●偵察部隊の斥候
強行偵察・威力偵察とは一般的な偵察という言葉からくる隠密や潜伏といったイメージのものとは別のものであった。威力を偵察するのではなく、威力を持って偵察をすることを威力偵察といい、戦闘を前提とした行為である。強行偵察も同じく、通常の偵察による成果不十分を補うために敵地に偵察を強行することである。
セアラ・ウィルソン(
jb7422)が着陸する。悪魔である彼女は闇の翼を使用して空を飛び、斥候に出ていた。
「……ふぅ。いくら単体で弱いと言われても、ああも数が多いとね」
セアラは敷地図取り出し、チェックを付けた後に仲間たちに見せる。チェックの場所には付けられた理由も記されている。敷地図を見て一番に口を開いたのは蓮城 真緋呂(
jb6120)だった。彼女は速読能力を持っていた。その能力は偵察内容の書かれた地図にも発揮される。
「ルート次第では、敵の密集群に包囲されてしまいますね。ですが」
真緋呂は伺うようにセアラを見る。
「ええ。そこにも書いてある通り、密集群は移動しているのよね。だから、この地図でルートを決めるのは得策ではないわね」
向坂 玲治(
ja6214)は自身の地図に赤線でラインを引く。地図は全員が同じものを持っている。任務参加の撃退士か、それとも協力者のだれかか、ともかく気の利いた誰かが容易したものを持っていた。
「こんな感じでどうよ。なるべくフェンスとか、邪魔になりそうなもんは避けてよ、敷地を強行突破」
「異論はない」
藤堂 猛流(
jb7225)は同意した。レスラーのような体躯の大男に同意されると頼もしく思える。
「敵の力を戦って推し量るのが任務だが、突破できなくては囲まれて終わりだ。移動が困難な場所は避けるべきだろう」
「あくまで目的は偵察なのだから、無理は禁物ね」
フローラ・シュトリエ(
jb1440)も同意する。強行偵察、威力偵察の類は戦闘が想定されたものではあるが、あくまで目的は偵察である。藤井 雪彦(
jb4731)も乗っかる。
「そうそ。こっちは8人、向うは100体近くなんだからさぁ。フローラさんの言う通り! 無理は禁物、ですよね!」
雪彦はフローラの肩を掴む。ノリの良い男特有の、なぜかあまり不快にならないボディタッチだった。
「雪彦くん、そういうのは終わってから、ね?」
笑顔で雪彦の手を外すフローラ。雪彦はそれでも笑顔であった。
「……すごい人だな」
「ん? なにか言いましたか?」
日下部 千夜(
ja7997)の声は小さくて、隣にいる鑑夜 翠月(
jb0681)にもよく聞こえなかった。
「いえ……動物が、可愛そうだなと」
「そうですね! 動物たちが安らかに眠れるよう、頑張りましょう!」
翠月は肘を広げながらこぶしを前に突き出す。気合いを入れているのだろうが、容姿のせいかとても可愛らしく見えた。しかし気持ちは伝わったようで、千夜も気合いを入れる。
「はい。ディアボロは、許しません」
他の撃退士達もそれぞれに気合いを入れる。
「鬼が出るか蛇がでるか……まぁ、いるのは犬猫だがな」
「玲治ちゃんセンスあるぅ〜!」
雪彦の突っ込みにがくとうなだれる玲治。皆は緊張をほぐしてくれたと思うことにした。
●突入
平家から続き、動物を収容するために区切られたフェンスがそこから縦長に続いている工藤立之の敷地を突破するにあたって、問題は平家であるだろう。偵察という目的上避けて通るには惜しい情報量が存在しているが、突破に手間取ってはディアボロに包囲されかねない場所である。
「おらぁ!」
猛流のショルダータックルでドアを破壊し、内部に侵入する。アメフト経験のある彼からすれば、たやすいことだった。さらに突入と同時に猛流はショットガンを射撃する。ろくに狙いはつけていない(突入直後で暗い室内のため)が、散弾なのでいくつかは当たっている。
侵入後はたまご型に密集し、外側にいる撃退士が戦闘を行い、内側の撃退士は観察、戦闘補助を行う予定であった。
「はっ、やァ!」
侵入早々スターライトハーツで入口右側面から飛びかかってくるディアボロを叩き落とす玲治。平家内にも多くのディアボロがいるようであった。
