撃退士たちは、最初、咲森のデスクに向かった。
クレール・ボージェ(
jb2756)は咲森に言った。
「ディアボロは通り抜けるだけなら、鈴木さん達には、二階か屋根裏にでも上がってじっとしてもらって。私が行くから驚かないように伝えててね」
咲森は鈴木家に電話すると、クレールの話を伝える。
咲森は父親を説得したが、彼は無謀だった。
「隠れてはみる。だが、もう駄目だと思ったら、銃で引き付けて、家族を守る」
そこで、ユーリヤ(
jb7384)が受話器を取った。
「……なんで逃げなかったの? その時間が無ければ隠れるべき。迎え撃とうとしたら、元々人間に興味の無い奴だったとしても敵と認識するのに。家は壊れても直せばいい。でも、命は直せない」
「…………」
「感情的な部分があるのはこのあたりの状況見れば理解は出来るけど、決して利口とは言えない」
「俺は死んでも守る」
「死んでも守るってのは、残される者からすれば最悪の選択だと思うよ。次にこういうことがあったら、そのときはもう少し考えた方がその子達のためだと思う」
「分かりました……」
「北海道が開拓地だったのはいつのことでしたでしょうか……そんな場所ってあるのでしょうか?」
御幸浜 霧(
ja0751)が素朴な疑問を口にすると、紀浦 梓遠(
ja8860)は笑った。
「咲森君は都会っ子だから、開拓地でも思いだしたんじゃないの」
「梓遠にーに、咲森さんて撃退庁のキャリアみたいですけど、理想に燃えているっていうか、本当に高いところを目指しているんだなって、思うです」
藤沢薊(
ja8947)が言うと、紀浦は首を傾げた。
「薊、咲森っちと何か話した?」
「本当に撃退庁に帰ったら、この世界のために尽くしてほしいです」
「ところで、咲森さんが言っていたけど、シーラよね。相手にとって不足は無いけれど、あの魔女は油断できないわね。ただの魔女じゃないわ」
フローラ・シュトリエ(
jb1440)は言って、思案を巡らせた。報告書を見る限り、武闘魔術師的な戦い方をする強力な術士だ。陰陽師としては中々興味深い相手だ。
「確かに、ただの魔女ではないようです。以前の姿と少し変わっているようですね。それに、剣を装備していました」
霧は言って、スマートフォンの画像を見ていた。
「何か、この赤い印は、変化の証なのでしょうか? 外見の変化は、何らかのレベルアップを果たした……とか考えられますよね」
「私たちでも、自分たちの術を改良して強力にして、見た目が変わったりするものね」
「うふふ、ヴァニタスちゃん、会ってからのお楽しみよね」
クレールは色っぽい笑みを浮かべた。彼女もまた悪魔である。
「道東って、おいしい食べ物に巡り合えるかしら」
「クレールさん、お楽しみねえ」
フローラが呆れたように言うと、クレールは手を振った。
「違うわよ。もちろんそんなんじゃないわ。鈴木さんちは本当に心配だしね。こうしてディメンションサークルが開くのを待っているのが、もどかしいくらいよ」
クレールは真剣な表情で、スフィアリンカー達がサークルを開く様子を見ている。
「ヘルホースに乗った剣士ねえ……魔界にはそれは色んなディアボロがいたけれど、こういうタイプって、意外に知恵が回るのよねえ。ディアボロにも、元から鳴き声とかで会話するタイプがいるわ」
「さすがは元魔界のプリンセスね」
「あら、私そんなこと言ったかしら?」
クレールが微笑むと、フローラは微かに笑った。
「まずは鈴木さんの家から、ディアボロを引き離さないと……ですね。到着したら、あのディアボロを止めませんと」
エリーゼ・エインフェリア(
jb3364)が言うと、霧は「そうですねえ……」と頷く。
