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マスター:ユウガタノクマ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/02/18


みんなの思い出



オープニング

●苛立つメイド

 ここは四国にある大きなビジネスホテル。
 その廊下をメイド服姿の少女が足音も荒々しく歩き通していた。
 がちゃがちゃ、と織り込んだプレートを揺らすその姿はもはや「歩く」というよりも「早歩き」と言う方が近しい表現であろう。
 すれ違う人影は皆無である。
 なぜなら、この階のフロア「全室」を彼女の今の主であるコー・ミーシュラが貸し切っていたからだ。
「もう我慢ならん……」
 言葉を口の端からこぼすように、彼女は呟いた。
 ミレイは冥界の武門「ミーシュラ家」の現当主が作り出したヴァニタスである。
 その性格は闘争を――特に正々堂々の戦いを好む、まさに「騎士道」という言葉が似合うものであった。
 そもそも彼女は人間界へ向かうコーの補佐をするように命じられて同行したのであるが、ここ数日彼女は非常にイライラとした日々を送っていた。
 なぜなら……。
「なぜ婿殿は戦おうとしないのだ!」
 ミレイは吼える。
 この四国に来てからというものの、コーは表立って戦う姿勢一切見せていない。
 まるで臆病者のように、四国各地にディアボロを放置してはこそこそと去っていくを繰り返すのみなのだ。
 コーは以前彼女にこう言っている。暴れたい者は暴れさせればいい、と。
 それは「暴れたい者」の一人であるミレイの気持ちを踏みにじるものであった。
「婿殿!居られますか!?婿殿!!」
 ミレイはコーの居る部屋の前に立つとドアを力強くノックした。
 中からは「入りたまえ」という声が聞こえるや否や、ミレイはまるで突撃するように部屋に入り込んだ。
 室内ではコーが書簡を眺めながら優雅にミルクティーを啜っている。
「どうしたんだねミレイ?そんなにカリカリして」
 そののんびりとした様子に、彼女の怒りはさらに積みあがっていくのであった。
「婿殿は以前仰られました!『武門ミーシュラのヴァニタスとして恥じない働きをしてもらう』と!」
「ああ、言ったね。僕は紳士だ。嘘をつく事は絶対にしない」
「それでは、私の剣が振るえるのは『いつ』なのですか!今日ですか!?それとも明日ですか!?」
「落ち着きたまえミレイ。君らしくもない」
「私は戦場にいてこそ『私らしい』と自負しています!そういう意味なら、私はこの四国の地に来た最初から『私らしく』ありません!」
「……ふむ」
 コーは考え込むそぶりをみせる。
 そして「……頃合か」と呟くと、先程まで見ていた書簡に目を移すのであった。
「では、行こうかミレイ」
 コーは立ち上がると荷物を纏めだした。
「どちらへですか?」
 それを少女は眉間に皺を寄せながら問いただす。
「戦場だよ」
 コーは薔薇を取り出すと彼女にくすり、と微笑みを向けた。
「喜びたまえミレイ。実はたった今お言葉を頂いたんだ。行き先は――香川県高松市だよ」

●もたらされた調査依頼

 久遠ヶ原学園の会議室に集まる一同。
 ホワイトボードを前にしてヴィルヘルム・柳田(jz0131)はいつもの面倒くさそうな表情とは違う、引き締まった眼差しで面々を見つめていた。
「今日は集まってくれてありがとう。そして、非常に面倒なことになった」
 ヴィルヘルムは手にした書類を一同に配りながら言葉を続ける。
「先日、太伯(jz0028)先生の指示で数人の生徒達が四国について現状の考察を行ったことは知っているか?
実はその結果……悪魔達によるゲート展開という可能性が浮上してきたんだ。
今回はその結果を踏まえたうえで、君たちには現地調査をしてもらうことになった。
そして今回は僕も同行する。地道なフィールドワークは僕の得意分野だ。
面倒だが、そうも言ってはいられないみたいだしな。

行き先は香川県高松市だ。ここは以前、ディアボロの襲撃を受けている。
報告によると空を飛ぶ黒い鮫のディアボロが街中を飛び回っていたそうだ。
他にも香川県内にはディアボロ襲撃の報告がいくつかある。
例えば某港町ではこれまた空飛ぶ鯛のディアボロが、さらに集合マンションではヴァニタスと悪魔まで現れたという。

