●ブラックサンタ世にはばかる
クリスマスも近づいたある日の事、2つの黒いサンタクロースが夜を駆ける。
ノールとコールの兄弟はぐれ悪魔である。
「悪い子はたくさんいるな、兄者!」
「ああ!これはやりがいがあるぞ弟よ!」
大きな袋を担ぎながら兄弟は嬉々とした表情で次の目的地へと向かうのであった。
その時、
「待ちな」
2人の目前に4つの人影が立ちはだかった。
それはヴィンセント・ブラッドストーン(
jb3180)とマーシー(
jb2391)、柏木 優雨(
ja2101)、そして如月 千織(
jb1803)の4人である。
ヴィンセントは右手に握った2つの写真をぴらぴらと仰ぎながら、兄弟をサングラス越しに睨みつけた。
「お前らか、ブラックサンタとか言って暴れまわってるは」
「む、なんだ貴様らは!?」
「悪い子か!?」
兄弟は前に立つ4人を見やり、袋に手を掛ける。
それに対し優雨は「……違うの」と落ち着いた様子で言葉を返した。
「今の状況だと、悪い子はあなた達なの……」
「そうですよ。君達の行動こそ『悪い子』のものです。今からでも間に合いますので、『正しい黒サンタ』をやりませんか?」
マーシーは穏便に済ませる様穏やかに兄弟へと話しかける。
「事前に黒サンタのことを調べてきました。
本物はあなた方のように一方的に押し掛けて叩きのめすようなことはしません」
「そうだな。それに学園からこうも簡単に発信機の情報や顔写真の提供を受けられたのだってそもそも……」
「待ってください」
突然、千織はヴィンセントの言葉を遮って一歩前に踏み出した。
そして、
「あなた方のしているブラックサンタはそもそも、根本から間違っています!」
ビシッと彼らを人差し指で指し示した。
コールはそんな自信満々の彼女の様子を見て「な、なんだと!」と慌てふためく。
「本当か兄者!?」
「む……いや、我が調べた限りだとブラックサンタというのはこういうもののはずでは……」
そんな兄ノールの熟考をよそに「ふふん」と不適に笑う千織。
「ええ、違うもなにも大間違いですよ。本当のブラックサンタというのはですねぇ……」
軽く髪を撫でつけてもったいぶるように間を開ける。
そして彼女は驚愕の真実を口にした。
「悪い子にジャガイモや石炭ではなく、甘い甘いケーキをたくさん持ってくるのが本当のブラックサンタクロースですよ!
あまりの甘ったるさに悪い子はもう二度と悪いことはしなくなるというわけです!」
「「な、なんだってー!?」」
兄弟はあまりの驚きに夜だというのに盛大な叫び声をあげた。
しかし……。
「というわけで僕にケーキをください。ついでに紅茶もあるとなお良しです!」
「……それ、千織がケーキ食べたいだけじゃないの?」
「あ、バレました?」
優雨のツッコミに千織は悪びれる様子もなく、いたって冷静に言葉を返すのであった。
「だってクリスマスという貴重なケーキの日にこんな騒動を起こされたんですから、ちょっとぐらいボケ入れたっていいじゃないですか。
だいたい、ブラックサンタって子供を怖がらせるための伝承ですよねぇ……」
「……まあ、とにかく」
ヴィンセントは気を取り直して兄弟に対峙する。
「学園からも迷惑だから止めさせろと依頼が来てるんだ。クリスマスを楽しむ事は悪くねぇが、少しは考えたらどうなんだ?」
「……みんな迷惑してるの」
優雨はゆったりとした口調で兄弟に話しかけた。
「そうですねぇ。そもそもお2人は何を基準に悪い子を選んでいるのですか?」
「基準?」
マーシーの言葉に兄弟は揃って首を傾げる。
「直接悪い子かどうか聞いているだけだぞ。なあ、弟よ」
「そうだな兄者。我々は悪い子じゃないと言えない者を襲ってるにすぎない」
「おいおい……それはかなりアバウトすぎるんじゃないか?」
ヴィンセントは呆れて何も言えないとでもいう風にため息をこぼした。
「そもそも人間の善悪は社会風俗に拠って多様性を見せんだよ。
