ちゃぷん
かぽーん……っ
「えへへ〜。いいお湯だよ〜♪」
「ほおお、いいよ! フューリちゃん、こっちむいて! やっぱ時代劇には入浴シーンは外せないな」
大きな木桶の五右衛門風呂に肩まで浸かったフューリ=ツヴァイル=ヴァラハ(
ja0380)の入浴シーンに、監督は大喜びでカメラを回す。入浴シーンの撮影と言っても、フューリはちゃんと下にチューブトップの水着を着込んでいるのだが、湯船に浮き上がる彼女の大きなバストの破壊力故か、監督の情熱に陰りはない。
そんなフューリ達の撮影セットから少し離れた所では、金鞍 馬頭鬼(
ja2735)が楠 侑紗(
ja3231)に着物の着付けをして貰いながら、助監督との打ち合わせに余念がなかった。何しろ、この次に控えている活劇シーンが、今回の映画撮影のハイライトである。この映画が伸るか反るかは、次の活劇シーンの出来に懸かっていると言っても過言ではないのだ。
「馬頭鬼、次の撮影でもよろしく頼むよ♪」
真剣な表情で台本を読み合わせている金鞍に、後ろから青空・アルベール(
ja0732)が軽く声を掛けた。
袴姿の金鞍とは対照的に、アルベールの方はテンガロンハットを小粋に被ったウェスタン風の皮衣装。彼自ら監督に配役をねだったところの、侍と共闘して戦う異国のガンマン役である。
「こちらこそ、アルベールさん。……しかし今更ですが、オーラの真っ黒な自分なんかが主役の侍になって良かったんですかね?」
「大丈夫、今までの撮影でも結構様になってたよ♪」
「そうです。主役が、今更余計な事考えてはダメでしょう」
アルベールの言葉に、楠も同意。
彼女は、旅の浪人風にわざと崩して着付けた金鞍の胸元をポンと叩いて立ち上がる。
「着付け終了。そろそろ撮影の時間ですよ?」
「……む、そうですね、今更弱気でした。有難うございます、アルベールさん、楠さん」
金鞍は二人に頭を下げて、撮影用の模造刀を手に取った。
そうだ、もはや撮影は次のラストシーンを残すのみ。任されたからには全力でやるしかない!
「はーい、皆注目ー! シーン37、そろそろ撮影始めんで〜!」
手に持ったメガホンをパシパシと叩きながら、音響スタッフの亀山 淳紅(
ja2261)が撮影現場を走り回ると、周囲のスタッフ達の動きも慌ただしさを増していく。
今回撃退士達が参加した、『SF特撮時代劇』映画撮影の依頼もいよいよ大詰め。次のシーン37は、侍とその仲間達が村を襲う怪物と戦う活劇シーンである。
これまでの撮影で大きな問題は出ていない。金鞍を始め、撃退士のアルバイト俳優達も皆意外な程の芸達者ぶりを見せていた。これで監督の狙い通り「撃退士なら特撮要らずで派手な絵が撮れる」事が実証できれば、映画界に新風を巻き起こす事だって、あながち有り得ない話ではないだろう。
だが。
この撮影現場に今、闇が忍び寄っている事に気が付いている者は、まだ一人もいなかった。
怪物役の着ぐるみと称するにはあまりにもリアルな骸骨達が、ガシャガシャと骨と骨を鳴り合わせつつ、書き割りの民家が立ち並ぶ撮影セットの大通りを闊歩する。
そう、それは本物の怪物、五体のサーバント達。
紛い物の撮影セットに並ぶにはひどく場違いで、同時にあまりにも筋書き通りのその姿。一体、本来用意されていた筈の撮影用人形はどこに行ってしまったのだろう?
スタッフ達はその『まるで本物のような』怪物達の姿を前に、何の疑問も抱かず撮影の準備を整えていく。
果たして、映画撮影はこのまま進むのだろうか。
それとも阿鼻叫喚の惨劇として、虚しく事態は終えるのだろうか。
全ては、これからの撃退士達の動きに懸かっている。
「おおっ! いいねいいねっ、すごい迫力だよ! うちの美術の仕事も、なかなかどうして大したもんだ。ほらいくぞ! シーンナンバー37。カット4! よォ―――ォイ……スタートッ!!」
カチン!
