「ただいま入った情報によりますと、……町に久遠ヶ原学園から撃退士が向かった模様です。サーバントが町内を徘徊しているようですので、住民のみなさんは家の中から出ないようにして下さい……」
テレビを付けていた住民たちは、慌てて連絡を取り合い、扉に鍵を掛けた。
撃退士たちは到着すると、静かになった町で、外を出歩いていな者がいないか見やる。
「さて……忠先輩が気がかりですが……」
時駆 白兎(
jb0657)は言って、中山にメールを打ち始めた。今回の作戦の内容と、合流場所の公園についてメールしておき、自分の連絡先と、コールするように書いておいた。
「住民も心配だが先行した中山も心配だな。やれやれ、何もなければ良いが……」
昂式 玖真(
ja1383)は中山君に電話を掛けたが、やはり通じなかった。
「全く……世話の掛かる奴だな」
昂式が電話を切って吐息すると、弥生 景(
ja0078)が口を開いた。
「昂式さん、中山君やっぱり駄目っぽいですか?」
「そうだな、あいつ……大丈夫かね。どこかでのたれ死んでないだろうな」
「また昂式さんそんなこと……」
「冗談だよ。まあ無事だとは思うが……」
「どんなに強くても一人で動き回るのは、愛ちゃん、良くないと思うの。だから、なるべく早く忠兄様とも合流してお仕事に取りかかった方が良いと思うの」
周 愛奈(
ja9363)は、言って首を傾げた。この状況を愛奈なりに心配していた。仲間を失うのは嫌だったから。
「ま、中山君の件は彼自身の行動に望みをつなぐとして、あたしたちは、為すべきことを為しましょうか」
月丘 結希(
jb1914)は言って、一同を促した。
撃退士たちは行動を開始した。
時駆と石田 神楽(
ja4485)、イアン・J・アルビス(
ja0084)は警戒しながら町の中を進んでいく。時折獣のような咆哮が聞こえて来る。
「インカムのテスト、ワン、ツー、スリー、聞こえてるか?」
別の場所にいる桝本 侑吾(
ja8758)の声がインカムを通して聞こえる。
「こちら誘導A班。感度は良好ですね」
石田が仲間たちに頷きながら応えると、桝本の落ち着いた声が返って来る。
「オーケー、救助班はどうだ」
「こっちも聞こえてます」
弥生の声が返って来る。
「了解、それじゃみんな、宜しくな。状況報告していこうぜ」
「了解です。こちらは予定通り公園に向かいます」
イアンは応えると、石田と時駆を促して前進する。
と、通りで住人と出くわした。住人は武装した撃退士たちを見やり、状況をすぐには理解できない様子だった。
「久遠ヶ原の者です。今、町にサーバントが入り込んでいるのを御存じありませんか?」
時駆が言うと、住人は「いや……」と言葉を詰まらせた。
「近くに来てるのは知ってますけど……ここも危ないですか?」
天魔の攻撃は今や日本中どこでも起こり得るが、ちょっとこの人は感覚が鈍いようだ。
「今、ここはサーバントの攻撃を受けていますから、家に戻っていて下さい。少なくとも外を出歩くよりはましです」
時駆に諭されて、住人は慌てて駆けだして行った。
やがて、時駆たちは公園に到着する。周辺を確認しておく。民家が並んでいたので、それらを一軒ずつ回って、避難を呼び掛ける。三人は手分けして住人を集めると、別の家の住人に協力を要請して、離れた場所へ人々を退避させておく。
「僕達は撃退士です。すみませんが、天魔を退ける間、要請に従うようお願いします」
「みなさんの安全を考えてのことです。巻き込まれると私たちも防ぎようがありませんのでお願いします」
「戦いはすぐに終わりますから、少しの間だけ辛抱して下さいね」
