撃退士たちはディメンションサークルを抜けて海辺に降り立った。
……人を脅かす天魔がまた……そんな日常は続いてばかり。でも、だからこそ私は緋き破魔の刀を握ります。心穏やかに人々が笑えるその時まで……。
赤い髪がさらさらと海から吹く風に流れる。織宮 歌乃(
jb5789)は戦闘用制服の肩に掛かる赤毛を軽く払うと、スマホに目を落とした。福井市沿岸の地図を表示してある。
「ここからディアボロの出現ポイントまでは少し距離がありますね……」
「故郷を、家族を守る為に久遠ヶ原に来たんだ。今やらないでどうする? って事だよな」
七神 蒼梧(
jb6309)が言った。生まれは福井。
「この辺りは小さい頃来たことがある。昔とそう変わっちゃいない。道案内は任せてくれ」
初依頼が故郷を守る依頼になるとは……七神は数奇な運命を感じずには居られなかった。
「汚物は消毒しないとねェ……死者は大人しく地面に埋まってろォ♪」
おかしそうに笑ったのは、黒百合(
ja0422)。日欧ハーフなのか、肌は白く瞳は妖しげな金色。長い黒髪が海からの風に揺れる。
「まだ被害は出ていないようだな。情報通りか」
佐藤 としお(
ja2489)は町の方を見やった。人々が何かを叫んで走っているのが見える。
「今ならまだ犠牲を出さずに行ける! 地元の機関と連携して、住民の安全を確保しないとな」
佐藤は改めて地元の消防に電話を掛ける。
「あ、もしもし。消防ですか? 久遠ヶ原の撃退士ですが……え? はい。そうです……。早速……」
そんな佐藤を見やりつつ、Erie Schwagerin(
ja9642)は赤い髪をかき上げた。Erieはドイツ人。
「市街地で戦闘ねぇ……被害は最小限に止めないと、お小言貰っちゃうかもぉ。まだ攻撃は始まってないみたいだし、アドバンテージを取るためにも、上手い事誘い込みましょうか。黒百合ちゃん囮は任せたわぁ〜」
「アハ♪ オーケー」
黒百合は頷き、金の瞳を町に向ける。
「では、私の方でも警察に連絡を入れておきますか」
セレスティア・メイビス(
jb5028)もスマホの画面を切り替え、地元警察に電話を入れた。
「もしもし、すみません。久遠ヶ原の学園生です。たった今到着しまして……はい……はい……そうですね。私たちは急いで現場へ急行、天魔を食い止めますから、住民のみなさんの避難はサポートして頂きたく……はい……そうですね……」
「リビングデッドめ……! 人々を守るため、僕は戦う!」
光纏した御剣 真一(
jb7195)の爪が伸び、獅子の耳と尻尾が生えた。光纏すると獣人化するのだ。
「ここは何としても死守だ! 天魔の侵入を絶対に許さない!」
御剣が熱く言うと、七神は「おう!」と答えた。
「遂に来やがったってところだがな……とうとうここにも天魔の手が伸びてきたかよ!」
「天魔の侵攻は絶望的ではありますが……私たちが守らねば……私たちにしか出来ないこともあります」
歌乃は静かに穏やかにしっとりと言った。赤い髪が風になびく。
黒百合は悲しげな瞳をの色。
「攻撃を受けるたびに、背筋が緊迫して、心臓がどきどきするわぁ……戦いが迫れば、私も嫌でも感じることもある……」
「戦いが来るたびに、私も感じるのよね〜。ざわめきをねえ」
Erieは真っ赤な髪をかき上げた。赤いドレスが魔女。目は黒く染まり、瞳は怪しく翠に光っていた。顔の左半分に破壊のルーン文字が浮かび上がる。
「俺は……全力で拳に掛ける!」
七神はガツン! と拳を打ち合わせた。
「皆気合入ってるね。この際天魔にぶつけると良いよ。俺たちが出来るのは小さなことかもしれないけど……」
龍崎海(
ja0565) は言って、福井市の撃退士組織に連絡を入れた。