●
(……え、何で天魔がここにおるんや?!)
初めに異常に気が付いたのは、カチンコを鳴らした音響担当である、当の亀山であった。
慌てて周囲を見渡すと、直ぐ横で硬直した表情の末松 愛(
ja0486)と目が合った。何か言いたそうな末松の口を咄嗟に塞ぎ、そのまま二人は傍らのセット裏に身を寄せる。
(おい、愛ちゃん、やばいやん。あれモノホンの天魔やで、あんなんいつからおったんや!?)
(そうだよな、あれ本物だよな!? 何でいるのか、俺もわかんないけど……)
亀山が見たところ、スタッフ達の中で異常に気が付いているのは、末松を始め、アルバイト仲間の撃退士達だけのようだった。
さあ、どうしたらええんやろう? と亀山は考える。
ここで一声「怪物だー!」と叫べば、周囲のスタッフ達もこの状況の異常さに直ぐに気が付く事だろう。だがそうなれば現場はあっという間にパニックだ。周りのスタッフ達はまだともかく、骸骨に捕まえられている女優が下手に騒いで相手を刺激すれば、どのような惨劇を招かないとも限らない。
そうだ。なにより……
「冗談やない! これで撮影おじゃんになってもーたら、バイトの報酬全部ぱーになってまうやんけ!」
「……亀山、本音が駄々漏れになってるよ?」
「聞き流したってんか。……ええか愛ちゃん、他の撃退士の皆にも声掛けて、何とかこの騒ぎを映画撮影の一環として、穏便無事に収めるんや。怪我人出さへんのは当然、映画撮影の邪魔だってさせへんで!」
「オッケ! わかった。侑紗にも話伝えとくね?」
「よし、じゃあこっちは、エステルさんや青空君に伝えとくわ。さあ、忙しゅうなってきたで。大芝居の始まりや!」
●
スタッフ達のどよめきの中で、金鞍は光纏。黒い煙のような、独特のオーラが湧き上がる。
一体いつの間に、撮影現場に怪物が紛れ込んだのか?
他のスタッフ達はこの状況に気がついているのか?
疑問は山の様に湧き起こるが、今はとにかく何とかして相手の注意をこちらに引きつけておくのが先決だった。幸い手中の大太刀は、模造刀とは言え、アウルに感応する力を持つ歴としたV兵器である。これで斬りつけられれば、敵としても無視をするわけにはいかない筈だ。
「おのれ、村を襲う怪物共め! 桔梗殿を離せ!」
自然と、先程読み込んだ台本の台詞が口をつく。
彼の言葉に、五体の骸骨兵士の内三体が、手に槍や刀を携えて間合いを詰めてきた。桔梗……村娘役の女優を捕まえた一体とその隣の一体は用心深さ故にか、安易に動き出そうとはしない。
(まずは三対一ですか)
最悪五体一の乱闘さえ覚悟した金鞍が、大太刀を手に突進しようとした瞬間、彼の足が止まる。彼は、そして骸骨兵士達ははっきりと聞いたのだ。撮影現場に高らかに響き渡るその声を!
『ちょっと待ったァ!!』
その声は、右手のセットの裏から、左手の上方から、そして骸骨兵士達の後ろからも!
