●
「わぁ……写真と一緒で凄いねぇ」
アッシュ・スードニム(
jb3145)は手渡されたパンフレットと実物を交互に見上げ、感心したように頷いてみせる。
「人だらけで大変だろうけどさ……頑張ろうね、アディ」
こうして彼女はアディに乗りながら会場を進む。
「あ、この桜は見たことないかも……なんて種類かなー?」
嬉しそうに満開の花々を眺めているアッシュ。しかし、不意に聞こえてきた声に「あれ?」と耳を澄ませた。
そして彼女が目にしたのは、
「うわーーん!おとーさーん!おかーさーん」
特設されたコスプレカフェの一角で大きな声をあげている少女と、
「お、おい泣くなよ……。俺……が見つ……け……てやるから、さぁ」
それを自らも涙目になりながら必死にあやしている少年の姿があった。
周囲には店員だろうかコスプレをした人達が集まっている。
「あらら、迷子発見だね。すみませーん。警備通りまーす」
アッシュなんとか現場に到着すると、すでに他の警備係が2人をあやしているようであった。
「僕は鑑夜翠月と言いますにゃ、お名前を教えて欲しいにゃん♪」
黒猫のカチューシャとねこしっぽをつけた鑑夜 翠月(
jb0681)は泣きじゃくる少女の顔を濡れタオルで拭きながら話しかけた。
「ふんふん、大丈夫だよ。お父さんとお母さんは僕が見つけてあげるから、安心するにゃん」
「……ほんとう?」
少女はしゃくりあげながら翠月を見上げる。
それに対して翠月は「うん♪」と明るく振舞うのであった。
「鑑夜さーん!」
アッシュはそんな翠月に対して声をかける。
翠月は「いいところに来た」という表情でスレイプニルに乗るアッシュを見上げた。
「すみませんスードニムさん。この子達をその子に乗せてもらっていいですか?」
「うんいいよ。その方が目立つもんね」
「わー、すごいすごい!」
アビィの巨体に瞳を輝かせる少年。それとは対照的に少女はやや気後れしているようであった。
翠月は再び少女と目線を合わせると「怖くないにゃんよ♪」と優しく頭を撫でた。
「直ぐに見つかるから大丈夫にゃん」
「うん。ボクも協力するよ」
少女はまだもじもじと兄である少年の背中に隠れるのであった。
と、
「迷子さんいるっすかー?今なら知夏ウサが保護するっすよ♪」
どこからか朗らかな声が聞こえてきた。
ぴょんこぴょんこ、とウサギの着ぐるみを着た大谷 知夏(
ja0041)が近づいてくる。
「あ、2人ともお疲れさまっす!ありゃ、迷子っすか?」
翠月とアッシュの存在に気づいた知夏は陽気に声をかけた。そして彼女は少年の後ろで隠れている少女に明るく話しかける。
「こんちはっす!お困りの事があれば、知夏ウサにおまかせっす!」
そんな彼女の様子に少女はただ一言「うさぎさん?」と返した。
「そうっすよ!お父さんとお母さんとはぐれちゃったっすか?」
少女はこくり、と首を縦に振った。
「それじゃあ知夏ウサと一緒に探すっす!」
「……うん」
「毎度お騒がせしてるっす!迷子さんの保護者さんを探してるっすよ!とりあえず、知夏に注目っす!」
少女と手を繋ぎながら会場内を練り歩く知夏ウサ。
その後ろを少年を乗せたアビィとアッシュ、そして翠月が続いていた。
その姿はかなり目立つものであった。一般人にとって召喚獣を見る機会なぞ滅多にあるものではない。
さらに知夏が「星の輝き」で自身を照らしているので嫌が応にも周囲の注意を引く。
やがて目的地である一つのテントまで近づくと、
「あ……なにやってんだあんたら?」
夏凪 暮(
jb5297)がそのテントから歩み出てきた。彼は呆れたようにきらきらと輝く知夏ウサに目を向ける。
「迷子をお連れしたっすよ!」
「迷子……?ああ、その子達か」
