「リョウ(
ja0563)先輩、罠作りは順調ですか」
森の中で作業を進めるリョウに、宮部ヒナ(jz0062)が声を掛けた。
「まあな」
「ピアノ線ですか……」
ヒナは、森の中にピアノ線を張り巡らせていくリョウの姿に見とれて?いた。
「しかし、カーマインはどうするかな……」
リョウはワイヤーを取り出して、息を零した。魔具であるカーマインはリョウの手から離れてしまえば、アウルの流れを失ってヒヒイロカネへ戻って消えてしまう。リョウは首を振った。
「まあ、ワイヤートラップは、難しいか……。カーマインを張ったら俺も光纏して持っておかないといけないしな。仕方あるまい。皆に伝言頼めるか宮部。後は穴を掘ったら俺も待機する」
「はい」
「それから、お前さんには、敵が集まったところでの範囲攻撃を頼んでおきたい。よろしく」
「分かりました〜」
ヒナは歩きだした。
「ナヴィア(
jb4495)先輩」
「ヒナさん」
ヒナはナヴィアに駆け寄った。ナヴィアは地面の草を結んで、サーバントの足を引っ掛けてみようと簡易の罠を作っていた。
「リョウ先輩の方は順調に進んでいるみたいです。もうすぐ終わるそうですから」
「そう。私もまあこれくらいにしておこうかしらね。天魔に草が利くかどうかって言うと、難しいところもあるかもね」
「そうですねえ……」
これまで確認されたこととして、実際のところ天魔は装甲車でも止められないのだが……。
何 静花(
jb4794)は、森に潜伏していて、ワイヤーのグリースを張る用意をしていた。グリースは魔具であり、光纏した静花がアウルを送っている間は実体化して残っており、約4メートルのグリースを罠として張ること自体は不可能ではない。静花が接近戦でサーバントに挑むなら可能な使い方であろう。余談ではあるが魔具の同時展開は不可能である。
ナヴィアから離れたヒナがやってくると、静花は手を止めた。
「お前か。何か?」
「リョウ先輩とナヴィア先輩の方も罠作り終わりそうです。何先輩は無事ですか」
「無事に見えないか?」
「い、いえ……」
ヒナは少し焦って、冷や汗をかいた。
「準備は順調ですかね」
「そうだな。まずはサイボーグ一匹、確実に釣らせてもらう」
「そうですね。神月剛がどう出るか……ですねえ」
「神月か。厄介そうな奴だな。シュトラッサーにしては人間臭い。何か強いこだわりがありそうな奴だしな」
「まあ、敵はぶっ飛ばすまでです」
「ぶっ飛ばされないようにしろよ」
「はーい」
ヒナは静花のもとを離れた。それからヒナは、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)のもとを訪れた。
ゼロもまた、罠を張っていた。悪戦苦闘している。
トリモチは対天魔と言うことで用意は可能だった。ゼロはトリモチを敷いて、サイボーグの進路に並べておいた。
苦戦するのはワイヤーの方である。中々うまい具合の木が見つからない。ワイヤーを張り巡らせると言っても、長さ4メートルか6メートル程度のワイヤーで「張り巡らせる」のは困難だ。それに、先述したように、撃退士の手から離れてアウルの流れが途絶えてしまえば、魔具はヒヒイロカネの中に戻る。なので、ゼロは自分が隠れられてなおかつ接近戦にならない場所を探すのに苦労していたわけだが。
「ゼロ先輩、大丈夫ですか」
ヒナが声を掛けると、ゼロは木の上から「ああ?」と顔を出した。
「おお宮部か。お前何しとんねん」
「いえ、別に、メッセンジャーガールですね。連絡係です」
「同じことやんけ。大事なことやから二度言うたんか? それで、連絡係が何か持って来たんか?」