「くっそ、すばしこいな」
「右下、足元です」
「助かる」
千夜の声にほとんど反射で反応しディアボロを迎撃する玲治。遮蔽物が多く視界の悪い室内では千夜の感知・地形把握のスキルが役だった。また、千夜自身も銃で戦闘に参加している。
「ぐっ……ふんッ!」
猛流は陣形の戦闘でランタンシールドで敵の攻撃を受け流していた。
「……一体一体では、たかが知れているな」
猛流は攻撃を受けることで敵の威力を推し量っていた。
「左の敵、そこまで強いものは居ないかしら?」
阿修羅曼珠で陣形の左側面を守備していたセアラは、あえて疑問形で言葉を発した。正直なところ、数が多すぎて戦いながらでは状況を判断できない。もう前進しても良いのかの確認のための言葉であった。
「とりあえず写真は取ったよぉ――っと!?」
雪彦は持参したデジカメでの撮影を終え、双魚の盾で敵の攻撃を受けていた。自分が危ないからではなく、フローラを守るように身を乗り出していた。
「地形は大丈夫じゃないかなぁ?」
「敵についても、大体見ました」
真緋呂が声を上げる。
「統率は感じられません。特殊な攻撃も確認されません」
「前進か? ならフローラ、翠月、頼む!」
先頭に立っていた猛流が叫ぶ。猛流は平家の外から壁を抜けてくるディアボロに対処するので手一杯であった。フローラと翠月は自身が呼ばれた理由を誤解しなかった。
「行くわよ!」
フローラがEisexplosio<炸裂陣>で平家のドア壁ごと周囲に攻撃を加えた。
「こちらも行きます!」
翠月はフローラの攻撃の効果を確認してから自身もファイアワークスを放った。爆発により周辺は煙に包まれる。
撃退士達は煙にまぎれて平家から脱出した。
●集団
平家を抜けた先に見えた光景は、心の弱いものならば卒倒しかねないものだった。動物を区切るためにつけられたフェンスはあちこちでほつれ、なぎ倒され、道をつくり、道を塞いでいた。雨を防ぐために付けられたであろうトタンや木材を使用して作られた簡易な屋根も、剥がれ落ち、砕かれ地面に散っている。
そしてどちらを向いても、多数のディアボロが牙をむいている。かつては人に愛され犬だったものや猫だったものが姿を変え、撃退士に襲い掛かろうとしていた。
「……予想通りの大量なディアボロね」
真緋呂が口にしたとおり、この事態は撃退士にとって予想されていたことであった。しかし、予想していたとしてもこの光景は圧巻であった。
「包囲されたら一苦労ですね。任務は僕とフローラさんの攻撃で突破口をひらきつつ、で、どうでしょうか?」
顔の横で人差し指を立てながら翠月は提案する。もちろん、みな同意する。雪彦が前に出て後ろを振り向く。
「二人が要なんだから、危なくなったらぞんぶんにボクを盾に使ってね! 可愛い女の子のためなら、ボク頑張っちゃうからね」
「ふふ……藤井さん、僕は男だよ?」
「……可愛い子のためなら!」
「ほら、コントは終わりにしなさい」
セアラに突っ込まれ、雪彦は構えなおす。
「……叱られるのも、悪くないなぁ」
全員が移動を開始する。敷地を半分ほど通過したが、まだそれほど強い敵には遭遇していない。
「……左前方、に、集団がいるよ」
千夜の索敵でディアボロの群れを確認する。
「突っ込みましょう。リーダー格、のようなものがいるかもしれません」
真緋呂の提案に従い、撃退士達はそこに向かう。
「露払いをします」
翠月が前に出、オンスロートを発動させる。ディアボロ達は一瞬ひるむが、攻撃を喰らった数より喰らっていない数の方が多い。
「ちっ、うじゃうじゃと。おらよ」
玲治がフォースで進行上にいるディアボロを弾き飛ばす。
「また集結し始めているわ」
「まったく、情熱的なんだから……燃えなさい!」
前に飛び出したセアラを援護する形で、フローラはEislanze<炎陣球>でディアボロを薙ぎ払う。
「ボスなら……試すわ!」
セアラはディアボロを集めていると思われる固体に薙ぎ払いを仕掛ける。おそらく大型の犬型のディアボロだとあたりを付ける。倒せないまでも、スタン効果で集団の動きを観察する目的だった。