「はい、福井撃退所」
「すみません、久遠ヶ原の学生です。担当の方をお願いできますか」
「少しお待ち下さい」
ややあって、龍権院静香が電話に出た。
「担当の龍権院よ」
「久遠ヶ原の龍崎です。状況を再確認させて下さい」
「いいわ――」
それから龍崎は、静香と情報をやり取りする。その中でレイの名前が上がった。
「そのレイさんも、こちらへ向かっているのですか?」
「ええ。やっぱりあなた達の方が早そうね」
「レイさんと連絡取れますか?」
「繋いでみるわ」
レイの声が出た。
「もしもし? 久遠ヶ原の学生だって?」
「レイさんですか? どうやら、私たちの方が早く着きそうです。敵が分散して行動とかされると対処し辛くなるので、先に戦端を開かせてもらいますね」
「ああそう! 分かったわ! こっちも急ぐ! たーっ、もうこの七半早く走れっての!」
レイはそれだけ言って通話を切った。
「ということね」
静香の声が再び返って来た。
「そっちで先に対処して。宜しく頼むわね。消防と警察にはこっちからも念を押しておくわ」
「はい」
龍崎は携帯を切った。
「よし、それじゃあ急ごう!」
撃退士たちは駆け出した。
「A班、そっちから敵さんが見えるか」
七神が通信機を介して言うと、佐藤が答えた。
「銃のスコープで捉えてますよ〜。……何か、蝋人形みたいな怪異だな。天魔と言うか、ゆっくり動いてるのが、凄く不気味な感じだ」
ソーサラーとファイターは、無意識で動いているようなリアルさだった。
「黒百合。ここからだと、みんなが逃げている方角とは離して、東の郊外の山道へ誘い出そう。それが無難だな」
七神は、思案顔でスマホの地図を指差した。
「了解したわァ……。それじゃ予定通り私がまずは注意を引いてみるから、みんな援護をよろしくねェ……♪」
黒百合は壁走りで駆け抜けると、ディアボロを標的に捉え、建物の上部から壁面に足をくっつけて、射撃体勢に入った。スコープを覗き込む。
「まあ、可愛いお顔ねェ……」
黒百合はトリガーを引いた。
ダダダダダダダダダ……! と、銃弾がソーサラーを直撃する。ボワワワン……と、ソーサラーの周辺に魔法陣が浮かんで、銃弾を受け止めた。ダメージは入っているのだろう。ソーサラーはのけ反ってびくびくと震えていた。
「鬼さんこちら……手の鳴る方へェ……♪」
黒百合はライフルを撃ち続けた。
ディアボロたちが黒百合の姿に気づいた。
ディアボロの群れは、ゆっくりと歩き出した。どうやって動いているのか分からないが、ファイターもほとんど足を動かしていない。直立したまま滑るように前進してくる。
黒百合はニンジャヒーローを発動する。
ディアボロが急加速する。
黒百合は屋根の上を走って逃走した。途中、ライフルをもう一発叩き込んでおくと、反転してデビルブリンガーを取り出し逃げ出した。
「お待たせェ…」
黒百合は仲間たちが待つポイントへ降り立った。
「お疲れさん」
龍崎が言って、阻霊符を展開した。
ディアボロたちはこの一本道へするすると入ってくる。
「速いな……」
龍崎は魔法書を構えた。
「行きますっ」
メイビスは天翔弓にスマッシュを込めて矢を放った。ビュン! と矢が空を貫き、先頭のファイターを直撃する。
「こいつでも……食らえ! これ以上はやらせん! この福井はな!」
七神は碧空を万力を込めて振り下ろした。ソニックブームの衝撃波が奔る。ザン! と、衝撃波がファイターを側面から切る。
「行くぞ! 忍法胡蝶!」
龍崎が横撃。魔法書を開くと、無数の煌めくバタフライがファイターに絡みついた。
「グオオオオ……!」
ディアボロは咆哮した。