三人は住人たちの理解を求めると、公園に戻った。
「避難はどうにか終わりましたね。では中山君を待ちましょうか」
……待つこと十分。公園に中山君が姿を見せた。
「お前らか。全く……お節介焼きだなあ」
「忠先輩、無事でしたか。時駆です」
時駆が歩み寄る。
「お前か。俺にメール寄こしたの。他にもメール寄こした奴がいるみたいだけど……」
それから、時駆は中山君に作戦状況を説明した。
「――と言うわけですので、忠先輩には救助班に回って欲しいのですが」
「めんどくせーが、まあ仕方ねえな……ここまで来られちゃあな」
「よろしくお願いします」
「わーったよ。じゃあ頑張れよ。連中の数は八体だ。こんなところにいたらすぐに見つかるぜ。ま、それも作戦の内か」
言って、中山君はその場を後にして、救助班のもとへ向かった。
「こちら誘導A班、中山さんとの合流に成功しました。救助班の方へ行ってもらいますので」
「こちら救助班弥生です。了解しました。中山君を拾っていきます」
「よろしく――」
「中山!」
葛葉が怒鳴り声を上げた。
「まあまあ葛葉さん、落ち着いて下さいよ」
弥生は言って、葛葉をなだめた。
中山は「ふーん」と鼻を鳴らしていた。
「だってあの子!」
「とりあえず、情報を聞きましょう? ね?」
弥生は手を合わせて葛葉を落ち着かせると、中山に向き直った。
「中山君、敵の情報を教えてもらえる?」
「敵さんは八体だ。町を走りまわってるが、どうもそんなに頭は良くないみたいだな。遠吠えとかで連絡取り合って動いてるが、幸いって言うか、まだそんなに被害は出てないと思う。町の人間は、俺の方で逃がせる連中は逃がしておいた」
「そう、ありがとう。それじゃあ、私たちの方でこれから一度町の人たちを避難させるから、手伝ってちょうだい」
そうして、弥生たちは分かれて移動を開始した。
「こちら誘導班、町の東でケンタウロスを発見。走り去って行ったが……注意してくれ」
昂式からの連絡を受けて、弥生と月丘は南へ迂回する。
道路を走りながら、月丘は人影を発見した。
「弥生さん、あそこ! お爺さんが畑にいます」
「行きましょう。すぐに避難してもらわないと」
二人は老人のもとへ駆け寄った。
「すいません。サーバントが近くまで来ているんです。すぐに家の中へ避難してくれませんか」
「何ねえサーバント? あんたらは誰かかね」
「久遠ヶ原の撃退士です。お爺さん、家はどこですか? 送りますから」
弥生はお爺さんの体をひょいと持ち上げると、駆け出した。
昂式、桝本、愛奈の三人は、遠くを走り去って行ったサーバントを見やり、追撃を掛けた。
「ケンタウロスか……さすがに速いな。地形も無視か」
「あの脚力は厄介そうだな」
昂式と桝本が舌打ちすると、愛奈は「ふむ」と思案顔。
「まずサーバントの数を減らさないと安心して逃げられないと思うの。逃がすわけにはいかないですね!」
「よし、行くぞ!」
三人は走りだした。
本気を出せば撃退士、凄まじい速さでケンタウロスに追いついて行く。
ケンタウロスは呆然とする通行人を飛び越え、雄たけびを上げて駆け抜けて行く。
「何なんでしょうかあのサーバント……走り回ってますけど全然周りを見ていないみたいですね!」
「こっちには好都合だ。追いつくぞ」
昂式は突進しつつ、通行人に声を掛けた。
「これからサーバントとの戦闘が始まります! 急いで家の中へ戻って下さい!」
「昂式君、奴がこっちに気付いたみたいだぞ。向かってくる」
「早く逃げて下さい!」
愛奈は後衛に入った。
三人は反転して、ケンタウロスの迎撃に向かう。