この現地調査で悪魔達の思惑が少しでもわかればいいんだが……。
現地では何が待ち受けているかわからない。くれぐれも注意して事に当たってくれ」


リプレイ本文



 香川県高松市は瀬戸内海に面する港町であり、四国の玄関口として経済の中心を担う一大都市である。
 そんな高松市へと向かう国道を9人の撃退士達が進む。
「今回の調査では悪魔達との交戦は極力避け、ゲートの場所を特定する事が重要でしょうか……」
 御堂・玲獅(ja0388)は今までの報告書を手に呟く。
「もう一度高松市での調査の流れを確認しておきましょう」
「そうだね」
 グラルス・ガリアクルーズ(ja0505)は彼女の言葉に頷きを返した。
「今回の調査で悪魔達の動きに対して先手を打てるかもしれない。用意は万全に整えておこう」
「昔から悪魔は唆すものと、相場は決められているものですがねー」
 マーシー(jb2391)はいつも通りの間延びした口調で言う。
 しかし、
「彼らは『誰を』唆すつもりでしょうかねー」
 彼は脳裏に最悪の事態を浮かべていた。
 もし彼らが今、天界に入りつつある亀裂を突いてくるようであれば……。
「四国での狙いを見定めないと……!!」
 四条 和國(ja5072)は小さくこぶしを握る。
 来るべき戦いの為にも――。
「少しでも悪魔のやることを阻害できたらいいですね。そのためにもみなさん、がんばりましょう」
「天使だろうが悪魔だろうが人類だろうが、そんなことはどうでもいいの」
 そんな熱い意気込みをかける和國とは逆に、冷静に事態を推し量ろうとするリル・マウルティーア(jb2701)。
 彼女はぽつり、と呟くように言った。
「重要なのは敵か味方か、そして私が生き残れるかどうかだけ」
「なるほど」
 虎綱・ガーフィールド(ja3547)は彼女に目を向けた。
「なかなかに現実的で御座る。そういった考え方は悪くないで御座るよ」
「しかし些か愛がない感じではありますかな?」
 オーデン・ソル・キャドー(jb2706)は彼のアイデンティティである茶色くつるん、としたおでんの卵を模す被り物に乗せた帽子を正した。
 そして「ふぅむ」と考え込む素振りを見せると、
「どうでしょう。ここはひとつ、学園に返ったらみんなでおでんをつつくというのは……」
「考えておくわ」
 リルはそっけなく答えるのであった。
「なんとしてでも、冥魔の尻尾を掴みたいものですね」
 車椅子に揺られながら調査報告書を確認する御幸浜 霧(ja0751)。
「門を開くとなれば悪魔側にとってもそれなりの準備がいるはずです。その痕跡を見つけることができればあるいは……」
「皆、無理はしないでくれ」
 不意に、先頭を歩いていたヴィルヘルム・柳田(jz0131)は一同に振り返った。
「今回はあくまで調査が目的だ。あまり肩に力を入れず気長にやるつもりでいこう。何が見つかるかは君たち次第だ。
とはいえ……」
 そして、
「いよいよ高松市に入る。みんな気をつけてくれ」
 彼は市の境を示す看板を指差して言った。
 まるで警告するかのように。



 高松市の市街を見下ろせる丘の上で、彼女はひとり呟く。
「現れましたか」
 人の目からは何ということはない普通の景色。
 しかし彼女の目ははっきりと高松市に入ろうとする9人の姿を捉えていた。
 がちゃり、と服のプレートと背中の大剣を揺らす。
 少女は風のように走った。まるで獲物を見つけたチーターのように。
「婿殿にはさんざん焦らされましたがそれもここまで。武門ミーシュラ家の『おもてなし』で歓迎しましょう、御客人方!」