黒百合は腕を一閃すると、爛れた愚者の御手を解き放つ。ドロドロの血まみれの腕が地面から持ち上がり、ファイターに叩きつけられる。ブワッシャアアアア! と、泥濘と血がファイターを包み込んだ。
「ガオオオオオオ――!」
もう一体のファイターの剣から衝撃波が飛び、七神を切り裂いた。
「く……! 何を!」
七神はアンドレアルファスを取り出し、物理攻撃上昇をセットする。
「福井の地はやらせねえ!」
ファイターが突進してくる。するすると、軽業師のように剣を繰り出して来る。
「とう!」
龍崎は十字槍を回転させて弾き返した。
「そうはいかないぞ! もう一度胡蝶……!」
そのまま十字槍を振り下ろす。今度は黒いバタフライがさざめきを上げてファイターを包み込む。
「撫でてあげるわァ…‥♪」
黒百合は続いて御手を解放した。再び泥濘と血が弾ける。ボワワワワン……と、ソーサラーは魔法陣で受ける。ファイターは固まった。
「行けえええええ!」
アンドレアルファスを引き絞った七神は、胡蝶で朦朧としているディアボロに矢を叩き込んだ。
「みんなの故郷を、やらせねえ!」
カン! と、矢がファイターの眉間に突き刺さった。
「行っきま〜す! 集中攻撃! 天魔さんにセレスティアアタッーク! 大好きな食べ物はヨーグルト! これお約束!」
メイビスはスマッシュを叩き込んだ。ドウ! と、矢がファイターの胸を貫通する。
「そーれそれ!」
龍崎は十字槍を一閃した。ファイターの首が飛ぶ。
「お仕置きお仕置きぃ♪」
黒百合が突進、黒霧使用のデビルブリンガーでファイターを真っ二つにした。
と、ソーサラーが高速多重詠唱で同時に四つの亡霊を召喚して飛ばしてきた。
「おお!?」
龍崎はびっくりして受け止めた。
「マジック…♪」
黒百合は全弾回避する。
「ソサラにはやっぱり要注意ねェ…」
「すっごーい! 多重召喚! 私初めて見ましたー! オンラインゲームでしか見たこと無かったです!」
メイビスは意外に感動して嬉しそうだった。
「でもこのゲーム、まだこれからですっ! だって仲間がまだいますもん!」
「早く終わらせたいぞ! と!」
七神はもう一体のファイターに矢を叩き込む。
龍崎、黒百合が連続攻撃でファイターを寸断する。崩れ落ちるディアボロ。
「……よし! 行くぞ! さすがはみんな! 完璧だね!」
御剣はそこで、感情を爆発させた。
「……あんまり見られたくはないが……人々を守るためなら……!」
――ガオオオオオオオオン! 御剣は獣人化した。その姿は獅子。獣人と言うより、もはや獣化と言っても良い。
――オオオオオオオン!
「緋獅子の祈り、お見せしましょう」
歌乃は雪村を抜いた。真紅の刀身が鮮やかに煌めく。赤い髪が流れ、雪村を抜いた歌乃は剣客撫子。
「そいじゃあ始めるかい。挟撃作戦始動。奇襲攻撃、行こう!」
佐藤が言って、Erieが赤いドレスを翻す。
「行きましょうかしらねえ。闇も、魔も、落ちてなお、あがき続ける美しさよ」
撃退士たちは飛び出すと、攻撃を開始した。
佐藤がアサルトライフルで銃撃を開始する。ディアボロファイターは背中を撃たれてのけ反った。ダダダダン! ダダダダン! 銃撃が激しくディアボロを貫く。
「行くわよお〜 ファイヤーブレイク!」
Erieが前進。腕を持ち上げれば、巨大な火球が出現した。感じるこの魔力……魔女たらんとするこの血がほとばしる感情となってErieの中で渦巻く。頭上の火球を腕を回して回転させる。ギュンギュンギュンギュン……。
「そーれえぇ行きなさい!」
Erieは腕を振り下ろした。ゴウ! と火球が加速する。大気を灼熱で焼き尽くして、火炎はディアボロの群れに激突した。炸裂。火炎弾が爆発して、ディアボロを焼いた。