「っ! 耐えたの?」
「写真にわっと! 収めた――うぎっ!」
雪彦が乾坤網を使いディアボロの攻撃を防御しながら撮影を成功していた。
セアラがもう一度攻撃を仕掛けようとしたとき、大型固体は咆哮を上げた。
撃退士達に変化はない。効果は別のものだった。
「っ!? ここに集まり始めています!」
「見るだけ見たし、とっととズラかっちまうか?」
真緋呂の声に玲治は、自身で状況を確認する前に撤退を提案する。
「写真は十分でしょ?」
「統率を取るものとも戦闘し、力はわかった」
雪彦とセアラの言葉を聞いて、全員が移動を開始した。もう情報は十分だと判断できる状況だった。
「道を開くよ!」
「右前方が、薄い、です」
「あっちね!」
翠月とフローラが交互に範囲攻撃を行い、道を開け始めた。場所は千夜が索敵で調べた敵の薄い場所を狙った。全員が駆ける。殿には先ほどまで先頭で陣形を守っていた玲治と猛流が務めていた。
「足止めンじゃねぇぞ。止めたら追いつかれて終わりって思えよ」
「前は任せたからな」
情報の収集は完了していた。全員は敷地外への脱出のため全力で駆けていた。
●撤退
「フェンスを抜けたぞ!」
セアラの声で敷地外まで移動したことを確認し、翠月とフローラが振り返り追っ手に再び範囲攻撃をかける。ここで足止めしなければ、人間の身体よりも早く走れる構造の生き物をベースにしているディアボロのためいつまでも追いかけられてしまう。
「みんな、ボクに近寄って!」
攻撃を確認した後、雪彦が全員を集め韋駄天を発動させる。脚を強化し、追っ手を振り切る算段だった。
再び全力疾走。さすがに何人かは、息が切れてきている。
「ふ、振り切りました、か?」
「もう、弾切れェん、なのよ」
真緋呂の問いに限界が近いことを伝えるフローラ。翠月も同様に攻撃スキルを使い果たしていた。
「追っては二匹。大きくて速いのが振り切れてないわ」
空から追っ手を確認したセアラが現状を伝える。
「二体だな。よし」
「援護……する」
スタミナ十分な猛流が立ち止り振り返る。千夜も立ち止まりライフルを構える。息を整えた真緋呂も阿弥陀蓮華を構える。阿修羅曼珠を構えたセアラも横に並ぶ。
「……くる!」
追いついてきた二体のディアボロに千夜は銃撃を加える。一体は大きく跳躍し、もう一体は左右に大きく跳躍しつつ近づいてくる。
「うぉおおあぁあ!」
猛流は跳躍してきたディアボロにランタンシールドでタックルし、そのまま地面に叩き潰した。ディアボロは胴体を潰されながらもがくが、力を加え続ける猛流により圧殺された。
「つぁ!」
セアラは左右に跳ねるディアボロの動きを見切り、薙ぎ払いを加えた。ディアボロはそのまま地面に倒れる。これが追っ手の最後の一体であった。転がった先には真緋呂がいた。
「……貴方達を連れていく事は出来ないの」
真緋呂は阿弥陀蓮華でディアボロの首を跳ねた。千夜が索敵を行っても近辺にディアボロの反応はない。撤退完了であった。
全員が地面に座るか、木にもたれかかるかして身体を休めた。
「いやぁ、まさに数の暴力だったね」
雪彦がフローラにベアロのハンカチを渡す。フローラはありがとうと言いながらハンカチを受け取った。
「そうね。数が問題だわ」
「単体では問題はない。ただ、ああも絶え間なく攻撃されてはかなわんな」
そう言いながらも、猛流はこの中で一番体力を残していそうであった。基礎体力が違うのだった。
「ボスと戦ってみて思ったのだけれど――」
「索敵したときに感じたことは――」
帰還しながら記憶の新しいうちに情報をまとめ上げていく撃退士達。
学園はびっしりと書き込まれた敷地図とメモ、写真や文章に起こした証言を参考に部隊を編制し、彼らの偵察任務から数日後には大規模なディアボロ討伐が決行された。
討伐部隊の損耗率は少なく、任務はつつがなく終了した。その結果を得た要因は当然参加した撃退士の働きにもあるが、なにより状況不十分の状態で偵察を行った先発隊の働きが欠かせなかった。