 それは突然の出来事であった。
 山肌を猛烈な勢いで駆け降りてくる一つの影。
 メイド服のスカートを翻し、頭のカチューシャを揺らして少女はさながら隕石のように9人の目の前に降り立った。
 ドン、という強い衝撃が走りアスファルトに小さなクレーターができる。
「お待ちしておりました」
 少女はゆっくりと立ち上がって大剣を背から降ろすと、その切っ先を彼等へと向けた。
 そして、
「私の名はミレイ!冥界の武門ミーシュラ家の御主(おんあるじ)様より生を受けたヴァニタスでございます!
ここを通りたければ、私を倒してからにして頂きたい!」
「ヴァニタスだと……!?」
 ヴィルヘルムは彼女の言葉に気色ばむ。
 この調査で何かが起きることは充分に予想できた。
 ディアボロの襲撃。悪魔の仕掛けた卑劣な罠。
 しかしまさか、いきなりヴァニタスが真正面から襲ってくるとは彼も想像だにしなかったのである。
「待ち伏せ……情報が洩れてるの……?」
「どうやらそのようですね」
 リルとオーデンは咄嗟に武器を構えた。
 それに合わせる様に他の仲間達も一斉に光纏する。
 平凡な国道は一転して戦場に変わった。
「剣持ったメイドさんかー……あ、柳田先輩。デジタルカメラを持ってきましたので撮影をお願いします」
「撮影?」
「ええ。機械は苦手で……後方で撮影、お願いできます?」
 マーシーはそう言つつ、銀色に変色した瞳を彼女から話さずカメラを手渡す。
「……なるほど。わかった、できるだけ情報を持ち帰れるようにしよう」
 ヴィルヘルムは後方に下がるとミレイの姿を鮮明に写す事ができる場所へ移動した。
 このデータを学園に持ち返ることで、香川でヴァニタスに邪魔をされたという事実を情報として伝えることが出来る。
 マーシーはヴィルヘルムが安全な場所まで下がった事を確認すると、おどけた表情を彼女に向けた。
「僕達をわざわざ市境までお出迎えとは恐れ入りますー。あれですか?『おかえりなさいませ、ご主人様』といったところですか?」
「そうで御座るな」
 虎綱は「ククク」と笑みを浮かべる。
「メイドさんからご奉仕を受けられるとは自分も果報者で御座る。今度は仕事抜きでお会いしたいもので御座るな」
「ご所望でしたらご自由に」
 ミレイは彼の軽薄な言葉に少し眉の端を上げて答えた。しかしそんな彼女の様子も「ですが!」という声で一瞬に切り替わる。
「力無きものに服する謂れはありません。どうかそこをご理解いただきたい御客人!」
「なるほど、貴公はなかなかに誇り高き人物のようですね」
 オーデンはたまごマスクの下でミレイの人となりを観察し、そして近づく。
「それ程の貴公が私達をわざわざ待ち伏せるということは……市内で大規模な作戦が行われるということではないでしょうか」
「まっ、そんなことをするってことは、ここが重要だってことを教えてるようなものだけど」
 たしかにディアボロならともかく、ヴァニタス級の戦力をいきなりけしかけるというのは異常である。
 リルは軽く鼻で笑うかのように言葉を繋げた。
「あなた……いやあなたの主かしら?は、よっぽどのお間抜けね。この先にあるのは『ゲート』かしら?」
「そうでしょうねー。できれば、貴女の上司さんにも会いたいのですがねー」
 マーシーも言葉を重ねるように軽口を叩く。
 しかしミレイはそんな言葉を切り捨てるよう声高に答えた。
「それを知りたければ私の剣に問うがよろしいかと!もっとも私の剣を受けて生きていられればの話ですが」
「わかりました」
 霧は紫色のオーラを纏い車椅子からゆっくりと立ち上がるとミレイの正面に向かう。そしてミレイの心情を窺うようにじっ、とその瞳を見つめた。
「あなたを倒せば、先程の言葉通り大人しくここを通してくれるということですね?」
「無論でございます」
「……その言葉に偽りが無いことを信じましょう」
 霧は考える。
 この誇り高き従者を乗り越え、高松市で起こりうる脅威を阻止する方法を。
 そして、そのための情報を得る手段を……。
「わたくしは御幸浜霧と申します。わたくし達の目的は悪魔の動きを知る為、高松市を調査すること。
あえて奇襲をせず堂々と名乗りをあげたあなたに敬意を称し、そのうえでお聞きします。
――なぜミレイ殿はわたくし達を阻むのですか」
「私がかける言葉はただ一つでございます」
 ミレイの持つ大剣とメイド服に織り込まれたプレートが硬質な音を立てた。
「御客人方の『武』を私にお示しください!!」
 その言葉と共にまるで放たれた弾丸のように突撃するミレイ。
 そして彼女は霧へ迫る直前ぐるぅん、とコマのように体を回転させる。
 ミレイはそうやって自身の身長に匹敵するほどの大剣を操り、勢いよく横薙ぎに払った。
「くっ!」
 霧は咄嗟に惟定の鎬でミレイの剣を受け止めた。がぎゃぎりぃ、と鱗粉のような淡い紫の光と火花が飛び散る。
 彼女は衝撃を流すように体を捻った。霧の狙いは受け止めた攻撃を地面に流してミレイの態勢を崩すことにある。
 しかし、
(受けきれ、ない……!)
「きゃぁぁ!」
 ミレイのパワーと遠心力の乗った衝撃が彼女を襲う。
「御幸浜さん!」