例えば未成年……20歳未満の飲酒をこの国では悪と判じるが、水の入手が立地的に難しい諸国では20歳以下で飲酒オーケーってトコもある。
それに生物を無闇に殺しちゃいけねぇ、と言いつつ動物の屍骸っつーか残飯は割と簡単に許されるとかイマイチ訳分からねぇトコもある。
……俺ら天魔が人間社会における善悪を決め付けるには少し早いと思うんだが、その辺はどう考えてるんだ?」
「そんな難しいことは知らぬ」
「我らは天界とは関係なくクリスマスを楽しみたいだけだ」
兄弟は揃ってキッパリと声を揃えた。
その無駄に尊大な態度にヴィンセントはもう一つため息をつき「やれやれ」と首を振るう。
「同胞とはいえ、随分子供みたいな奴らだな……黒サンタやりたいってんなら、相手を悪いヤツだと判断できる明確な理由が必要なんじゃねぇかな?」
「そうなの。それに……ブラックサンタになっても……神様云々に関わってない……?」
優雨はすこし不安そうな表情で兄弟を見つめる。
「悪い子に……おしおきするのは……当たり前なの……そんなの、神様でもやってるの。
神様に関わることをしてるのに……2人はそれでいいの?」
彼女の言葉に「神様……人間の生み出した偶像か」と呟くとノールは袋を抱え直した。
「それならば関係はないな。天界を持ち上げなければ、我々はどうでもいいのだ。
それにブラックサンタは聖人の連れる悪魔という伝承がある。悪魔が悪魔をやるなら問題はあるまい?」
それを見てコールも袋を肩にかける。
「そうだな兄者。我々は悪魔らしくクリスマスを楽しむのみ。邪魔をするのであればおしおきするぞ!」
どうやら話し合いはこれ以上通じそうになかった。
兄弟の返答に3人は向かい合うと、一様に首を横に振る。
「やれやれ、もう少し話のわかる奴だと思ったんだがな……」
「残念ですね」
「しょうがない。悪い子には罰を……」
「……うん」
「問答無用!」
「悪い子にはおしおきだ!」
ノールは袋の中に手を突っ込んで石炭を掴み取った。
コールは灰の詰まった袋を振り上げる。
そして彼等に灰袋の一撃が降ろされようとその時、
「!?」
ばぁん、と盛大な打撃音が響いた。
「残念ですが、説得は失敗のようですね」
シールドを展開してコールの袋をメレク(
jb2528)が受け止めたのである。
「まあ大体予想できてはいましたが……」
そのまま炎熱の鉄槌を取り出すと、コールに向けて薙ぎ払った。
魔法による形成された炎が灰の煙の中火花を散らし、コールの持つ袋へ襲い掛かる。
「うお!?」
慌ててコールはバックステップで彼女から距離を取った。
「伏兵がいたか……兄者?兄者!?」
ふと、コールは兄ノールのいる方へ振り返る。
そこには……。
「ぬあ、止めろ!袋を持っていくな!」
一匹のヒリュウに翻弄されるノールの姿があった。ヒリュウは執拗にノールの持つ袋を攻撃している。
「黒サンタを射んと欲すれば、まず袋を射よってか?ほーれ、袋を放棄しねーと……」
そしてその召喚主であるダリエル(
jb3140)は道の脇から飛び出すと、
「こいつで焼印だぞ!」
メレクの持つものと同じように炎を纏う鉄槌を振りかざした。
「兄者、危ない!」
コールは必死にノールの袖を引っ張る。
鉄槌はギリギリノールの持つ袋を掠めると、地面に叩きつけられるのだった。
「す、すまない弟よ」
「へぇ、てっきり仲間を置いて逃げ出すかと思ったが、存外そうでもないんだな」
「あたりまえだ!」
「我らは兄弟!2人で1つなのだからな!」
「そうかい、それは大した兄弟愛だ。かつて愛を語ってた身としては賞賛したいところだぜ。だがな……」
ダニエルはもう一度鉄槌を掲げると、ヒリュウと共に攻撃態勢に入る。
今度は外すまいと気合を入れるその姿は炎熱の鉄槌の炎と相まって、まるで仁王のような雰囲気であった。
「本来なら面倒だってんで放置する所だが……クリスマスにこんな事をするのは許せん!お仕置きしてくれるわっ!」
「たかが堕天使ごときに!