暮は知夏と手を繋ぐ少女とスレイプニルに乗る少年に目を向けてると、事態を把握して頷いてみせた。
「お疲れさん。ちょうどマロウが他の子達にチェロを聞かせてるところなんだ」
そう言って彼は後ろにあるテントを指してみせる。
「迷子センター」と書かれたテントの下では確かにマロウ・フォン・ルルツ(
jb5296)が自前のチェロを子供達に聞かせているようであった。
暮は少女と少年の為に人ごみの盾になると、テントへの道を作り出した。
「君達も中に入りなよ。俺は迷子放送でもしてくる」
そうして彼女達をテントへ導き入れると暮はひとり放送機材へと向かう。
昔から人を寄せ付けようとしなかった彼にとって迷子の孤独感はよく理解していた。子供を慰めることは苦手でも少しでも彼らが両親に会える手助けになるのであれば……。
「そういえば編入で花見をする余裕ってなかったな……ま、いいか」
ひらり、と。桃色の花びらが一枚彼の赤髪に降り落ちた。
一方そのころ、テントの中では賑々しい様子で溢れていた。マロウの演奏するチェロに合わせて子供達が歌を歌う。
彼らも親とはぐれた迷子なのであるがそんな様子は微塵も伺うことができない。やがて演奏が終ると割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「お粗末さまでした。あら?」
テントの入り口に立つ5人を認めるとマロウは紅茶とお菓子を取り出した。
それを持って少年と少女に向かう。
「いらっしゃい。あなた達もはぐれちゃったの?」
目線を合わせて食べ物を2人に渡すマロウはこれまでの経緯を聞いて「まぁ」と声をあげた。
「お兄ちゃんだから泣くのを我慢していたのね、偉いわ」
そう言って彼女は少年の頭を撫でた。
「暮が放送してくれているんでしょう?なら、もうすぐお父さんとお母さんが来てくれるわよ。ねえ、貴方はどんな歌が好き?」
私にできるのはこれくらいだから、とマロウはチェロを持ち上げてみせる。
こうして再び、即興の演奏会は幕をあげた。
やがて少年と少女の両親が迷子センターにやってくる。それを見送った5人に対して、
「ばいばーい!おにいちゃん、おねえちゃんたち!」
両親と手を繋ぎながら笑顔で手を降り、花見客に紛れていったのであった。
●
花見会場は大盛り上がりの様子を見せていた。
さながら大乱闘のように柏餅を奪い合う者達を眺めながら、小田切ルビィ(
ja0841)は桜の花に向かってカメラのレンズを向ける。
「花見客でごった返してる会場の警備ねー……まァ、警備がてら桜の写真でも撮って来るか」
そう言いつつピントを合わせているとどこからか妙な声が聞こえてきた。
「てめ、人にぶつかって……ひっく、おいてなんらその態度は!」
「あァ!?ろっちがぶつかって……ひっく、来たんらろうが!」
そこには顔を真っ赤に染めたサラリーマン同士が顔を付き合わせて怒鳴り合っている。周囲の花見客は遠巻きに眺めながらいそいそとその場を立ち去っていた。
「……ったく。しょうがねーな!酔っ払い相手に言葉は通じねえよ」
ルビィは激しく罵りあう2人に割って入った。
「ほらほらおにーさん達」
「あ゛あ゛!?」
「何らテメェは?」
「年に一度の花見じゃねーか。二人で怒鳴り合ってる時間が勿体無いぜ?ほら」
そう言ってカメラのレンズを上に向けるルビィ。そこには天を覆うかのように大輪の桜が咲き乱れていた。
「ちょいと見上げてみろよ――な?綺麗だろ?」
しかしすでに2人は他の事は目に入らないのか罵声を緩めようとしない。
「花弁の多い樹木は良いも悪いも集めるもの、か――だが、ソレが美しいんだろうな」
ルビィはため息をつきながらぱちり、とカメラのシャッターを切った。
「よう、なにやってんだ?」
