●目印
月刃・雪月 深白(
jb7181)は探していた。
「…みんな……どこに居るかな?」
大きなディアボロならば、森であれば痕跡が残ってしまう。彼女はそれを探していた。
「そろそろGPSの反応地点のはずですが」
礼野 智美(
ja3600)が地図を広げながら、そろそろ出番かと拡声器を取り出す。
「枝が折れてます……から。そうかも。痕跡も…捜索する上で…貴重な情報……です」
「向うはどうですか?」
智美はメイシャ(
ja0011)に訊ねる。通信の時間は短かった。
「B地点の方は、まだ向かっている途中がそうだ。こちらは山道が近いから、早く向かえたのだろう」
「……うん。早く……着いたみたい、です。いや……手遅れ、かな」
深白が屈みこんだところに二人も駆け寄る。手当ての必要はなさそうであった。ただし、悪い意味で。瞼は閉じられている。おそらく深白が閉じたのであろう。
「山道を向いて倒れていますね。そこまで逃げようとしたのでしょう」
「報告しておく。智美さんは地図に印を。回収するのは後の方がいいだろう」
「うん……行きましょう」
移動を再開するとき、智美はメイシャの肩を叩いた。
「手遅れではない。急げばまだ間に合う」
深白は智美の言葉を誤解しなかった。
メイシャは何も言わず、深白に手を伸ばした。
今回の事件の重要な地点は二か所あり、どちらの地点にも行方不明者がいる可能性が高いため戦力は分担されていた。
明確に生存者ではなく、行方不明者。生死の状況は発見まで不明であった。
アイリス・レイバルド(
jb1510)は辺りへの観察を行いながら、B地点に向かう撃退士達の先頭を進んでいた。
「ふむ。血の跡がある。それに、引きずったようなあともあるな。負傷者を運びながらあちらにいったのであろう」
鳳 静矢(
ja3856)は地図を広げながらGPSの反応を確認する。
「方角は正しそうだな。アイリス、感知できるか?」
「難しい。まだ遠いようであるな」
前進しようとしたアイリスにリーガン エマーソン(
jb5029)の手が伸びる。リーガンはアイリスの頭についていた木の枝を取ったのだった。
「レディ、急ぐ必要はあるが慌てるのはよくないですよ」
リーガンはアイリスの身体のことを言っていた。彼女は山道を自身の身体を気遣うことなく前進していたため、小さな傷がいくつか出来ていた。
「私は痛みという感覚とは仲が悪いのだよ」
「だからといって無視してあげることはないですよ。気遣いは大事です。助けに来たと口にする人間が嫌いなものを無視するような人間だったら、不安になるでしょう?」
「ふむ……なるほどな」
「……なんか、あの二人すごいな」
紫乃宮 彰織(
ja3350)が静矢に耳打ちするように言う。
「紳士と淑女って感じだな。俺たちもやるか、静矢君?」
「私には向かない。彰織さん、少し気が抜けているのではないか? 後ろを見習え」
集団の後ろにはロベル・ラシュルー(
ja4646)がいた。口数は少ないが、「あそこの枝、まだ折れたばっかだぜ」「そっちより、右から行ったほうが楽だろ」と、必要なことは口に出している。ようは静矢は彰織に、ロベルのように静かに、喋るなら役に立つことを言えを言っていた。
「いや。気は抜いてない」
彰織は大人しくするよと静矢に言った。
事実、彼は全く気を抜いていない。登山中に熊に襲われたことがきっかけで撃退士になった彼にとって、山で熊に酷似しているディアボロが引き起こした事件の解決ほど、身が引き締まることはないかもしれない。だからこそ軽口を叩いていた。
「……感知した。では、向かうとしよう」
アイリスは救助するかもしれない対象が7名もいることを危惧していた。こちらは8名しかいない。
