●フレイヤ(
ja0715)の死
その日、フレイヤはいつも通りの朝を迎えた。
歳を経てからは早起きにも慣れ、長年連れ添った男性と一緒に朝食を食べる。
その時彼は言った。今日は何をしよう、と。
彼女は既に撃退士という戦いの人生に幕を下ろし、残りの余生を楽しんでいた。
フレイヤは皺だらけになった頬に指を当てて考える。
「……今日も、外へ出ましょうか」
彼女は微笑むようにそう答えた。
彼と寄り添うように彼女は陽のあたる公園へ向かう。
そこには昔からの友人達が、彼女を待っていたかのように集まっていた。彼らとの会話に花を咲かせるその姿は少女であった頃と何も変わることはない。
そうして一日を過した後、彼女は楽しげな表情でなんだかそわそわする彼と共に家路へ向かう。
フレイヤは玄関を抜けた。
「ハッピー・バースデー!おばあちゃん!」
唐突に足元から可愛らしい歓声が聞こえてきた。
それは彼女の孫達である。
「あらあら、あなたたち……」
フレイヤは頬を緩め、目の前に居並ぶ子供達に笑みを浮かべた。
慌しく手を引く子供達に従うまま食堂へ向かうと、息子や娘達が彼女を迎えてくれた。
目の前にあるテーブルには、ロウソクが並んだケーキがひとつ。
上には「おばあちゃん誕生日おめでとう」という文字がデコレートされたチョコが乗せられていた。
そして始まるハッピー・バースデーの歌。
歌声に包まれる中彼女は考える。
「黄昏の魔女」を名乗り、天使や悪魔といつ死ぬかもわからない激闘を繰り広げていた自分。そんななか彼女は、どこかでこのような普通な生活を望んでいた。
やがて歌声が止むと彼女はふぅ、とロウソクに息を吹きかけた。
ロウソクの火がゆらめき、消える。その瞬間暖かな拍手が彼女を包み込んだ。
「今日はありがとね、みんな」
こうして彼女の誕生日を祝うと、子ども達は各々の家路に着いていったのであった。
家には彼女と、長年苦楽を共にした旦那だけが残った。
今夜はやけに眠い。
あまりの嬉しさで心が温かくなったのだろうか、体まで熱い。
ベットで横になる彼女は、手を繋いでくれる大事な人を幸せな気分で見つめていた。
「今日はありがとう、あなた。……ふふ、なんだか今日はこればっかりだね」
おやすみ、と彼は言う。
おやすみ、と彼女は返した。
そうして彼女は瞳を閉じる。やがて穏やかだった呼吸が少しずつ小さくなると、彼女はまるで眠るかのように死んでいったのであった。
●ギィネシアヌ(
ja5565)の死
彼女は、怪物と化していた。
戦いの果てに護るべきものを失う日々。
何度も、何度も。
そのうち彼女は、心を凍らすように閉ざしてしまっていた。
「……よく来てくれたな、アル君」
「こんなところに呼び出して、一体何の用なんだい、ギィネシアヌ?」
青空・アルベール(
ja0732)は手にした紙片をひらひらと揺らしながら、いつも通りの不敵な笑みで彼女に問いかけた。
「アル君はいつもそうだ」
彼女は冷たい表情で言う。
「そうやってみんなを不安にさせないようにする。だが、ここには俺とアル君しかいない。そんな顔する必要はないぜ?」
直後、彼女は瞳に真紅のサングラスを固定するかのようにオーラを纏った。
それは彼女が光纏し、戦闘態勢に入った証拠である。
「そんな……こんな結末じゃなくても良かったはずだ!私に友人を殺させようというのか!」
彼はギィネシアヌに向けて悲痛な叫び声をあげた。
「……俺の目的はタダひとつ」
彼女は淡々と言葉を紡ぐ。
「俺の物語を完結させるコトだ。つまり……決着をつけようという話さ」
彼女は持っていたライフルの銃口をアルベールに向けた。同時に背中からアウルで形成された8匹の蛇が伸びる。
