「確実に転移するのは不可能だったか……」
リョウ(
ja0563)は言ってスマホの地図を見ていた。どうやら現場から東へ数キロ離れた場所に転移してしまったようだ。
一言で言うと、目標からキロ単位でずれることは珍しいことではない。
「急ぎましょうリョウさん」
牧野 穂鳥(
ja2029)は、促した。
「そうだな」
リョウは、ハンズフリーの無線に呼び掛けた。
「各チーム、状況はどうだ。こっちは東へずれた」
各チームとも似たようなものだった。
「了解した。それじゃあ、現地で会おう。幸運を」
二人は駆けだした。
前方に煙が立ち上っている。
「あそこだな……」
それにしても、とリョウは心中に一人ごちた。
(学園のシステムではどうしても後手になりがちだな……が、今はそんなことを考えている場合では無いか。これ以上被害はださせない……!)
牧野も胸の内に心して確認する。
(現場に痛ましい被害が広がっていたとしてもやることは明瞭です。嘆くより敵の驚異を迅速に退けることが最も皆さんの為になるはず)
「穂鳥、こっちから進もう。こっちはまだ雷鳥が来ていない。人々をこっちに誘導する」
「そうですね。分かりました」
二人は避難ルートを避けて逆方向から戦闘地域に入って行く。
通りに出たところで、二人は地獄を確認する。
破壊された建物に、炎上する自動車が横転している。人々は為す術なく立ち尽くしていた。
サンダーバードが、道路の真ん中に居座っていて死体をついばんでいた。
「みんなー! あっちへー! 向こうの反対側へ逃げてくれ! あっちへ避難しろー!」
リョウは走りながら大声で呼び掛けた。
穂鳥も大声で叫んだ。
「久遠ヶ原の撃退士です! みなさん急いで逃げて下さい! 早く! 逃げてー!」
茫然としていたぼろぼろの人々が顔を持ち上げた。
「撃退士……?」
「早く! 逃げて下さい!」
穂鳥は言って、立ちすくむ人々を揺さぶった。
「怪鳥が……こっちだ!」
リョウは加速すると、開放を解き放った。
「アクセス――」
自身を中心に黒い光の柱が立ち昇り、霧散と共に黒い残影を纏うニンジャヒーローの改良技。
サンダーバードは起き上がると、咆哮して突進して来た。
「影蝕――」
リョウは自身の影のくないを伸ばすと、サンダーバードの影を縫い止めた。
ぎりぎり……! とサンダーバードの動きが封じられる。
クエエエエエ――! とサーバントが咆哮する。
「遊んでいる時間はありません、黙ってお帰り頂けないなら焼却処分とさせて頂きましょう」
牧野はセルフエンチャント使用してから、続いて百渦殿を放つ。
「さあ、お熱いのはお好きでしょうか」
牡丹の炎が咲き綻び崩れ落ちると、地獄のそれにも似た煮え滾る池となり、直線40メートルを飲み込む炎の渦が立つ。
サンダーバードは焼き尽くされて絶叫した。
「むう!」
リョウはセイクリッドスピアに持ち替え、サンダーバードを突き刺していく。雷鳥の肉体か鮮血が吹き出す。再度影蝕で動きを封じると、連打を浴びせて行く。
牧野は腕を持ち上げると、爆椿伐を撃ち放った。椿の木と炎を孕む蕾の幻影が現れ、サンダーバードに落下。蕾が爆散して炎となって飲み込む。
サーバントは炎に包まれ、地面に崩れ落ちた。
リョウが串刺しにしたが、サンダーバードは息絶えていた。
「私たちは南へずれたようですね……」
七瀬 桜子(
ja0400)が言うと、鳳 静矢(
ja3856)は「うむ……」と頷いた。
二人ともスマホの地図を確認していた。
「早急に撃破し被害を最小限に留めねば……行こう七瀬さん」
「はい」
ジョーカーマスクの向こうから言う鳳に七瀬は答え、二人は駆けだした。
現場へ接近していくと、怪我人が倒れているのが目に入って来る。服はぼろぼろぼろで、出血していた。
