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「危険なので船は沖合いで錨を下ろしています。戻るときはここから大きく手を振って知らせてください。それでは、よろしくお願いします」
船長はその言葉を残して船を港から出航させた。
「ふははー!まかせておけー!」
それを大手を振って見送るのは叢雲 硯(
ja7735)だ。自信満々に振舞うその足元を一匹のアリ型サーバントが近づき……。
ドン!と大きな音と共にサーバントは硯が降ろしたハルバードに潰されて息絶えた。
「お、こんなところにもサーバントがおったのか」
「叢雲さん。ここはもう敵地ですわ」
「そうね。油断すると一瞬で骨になる危険性があるわ。気を引き締めないと」
武器を構えて周辺を警戒しながら、御堂・玲獅(
ja0388)と東雲 桃華(
ja0319)は一見自信過剰気味な硯をたしなめた。
「わかっておるわい。ふははー!」
そんな硯達のそばでなにやらごそごそと自分の懐を漁る礎 定俊(
ja0319)を、アレクシア・エンフィールド(
ja3291)は不思議な視線で見つめていた。
「何か忘れ物か?」
「え?あー、ちょっと秘密兵器を用意しましてねぇ。それの確認です」
「秘密兵器?」
「ええ。効くかどうかはわかりませんが、害虫除け用の……」
「みなさん!」
その時、御幸浜 霧(
ja0751)が声を張りあげた。その手には携帯電話が握られている。
「ただいま勢津子殿とお話が終わりました。少女の容態については相変わらず問いかけに反応しないようです。また、少女の容姿はごく普通の少女のよう、だそうです」
霧は言葉の中の「ごく普通の少女」をあえて強調する。
「まだ御使い達に見つかってはいないようですが、状況は芳しくありません。作戦は打ち合わせ通りです。急ぎましょう!」
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市街地から屋根の上を通る定俊のルート案内でアリの群れが薄いところを抜け、一同はもう少しで保護対象の隠れる民家にたどり着こうとしていた。
ところが、定俊は屋根の上から不意に「止まってください!」と全員に声をかけた。
定俊の視線の先には、保護対象の隠れる民家がある。しかしそこまでの道路や民家にはアリ達がひしめき合い、一群をなしていた。
「……アリです。それも、2人が隠れてる家を囲むように大量にいます」
「ほほぅ」
定俊の報告に硯は怪しげな笑みを浮かべる。
「迂回する道はないのか?」
アレクシアの言葉に定俊は周囲を見やるが、緩やかに首を横に振った。
「強行突破するしかないみたいね。まあ、私にまかせてなさい。立ち塞がる者はなんだって粉砕してみせるわ」
桃華はそう言ってハルバードを構える。その言葉に「いえ」と玲獅は声をかけた。
「私にお任せください。ショットガンや火炎放射器など範囲攻撃用の武器は揃えてきました。召炎霊符もありますし、これでしたら……」
「ああ、ちょっと待って下さい」
そんな玲獅の言葉に割って入るように定俊は声を掛けながら地面へと着地した。
「こんなこともあろうかと、秘密兵器を持ってきたんです。ほら」
そう言って定俊は懐からビンを取り出す。その中には透明な液体が詰められている。
「ほほう。これは……」
硯は胡乱な目つきでビンを覗き込んだ。
「ハッカ水です。市販のハッカ油を水に溶かしたもので、害虫除けの秘密兵器ですね。アリなんかはハッカの匂いが苦手なので、これをぶちまければアリは嫌がって道を開けると思うんです」
「港で言っていたものか……本当に効くのか?」
アレクシアは不思議そうに言った。
「試してみないとわかりませんが……ちょっとぶちまけてみましょうか」
言って定俊はアリの群れへとこっそりと近づき、ハッカ水を振りまいた。その途端、サーバントはハッカ水が落ちた場所を一時的に避けるように動き出す。
それを見届けると、定俊は急いで戻ってきた。
「一時的とはいえ、敵を退ける効果が確認できました。これを適時放り投げて突破口を作りましょう」
懐からありったけのハッカ水が入ったビンを取り出す。そして、定俊は保護対象のいる家の方角を見やった。
「私としてはそうあって欲しくないんですが……もしものために、できるだけ戦力は温存しないといけませんからねぇ」
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「はい、わかりました。よろしくお願いします」
電話を切ると、勢津子は少女を抱いたまま武器を手に取った。
もう救援部隊がすぐそこに来ている。自分の力はもう残されていないが、彼らの足手まといにだけはなりたくはない。
そう思って身構えていると、外でなにか水でもまいたような音が聞こえた。それと同時にアリ達のギチギチという足音と、剣戟の音が聞こえてくる。
始まった戦闘に身を硬くしていると、不意に家のドアが開き、こちらに近づいてくる気配が感じられた。
勢津子のいる部屋のドアが開くと同時に、6人の人影が部屋になだれ込んでくる。
「勢津子!助けに来たわよ!」
桃華の声に勢津子の表情が自然と明るくなり、力が抜けていった。
「はぁ……ありがとうございます。助かりました」
「よく頑張りましたね。あとは私達に任せてください。少女をお預かりしますね」