 玲獅は咄嗟に吹き飛ばされた霧の体を受け止め、その身に『ヒール』を掛けた。
「弱者に答える口は持ち合わせておりません!ここに屍を晒して死になさい!」
 ミレイは大仰に宣言する。
 玲獅は霧の体をかばう様に立ち上がるとミレイに向かって対峙した。
「私は御堂玲獅と申します。
普段は傷つく人を癒やす身ですが、この先で助けを待つ人々を救い守る為押し通らせて頂きます。
また、信念に強さの届かぬ未熟者ゆえ多勢で襲うご無礼、ご容赦を」
「構いません!」
 玲獅の言葉にミレイは好戦的な笑みを向けた。
「私はこの時をどれほど待ち望んだことか!戦場において剣を振るうことが私の誇り。今更多勢だからといって剣を降ろすようなことはいたしません!」
「なるほど、騎士道ってやつか。そういうの、嫌いじゃないよ。僕の名前はグラルス・ガリアクルーズ。以後お見知りおきを」
 グラルスは玲獅に付き合うように名乗りをあげる。
「ミーシュラ家なんて聞いたことも無いけど、冥界じゃさぞかし高名なんだろうね。僕も古い魔術師の家系としてお相手願おうかな」
「騎士道は……その気持ちは護るためにあるものだ!!」
 和國はそう叫びながら前に出た。その手は首から下げられたリングを握り締める。
「僕は僕の大切な人達を護る為にこの刀を振るう!そのために高松市へ向かうんだ!どうしても戦わなければならないというなら……」
 和國はミレイの目を見つめると、さらに言葉を繋いだ。
「せめて一撃。一撃を与えたら教えてくれないか?あなた達がここでいったい、何をしようとしているのかを……!」
「たかが一撃で何を知るというつもりですか!」
 彼の語調に合わせるように声を張りあげるミレイ。
「知りたいことがあればその力を私にお示しください!着飾った言葉は不要です!!」
 彼女は再び剣を構えると、円舞曲を踊るかのように回転しながら大剣を玲獅に向けるのであった。
「……っ!」
 咄嗟に『白蛇の盾』で強烈な一撃を受け止める玲獅。
「たしかにわたくし達ひとりひとりは弱いかもしれません。しかし……」
 玲獅が攻撃を凌いでいる間に、霧はミレイの間近に迫った。
 そして、
「それでもわたくし達は互いに寄り添いあい、助け合うことでいつも難事を乗り越えてきました。それをご覧に入れてみせます!」
 彼女の手から光の鎖が放たれた。
 『審判の鎖』は回転するミレイの体に触れると、その身を拘束するように巻きつき始める。
「な、これは……!?」
 ミレイは回転を止めた。そして次第に体に痺れが広がるのを感じ取る。
「今だ!」
 この機を逃すまいと和國は『影手裏剣』を打ち込む。
 麻痺した彼女の体に次々と楔が打ち込まれ、
「人間は弱者だと奢るから、そんな痛い目をみるのよ」
 『光の翼』で飛翔したリルは上空から急降下すると、大鎌に純白の光を宿してミレイの体に打たれた楔を切り結んだ。
「ぐ……この!程度で……!」
 ミレイは飛び交うリルに剣を払う。しかしリルはすぐさま上空へと飛びその間合いから逃れる。
「僕達もただやられるだけの存在じゃないですよー。とういわけでさようならですよ。死ぬのはあなたでしたね」
 続けざまにマーシーは過剰な量のアウルを弾丸に込めた。暴発させる勢いで飛び出たそれは明確な殺意を持ってミレイへと襲いかかる。
 だが――。
「……はぁああぁぁ!」
 ミレイは裂帛の気合で声をあげると、体を麻痺から解き放って大剣を薙ぎ払った。
 アウルの込められた弾丸は刃を通った瞬間に断ち切られ爆散してしまう。
「私が!そう簡単に膝を着くとお思いか!」
 彼女は吼える。
 そして、
「あなた方を下に見た非礼をお詫びいたします。これからは御客人方に私の力を存分にお見せしましょう!」
 再びミレイは手に力を込めると、目の前に立つオーデンを切りに掛かった。
「ぐ……!」
 必死に盾で攻撃を受けとめるオーデン。
 玲獅の付与した『アウルの鎧』でなんとかダメージは抑えられているものの、その口調は苦しげである。
 ふと、タマゴ型のマスクの口元に笑みが浮かんだ。
「攻撃を受けてお笑いになるとは、いかがなされた御客人!」
「いえ、失礼ながらふとおかしな考えがよぎりまして……貴公は本当にヴァニタスですか?」
「……どういう意味でございますか?」
 オーデンの言葉に回転を緩めるミレイ。
 もともとピンチにあえて笑って見せるのが彼というものだが、オーデンはあえて「いえ、ね」ともったいぶるように喋りだした。
「獲物だ、狩りだ、と目的を忘れて手段に興じるとは、躾のなっていない子犬ですね。
主人が貴女をここに繋いだ目的を忘れてしまったのですか?貴公は少々気が高ぶっているということもあるのでしょうが……」
「……なにが言いたいのですか、御客人」
「あなたのしていることは、その辺で暴れまわるディアボロと変わらないのですよ」
「なんですと!」
 オーデンの言葉にミレイは怒りで顔を赤らめた。
「御客人は私をディアボロだと仰るおつもりか!!」
「いえいえ、決してそのような……」
 オーデンは手をひらひらと振って答える。
 だが、それは言外に『その通り』と言っているようなものだ。
「私が与えられた任務は高松市で不穏な動きをする撃退士を排除すること!そこには少しも揺るぎありません!