七瀬は駆け寄った。
「しっかりして下さい」
「う……」
「どこが痛みますか?」
「あ、脚が……」
「鳳さん、お願いします」
「ああ」
鳳が怪我人の体を抱き起こし、七瀬は怪我人のズボンの裾を上げた。切り傷から出血していた。
「大丈夫ですよ。すぐに治りますからね」
七瀬はライトヒールを使用した。
「痛いの痛いの飛んでいけー」とお呪い。
傷口は見る間に塞がっていく。怪我人の顔色は良くなった。
「あ、ありがとうございます。あなた方は……撃退士ですか?」
「久遠ヶ原の学生です。さ、しっかり」
怪我人は立ち上がった。
「向こうで戦いが始まるだろう。私たちが今来た道の反対へ、逃げると良い」
鳳は言って、安全な方角を指差した。
回復した怪我人を送り出して、二人は現場目指して走った。
「これは……」
鳳はうなった。建物が破壊されていて、あちこちに焼け焦げた亡骸が横たわっている。
七瀬は顔をしかめたが、呼吸を整え、周囲を見渡す。
「サンダーバードはどこにいる……?」
二人は現場に入っていく。
――と、二人の足元に影が大きくなってきて、上空のビルからサンダーバードが飛び降りてきた。
「に――!?」
上空から湧き起こった竜巻に、鳳と七瀬はジャンプして後退した。
ズシン! と、サンダーバードが着地して、二人に向かって怒りの咆哮を向けた。
「来たな雷鳥……これ以上被害が出る前に倒させてもらうぞ!」
鳳は強撃使用でオートマチックP37を連射した。バン! バン! バン! と弾丸がサンダーバードを貫通する。
――キエエエエエ! と吹き出す鮮血に喚きながら、サーバントは雷を吐き出した。バリバリ! と奔る雷を、鳳は回避しつつ、オートマチックを連射した。
七瀬は星座図鑑を開くと、生みだされた流星の光でサンダーバードの翼を狙う。閃光が翼を貫き、切り裂いた。
鳳はさらに強撃で連射し、七瀬は周囲の状況を確認しつつ、星座図鑑での攻撃。見ると、小さな子供が泣きながら道路に出てきたところだった。
「鳳さんお願いします!」
七瀬は後退して、子供を抱き上げると、安全な場所へ避難した。
「いい子だから、隠れていてね」
七瀬は子供を置いて、再び戦場へ。
鳳は、刀に持ち替えると、紫鳳翔を解き放った。
「こいつを食らえ……! サンダーバード! 紫鳳翔!」
振り抜いた武器より、紫色の大きな鳥の形をしたアウルの塊が勢い良く飛び出し、眼前の敵を薙ぎ払う鳳の必殺技である。
紫の鳥が加速して、サンダーバードを真っ二つに切り裂いた。
ばたり、と肉片と化したサンダーバードは崩れ落ちた。
鳳が刀を収めると、七瀬が駆け寄ってきた。
「こっちは片付きましたね」
「ああ。こちら分隊B、敵を撃破した。これから本隊と合流する――」
「下手に知恵付けやがって……鳥頭の分際で生意気だなァおい」
マクシミオ・アレクサンダー(
ja2145)は、銀色の瞳に煮えたぎるような戦意を燃え上がらせ、サンダーバードを睨みつけていた。
巨大な怪鳥サーバントは、首を傾げてマクシミオを見下ろしていた。
「ユキホ、一般人の方は頼むぜ」
木ノ宮 幸穂(
ja4004)は頷き、周囲の一般人の保護に向かう。
「マクシミオ君、我儘言ってごめんなさい」
「気にすんな。ま、後で気持ちでお返ししてくれ」
マクシミオは軽く笑って、サンダーバードを睨みつけた。
「よお雷鳥、お楽しみと行こうや」
シバルリーを使用してから、小天使の翼と入れ替え戦闘突入。
「行くぜえ!」
天使の翼で上空に舞い上がると加速。旋回しながらアサルトライフルを連射した。ドウ! ドウ! ドウ! と銃撃がサンダーバードの肉体を貫く。