蛇は嘯く。怪物は英雄に斃されてこそ、その存在に意味を持つ……であろう、と。
「選択肢など、ない。俺を殺すか、俺が殺すか。その二択だ」
彼女は引き金を引いた。
「……!」
発射された弾丸をアルベールは必死に避ける。
全てを救いたいと、彼は願い続けた。それにはもちろん彼女も含まれる。
彼は何度も手を彼女へ差しだした。
だが……届かなかった。
ならば、
「二択はいらねーな」
英雄として、魔族たる彼女を屠ろう。
たとえこの笑みが歪んでいたとしても。
戦いは始まった。廃墟に銃声が幾度も木霊する。
いつからだろう、歩む道を違えたのは。同じところを見据えていたはずなのに。
引き金が軽い。そう思った日はいつだったろうか。
あの頃はまだ、悲しみを覚えていたはずなのに。
人であり続ける事に耐えられず弱い心は、
(赦してくれ、終りたい)
偽りから本当の怪物となる事で崩壊を免れた。
「これで終わりだぜ!」
怪物は3匹の紅い蛇が巻き付く銃身を英雄に突きつける。
だが、
「……ヒーローは負けないよ、ギィネシアヌ」
それより早くアルベールの天穿つ狗吠が彼女を捕らえていた。
響く銃声、怪物から噴き出す赤い奔流。
そして計画は完遂される。
「いい面構えになったな……」
彼女は少女であった頃のように、
「青空。キミに頼んで正解だった……」
安らな表情で倒れるのであった。
●革帯 暴食(
ja7850)の死
たとえ人だらけの大都会といえども、誰も通らないような場所は存在する。たとえばそう、路地裏にあるゴミ捨て場なんかはその最たるものであろう。
どさり、と。
崩れ落ちるような音が建物の壁に反響した。
「今日は……死ぬにゃあいい日だ……」
暴食はひとり、ゴミ袋に紛れるように横たわった。その姿は血や青痣にまみれ、まるでボロ雑巾のようである。
彼女は生粋の悪であった。
喰べることによって人に、物に、動物に、時には天魔でさえ一方的な愛を与えて『食料』として口に入れてきた。
それは悪いことだと両親に言われて来た。
お前は悪い奴だと誰からも言われて来た。
法律にも触れるようなことをいくらでもしてきた。
今までの生涯を、ただただ喰い散らかすように生きてきたのだ。
だが、今の彼女はどうだ。
「あーッ……」
転がった時に枕としたゴミ袋の中から残飯が垣間見れる。半透明の袋を喰い破くと、生ごみが滝のように彼女の顔に降り注いだ。
暴食は野良犬のように生ゴミを食い漁った。
「むぐ……うめぇッ」
嘘だった。味なんてしない。
何も、感じない。
路地裏の外れから賑々しい声が聞こえてくる。それは彼女を見放した世界が掛ける嘲笑であった。
この世の全てから見放され、見下され、蔑まされながらも、『喰う』ということこそ彼女の全てであった。
だが、それも既に感じることができない。
いつか自分で言った気がする。
愛してるからこそ喰うのだッ、と。
「あー……腹……減ったな……」
今の彼女を誰が愛するだろうか。
愛しているのに、愛してくれない。それは彼女にとって実に最低、実に最悪。だが、悪である彼女の最後を飾るには最高であった。
「暴ォォォ食の王ベルゼバァブに伝えろォッ!」
彼女は叫んだ。
目の前に幻視する扉と、その前で手招きする悪魔に向かって。彼女は最後の力を振り絞って足を振り上げた。
路地裏にゴミくずが散乱する。
「テメぇの王座はァッ!今日からうちのモンだってなァァアッ!ケラケラケラケラケラ!」
乾いた笑いはやがて痰がからむかのように湿っぽくなった。
血反吐に溺れ、それでも彼女は笑う。
ケラケラケラッ!
ケラケラケラケラッ!