ディアボロごときと一緒にされては困りますな御客人!」
 一層激しくなったミレイの攻撃を受け止めながらオーデンはマスクの下でにやり、と笑みを浮かべるのであった。
「今の言葉、しかと聞いたでござるよ!」
 と、突然ミレイの背後から虎綱が飛び出してきた。彼は今まで『遁甲の術』で気配を消していたのだ。
 そしてひっそりとミレイの背後に廻った彼は、渾身の『雷遁・雷死蹴』を放った。
 しかし、
「それで背後を取ったおつもりか!」
 ミレイは激しく身を捻ると虎綱の攻撃をかわし、返す刀で彼へと大剣を振るった。
「させませんよー!」
 すかさずマーシーは虎綱へと向けられた大剣に銃弾を放つ。
 わずかに逸らされた剣の軌跡は虎綱の手前を横切った。ぶおぅん、という風鳴りが虎綱の耳を撫でる。
「虎綱君、下がってくれ!」
 同時にグラルスはミレイに向かって「トルマリン・アロー」を放つ。
 雷を纏った結晶は彼女の足もとを穿ち、必然的に虎綱と距離を取らせた。
 そして彼はすかさず『ジェット・ヴォーテクス』の詠唱に入る。漆黒の風の渦がミレイを呑み込み、その姿を隠した。
「ふぅ、危ない危ない!」
 流れ出る冷や汗を拭い去ると、虎綱はミレイからひたすら距離を取るのであった。
 一方のミレイはというと、
「たあぁぁ!」
 黒渦を切り裂くように大剣を振るうと、そこから飛び出して虎綱に向かって吼えた。
「私の戦いで背後からの不意討ちとは、いい度胸だな御客人!」
 激昂させ怒鳴り声をあげるミレイ。それを虎綱はくく、と一笑に付す。
「愚かな!持てる全てを駆使せず相手と相対するなどそんな失礼なことは出来ぬ!
それがたとえ『卑怯だ』と罵られる手段だとしても!」
「御客人……!」
「おや、怒ったかね?これは失礼、アッハッハ!」
 その言葉に怒りをあらわにしたミレイは、もう一度虎綱に迫る。
 しかしグラルスの魔法攻撃によって彼への進撃を阻まれてしまい、思ったように動くことができない。
「頭に血が昇ってるわね。今なら……」
 その隙をついて上空から近づくリル。
 彼女は再び大鎌に『滅光』を纏わせ、彼女を攻撃しようとしていた。
 だが、
「邪魔をするか!」
 すぐさま彼女へと目を向けたミレイは、振り向き様にリルを迎撃する。
 今度は上空に逃げる余裕も与えぬ大剣の一振りに彼女はその胸から血潮を流して地面に叩きつけられるのであった。
「しま、きゃぁ!!」
「リルさん!大丈夫!?」
 和國は慌てて彼女をミレイから護るように立ちふさがる。そして彼は十字手裏剣をミレイに投げ放った。
「ぐっ!」
 相当頭に血が上っていたのか、ミレイは自分に蓄積したダメージを理解していなかったらしい。
 命中した十字手裏剣は彼女に的確な傷を与え、その膝を地に着かせるのであった。
「私が……膝を着いた……?」
 ミレイはショックに呆然と自らの体を見下ろした。気づけば体中に真新しい傷が走り、メイド服は端から綻んでいる。
「ミレイさん」
 和國は油断せずにミレイを見つめた。
「これで僕達の力を示したことにならないかな?あなたを倒したことにならない?」
「……」
 ミレイはただ、沈黙する。
 やがて彼の後ろからやってきたヴィルヘルムは厳しい目で彼女に向かった。
「面倒な言い訳はしないでくれ。彼らは君に膝を着かせた。僕は人間だが充分な証人になるだろう。
君が誇りを尊ぶというなら、悪魔達が高松市で何をしようとしているのかを教えてくれ」
 彼の「誇り」という言葉にミレイはただ下を俯くばかりである。
 やがて彼女は口を動かし始めた。
「私は……」
 その瞬間、
「そこまでだ」
 どこからか男の声が響いた。
「ぐあぁっ!!?」
 そして唐突にヴィルヘルムの足元から湧き上がる黒い炎。
「きゃあ!」
「こ、これは!?」
「うぉ!?」
 それは周囲に伝播し、近くにいたオーデン、玲獅、霧を襲う。
「み、みんな!?」
「だ、大丈夫ですかー!!」
 グラルスとマーシーは必死に彼等を炎から引っ張り出すと、体を焦がす炎をかき消した。
「今の攻撃は……そこだ!」
 和國は違和感を感じた方向に影手裏剣を飛ばす。
 そこは山の斜面に沿うように立つ一本の木。
 その木に棒手裏剣が突き刺さった瞬間、ひとりの男がその裏手から歩み出てくた。
「ミレイともあろう者がそんな簡単に人間にやられるとは思いもしなかったな」
「君は……誰だい?」
 グラルスはすぐに反撃できるよう身構えながらその男に問いかけた。
 その男は優雅に胸ポケットから一輪の薔薇を取り出すと、それを鼻先に向ける。
 そして彼は不敵な笑みを浮かべながら言った。
「僕の名前はコー・ミーシュラというんだ。これだけで大体想像つくのではないかね?」
「ミーシュラ!?」
 グラルスはミレイとの遭遇時、彼女が放った言葉を思い出した。
『私の名はミレイ!冥界の武門ミーシュラ家の御主様より生を受けたヴァニタスでございます!』
「……まさか」
「物分りが良くて助かるよオッドアイの君。そう、そのまさかだ」
「……面倒な」
 ヴィルヘルムは体を苛む痛みと、その身に降り注いだ災難を呪った。
 ただの調査のはずが『悪魔』と遭遇するだなんて――。