「この椿花が風刃、死者への弔いです」
歌乃は加速した。真紅の気が歌乃を包み込む。鮮やかな椿の気のごとき。赤が舞う。輝く。散る。さんっ……と、真紅の雪村から放たれるは真紅の無数の気刃。真紅のきらめきが舞い散る。
「鎮まれ……椿姫風……」
ディアボロファイターに赤の気刃が直撃。切り裂かれたファイターは赤い石化になって固まってしまう。
「ガアアアアア!」
獣化形態の御剣が加速する。猛然と疾走して、地を蹴る。舞い上がった御剣は、回転してアルラキスを叩き込んだ。旋風脚が石化したファイターの頭部を砕いた。
直後――。
残る一体のファイターが御剣に突きを繰り出した。ドゴウ! と御剣は吹っ飛んだ。
「ガアアア……」
御剣は爪を地面に突き立てて踏みとどまる。
「仲間に手出しはさせないよ!」
佐藤は回避射撃でディアボロファイターを撃った。銃撃がファイターをよろめかせる。その剣先が空を切る。
「アアアア!」
御剣は再び大地を蹴った。疾風の如く、猛然と加速する獣。獅子。
「ガオオオオオオオ!」
アルラキスを切り揉み回転でねじ込む。ドゴオオオオオ! とファイターの骨が砕ける。
歌乃は続いて椿姫風を放った。彼女の赤い髪が気とともに舞い上がる。再び赤い気刃がディアボロファイターを襲う。舞い、爆ぜる真紅。
直撃――。
ピキイイイイン――! と、ディアボロは赤い石像と化した。
一気呵成に行く撃退士たち。石化したファイターを破壊する。
Erieはソーサラーに向かうと、腕を持ち上げた。ディアボロソーサラーは、B班と交戦していて今は前を向いていた。
「Demise Theurgia-Grausam Areadbhar-」
両手で包み込んだ空間に、灼熱の黒槍が浮かび上がる。燃え盛る、黒に染まった英雄の宝具だと言う。心の闇を火種に燃え上がり、あらゆるものを燃やし尽くす。
「撃て」
Erieは腕を振り下ろした。黒槍が加速、ソーサラーに突き刺さった。魔法陣が浮かび上がったが突き破った。貫通。
ソーサラーは咆哮して、反転した。バババッ! と腕を振りかざして、三連続で氷と炎と雷を繰り出す。
Erieの周囲に着弾する。赤いドレスがなびく。
「そこまでだ! もうてめえ一人、逃がしはしねえぞ!」
七神は咆哮した。
ソーサラーは腕を持ち上げる。魔法陣がいくつも浮かび上がる。
黒百合と龍崎は加速した。デビルブリンガーと十字槍が魔法陣を突き破る。
ソーサラーの腕が飛ぶ。
「飛べ! 当たれえええ!」
佐藤はアサルトライフルの照準を合わせると、破魔の射手を打ち込んだ。青い弾丸がダダダダダダダダ! とソーサラーを貫通する。
「あれえ? 何か勝ってしまいそうです〜。We win!」
メイビスは、天翔弓をどんどん叩き込んだ。矢が直撃する。
「逃がしはしません。命を奪う魔、此処で断たせて頂きます」
歌乃は加速。至近距離まで踏み込み呪血。鮮血が奇跡を描く。真紅が天魔の防御を切り裂く。
「緋刃の剣歌の元、散りなさい」
御剣はタタタン! と突撃して、アルラキスをまたねじ込んだ。ソーサラーの上体が跳ね上がる。
「これでも食らえ……くそ天魔!」
七神は矢を打ち込んだ。
ドウ! と矢がソーサラーの眉間を貫通した。びくん、と痙攣するソーサラー。ぐらり……と後ろに倒れ伏した。ソーサラーは絶命していた。
撃退士たちは事後処理に向かった。
レイが合流して来て、お礼を言った。
「借りが出来ちまったなあ……でもサンキュ」
七神は携帯で地元の親戚に電話を入れた。
「ああ、もしもし? 蒼梧だけど……うん……戦闘は終わったから。俺学園に戻るから、実家によろしく言っといて」
七神は吐息して町の様子を見渡した。正直疲れた。
福井の空に、平和が戻ったのだった。