「それにしても、ここへヴァニタスが来ると言うことは……何かの偵察でしょうか」
「想像はつきますけどね。悪魔がヴァニタスを前線に送り込む最大の理由は、ゲート作成の下準備。それが相場ですからね。シーラは過去にもゲートを作成していますが、ゲートの作成には力を消耗するはずです。なのに、前線へ力を増して戻って来たということは、それ相応の魂を手に入れたはずです。一体どれだけの魂を取り込んだのでしょうか……」
「東北で、どさくさにまぎれて、人質を取り込んでいたとか?」
「手段は何でもあり得ますが、自分のゲートに大量の人間を放り込んだはずです」
そこで、ユーリヤが口を開いた。彼女はゲーマー天使。スマートフォンから顔を上げると、言った。
「何人取り込んだか知らないけど、こっちがそれ以上の攻撃を叩き込めばいいだけの話。所詮はヴァニタス。やれない相手じゃない。向こうは一人で、こっちは七人。ディアボロ片付けたら、シーラをやる。まあ、私としちゃ、向こうがすんなり引いてくれたら一番なんだけどね。降伏しろとは言わないけど、こんな辺ぴなところで、向こうにも利が無いだろうし、魂取れるかどうか分からないような博打を打つよりは、戦いを避けた方が無難じゃない? てね」
「そんな簡単に行くでしょうか?」
エリーゼが小首を傾げると、ユーリヤは肩をすくめた。
「それが一番楽でいいじゃん。面倒だもの。楽して勝てたらそれが一番だよ」
「まあ、そう言うのは嫌いでは無いですが……策士ですね」
「うーん、本物の策がこれってあればいいんだけどね。今んとこ出たとこ勝負感が強いからね。まあ、ちょっと不安ではあるね」
「シーラは話せば分かるような相手だと思いますか?」
「もちろんそんなことは思ってないけど。ただまあ、これって策も無いから、心理作戦で退却に追い込めたら……」
そうこうする間にディメンションサークルが開いた。道東の景色が浮かび上がる。
「行きましょう」
光纏して待機していた霧は、先陣を切ってサークルに踏み込んだ。あとから仲間たちが続く。
翼をはためかせ鈴木家へ接近していたクレールは、地面に潜り込んだ。透過能力。そのまま鈴木家へ入り込む。
クレールは静まり返った鈴木家の中で立ちつくした。ここはリビングだろう。ソファやテレビが置いてある。
「さて……鈴木さん達は、と」
クレールは階段を探して、二階に上がっていく。
「どこかしらねえ……鈴木さーん、久遠ヶ原の撃退士ですよー」
クレールはドアをノックした。すると、別の部屋のドアが開いて、猟銃を持った父親が姿を見せた。
「撃退士ですか?」
「ええ。間に合ったようね」
クレールは父親と握手を交わすと、室内に入った。中には、母親と姉弟がいた。
「安心して、ここから先は、仲間が来ているわ。ところで、天魔はどっちから来てるの?」
「そこから見えますよ」
姉が窓を指差した。クレールはカーテンの隙間から、敵が来ている方を確認した。
「咲森君の言った通りか。剣士二体に、あれがヴァニタス……?」
ディアボロ剣士に黒い炎をまとったシーラが見える。
やがて、ディアボロの一体が家の中へ入って来る。
「うふふ、音を立てちゃダメよ。見つかったら守ってあげるけど家の事は諦めてね」
沈黙……。
天魔は音も無く、鈴木家を通り抜けていく。
撃退士たちは、ここでまだ阻霊術を使っていなかった。
天魔が鈴木家を抜けたところで、撃退士たちは前進した。その先頭に立つのは霧。鉄壁のアストラルヴァンガード。
「使い魔ども、誰の許可を得て人の縄張りに勝手に入っているのです? わたくしたちがきっちり所場代を取り立ててあげますから、ちょいと面貸しなさい!」