「う……」
 玲獅は身を焦がす火傷に耐えながら、必死にスキル発動の準備をしていた。
 彼女がしようとしているのは周囲を一度に回復することができる『癒やしの風』。
 しかしいきなりの不意討ちにスキルの交換がなかなか終らず、彼女は非常にやきもきしていた。
 早く全員の傷を治して、態勢を立て直さなくては……。
「おや?」
 コーは、そんな様子の彼女に気づいた。
「まだ何かする力が残っているんだねレディ」
 そう言って彼は先程彼女たちの体を焼いた炎の魔法の詠唱に入った。このままでは回復が間に合わない。
 と、
「婿殿!!」
 ミレイは怒声を張りあげ、いきなりコーの眼前に迫った。
「なぜ不意を撃たれた!ミーシュラ家の戦い方に不意打ちは存在しません!」
「……ミレイ、邪魔をしないでくれたまえ」
 そのことでコーの詠唱はストップ。その隙に玲獅は『癒しの風』のスキルを活性化して発動、瞬時に味方の失われた体力を回復させた。
「婿殿?」
 虎綱はミレイの言葉に耳聡く反応する。
「婿殿というからにはミレイ殿、おぬしは彼と婚約でもしているのかね?」
「なにを馬鹿げた事を……」
 ミレイは彼に振り返ると、その大剣をかざす。それはまるで主を護る騎士の姿。
「婿殿はミーシュラ家に籍を入れ、一族の名を付する者である!侮辱は許しませぬ!」
「おお、怖い怖い。ククク、これは失礼を」
「……あなたはミレイさんとはどういう関係なの?」
 和國は手にした刀をいつでも抜けるよう警戒しながらコーに問いかけた。
「今は、主人と従者といったところかな。彼女はお義父様から借り受けているにすぎない。彼女はなかなかに優秀だよ」
「へぇ、だからですか」
 マーシーは唐突な悪魔との遭遇にも関わらず涼しい顔でコーと相対していた。
「初めまして。マーシーといいますー。それにしてもあなたからはあまりプレッシャーというものを感じませんね。
正直メイドさんの方が強くない?」
「僕の非力は重々自覚しているよ。だからこそ僕はここで戦うんだ」
 コーは笑みを浮かべて自らの頭をとんとん、と指で叩いた。
 それを見て取ったマーシーは「そうですかー」とにこり、笑みを浮かべる。
 と、マーシーは突然コーの後ろを指差して言った。
「ところで後ろの方は、貴方の上司さんですか?」
「人間のやることは実に低俗だ。その程度で不意を撃てると思っているのかい?」
「あちゃ……やっぱり引っかかりませんかー」
 マーシーは銃の引き金に人差し指をかけたままやれやれ、と言った表情で頭を掻いてみせた。
「では、接近戦はお嫌いかな?」
 その言葉を残して虎綱は一息でコーに接近する。
 彼のパイオンがコーの喉を掻き切ろうとした瞬間、
「愚かな!私がいることをお忘れか!」
 ミレイは虎綱の前に立ちはだかると大剣を振るった。
「痛っつ……!」
 カウンターとして胴をなぎ払った刃は虎綱の肉を裂き血を迸らせる。彼は2人から退避するようにひたすら距離を取るのであった。
「さて残念だが、君達をここから生きて返すわけにはいかない。
でも安心したまえ。痛みや苦しみを感じる間もなく殺してあげよう」
「それはどうかな」
 ゴウォ、という轟音と共に漆黒の風が彼の足元から巻き起こった。それは渦を作り、コーと傍にいたミレイを一口に飲み込む。
「そこの従者と同じ、いやそれ以上にあなたは人間を下に見過ぎだよ。そう簡単に殺される程甘くはないよ僕達は」
 グラルスはジェット・ヴォーテックスに閉じ込めた2人へ続けざまに『マラカイト・ブラスター』を放つ。
 しかしコーはそれを軽くかわすと、お返しとばかりに黒い炎を飛ばした。
 ごぅおぉ、とグラルスの体を悪魔の炎が包む。
「うあぁ……っ!」
「グラルス君!」
 ヴィルヘルムは急いで彼の元に向かうとグラルスを燃やす炎を消しに掛かった。
「君はもっと賢しいと思っていたのだがね。あまり抵抗すると無駄に苦しむだけだよ」
「お待ち……なさい」
 霧は玲獅の肩を借りてよろよろと立ち上がると、コーを睨むように向かいあった。
「わたくしの名前は御幸浜霧。コー殿はなぜわたくし達排除しようとするのですか?」
 彼女は深く傷つきながらも毅然とした態度で言葉を繋ぐ。
「高松を含めた四国の要衝を押さえ、撃退士を誘出・撃破する罠でも張っているのでしょうか?」
 コーは笑みを浮かべたまま彼女を見つめている。
「それとも、四国の主要都市の地脈を押さえ、何か儀式でもしようとしているのですか」
 表情は変わらない。
「……もしくは四国の要衝に門を開き、天界勢力の駆逐を狙っている……とか」
