如月亭に学生たちが集まる。みな、がやがやと部屋に入っていく。
「兄様、前に座って良いですか?」
緋月(
jb6091)は言って、綾羅・T・エルゼリオ(
jb7475) に笑いかけた。
「ああ……」
「それにしても兄様の服……」
緋月は微笑む。
エルゼリオは和服の着流しに角袖コートを身に付けていた。
「……ん? この国の伝統的な民族衣装だと聞いたんだが――何処か可笑しいか?」
「いえ……とても素敵です」
地球人とは美しいものを考えると思う。
「ほら、お兄様! 色んな鍋がありますよ……! 兄様はどの鍋にしますか?」
「緋月に任せるよ」
「それじゃあ豆乳鍋を頂きましょうか」
それと……緋月はメニューを見ていた。
「鶏の唐揚げと茶碗蒸しも頂きましょうか。私は烏龍茶にしますね。兄様は何にしますか? 兄様は飲み物、お酒でも飲みますか?」
「いや、俺も烏龍茶で。後は緋月に任せるよ」
「はい♪」
緋月が注文する。
そうして、各自のオーダーが済んで、鍋の用意も整うと、乾杯の準備が完了する。
「では諸君! 今年一年もお疲れ様! 乾杯〜!」
咲森光がグラスを掲げると、
「乾杯!」
とグラスを打ち合わせる。
すでに最初の具材が出来あがった鍋に学生たちの箸が伸びる。
「しぃちゃんお疲れ様! 今日は付き合ってくれてありがとう!」
鷺坂 雪羅(
ja0303) が言うと、九条 白藤(
jb7977) は笑った。
「せつ君もお疲れ様!」
コラーゲン鍋の具材をよそってあげる白藤。
「ほな食べよ〜。せつ君♪ はいどーぞ!」
(……せつ君、うちより二つも下なんやもん……お肌綺麗やしなぁ……)
「ほあ、しぃちゃん、ありがとなんだよ?」
(これはでーとっちゅうやつやろうか〜)
せつ君といると優しい気持ちになれる。でも、今度デートする時は二人きりになりたいかも……。
「しぃちゃん。どうしたの? 空中で箸が止まってるよ?」
「こうしてせつ君と一緒にいると、嬉しゅうなってくるな〜。な、良い感じのお店やなあ。見て見て、あのライトのオブジェ、何か変わってる〜」
「ほんとだねえ」
「これが『鍋』か。……ほう、なかなか美味い」
豆乳鍋を食すエルゼリオ。
「中々まろやかな味わいだな」
「はい、兄様。お肉がありますよ! 熱いので気を付けて下さいね」
エルゼリオは微かに笑う。どこか自嘲的な笑みだが。
「それにしても、他にも本当に色んな鍋が有るんですねぇ……」
その横顔を、エルゼリオは見つめて口許に笑みを浮かべた。こうして平和でいられるのも悪くは無い。
(人間界に堕天して、早半年か……。時の流れはとは残酷な物だな)
緋月を追い、天界から人間界へと堕天したのが初夏。天界とは違って四季があり、日々の変化目まぐるしい人間界に身を置いていると、時の流れを嫌という程痛感する。
(天界では気にした事も無かったのに、な)
天界では、「個」としてよりも「歯車の一部」として、戦いに身命を捧げる日々が当然だと思っていた。勇敢に戦って武勲を立てる以外に自分の存在価値は無く、そうする事が一族の誇りでもあった。――しかし、天界での全てを捨ててでも失いたく無い物が俺にもあったのだ。
(このまま、人間の兄妹の様に。仲睦まじく、平穏に暮らせるものなら…)
「虫の良い話だな」
「あ! 兄様、から揚げと茶碗しがが来ましたよ!」
緋月は兄の分も取り分けて、から揚げを口に運ぶ。
「ふわぁあぁ……! 肉汁いっぱいっ! 美味しい…っ!」
龍崎海(
ja0565)は昨年に引き続き参加。一年とは早いものだ。
(あれから一年か。翼も立ち直ったみたいだね。というか、初回忌は……、今話すことじゃないか)
「どーも! 龍崎先輩! 私の顔に何か付いてます〜?」