ケラケラケラケラケラケ――。
唐突に笑い声が消える。
彼女は誰に看取られることなく、誰に悲しまれることもなく。
惨めに、無様に、その生涯を終えた。
●浪風 威鈴(
ja8371)の死
漆黒の森をひとつの影が進む。
木々に手を掛けゆっくりと進むそれはまるで手負いのケモノのようでもある。
体からこぼれ落ちる血潮を無理やり押し留めながら威鈴は必死に歩みを進めていた。
「後悔……して……ないけど……」
誰にとも無く、彼女は呟く。
彼女は狩人の家に生まれ育った。
そしてアウルに導かれるままに学園へと向かった。
だが――。
「……かぁか……と……とぉと……や……皆……に……沢山……話……たかっ……たな…………」
爪の間に木片が刺さり彼女は表情を歪めた。それでも足を止めず彼女は家路を急ぐ。
しかし、
「あぐっ……」
闇の中から銛のようなものが飛び出してきた。鋭い穂先が彼女の体を掠める。
そう、ここはまだ戦場。敵はすぐ後ろに迫っているのだ。
攻撃に倒れた威鈴はなんとか立ち上がると、何事もなかったかのように歩き続けた。
再び敵の攻撃が闇から迸る。
その度に彼女は地面に倒れ、這い上がった。
いつしか敵の攻撃は、そんな彼女の様子を楽しむ為のものへと変わっていた。
「はあ……は、ぁ……」
それでも彼女は進む。家族の住む家へ向かうために。
やがて彼女の視界にひとつの光が飛び込んできた。
それは電灯の明かり。
彼女の家から漏れ出た、彼女の家族が暮らす暖かな光であった。
「やっと……帰れ……る……や……」
安堵に包まれてほぅ、とため息をつく。
その瞬間、
「ぐ……ぶ……」
ぐぶり、と。
敵が投げつけた銛が威鈴の背中を貫いた。臓物を抉るそれに彼女に激しい吐き気を覚える。
彼女はその場に蹲ってしまった。
「とま……らない……よね……」
自らが吐き出した血に不安と恐怖を抱き、彼女は空を見上げた。
木々の間から名も知らぬ星々が見下ろし、手招きするように瞬いている。
脳裏に浮かぶのはアウルに目覚める以前、両親に囲まれて暮らした穏やかな日々。
目覚めてから、学園で知り合った仲間達と暮らす賑々しい日々。
それらが走馬灯となって浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。
「かえ……る……って……言ったのに……なぁ……ボク……」
崩れ落ちた威鈴は木に凭れかかると、
「皆……と…………もっと……お話……したか…………たな……」
頬を濡らす涙を拭いもせず、
「とぉと……かぁ……か…………みんな……」
遥か彼方に見える明かりへと手を伸ばしながら、
「ごめ…………」
威鈴は瞳を閉ざした。
●インレ(
jb3056)の死
インレはふと、目を覚ました。
「……む、寝てしまっていたか」
彼はどこだかもわからぬ場所に寝転びながら「いかんなぁ」とひとりごちる。
最近はずっとこれだ。
歳を経てから度々彼を襲う、強烈な眠気。
それはこの世の終末を知らせる早鐘のようでもあった。
「刻限は……夜か」
夜空に浮かぶ満月を見上げ、彼は思う。
――あやつももう、帰っておるか。
「まったく、世話焼きよな……」
長年人間と連れ添って過ごしてきた彼は、ただ“尊きもの”の為にその生を全うした。
彼を包むのは何ともいえぬ充足感。
「静かな、良い夜だ」
彼は満月に向かうように囁いた。
本当に、永い生であった。
悪魔としてただ在るが儘に鏖殺し滅ぼした400年。
本当に、幸多き生であった。
人界を訪れ、魔女と出会い、尊きモノを教わり共に過ごした100年。
「杖は、ああ、今日は必要なさそうだ」
いつになく調子の良い体を持ち上げ、マフラーを巻くと彼は歩き出した。