「多勢に無勢は見捨てておけん〜。助太刀しますよ、お侍〜」
「異国のヒロイン、中華娘の登場だい! 骨ごとぶっ飛べ、骸骨野郎!」
名乗り上げと共に飛び出した、まずは女の二人連れ。
着物の袖を襷がけに絞り上げ、棒術風にロッドを握った武家娘はエステル・ブランタード(
ja4894)。その隣で拳を構える、チャイナドレスにカンフーパンツの中華娘はフューリだ。
「おっと、こちらも御覧じろー! 海を渡って遥々参上。女の子を人質に取るとは捨ておけないな。助ける義理はないけれど、腰の愛銃は黙っちゃいないぜ!」
「カタカタガチャガチャうっさいねん! うちらの邪魔はさせへんで? ほーれ更にもう一人、猫娘も召喚や!」
「お招きあずかり、只今参上♪ 呼ばれて飛び出て猫娘、悪い子いたら、引っ掻くぞ!」
続いて撮影現場に飛び出したるは、ガンマン姿のアルベールに、仙人スタイルのズルズル装束を着込んだ亀山の二人。さらに亀山がオーバーアクションでオーラと共に印を切ると、民家セットの屋根の上から猫耳姿の末松までもが現れた。
「おお、お主達、来てくれたのか!」
すっかり役柄に入り込んでいる金鞍が現れた仲間に声を掛けると、仲間達も骸骨達を取り囲みながら言葉を返す。
「来てくれたのかなんて水臭いですよ〜。怪物が出たら、立ち向かうのが私達。こんな相手に、仕事の邪魔はさせません〜」
「そうそう、武家娘の言う通り。何ならお侍は、休んでてもかまわないのだ。五対五で人数ぴったり、まずは私達が相手をするぞ!」
骸骨達に銃を向ける、アルベールの言葉が通じているのかいないのか。
五体の骸骨兵士達は、一斉に武器を閃かせて目前の撃退士達へと向かっていった。
迎え撃つは侍の仲間、即ち五人の撃退士!
●
「楠さん、二階堂さん、状況はそちらには伝わってますか?!」
カメラと骸骨兵士の相手を、共に仲間達が引き受けてくれている隙に、金鞍が慌ただしく監督席まで駆け戻ってくる。その金鞍を迎えたのは、裏方スタッフの楠と二階堂 かざね(
ja0536)の二人だ。
「あんまり伝わってはいませんが、概ね理解はしています」
「撮影の邪魔にならないように、カメラ回しながら骸骨やっつければいいんですよねー?」
「さっすが、話が早くて助かります!」
と、三人が喋ってる間にも、ガンガンドカバキ、カメラの前で撃退士達の大立ち回りは続行中。
前衛のフューリ、エステル、末松らが骸骨を抑え、後衛の亀山、青空の二人が飛び道具で骸骨達に遠距離攻撃を試みる。魔法の光弾が入り乱れ、ワイヤーアクションばりに派手に吹き飛ぶ撃退士の生戦闘は、確かに監督が期待するだけあって、外から見てると結構派手だ。
「おっと、見てちゃいけない。二階堂さん、最後は悪役大ボスの貴方と、侍の一騎打ちで締めましょう。楠さん、それじゃあ後は宜しく!」
「おい、ちょっと待て金鞍くん! 突然配役が増えたのは君の指図なのか? 絵が派手になるのはいいが、事前に話を通して貰わんと困るよ……」
早口に言うだけの事を言ってしまうと、金鞍は再び撮影現場に駆け戻る。突然の状況変化をまだ飲み込めていない監督が、慌てて背中から彼に問い正そうとするが間に合わない。
「監督、その件については私から説明を」
「楠くんか。じゃあ仕掛け人は君なのか?」
「いい絵が撮りたいのでしょう? 監督。予想外の、そして大胆なクライマックスにこそ、芸術精神の真の発露が現れるとは思いませんか? 今まさに、芸術の神がカメラの向こうから現れようと……」
とかなんとか。口八丁で監督を丸め込む間にも、楠は足で阻霊陣の展開をするのを忘れない。主役は当然忙しいけど、裏方スタッフには裏方スタッフでやる事は意外と多いのだ。
「みんな忙しそうですー。お菓子モグモグ。……いや、別に私もサボってるわけじゃありませんよ? 大ボス役として、自分の出番が回ってくるタイミングを逃さないよう、こうして見計らっているのです!」
モグモグ。
●
金鞍がカメラの前から離れている間にも、事態は動く。
末松がフューリ、アルベールとの連携の末、見事骸骨兵士の手中から村娘役の女優を救い出す事に成功した。女優の手を引いた末松と入れ替わりに、金鞍は再び撮影現場という名の戦場へと舞い戻る。
戦いは再び五対五。
互いに同数の敵味方が入り乱れて、戦闘はより激しさを増していく。
……問題は、五体の骸骨兵士の数がなかなか減らない事だった。
人質を救出したまでは良かったが、カメラと撮影セットを気にしているせいか、常に同数以下の戦力しか投入できていないせいか、撃退士達の立ち回りはどことなく精彩を欠いていた。カメラなんかちっとも気にしていない分だけ、むしろ骸骨兵士達の方こそ足取り軽く見えるくらい。
かざねはそんな戦場を見ながら、お菓子を食べつつ(勿論!)、タイミングを見計らう。
今出るべきか、まだ我慢すべきか?
