秋田の森はひんやりとしていた。落ち葉街道を踏みしめて、撃退士たちは村への道を歩いていた。
「そろそろかしらね……」
佐藤 七佳(
ja0030)は押していたバイクを止めると、スマートフォンの地図を見た。彼女はライダースーツに身を包んでいた。ディメンションサークルを出る時に、250ccのバイクを押して出てきたのである。旅人か旅行者のライダーを装うための偽装工作であった。
鈴代 征治(
ja1305)もスマートフォンを見ていた。征治が見ていたのは、無人機からのライブ映像だった。
「咲森さん、もっと上からのアングルでお願いします」
「了解。旋回するわ」
「SOAを拡大して下さい」
サーバントの映像がズームアップされる。サーバントは、刀を地面に突いて、微動だにせず仁王立ちしていた。
戦闘時のスラックスでやってきたジェイニー・サックストン(
ja3784)。SOAの姿を見て吐息する。レバーアクションのショットガンを肩に担ぐと、眉間にしわを寄せた。
「だんだん気分がざわついてきました。サーバントを見るたびに、抑えきれない血が騒いで来るってー奴です。天界の存在は抹殺したい。消えてなくなればいいのにってやつです」
目の前の天魔を撃破することで、ジェイニーの破壊衝動はしばらくは封印されるが、それで丸く収まるわけではない。それに、この世界に生きているのは自分だけでは無い。人との関わりを避けることはできないが、天使を殺している間くらいは、煩わしい人間関係など忘れていられる。
「神月剛か……」
断神 朔樂(
ja5116)はシュトラッサーの名前を反芻した。天使など何を綺麗事を語ったところで復讐の対象でしかない。
「最悪の事態を避けたいなら、わざわざ久遠ヶ原に電話してこずとも良いでござろうに……一人で勝手にやっていれば良いものを……」
断神はジェイニーに声を掛けた。
「そうは思わないでござるかジェイニー殿」
「もしも勝手にしていたら、知らない間に村人たちは死んでいたかもしれないって奴ですね。……ま、私には関わりの無いことですが、この騒動に巻き込んでくれたおかげで、シュトラッサーを撃ち殺せるなら、安いもんてやつです」
咲村 氷雅(
jb0731)は、スマートフォンを見ながらZenobia Ackerson(
jb6752)に声を掛けた。
「神月は見当たらないな……? ゼノ、どうだ?」
「そうだなあ……て、まあ、神月の写真も無いわけだから、分からないわけだが」
「神の子の村……か」
「『我々と人間の立場は違う』『俺は倒せない』『最悪の事態を避けたい』……ねぇ。力に溺れ、選ばれた存在と思い込んでいる自分に酔った哀れな人形。ま、確かに今の俺よりは強いだろうけどな。今は倒せなくてもせめて相手の計画を潰して、慌てふためく姿が見てみたいものだ」
「奴は確かに強い。報告書は見た。ただまあ、前のを見ていると、もっと下っ端みたいな印象だったがな」
「よく喋る人形は嫌いだ。強い弱いの問題じゃない。俺たちは戦争をしている。人間じみた言葉を話す天魔はこっちも後味が悪い。俺も全部割り切れるわけじゃないからな」
「それはそうだが……神月の能力からして、武闘派ではなさそうだからな……」
「みんな、そろそろメール交換しておきましょう」
天宮 佳槻(
jb1989)は、仲間たちに言った。
「そうね、じゃあ赤外線で飛ばすわね」
佐藤は言って、スマートフォンを天宮に向けた。
「よろしく」
天宮はスマートフォンを操作すると、佐藤のメルアドを受け取った。それから、自分のメールも送っておく。
「みなさんもお願いします」
天宮は、そう言って仲間たちを促した。
撃退士たちは、メルアドを交換しておいた。
「何かあったらメールします。お互い気をつけましょう」
木漏れ日が反射して、天宮の瞳が緑にきらめく。美しい目だった。深く、暗い悲しみを映した緑の瞳。その瞳に、天魔は「力に胡座をかいた人間」としか映らない。天宮は「人間」でしかない部分を嫌っていた。この神月もだ……。