唐突に聞こえて声に頭上を見上げると、枝の分かれ目の部分に1人の男が横たわっている。
神凪 宗(
ja0435)は樹上から地面へと降り立った。
「なんだ酔っ払い同士の喧嘩か。どれどれ」
そう言って罵りあう酔っ払いに近づく宗。
そして2人に聞こえる程度の声量で諭すように語りかけた。
「ここは公共の場だ。喧嘩がご法度だと言う事は、大人なら分かるだろ?」
「あ゛あ゛?テメェには関係ねーらろーが」
相変わらず怒鳴り声をあげるサラリーマンズ。
しかし宗を「注目」することによって喧嘩は一時休戦となった。
「喧嘩をしても後に残るものなどない。それだったらこの縁をきっかけに飲み仲間になった方が良いと思わないか?」
「はぁ、コイツろ?ひっく!せっかくの酒が不味くなるらろうが」
「それはコッチの台詞らノータリンが!」
「ああ゛!?」
「ほらほら、抑えて抑えて」
宗とルビィは取っ組み合いになりそうな2人を急いで引き剥がした。
「ったく、しょうがない奴らだな……」
呆れたように呟く宗であった。その横をす、とすり抜けていく一つの影。
天耀(
jb4046)は酔っ払いとぶつかると「ああ、悪いなー」と軽い様子で謝ってみせた。
「いやー、酔っ払ってたもんでつい……」
そう言う天耀はいかにも「酔っ払ってます」とでも言いたげに体を揺らす。
「あ、そういえばどっちが先にぶつかった云々揉めてたみたいだけどさ……実はあんときも俺がぶつかったんだよ」
「はぁ!?」
「だってそうだろ?どっちも違うんなら俺ってことになるじゃん?」
酔っ払い相手に悪魔の囁き声で語りかける天耀。酔っ払い2人は据わった目で天耀を睨みつけた。
「なに言ってんだぶん殴るぞ?」
「それで気が済むんでしたらいくらでも。ついでに愚痴もなんかも聞いておくよ」
「このやろ!」
そう言って酔っ払いは拳を振り上げ、天耀の胸板を殴りつける。
しかし所詮は一般人、いくら殴られたところで天耀にとっては痛くも痒くもない。
そうしていくらか気の済むまで殴らせていたところで、
「ええい、静まらんか阿呆共が!」
不意に上空から少女の声と共に「超音波」の雄叫びが響き渡った。
喧嘩をしていた2人だけでなく周囲の人々もどよめきながら見上げると、そこには権能:千里翔翼に乗る白蛇(
jb0889)が桜吹雪を背景に見下ろしている。
「酒を飲むなとも酒に飲まれるなとも言わぬ。じゃが幾らなんでも酔いすぎじゃ!」
白蛇は千里翔翼から飛び降りると素早く酔っ払いへ歩み寄った。
そして強制的に2人を天耀から引き剥がすと説教を始める。
「今の状況ではどちらが悪いでもない。二人ともが避けようとしぶつかったのであろう?なればそれはただの事故じゃ」
「そこのおちびちゃんの言うとおりさねぇ」
同時に飄々とした声がかかる。
それは月琴を背にした九十九(
ja1149)であった。
「でもわざわざ酔っ払いのサンドバックになってあげるのはどうなのさ?」
九十九は呆れたように天耀に話しかけた。
「いやなにね?こういう酔っ払いって単に酒癖が悪いだけの問題じゃないんじゃねーのって思ってな。
職場とか家庭とか、現代社会に不満があるなら話し聞いてるだけでも落ち着くんじゃないか?」
「まあ、それならそれでいいんですがねぇ……ただ」
不意に黒紫色の風が彼の周りに纏い始めた。
「花見の席での狼藉はいただけないさぁね」
「うむ、互いに矛を収めよ。今のままでは主らは花見を楽しむ他の者を邪魔してしまう。
邪魔する事も、悪役となる事も、本意ではなかろう?」
光纏により威圧する様子で迫る九十九と千里飛翔を伴い腕を組んで酔っ払いに目を向ける白蛇。その様子に周囲の客達もざわざわと騒がしくなり始めた。
