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とぅるる、とぅるる、
お客様のお掛けになった電話番号は、現在電波の……
「チッ、だめだ」
デニス・トールマン(
jb2314)は耳元に掲げた携帯電話を仕舞いながら呟いた。
彼らは現地へ向かう直前、先行しているはずの撃退庁所属の撃退士達へ連絡を入れた。
しかし、
「戦闘中で電話に出られないということでしょうか……」
デニスの言葉にレグルス・グラウシード(
ja8064)は考えこむ素振りを見せる。
「先に10人も撃退士が行ってるんですね……心強いけど、油断はできませんね」
そんな口ぶりとは裏腹に、彼の心はもう1つの可能性に塗り潰されようとしていた。
(まさかもう、敵の手に落ちた……?)
「……ゲート開放なんて、させません」
「そうですね」
フラウ(
jb2481)はレグルスの言葉に頷いてみせる。
「これ以上四国でゲートが開かれるという状況は喜ばしくありません。敵がどんな手を使うかわからない以上、充分に注意しましょう」
「ああ。悪魔の連中もふざけた真似を……同時多発的にゲートを開いてどうするつもりなのだか」
フラウの言葉に同調するように不動神 武尊(
jb2605)は頷き返す。その目は遥か彼方にあるキャンプ場を見つめるようにきっ、と細められていた。
しかし、と武尊は思う。
「普通は巨大なものを一つ開けばいい。だが、なぜかここだけその気配が一切ない。やる気がないのか……または何かを待っているのか……」
「ふむ……急を要する依頼とはいえなにやらきな臭いのう」
虎綱・ガーフィールド(
ja3547)は武尊の意見に同調するように頷いてみせた。
「良くて戦闘中、悪くて囮……」
「情報の出所がイマイチハッキリしないのはね……陽動とかの例もあったみたいだし、ちょっと確認させてもらおうか」
そう言って高峰 彩香(
ja5000)はポケットから携帯電話を取り出すと、どこかへと電話を掛け始めた。
「あ、もしもし。どう?そっちは何か見つかった?」
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「今んところはまだ、といったとこだねぇ」
野崎 杏里(
ja0065)は彩香からの電話に返事を返すとがさがさ、と草むらを掻き分けて先に進んでいった。
口に咥えたチョコバーを揺らしながら無遠慮に突き進む彼女の後ろをアニエス・ブランネージュ(
ja8264)は「ちょっと」と声を掛ける。
「そんなハイペースで進まないで。もし敵に鉢合わせでもしたら……」
「ああ、すまんすまん」
彼女達は現在、悪魔がゲートを作っているというキャンプ場に繋がる森の中を進んでいた。
目的は斥候である。
伏兵や罠などがないかを探りながら、他の6人に先行する形で探索をしているのだ。
「本当はこーゆーのあんま得意じゃねーけど……」
「仕方ないんじゃない?これも立派な任務だよ」
「そーだよなぁ。本当は真っ向から戦いたいもんだけど……ま、いっか」
杏里は気分を切り替えるためにかぷり、とチョコに歯形をつけた。
そんな彼女を他所に、アニエスは緊張した面持ちで周囲を『索敵』する。
(フリー撃退士がきいてきた情報、か。どうにもきな臭いね。行かない訳にはいかないが……。
まさかゲートの情報でボク達を釣って避難する人々を襲う気じゃないだろうね)
「なんかおもしれーもん見つかんねーかなーっと」
杏里は地味な作業に飽きた、とでも言うように周囲を眺め続ける。
突然、
「……止まって」
アニエスは杏里の服を掴むとその足を止めた。
そして目を凝らしながら「ビンゴ」と声を漏らす。
