロウ。
ゴブリン達は笑うのをやめ、2人に槍や銃の先を突き出し始めた。
「おっと……怒らせちゃったかな!?」
フルールは羽をわきわきと震わせるとリボルバーに力を込めた。
「大丈夫、なんとでもなるものよ」
マロウは襲い掛かるゴブリンの足をレイピアで払うと、そのまま喉を掻き切る。
噴き出した血に構うことなく彼女はフルールに向かうと、
「……ほら、大丈夫だったでしょう」
スカートでレイピアの刃に付いた汚れを拭い取ってみせた。
「はは、心強いね!さて、ボクも出番を見せないとっ!」
マロウに続けとばかりにフルールはリボルバーを迫るゴブリンの眉間に突きつけた。
その間際、彼女は「でも」と呟く。
「まだ見つからないのかな……爆弾なんて、そんなアブナイものみんなに近づかせるわけないって!」
敵を倒して、マロウもみんなも、守ってみせる。そんな気概をあざ笑うかのように近くの草むらが揺れ動いた。
気づくものは、いない。
●
「初依頼の相手がゴブリンですか……まぁ仕方がありませんね」
織雅 柊羽(
jb3486)は薄く笑みを浮かべながら翼を広げていた。
彼は山肌を舐め回すように視線を巡らせて上空を飛び続ける。
狙いは爆弾ゴブリン。こいつがいる限り安心して戦う事すら難しくなる。
だが、
「……ふぅむ、見つからないものですねぇ」
柊羽は首を傾げた。やがて彼はゆっくりと地上に降下する。
そこには槍を持ったゴブリンを弾き飛ばす私市 琥珀(
jb5268)の姿があった。
「通さないよ!」
彼はトレイで穂先を弾き飛ばすと、返す刀で緋の太刀を振るう。
「歩の無い将棋は何とか……ってね。あれ、柊羽さん?」
琥珀は目の前に降り立った柊羽に声をかけた。
「どう?爆弾持ちは見つかった?」
「いえ、まだですねぇ」
「そうか……」
残念そうに呟く琥珀。だが、彼はすぐに気を取り直すと、
「今はやれることをやろう!大丈夫、今は僕達の方が優勢……」
不意に、新たなゴブリンが草むらから飛び出してきた。
咄嗟にシールドを展開して防御体制をとる琥珀。だが、そのゴブリンは先程までのゴブリンと気色が違っていた。
槍も銃もを持たず、服の内側にぐるりと筒状の物体を隠し持っている。
それらは一様にシュー、という音を発し、筒から伸びた紐には火花が飛んでいた。
「爆弾!?しまっ……」
響く轟音、轟く地鳴り。戦場に戦慄が走った。
「私市さん!?」
彼から離れすぎない距離で戦っていた香奈沢 風禰(
jb2286)は肌を撫でる熱風に驚き、悲鳴のような声をあげた。
「だ、大丈夫なのなのー!?」
急いで琥珀の元に駆けつける風禰。
「僕は大丈夫!それよりみんなを……!」
彼は平気そうに笑みを浮かべると、一緒に爆発に巻き込まれた仲間を回復するために立ち上がった。
だが、そこへ襲い掛かるもう一体のゴブリン。
それは2体目の爆弾ゴブリンであった。
「ひぅっ!?」
風禰は思わず身を固める。
だが、
「二度も同じ手に喰らうと思わないでくださいね」
柊羽はボロボロの体に力を込め、八角棍を突き出した。苦しげな声をあげて遠くに吹き飛ばされる爆弾ゴブリン。
そして爆発。
二度目の被害を最小限に抑えられたことに安堵しつつ彼はにたり、と笑みをこぼした。
「駒として消える運命でも、王の命令ならば仕方が無い……ですか……残念です」
「は、はふぅー……ありがとうなのなの」
風禰は逸る心臓を抑えながら礼を言った。
「構いませんよ。爆弾ゴブリンを見つけられなかった私にも責はあります……やはり人界では冥界の様には動けませんねぇ」