「ああ、いや。翼も随分と女の子らしくなったね。髪伸ばしたんだ」
「へっへっへ♪ 何でか分かります?」
「何でなの?」
「それは秘密だよ〜!」
「随分と浮かれてるなあ」
龍崎はビールに口をつけた。言って、しゃぶしゃぶの肉に箸を伸ばした。
「今年もお肉、いただきます」
龍崎は肉を口に入れた。
「溶けた」
龍崎は笑ってしまった。
「お肉って溶けるんですねえ……」
翼は不思議そうな顔だった。
「キムチ鍋もすっかり日本の食卓に馴染んでしまいましたね〜」
紅葉 公(
ja2931)は言って、豚肉と野菜を椀に取った。
「ん〜、体が温まりそうですねえ」
「うぃ〜今年もお疲れ様だよ〜」
紅葉のところへやって来たのは天羽 伊都(
jb2199)。酔っぱらった振りをしている。
「あら、天羽さん、すっかり御機嫌ですね♪」
「紅葉お姉さんもお疲れ様だよ〜、今年一年ありがとう〜」
天羽は言って、キムチ鍋に箸を伸ばした。
「うーい、キムチ鍋どうっすかあ?」
「おいしいですよ」
「ほんじゃま一口……!? う……! か、辛い!」
天羽はむせた。
「あはは♪ 天羽さん可愛いですね」
紅葉はデジタルカメラでぱちりと天羽を撮った。
「ふいー……じゃあまた紅葉さん」
それから天羽はてっちりをつついているルナジョーカー(
jb2309)のもとを訪れた。
「やあルナさん。うーい、いかがっすか〜」
「何だ? 天羽かよ」
ルナはにかっと笑った。
「今年は友達が多くて大変ですよ〜。人気者は辛いですねえ」
「何言ってんだお前。お前の人気なんぞたかが知れてるだろうが」
「俺の人気知らないんですか〜?」
「まーったく調子に乗りやがって」
ルナは笑ってふぐを口に運んだ。
「ま、そのお前さんの人気、この大泥棒様が盗みに行ってやるっつーの」
それから、天羽は鍋奉行ぶりを発揮している竜胆 椛(
jb2854)に話しかけた。
「椛さん! ういーっす!」
「あら天羽さん、さっきから得体の知れない社長さんがうろついてるってみんな言ってるよ」
「みんなひどいなあ」
「何か食べる? お肉が良いのかな?」
「ごめーん、まだ食ってないんだ。すき焼き頂戴♪ 肉取って肉」
「はいはい。待ってね」
椛はすき焼きから肉をたっぷりとると、天羽に渡してあげた。
「ありがとう! いっただきまーす!」
天羽は肉にかぶりついた。
「椛、お前も食べねえと。せっかくの忘年会で鍋奉行じゃ」
ルナが言うと、椛は「大丈夫だよ♪」と笑った。
「ジョーカーさんも肉いりますか?」
「おう。せっかくだしな。肉入れてくれ」
「はいはい」
椛はすき焼きから肉をたっぷりとると、ルナに手渡した。
「みなさん、手の届かないものがあったら言って下さいね。私が取りますから」
椛が言うと、紅葉が三人の様子をデジカメでぱちり。
アヤカ(
jb2800)はビールをがんがん飲んでいる。
「ニャハハハハハ☆ 忘年会ニャ〜☆」
アヤカは咲森と飲み比べをしていた。海鮮鍋を突きながら談笑している。
「咲森先生行ける口にゃ〜」
「そっちもやるわねえ」
「二人ともざるねえ」
紅葉はくすりと笑って、デジカメをぱちり。
そこへ乗り込んでいく天羽。
「どーもどーも、ういーす、天羽です〜」
「あら社長さん」
アヤカはおかしそうに笑った。
「いやー、美女二人映えますねえ」
「ニャハハ☆ そう言うことは好きな子に言ってあげると良いのニャ〜」
「そうそう。ここは悪魔も逃げ出す地獄の女子会よ〜」
「はっはっ」
天羽は後ずさりした。その様子を写真に収める紅葉。
「そろそろ日本酒にゃ〜☆ 先生いかがかにゃ〜」
「おー、受けて立つわよ」
「カニすきニャ〜。何でカニちゃんはこんなにおいしいのかにゃ〜」
