十三人の撃退士たちが駆ける。
「催眠術なんて面白くない手段を使うのねェ……御姫様を連れ去るのは古今東西、ちからづく、が楽しいのにィ……」
黒百合(
ja0422)が言うと、 鈴代 征治(
ja1305)は地図アプリを確認しながら応じた。
「この先が神月がいたビルです。奴は理沙さんを連れている。そう早くは移動できないはずですが……」
「それにしても洗脳とは厄介な……。はあ、面倒くさい敵ですねえ。やることやったら、さっさと撤退しましょう」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は吐息した。
「騙して連れて行こうなんて許せねぇ」
浪風 悠人(
ja3452)の声には怒りが滲んでいた。
「浪風さん、そう熱くなるもんじゃないですよ」
「大丈夫ですよ。神月をぶん殴って借りは返します」
マステリオの言葉に浪風は静かに応じる。
「理沙さんはやまったらだめっすー! 神月は邪悪な使徒っす! あたしが行くまで待ってるっすー!」
ニオ・ハスラー(
ja9093)の言葉に天羽 伊都(
jb2199)が応じる。
「ん〜、こちらの地方の天界勢は何しようとしてるか分からないのでそこを考えるとまだ神月の企み自体は分かりやすくてイイですね! いや、良くないか……お姫様の救出ですね〜、丁重に持ち帰らないとご機嫌斜めになっちゃうかなあ」
「良くないっすよ!」
ハスラーはぶんぶんと頭を振った。
「最優先は囚われのお姫様の救出っ♪ 待ってて今助けるからね☆」
藤井 雪彦(
jb4731)が言うと、キイ・ローランド(
jb5908)は真面目に言った。
「お姫様は無事に取り戻せたらいいけど、その子を選んだのはなぜかな」
「女の子は神月に騙されてるんだよ。可哀そうに……」
藤井は言って、悲しげに目元を潤ませた。
「神月剛……光の魔術師で超能力者か……どんな奴なのかしら」
宮部ヒナ(jz0062)は言って、うなった。
と、やがて、撃退士たちは信じ難い光景を目にする。神月がいたと思しきビルの前に、大勢の人が集まっていて、みな手にバットや棒を持っていた。人々は、撃退士たちがやってくると、殺気だった顔で学生たちを見やる。
「神月さんの声だ!」
「来たぞ!」
「あれだ! 神の敵だ!」
「行けー! 掛かれー!」
人々は撃退士たちに向かって殺到して来た。
「ふざけるんじゃない!」
天羽が一歩踏み出した。光纏して黒く発光している。気迫を叩き込む。先頭の一般人は凍りついた。浪風と鈴代も気迫を叩き込む。
「みんな! 目を覚ますんだ!」
「分からないのか! 僕達は天魔と戦う者! 撃退士だ!」
人々はざわざわと囁き合って、畏怖の眼差しを学生たちに向ける。
(何をしているんですか? 邪悪なる神の敵を倒しなさい。彼らこそ、この町の侵略者。殺されてしまいますよ。さあ、行くのです。神の兵士達)
声だ。
「な、何っすかー!? 変な声が聞こえるっす!」
ハスラーは狼狽した。
「この声は……」
黒百合と鈴代、天羽は聞き覚えがあった。
「神月だわぁ……」
「テレパシー……ですか?」
人々は立ち直って来た。
「神の敵を殺せ!」
「殺せ!」
「行けー!」
わあああああああ――!