「向こう10mくらいかな?弓を持った敵がいる。しかも1体や2体なんてかわいいものじゃないね」
「マジか。どうする?」
「まずは一旦みんなに連絡を……」
そこまで口にした瞬間アニエスはふと、上空に目を向けた。彼女の『鋭敏聴覚』が不自然な羽音をキャッチしたからである。
そして、
「危ない!」
「おわっ!?」
いきなりアニエスは杏里を押し倒した。
同時に彼女達が今さっきまでいた場所にドスリ、と重く鋭い何かが突き刺さる音が響く。
見やると、漆黒の羽根を揺らした半人半鳥のディアボロ――ハーピーがけたたましい鳴き声を上げ、再び空へ飛び立とうしているのが目に入った。
その足には鋭い鉤爪が光って見える。
「くそ、見つかったか!」
杏里は咄嗟にハーピーへ忍苦無を投げつけた。羽根を狙ったそれは、しかし当ることなく放射線を描く。
同時にそこかしこの草むらからスケルトン・アーチャーが姿を現し始めた。
「取り囲まれた!?」
そんな様子を見て、アニエスも手持ちのショットガンを構えた。
「これだけの数を相手か……燃える展開ではあるけど……」
「無茶言わないで。ボクはみんなに連絡を入れるから、悪いけどそのあいだに敵の相手をお願い!」
「りょーかい!」
こうして2人は一目散に元来た道を走る。
その後ろをアーチャーとハーピーが逃がすまい、と各々の武器を構えて追いかけるのであった。
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アニエスと杏里から敵発見の連絡を受けた一同は急いでキャンプ場へ向かった。
「あれは……!」
デニスは広場にうずくまる10個の人影を確認する。
それは先行して現場に向かっていたはずの撃退士達。みな一様に血を流し、地面に倒れ伏しているのであった。
「大丈夫ですか皆さん!」
レグルスは離れたところから彼等に声を掛けた。
しかし、
「来るな!」
1人の撃退士が大きな声でそう返事を返した。
「悪魔なんてどこにもいない!罠だ!俺達は嵌められたんだ!」
その言葉に呼応するように周囲の森がざわざわ、と騒ぎ立てた。どこからかケタケタと嘲り笑うような声も聞こえる。
「やっぱりか……やれやれ、餌と判ってて飛びつかにゃいかんとはな……」
デニスは仲間達に『堅実防御』の指示を出し一歩を踏み出した。
「まさか、奴らを置いて逃げ帰るわけにもいくまい?」
「そうですね。一刻も彼等を救出してここから離脱しましょう」
武尊とフラウは周囲を警戒しながら、彼に続くように蹲る撃退士達へ近寄ろうとした。
「来るとすれば森からですか……」
その言葉と同時にレグルスはフラウの体に対して『聖なる刻印』を刻み込む。
「僕自身にも……回復役が倒れちゃ、様になりませんからね」
そうして一同はキャンプ場の周囲に生い茂る森に注意を払いながら、ゆっくりと進むのであった。
しかし、
「待ってみんな下がって!」
後方で様子を探っていた彩香は大きく声をあげた。
同時に目の前の地面がぼごり、とはじけ飛ぶと足元から複数の剣が飛び出す。
「下……!?」
フラウ達は驚きに声を荒げると、なんとかその刃から逃れた。
土の中から現れたのは複数のスケルトン・ソルジャー達。彼らは骨をかたかた、と揺らすと一斉に剣を振りかぶった。
同時に森の中から複数のスケルトン・アーチャーとハーピーの群れが飛び出して襲い掛かる。
「Fuck……!来るぞッ!」
咄嗟にデニスは武器を身構えて待ち受ける態勢を取った。
「悪魔らしい下劣な策だな。だが奴らの思惑通りにさせるのも面白くない、罠ごと踏み潰してくれる!」
そして武尊は『スレイプニル・フォーム』を素早く呼び出すと、バルバトスボウの照準をスケルトン達に向けた。
「早くあの人達を助けないと……!」