「SOAは仁王立ちっすねえ……これだと、村へ通り抜けることは出来そうっすが、中の村人たちが洗脳されているっすからねえ……」
九 四郎(
jb4076)は思案顔で口を開いた。
「ところで……咲森さん、ゲートは見えますか?」
天宮は言った。
「いいえ、今のところ見えないわね」
「恐らく、神月はゲートを使って村人を抹殺することは無いと見てるっす。そんなことをしたら、洗脳も全部解けてしまいますし、これだけの策を弄している奴が、そんな粗末な手段に訴えるとは思えないっす。話せば分かる、とは思わないっすが、本当にシュトラッサーを探しているなら、そんな真似はしないでしょう」
四郎は言って、天宮を軽く見やる。
「行動はそうなのだろう。神月は自分の仕事をしているだけでしょうがね。さ迷えるシュトラッサー」
天宮は、四郎に軽く答えた。
「力を求めて彷徨う男っすか……。神月がどこまで本気かは分からないっすけどね。こんなもんなんですかね」
「無論、神月は強いでしょうがね……」
その時だった――。
後ろから一台のミニバンが走って来た。バンは停車すると、窓を開けて中から二人の男女が撃退士たちに声を掛けてきた。
「こんにちは。みんな、どこから来たんだ。この辺りは危ないよ」
すると、鈴代が声を掛けた。
「お二人とも、どこへ行かれるつもりですか?」
「この先の村までだよ」
「この先は危険です。サーバントがいますし、シュトラッサーがいます。僕たちは久遠ヶ原の撃退士です」
「何ですって!」
助手席の女性が悲鳴に似た声を上げた。
「どうかしましたか」
「い、いいえ……私たちは息子を探しているのです。先日、サーバントに村が襲われて……そこで息子とはぐれてしまいました」
鈴代は眉をひそめた。
「そのサーバントとは……もしや……」
スマホのSOAの画像を見せる。
「村を襲ったのはこ、この天魔です!」
「あなた方は、これ以上近づかない方がいいです。僕達に任せて下さい。……息子さんの写真か何か、ありますか?」
「は、はい……」
父親は、亮の写真を取り出した。
「亮と言います」
「亮君……ですね。この先でも探して見ましょう」
鈴代は写真を受け取る。
――断神とジェイニー、天宮、四郎、ZenobiaはSOAへ接近していった。
「さて……待つのは慣れたが……」
木々の影から、SOAを見やる。
「天使の人形は、気にいらねーんですよ」
「それにしても……」
「あっちは大丈夫っすかね」
「来たぞ」
やがて、潜入班からメールが届く。
――準備完了。
「よし、行くでござる」
「援護射撃始めるってんです」
断神は踏み出した。その背中から銀炎の翼が噴き出す。断神は太刀を抜いて、歩きだした。
SOAは断神に向き直ると、ゆっくりと刀を構えた。SOAの肉体が爆ぜた。
直後、ジェイニーがショットガンを正確に叩き込んだ。
SOAの肉体が傾く。
断神は大地を蹴ると、加速、太刀を一閃した。断神の腕に衝撃が走る。それは確かな手応え。
SOAは吹っ飛んだ。
直後、砂塵が舞いあがった。天宮の技。包み込まれたSOAは咆哮した。
「八卦石縛風……」
「黒風……っ」
四郎の腕から風の奔流がほとばしった。ソードオブエンジェルを包み込む。サーバントは耐えて、刀を杖に立ち上がる。
「行くぞ……!」
Zenobiaは突撃した。刀を振り下ろす。SOAは受け止め、飛びすさった。
展開する撃退士。
続いて、再び砂塵がSOAを包み込む。天宮の石縛。次は、SOAの足元から石化し始める。
断神とZenobiaの刀身がサーバントに吸い込まれて行く。
「――――逝ね」
「天界のマリオネット、見るのも煩わしい……地獄へ落ちろってんです!」
ショットガンの一撃がSOAの眉間を貫いた。
ぐらり……と異形の肉体が傾く。サーバントは活動を停止した。
別方向から向かっていた咲村は、発煙手榴弾と発煙筒を投げつけた。SOAが村に向かって動き出したことで、行動を開始した。煙が周囲を覆い始める。
サーバントはうなり声を上げて、気配を探った。その瞳は獰猛な獣と化していた。