「あ、はい。罠設置の方はみなさん進んでいます。そろそろ準備も終わりそうですよ」
「そうか〜。ほな、俺もここはいい加減腹くくるか。ワイヤー使ったらサーバントの間近やけど……上の方か影のところから行くか」
ゼロはクラレットを張っておく。
「先輩気をつけて下さいね」
ヒナはそれから他の仲間たちのところへ戻る。
佐藤 七佳(
ja0030)は神凪 宗(
ja0435)と話していた。
「サイボーグ天魔って、見たことあります?」
「はてなあ……。どうだったかな。ん? 宮部が戻ってきたか」
「罠設置の方、終わりそうです」
ヒナはスマホを見せて、地図を拡大してみた。
「この辺なのね」
七佳は頷く。
「しっかし神月! さらった人たちをどこへやりやがった!! さっさと返さねぇとぶっ飛ばす!」
獅堂 武(
jb0906)は拳を打ち合わせた。
「まさに! 人類の平和に天羽あり! 天魔の目論見には黒獅子ありっすよ!」
黒い鎧を着たダークヒーローらしき天羽 伊都(
jb2199)は、黒い拳を持ち上げた。
ナヴィアが戻ってくる。
「さーて完了完了っと。サイボーグどこからでもおいでなさいな」
しばらくすると、援軍の撃退士たち6人が到着する。彼らにフォローを頼み、神月らが来るのを待つ。
そうして――。
天魔たちは透過能力で木々を通り抜けて、撃退士たちの前方からやってきた。
罠の先に神凪など万全な撃退士が出るのは、連携が難しそうなので、ここは罠の存在を生かして、万全な撃退士たちは罠の後方で待機することにする。
「……来るぞ。さて、この体でどこまでやれるか……」
リョウは双眼鏡を下ろすと、分身の術を発動。上空のヤタガラスの方を見る。見えないがどこかにいるのだろう。それから後方の仲間たちに連絡を入れて位置につく。
阻霊陣発動――。
サーバントはトリモチと草の輪とピアノ線を意に介する風も無く前進して来た。これらは慰めにもならなかった。天魔を止めることが出来るのは撃退士のV兵器のみだ。天魔は天魔。この世界の法則が通用する相手では無い。だがもちろん、だからこそ撃退士たちは存在するのだが。非情な言い方をすれば、一つの見方としては、戦場においては対天魔最終兵器とも言うべき人類の切り札。撃退士もまた超常の力を身に付けた者たちだ。
気配遮断で完全に「消えた」リョウは、アサルトライフルを連射した。
銃撃を受けた神月らは、立ち止って周囲を見渡す。
「撃退士か……早いな……」
神月は手を差し出し、周囲一帯を思念で探った。
サイボーグソルジャーらは、目からレーザーを出して、前方をスキャンし始めた。
「…………」
しばらくすると、神月らは再び前進し始めた。サイボーグソルジャーは散開するが、リョウが銃撃して牽制する。
「そこや!」
ゼロがクラレットを引っ張った。ワイヤーがサイボーグソルジャーに絡まって、ビン! と張る。
「おい! 撃て!」
ゼロの合図で、サポートの撃退士たちも銃撃を開始した。
サイボーグソルジャーらは軽くのけ反って、銃撃を受け止めていた。
ピポパポ、ピポパ、と、サイボーグの体のセンサーのようなものが点滅する。
神月の前には、光の魔法陣が展開していて、銃弾を弾いていた。
「街に近づけるわけにはいかないのでな。ここで足止めさせてもらおう」
リョウは言って、移動した。サポートの仲間たちと携帯で連絡する。
「おい、連中を集めておけ。弾幕を張る」
リョウは再び狙いを定めると、銃撃を開始する。前方のサイボーグソルジャーに狙いをつけて、誘導するように弾幕を張る。
ゼロは木から木へ飛び移って後退し、着地すると、オートマチックを取り出した。
「サイボーグかアンドロイドか知らんが、天界の雑魚が。しつけが必要やな。まあ、魔界にも傍若無人な奴多かったけどな!」