「ええ。お願いします」
そう言って女子体操着を手に持つ玲獅に勢津子は少女を託した。
「大変でしたね。まだ終わってはいませんが、これでもうひと頑張りお願いしますよ」
定俊は手持ちのチョコバーと牛乳を勢津子に差し出した。
勢津子はちらり、と少女を見る。
「それはまずその子にあげてください」
「お気持ちはわかりますが、この後船までもう一走りしてもらう必要があります。女の子は私が背負いますが、柏木さんには少しでも体力を回復してもらわないといけません。ですから、まずは柏木さんが頂いてください」
「あ……すみません。わかりました」
「それが食べ終わったら応急処置じゃの。どこか怪我はないか?」
硯は救急箱を手にチョコバーと牛乳を食べる勢津子のそばに座った。その後ろには玲獅と少女がおり、勢津子には2人がちょうど死角になる場所であった。
玲獅は勢津子の上着を着た少女に女子体操服を着せ替える素振りを見せ、スキル『異界認識』を使用する。
そして。
静かに、特に勢津子には気づかれないように。
指を1つ立てた。
「……!」
緊張が走った。後を追ってやってくるアリに対処していた桃華も霧も、勢津子を介抱していた定俊と硯にも。
そして、この事態を想定して警戒していたアレクシアは一早く刀を少女の首元に置いた。
「ちょ、ちょっとあんた何してるの!?」
アレクシアの行動に、勢津子は盛大に牛乳を噴出した。急いで立ち上がろうとするが、定俊と硯に体を押さえ込まれてしまう。
「え、ちょ、あの……」
「勢津子さん」
慌てる勢津子の眼前に、刀を突きつけられた少女を抱く玲獅が膝を着いた。その表情は険しく、そして悲しげでもある。
「落ち着いて聞いてくださいね。ただいまこの子に異界認識をかけました。その結果……」
勢津子を気遣い、様子をうかがいながら。
玲獅は続きを放った。
「残念ながら……この少女は敵です」
「は……?」
勢津子は「敵」という意味を即座に理解することができなかった。
敵。すなわち、サーバント。
それが意味することは。
「じゃあ……その子は……」
「やはりな。その少女は女王アリじゃよ」
硯の言葉にさらに衝撃を受ける。
状況的に怪しいとは勢津子も思ってはいた。しかし防空壕の暗闇の中、しかも顔中が土に塗れていたとはいえ、その姿はどう見ても人間の女の子だった。
それが……敵の女王。
勢津子が呆然とするそばで、アレクシアは少女の首に掛けた刀に力を込めた。
「我とて人型を切るのは気が引ける。が、サーバントであるなら致し方あるまい。柏木とやら。覚悟を決め……」
その時。
「きゃ!?」
玲獅の腕に抱かれていた少女は突然目を開くと、身を躍りだして玲獅の手から抜け出した。
「しまった!」
アレクシアは急ぎ刀を振るうが、間一髪で少女は窓を突き破り、外へと飛び出していった。
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急ぎ外に出ると、そこにはアリを従える少女がいた。突き出した髪の毛はまさしくアリの触覚のように動きまわっている。
少女の肉が蠢き、やがて少女の姿は異形の姿へと変質する。体の色は真っ白なものの、それはまさしくアリの姿。体長にして約1.5mはある女王アリの姿であった。
「奴め、擬態がばれた事で本性を現しおったか」
硯の言葉が示す通り、少女であった女王アリは甲高い鳴き声を発すると周囲のアリを集め、自らを守護させるような密集陣形を取らせた。
「勢津子殿は!?」
「まだショックが抜けないみたいです!彼女は私が守りますので、皆さんは構わずに戦ってください!」
霧の言葉に定俊が答える。スキル『庇護の翼』を発動させた定俊の肩には、ぼんやりとした勢津子が掴まっていた。
「なら思う存分暴れられるわけね。覚悟なさい!」
その言葉と同時に桃華はハルバードを振るい、女王へと向かっていった。
それを遮るように大量のアリが桃華の前に立ち塞がる。
「邪魔よ!」
桃華はスキル『闘気解放』によって高めた力とスキル『発勁』によって軽々とアリの群れを薙ぎ払った。
「東雲様は私が御守り致します!」
それと同時に霧は桃華の死角から襲いかかる蟻を刀とカイトシールドで追い払う。
2人の息のあった連携で少しずつアリの陣形に隙間が出来始めた。
「今のうちに前進じゃ!」
「よし!」
硯は開いた隙間をさらに攻撃し、同時にアレクシアは鋼糸で近づくアリを切り刻んで前進を続ける。
そうして少しずつ女王へと近づこうとしていた時であった。
「む!女王が逃げおるぞ!」
硯の言葉に全員が女王を見る。
女王はすでにこちらに背中を向け、どこかへと去ろうとしていた。
「逃がしません!」
玲獅はショットガンSA6を構えると、女王に向けて銃弾を発射する。
女王へと飛来する銃弾は、しかし女王を守るように構成されたアリの壁によって寸前で阻まれてしまった。
これにより玲獅から女王まで通じる道ができたものの、その道もアリ達によってすぐさま覆われようとしている。
「もう少しで……」
「いや、充分だ」
その言葉を残し、アレクシアは残された隙間を走り抜ける。そして跳躍と同時に彼女の『不正の器』よって引き出された鋼糸状のアウルが女王へと殺到した。
スキル『虚数魔術・不動縛』は獲物を捕らえる蜘蛛の巣のように女王を束縛する。
束縛効果によって女王は身動きがとれず、ただひたすら声をあげて身悶えるのみであった。
(……?)