殻をむいてあるカニをしゃぶしゃぶ。アヤカは次々とカニを平らげていく。
「そしてこれニャ〜。たまらんニャ〜」
蟹の甲羅に日本酒の燗を入れて、カニ味噌と混ぜて網焼きでぐつぐつ。
「うまそうですねえ」
天羽が覗き込むと、アヤカは笑った。
「大人になったら試してみると良いのニャ〜。出来たかニャ☆」
甲羅酒をぐぐぐいっと飲みほしていく。
「ん〜、珍味ニャ〜」
「アヤカはいいなあ……お酒が飲めて」
黄昏ひりょ(
jb3452)が言うと、アヤカは「ニャハハ☆」と笑う。
黄昏は龍崎に向き直った。
「そう言えば、龍崎さんには文化祭の時は景品頂いてありがとうございました。いい記念になりました」
「いえいえ。そんな大したことはしてないよ。黄昏君には俺も世話になったしね」
「おー、英雄とツーショットですか」
天羽が黄昏の隣に腰掛ける。
「やあ社長さん。すっかり人気者だな」
「これでボクの人気も決定的だよね!」
「はいはい」
黄昏は、キムチ鍋の方に箸を伸ばした。
と、紅葉がこちらにカメラを向けていることに気づく。
「あ、どうも紅葉さん」
「はい。じゃあ一枚いきますね♪ 黄昏さん」
「僕も僕も!」
「龍崎さんと日向さんも入って」
「ああ。よろしく」
紅葉はぱちりと一枚。
「今日は写真撮影が忙しいですね」
黄昏が言うと、紅葉は笑った。
「良い感じに撮れましたよ。ほらほら」
紅葉が写真を見せてくれる。
「ほんとだ。後でもらえますか? そうだ、良かったら、紅葉さんも写真撮らせて下さいよ。みんなと一緒にどうですか?」
黄昏は携帯を取り出した。
「いいですよ」
紅葉は黄昏と場所を入れ替わる。
「みんな笑って下さいね。はいチーズ!」
黄昏は写メを撮っておく。
「うち、今まで別々やったけど……やけど、これからは一緒や。思い出も、一緒に作ろな?」
白藤が嬉しそうに言う。
「せや、お正月とかうちおせち作るよって、九条屋の皆で過ごそうや」
「おせち? 僕もお手伝い、するんだよ? しぃちゃんの料理美味しいから、楽しみなんだよっ」
雪羅は言って、お酒を飲んでいる仲間を見やる。
「僕も飲めるようになったら、一緒に飲みたい、な……っ」
「せつ君が飲めるようになったら……一緒に飲もな?」
そこで龍崎が話題を振った。
「去年は忘年会のあと『天魔大戦』だったよね。あれで聖槍を確保したことで、その後の戦いが有利になったよね」
「そうねえ……」
咲森が思い起こすようにつぶやくと、みな暫し箸を休めた。
「東北はその聖槍を使って少将に挑んだね。聖槍を持っても挑むのはきつかったのに、生身で囮を務めた皆には畏敬の念を抱くね」
「アラドメネクか……」
エルゼリオが呟く。今やその名を知らない者はいないだろう。報告の記憶を辿る。
「四国は……、手に入れたばっかしだったし、東北、京都って大活躍だったね。尚更、万全に直ってほしいね」
「……凪だったか? 無事で何よりだったが」
ルナが肩をすくめる。
「四国はいずれ騎士団と決着つけたいね」
「謎の多い連中ね」
「京都は、今だからだけど、ちゃんと対策を取っていればザインエルを倒せたかもって思ってしまうね」
「天の剣は強かったですけど、京都のゲートは破壊されました!」
天羽の言葉に、一同思いを巡らす。
黄昏が言った。
「ちょうど学園に来て一年になります。激動の一年でしたね。楽しいこともたくさんあったけど、辛い事、悲しい事もかなりあった。多分辛い事の方が比重が多かっただろうな……」
黄昏は肩をすくめた。
「来年は自分のできる範囲でいい。少しでも楽しい事(周りメンバーも含めて)を増やしていけたらいいなと思う。来年は今年以上に皆の笑顔を守れるよう精進したいですね」