――ガアアアア! サンダーバードは雷を吐き出すが、マクシミオは受け止めた。
続いて、旋回しつつ火炎放射器でサーバントの翼を焼き払う。燃え広がる炎に、サンダーバードは苦痛の咆哮を上げる。マクシミオは落下したが、すぐさま小天使の翼で舞い上がった。
ゴオオオオオオ! と竜巻が地面を削り取ってマクシミオをかすめて行く。
「止めとけ、鳥が竜に勝てる道理が無ェンだ……って、理解出来ねえか――こいつで!」
突進したマクシミオはネフィリムを繰り出した。ぐんっ、とサンダーバードの喉元に潜り込むと、戦斧を突き出す。
「仲間を呼ばれちゃ厄介だ。声は潰させてもらうぜ!」
ズシュウウウウウ! とめり込む戦斧をマクシミオは横に薙ぎ払って、サンダーバードの喉を引き裂いた。ゴボゴボ……とサーバントの口から血が溢れだす。
木ノ宮はマクシミオがサーバントを引き付ける間に一般人達の保護、避難誘導を行う。
「うん……これくらい!」
木ノ宮は瓦礫を持ち上げ、下になっていた人を脱出させる。閉じ込められていた人々が数名出て来る。
「もう大丈夫だよ! 早く、逃げて!」
「撃退士ですか? 手を貸して下さい。怪我人が……」
「うん、大丈夫?」
木ノ宮は治癒羽を使い、一般人の傷を回復する。
「さ、歩ける?」
「あ、はい! ありがとう!」
逃げ出す人たちを見送り、安堵の息を漏らす木ノ宮。
「マクシミオ君……」
木ノ宮は戦うマクシミオを確認しながら、逃げ遅れた人の場所へ移動した。
呆然と立ち尽くす人がいる。木ノ宮は声を掛けた。
「早く! こっちです!」
相手は朦朧とした意識で、木ノ宮を見返す。
「早く! ――!?」
サンダーバードが口から血の泡を吹いて木ノ宮の方へどたどたと加速してくる。
木ノ宮は一般人の前に立ち塞がり、和弓を構えた。
――やらせない!
と、マクシミオが天使の翼で回りこんだ。シールドを展開して割り込み、ガードする。直撃を受け止め、マクシミオは咆哮した。
「温ェぜゴラァ! 俺を殺してえならこの3倍は持って来いッ!」
ネフィリムでサンダーバードの頭部を叩き潰した。炸裂する返り血を浴びて、マクシミオは崩れ落ちていくサーバントを見下ろした。
「大丈夫かユキホ」
「うん、ありがとうマクシミオ君。大丈夫?」
「ん……ああ、ちっとやられたがな」
マクシミオが舞い降りると、木ノ宮は治癒羽で回復しておく。マクシミオは吐息して、口許を緩めた。
「さて……見て回ってから、俺たちも行くか」
「みなさーん! 久遠ヶ原の撃退士でーす! こちらへ避難して下さーい!」
蒼波セツナ(
ja1159)は拡声機を使って今しがた倒してきたサンダーバードの方向へ人々を誘導する。
「久遠ヶ原の撃退士でーす! みなさんこちらへ避難して下さーい!」
普段冷静なセツナだが、今は声を出す時だ。
「みんな! こっちへ避難なのなのだー!」
フラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)も、青い髪を翻して張り叫んでいた。
「みなさんこちらです! 一刻も早く、動ける人はこちらへ! 急いで下さい!」
龍崎海(
ja0565)も拡声機で叫びながら進んでいる。
「撃退士のみなさん! 早く! 敵はあっちです!」
声を聞きつけてやってきた一般人に、犬乃 さんぽ(
ja1272)が応対する。
「ありがとう! 急ぎます! 住民の方はすぐに離れて下さい!」
「あれ? 翼ちゃんじゃないか?」
地元民は、翼の姿に気づいた。
「あ、おじさん……!」
「天魔が襲ってくる前、お母さんと町で会ったよ。無事でいるといいけど……」
「おじさんは逃げて!」
撃退士たちは前進した。
サーバントは荒れ狂っていた。あちこちに亡骸が横たわっているが、ビルの中には隠れている人々も沢山いるようだ。