「撃退士を舐めるんじゃないわぁ……」
黒百合は飛んだ。人々の頭や肩を踏み台にして、押し寄せる群衆を軽々と飛び越えていく。それに続いて、仲間達も群衆を乗り越えていく。とんっ、とんっ、とんっ、と、軽々と飛び越えた学生達は、呆気にとられる群衆を後にして、加速した。
「みんな! あとで催眠は解くっすからー!」
人々は追いすがったが、撃退士のスピードに勝てるはずがない。学生たちはぐんぐんと引き離していく。
「神月めふざけた真似を〜」
藤井は悔しそうに言うと、宮部も頷いた。
「あんの野郎〜、逃がさないわよ!」
それから数分後、追撃する撃退士たちは怪しげな光を確認する。
「見つけましたね。あれが光っていた天魔でしょう」
鈴代が地図アプリを確認する。
「ちょっとストップですね。地図を確認しましょう」
それから撃退士たちは、神月らへ攻撃を仕掛けるポイントを打ち合わせしておく。
「それじゃあ、私は迂回するわぁ〜」
黒百合はいったん仲間たちから離れる。壁走りで地形を無視して襲撃ポイントへ。
……神月は、予知能力と千里眼で撃退士たちの接近を確認していた。
「仕方ありませんね……学園生。ここまで来るとは……」
神月は騎士たちを展開させると、テレパシーで周辺の僅かな住人を呼びだした。
「神月さん、どうしたんですか?」
騎士に抱えられていた理沙が、下ろされて不安そうに問う。
「敵が来ます。理沙さん。私から離れないで下さい」
「は、はい!」
理沙は神月にしがみついた。神月は理沙を抱き寄せると、腕を持ち上げた。ブウン……と、光の魔法陣が神月の周囲に幾つか浮かび上がる。
天羽は、集会に参加したことのない催眠に掛かっていない人々を避難させておく。
「ここは今から戦場になる可能性があります、直ちに退避して下さい、怖い獅子が出ますよ」
「い、今通っていった怪物が!」
「大丈夫ですよ〜。避難して下さい」
「は、はい! ――おいみんな! 逃げろ! 久遠ヶ原から撃退士が来たって!」
「……来たか」
神月は、前と後ろから来る撃退士たちを見据える。
(撃退士たちよ、逃げなさい。近づけば、この娘を殺す)
神月のテレパシーが飛んできた。
「それだけ目立つ行進をしてたんだ。この状況を待ってたんだろう? 本気でそのまま帰れると思ってたんならとんだ滑稽な奴だな」
ローランドは笑って、タウントを使用した。光の騎士が咆哮して加速して来る。ローランドは怪異剣「志屍御陵」を抜刀して一閃した。ローランドと騎士が交錯する。
……ぐらり、と騎士が真っ二つになって崩れ落ちた。
「やるならやってみろ。自分はそんな女のことなど知らん」
「ちょっ! ローランド君!」
宮部は素っ頓狂な声を上げた。
「いい度胸だな学園生」
神月の瞳がきらりと輝く。
「こっちだ神月。逃がしませんよ」
マステリオはショウ・タイム発動。襲い掛かってくる光の騎士をスネークファングで撃ち貫いた。どさり……と倒れ伏す騎士。
催眠に掛かった人々は、茫然とその姿を見つめている。
「か、神月さん……こいつらは!」
「行きなさい。その者たちは神の敵です。理沙を奪いに来たのです。――行け!」
神月の激昂した声に、ハスラーが対抗した。
「皆さん目を覚ますっす! 天魔を引き連れたそいつは普通の人間じゃないっす! しゅとらっさーっすよ!!」
藤井も拡声機を取りだす。
「あーサーバントだぁー」
それから、
「皆さん撃退士の誘導で避難してくださーい」
「……!?」
人々は我に返っていく。
「て、天魔だ!」
「逃げろ!」
我先にと逃走していく人々で、場は混乱し始めた。
(撃退士たちよ……無駄だ……お前たちは抗うことのできない運命の中にいる。脆く弱いその絆で、何を語る気だ若者たちよ。この世界は弱肉強食。人間など、滅びゆく運命にあるだけだ。我が手に落ちるが良い)
神月のテレパシーを聞きながら、浪風は全力跳躍で飛んだ。