そう呟くと琥珀からの治療もそこそこに空へと飛翔する柊羽。
そんな彼を見送ると、風禰は炸裂符を手に取った。
「もう怒ったなの!ゴブリン覚悟するなの!」
その言葉通りに槍を持って襲い掛かるゴブリンへ次々と符を投げつける彼女。
「僕もやられてばかりじゃないよ!そろそろ僕も攻めようかな!」
琥珀も攻撃に加わり、風禰のサポートの元次々とゴブリンを撃破していくのであった。
「……いましたねぇ」
上空からようやく残りの爆弾ゴブリンを見つけた柊羽はにたり、と笑みを浮かべた。
見つけた場所は前衛のナナメ後方。つまり、
「もう後衛の目前じゃないですか……間に合いますかねぇ」
頬に走る汗もそのままに柊羽は後衛の仲間達に爆弾ゴブリンの所在を報告して廻った。
その報を受けた知楽 琉命(
jb5410)は急いで爆弾ゴブリンの元へ向かう。
「ここで止めないとまずいですね……少々荒っぽくしてでも……!」
全速力で山肌を駆け抜ける琉命。木立ちが肌を擦るのも気にせず走る彼女はやがて目前に緑の物体を目撃する。
「ここは通しませんよ!」
すり抜けようとするゴブリンをシールドで押さえつけると、琉命はライフルを撃ち放った。
フルオートで放たれる無数のアウル弾が爆弾ゴブリンの体に突き刺さりその息の根を止める。
ほぅ、と息をつく間もなく2体目がその脇をすり抜けていった。
「しまった!」
彼女は必死で追いかけるものの、その1体目に機を取られていた彼女はなかなか追いつくことができない。
やがて爆弾に火が付けられ、後衛に迫ろうとしたその瞬間、
「チャージ!」
上空から雄叫びを上げながら白い閃光が飛び降りてきた。
足にモラクスの印が刻まれた脚甲をはめて舞い降りたHabseligkeiten(
jb5520)は爆弾ゴブリンの頭上に襲い掛かる。
ぐぶぇ、と白目を剥きながらゴブリンは山肌を転げ落ちていった。
「ハッ、怪我はないでありますか?」
ハープゼーリッヒカイテンは琉命に敬礼してみせる。
琉命は彼に対し微笑み掛けると「ありがとう」と返した。
「これで爆弾持ちは全部倒したことになりますね」
「ハッ、爆弾ゴブリンの総数は4体と報告にあります!これで……」
そこまで言って突然ハープゼーリッヒカイテンははっ、と爆弾ゴブリンの転がった方を見やった。
そこには彼が蹴り倒したゴブリンが――、
「い、いないであります!」
「そんな……!?」
彼らは必死に周囲を探し回った。
程なくしてハープゼーリッヒカイテンは地面にへばりつきながら、ひそかに後衛に近づこうとしているゴブリンの姿を確認する。
「ターゲット01、シュートであります」
咄嗟に彼は拳銃を抜き放った。迫る弾丸をすり抜け、ゴブリンは距離を取ろうとする撃退士達の元へ迫る。
そしてどごぉん、と。
「きゃぁ!?」
琉命は吹き付ける突風に顔を覆った。
後衛に着いた者達を巻き込みながら、上がる黒煙と爆発音によって周囲は支配されたのであった。
「アァッっ、く!」
身を焦がす爆炎に苛まれながらハープゼーリッヒカイテンは膝を着いた。
爆風に煽られる髪を抑えながら琉命は急いで彼に駆け寄ると「ライトヒール」の光を傷口にあてがった。
「大丈夫ですか?」
「ハッ、自分は無事であります。それよりも……」
ハープゼリッヒカイテンは爆心地に目を向けた。
そこには同じく爆発に巻き込まれた仲間達がそれぞれ治療を受けている所であった。
「みなさん大丈夫ですか!?」
神谷 託人(
jb5589)はダメージを受けた者に回復を施す。しかし、その間にも敵の攻めが休むことはない。
「つっ、厄介な。今はそっちに構ってる余裕はないんですけどね……!」