獣人サーバントは、独特の咆哮で、遠くの仲間と連絡を取る。咆哮が返って来て、遠くから足音が迫って来る。
桝本は足音の僅かな音を聞きつけた。
「こっちに来るな……二体くらいかな」
桝本はルーンブレイドに持ち替えると、挑発でケンタウロスを刺激する。
「こっちだ……来い!」
ケンタウロスは怒りの咆哮を上げると、足を踏み鳴らして、突撃して来た。
桝本は受け止めると、ブラストクレイモアを叩き込んだ。足を狙うと、強力な一撃でケンタウロスを転倒させた。
「食らえ!」
昂式はツーハンデッドソードを振り下ろした。ざっくりと、ケンタウロスの胴体に刀身が打ち込まれ、鮮血が飛び散った。苦痛に絶叫するケンタウロス。
愛奈は幻想動物図鑑からドラゴンを解き放ち、ケンタウロスに噛みつかせた。
やがて、二体のケンタウロスが合流してくると、昂式達は後退した。
「これ以上は、無理だな。住民に被害のない場所に誘導しなければな……」
三人は予定の公園に向かって走り出した。
ケンタウロスたちは、態勢を立て直すと、喚きながら追いかけて来る。
「それじゃあヒリュウ召喚始めます」
時駆は家屋の屋上に上がると、『白の揺り籠 ― エルナ』でヒリュウを召喚する。
「イアン先輩お願いします」
「タウントにこんな使い方もあったのですね、初めて知りました」
イアンは言って、エルナにタウントを掛けておく。
「よしエルナ、敵がやってくるから、うまく引き付けるんだ。敵が来たらこっちへ逃げて来い。いいな」
「キイィ」
エルナは鳴いて舞い上がると、敵の誘導を始めた。
遠方にいたケンタウロスはエルナを発見すると、咆哮して接近してくる。
エルナは旋回してケンタウロスを引き付けると、逃げ出した。
ケンタウロスは咆哮で連絡を取り合うと、次々と集まって来る。エルナ目がけて矢が飛んでくる。
イアンは前進すると、自分にタウントを掛けて、地上から引き付けに回る。
「では、こちらに来てください。そこで、戦うわけには行きません故」
ケンタウロスらは向きを変えると、イアンに突進してくる。
石田は家屋の上からPDW FS80で狙撃支援を行う。
「そちらへは行かせませんよ」
ドウ! ドウ! とエルナが矢の直撃を受ける。
「う……!」
時駆は胸を押さえた。
「大丈夫ですか時駆さん」
石田は自身の掌と時駆の腕の間に黒いカード状に固定したヒヒイロカネを挟み、それを媒体として対象に自身のアウルを流し込む。時駆のダメージが回復する。
「すみません」
時駆は召喚を取り消すと、公園に戻って行く。
「そろそろですかね」
石田はPDWを一撃叩き込んでから後退する。
矢が飛んで来るのを、銀の盾で弾きながら後退する。最後にタウントを使っておく。
「あなた達の敵はこちらです。他へ向かうなら、遠慮なく倒しますよ?」
ケンタウロスらが公園になだれ込んで来る。
イアンらは戦闘隊形を整える。
三体のケンタウロスが加速してくる。
イアンは受け取めると、裂帛の気合とともにブラストクレイモアを一閃した。ケンタウロスの首が飛ぶ。
時駆は召喚していたエルナでボルケーノを叩き込む。エルナは縦横無尽に駆け抜ける。ケンタウロスらを凄まじい勢いで薙ぎ倒して旋回する。
石田は黒刻で敵の脚部への狙撃を行う。赤い瞳が強く発光する。ドウ! とPDWがケンタウロスの足を打ち砕く。激痛が襲ってくるが、石田の表情は崩れない。
ケンタウロスの反撃をイアンは受け止めると、万力でブラストクレイモアを叩き込む。サーバントは真っ二つになった。
そこで、残りのケンタウロスと撃退士たちが合流してくる。両者戦闘隊形を取り、分かれる。
「始めてるようだな」
「お疲れさん。ここからはこっちも行くぜ」