さくさく、と草を踏みつける音が実に快い。
人の世を渡り歩き多くの友を得た100年。 尊きモノを護れず、友と片腕を失い、絶望し彷徨った100年。
師に出会い、再び尊きモノを護る為に己を練磨した200年。
ヒーローに出会い、救われ、己もそう在らんとした100年。
学園を訪れ、若人と共に戦ったこの数十年――。
「ああ――」
本当に、色々な事があった。幸いな事も、不幸な事も。
やり遂げた事も、やり残した事も。
だが、そこに未練は一欠片も見当たらなかった。
尊きモノを知り進む、眩き可能性に満ちた若人達が居るのだから――。
「死ぬには良い夜だ」
風に草がそよぐ。
彼を褒め称えるように舞う草に向かい、彼は頭を下げた。
まるで幕引きを迎えた舞台役者のように。
「我が名はインレ。インレ・ザ・ブラックラビット。
千の敵を鏖殺する王にして、尊きモノを護り悲しみを斬り払うヒーロー。
ただ独り、満月の夜に吼える一匹の黒ウサギ!」
ざぁあ、と。一際強い風が吹いた。
満場の拍手喝采を届けるかのような風に彼のマフラーは宙を舞い、天上の特等席へ向かう。
その瞬間、獣の遠吠えが響き渡った。
月まで届くかと思われる程の鳴き声のさなか、最後に残ったのは――。
一匹の、地面に横たわる巨大な黒兎だけであった。
●影野 明日香(
jb3801)の死
「危ない!」
「姉貴!?」
明日香は咄嗟に影野 恭弥(
ja0018)へと向かうと、強く突き飛ばした。
そして、
「きゃぁあ!」
敵の凶刃が一斉に彼女の体を引き裂いた。
「く……」
恭弥は地面に倒れながらも、必死に敵に向かって銃の引き金を引き絞る。
即座に敵を全滅させると、彼は急いで明日香の元へ向かった。
「なんで俺なんかを庇ったんだ姉貴!」
恭弥はアウルの力を放出し、傷口を覆うように掌をかざす。しかし腹部から流れ出る血流は留まるところを知らない。
「俺はあんたの大切な人を殺したんだぞ!」
彼の脳裏に数年前の面影が浮かんでいた。彼は以前にも、似たような状況を体験していた。
明日香がまだ10代だった頃、彼女には付き合っている男性がいた。その人はとても優しく、恭弥に対しても本当の弟のように接していたのである。
だが、それも長くは続かなかった。天魔の襲撃によって今と同じように恭弥を庇った彼は死んだ。
それを自分のせいだと思い込んだ恭弥は、強くなるために彼女の前から一度姿を消したのであった。
「馬鹿ね……」
抱きかかえられた明日香は荒く息を吐くとそっ、と手を彼へ差し出した。
「ねえ恭弥……私が恭弥を恨んでいるとでも思ってるの?私の愛したあの人が命をかけて守ったあなたを……」
その後、明日香は程なくして医学の道へ進んだ。
自らの目の前で誰も死なせないために。
「たった一人の弟であるあなたを……恨むわけないじゃない」
恭弥はいつだって死ぬ覚悟ができていた。
なのに、
「くそったれ、死ぬんじゃねえ!」
あの時の自分と何も変わっていない事に反吐が出そうになる。
ぽたり、と雫が彼女の頬に落ちた。
「死なないでくれ姉さん!」
「ふふ、泣かないの。男の子でしょ?」
彼女は精一杯笑顔を向ける。
後悔は、ない。
あるはずもあない。
「恭弥、あなたは生きて……」
彼女は彼の頬をそっと撫で付けると、そのまま手を宙に差し出した。
まるで傍らに立つ誰かの手を取るかのように。
「私とあの人の分まで……生きてちょうだい」
「俺は……俺は……」
「大好きよ恭弥……」
彼女は目を閉じた。同時にぱたり、と腕から力が抜ける。
「姉さん?姉さん!」
だんだんと重く冷たくなる体を抱きしめて、彼は掠れた雄叫びをあげた。
「俺は……結局……何も守れや……」
溢れ出る涙を抑えることができない。
今、彼女は旅立ったのであった。