しかし、行方不明者のうちの何人が、救助者になるのか。すでに深白が遺体を1人発見している。
A地点に向かった仲間から連絡があった。どうやら、始めの連絡とは逆の連絡のようであった。
●救助
「B地点付近の方でも、4名発見とのことだ」
連絡を終えたメイシャは深白と智美によって介抱されている中年の男性を見る。
逃げている途中に転んでしまい、肩を脱臼。それ以外は怪我がないようだ。重症者でないのなら、戦闘になってもそこまで気を遣わなくとも大丈夫だろう。
「いやー。悪魔に襲われたと思ったら、天使が助けに来るとはねぇ。こんな可愛い子達が来てくれるなら、悪魔に襲われるのも悪くないねぇ!」
「「「…………」」」
3人はそれぞれの感情からなにも喋らなかった。
「メイシャさん……向うはどんな状況……ですか?」
「ひょんめい……4名救助、ディアボロとの遭遇はなし、だ」
噛んだ。
「降りるまでもう少し頑張って下さい」
「おう、ありがとう智美ちゃん」
智美と深白は介抱の間に自己紹介を済ませていた。
「では、行きましょうか。一人で立てますか?」
「若い子のお荷物にはならないよ。しかし、キミはずば抜けて可愛いねぇ。キミだけ名前を聞いてないんだ。電話してたからね。俺は島崎幸一」
「……メイシャ。では、行こう」
「ああ」
「はい」
深白と智美は右へ。メイシャは左へ。
「……地図が逆さになっている」
「っ! い、行こう」
メイシャはこちらを見ながらにこにこしている島崎と目が合った。
こんな状況で笑顔とは、どういった神経をしているのだ。
「じゃあ、頼むよ。あと、樋高のじいさんと鈴木さんがいるはずなんだ。助平な奴でね。大丈夫、おじさんがちゃんと見張っとくから」
「…………」
違う。これは空元気なんだ。
メイシャは仲間の二人を見る。もちろん2人にも、島崎の声が聞こえていた。
「……やるべきことを」
智美がそれだけを言った。
「……なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
ロベルにおんぶされている男が口を開いた。B地点に向かった撃退士達は4名を発見し、うち3名を救助した。残りの1名は健全な日本人男性としての体積が3割足りていなかった。
この男は足を折っており、自力では移動が出来ないためロベルがおんぶしていた。
「なんだ」
「あんた、煙草吸うだろ。匂いでわかるんだ。一本つけてくれないか?」
「……仕事が終わってから吸うタチなんだよ。あんたも我慢しな」
「いいじゃねぇか。ちゃんと山を降りられるかもわからねぇんだから」
「…………」
撃退士にとって、この状況でこの言葉は、信用されていないことを意味していた。
「困る」
静矢が言う。表情は平静であるが、彼自身もアイリスによってタオルとミネラルウォーターで応急処置の施された救助者を気遣うように歩いている。
「山に入る前にうまそうな飯屋を見つけたが、持ち合わせがない。あなたに恩返しをしてもらわなくては困る」
「……ならしょうがねぇな。わかったよ」
ロベルは一目、静矢を見た。表情は変わっていなかった。ロベルの顔は、少しだけ変わっていた。
「日本人は素直ではないな」
アイリスが呟くように言った。
「粋ってものが大好きでね」
彰織が笑顔で言った。リーガンも微笑んでいた。
「ブシドウというものかい?」
「違うね。今の日本じゃ、プライド守って死ぬ奴より生き残って笑う奴のほうが恰好いいんだよ」
「面白い」
少しして、メイシャから二人目の行方不明者を発見したとの連絡があった。
樋高という老人を救助したという報告であった。
●襲撃
智美はまず老人の腕の傷を水で洗い流そうとした。老人は感謝の言葉を述べようとしていた。