「やれるものならやってみろ!」
こうしてはぐれ悪魔の兄弟と堕天使ダニエルの戦いは始まったのであった。
――かに思えた矢先。
「悪い子サンタさん、てんちゅーう!」
突如、彼らの背後から襲い掛かる小さな影。
それは弥生姫を上段に構え『縮地』で一気に突進する新崎 ふゆみ(
ja8965)であった。
そのまま兄弟の不意を突く形で背後に近づいた彼女は、
「食べ物をそまつにするなーあ、むかぷんっ★ミ!えいっ☆」
可愛らしい掛け声と共に刃をコールの持つ袋に滑らせた。
びびぃ、と布が裂ける音と共に中の灰が勢いよく飛び出し、辺りは一瞬にして灰色の煙に覆われてしまった。
「な……ゲホッゲホッ!」
「し、しまった灰が!」
風に乗って灰は天高く吹き飛んでしまう。
(今です。一気に包囲してください)
メレクは『意思疎通』でひとりひとりに指示を飛ばす。
一同はこの機を逃すまいと一斉に兄弟に囲い込みをかけた。
「悪い子におしおきするのはいいけど……今の状況だと悪い子は……あなたたちなの。と言うことで……めりーくりすます……なの」
静かな表情で『深淵の悪意-Scolopendra gigantea-』を発動させる優雨。彼女の足元から這い出たムカデは兄弟に向かい拘束を仕掛けた。
そして千織もタイミングを合わせて『異界の呼び手』による無数の手を呼び出す。
兄弟は辛くもムカデと手による拘束を逃れるものの、
「逃がしませんよ……っと!」
その足元をマーシーの銃撃が襲いかかった。
一方ヒリュウを従わせたダリエルは、
「俺まで動くのは流石にだりぃな。頑張れよ、ヒリュウ」
ヒリュウにノールの持つ袋をひたすら攻撃するように指示を出すのであった。
そしてメレクの采配により2人を捕らえようという動きは少しずつ収縮していく。
「く……どうする、兄者!?」
「どうするもこうするも……まずは逃げるしかあるまい!ここは一度引いて態勢を……」
その時、
「はいはい、オイタは終わりやで!」
宇田川 千鶴(
ja1613)が寮の壁を走り、彼らの頭上に飛び降りた。
「ブラックサンタ……成敗!」
その言葉と同時にチタンワイヤーでノールの持つ袋を絡め取った。
着地と同時にワイヤーを締める。
袋はいとも簡単に千切れ、中身がごろごろとこぼれ落ちた。
そして逃げようとするコールに飛び掛ると、
「あ痛たたたただだだ……!」
右腕を背中に捻りあげて関節を極めた。
「ギブ?ギブ?」
「ギブギブ!」
コールはあまりの痛さに必死で千鶴の腕をタップする。
彼が抵抗しなくなったのを確認すると、彼女は腕の力を緩める変わりにロープ代わりに織り合わせたチタンワイヤーで彼を縛り上げた。
「下手に動いたらざっくりいくで?大人しくお縄につき」
こうして千鶴がコールを捕まえている間ノールの方はというと、
「ぐ……コールを離せ!」
メレクによってすでに地面へと押さえつけられていた。
「もうあなた達に逃げ場はありません。大人しく観念してください」
同じく織り合わせたチタンワイヤーでノールを縛り上げる。
「これから皆さんが本来のクリスマス作法をご説明しますので、こちらへどうぞ。ああ、嫌とは言わせませんよ?」
メレクは丁寧だがとても静かに、そして冷ややかに告げるのであった。
●黒いサンタもご一緒に
寒風吹きすさぶ冬の夜。
寮の中からはクリスマスを祝う声が所々から聞こえてきた。