アレクシアはふと、疑問を感じた。
女王にスキルをかける時、当然不動縛は手加減抜きで放った。
そして女王はあっけなさすぎるぐらい束縛にかかり、まったく身動きをとることができなくなっている。束縛を解こうという力もどこか弱々しい。
まるで雑魚敵相手に本気の力を使ったような気分である。
(この手応え……擬態能力……なるほど)
アレクシアは一つの結論にたどり着いた。
そもそも擬態とは、力の弱い動物が天敵に襲われないように自然にとけ込んだり、天敵以上の力を持つ動物とそっくりになって身を守る能力である。
女王は人間の少女に擬態していた。それも、消耗していたとはいえ撃退士である勢津子が見間違えるほど。
そして先程の逃げようとした動作と不動縛の手応えとをあわせれば、おのずと答えは導き出される。
(女王自体の戦闘能力は……皆無)
そう判断すると同時に、アレクシアは着地した。
同時に女王を守ろうと道を塞ごうとしたアリ達は一斉にアレクシアに襲い掛かる。
「仲間をやらせはせぬぞっ!」
「やあ!」
「はッ!」
それを阻止する為に硯、桃華、霧の三人が突撃する。そして距離を詰めると、玲獅はスキル『アウルの鎧』をアレクシアにかけた。
「アレクシアさん!今のうちにこちらへ!」
玲獅の声と同時に、アレクシアは襲い掛かるアリを刀で追い払いながら跳躍した。
女王と、それを守るアリの群れへ向かって。
「アレクシアさん!?」
玲獅は驚きの声をあげた。
「大丈夫だ!」
アレクシアはそう答えると、女王に向かってスキル『連装・魔剣投影』を使用。召喚した13の黒い剣を一斉に女王へと射出した。
束縛によって動けない女王に黒い剣が深々と突き刺さる。
魔剣投影をまともに受けた女王は一際甲高い鳴き声をあげると、地面へと倒れ伏して、ぴくりとも動かなくなった。
その瞬間。
「きゃ!?な、なに?」
周囲にいたアリの群れが一斉にキーキーと金切り声をあげると、一同から逃げ出すように動き出した。
ここにいるアリだけではない。不快な音が島中で鳴り響き、桃華達は思わず耳を塞いだ。
「……女王が倒れたことで群れが混乱しているのでしょうか?」
霧の推測は正しかった。
女王の能力はアリ全体の『統率』にある。その統率を行う女王がいなくなり、残されたアリ達はどうすればいいのかわからない状態に陥っていた。
と。
「なんじゃ……この音は」
硯はアリ達があげる悲鳴の中から、どこからか水しぶきがあがる音を感じ取った。
音のするほうに向かうと、海に行き当たる。
「これは……」
玲獅は言いながら海から顔を背けた。
海上には無数のサーバントが浮かんでおり、その死骸で埋め尽くされていたのだ。
そして今もまた、混乱に陥ったアリ達が新たな集団となって海にその身を投げ出し、波に浚われて行くのだった。
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しばらくすると島中から聞こえたアリ型サーバントの鳴き声は聞こえなくなった。
一同は勢津子を連れて港まで戻ると、勢津子を船に乗せた後に例の防空壕へと向かい、そこから休火山に張りめぐらされた巣へと突入した。
中にはまだ錯乱したサーバントがごく少数残っていたものの、これを退治する。
「ふぅ……」
すべての部屋を探し終えてサーバントの殲滅が確認できたところで、霧は力を抜いて光纏を解いた。
「本当にお疲れ様、霧」
その身を桃華は抱きとめると、お姫様だっこで霧を抱き上げる。
「ありがとうございます、東雲様。ふふ……」
「ん?なにかおかしい?」
「いえ……友人とは、良いものですね。ふふっ」
「何言ってんのよ。さあ、帰るわよ」
霧と桃華は互いの顔を見やると、くすくすと笑い出すのだった。
「しかし……正直な話、少女は敵であって欲しくなかったですね。見た目に左右されるようでは、まだまだ精進が足りないということですかね」
定俊はバツが悪そうに言った。
「いや、それこそ人情というべきじゃろう。誰でも持つべきものであろうて」
「叢雲の言うとおりだな。我とて個人的には愛でてやりたかったところだ」
「……あの子を抱いた感触はまさしく少女そのものでしたからね。勢津子さんが勘違いするのも無理ありませんでしたわ」
6人それぞれの気持ちを胸に、巣を後にする。暗い巣穴を抜けると、晴れ渡るような青空が広がっていた。