「(赤いマフラーなびかせ)正義のニンジャ犬乃さんぽ参上!、お前の相手はボクだっ!」
犬乃は英雄燦然ニンジャ☆アイドル! でサンダーバードとロック鳥の注目を引き付けると、反対方向へ移動を開始した。
フラッペはアジュールでサンダーバードの翼を絡め取ると、ぐいと引いた。フラッペの万力に雷鳥の巨体が崩れる。
龍崎はアキュリスを投げつけ、サンダーバードを撃ち貫いた。続いてセツナが召炎霊符でサンダーバードを焼き払った。
ロック鳥たちは雷を吐き出してきたが、撃退士たちは回避して、加速した犬乃が蛍丸でサンダーバードの首を切り落とし、もう一体に龍崎がヴァルキリージャベリン、蒼波が召炎霊符を叩き込み、サンダーバードの体に上ったフラッペがアジュールでその首を引きちぎった。崩れ落ちる二体のサーバント。
ロック鳥は怒りの咆哮を上げ、全包囲に雷撃を飛ばした。撃退士たちは後退しつつ、雷撃をやり過ごす。
フラッペは、横転した車の影に人の姿を見つけると、Stride 『BlueHawaii』で加速。
「ニンジャにだって、弾丸にだって負けないっ……ボクには速さしかないのだ!」
フラッペは隠れていた人に声をかけた。
「大丈夫なのだ! さ、僕に捕まるのだ!」
「すいません……」
住人を抱きかかえて、ストライドで離脱するフラッペ。
「ゲリュオンと戦った後だと、小さく感じちゃうな」
ロック鳥を見た犬乃は言いつつ、壁走りでビルの壁面から召炎霊符で牽制。ゲリュオンは30メートルはあった。
蒼波は腕を持ち上げると、唇で「Ihnen wird nicht ausgewichen(汝、逃れることかなわず)」――音では「Geb Ihnen ein Verbrecher einen Freund(罪人よ、汝に友を与えん)」の理を刻む二重詠律呪文――連環なる裁きを撃ち込む。古の罪人たちの幻影がロック鳥を捕らえ、鎖で縛り付ける。ロック鳥は叫んだ。
龍崎はインパクトにスキルを入れ替え、戻ってきたフラッペはHammer Cock.で気を練り始めた。ジェットレガースに光り輝く蒼い風が巻き起こる。
鎖につながれ、大地にひれ伏したロック鳥。
「行くわよ」
蒼波は呪文を詠唱する。二つの呪文を融合させる同調融合詠唱。紅の魔法陣が重なり合って一つとなり、巨大な火球を生む。――残虐なる火刑が叩き込まれる。火球がロック鳥を焼き尽くし――
犬乃が飛び降り、ロック鳥の体に着地。
「マジカル☆ニンジャアクス、クロックアップ……これは亡くなった人達の痛みだよ、町の平和は返して貰うから!」
闇遁・闇影陣の連撃を打ち込めばロック鳥の肉体が凄絶に切り裂かれ――
「でやあああ!」
翼も拳を叩き込む。
龍崎が十字槍をインパクトでサーバントの眉間に叩き込めば、ズウン! とロック鳥が衝撃が震える。
「これでも……食らえなのだー! みんなの仇なのだ!」
フラッペはHammer Cock.のレガースをロック鳥の首に叩き込んだ。蒼い風が走り、ロック鳥の首を引きちぎった。
鮮血がほとばしり、その巨躯は崩れ落ちた。
静寂が訪れる。
事後――。
「終った……わね」
「あれ……?」
撃退士たちが見ると、翼が立ち尽くして、震えている。
「日向ちゃん?」
犬乃が見ると翼は泣いていた。
「お母さん……誠……」
マクシミオは頑張って声を掛けてみる。
「あー……怒らねーから。今は、泣いとけ。涙ってのァ、いざ流せなくなると辛ェから。泣ける間に、泣いとけ。ま……全部守れたら一番イイんだけどな。……儘ならねぇ、ぜ」
「あ、雨」
蒼波が空を見上げた。やがて雨はしとしとと降ってきた。
涙は、雨に流された。雨は、多くの人の血も流し去っていくのだった。