オートマチックを連射する。ドウ! ドウ! ドウ! と、サイボーグソルジャーを狙い撃つ。
「ち……当たらんか。まあしゃあない! 今は、出来ることをするまでや」
ゼロは振り返るように片手でオートマチックを撃ちながら敵を視認しながら後退する。
と、サイボーグソルジャーが光線銃を取り出して反撃に出る。不可思議な光線が空を貫く。
リョウとゼロらは後退しつつ、銃で牽制する。
直後、ピカ! と光線銃の先が爆発して、シャワー光線が放たれた。
「おお!?」
ゼロは転がるように逃げた。
サイボーグソルジャーは光線をばら撒いた。リョウも伏せて交わす。
「見えるか」
リョウは携帯で仲間たちと連絡を取る。
「見えてます。リョウさん気をつけて」
七佳は言葉を返した。
静花は、前進してくるサイボーグソルジャーがグリースに掛かったところで、思い切りワイヤーを引いた。グリースがサーバントにめり込む。ギリギリ……と、グリースが悲鳴を上げる。サイボーグソルジャーはグリースを強引にほどいた。静花は後ろに転がった。
「む……」
静花はサーバントが接近してくるのに、ナックルバンドで流れるように無型・鑚剄を打ち込んだ。ドウウウウウ! と衝撃がサイボーグソルジャーを揺るがす。サーバントはくらくらと行動不能になった。
「援護射撃」
静花は後ろを見やる。味方が行動不能に陥ったサーバントに銃撃を浴びせる。静花は続いて、万力を込めて掌底突きを叩き込んだ。サイボーグソルジャーは吹っ飛ぶ。
待ち受けていた撃退士たちが態勢を整える。
「行くわよー! 炎陣球!」
宮部が炎を召喚して、叩き込んだ。火炎が炸裂する。
続いて七佳が「光翼」で加速する。光が背後に噴射され、光翼の高速で駆ける。ガントレットに仕込まれた暗器を構えると、サイボーグソルジャーに「封意」を叩き込んだ。暗器が突き刺さり、サーバントを行動不能にする。
「あなたを倒す……っ」
七佳はサイボーグソルジャーの瞳を見据えた。どこか暗い悲しみが込み上げて来る。だがそれも、戦いの高揚感に押し流される。
「続いてえ! はあああ……!」
ナヴィアが加速する。アズラエルアクスを構えて突進。ナヴィアは咆哮して闇鳴で強化された重量級の一撃を叩き込んだ。アクスがサイボーグソルジャーの肉体に深々とめり込む。バキバキッ! と、装甲が引き裂かれた。
「それじゃあこっちも行きますよ! 天羽ダークヒーロー!」
天羽は漆黒のツヴァイハンダーFEを持ち上げると、大地を蹴った。雄たけびを上げて襲い掛かる漆黒の天羽。翔閃で襲い掛かる。高速三連撃で三体のサイボーグを叩き斬る。分厚い黒剣はサイボーグソルジャーを薙ぎ倒した。
ピポパ……パピポポポ! パパパパパパパパパ! スタンを受けていない二体のサーバントはジャンプすると光剣を抜いてアクロバットに錐揉み回転しながら反撃に転じる。
「に……!」
七佳は高速打撃を受けて吹っ飛んだ。ナヴィアも吹き飛ばされた。二人とも大地を転がる。
「ほう……撃退士か。相変わらず無茶な連中だ。何度でも立ち上がり、地を這い、天界に立ち塞がる。無駄なことだ。天界の天使から見れば、地球人など歩き始めた弱小生物に過ぎん」
白い魔法陣に包まれた神月は、微笑を浮かべて歩いてくる。
「んだとてめえ!」
武は激昂した。
「みんなをどこへやった!」
「みんな?」
「キャンプをしていた人たちだ! 連れ去ったんだろう!」
「ああ……何を言うかと思えば。彼らは意識を失っただけだ。私の催眠術で意識を奪っておいた。何も覚えていないだろう」
「な……」
武は言葉を失うのに、神月は笑っていた。
「それは有り難いがね神月」
神凪が赤い前髪を払って進み出る。