その獰猛な獣に、黒い剣が楔となって打ち込まれる。束縛。楔の束縛が、SOAを縫い止める。SOAは金縛りにあったように、ぎりぎりと前進した。しかし、強力な束縛がサーバントを食い止める。
そして、青い光の無数の剣が降り注ぐ。豪雨。それはまさに魔剣の豪雨。なぎ倒されるSOA。もう一度。豪雨が降り注ぐ。
「落ちろ……」
SOAの肉体は骸と化した。
咲村は携帯を取り出すと、仲間たちに連絡を入れる。
佐藤は250ccで村の中へ入った。ヘルメットを脱ぎ棄てると、ライダースーツも脱ぎ去った。
「敵には気づかれたでしょうけど……さて……」
佐藤は近づいてくる村人たちに目をやった。
「こんにちは」
佐藤の挨拶にも、村人たちは、その武装に不審な眼差しを向ける。
「あんた何者だ。その刀は何だ」
「これですか。私は……ハンターで、最近この辺りに出没しているサーバントを狩っているの。ここ最近、この辺りは物騒ですよね」
「サーバントを狩る? あんた撃退士なのか」
「まあ……そうとも言えるかも」
そこで、声がした。はっきりした、男の声だった。
「撃退士が来たのか」
その男――神月剛は、優しげな風貌をしていたが、空気を圧倒する気配を封じ込めていた。その瞳は深く、怒りと憎悪と悲しみに満ちていた。だが、佐藤は人ならぬ魔の存在を、神月の中に見た。
「あなたが神月……なのね」
神月は、踏み出してきた。
「久遠ヶ原か。やはり来たのか。警告を無視して。来るとは思っていた。来ないかもしれないとは思っていたが……この村での蜜月の時間もおしまいか」
「神月……私はあなたの行動を認めるわ。使徒なら、当然よね。あなたにはあなたの正義があり、私には私の正義ある。この世に絶対の正義なんて無い。少なくとも私はそう信じてる。天魔であろうと、人であろうと、その意味では同じ立場にいるわ」
佐藤の言葉に、神月は軽く身じろぎした。
「お前は、自分が死んでも、そんなことを叫んでいるつもりか。所詮、みな自分のために生きている」
「それは分かっているわ。私も、自分が自己矛盾を抱えてることは分かってる」
「ならば言ってみろ。私は天魔が憎いですと。敵が憎いですと。私はあなたを殺したいと。これは戦争だ。人は正義を口にして戦争を始めるが、そんなことは兵隊には関係ない。兵隊にとって重要なのは、敵を殺すこと、それだけだ」
「あなたは可哀そうな人ね。神月。今のあなたはただ生きているだけ。でも、生きるってそれだけじゃないでしょう。私にとって正義は絶対じゃない。私は自己矛盾を抱えてる。そりゃ悩むこともある。でもそれが全部じゃない。そう言うのもひっくるめて、私は自分なりの正義の落とし所を探しているの」
「詭弁だな。正義は俺にとっても大きな問題では無い。ただ、俺がこちらへ足を踏み入れる理由としては妥当だった。後悔はしてない」
「言いたいことを言って気が済んだ?」
「多少はな」
「じゃあ、お互い戦う理由としては十分ね――」
「この子を探してるんですけど……」
鈴代は亮の写真を村人に見せた。
「ああこの子なら学校にいますよ」
「本当ですか?」
鈴代は学校に向かった。案内で亮のもとへと向かう。
亮は今もサーバントの絵を描いていた。その脇には、父と母の姿が書かれていた。
「亮君、君が亮君だね」
「誰?」
「久遠ヶ原学園の撃退士だよ。外でお父さんとお母さんと会ったんだ」
「ほんと!?」
亮は立ち上がったが、すぐに沈んだ。
「そんなわけ無いよ。神月さんが言ってた。お父さんとお母さんは死んじゃったって」
「神月がそう言ったんだね。あいつは、天界の天魔なんだ。それが証拠に、今、村はサーバントに包囲されてる」
鈴代はソードオブエンジェルの画像を見せた。
亮は驚いた様子だった。
「エンジェル……! 何で!?」
「言っただろう? 神月は、君に嘘を吹きこんでいるんだ」
「神月さん……僕に力をくれるって……サーバントを倒す力をくれるって言ったんだ!」
「それは違うんだよ亮君。全部嘘なんだ」
この子はシュトラッサー候補なのか?