楠や末松との相談でも、悪の大ボスである彼女の出番は、骸骨兵士が全部片付いた後と言う事になっている。だけど、骸骨兵士が片付かない場合、彼女は如何にすべきだろう?
だが、事態の進展は彼女の思考の先を行く。
エステルの魔法攻撃で骸骨兵士の一体を遂にやっつけたと見えた瞬間、そのエステル目掛けて、後ろからもう一体の骸骨兵士が襲いかかる!
撮影スタッフ達が、遂に訪れる仲間のピンチにどよめいた。その声にエステルは背後を振り返るが、間に合わない。無防備な彼女の背中に、もの凄い勢いで骸骨兵士の槍が―――
●
ぱぐしゃあっ!!
「あ」
背後からの不意打ちに、頭蓋骨を砕かれた骸骨兵士が崩れ落ちた。
その後ろで呆然とした表情を見せているのは、たった今、骸骨兵士をトンファーでぶん殴った『悪の大ボス』二階堂かざね。エステルのピンチに思わず現場に飛び出したのだが、その後のフォローは何にも考えてはいなかった。
撃退士達がかざねを見た。
骸骨兵士達がかざねを見た。
スタッフ達もかざねを見たし、カメラだってかざねの姿を大写しに捉えている。
一瞬、そのまま帰ろうかと本気で思ったかざねだが、しかし彼女は負けなかった。
再びトンファーを振るい、今度は隣に立っていた別の骸骨兵士に襲い掛かる!
「えーい、この程度の敵に手間取るとはー! これ以上やっても時間のムダだ、お前達には私自ら鉄槌を下してやるぞー!」
なんとも、悪のエリート惑星戦士並の苦し紛れだが、とにかく、これで戦力比は一気に六対三。
妙なテンションのまま襲い来るかざねと五人の撃退士達を前に、骸骨兵士の勝ち目は消えたのだった。
●
「はっはっはー! どーだ、我が力を!! 残るは侍、貴様一人だぞ!」
「ぬぬ、おのれ、玄妙な術を!」
五体の骸骨達は塵となり、悪の大ボスにやられた四人の仲間達も全て大地に倒れ伏す。
撮影セットの中で、立っているのは侍とボスの二人だけだ。
「しかし、負けぬ! 天地よ、御照覧あれ! 我が刀に今一度、破邪のお力を!」
「はっはー! 焦らなくとも、すぐに仲間の元へと送ってやるぞー!」
共にオーラを激しく噴き上げる二人が、それぞれの得物を構えてぶつかり合う。
衝撃音と、激しい閃光!
互いに行き違った二人の内、最後に立っている者は……
「……ぐ、ぢぐしょうっ! まさか、この私が破れるとは……! ばたり」
ご丁寧に擬音付きで、悪の大ボスは遂に倒れる。
そうだ、侍が勝ったのだ―――!
「はい、カーット!! OK、お疲れ! いやぁ、良かったよ、途中はどうなる事かと思ったけど、終わりよければ全てよし、大迫力だ! はは、こいつはいい映画になるぞ!」
監督のはしゃいだ声が現場に流れると、スタッフ達からも自然と拍手が沸き起こる。
その拍手に、金鞍は親指を上げ、ニッコリ笑ってサムズアップ。倒れた仲間も、倒れたボスも、裏方の楠と末松の二人も、やっぱり笑ってサムズアップ。お互いの健闘を称え合う。
これにてクランクアップ、お疲れ様。