彼は飛んでくる銃弾を盾で弾き返しながら、逆に紫電の忍術書で反撃する。
そんな託人を庇うように一人の男が目前に立ちはだかった。
「こっちは俺に任せろ託人!お前は回復に専念するんだ!」
そう言って音羽 聖歌(
jb5486)はその身にオーラを纏う。それはゴブリン達の注目を引きつけるには充分であった。
多数のゴブリンが彼を襲い、また彼も戦斧を振りかざす。
「その槍や銃は飾りか?遊んでやるからかかって来いよゴブリン野郎!」
聖歌が斧を振るうたびにゴブリンの体が宙を舞う。
一見味方にも被害が出そうなほど豪快な動きではあるが、そこには彼なりの気遣いが見え隠れしている。
斧を振るうたびに声をあげて自らの存在を示し、同時に周囲へ目を配り刃先が当らないルートを見繕って斧を振るう。それは普段託人へ軽口を叩いてみせる彼の「根」を窺わせるものであった。
こうして彼がゴブリンの軍勢を防いでいる間に一向は戦力を立て直していった。
「よし、こっちは大丈夫そうですね」
託人は額に流れる汗を拭いながらふぅ、と一息ついた。
「愛莉。そっちの方はどうだい?」
彼は傍で治療を手伝っていた神谷 愛莉(
jb5345)へと振り返った。
団体戦は初めてということで兄と従兄弟である託人と聖歌の傍につきっきりだった彼女も、召喚獣ヒリュウを操って果敢に戦っていた。
そんな彼女であるが――。
「……」
しばし彼女は瞳を閉じ、じっと何かを観察するかのように立ち尽くしている。
「愛莉?」
託人は愛莉に近づく。
その瞬間、
「……あれ、なんだろうお兄ちゃん?」
愛莉はぽつり、と呟いた。
「あれ?」
「うん」
そう言って彼女は地面に座ると、転がっていた枝で何かを描き始めた。
「えっとね、今前線にいるひーちゃんの視覚を借りてみたんだけど……」
そこには大きな人型が2体と小さな人型が1体描かれている。大きな固体は巨大な剣と盾を持ち、小さい方はヒラヒラしたマントを身につけ、頭に冠のようなものを載せている。
託人ははっ、と目を見開いた。
「これは……近衛ゴブリンとキングだよ愛莉!」
その言葉に周囲は一気にざわつきだす。
ついに――チェックメイトを宣言する時が訪れたのだ。
●
愛莉のヒリュウが「ブレス」の一撃を放つ。
それを近衛ゴブリンは盾で防ぎきると、鼻息荒く大剣を振り払った。
ヒリュウは身を翻してそれを避ける。
せっかく見つけたものの、体格の大きな近衛ゴブリンに阻まれて追い詰めることすらできない。
2体の近衛ゴブリンに守られながらゴブリンキングはきーきー、と甲高い声をあげた。
「大丈夫か!?俺も直ぐに応援にいくぞ!」
キング発見の報を受けて駆けつけた雫石 恭弥(
jb4929)はヒリュウに目をやると、拳銃を王に向けて撃ちはなった。
しかし、王を護る近衛ゴブリンの盾が銃弾を阻む。恭弥は舌を打ちながら拳銃の照準から目を離した。
「近衛が邪魔だな。これじゃ狙撃もできやしない」
こうしてしばし近衛兵を相手に射撃戦を構えるヒリュウと恭弥。だが攻撃は盾に防がれてしまい、高いダメージを望むことができない。
だが、彼には勝算があった。
「指宿!今だ!王を狙え!」
その言葉と同時に近くの木から「やぁ!」と声があがる。樹上から舞い降りたのは最初期から潜行していた瑠璃であった。
彼女の苦無に追われながら王は必死の形相で逃げ出す。
近衛ゴブリンは恭弥の射撃に釣られて王と距離を開けてしまっていた。そこを突く不意打ち。
そして連携は続く。
「ボっクもいっるよー!」
逆の木立ちからはクレア(