「神月!」
「む……」
神月は咄嗟に理沙を引き寄せ、魔法陣を前に出した。浪風は魔法陣を切り裂いた。
「その子を返してもらう!」
「ほう」
直後、鈴代が神月の死角から体当たりして来た。
「――!?」
理沙と神月が離れる――。
黒百合は、上空にいた。陰影の翼に加えて遁甲の術で気配を殺していた。
「それじゃあ行くわよぉ……」
黒百合は加速した。凄まじい速さだ。撃退士の常識すら超える学園最高レベルのトップスピード。最速五秒で100メートル以上を駆け抜ける。神風。
神月も目を疑った。いや、そんな余裕も無かった。超高速で黒百合は理沙に接近する。
「頂くわぁ……」
「な!?」
神月の狼狽した顔が黒百合の視界に残った。そのまま理沙をかっ攫うと、迅雷の追加移動で離脱する。
「御姫様を攫うのはいつだって悪魔の役目よォ……魔術師は野郎には似合わないわァ……♪」
そして隼突きで先手を取ると、再び全力移動。黒百合はビルの合間に消えた。
「ちょ……! 離してよ!」
理沙は暴れた。
「お姫様、死にたくないでしょお……?」
デビルブリンガーを突きつける黒百合。理沙は青ざめた。
「じっとしてなさいよぉ……♪ ていうかぁ……まだ神月を信じてるのぉ……?」
「神月さんは私に力をくれるのよ! 両親を殺した化け物を倒す力を! 私は何だってするわ! 邪魔しないで!」
「あらぁ……♪」
黒百合は笑った。
「ご両親は生きてるわよぉ……♪ そんな風に神月に騙されたのねえ……」
「生きてる? う、嘘よ! 私はこの目……で……」
そこで、理沙は倒れて意識を失った。
「さぁて……どうしようかしらねぇ……」
呟き、黒百合は理沙の手足を縛っておいた。黒百合は吐息して、その場で待機した。
神月は茫然と黒百合が去った後を見つめていた。
「戦場で茫然としている時間があると思うなよシュトラッサー!」
浪風と鈴代は神月に襲い掛かった。しかし、二人の打撃は立ちはだかる光の魔法陣の盾に阻まれた。
「…………」
神月はまだ茫然としている。
その間に、撃退士たちは騎士たちとの攻防を繰り広げた。
「追跡はさせねーし……呪縛陣!」
藤井は結界を展開する。騎士の動きを束縛すると、続いて天羽が切り掛かった。
「魔を切り裂く黒獅子の太刀! ですです〜!」
騎士を一刀両断する。マステリオとマステリオとローランドも騎士と打ち合う。
「浪風さん! 気をつけるっす! 神月は終わってないっす!」
ハスラーは胸騒ぎを覚えて叫んだ。浪風はちらりとハスラーを見やり、頷く。
宮部達は周辺の民間人の避難に向かい始める。
「分かってますハスラーさん。こいつ……爆発しそうな何かを持っている」
浪風はセイバーを構えつつ距離を保つ。
「僕達の勝ちだ神月。理沙さんは返してもらうぞ」
鈴代が言うと、神月はゆっくりとうつむき、体を震わせた。まさか……泣いているのか? そんなわけはない。
「くく……くくく……はははははははははは! あははははは! はーはっはっは!」
神月は天を仰いで笑いだした。
「狂ったか?」
浪風は悪寒を覚えた。ぎらり、と神月の表情が一変する。
「やってくれるじゃねーかガキども。まんまと一杯食わされたぜ。あんな高速飛行で理沙の奴を掻っ攫っていくとわよお。ええ?」
神月は面白そうだった。
「久々に秋田に来てみりゃ、面白れえこともあんじゃねーか? ああ? まさか……ひっく! この俺様が一杯食わされるとはよお! くそガキどもが!」
神月は腕を持ち上げた。巨大な光の十字架が浮かび上がる。
「出でよロザリオ! ビームクロス=光の十字架!」
閃光が十字架の形に駆け抜ける。撃退士たちは白熱に焼き尽くされた。
「あっちち!」
天羽も目を剥いた。マステリオは空蝉で回避していた。
ブスブスブスブス……と、浪風と鈴代、ハスラーの体から煙が上がる。
「さすがはシュトラッサー」
「やりますね」