「花見は花を楽しむものだねぃ。大人しくするのであれば、うちも協力するさ」
酔っ払い達は思わず首を上下に振り乱した。それを見た九十九と白蛇は一転してにこり、と笑みを浮かべる。
優しく香る風が辺りを包み始めた。
「わかってくれればいいさぁ。皆さんお騒がせしてもうしわけないねぇ」
「せっかくの花見の席に水を差すような真似をしてすまぬな。存分に続きを楽しむがよい」
そう周囲に告げると九十九は飲茶セットを取り出した。白蛇も広げたビニールシートに酔っ払いと警備の面々を集めると、
「お詫びに皆さんに一曲披露させて頂きます。ぜひお楽しみくださいねぇ」
背負っていた月琴を取り出し弾片でぽろん、と爪弾いた。
花見会場に花の香りと共に穏やかな音色が響く。いつしか喧嘩の騒ぎも紛れてしまうと、酔いが醒めた2人は互いに謝り合うのであった。
●
「まったくいい天気ですね、ラグナさん」
若杉 英斗(
ja4230)はうーん、と体を伸ばし、太陽の日を全身で受ける。
その一方で警備に同行しているラグナ・グラウシード(
ja3538)はというと、
「ぬぅ……なんというカオスだ」
酔っ払い客で大賑わいの花見会場を眺め、いささか怯んだ表情(;・∀・)を見せていた。
「みな酔っ払って前後の境がないではないか。男女も関係……なく……かん……orz」
自分で言って自分で傷ついたのかどしゃぁ、と地面に崩れ落ちるラグナ。あぁ非モテ騎士に幸あれ。
「ま、まあこんな日は女の子と一緒にお花見とかしたいですよね……っと?」
そう言った瞬間、英斗は服を急に引っ張らる感覚を憶えた。
振り向くと、
「おー、世界が廻るー……ひっく!」
なんと酔っ払ったOL風のお姉さんがぐてーん、と仰向けに伸びながら英斗のジーンズを掴んでいるのであった。
その隣に座る月乃宮 恋音(
jb1221)と花神 桜(
jb5407)が慌ててお姉さんを抱き止めようとしている。
「あ、あわわ……」
「あらあら、だいじょ……」
「おお!これは大変だ……大丈夫ですか、お嬢さん!」
ラグナは一瞬で立ち上がると、音速でOLの体をだき抱えた。
「早っ!?」
英斗の驚きを気にも留めず「紳士的対応」でOLの上体を起こすラグナ。
それに気を良くしたのかお姉さんは「にゃはは」と笑い声をあげるのであった。
「かっこいいお兄さんが4人もいるー」
「あ、あの……そこにいるのは……2人ですよぅ」
「あるぇー(・3・)」
恋音はコップに水を注ぐとOLの口に少しずつ含ませた。
「あ、恋音さん。サンドイッチありがとうございました」
英斗は恋音が警備の仕事前に差し入れとして配っていたサンドイッチの礼を述べる。
「い……いえ……おそまつさま……です」
「恋音さんと桜さんはなんでここに?」
「警備で歩いていたらこのお姉さんに捕まってしまいまして」
姿勢よく正座で座る桜は視線を横に逸らす。
その先ではラグナがOLに対してうんうん、と頷づいていた。いつの間にかOLの語る愚痴を受け入れているようである。
「大変なのですね……あなたの哀しみ、わかりますよ」
「そうですか、それは大変でしたね」
ラグナと桜がそれぞれお姉さんの言葉に相槌を打った。
こういう時はヘタに逆らうより、相手の言うことを肯定しながら聞くだけの方がいい。
さもなければ、相手が不満を抱えて爆発してしまう恐れがある。
だが、
「……くそーもっと飲むー!君達も飲めー!」
OLはそう言うと一升瓶とコップを一同に突きつけるように差し出したであった。
「ぇ……あの……私達……」
「私の酒が飲めないのかー!」
「私の酒が飲めないのかと言われても……残念ながら僕達未成年でして……」
困った様子で互いを見つめる一同。にもかかわらずお姉さんは「飲めー飲めー」と騒ぎ立てるのであった。