ja0781)が飛び降りて、近衛ゴブリンの盾越しに強烈な一撃を与えた。
山をも打ち砕くとも称される重い一撃に近衛ゴブリンは足をふらつかせる。
「あっはっはー!やっぱりこれくらい手応えがある方が楽しいよねー!」
楽しそうに金属製の本で何度も殴りつけるクレア。
大掛かりな作戦で狩猟本能に火がついたのか、金色の瞳を怪しく光らせながら彼女は本を繰り返し振るい続けた。
たまらず近衛ゴブリンは大剣で反撃を試みる。彼女の体に紅い線が走るものの、それすらも楽しみであるかのように彼女は笑みを浮かべた。
彼女は「飛燕」を飛ばしながら距離を取り、敵を視界に捕らえる。その姿を例えるならそう「狂戦士《バーサーカー》」。
体を伝う血に指に絡ませぺろり、と舌で舐め取ると彼女は再び楽しそうに近衛ゴブリンへ戦いを挑んでいった。
そうこうしているうちに手下のゴブリン達を掃討した仲間達が殺到してきた。
盾で攻撃を防ぐものの多勢に無勢。徐々にその屈強な肉体も傷がつき、息も荒くなり始める。
やがてひらひら、と一枚の札がゴブリンの目前に落ちてくた。
「これでお終いなのなの♪」
風禰の放った炸裂符がゴブリンの顔面で小さな爆発を起こすと、その近衛ゴブリンは巨体を揺るがせて地面に倒れこんだ。
「手こずらせてもらいましたが……これで積み、ですかねぇ?」
くつくつ、と笑みを浮かべて残りの近衛ゴブリンにゴーストバレットを放つ柊羽。
どすん、と膝を降ろすと最後の近衛ゴブリンも息の根を止めた。
一方その頃、ゴブリンキングはひたすらに山を駆け上っていた。
すでに戦場に残るはこの一体のみ。しかも包囲網は着々と整いつつある。
後の問題は誰が「王」を刺すか――。
「あは☆王様めーっけ。好き勝手させねーよ?」
先回りしていた藤井 雪彦(
jb4731)は灰燼の書から飛び出る炎の剣の様なものでキングの逃げ道を叩き潰した。
びぎぃ、と悲鳴をあげる王は腰に差した剣を滅茶苦茶に振るう。
「かわいいねー♪これが女の子だったらぎゅっと抱きしめちゃいたいくらいだよ。さて……」
彼は再び灰燼の書のページをめくる。
「ふざけてばっかりだけど〜、任務中は割とマジなんだよボク♪そろそろルーキーも卒業しないとねっ♪」
言って雪彦は本にアウルを込め、その一撃をゴブリンキングに向けて放つ。
王はその身を貫こうとする攻撃に慌てて逃げ惑うのであった。
なおも攻撃の手を緩めない雪彦。すばしっこく逃げるゴブリンキングに手を焼きながらも段々と追い詰めると、反対方向から柳一文字を携えた赤井鯉が走ってくるのが目に入った。
「赤星ちゃーん。そっちよろしくー♪」
「おぅ、任せろ!」
鯉は一気にゴブリンキングとの距離をつめる。
挟み撃ちにされたキングがオロオロと足を止めた瞬間、
「陰陽ダッシュ――切り!」
鯉はキングの首元を横薙ぎに切り払った。
断末魔をあげる暇も無く膝を着くゴブリンキング。
赤星鯉は斜面を転がり落ちるゴブリンキングの首を拾い上げると、
「キング討ち取ったりー!陰陽チェックメイトだ!」
右手に握る柳一文字を天に突き上げた。
集まった面々から歓声が上がる。
こうして小さな軍勢による戦いは終ったのであった。
●
戦闘後、総勢25人の撃退士達はゴブリンの巣を探索。全滅を確認するとめいめいに引き上げ始めた。
だが、この戦いにおける負傷者は多い。それはまだ彼らに学ぶべきことが多いということを物語っていた。
彼らはこうして一人前になっていく。やがて彼らは天魔への強力な対抗手段として、ひいては人類の希望として育っていくのであろう。
それは遠くない未来かもしれない――。