「っ!? 危ない! 右っ!」
メイシャの警告は遅くなかった。
智美は取り出していたミネラルウォーターを自身の右方面へ投擲した。液体が飛び散り、地面に叩きつけられる音が響く。
「救助者を任せた!」
智美は金色の炎を身にまとうように光纏し、縮地してディアボロに肉薄、闘気開放した。
「鬼神一閃!」
パルチザンの一閃は鬼神一閃の炎で空間さえも両断したように見えた。攻撃を受けたディアボロの悲鳴だけが斬られることなく響いている。
熊のようなディアボロも悲鳴を雄叫びに変えながら智美に血で塗れた腕を振り下ろす。孫と同じような年恰好である智美が攻撃を受ける様子は老人にとって腕の傷よりも痛い。
「あの人は大丈夫だ! 老人!」
「離せ! 儂は40年猟師をやってきたんじゃ! あんな熊くらい――」
「烈風突!」
攻撃を受け切った智美が烈風突でディアボロを突き飛ばす。智美自身にさほどダメージは見られない。
「……深白さん。あなたも攻撃に加わって。この2人は私が見る」
「大丈夫?」
「さほど強力に見えないない。正確な数が分からないなら、分散して逃げるよりも勢いのあるうちに倒してしまった方がいいだろう」
「……うふふ」
深白は磁場形成を使用し、突き飛ばされたディアボロに接近する。智美が貪狼を加えていた。先ほど攻撃を受けたダメージもほとんど気にならなくなっている。
ディアボロが攻撃しようとしたところに、間合いを詰めた深白が現れる。
「すぐに壊れないでね?」
深白は笑顔で、霧鮫を振った。
メイシャは周辺を見渡、警戒していた。樋高と島崎がどんな顔をしているのかは、見ないことにした。
「左後方からディアボロらしきもの! 高速で接近! 牽制!」
察知とともにリーガンはオルプニノスH17を構え、ストライクショットで牽制した。元傭兵らしい行動だった。
「逆に逃げるぞ」
「頼んだ!」
静矢の言葉に応えるようにロベルは救助者を引き連れ、ディアボロの出現方向とは逆の方角へ移動を開始する。
「おいあんた、このままいったら岩肌が出ていて危ねぇ。向うに行ってくれ」
「……どうも」
ロベルは背負っている男の助言を聞き、素直に移動方向を変える。といっても、そこまで離れるつもりはない。敵の数が不明だからであった。後ろからは銃撃の音が聞こえる。
「敵の動きが速い。有効弾も少ない。弾があるうちに私とリーガンで動きを抑えるから、二人は有効打を与えてくれ」
「了解レディ」
「「突っ込むぞ」」
敵を観察したアイリスの分析・指示に従いリーガンがオルプニノスH17を構え、静矢と彰織が飛び出す。飛び出した二人の距離は近く、その両翼をリーガンとアイリスが銃で弾幕を張り、ディアボロの行動を制限した。
熊に酷似したディアボロは左右への回避をやめ、向かってくる二人へ腕を振るう。お互いにとって、近接戦闘としてはまだ距離があるはずであった。
「っふん!」
静矢が護法を使い攻撃を受け流す。ディアボロは腕を振ることでちょっとした射程の斬撃を行っていた。
「流石!」
「事前情報にあったからな」
彰織は静矢の護法を信用して移動の勢いを殺していなかった。そのままディアボロにぶつかる勢いで煉獄の大鎌で突撃する。ディアボロは衝突の勢いで倒れるが、彰織は深く突き刺さった煉獄の大鎌から手を離すことで姿勢を保った。すぐにロムルス・レムスに持ち変える。
「鳳流抜刀術!」
ディアボロが立ち上がった瞬間、静矢が朧でディアボロを居合い斬る。
「リーガン、左のひらけた空間」
「了解」
連携攻撃にたまらず飛び出したディアボロは、アイリスの言った場所に移動した。既にそこは狙われている。アイリスはディアボロを牽制しながら地形観察も怠っていなかった。