霧は抜刀して怒声をぶつけた。その応えは……ディアボロから矢が放たれた。強弓から放たれた一撃を、霧は叩き落とした。
「薊! 行くぞ! ……ディアボロ! 来い!」
紀浦は言って、闘気を解放した。
「こっちです。僕の方に来るです」
薊はアサルトライフルを叩き込んだ。
「皆の邪魔はさせないです……」
フローラは氷晶霊符に念を込めた。刃が出現すると、加速、ディアボロを切り裂く。
「さあ、こっちよ! あなた達の相手は私たちがしてあげるわ!」
「行きます……! 翼!」
エリーゼは舞い上がると、雷霆の書を取り出した。魔法書が生み出す無数の雷の剣が、ディアボロに襲い掛かる。
「時間かけるとこっちもきつい……だから全力でいく」
ユーリヤはストレイシオンを召喚。
「行くぞー!」
ディアボロは加速して来た。ヘルホースがいななく。邪悪の咆哮だ。チャージアタック。剣士は槍を持ち上げると、霧と紀浦目がけて投擲した。槍は凄い勢いで加速して、二人に命中した。
霧と紀浦は盾で受け止めた。ものすごい衝撃が伝わって来る。
そのまま、ヘルホースが突進。
「ストレイシオン!」
ユーリヤはストレイシオンを加速させた。激突。ヘルホースは吹き飛ばされた。
ディアボロ剣士は転がり落ちた。
『人間……殺す……!』
「何だ? 何言ってる?」
ディアボロ剣士は加速した。
「おまえ……殺す、決定……キエロ!」
薊は狂笑して、クロスボウを叩き込んだ。輝く矢が剣士を貫く。
「スノードロップ受け取れです……! 相手に渡せば、貴方の死を望む……!」
霧は突撃した。
「審判の鎖!」
魔法の鎖がディアボロを絡め取る。ディアボロは苛立たしげに咆哮した。
紀浦は剣を構えて加速。しなやかに、流れるようにディアボロの側面から襲い掛かる。その一撃は弾かれた。
「むむ……中々やるね……大した力だね……」
紀浦は、腕にしびれを覚えて、距離を保つ。
フローラがそこで、地面に手を当てる。
「アイス……ザント!」
ディアボロの足元から水晶が舞い上がる。包み込まれたディアボロは、咆哮して剣を振り回した。石化が始まる。
「捉えたようね……」
フローラは真紅の瞳で、ディアボロを見やる。
エリーゼは、上空から、雷の槍「ブリューナク」を持ち上げ、叩き込んだ。振り下ろされた腕から、雷槍が光となって落ちる。ディアボロは衝撃に膝を突いた。焼け焦げる異臭が鼻を突く。地面も黒く変色している。
「行け! ストレイシオン!」
ユーリヤはもう一度ストレイシオンを加速させた。ストレイシオンは、飛び上がると、ディアボロを踏み潰した。
「さらに……行きます! 雷の槍『ブリューナク』!」
エリーゼはライトニングを連発した。雷撃がディアボロを貫く。
「隙だらけです……! これを!」
薊はクロスボウを持ち上げると、正確に狙いを定めて、強靭な一撃を放った。矢がディアボロを貫通する。
フローラは再びEissandを仕掛ける。ディアボロのもう一体を石化させる。
ディアボロは二体とも石化が始まって、動きが鈍っていく。
「これで……確実に!」
霧は追い打ちを掛けるように審判の鎖を放った。ディアボロの動きが封じられる。
「それじゃあ……悪いけど……手加減なくいかせてもらう。さっきの借りは返すよ」
紀浦は、剣を構え、ジャンプすると、薙ぎ払いを打ち込んだ。強烈に吹っ飛ぶディアボロは、その衝撃で絶命した。
残る一体も動きを封じこまれ、石になりつつある。
シーラが接近して来たのは、そのタイミングだった。
「さて……と」
クレールは立ち上がった。
「全部終わるまで家から離れてじっとしてなさい。火事になるかも知れないわ。自分の命は自分で守るのよ」