「『駆虎呑狼』……天使同士に人間を加えて三つ巴の戦いにさせるつもり?それとも、複数のゲートを同時に開いてツインバベルを一気に包囲でもするつもりかしら?」
 リルは玲獅の治療を受けつつ、傷口を押さえながら問いかけた。
「ほぅ」
 彼は興味深そうに彼女を見る。
「人間や天使風情にしてはよく調べたものだ。褒めてあげようレディ達。だがそれになんの意味がある?ここで皆、死ぬというのに」
「……気が合いそうね。だからどうということはないけれど」
「同感だよエンジェル・レディ」
 ふふ、と笑うコーにオーデンは声をかけた。
「はぐれたとは言え、私もかつては悪魔の一員。ミーシュラと言えば名門ですね」
「ミーシュラの名をご存知とは恐れ入る」
 オーデンの存在に彼は慇懃に頭を下げた。
「挨拶を欠くとは失礼、ミスター。人間なぞに混じるとはこれまた随分なご趣味をお持ちなようで。
しかしそのような被り物は些か人間風情に毒されすぎているのでは?」
「……これは私が好きで被っているのですよ。いずれ機会があれば我が愛しのおでんをご馳走いたしましょう。
それにしても貴公も四国制圧においてはさぞかし重要な役割を得ているのでしょう?どういった事をなさるおつもりで?」
「ふふ……随分僕を持ち上げますね」
 コーは一同の言葉をかみ締めるように「ふむ……」としばし考え込む風に薔薇を揺らす。
 そして、
「四国にゲートを作る」
 唐突に。実にあっさりと。
 悪魔は宣言するように言い放った。
「ゲート……!報告書のとおりか!」
 ヴィルヘルムは呻くように呟く。
 和國は「場所は……!?」と叫ぶように問い詰めた。
「いったいどこに作る気なの!?やっぱり高松市……」
「ご想像にお任せしよう。これはただ君達がミレイの膝を着かせたこと、そして彼女の名誉の為に言うことだ」
 その言葉に9人は静まりかえる。
 そもそもは冥魔軍勢がゲートを作るという可能性を考慮したうえでの今回の調査だ。これで悪魔側から明確な『ゲート作成』という言質を得たことになる。
 しかし、
「……貴方が情報を簡単に漏らすような性格には見えないのよね」
 リルは疑り深い眼差しでコーを見つめた。
「むしろわざと情報を漏らして攪乱するタイプにすら見える」
「悪魔に紳士的な態度を期待するのが間違って御座ろう。彼女に誓って嘘でないと言えるで御座るか?」
 虎綱はくすくす、と笑うコーの隣に立つミレイを指差して言った。
「彼女は彼女の主の名代らしいで御座るな。なれば嘘はそのまま叛意と取られかねん」
「君が何と言おうと僕は紳士であり、嘘はつかないよ。ただし真とするが偽とするかは君たちが決めることだ」
「まっ、真実でも嘘でも構わないわ。情報は持ち帰って分析すればいいだけよ。
私も人類に堕天してから知ったんだけど、情報は細かい物を突き合わせるだけでも、かなり真実に近づけるのよ」
「ご随意に。しかし……」
 コーはミレイに目配せした。
 それを受けて彼女はがちゃり、と大剣を構える。
「僕達から生きて逃げ切ることができたら、の話だがね」
「く……」
 ヴィルヘルムは味方を見やった。
 ミレイとの戦いで傷付いた者は多く、とても悪魔とヴァニタスを両方相手にできるほどの戦力はない。
「万事休す、か……」
「いえ、まだ策はあります」
 そう言うとオーデンは彼の隣に寄り添うように並び立った。
 そしてこそり、と何かを囁く。
「上手くいくのか……?」
「ええ。御堂殿に傷を治していただいた間に立てた急な作戦ですがね……」
 オーデンに続くように車椅子に乗った霧が玲獅に押されて並ぶ。
 そして和國とマーシーがそれぞれ深い傷を負った虎綱とリルを担ぐ。
 グラルスはヴィルヘルムから肩を借りると、一同は国道を塞ぐように並び立った。
「このままお話ばかりでは埒が明きませんので、高松市内に突入しますよ」
 オーデンの宣言に全員こくり、と頷きを返した。
 そして、
「全員、突撃!」
 9人は揃って後ろを向いて全力疾走するのであった。
「な!?」
 これに一番驚いたのはミレイである。
 オーデンの「突入します」という言葉を受け止めるように待ち構えていた彼女は面食らったかのような表情をしていた。
「待ちなさい!」
「いや、追わなくていい」
「婿殿!?」
 コーは目を細めて遠ざかる9人をじっ、と見つめていた。
「よろしいのですか!?これではみすみす敵に情報を手渡しただけでは……」
「構わないよ。どうせ人間のやることだ。どこまでできるか見届けてやるのも面白いだろう。
君もどうせ戦うなら敵が万全な方がいいのではないのかい?」
「……ええ、そうですね」
 ミレイはすでに遥か彼方へと消えた彼等をただただ見つめるのであった。