そこへ、
「おやまぁ……これは盛大に呑まれてるねぇ……え?飲め?」
騒ぎを聞きつけたL・B(
jb3821)が彼等の元へ歩み寄ってきた。
(……ここで断って他人に絡んだら大変だ。よぉし、付き合ってやろうじゃない。お仕事お仕事♪)
そう考えてL・Bはにこにこ、と笑顔を向ける。コップいっぱいに日本酒を注ぐとそれをぐぃ、と一息に飲み干した。
「っぷはぁ!」
「おー、いい飲みっぷりらー!」
けらけらと笑うOLお姉さん。かと思いきや一転して泣き出してしまう。
話題はいきなり失恋話へと変わった。
「……わかる、分かるよぉ、その気持ち!悔しさ!」
L・Bはお姉さんの肩を抱き締めた。
「……男なんてぇ……私にはぁ必要ないねぇー、金だ!金が全てだー!あと酒ーっ!」
「さけー!」
「今日は飲むぞ!リア充?幻!さぁ、のめー!男がなんだー!」
「なんだー!」
こうして酔っ払いが2人に増えましたとさ、まる。
「お仕事ぉ、かん、りょ…ZZZ」
「あ、あの……大丈夫……ですかぁ?」
酔いつぶれてしまったL・Bを膝枕で介抱しながら恋音は語りかけた。
「おお……おぉぉおおお……」
ラグナはOLのお姉さんを膝枕する英斗を血のような涙を流しながら睨みつけた。
「なぜお前なんだ……」
「えっと、なんででしょうねぇ」
今の今までお姉さんの愚痴に「そうですよね。それはお姉さんが正しいですよ」と相槌を打っていた英斗。
お姉さんはL・Bが落ちる少し前に突然ふらり、と上体を落とすと英斗の膝に頭を乗せそのまま眠ってしまったのである。
(ああ、女の子とお花見できた……)
針のように突き刺さる視線の中、英斗は遠い目で空を見上げた。
「お疲れ様でした」
桜は掛け布団をOLに被せると、ウーロン茶のコップを2人に手渡した。
警備員が5人もここで捕まっているようでは仕事に支障をきたしてしまう。それを考慮して彼女はおつまみやお酒を注ぐ際に抜け出せるように行動していた。
だが、
「まさか誰も抜け出そうとしないなんて思いもしませんでしたわ」
呆れ半分感心半分という様子で呟く彼女。
それに対して英斗もラグナも苦笑いするのであった。
「僕は愚痴を聞くのは慣れてますから」
「私は決して何かを期待していたわけではないぞ」
そんな問いに桜は「うふふ」と笑みを浮かべる。
ふと、彼女は自分のコップに何かが浮いているのを発見した。それは薄桃色の花びらひとつ。
薫風がもうそこまで近づいているのを感じながら、彼女は自身と同じ名の花を見上げるのであった。
●
「……ああ、よろしく頼む」
ギィ・ダインスレイフ(
jb2636)は面倒くさそうに携帯を閉じると気だるげに目線を落とした。
そこには、
「ぅぅ……きもちわりぃ」
大学生くらいの男性が木にもたれ掛かっているのであった。
「おい大丈夫か……まったく、こんだけ正気なくして大騒ぎしてりゃ花見なぞ関係なくないのか……?俺には理解できんバカ騒ぎだ……」
肩を竦めながら呟くギィ。
とりあえず仕事を済ませるかと思い彼は青年の肩に手を回す。
「酒、臭い……」
鼻を突く匂い辟易としながらもギィは手近なベンチに青年を座らせた。
そして、
「我慢するより吐いたほう楽になるぞ……」
ぎゅ、と拳を握る。
狙うは腹パン。また予想されるナイアガラリバースは「物質透過」で回避。
完璧な作戦だ。
「さぁ、覚悟しろよ……」
「だ、だだだだめですよー!」
瞬間、久遠寺 渚(
jb0685)が彼の右腕に抱きつくように飛び掛ってきた。
「い、いくらなんでもそれは死んじゃいます!やっ、やめてくださいー!?!」
必死にすがりつく渚の姿を見て、ギィは腕を降ろす。
「……駄目か?」
存外聞き分けのいいギィに渚はほぅ、と胸を撫で下ろした。