「静矢くん、俺に仕留めさせてくれ。山の熊にはちょっと思うところがあるんだ」
「……終わらせるぞ」
「ありがとう」
彰織はロムルス・レムスを構えた。
●撃退士
智美の薙ぎ払いで決着はついていた。しかし、力尽き倒れたディアボロの首は深白の攻撃で跳ね飛んだ。
「うふふ、ねぇ、もう壊れちゃうの? 嫌だよ、ねぇ!」
「もう終わった」
「まだ、まだいるよね、きっとまだ――」
「深白!」
智美が深白を一喝する。深白は見開いた眼で智美を凝視する。光纏によりまとっていた禍々しい光が消えていく。
「……あんぱん、持ってきたの」
「ああ」
「……でも、キャロットケーキの、ほう、が、好き」
「ああ。彼らを下山させたら食べるといい」
「うん」
「メイシャのところに行くぞ。結構離れてしまった」
「……ばいばい」
メイシャは二人が到着すると、B地点に向かった仲間もディアボロを一体撃破したことを報告した。救助者の二人は智美と深白に対して心配しているような、怯えているような表情をしていた。
「大丈夫かい、智美ちゃんも、深白ちゃんも」
「ありがとうございます。ですが、大丈夫です」
「いや、感謝するのはこっちだ」
島崎は頭を下げた。樋高は深白を見ていた。
「……平気かい、嬢ちゃん」
「ん……お腹、減った……です」
「今はチョコしか持ってなくてね。食べるかい」
「どうも、です」
深白は樋高からチョコレートを受け取って、その場で食べ始めた。
「うまいか?」
「チョコ好き……だけど、キャロットケーキも、好き」
樋高は深白の頭を撫でた。深白はよくわからないという顔をしていた。
ロベルは背中の重みから解放されていた。背負っていた男は椅子に座らせている。麓には救急車が待機していたが、一服してからとお願いしたのだ。
「ほれ」
「ありがとよ。まさかまた吸えると思っていなかったよ」
煙草の煙が消えるまで、二人はなにも喋らなかった。
「ほら、行きますよ」
「へいへい。あ、あんた」
「なんだよ」
「ありがとな、本当に」
「……ああ」
ロベルはもう一本、煙草に火をつけた。
メイシャは救助者と、救助者からのお礼の言葉を聞いても、撃退士として当然のことをしたまでだ以上のことを言わなかった。ただ、しきりに手を組み換え何かを探すようにきょろきょろと、落ち着きがなかった。
「褒められていないのですか?」
「…………」
とうとう黙ってしまった。
「そこのお3人」
静矢がA地点捜索組のところにやってきた。
「ご厚意で飯を食わせてくれるとのことなんだが、誘われてるぞ」
「礼を受けることも礼儀だ。あやかろう」
「私はい――」
「めずらしい郷土料理だそうだ」
「……行こう」
料理好きのメイシャは、今後の参考にするつもりだった。
「私は……いい、です」
「礼を受けるのも――」
「おじいさんが、キャロットケーキ、食べさせてくれる、ので」
「……そうか」
アイリスとリーガンは彰織に付き合いみなを待っていた。
「ところで、きみは熊に因縁でもあるのかな?」
「……どうしてだ?」
「戦い方を見ていればわかるのだよ。照れて私から距離を取っていることもわかる。きみは私のような淑女的な女性が好みなのか?」
「しゅ、淑女的? いや、まあ、うん。熊については、撃退士になったきっかけでもあってな」
「なるほど。そういえばきみの助言のおかげで一歩淑女に近づけた。感謝する」
「年かさの男としてレディをリードするのは当然ですからね。もっとも、あなたは十分に淑女的ですよ」
「……やっぱこの2人、なんかすげぇな」
事件は犠牲者を出しながらも、撃退士達によって最少の被害で解決した。後日、久遠ヶ原学園に感謝状が届けられた。添えられた手紙の書きだしは、悪魔からの救済者へ。