「まあ、戦いだけじゃなく、学園生活、修学旅行や進級試験はどうだった? 俺は父島に行って、ちゃんと進級もできたよ」
龍崎が言うと、紅葉は笑った。
「流氷ファンタジー、とても綺麗でしたね。幻想的で、良い思い出になりました」
「僕は香港へ行ってきましたよ!」
「香港楽しかったですよね。私も色んなドレスを着て楽しかったあ」
「大英帝国ツアーは眠れなかったぜ……はは」
「富山湾の幸を食べ尽くしたニャ〜☆ おいしかったニャ〜」
「百万久遠を掴みとれってキャッチフレーズでしたけど、函館の夜景も綺麗でしたね」
修学旅行に行った者たちにとっては良い思い出になったろう。
そんな様子を紅葉が写真でパチリ。
「そう言えばクリスマス、学園の方でも何かするのかなぁ」
龍崎が笑って言った。
「クリスマスですねえ〜」
宮部ヒナ(jz0062)が笑った。
「本当ならサンタコス倶楽部のかき入れ時なんですけどねえ……」
「クリスマス……悪魔が祝っていい物なのかニャ?」
アヤカは「ニャは☆」と笑みをこぼす。
「まぁ、あたいは普通に七面鳥を食べてシャンパンを飲むニャが〜☆」
「あ、初詣は賑やかだと雑誌で見ました。何か走って福を狙う行事もあるとか」
緋月が言うと、黄昏が言った。
「それは中々ハードな行事ですよね」
黄昏はおかしそうだった。
「年明けと同時に本殿目がけて走りだすんでしたっけ。あれは男祭りですよねえ」
「私見たことは無いんですよ」
「テレビでやってますよ」
緋月は嬉しそうに頷き、エルゼリオに向き直った。
「兄様、初詣、一緒に行きましょうね! きっと楽しいですよ」
「……初詣か? ま、悪くは無い、よ」
「ニャニャ〜、そろそろカラオケでもやるかニャ〜☆ こう見えても、天魔アイドルでも頑張ってるから、歌は大得意ニャ〜☆」
アヤカが美しい声で歌い始めると、みんなそれをバックコーラスに鍋をつつき始めた。
「じゃあ年越しそばお願いします!」
「天羽君、まだ年越しは先よ」
「お!? どこかで見たと思ったら宮部さんじゃないですか」
のろけ話を始める天羽。
「恋してますか? 恋ってやつはですね、唐突に訪れるものなんですよ。それはまるで雷に打たれた感じって言うんですかね。思い立ったら吉日ですよ!」
「え〜? 天羽君の恋人って誰なの〜?」
やがて鍋も〆。みなうどんやラーメン、雑炊に舌鼓を打つ。紅葉がパチリ。
それからデザートが運ばれてくる。
白藤はケーキを食べながら、雪羅のシャーベットをちらちら。
「せつ君、ちょびーと、ちょびーっと一口もろてもえぇ?」
「ひとくち? うん、いいんだよ? はい、しぃちゃん、あーんっ」
「え? あ……え!?(真っ赤になり一瞬停止)〜……っ(そーっと口の中へ運び)」
白藤はちょっとドキドキ。雪羅はケーキをじっと見て口を開けておねだり。
「しーぃちゃん…っ♪(あーんと口を開け)」
「せつ君、じゃ、あ〜ん」
緋月は、デザートの後に、エルゼリオに神社で買ってきた御守りを渡す。
「兄様、良かったら……。兄様はいつも無茶するから(困り笑い」
やや驚くエルゼリオ。
「“オマモリ”か。有り難う……緋月」
御守りを大切に袖の中に仕舞う。
「それじゃあ、記念撮影するよ〜」
龍崎と紅葉がカメラのタイマーをセットする。二人もみんなの列に入った。
全員笑顔でカメラを見つめる。
パチリ!
その瞬間、白藤が雪羅の頬を突つく。頬を突かれ、少し驚いた表情のまま撮られる雪羅。
「しぃちゃんしぃちゃん……! 僕、びっくりしたんだよ……っ」
雪羅は真っ赤になって抗議する。
涙目でお腹を押さえて笑い震える白藤。
「や、せやかてお約束ってあるやんか……!」
「じゃあみんな、お疲れ様〜!」
如月を出たところで、みなそぞろに解散。
かくして、忘年会は無事終了したのでした。