恐らく奇襲攻撃をまともに受けてしまったのだろう、地に付す撃退士達にレグルスは近づこうとする。
しかしソルジャー達が彼らの前に立ちふさがるかのように陣列を整えるのを見て、ただ歯噛みするしかできないのであった。
「とりあえず、今出てきてる連中は倒させてもらおうか……っ!」
その言葉と共に一息に前に出る彩香。
彼女はシルフィードを手に取ると同時に炎と風を纏わせた一閃を放つ。
攻撃こそ盾で防がれているものの、ソルジャー達に対して的確なダメージを与えていた。
そして敵が隊列を組むということは一箇所に固まるということ。そこを狙って彼女はエネルギーを溜めた魔具を振り抜き、風炎の衝撃波を放つ。
次第に隊列の間を穿つような穴が開き始めた。
「今の内だよ!あの人たちを救出できる人は行って!」
「わかりました!」
「ご協力感謝します!」
その言葉を残してレグルスとフラウはできた穴を通りぬけようとする。しかし、そうはさせじと上空からハーピーが足の爪をかざして飛び掛ってきた。
「危ねぇ!」
フラウ目掛けて降ろされた爪を、デニスは『庇護の翼』を広げて庇いたてる。
「POOF……油断も隙もありゃしねぇぜ」
こうしてディアボロの群れの攻撃を掻い潜りながら進みながら、少しずつ前へと進んでいく一同。
「生まれた地へ帰れ、魍魎ども!」
『遁甲の術』で他のメンバーと離れて潜伏し様子を見ていた虎綱は隊列の側面に廻りこむと『雷遁・雷死蹴』で敵を一掃した。痺れるような攻撃にディアボロは列を乱し始める。
「所詮は騙し討ちしかできぬ輩でござるな!」
虎綱は再び鋭い一撃をソルジャーに加えた。盾越しに攻撃を受け止めるも、それをいとも簡単に弾くほどの衝撃が骨身に響く。
「さあ、どんどん行くで……ん?」
とその時、彼は森の中で何かが近づいてくる気配を感じた。
「ぷはぁ!なんとか森から出れた!」
それは枝葉の付いた髪を振り乱して飛び出してくる杏里と、
「まだ安心しないで!後ろからまだ敵がやってくるよ」
後方をひたすら見つめているアニエスであった。
「2人とも無事でござったか!」
「あれ、虎綱君?ということはここは……?」
アニエスは目の前に立つ虎綱を認めると急いで周囲の状況を確認した。
2人は伏兵部隊に見つかった後、追いすがるハーピーとスケルトン・アーチャーの矢から退かれてようと必死に逃げ続けていたのである。
彼女は軽くため息を付いた。
「どうやら迷い込んじゃったみたいだね」
「いいんじゃねーの?わざわざ合流する手間がはぶけたじゃん」
揚々と言う杏里に「そうは言うけど……」とアニエスは険しい目つきで後方を見やる。
彼女達の背後からはまた別の、それも複数の気配が近づいてくるのが感じられた。
「敵を連れてきちゃったのは不味かったかな……それに正直言うと立ってるのもしんどいんだよボク達」
たしかに2人とも平静を装っているもののどこか呼吸が荒い。彼女達の後ろに赤いシミが地面に点々続いているのを確認すると、虎綱は「やや!」と声を荒げた。
「これはご苦労で御座った!今レグルス殿かフラウ殿を……」
そこまで言った瞬間、森の中からけたたましい鳥の鳴き声が響いてきた。
それは彼女達を追いかけていた一匹のハーピー。木の葉を撒き散らしながら飛び出し、鋭い鉤爪で野崎とアニエスを狙う。
しかし、
「そうはさせんぞ!」
後方で弓を射掛けていた武尊は魔具をクロセルブレイドに変えると、スレイプニルと一緒にハーピーの目前まで飛び上がる。
フェンントを交えた斬撃にハーピーは叫び声をあげる。そしてドリルのように回転するスレイプニルが蹴りを浴びせると、羽根を撒き散らしながら地面へと墜落するのであった。
「2人とも大丈夫ですか!?」
その間に虎綱が呼び寄せたレグルスがやってくる。