「わ、わかってくれてなによ……」
「ではもう少し酒を飲むか?迎い酒と言って……」
「そ、それも駄目ですー!?」
わいのわいのと騒ぐギィと渚。一方その頃、別の所で神月 熾弦(
ja0358)とファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)は桜並木の下を人ごみに紛れながらゆっくりと歩いていた。
「うわぁ、人でいっぱいですね」
「そうですね。逸れない様にしないと……え、えと、シヅルさん」
「はい?」
「もしよかったら手を……」
顔を真っ赤にしながら手を伸ばそうとするファティナ。しかし自分のしようとしている行為のあまりの恥ずかしさに「い、いえ、何でも無いです……」と縮こまってしまう。
熾弦はファティナの頭についた桜の花びらをそっと摘み取った。
「はぐれるかも、ですか?」
そのまま花弁と一緒にファティナの手をぎゅ、と握りこむ。
あまりに自然な動作にファティナは「あわわ」と耳まで桜色に染めて顔を背けるのであった。
「これで大丈夫ですね……あら?」
その時、熾弦はベンチに横たわる人影を見つけた。
それは例の酔いつぶれて動けなくなっていた青年である。その傍では相変わらず間違った処置方法を試そうとしているギィとそれを阻止しようとしてる渚の姿があった。
「どうかしましたか?」
「へうぅ……」
ファティナを見かけた渚は状況を説明する。ファティナは「なるほど」と呟いた。
「たしかに一度吐いたほうが楽にはなりますね」
「だから俺が腹パンで……」
「へうー、ですからそれは駄目ですよぅ」
「まあ、こんなこともあろうかと……」
そう言いながらファティナはポケットからビニールのエチケット袋を取り出した。ついでにパンフレットを取り出すとトイレの位置を確認する。
「ここからだと……ここが一番近いですね」
「わ、わわ、私がお連れします!」
そう言うと渚は青年の脇から頭を潜らせ、その腕を自分の肩に廻す。
「へうぅー、お酒臭いですよぅ。羽目を外しすぎです……」
呟きながら少しずつトイレへと向かう渚。
だが、どうやら青年はそこまで我慢する気力がないらしい。
「も、もう……げんか……うぷ!」
「へっ?」
「ぅげろ
※ナイアガラの滝の映像を見ながら、このまましばらくお待ちください
「へうぅ!?」
「あらら」
急いでエチケット袋を青年の口に当てて青年を介抱するファティナ。ある程度予想できていたことなのか、その行動は素早いものであった。
おかげでリバースの被害もない。
「あぅぅ……大丈夫ですか?」
渚は一旦青年を降ろすと、その背中を優しく擦った。
そしてバックからミネラルウォーターを取り出すとその口にあてがう。
「はぃ、どうぞです……口、濯いじゃってくださいね」
青年は吐いてある程度楽になったのか、辛そうに渚を見上げて礼を述べる。だが、まだまだ1人で立つ力はないらしい。
「もうすこし横になっていた方が良さそうね」
そう言って熾弦は青年を抱えあげると、元のベンチに寝転ばせた。
「はい、どうぞー」
そして膝をぽんぽん、と叩くと青年の頭をその上に乗せようとする。
だが、
「え……そ、それは駄目!絶対!!むしろ私g」
ファティナは瞬間的に熾弦の腕を抱え込んだ。
「え、駄目、ですか?」
「あ、いえ、体を横にさせるのは良いですが……ひ、膝枕している時に戻してしまう恐れもありますから止めておきましょう、うん」
そう言って膝枕を阻止するファティナ。
「と、とりあえずオレンジジュース買ってきますね!膝枕は駄目ですよ!?」
「はい、わかりました。それでは私はこの方のご友人に連絡がつけてみますね」
数分後、救護テントで待機していた龍崎海(