「回復するっすー!」
ハスラーはライトヒールで二人を回復させる。
「行くぞ神月!」
「はあああああ!」
鈴代と浪風は連続攻撃を仕掛けた。ウェポンバッシュの連打。鈴代のバッシュで吹き飛ばされた神月はバレーボールのように浪風の二発目のバッシュで吹っ飛んだ。
「アターック!」
神月は地面に転がった。
「くそ……がきどもが……」
神月は立ち上がると、笑みをこぼした。
「おや、私としたことが。少し大人げなかったですねえ。これくらいで少し本気になってしまうとは……。まだまだ私にも神の試練が足りませんか」
神月は冷徹な仮面を纏うと、踵を返して撤退した。騎士たちも後退する……。
「理沙!」
父親と母親が、理沙に駆け寄る。父と母は、理沙を抱きしめた。それを見ていた黒百合は、微かに笑みをこぼした。
「お見事でした黒百合さん」
鈴代は言って、黒百合の肩に手を置いた。
「いやあねぇ……みんなの連携が良かったからよぉ〜……そちらこそ体を張った支援に感謝だわぁ……」
「神月剛。タフな奴です。あの十字架はやられましたね」
「まあ……仕方ないわぁ……相手はシュトラッサーだものぉ……」
ハスラーは、仲間たちの回復を行った後、町の人々の催眠を解いて回る。
「神月は逃げたっすー! みなさーん! 目を覚まして下さーいっす!」
「はーい! そうでーす! スペシャルな撃退士のみんなが、天魔を撃退士ましたー!」
宮部もハスラーとともに走り回っていた。
「理沙さん、無事で何よりでした」
浪風が声を掛けると、理沙は笑った。
「ありがとうございます。みなさんが来なかったら、私、どうなってたか」
「まーったく心配させるんだから。まあ、良かったよ。間に合ってね」
ローランドは、手を頭の後ろで組んで、肩をすくめていた。
「シュトラッサーの催眠も厄介でしたねえ……一般人が大勢襲ってくるから……また気をつけないと」
マステリオはトランプをめくった。ジョーカーだった。
「良かったねえ☆ 理沙ちゃんも無事だったし、町のみんなも助かりそうだし♪ ただ、神月の真意が今一つ分からなかったね。何か裏がありそうな気がしたけど……まあ良かったのかな」
藤井は言って、肩をすくめた。
「とりあえず、町のみんなを元に戻しませんとね。それが終わったら、みんなできりたんぽ鍋食べに行きましょう!」
天羽は笑って言った。すると――。
「じゃあ、私の家に来て下さい」
理沙が言った。
「うち、父と母が居酒屋をやってるんです。きりたんぽ鍋、食べて行って下さい」
「わーい☆ ありがとうございます!」
それから、撃退士たちは数日かけて町の催眠を解いて行く。学園から咲森を呼んで、集会場に集まった人々にも神月との戦いの映像を見せておく。やがて、催眠効果は波紋が広がるように破れていき、大館市に日常が戻って来た。
撃退士たちは理沙の実家を訪れた。
「いらっしゃい!」
エプロンをした理沙が元気よく出迎えてくれた。
「こんにちはぁ……」
「どうも理沙さん」
「どもども」
「こんにちは」
「来たっすよー!」
「きりたんぽ食うぞー!」
「理沙ちゃん元気そうだね☆」
「まさか鍋が食べられるとはねえ」
撃退士たちは鍋を囲む。
「皆お疲れ様でした! まあ……まだ秋田の乱は終わらないでしょうけどね」
宮部は言って笑った。
「うーし! 私は飲むわよー!」
「ちょっと……なんで咲森先生がいるんですか?」
鈴代が呆れたように言うと、光は笑った。
「良いじゃないの。気にしないのよん」
「お待ちどう様です〜」
理沙が料理を運んでくる。きりたんぽに地鶏や野菜を沢山。それからジュースに先生のアルコール。
「かんぱーい!」
「お疲れさまでーす!」
「きりたんぽ頂きます!」
天羽はさっそくぱくついた。
平和に戻った町で、あるいは束の間の時間か、撃退士たちはひとときの勝利の余韻に浸る。この平和がいつまでも続くことを祈って。