森の中から飛んでくる矢を構えたシールドで防ぎながら、彼は2人に『ライトヒール』を施すのであった。
「ふぅ、生き返った。さってと……!」
そう言うやいなや杏里は偃月刀を手にディアボロの群れへ突撃する。
彼女は手近なソルジャーへ一瞬で近づくと、思い切り振りかぶり敵を盾の上から薙ぎ払った。
「これでやっと暴れられるってもんだ!やっぱこうじゃなきゃ面白くないよねっ!」
「まったく……たいした戦闘狂だな彼女は」
元気になった瞬間嬉々と戦場に向かう彼女に苦笑しながら、アニエスはしっかりと森の中にいるアーチャーを見据えてショットガンの引き金を引いた。
飛んでくる矢を避けつつも射撃戦を繰り広げる彼女であったが、
「あっちは隠れる木があって、こちらは広場で丸裸か……まいったね」
自らの不利な状況に口を零すアニエス。
そんな彼女に対して駆けつけた彩香は、
「あたしが前に出るよ。その間にアニエスさんは援護射撃をお願い」
と言うとシルフィードを構えて森へと突撃していった。
援護を受け森に潜むスケルトン・アーチャーをどんどん殲滅していく彩香。
一同を取り囲むディアボロの数は段々とその数を減らしていくのであった。
やがてレグルスとフラウ、そして彼等を護衛するデニスの3人は倒れる撃退士達の元へとたどり着く。
「大丈夫ですか!?」
フラウはうめき声をあげる1人の撃退士に『ライトヒール』を施す。
「す、すまない……世話を掛けたな」
「いえ、当然の事をしたまでです」
その言葉とともに彼女はほ、と息を着いた。
彼女達は今回、ある最悪の展開を予想していた。もしここに伏す撃退士達が殺されていたら、そして悪魔の贄とされていたら……。
「よぅ……生きてるか?お前らも今回は災難だったな」
デニスはそう言って背中に気絶した撃退士を背負う。
「さあ、さっさとこんな所ずらかろうぜ!悪魔がいねえってんならこれ以上ここにいる意味はねぇ」
「そうですね。こちらの救助も済みましたので撤退しましょう」
同じくレグルスは回復させた救助者の肩を担いで立ち上がる。
「よし、俺が道を開く。お前らは俺に続け」
そう言うと武尊は大剣ヴァッサーシュベルトでスケルトン達を切り払い道を開く。すでに崩壊しつつある敵の戦列を開くのは難しいことではない。
一同は彼が開けた道を、倒れた撃退士達を守りながら進んでいった。
その途中、
「……嗾けておいて傍観とは……いい趣味してやがるぜ……!」
デニスは何とはなしにそう毒付いた。
彼は戦いの最中、ある“視線”に気づいていた。
いや、彼だけではない。全員が気づいていたことである。あえて気にしないでいた、というだけで。
今は彼らが抱える撃退士達を守りながらキャンプ場を後にするのが優先だ。余計なことをする余裕ない。
しかし、この男だけは違っていた。
「やぁメイド殿お久しゅう御座る……!」
虎綱はあえて視線に向かうと、そうはっきりと口にした。
彼の言葉にがちゃり、とプレートが揺れる音が響く。黒い短髪に着けたカチューシャを揺らしてそのメイド――ヴァニタスのミレイはひたすらこちらを見つめていた。
彼女は口を開かない。それをどう思ったのか、虎綱は「某はの、そなたを尊敬しておるよ」と声を掛けた。
「敵であれどそなたは武人だ。だから今回は……お疲れ様」
「……次は」
彼女はようやく声をあげる。
「ちゃんとした戦場でお迎え致しましょう。もちろん小細工は抜きで」
それだけを告げ辞儀を残すと、彼女は森の中へと消えていった。
同時に彼等を取り囲んでいた残りのディアボロ達も波が引くかのように離れていく。
こうして坂出市のキャンプ場を巡る戦いは終った。
結局悪魔がゲートを作るという気配は見つからず、撃退庁と学園によってこの情報は「冥魔陣営が流した罠」と結論付けられたのであった。