「ありがとうございます……何と言ったらいいか」
「行って。後は任せて」
クレールが促すと、鈴木一家は脱出した。
「さて……行きましょうか」
クレールは飛び立った。やがて、シーラの背後に降り立つ。
シーラは丁度、仲間たちと向き合っているところだった。
「魔女は貴方かしら? 貴方の自由、私が頂くわ」
シーラは軽くクレールを一瞥して、薄く笑った。
「悪魔ね……楽しそうね」
「ヴァニタスちゃんは、楽しくなさそうねえ」
「こんな何もないところで暇なのですね。それとも森林浴の帰りですか」
霧はシーラに言葉を投げかけた。
「そっちも分かってるんじゃないの? 東北でザハークが動いた後ですもの」
「ゲートを?」
エリーゼが問うと、シーラは漆黒の瞳を向けた。
「この先に広がる町々には、価値がありそうなのよね。もちろん、熟慮の末よ。リガンデル上級騎士卿のため、ね」
ユーリヤはシーラに対して後退を促してみる。
「退く気無い? こっちとしては人死に出なきゃいいし、そっちも余計なトラブル起こして面倒増やしたくないでしょ?」
「何なの? お前たちは私が何もしないで、話して帰ると思っているのかしら? 私は卿の命令を受けて、ゲートを開きに来たのよ。それが本気じゃないとでも? もちろん、そっちが道をあけてくれるなら、私は喜んで素通りするのだけど」
「……そんなことは言ってない」
ユーリヤはシーラを睨みつけた。
「あら、そう」
ごうっ……! と、シーラの体から渦巻く黒炎が立ち上った。
直後、黒炎が地面を走って撃退士たちを襲った。蛇のように、炎は撃退士たちを包み込んで焼き尽くした。
「く……!」
霧は加速した。一撃叩き込む。
みな、反撃に転じる。スキル全開で、シーラに猛攻を仕掛けた。
「深淵の槍『トリュシーラ』!」
エリーゼは上空から破壊天使の一撃を打ち込んだ。
直後、エリーゼは黒炎の大蛇に包みこまれ、墜落した。
「でやああああ! ――薊!」
紀浦は、薊の援護射撃を貰って薙ぎ払いを打ち込む。吹っ飛ぶシーラが、炎弾で紀浦を焼き尽くす。破裂した火炎に、紀浦も薊も倒れ伏した。
「シュネーガイスト!」
フローラは式を解き放った。しかし、雪の結晶は黒炎に焼き払われた。カウンターで返って来た炎に、フローラも焼かれた。
「楽しくなってきたじゃない」
クレールが放った封砲も黒炎に弾かれ、ユーリヤのストレイシオンも大地になぎ倒された。
黒炎が拡大して、撃退士たちを包み込む。
地獄絵図だ――。霧は思った。邪悪な黒い炎が、撃退士たちの体力と意識を奪っていく。
勝ったと思ったシーラ。しかし、まだだ――!
撃退士たちは立ち上がった。
「使い魔、お前は確かに強い。でも、わたくしたちは、誰一人やらせはしません!」
霧は刀を水平に構えた。加速――。紀浦も続いた。
「薊!」
「にーに!」
薊は援護射撃で矢を解き放つ。シーラは苛立たしげに炎で弾いた。
「あら」
クレールも飛んだ。
「Schneegeist!」
「トリュシーラ!」
フローラもエリーゼも最後の一撃を放つ。
「まだ――っ!」
微かに揺れるシーラの表情、その炎が撃退士たちの魔法の盾になる。
「いっけー! 最後の一発でも!」
ユーリヤもストレイシオンを突撃させた。
「にっ……!」
シーラは微かに後退した。
直後――。
霧の突き、紀浦、クレールの打撃がシーラをよろめかせる。ストレイシオンの突進がシーラを吹き飛ばした!
「まだ……力が足りないか……ならば……」
シーラは、黒炎を爆発させて退却した。
辛勝か。今回は策か見込みが甘かったか、苦戦した。いずれにしても、天魔の退却を確認して、撃退士たちは鈴木一家を迎えにいくのだった。