「随分と言ってくれるが、地を這うのは、お前の方だ」
ロンゴミニアトを構える。
「おいおい、シュトラッサーごときが何言うてんねん」
ゼロはオートマチックを構えながら言った。
「天界から見た弱小生物は、お前とちゃうんか。俺は悪魔やけど、シュトラッサーなんて天使に比べたら所詮下僕やで。可哀そうな奴や神月」
「我々は所詮、血ぬられた道。お前たちが戦いの中でもがき苦しむように、私はお前たちの血で未来を描く。悪魔の血が混じったところで、何も変わるまい」
「かーっ、臭い台詞やな。そんなこと言うシュトラッサー珍しいわ」
そうこうする間にも、サイボーグソルジャーとの戦闘は続いている。
静花はドム! ドム! と連撃を加え、サイボーグソルジャーを叩き伏せた。銃撃にぼろぼろになるソルジャー。サーバントが手を伸ばして震えているのを、静花は両手を組み合わせて、それをサイボーグの頭に振り下ろした。サイボーグソルジャーは崩れ落ちる。
七佳は建御雷をぶつける。魂切で効果は1.5倍。サーバントは凄絶に切り裂かれる。電気が弾けるように飛ぶ装甲。
「頑強な装甲、狙うなら継ぎ目っていうのは基本だけれど……当てにくいなら装甲ごと断ち切るまでよ」
「倒れな、さい……!」
ナヴィアがアクスを振り下ろせば、サーバントは真っ二つになった。
「さて……どんなものかな」
リョウはライフルを構えて、戦況を見やる。
天羽は翔閃を連発して、黒い暴風となってサイボーグソルジャーたちを切り捨てる。ソルジャーたちは怖気づいたように後退する。
神月が動く。腕を持ち上げ、光の魔法陣を移動させる。
「こいつを食らいやがれ!」
武は氷晶霊符を解き放った。符が氷の刃に変身して神月に襲い掛かる。刃は神月の魔法陣に突き刺さった。
「獅堂!」
神凪は加速して、ロンゴミニアトを突き出した。神月は魔法陣で受ける。
「よっしゃあ!」
獅堂は金剛夜叉を構えて突進した。刺突。と、神月の側面にもう一つ魔法陣が出現して、獅堂の一撃を受け止める。
「雷遁・雷死蹴!」
神凪はそこへ雷遁を叩き込む。神月は微かに眉ひそめた。
続いて神凪は、神月の死角へ回り込み、エネルギーブレードを抜いて高速二連撃を叩き込む。
神月の魔法陣が破壊された。手応えはあった。
「この畜生シュトラッサー!」
獅堂は、神月の魔法陣に手を当て、符を叩き込んだ。また魔法陣が破壊されて、刃は神月に突き刺さった。
神月は軽く手を振り、光波動で神凪を薙ぐ。神凪は空蝉で回避。
そこで立ち止まり、神月と撃退士たちは向き合った。囲まれる神月。
「お前一人が強くてどうする、お前一人で済むなら戦いなんか起こる訳無いだろ」
静花の言葉に、神月は血を払った。
「戦いなら毎日起こっている。シュトラッサーは特別に見えるのだろうがな」
神月は手を持ち上げた。
と、撃退士たちの視界が蜃気楼のように揺れる。
「な、に……っ」
神凪、獅堂、ナヴィア、七佳、静花、天羽らは、動けなくなった。視界が朦朧とする。
神月は腕を薙ぎ払うと、光の爆発連弾で撃退士たちを薙ぎ倒した。
神月が一歩踏み出したところで、リョウとゼロが銃撃を打ち込んだ。ぱっと血が舞う。
神凪、獅堂、ナヴィア、七佳、静花、天羽らは直後には反転して起き上がる。
「援護する!」
リョウが叫ぶと、撃退士たちは反撃に出た。全員で連続攻撃を神月に叩き込む。
獅堂は刀印を切って八卦石縛風。
さすがの神月が魔法陣を盾に後退する。
ゼロは木の影からワイヤーで発信機と盗聴器を忍び込ませようとしたが、上手くいかなかった。
そのまま神月は撤退した。
ヤタガラスが不意に上空に姿を見せ、しばらく旋回していたが、やがて鳴き声を上げて飛び去って行く……。