ja0565)が彼を搬送しにやってきた。
「みなさん対処ありがとうございます」
事前に救護スタッフに挨拶回りをしていただけあってその作業はてきぱきとしていた。
アルコール中毒の対処法も復習していたので対処も的確に行われている。
あとは熾弦が青年の携帯電話から連絡した家族が迎えに来るのを待つばかりである。
その間にギィはひとり喧騒に背を向け、桜並木を見上げていた。
ひらり、と一枚の花びらが彼の鼻先に舞い落ちる。
これまでは戦う為の道具で良かった。陽を透かして桃色に光る花弁に彼は思う。
護りたい人を微笑ませる桜のようでありたい、と。心のどこかでそれを願う自分に微笑しながら彼は桜吹雪を一身に受け続けた。
●
時を過ぎる共に花見のボルテージは最高潮に達する。
特設舞台でクライマックスを彩どるフラワーショーに目を向けながら黄 秀永(
jb5504)とソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)はたこ焼きに舌鼓を打ちながら会場を練り歩いていた。
「警備の依頼じゃなかったらもっと楽しめたんやがなぁ」
「そうだよねー。仕事はちゃんとやるけど、楽しめる時には楽しみたいよね」
「ちゃっちゃと片づけて花見楽しも……お?」
と、不意に彼のヒリュウが鳴き声をあげて上空から急降下してきた。
「なんや、なんか見つけたんか?」
ヒリュウに強く引っ張られながら秀永とソフィアは人々をかき分け進む。
やがて人ごみが途切れ大きな広場のような所へと躍り出ると、秀永は目前の光景に「……なんやあれ」と呆れながら呟いた。
そこでは大学生の不良集団が周りの迷惑も考えずに大声で騒ぎまくっていた。その手にはそこらの桜から折り取った枝が握られており、ゴミもそこらに放置された状態で散乱している。
周りで花見をしている人々も非常に迷惑そうな表情で彼らを眺めていた。
「うわぁ……これはちょっとひどいね」
「ちぃとばっかお仕置きが必要やな」
秀永は懐から自作の紙ハリセンを取り出す。同時にソフィアは警備の腕章を持ち上げると、大騒ぎしている集団へと近づいていった。
そしてすぱーん、と秀永が1人の不良の頭を張り倒す。
「な、何しやがる!」
「そりゃこっちの台詞や!あんたらみたいな阿呆は花見の邪魔や!」
「あんだとゴルァ!」
口々に罵りながら秀永を取り巻く不良達。それにまったく臆することなく2人は逆に彼らを睨みつけた。
「はいはい、公共の場で羽目を外しすぎないようにねー」
「廻り見てみい、こないゴミだらけにして。他人の迷惑考えたことあるんかあんたら?」
「おめぇにゃ関係ねぇだろ!」
「そうもいかないの。今ならまだ注意だけで済ませてあげるから大人しくしてようね」
そんな彼らの言葉にも耳を貸さず「あぁ!?」と1人の不良がソフィアの肩を掴んだ。
その瞬間、彼の世界が一周した。
「いっ痛ぇ!?」
「はーいはい、酔ってるんだから無茶しないの」
投げ飛ばされたと気づくことなく取り押さえられた不良は、そのまま秀永の持つロープで捕縛される。
だがそれに逆上した他の不良達は口々に罵りながらソフィア達を包囲するのであった。
「まったくもう……こうなったら」
そう呟き「魂縛」で一気に眠らせようかと身構えたところで、近くから声があがった。
「随分景気が良いのね、お兄さん達」
着崩した和服に艶やかな白髪を撫で付けて百夜(
jb5409)は不良達に話しかける。
普段であればナンパの一つでもするのであろうが、不良たちは機嫌が悪い。なんだなんだ、とねめつける彼らをよそにふふ、と白夜は笑みを浮かべた。
「景気が良いとこ悪いけど、あなた達に飲まれる酒が可哀そうだからその辺にしておきなさい。それと、『お仲間』はきちんと連れ帰ってね」