明かりの燈る窓の一つでも覗けば、そこでは暖かい部屋でパーディが行われているのかもしれない。
しかし、ここではそんなものは一切関係なかった。
「知識は間違ってないが、無差別でご迷惑かける行為はあかんで」
千鶴は冷たい地面に正座で座らされる兄弟を見下ろしながら説教をする。
人差し指を立ててフリフリと左右に揺らす様子はまるで厳しい女教師のようである。
「聖なる云々とかいうけど、結局はお祭りや。それに乗っかって普通に美味しいご飯とケーキ食べて楽しめばえぇんよ。それなら天界も関係ないんとちゃう?」
「だが、クリスマスは天界が関係するのであろう?」
「祝うのでは天界を持ち上げることになるではないか。だから我々は悪魔らしく……」
「クリスマスは天界に関係ねぇよ」
同じくはぐれ悪魔であるヴィンセントはやはり呆れた様子で握りこぶしを作ると、兄弟の脳天に拳骨を入れた。
「痛っ!」
「あだ……ってな、なんだと!クリスマスは天界に関係ないのか!?」
「これっぽっちも無ぇな。だろ?」
「そうだな。クリスマスが天界に関係してるなんて、堕天使の俺も初耳だぞ」
「なん……だと……」
「それでは我等は一体……なんのために……」
ダリルの言葉に兄弟はあんぐりと口を開けた。
「しかしお前等、ほんっとに面倒な事をしてくれたな」
そう言うとダリルはぱん、と拳をつき合わせて兄弟を睨みつけた。
「迷惑を掛けた連中に詫びを入れて貰うかんな。こんな寒い中働かされた俺達を含めて、な」
そしてにやり、と不適な笑みを向けると、
「とりあえずケーキでもプレゼントして貰おうか?NOとは言わせないぜ」
「あ、それいいですね。ついでに紅茶も……あ、あとケーキは甘甘でお願いしますね」
そんな風に千織とダリルは兄弟にケーキを要求する横で、千鶴は「あ、その前に……」とどこからか箒とチリトリを取り出した。
それを正座している兄弟の足元に置くと、
「はい、掃除用具。この辺り一体灰やらジャガイモやらで汚れとるやろ?これ用意したのは君らなんやから、ちゃんと片付けておき」
そう言って彼らの拘束を解くのであった。
しぶしぶ兄弟は立ち上がって清掃を始める。
しかし、
「……私も手伝う」
優雨はそう言うとジャガイモや石炭を拾い始めた。
「クリスマスを楽しみたいのは……みんな同じなの。だから……」
「ええ、そうですねぇ」
マーシーも一緒にパーティグッズの虫を拾い集める。
「今からでも遅くはありませんので、このあとパーティーに来てくれませんか?一緒に」
「れっつ・ぱーてぃー……なの」
「な……なんと」
「いいのか……」
「これから悪いコトしない、ていうんだったらね☆」
ふゆみはにこやかな笑みを浮かべて言った。
その言葉に兄弟は「わかった」と頷く。
「それじゃあ、いいこのサンタさんはプレゼントあげるよっ☆はいっ、ふゆみサンタのプレゼント★ミ」
そう言って彼女はツリーやトナカイなどの形をしたクッキーの詰まった袋を取り出した。
クリスマス仕様にラッピングされたそれに兄弟は思わず「うう……」と感動する。
「あっ……で、でも勘違いしないでよ!」
途端ふゆみはぷい、とそっぽを向いた。
「ふゆみにはちゃんとだーりんがいるんだからねっ☆それに、またこんな事したら今度こそお仕置きだから☆」
こうして飛び散った袋の中身を片付けた後、マーシーの勧めにより一同はクリスマスパーティーを開始する。
そこには、はぐれ悪魔の兄弟が顔を合わせて楽しむ姿もあるのであった。