村が混乱し始めていた。撃退士たちがSOAの写真を見せて状況を説明すると、村人たちは騒ぎ出した。
「神月さんに確かめよう!」
撃退士たちは、村人たちの前で光纏して、正体を明かした。村人たちの間に神月への疑心が生まれていた。
「ふざけんのもいい加減にしろってんですよ……」
ジェイニーは、神月にショットガンを向けた。
「使徒が……力を振りかざして良い気になってるんじゃないってんです……幻術だか超能力だか知りませんが、ふざけんなってんです」
神月は、ジェイニーの憎悪の眼差しを涼しげに受け止めた。
「俺が憎いか。実に良い。憎しみは最高の素材になる」
「人成らざる者がその口で言葉を発するな。虫唾が走る」
断神は冷徹な口調で殺気を込めた。
「ゼノ、生きてるか」
「俺がサーバントごときで死ぬか氷」
「だが、こいつはどうかな……」
「シュトラッサーか」
咲村とZenobiaも戦闘隊形。
「お前が神月剛か。天使なら天使らしくしてみろ。人の皮をかぶったところで本性は隠せないでしょう」
天宮が言うと、神月は腕を持ち上げた。
「俺たちは似た者同士だ。天使も撃退士も、変わらんだろう。人を超越し、同じような力を使う。目的は違えど、俺たちは同志になれる」
言いながら、神月は魅了を発動した。天宮は違和感を覚えて軽く手を上げると後退した。
「妖術か……」
「さすがは撃退士。耐えたか」
「人心掌握して本当にいいシュトラッサー候補が見つかるもんなんすか? 今までの傾向でシュトラッサーには精神の在り方が影響してるようなんすけど? 亮の強烈な憎しみなんかはむいてるんすか?」
四郎の問いに、神月は軽く答えた。
「今回はそのケースだな。あの方は負の感情が強いから、相性から言ったら、憎しみが強いものはいい素材になる」
「そうなんすか? マイナス足すマイナスは、マイナスっすよ」
そこまでだった。神月の体から、白いオーラが立ち上る。撃退士たちは攻勢に転じた。
佐藤が駆け抜ける。速い。その一撃は見えない障壁に弾かれた。ジェイニーがショットガンを放ち、断神、Zenobia、鈴代が加速する。神月は軽く手を上げて全て障壁で受け止める。
「何を!」
四郎と天宮から風の奔流が打ち込まれるも、神月は微動だにせず、咲村の魔法にもびくともしなかった。
そして神月が腕を一振りすると、全員その場から吹き飛ばされた。
(俺は記憶が良い。敵の顔は覚えたぞ。村は元に戻しておこう)
神月はテレパシーを飛ばすと、残ったSOAとともに戦線を離脱した。
それから撃退士たちは、神月の影響が残る村人たちを説得して村を解放する。神月剛……また会うこともあるだろう。