そう言って周囲に散乱するゴミを拾い上げる白夜。ぽい、とそれを不良達に投げつけた。
「おい姉ちゃん。あんたいい度胸じゃねぇかゴルァ」
不良のひとりが彼女の元へ歩み寄る。ガンをつける彼に涼やかな目で返すと、
「まったく酒の飲み方も知らないお子様がはしゃいじゃって、こっちの酒まで美味しく飲めないじゃない……えい」
急にその不良の足を払いのけた。そしてひっくり返された不良の腹にどすり、と座りこむ。
「丁度いい機会ね。お姉さんがお酒の飲み方、教えてあげるわ」
不良は激しく抵抗するが、まったく動かすこともできずもただもがくのみであった。
「てめぇら舐めやがって……」
そうこうしているうち不良のリーダー格が赤い顔を向けぎりぃ、と歯を立てた。
「俺らは俺らで楽しんでるだけなんだよ!邪魔すんじゃねぇ!」
その言葉に不良たちは一斉に声を荒げて咆え猛る。それはさながら野獣の群れのようであった。
だが、
「やれやれ、いい大人がみっともないね。これは反面教師にさせてもらおうか」
突然周囲に霧が漂いだした。
「スリープミスト」に誘われて眠気を催した人々は一気に崩れだす。
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)はそのまま眠ったものを束縛すると、彼らの1人を持ち上げて人気の少ないところへ運び込んだ。
「やっぱりこういうのは静かに楽しむものだね。風情も出るし」
「あらぁ、でも周囲の人まで巻き込むのは駄目よぅ?」
穏やかな猫撫で声と共にごきん、という大きな音にスリープミストから逃れた不良達は一斉に振り返った。
「貴方達は物を折る趣味があるのかしらァ?ならァ、そんな柔らかな物よりこっちの方が歯応えあるわよォ♪」
ゴミ袋から鋼材を取り出してごきごき、とまるでルービックキューブのように女子力(物理)でこねくり回す黒百合(
ja0422)の姿があった。
黒百合は手に持つ鋼材を「貴方もどうぞ♪」と不良へ投げ飛ばす。
悲鳴をあげながらそれを避ける不良達をよそに、彼女は新たな鋼材を袋から取り出してみせた。
「別の人から五月蝿いって苦情が来てるのよォ……(ごぎん)こまったわァ(ごしゃぁ)、素直に私の悩みを聞いてくれないと、悩んだ挙句に(ぞぐん)、悩みの種の原因の首を思わずゴキィ!(ごぎぃ)ってしちゃいそうだわァ……困ったわァ……(ぶつん)」
一つの鋼材が二つの鉄塊になった瞬間、どこからかアンモニア臭が漂い始めた。
「大丈夫よォ。私もゴミの片付けは手伝ってあげるからぁ……あ、これ(鋼材)もちゃんと片付けるわよぉ」
そう言って天使のような笑顔を向けゴミを片付けだす黒百合。不良達にとっては悪魔にしか見えないが。
「ああ、なんというか……ご愁傷様」
グラルスは不良達に黙祷を捧げるのであった。
こうして不良達は改心(?)した。
大人しく酒を飲む彼らを取り巻くように5人はジュースを飲みながら、春の風に運ばれる桜にしばし時を忘れる5人。
やがて祭りは平和なうちに終わりを告げるのであった。
●
日が落ちて大分経つと、人々の足も家路を急ぐように慌しくなった。
龍崎海は「星の輝き」でさながらライトアップのように照らされた桜を見上げながら公園を歩いていた。
「酔って暗がりで寝転んでるとかあるかもしれないしね……あ、お疲れ様です」
海は会場の片づけをしているスタッフに声をかけた。「……ヶ原花祭」と書かれた横断幕を畳むスタッフと頭を下げ合う。
「次回も大勢の人が集まって騒ぐことができるように……撃退士として頑張らないとな」
新たな決意と共にしばしこの夜桜見物を楽しむ海。
そんな彼に「また来年」と手を振るように、桜達は一斉に枝を風に揺らすのであった。