昂式と桝本が前衛に入る。
ケンタウロスらが矢を放って来るのを、昂式、桝本らは受け止めつつ、前進する。ケンタウロスらは巧みに位置を変えながら矢を撃ってくる。ドカカカカカ! と昂式と桝本の体に矢が突き刺さる。
昂式は加速すると、ツーハンデッドソードを袈裟懸けに走らせた。大剣が空を裂きケンタウロスの足を斬り飛ばす。
桝本もブラストクレイモアを昂式が当てたサーバントに叩き込んだ。連撃を受けたサーバントは崩れ落ちた。
時駆はもう一度ボルケーノを解き放った。エルナが加速、突進。ケンタウロスを薙ぎ倒した。
弥生は矢をかわしつつ、モノケロースU25自動式拳銃を連射する。バン! バン! バン! とイアンらを狙って動くサーバントを撃ち抜く。リロード。
「あの足は何とか抑えないと……!」
石田は構えを取ると、黒業を撃ち放った。V兵器を自身の片腕に完全同化させ、腕そのものを黒く禍々しい『長銃』とする特殊術式。一度に三発の弾丸を撃つ出す石田のオリジナルスキル。ドウ! ドウ! ドウ! と同化したPDWから三連続攻撃。射撃後、肩部排出口から黒いアウルの残滓が放出される。上半身を吹き飛ばされたケンタウロスは崩れ落ちた。
愛奈は幻想動物図鑑からスキュラによる噛みつきでケンタウロスを貫く。
「百の訓練より、一の実戦。夢を実現させる為にあたしの成長の糧にさせてもらうわ」
月丘は言うと、ルーンブレイドを装備して、Evocation[Suzaku] Ver1.00.5を解き放った。
「陰陽術と言えば符だの呪言だの結印だの……正直カビ臭いわ。今は情報機器の時代よ! 陰陽五行が火行、朱雀……行きなさいッ!」
プログラム化した陰陽術を組み込んだ自作アプリケーション。起動する事で陰陽五行のうち火を象徴する朱雀を現出させ、目標に向けて飛翔させる術技である。朱雀がケンタウロスに突進、命中して小爆発を起こし消滅する。
「これが魔術と現代科学の融合よ!」
イアンも最後にトライデントでケンタウロスを串刺しにする。
「よーし行くよ! 愛ちゃんのスタンエッジを食らえなの!」
電気の閃光がマジシャンステッキから奔る。直撃を受けたサーバントがスタンする。
「頂く!」
桝本、イアンが加速、ケンタウロスを叩き斬った。
ケンタウロスはすでに半数が撃破されている。サーバントたちは後退するが、撃退士たちは逃がさなかった。
時駆、月丘、石田、弥生、愛奈らがサーバントの足を鈍らせ、追撃したイアン、昂式、桝本らが叩き潰していく。
残るケンタウロスらは最後の抵抗を試みたが、撃退士たちの集中攻撃を受けて全滅した。
……戦闘終結後
弥生は討ち漏らしが無いか町を見て回っていた。
「大丈夫みたいね」
それから、住民たちをの家を巡ってサーバントの撃破を報告しておく。
「ところで、最近この辺りで天使とか見ませんでした?」
「い、いえ……」
「そうですか……ふーむ」
昂式、石田もゲートの跡が無いか確認しておく。
「用心に越したことはない。何もなければ良いが……」
桝本は中山に言葉を掛けた。
「心配かけたって事を自覚しないと。君に戦う気がなくたって敵はそんなの知った事じゃない、経験を積んでる君ならわかるだろ? ま、でも、情報は役に立ったよ、有難う」
イアンは中山に関してフォローしておく。
「個人の力には限界が存在することをお忘れなく」
「はーい……」
「忠兄様良かったですね!」
「忠先輩お疲れさまでした」
愛奈に時駆も言葉を掛けた。
「ま、一件落着ね。さて、仕事も終わったし、帰りましょうか」
月丘が言って仲間たちを見渡す。
かくして、撃退士たちは久遠ヶ原への帰路に付いた。