「なんとか無事逃げ切りましたね……」
 霧は車椅子に乗った状態で後ろを振り返るとほぅ、としたようにため息を付いた。
 マーシーも膝に手を着いて荒く呼吸をする。
「そうですね……あー、疲れましたー」
「結局高松市に入ることができなかったわね……」
「悪魔から情報を得ることができただけ良かったとしましょう」
 リルの言葉にオーデンが返す。
「あ、柳田先輩。よかったら飴どうぞ」
「ん……ありがとう」
 和國はヴィルヘルムに飴玉を渡すと、記憶を掘り起こすように「一旦情報を整理しましょう」と声をあげた。
「僕達は高松市に入ろうとしたところで、ヴァニタスのミレイに襲われた……」
「彼女はこう言ってましたね。高松市で不穏な動きをする撃退士を排除すると……」
 玲獅の言葉に一同は頷く。
「そしてあのコーという悪魔は『四国にゲートを作る』と言っていたで御座るな」
「そうなると……高松市に門(ゲート)を?」
 虎綱に続くよう呟く霧にリルは「待って」と声をかけた。
「あまり鵜呑みにしないようがいいわ。追ってこないということは、最初から偽の情報を流して騙すつもりなのかもしれない」
「その辺の判断は難しいよね……とにかく、一度学園に戻ろう。他の地域からの情報が集まってるかもしれない」
 グラルスの提案にヴィルヘルムは「そうだな」と頷き返した。
「とにかく情報は得ることはできたんだ。帰ろう」
 一同は次なる戦いの予感を感じながら、高松市から学園へと引き返すのであった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: サンドイッチ神・御堂・玲獅(ja0388)
 意外と大きい・御幸浜 霧(ja0751)
 おでんの人(ちょっと変)・オーデン・ソル・キャドー(jb2706)
重体: −
面白かった!:4人

サンドイッチ神・
御堂・玲獅(ja0388)

卒業 女 アストラルヴァンガード
雷よりも速い風・
グラルス・ガリアクルーズ(ja0505)

大学部5年101組 男 ダアト
意外と大きい・
御幸浜 霧(ja0751)

大学部4年263組 女 アストラルヴァンガード
世紀末愚か者伝説・
虎綱・ガーフィールド(ja3547)

大学部4年193組 男 鬼道忍軍
真冬の怪談・
四条 和國(ja5072)

大学部1年89組 男 鬼道忍軍
非凡な凡人・
間下 慈(jb2391)

大学部3年7組 男 インフィルトレイター
白き翼・
リル・マウルティーア(jb2701)

大学部3年112組 女 ルインズブレイド
おでんの人(ちょっと変)・
オーデン・ソル・キャドー(jb2706)

大学部6年232組 男 ルインズブレイド